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2024/05/16 23:34 |
銀の針と翳の意図 46/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:デルクリフ⇔ルクセン ―港町

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 引きつった少年の後ろにライを見つけ、声をかけようとしてセラフィナは思い留ま

った。

(いま、もしかしてタイミング悪かったのかしら)

 バツが悪そうに目を細めたライが、後頭部をポリポリと掻き、一拍置いて苦笑す

る。

 引きつった表情がなかなか抜けない目の前の少年は、目が明後日の方向を向いてい

る。



 なんとなく場違いな空気を感じながらも、話しかけておいて無視するわけにもいか

ず。

(まいりましたねぇ)

 セラフィナは曖昧な笑みを浮かべた。



「さっきもね、猫を探している人に遭ったの」



「へ、へぇ……、そうなんだ」



 少年の態度は明らかにオカシイ。



「似たような猫をたくさん見かけたんだけど……どの猫がどの猫か、分かるかな?私

も猫を探しているの」



「あー…っと、ビミョウに違う、んだよ。分かるから大丈夫」



 何とか平静を装うとする少年。

(なんかの冗談みたいに答える言葉が一緒なんだから)

 さっきの少年と姿がダブる。



「違いを教えてくれるかな?間違えたら困るよね」



「そうだ。ソッチの猫も一緒に探してあげるよ。船に乗ってた人だろ?出航までには

連れていくからさ」



「一緒に探す方が早いと思うな」



「えーと、ほら、土地勘ないでしょ?」



 一緒に探すのは都合が悪いらしい。ココまでわかりやすい態度も珍しいくらいだけ

ど。

 再び視界の端に猫の影。

 コレ幸いと少年は動いた。



「あ、行かなきゃ!じゃあね」



 少年はセラフィナの横を駆け抜けていく。



「ライ、先行くぞ!」



 網を持って先を急ぐ少年を、ライが首を竦めて追いかける。



「あ……」



「あとでね」



 通り過ぎる一瞬に、小声で耳打ち。

 セラフィナが振り返っても、ライは何事もなかったかのように少年の後について走

り去ってしまった。



「……もう、仲間外れ?」



 取り残され、二人が去った先を見ていると、なんだか寂しいような悔しいような気

がしてくる。



「……なにして時間をつぶせばいいのかしら」



 途方に暮れて空を見上げると、ソコには紅く色づき始めた薄紫に染まる雲があっ

た。
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2006/10/12 12:35 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 47/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:デルクリフ⇔ルクセン ―港町

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 見上げた空は薄闇の紅に染まりつつあった。

 風がかすかな冷たさを帯びたように感じるのは錯覚に違いなかったが。



(もう時間がないな……)



