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2024/11/01 10:11 |
26.エクリュー/リタ(遠夏)
PC:ヴィルフリード、ディアン、フレア、リタルード
NPC:なし
場所:宿屋
-------------------------------------

「フレア?」

反応のないフレアに、ディアンが声をかける。

フレアは少し俯くだけで、こちらを向かない。首を少し、横に振ったのかもしれな
い。

「…フレア?」

再度、今度はすこし強めにディアンが呼ぶ。
フレアの細い肩が、やけに小さく思えるのは気のせいか。

合わない視線。

さらに声をかけようと、ディアンが息を吸う。

「ふざけるなっ!」

ごく短い沈黙をやぶったのは、フレアのほうに一歩足を踏み出したディアンではな
く。

「リタ…?」

訝しげにヴィルフリードが名を呼んで、リタルードは自分の上気した頬の熱さを自覚
する。

「だって…だって」

言葉が。
つまって、うまくでてこない。

リタルードは、時々周囲の空気やわずかな物事から過剰に情報を拾ってしまうことが
ある。
もしフレアと出会ったのがもう一日早かったら。
あるいは、もしフレアの視線が向いていたのが、たとえ彼女が認知していなくても自
分のほうだとしたら。

リタルードは、完全に自らの感情も引きずられて、
それを断ち切るために声をあげることはできなかっただろう。

自分のためだけに、感情を吐き出す。

「だって…、この世界に意味があるものなんか何もなくて、
 すべての存在は無意味だという一点だけで平等なんだ!
 希望なんてどこにもないんだ。
 ただあるのは連続したひとつひとつがほんのわずかな可能性だけなんだ。
 ただそのどれかが常に恣意的に訪れるだけだんだ!
 だから…だから」
 
何を言っているのか、自分でもよくわからない。だからこそ止められない。

「だから…、思い上がるな」

ずっと、少し離れた床をにらみつけていたリタルードは、視線を上げてフレアのほう
を見据えて、抑えた声で最後に搾り出した。

それだけ言って、リタルードは直後に襲ってきた自己嫌悪に膝をつく。沈黙が落ち
る。

ディアンがベッドの側に屈んだのが、気配でわかった。

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2007/02/11 14:40 | Comments(0) | TrackBack() | ●Colors
27.エーデルワイス/ディアン(光)
PC:ディアン、フレア
NPC:なし
場所:宿屋
-------------------------------------
 がらんとした部屋で、俺はフレアと並んでベッドに腰をおろしていた。
 目を覚ました後のフレアの様子と、リタルードの錯乱。
 結局、おっさんにはリタルードの付き添いを頼み、部屋は俺とフレアだけになっ
た。
 語るとは無しにフレアが口の端に呟いた言葉が意味のあるものであることに気づ
き、俺は耳を傾けた。

 「なるほど、な・・・」
 フレアの見た夢。
 なるほど、仲間の死を見せたかったのか・・・あの変態は。
 仲間の死を目前にして、フレアがどんな行動に出るかを計りたかったのか?
 フレアの瞳は、光を無くした硝子球のように曇り。
 かつてまばゆいほどに溢れて.いた生の煌きは、そこには見出せない。
 仲間の倒れ伏した光景がどれほどの衝撃を思春期の娘に与えたのか。
 だが・・・どんなに良く出来た夢だろうと、所詮夢は夢。
 どんな夢も、目の前の現実には遠く及ばないことは、フレア自身にも良く分かって
いること
だろう。
 だから、フレアが何に衝撃を受けているのかが俺には分からない。
 俺は、慣れすぎてしまったから。
 
 「無意味・・・世の中が?それで、平等・・・希望が無い・・・」
 フレアは、先ほどのリタルードの言葉を何度も反芻する。
 フレアが何を考えているのか、リタルードが何を考えていたのか、俺には分かる・
・・分かる、気がする。
 ただ、それを肯定するということは、人間はいずれ死ぬのだから何をしてもムダな
ことだ、というのに等しいものだと、俺は思う。
 
