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人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―港町
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立ち上がり、伸びをしたライに、子供達は猫を手渡した。猫の方も疲れたのだろ
う、大きな欠伸を一つすると、小さく丸まって眠りに落ちる。
「――そろそろ行こうか、セラフィナさん」
無事一匹に戻った三毛猫をそっと抱き、ライが笑いかけた。
「そうですね」
しかし、笑い返すセラフィナの笑顔はちょっといつもと違っていて。
(コールベルに着く前に僕がいなくなっても、貴女は何も気にしなくて――)
さっきの言葉が頭から離れないのだ。
「どうかした?」
ライは何事もなかったように、いつも通りに見える。聞き間違いだと思いたい。で
も聞き間違いではない気がするのだ。
「え、あ、さすがにちょっと疲れましたね」
苦笑が漏れる。自然に俯く。
が、コレは疲れに対するモノではないことを、セラフィナ自身は知っていた。
(ライさんは、私の前からいなくなるつもりなんじゃ――)
自分と関わるとろくなコトがない。そう思われても仕方がないかもしれない。
結果的に巻き込まれた形とはいえ、二人が会ってからのこの短い間に、何年分もの
災難にあっているような気さえするのだから。
(何かお手伝いが出来ればと思っていたけど、それは迷惑なだけだったの――?)
これは自嘲の笑みなのだ。胸を締め付けられる苦しさが、普段の笑みを歪ませる。
「船員さん達も心配して探しているかな」
眠ってしまった三毛猫をそっと撫でると、ライの顔を見ないまま振り返った。
群がる子供達に「じゃあね」と手を振り、既に暗くなった道を歩き始める。
「先に船に戻りますね。ライさんはもう少しお別れがしたいでしょう?」
顔をほんの少しだけ右へ傾け声をかけたが、やはりライの顔が見れなかった。
何故だろう、怖かったのだ。それは彼の顔を見ることに対してか、それとも彼に顔
を見られることに対してか分からなかったけれど。
(勝手に消えて逃げるのだって、いつでも出来たはずなのに。
街での騒ぎの時も、船の上でも、彼にはその方が楽だったろうに。
それをしない、優しい人――。私はそのことをよく知っているわ。
それなのに、何度も助けてもらったのに、私は彼に何も出来ないなんて――)
何か後ろから声をかけられたような気もしたが、それがライの声か子供達の声か、
何を言ったのかもよく分からなかった。歩いていたハズなのに、気が付いたら走り出
していたのだから。
何故だろう、凄く胸が苦しくて、顔をしかめた。
船では、事情が変わって出発が延びると聞かされたが、明日立つとも明後日立つと
も言われなかった。まぁ、当初の予定通りに出発していたら置いて行かれていたわけ
だから、船に乗れるだけ幸運なのかもしれないけれど。
「ところで」
「はい、なんでしょう?」
「猫、見なかった?」
猫とは、今日一日追いかけっこをしていたアノ三毛猫である。
「通りで見かけたので、もうすぐ友人と一緒に戻ってくると思いますよ」
船員の表情から、安堵で力が抜ける。
「助かったよ」
その船員は、首から下げていた細い笛をくわえると、胸一杯の息を吹き込むように
して、強く長く笛を吹いた。
ピィ――――――――――――――――――――
すると、どこからともなくわらわらと乗組員達が集まってくるではないか。
「見つかったぞ~」
「「「ぉぉぉおおっ」」」
どよめく声と
「「ぃやったー!」」
歓喜の声。
部屋に戻ろうとするセラフィナに向けて
「夜が明けたら出発できるから!」
というあたり、事情とは主に猫の不在の件だったらしい。
微笑ましいというかなんというか、曖昧な笑顔を浮かべてセラフィナはその場を去
った。
宴会が始まりそうな勢いのデッキから部屋へ戻り、狭いベッドにうつ伏せになると
どっと疲れが押し寄せる。
(コールベルに着く前に僕がいなくなっても、貴女は何も気にしなくて――)
頭から離れないのだ。頭がパンクしそうで、胸が締め付けられて。
「まだ、置いていかないで――」
頭を酷使しすぎたのか、それとも追いかけっこの疲れか。眠りに落ちていくセラフ
ィナに、自分の口から漏れたつぶやきは届いていなかった。
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