 猫探しなんていうくだらないことに、まるで命のやりとりでもしているときのように

焦っている自分を認める。胸の奥の方で吐き気のようなものが身じろぎするのを感じて

ライは低くうなり声を上げた。



 ゴミ捨て場の影の小屋――例の秘密基地である。その前に十人近くの少年少女が集っ

ている。年上なのはクルトと同年代、最年少は……明らかにリーザだ。とにかく、まだ

幼い、という形容詞の範囲の上ギリギリか、そこから少しはみだした子供たちが、ぐる

りと半円を描くように立っている。



 彼らは真剣な表情で、小屋の中に置かれた巨大な檻[ケージ]を睨んでいた。もちろ

ん、ゴミの山から発掘してきたシロモノだ。中には大量の三毛猫がいる。一匹一匹が何

をしているのかを確認するような気力はとっくになくなっていたが、とりあえず、動き

回っている。鳴き声はうるさいくらいだ。



 中にいる猫は三十四匹。明らかにおかしかった。

 あの後、頭のネジの角度でも変わったのか、人間じゃなくて一種の肉食獣のような勢

いで猫を狩って――もとい、捕まえてまわったクルト少年は、捕獲数では一等の座を手

に入れた。妹を悪い男に渡さずに済んだようで、「おめでとう」とは言ってやった。

 問題はそんなことではない。猫が三十四匹いるのだ。



 最初に聞いていた数より多いというのは全くの予想外だった。

 集まらないならともかく、その逆など普通はあり得ない。地元の猫が紛れ込んでいる

のだろうが、檻の外から眺めてみても、とりあえず全部が三毛猫だということを理解し

た瞬間に思考が停止してしまう。それ以上のことは考えられない。



 ――無理だろコレ。

 心の中に響いた冷静すぎる指摘に反論する材料もなく、ライは無気力に頷いた。その

不審な行動に、誰も何も言ってこなかった。彼らは議論を交わすので忙しい。さっきか

ら、聞こえているはずなのに誰が何を言っているのかわからない。そうか、僕が皆の言

うことを聞いていないから、皆も僕を見ていないのか。



 ライは少しだけ寂しいような気分になった。ゆっくりと、意識して、音という情報を

かき集める。大量に流れていくそれが、理解できる言葉であることを確認する。それら

の組み合わせが、意味を持つ法則で並んでいることを認識する――普段は無意識で行っ

ているそれらの工程を、十近くにまで分割して一つ一つを丁寧に踏んでいくと、ようや

く世界に音が戻った。



「――だからさぁ、とりあえず全部あの箱に入れてみればいいだろ。新しい生き物がで

きるかも」



 いきなり聴覚を閉ざしたくなった。恐らくは数秒に渡ったさっきの手順を無駄にしな

いためだけに、ライはなんとかその衝動を押し殺す。そのことにまた気力を削る。子供

たちはわいわいと騒ぎ続けている。その全てを拾うのは無意味この上なかったが、待っ

ていても有意義な意見が出そうな気配もなかった。自分にも無理だ。

 だから全てを聞くことにしたが――



「でも猫さんがかわいそうだし、違うのは放してあげようよ」



「見分けつかないし」



「一匹一匹見れば……」



「さっき、ヤンが手ェ入れて噛みつかれただろ!」



 そのヤンは仲間に説得されて家に帰っていた。傷は深くないだろうが、痛くないとい

うこともないはずだ。親にどう言い訳しようと悩んでいる姿を微笑ましく感じるのは、

感性が歪んでいるだろうか。試練を乗り越えて少年は成長するものだ。しぶとくあざと

く悪賢く。



 ――猫を元に戻さなければならない。船が出るのは夕方だ。空はもう光を失おうとし

ている。吐き気が強くなった。緊張に弱いということはないはずだったが。

 そもそも、これはそんなにも深刻な事件だっただろうか。



 猫が増えて街に溢れて……概要を纏めれば笑いごととしか思えないのに、当事者にな

ってみれば全く笑えない。巻き込んでくれた少年少女を恨んでみようか。

 まさか。そんなことが何になる? うらみつらみなど、それらだけでは無力でしかな

い。復讐心の生まれようもないのだから。



 めまいさえ、感じそうだ。不可能な事態にぶち当たると、こうなることがあるのだ。

逃避願望から来る不調なのかも知れないという自己分析。的を射ているか否か。



(どっちでもいいよ、もう)



 不毛なのは子供たちの議論だけではなく、自分の思考もだった。そんなことはわかっ

ている。いっそ止まってしまえ。誰か止めてくれ。



「――あっ」



 声が聞こえた。ライは直前の望み通りに思考を遮られ、少しの間を置いてから振り返

る。そのときには子供たちは既に全員が反応してゴミ捨て場の山の方を見ていた。



 セラフィナは、きょとんと立っている。黒髪が風に揺れて、空の色を淡く淡く帯びて

いた。村はずれからゴミの山を迂回してここまで来たのだろう。まさかこんなところに

人がいるとは思わなかったと、その目が言っている。



「ライさん?」



「や、やあ、セラフィナさん……」



 ライは辛うじて笑みを浮かべた。歪めた口の端がひきつったのは仕方のないことだっ

た。本当は歓声でも上げながら飛びつきたいくらいだったのだ。そうしないように自制

した結果が、微妙な薄笑いであったに過ぎない。



 彼女に知られないように動いていたことなど、もうどうでもいい。

 このどうしようもない状況の犠牲者が一人増えた。喜ぶべきことだ。苦しみが等分に

分けられるのならば、一人ひとりの上に圧し掛かるそれが、少しは軽くなるのだから。



「え? あの、どうしたんですか……?」



 彼女は動揺しているように訊いてきた。視線はセラフィナから外さないまま周囲を観

察すれば、子供たちもじっと彼女を注視していた。

 この場において、彼女の登場は“奇跡”に相当するのだ。



 ライはふらりと一歩を踏み出した。

 そして冥界の門へ姫君を引きずり込む亡霊のような甘い声で、言った。



「いや、ちょうどいいところに来てくれたなって。

 手伝って欲しいことがあるんだけど、大丈夫かな?」

2006/10/17 12:26 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 48/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:デルクリフ⇔ルクセン ―港町