 「フレア。」
 呼びかけると、ほんの少しだけ、彼女の視線がこちらの方向にさまよった。
 その視線を捕らえ、目を合わせながらゆっくりと、告げる。
 「コイツはある賢者から聞いた話なんだが・・・鳥にはなぜ羽があるのかわかるか
?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 少し間をおいて、続ける。
 「空に憧れ、空を飛ぼうと思ったからだそうだ。分かるか?俺も、生れ落ちた瞬間
から強かったわけじゃねぇ。大事なのは、意思だ、思いだ。何かを為したいのなら、
強く思わなけりゃならねぇ。その思いの強さが、そのままお前の強さになるんだから
・・・」

 言いながらふと昔のことを・・・ライガールの頃を、思い出してしまった。
 目の前で死にゆく大事な人を、救えなかった無力さ。
 それこそが、俺を変えた。
 俺にとっての朱里は、他の男にとっての彼女や妻より、さらに重いものだったの
だ、と今なら思える。
 大事なものを無くした思いが誰よりも強かったからこそ、俺は今もこうして生きて
いるのだと。
 朱里は、俺の愛した女は、今も俺を生かしてくれているのだから・・・彼女は俺の
中で永遠に生き続ける。
 
 フレア、頑張れ。
 お前には、やるべきことがあるんだろ?
 こんなところで立ち止まっているヒマはないんだろ?
 
 「生きるも死ぬも、お前次第だ。予定外のアクシデントがあったが、俺は明朝宿を
立つ。」

 それだけを言い置いて、勢い良くベッドから立ち上がった。
 フレアの顔を見ることなくそのまま、俺は部屋を後にした。
 
 俺は、信じている。
 彼女が、明日には立ち直っているだろうことを。
 彼女の強さを、信じている。

2007/02/11 14:41 | Comments(0) | TrackBack() | ●Colors
28.シャイン/フレア(熊猫)
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――


 誰もいない部屋で、顔だけで窓を見る。


窓はベッドの左後ろにあるため、身体をひねらなければ
ほとんどの景色は死角になってしまうが、空だけは見えた。

どのくらい眠っていたのだろう。

皆の様子からして、まだ日付は変わっていないようだ。
もう何年も寝ていたような気もするが、さほど時間は経っていないらしい。

「思い上がるな…」

リタの言葉が口の上で蘇る。

絶望に浸って、自分がかわいそうでいるだけ。
きっと、心の奥で、誰かにこの苦しみを肩代わりして欲しいと思っている。

(思い上がるんじゃない)

この状態がずっと続くと思い込んで、さらに深みにはまってゆく。
まだ別れはこない。誰も死んでいない。
それなのに、一人で想像しただけで疲れて、傷ついて。

ふっと、笑いが漏れる。全く馬鹿馬鹿しい。

窓を見るのはやめて、床にそろえて置いてあるブーツに足を入れる。
靴紐を一段一段結びつつ、考える。

ゼクスはまた来るだろう。目的を達成するまで。
それが何なのか、次は聞き出す。
もしかしたらあの人もきっと、私と同じような闇を持っているのかもしれない。


見えないものに怯えないで。目の前のものをちゃんと見て。


お前次第だ。

(うん)

覚悟はしても、恐れちゃぁ、アカンよ。

「…よし」


きゅ、と音を立てて紐が締まる。ベッドを立って、軽くシーツを整えて。
確実に別れの時は近づいている。それなら怯えて待つより――


フレアは髪も結ばないまま、扉を押し開いた。


・・・★・・・

リタの部屋のドアをノックすると、出てきたのは予想通り、ヴィルフリードだった。

こちらの顔を見ると一瞬だけ面くらったようだが、すぐに納得したように
後ろを振り返ってリタ、とだけ呼びかけた。

その声に、ベッドではなく机に突っ伏していたリタルードが、顔を上げる。

「…もういいの?」
「あぁ、もう――大丈夫。すまない」

強がりではなく笑ってみせると、ふぅん、とだけ言ってリタは頬杖をついた。

「いいよ、入って」

部屋には入れてくれないかもしれない、というのは杞憂だった。

勧められた椅子に腰掛けると、ヴィルフリードも近寄ってきて
窓枠に寄りかかって腕を組んだ。

「用件だけ言う。私が寝ている間に何があったか聞かせて欲しい。
 疲れているだろうから悪いとは思ったけれど――でかける前に
 聞いておきたいんだ」
「でかける?どこに」

横手から声がかかる。ヴィルフリードだ。

「この宿の近くに図書館があったはず。もう少しゼクス…というより
 人体変異と魔術の関係についての知識がほしい」


一緒に来るか?と言うと、彼はどうするかねぇ――と頭を掻いて窓の外を見た。


2007/02/11 14:42 | Comments(0) | TrackBack() | ●Colors
29.Ash Grey/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:NO CAST
場所:宿屋
----------------------------------------------------------------

「あー……」

 ヴィルフリードは、頭を掻いている手を下ろした。

「今回、俺は、よしとくわ」

 少しばかり、フレアに軽い落胆の色が見えた。その反応が予測できたから、無
駄な動作や言葉が洩れたのだ、とヴィルフリードはフレアの顔を見ながらそのこ
とに、今更気づいた。
そんな彼女の表情から逃げるように、視線が自然と顎をさする自分の手に向け
られる。

「俺、あーゆーカタッ苦しい場所、嫌いだし。
 資料探し? そーゆーの、苦手だし」

 そう言って、ふと、リタに顔を向ける。

「リタは……得意そうだな」

「うん、得意だよ」

「……堂々と言うか」

 真顔で答えるリタの反応に、ヴィルフリードは半眼で答える。

「謙遜は必ずしも美徳じゃないと思うんだ、僕。
 なんか、能力の出し惜しみみたいにも見えるし、遠まわしに断っているみたい
に聞こえる時ってない?」

「……そーですかい」

 小さく、脱力したように相槌を打つヴィルフリード。
 そこに、フレアが期待の眼差しをリタに向ける。本当に、わずかな感情すらも
表現してしまう少女だ、とヴィルフリードは思った。

「……ということは、リタはついてきてくれるのか?」

 微笑みながら、リタは当然かのように答えた。

「いいよ」

 フレアの顔がわずかながら緩む。
 が、それと同時にリタは表情を変えないまま付け加えた。

「でもね、あまり期待しないほうがいいよ。
 昨日も言ったけど、彼のような遺伝子に影響を与えるほどの魔力の持ち主の事
例は少ないし。ほとんどが謎に包まれている」

「……確かに、あれも異様だったな」

 思わず、ヴィルフリードが呟く。

「あれ……って?」

 フレアが問いかける。

「……腕が切られたのに、血が一滴も出ず……しまいにゃくっつけたら治っち
まったんだ」

 ヴィルフリードが、答える。
 そして、今度はリタに向き直り、問いかける。

「俺はさ、魔法にゃ詳しくないんだが。アレはよく見かける回復魔法とは違うの
か?」

「根源的な作用は一緒だけども、別物だと言っていいかもしれない。
 普通の魔法では、有り得ないから。
 通常の魔法は術者の意識が発動されて、初めて物質に干渉する。
 だけど、あれは……細胞自体が判断して、発動しているように感じた。反射神
経みたいなモノにまで、進化している。
 ……あの白いお兄さん……」

 一瞬、ヴィルフリードの口の形が「へ」の字をかたどるが、フレアはそれに気
づかず、答えを言う。

「ディアンのことか?」

「そう、その人。その人が最初殴った時は、口の中が切れて血が流れていたん
だ。
 判断しているんだよね。致命傷と、そうでないものを。
 致命傷だけの時に反応するという仕組みだとしていたら……」