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「私に手伝えることなら……」



 一体どういうことなのか。

 迷い込んだ先にライが居て、十人近くの見知らぬ少年少女が居て、そして全員が一

斉にこちらを向いている。

 その目が希望に輝いているように見えれば、面食らうのも無理はないかもしれな

い。



「と、りあえず、状況を把握しないと……」



 笑みを浮かべるものの、若干引きつったような気がする。わらわらと寄ってきた子

達が口々に、しかもそれぞれバラバラなことを話し始めたのだ。



「えー、と。掻い摘んで要点だけ、お願いします」



 ライの袖を引く。ライはなんともいえない苦笑いを浮かべ、簡潔に状況を説明した-

-------。







「--------ということは、時間がないんですね?」



「そう」



 言い終わってスッキリしたように笑顔を浮かべるライと、ようやくおとなしくなっ

た縋るような目の少年少女を交互に見ると、セラフィナは小さくため息を付いた。



「もっと早く教えてくれれば良かったのに……」



 小さく呟くと、一つ大きく深呼吸をして胸を張った。姿勢を正し、猫だらけの檻

[ケージ]に向き直る。



「ちょっと手荒にいきます」



 手には針が構えられ、わずかに差し込む夕日に煌めく。



「殺しちゃダメ~!」



「……大丈夫だよ、このお姉さんは殺したりしないから」



 ……気が抜けるなぁ、もう。ライに諭され不満顔ながらもおとなしくなった少女を

横目に、針を構え直す。



 動き回る猫を見る目がすうっと細くなる。

 手首が閃き、針が舞う。



「猫が、猫が死んじゃったよぉ」



 檻[ケージ]の中で針に刺されて動きを止めた猫を見て、少女が涙声でライにしが

みついた。隣には目つきの険しい少年が一人いたが、唇を噛むようにして何も言わな

かった。



「麻酔みたいなものだから心配しないで。それよりも猫が興奮するといけないから静

かに出来るかな」



 セラフィナの目は既に次の猫を追っており、手元には新たな針が構えられている。

 急がないと他の猫が暴れたときに余計な傷を負ってしまうかもしれないのだ。のん

びりはしていられない。

 返事を確かめる前に、セラフィナは次の一撃を放った。







 最後の猫がくたっと横になる。コレで三十四匹、檻[ケージ]の中がようやく静ま

り返る。



「……ふぅ」



 大きく息をもらし、天を仰ぐ。集中していたせいか、視界にまだ猫が映っているよ

うな気がする。

 子供達が手分けして猫の選別に当たる中、伸びをしてもう一度上を見上げたセラフ

ィナが見たモノは。

 ……猫?



「ねぇ、ライさん、あの梁の所に三毛猫がいるように見えるの、気のせいですよ

ね?」



 しばしの沈黙。



「「「って、ええっ?!」」」



 みんなが一斉に上を見上げる。尻尾がちらりと見えて、また隠れる。暗くて三毛か

どうか、よく見えない。



「……」



「ココに三十匹いれば問題ないんだから、サ」



 言いながらも引きつる少年。慌てて選別作業に戻る面々。

 汽笛が二度鳴り、出発までの時間が差し迫っていることを教えてくれる。



「でもホント、来てくれて助かったよ」



 ライのその一言に、二人は顔を見合わせて笑った。

 なんだか愉快だった。力が抜ける気分だった。



「後は猫を連れ帰るだけですね」



 選別ももうじき終わるだろう光景を、セラフィナは静かに見守っていた。

2006/10/17 12:30 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 49/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:デルクリフ⇔ルクセン ―港町