「あー。ちょっとスマン」

 一人だけの思考に入りそうになっていたところを、ヴィルフリードが謝るよう
に軽く手のひらを顔ぐらいまでの高さ上げ、割り入った。

「……イデンシだとか、サイボーだとかってなんだ?
 昨日もちょいと聞いたんだが。
 ……いや、実はな、流して済めばいいかなぁ、と思って、流してたんだが」

 その隣で、フレアも小さく「わ、私も」と挙手をした。

「……フレアちゃんは若いからともかく、ヴィルさん、脳味噌使わないとボケ
ちゃうよ?」

「ほっとけ」

 かすかにヴィルフリードの目の端が濡れていたが、若い二人は無視した。それ
は優しさなのか、それとも単に話が逸れるからなのか。
 リタは軽く息を吸い、講義を始めた。

「細胞は、いわゆる生物の身体を構成しているもの。遺伝子は、生物の形質を記
録しているもの、とでも言えばいいかな? かなり簡単だけど。
 ちなみに、細胞の確認は取れているけど、遺伝子はまだ、推論の域を出ないも
のだけども。現在では『ある』と仮定されているに過ぎない。
 学会だとかではまだ、あまり認知されていないみたいだけど、僕はあると思っ
ている」

「……で。なんで、その一部の細胞が『判断』だなんて、まるで生きているよう
に扱うんだ?」

 眉間に皺を寄せながら、質問をするヴィルフリード。
 理解しようと必死なのだろうが、彼の額の皺は確実に深く刻まれていること
に、気づいているのだろうか。
 そう思いながらも、リタは、優秀な教師宜しく、不出来な生徒に対する回答を
行う。

「細胞は生きているよ。一つ一つね。呼吸だってちゃんとしている。
 死んでしまえば、老廃物……皮が剥けたりだとかね、そんなゴミとして排出さ
れるけど。
 あと、腐ってしまったときも、死んでいる」

「なんか気持ち悪ィなぁ、想像すると」

 今度は、口元に深い皺が刻まれる。

「そう? 僕なんか面白いと感じるけどね」

 リタがニッコリと笑う。それはある種の分野に快感を得た時にのみ見られる、
独特の笑顔だった。

「身体欠損に使用される回復魔法は、形質を遺伝子から読み取って、細胞の活性
化を促しているという手順で、やっているのではないかと言われてるんだよね。
 彼、ゼクスの場合は……魔力とともに……いや、魔力があるがゆえに、遺伝子
が変質してしまい、体質が変わってしまった……進化とでも呼ぶべきかな?
 まぁ、あくまで、仮説の上で成り立っている推論だけども」

 と、ここでリタは一息ついた。周りを見ると、ヴィルフリードとフレアは、目
を丸くしながらリタを見ていた。

「フレア……図書館なんかにもぉ行かなくていいんじゃないか?
 ここに生きる図書館がいる」

「……そうかもしれないな」

「失礼だなぁ。これは、一部の知識から成り立っている、あくまで推論なんだ
よ?
 まだ見ていない本は無数にあるからね。こんな狭い了見しか持っていない僕の
知識で感心しちゃダメだよ」

 照れの一切混ざっていない、言葉。
 それが余計にリタの知識欲を浮き上がらせて見せていた。

「……で、そもそも、フレアちゃんは一体、図書館で何を調べたいの?」

「え……?」

「ゼクスの、何について調べたいの?
 症例が少ないのだから、『絶対に』なんて事は無い。
 もし、『寿命が短い』とかの事例があったら、フレアちゃんはどうするの? 
どうしたいの?」

 まっすぐとフレアの目を見ながらリタは問う。
 それに対してフレアは、真正面から受け止めるように、見つめ返している。少
し、不安そうな感情が、見られている。

「私はただ……ゼクスが……何を考えているのか……知りたくて」

 途切れ途切れになりながら、搾り出すように答えるフレアを見て、ヴィルフ
リードはその光景から目を逸らす。
 なぜ、視線をはずすことすらしないのか。その不器用さが、やはりヴィルフ
リードにとって少し辛い。

「個人の思考なんて、本に載っていない」

 フレアの瞳が揺れる。
 馬鹿正直に真正面から対峙するから、深く抉られるんだ。リタは見かけと違っ
て、キツいということを、まだ理解していないのか。

「でも……何かの取っ掛かりになれば……」

 無理矢理に作る笑顔。だが、その表情は震えている。
 ヴィルフリードは、その様子にいたたまれなくなり、フレアの手を掴んだ。
 まるで、その小さな手の平にすがりつくように、両手で掴む。 
 まっすぐに、フレアを見るなんてとてもできず、ヴィルフリードは、首をうな
だれる。
 擦れた声で、その言葉を床に落とした。

「人の深い部分を知りたいと思ったら……対峙するしかないんだ」

「……!」

 フレアが乱暴にヴィルフリードの掴んだ手を振り払った。
 彼女の琴線に、触れる言葉は承知だったのだから、ヴィルフリードは諦めたよ
うに、手を、なされるままに振り解く。

「だって、ゼクスは、いきなり私に踏み入ったじゃないか! 散々、蹴散らして
……!!
 なのになんで私はダメなんだ!! アイツは……!」

 出会って初めてまともに聞いた、フレアの大きな声。
 それでも、ヴィルフリードは顔を上げなかった。

「けど、アイツはアンタと対峙した」

「……ゼクスは、魔力を使って私を……!」

「違うよ」

 介入したのは、冷静なリタの声。

「多分だけど、違う。
 彼の得意分野は、肉体の構成だ。記憶だとか……感情……は肉体から漠然とし
たものは感じ取れるだろうけどもでも、そんな細かいところを読み取ることなん
てできない。魔法はそこまで万能じゃない。
 できるのは、せいぜい、感情や肉体を操作するか……あとは、近い出来事を、
忘れさせることが限界なんだ。それも、脳に物質を与えているに過ぎない。
 それに、記憶や感情を知ることの出来る能力は、一般的にその他の力を使えな
いものなんだ」

「でも……! 夢の中でアイツは……」

 勢いが削がれている。

 あぁ、なんでこうも、この少女は痛々しいのか。

「フレアちゃんが何を見たのか、僕は知らない。
 でも、ある種の要素を与えることは出来るんだ。何かを見たとしたら、それ
は、フレアちゃんが作り出したものに過ぎない」

「そう……なのか?」

「確かなことは言えないけど。
 きっと」

 見なくてもわかる。彼女はきっと今、少しだけ泣きそうな顔をしている。
 でも、絶対泣くことはしないだろう。
 そこまで彼女は子供っぽくは無い。
 だから、馬鹿なんだ。

「深いところまで踏み入るのに、その人を抜きにして知るのは、ダメだ。それだ
けは、ダメなんだ」

 思わず、フレアの顔を見る。
 しかし、やはり、直後に訪れたのは後悔だ。
 彼女が、白い肌を紅潮させ、必死に何かを堪えていることは、想像していたの
に。やはり、実際見ると、堪えるものがある。
 ヴィルフリードは、それに耐え切れず、再び、目を一杯に見開く彼女の視線か
ら逃れる。

 異形の者の取り巻く環境など、幸せなはずがない。

 大きすぎる力がもたらすものに、救いがあるはずがない。

 きっと、自分のことでいっぱいな彼女はそんなことには気づく余裕など無いと
分かっていながら、ヴィルフリードは、口をつむぐ。

 それは……人が言うべきものじゃない。自身で気づくべきものだ

 フレアは、目を伏せた。

「私は馬鹿だから……分からない」

 フレアは、目を掴むように片方の顔を被った。
 まるで、自分の溢れそうな感情を握り掴んで叩き捨てようとするかのように。
……もしくは、それが溢れるのを必死で抑えるかのように。