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ねぇねぇ、あのお姉ちゃんさー」



 猫の選り分けの様子を見に近づくと、一人の少年に声をかけられた。



「……ああ、セラフィナさん?」



 問い返しながら猫を見る。ぐったりと横たわる三毛の群れは少し薄ら寒い光景だった

が、気絶しているだけだと思い直す。近くの一匹に手を伸ばして持ち上げると、力のな

い体が、くたりと重力に引かれた。



「そうそう」



 猫の模様を比べてよりわけながら言った少年の名前をライは思い出せなかったが、続

く言葉には反応せざるを得なかった。



「ライの恋人?」



「………………あー、違うよ」



「慌てるとかそゆ反応しよーよ。つまんね」



 ちらりとセラフィナの方を確認してから、ライは彼のそばにしゃがみこんだ。

 曖昧な笑顔を浮かべて小声で付け足す。



「くっだらねぇ邪推すんなシメるぞクソガキ」



「うわホンショーが見えた!」



「そら耳だよきっと。

 ……大体さぁ、なんでセラフィナさんは“お姉ちゃん”で僕は呼び捨てなの?」



 本心から疑問に思って問うと、少年は、隣で聞いていたもう一人と顔を見合わせた。

二人は同時に振り向き、複雑な表情でライを見るとわざとらしく溜息をつく。



「だって……ねぇ?」



「だよなぁ」



 ライは少しだけ目を細めて黙り込んだ後で立ち上がった。



「よーくわかった」



 ようするに彼らはこちらのことを自分たちと同等かそれ以下だと思っているわけだ。



 親しみやすい人格という都合のいいレッテルを思いついて採用してみると、ライは逆

に落ち込みそうになった。年上ぶって振舞ったわけでもないからどうでもいいことでは

あるのだが。



「ネコどう?」



「……大丈夫。全部いる!」



 クルトが答えて叫ぶ。

夕方のゴミ捨て場が歓声に包まれた。







      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆







 大量の猫を丁寧に放り込んだ箱から、きゅるりと不可視の模様を描いて魔力の波が広

がった。よくよく観察してみればそこになんらかの法則を見出すことができるのかも知

れないが、ライにはわからない。



「これでもうちょっと待つと元通り」



 クルトが言って、近くの地面に座り込んだ。

 子供たちはあちらこちらで勝手に話し込んだり暴れたりしている。夕飯の時間だから

と帰って行った一人は、すごく残念そうだった。別に三十匹いた猫が一匹になるだけで、

見なければ後悔するようなことでもないのだが……遊びに出ると家に帰りたくなくなる

気持ちはよくわかる。



 見上げた空は橙色に染まっていた。



 詳しくは知らないが、船というのは出航するときにうるさい音を出す乗り物らしい。

聞こえてないからまだ港にいるのだろう。ひょっとしたら、出航は明日になるのかも知

れない。夜に旅立つのは危険だ。



 じいっと魔法の箱を見つめるクルトの表情は複雑だった。ひょっとしたらまだ猫風呂

に未練があるのかも知れない。それとも、妹に悪い虫が寄らないようにする方法でも考

えているのだろうか。



 そうなんだ、そうなんだよ。僕だって昔はくだらないことばかり考えてられたし、そ

れでもよかったんだ。



 もう不可能になってしまった。故郷に帰れば悪友どももすっかり変わってしまってい

るだろう。同い年の連中は、去年に成人式を迎えたはずだ。きっと酒かっくらって朝ま

で騒いだんだろう。その場にいられなかったことが悔しい。その頃には帰るつもりだっ

たのに。



「あのさぁ、セラフィナさん」



「なんですか?」



 振り向いた彼女の様子はいつも通り。ああ、この人はクルトたちみたいなガキじゃな

くて大人なんだなと、ライは羨望と失望の滲んだ目をわずかに逸らした。



「僕がコールベルに行きたいって言ったのは別に「死ぬ前に一目でいいから云々」とか

いうロマンチックと見せかけて実は後ろ向き馬鹿な考えじゃなくて、ただ他に行きたい

場所とかやりたいことが見つからなかっただけで、ただの思いつきなんだ」



「……はい?」



 あっけにとられた表情が少し可愛くてライは笑った。

 黄昏に飲み込まれた今なら言える。



 周りには大勢がいて好き勝手に騒いでいる。今なら何を言っても戯言にしてしまえる。

二人のときに言うのは――恥ずかしかった。弱い自分に酔い切れなくて。



 それでも躊躇して、クセになっている、形だけのため息。

 箱から零れる魔力に当てられて、姿を維持するのにいつも以上に気を使う――いや、

気を使っていたのは一日中だが。子供はそういうのに目ざといから。



「ソフィニアで会ったときよりも実は体調かなーりヤバい状態だったりして、このまま

だと半月もせずに大変なことになりそうな予感がひしひしで、内心すっごい焦ってたり

するんだけど、ええと、その、そうだな…………だからコールベルは、適当に決めた目

的地なんだ。そんなのに付き合せた上にこんなこと言うのは、態度でかそうだし自意識

過剰っぽいしで、すごく気が引けるんだけど」



「ライさん? 大丈夫ですか?」



 うわぁセラフィナさんが困った顔してる。その“大丈夫ですか?”っていうのは、い

きなりわけわかんないこと言い出したけど頭大丈夫ですかって意味なのかな。きっとそ

うだ。そうに違いない。

 いいやどうせだから酔いきっちゃえ。



「コールベルに着く前に僕がいなくなっても、貴女は何も気にしなくて――」



 ジリリリリリリリリリリリリ!!