「なんでなんだ? なんで私一人が苦しい思いをしなきゃいけないんだ。
 私だけなら……まだいい。……なんで、みんなを巻き込んでしまうんだ。嫌な
んだ。もう。
 私が……何をした?」

 彼女の細い身体が、僅かに震えている。
 今、軽くでも彼女に触れたら、彼女は涙を流すのではないか。そう思わせるに
は十分な姿だった。

 あるいは……泣かせたかったのかもしれない。
 泣いてしまえとも思っていたのは事実だ。
 ここまで、吐いてしまったのだ。泣いてしまえ。
 ヴィルフリードは無責任にそう思っていた。

 しかし。
 ヴィルフリードは思う。
 今の彼女には、これが限界なのだろう。

 今、ここに、ディアンがいれば、彼女は泣いていただろうか?
 または……さらにこの泣き言すら、堪えていただろうか。

 少し、躊躇ったが、ヴィルフリードは、フレアの頭に、手を載せた。
 驚いたように、フレアがヴィルフリードを見た。
 先ほどの心配は杞憂だったようだ。彼女の目は、少し赤いものの、濡れてはい
なかった。
 それを確認してのことではないだろうが、ヴィルフリードは、そのままフレア
の頭を軽くポンポン軽くなだめるように叩く。

「フレア。お前は明日の朝、ディアンとここを発つんだ。
 いや、朝じゃダメだな。夜明け前がいい」

 今さっきまでの空気が嘘のような、ヴィルフリードのひょうきんな響きを含む
声。
 当然、フレアはそれに戸惑う。

「え……?」

「逃げちゃえって言っているんだよ。
 ね? そうでしょ? ヴィルさん」

 そこにまた、リタのふざけた含みを持つ真面目な声。
 それを見て、にやりと、応じるヴィルフリード。

「察しがいいじゃねぇか、リタ」

「で……でも。私は……」

「こんな、うら若き乙女が、あんな変態のこと、イチイチ全部理解しようとして
たら相手は図に乗るってモンなんだよ。
 ここはとっととケツまくって逃げた方が勝ちなんだよ」

「うわ。ヴィルさん、それ、女性にはセクハラ」

 リタが茶々を入れる。

「うるせぇ。口が悪いのはもともとだ。
 なにもわざわざ相手を喜ばせる必要なんざないんだ。ここは、逃げ出して相手
にマヌケな顔をさせてりゃいいんだよ」

「だけど……」

 まだ、急展開に流されそうになるのに抗うフレアに、リタが呟きでそれをふさ
いだ。

「っていうかさ、フレアちゃんが待つ理由って、何一つないんじゃない?」

 一瞬の沈黙。

 しかし、フレアは、すぐに、慌てて何かに対して弁解する。

「で、でも、そうすると……周りに迷惑が……ほ、ホラ、ゼクスは私を狙ってい
るわけだし」

 リタとヴィルフリードが顔を見合わせる。

「……っつーか……」

「むしろ、フレアちゃんがここにいたほうが、騒ぎが大きくなっちゃうよね?」

「連れのアイツは、好戦的だからガチンコ勝負しそうだし。ってか、俺、そのせ
いで怒られたようなもんだし」

「ディアンさんが、移動する気になっているうちに、ここを発っちゃうのが一番
良くない……?」

 ヴィルフリードとリタの、サンドイッチ状の会話に、フレアの喉から、あ、と
いう小さな声がこぼれた。

 再び。沈黙。

「なんなら、旅支度、手伝おうか?」

 リタが立ち上がる。
 その、今にも、支度をしそうなリタの様子を見て、フレアは慌てて止める。

「い、いや、それはいいが……いいのか? 本当に」

「嫌なんでしょ?
なのに、わざわざ相手を理解しようなんて、それこそ『思い上がり』だよ。
 フレアちゃんは神様だとか聖母様とかじゃないんだから、当たり前じゃない」

 さらに何かを言おうとしたフレアの唇を、リタの細い人差し指が塞ぐ。
 どうせ、彼女から出る言葉は「でも」とか「しかし」から始まる、虚空の言葉
だろう。

「さっきより、分かりやすいでしょ?」

 リタは、ニッコリと笑った。

2007/02/11 14:42 | Comments(0) | TrackBack() | ●Colors
30.ネイプルス/リタ(夏琉[遠夏から改名])
PC:ヴィルフリード、ディアン、フレア、リタルード
NPC:なし
場所:宿屋
-------------------------------------------

「あーもー、どうしてあの子はああいう子なのかなぁ!」

「どうしてって…まぁ気持ちはわからんでもないが」

フレアは「ディアンと一度話してみる」と言って部屋を出て行った。
リタルードはヴィルフリードにぐちぐちもらす。

「だって、何食べたらあんなふうに育つわけ? 
栄養状態あんま良さそうじゃないのに妙に性根いいしさぁ。
僕、彼女見てると生きてるの恥ずかしくなってくるもん」

痛々しいまでに不器用であるということは、生きる上であまりにも損な特質である
が、同時に酷く強い魅性を放つものだ。
そして本人がそのことに決して気づかないからこそ、その魅性は張り詰めた一本の絹
糸のように脆いものであるにも関わらず、ほんのぎりぎりのところで損なわれない。


それは、その人物に連なる人間の性質や放された手、偶然読んだ本だとか他者からの
信頼や裏切り、太陽の暖かさや朝露の透明さ、食べるに困る人間の生きることへの必
死さのようなものが、本当に絶妙なバランスで作りだしたものなのだろう。
そのくせ、たとえどのようなところでどのように成長していたとしても、彼女は彼女
でしかなかったのではないかという、水にうつった太陽の光の揺らめきへの憧れのよ
うな、永遠を思わせるものも兼ね備えている。

「僕さぁ、ゼクスさんってすっごいいい人だと思うんだよね」

片方の頬をべったりとつけて、頭を机にのせてリタルードは言う。

「だって僕が彼の立場だったら、女に飢えた凶悪囚30人くらい詰め込んだ監獄に、
フレアちゃん丸腰にして投げ込んだりしちゃうよ?」

「…おい」

「あ、いまさら引くんだ? 僕変態だってとっくにわかってるくせに」

「根に持ってんのか?」

「別にぃ。変態って言われようがどんなレッテル貼られようが、重要なのはどんな考
えでそれ貼ってどんな用途で使うかってことじゃん。
 個人の趣味趣向や外見とかで、蔑んだり自らと差別化するために簡単にレッテル貼
るのは『あぁこの人器小さくて視野狭いんだぁ』ってのほほんと微笑ましく思うけれ
ど」

「あー、そうかよ」

「お金払ったら実行してくれるかなゼクスさん。
 彼女の相棒の四肢折りますってオプション付で」

「他人に迷惑かける趣味趣向はどうかと思うぞ」

「まあねぇ。僕も言ってるだけだし」

「そうかよ…」

確かに言ってるだけだけれど、もし自分がゼクスの立場だったらどうするか本当にわ
からないなぁと、心の中でリタルードは付け加える。

だって誰かを壊したいと願わないほど、自分は完璧な人間なんかじゃない。

でもきっとフレアは、誰かを壊すことを選ぶくらいなら、自分を壊すことをえらぶの
だろう。
それを「強さ」と本当に人は呼ぶのだろうか?

窓から風が吹き込んで、さわりと頬をなでる。

「彼女の相棒は、彼女をちゃんと受けとめることができるのかな…?」

眠気で濁った頭で小さな声で呟いた一言には、ヴィルフリードの返事はなかった。

2007/02/11 14:44 | Comments(0) | TrackBack() | ●Colors

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