 言いかけた言葉を遮って、ベルを激しく打ち鳴らす音が響いた。ライははっとして口

をつぐみ、その発信源――魔法の箱に目をやった。



「終わった!」



 声を上げて子供たちが駆け寄っていく。先を争うように蓋を開け、彼らは箱の中に手

を入れる。その手を掻い潜って箱の中から飛び出した三毛猫は。



 ――一匹だけだった。

2006/11/16 23:55 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 50/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:デルクリフ⇔ルクセン ―港町

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 立ち上がり、伸びをしたライに、子供達は猫を手渡した。猫の方も疲れたのだろ

う、大きな欠伸を一つすると、小さく丸まって眠りに落ちる。



「――そろそろ行こうか、セラフィナさん」



 無事一匹に戻った三毛猫をそっと抱き、ライが笑いかけた。



「そうですね」



 しかし、笑い返すセラフィナの笑顔はちょっといつもと違っていて。

(コールベルに着く前に僕がいなくなっても、貴女は何も気にしなくて――)

 さっきの言葉が頭から離れないのだ。



「どうかした?」



 ライは何事もなかったように、いつも通りに見える。聞き間違いだと思いたい。で

も聞き間違いではない気がするのだ。



「え、あ、さすがにちょっと疲れましたね」



 苦笑が漏れる。自然に俯く。

 が、コレは疲れに対するモノではないことを、セラフィナ自身は知っていた。

(ライさんは、私の前からいなくなるつもりなんじゃ――)

 自分と関わるとろくなコトがない。そう思われても仕方がないかもしれない。

 結果的に巻き込まれた形とはいえ、二人が会ってからのこの短い間に、何年分もの

災難にあっているような気さえするのだから。

(何かお手伝いが出来ればと思っていたけど、それは迷惑なだけだったの――?)

 これは自嘲の笑みなのだ。胸を締め付けられる苦しさが、普段の笑みを歪ませる。



「船員さん達も心配して探しているかな」



 眠ってしまった三毛猫をそっと撫でると、ライの顔を見ないまま振り返った。

 群がる子供達に「じゃあね」と手を振り、既に暗くなった道を歩き始める。



「先に船に戻りますね。ライさんはもう少しお別れがしたいでしょう?」



 顔をほんの少しだけ右へ傾け声をかけたが、やはりライの顔が見れなかった。

 何故だろう、怖かったのだ。それは彼の顔を見ることに対してか、それとも彼に顔

を見られることに対してか分からなかったけれど。



(勝手に消えて逃げるのだって、いつでも出来たはずなのに。

 街での騒ぎの時も、船の上でも、彼にはその方が楽だったろうに。

 それをしない、優しい人――。私はそのことをよく知っているわ。

 それなのに、何度も助けてもらったのに、私は彼に何も出来ないなんて――)



 何か後ろから声をかけられたような気もしたが、それがライの声か子供達の声か、

何を言ったのかもよく分からなかった。歩いていたハズなのに、気が付いたら走り出

していたのだから。



 何故だろう、凄く胸が苦しくて、顔をしかめた。











 船では、事情が変わって出発が延びると聞かされたが、明日立つとも明後日立つと

も言われなかった。まぁ、当初の予定通りに出発していたら置いて行かれていたわけ

だから、船に乗れるだけ幸運なのかもしれないけれど。



「ところで」



「はい、なんでしょう?」



「猫、見なかった?」



 猫とは、今日一日追いかけっこをしていたアノ三毛猫である。



「通りで見かけたので、もうすぐ友人と一緒に戻ってくると思いますよ」



 船員の表情から、安堵で力が抜ける。



「助かったよ」



 その船員は、首から下げていた細い笛をくわえると、胸一杯の息を吹き込むように

して、強く長く笛を吹いた。



  ピィ――――――――――――――――――――



 すると、どこからともなくわらわらと乗組員達が集まってくるではないか。



「見つかったぞ~」



「「「ぉぉぉおおっ」」」



 どよめく声と



「「ぃやったー!」」



 歓喜の声。

 部屋に戻ろうとするセラフィナに向けて



「夜が明けたら出発できるから!」



 というあたり、事情とは主に猫の不在の件だったらしい。

 微笑ましいというかなんというか、曖昧な笑顔を浮かべてセラフィナはその場を去

った。

 宴会が始まりそうな勢いのデッキから部屋へ戻り、狭いベッドにうつ伏せになると

どっと疲れが押し寄せる。

(コールベルに着く前に僕がいなくなっても、貴女は何も気にしなくて――)

 頭から離れないのだ。頭がパンクしそうで、胸が締め付けられて。



「まだ、置いていかないで――」



 頭を酷使しすぎたのか、それとも追いかけっこの疲れか。眠りに落ちていくセラフ

ィナに、自分の口から漏れたつぶやきは届いていなかった。

2006/11/16 23:57 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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