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2024/11/03 02:18 |
銀の針と翳の意図 51/ライ(小林悠輝)
人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン
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 今日も空は青かった。

 デルクリフから出航して以来、天気の悪い日なんてなかった。長い間、青空の下で波
に揺られていたようにも思えるが――よくよく考えてみれば、あれから五日か六日しか
経っていない。
 海の上では日付の感覚も鈍るのか……

「普段から鈍りっぱなしだよね、もう」

 相変わらず甲板でのんびりしている。
 猫を連れて帰ってきてから、なんだか船員が親しげに話しかけてくるようになったが、
ついでとばかりに雑用も手伝わされている気がしなくもない。

 今だって、倉庫から出した食料を厨房まで運び終わったところだ。運ぶ途中でつまみ
食いしないとか、そういう信用は自分が一番。当たり前だが。
 どんな豪華な料理を見たところで食欲もわかない。そんなものよりも……

 …………。

 そういえば、今日も三食シチューらしい。この船の料理担当は、そこまでシチューが
好きなのだろうか。昨日も一昨日も一昨昨日も。

 ――腰掛けていた樽から立ち上がる。海を眺めると遥か遠くに陸が見えた。
 どうやらこの船は海岸線に沿って航海しているらしい。何度も気づいてきたそのこと
を確認すがのは日課になりつつある。

「コールベルまでどのくらい?」

「気が早いなぁ、にーちゃん。まだ半分も来てないぞ」

 ちょうど通りかかった船員を捕まえて尋ねると、呆れたように笑ってそう言われた。

「途中でまた港に寄るの?」

「そーだなぁ……この調子だと、あと二回くらいは寄るだろうな。
 前の港でそれほど食料を確保できなかったから、また補充しねーと」

 前の港――というのは、猫が増えて大変なことになったあの港町のことだ。あんな寂
れた町に大量の食料を要求できるはずもない。結局、数日持つだけの物資を買って出航
することになったらしい。

「切羽詰まってるね」

「おうよ。にーちゃんは食費かからなくていいねぇ」

「燃費いいからー」

 なんとなくピースサインしてみせる。
 人のいい船員はからからと笑った。日焼けして褐色の肌に、汗が光っている。むさ苦
しいなぁ、なんて失礼なことを思いながらライは視線をさまよわせた。

「他のお客さんって何してるの?」

「ぐーたらしてるよ。素人にゃ船旅なんて退屈だろ」

「そだね」

 もしかしたらフォローするところだったのかも知れないが、訊いた瞬間に興味を失っ
たので適当に頷く。それからライは、さもたった今気がついたかのように言った。

「セラフィナさん――僕と一緒にいた女の人なんだけど、知らない?
 なんか最近ちょっと様子おかしくてさ」

「美人の名前はばっちり覚えてるから大丈夫だ。
 痴話げんかでもしたのか? 女は怒らせると恐いから気をつけろよ」

「いいねぇ、そこまで親密だったら。
 知らないならいいよ……自分で探す」

 ため息をついて、船の内部へ下りる階段へ向かう。
 ふらふらと歩きながら見上げた空には相変わらず雲ひとつなかった。



      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆



 海賊の件の後で彼女の部屋の位置は確かめてあった。とても手遅れなのが自分らしく
ていい感じ。後悔先に立たずってやつだね、たぶん。

「セラフィナさん、いるー? ヒマだったら遊ぼう」

 まったく子供じゃないんだから。でもヒマなのは仕方がないんだ。
 カードの類は持っている。さっき具現化して、箱ごとポケットに押し込んである。適
当に負ける方法は知っているし、それなりに技術もある。勝つだけがイカサマではない。

 何も賭けない場合には、相手をやや優位に立たせて、三回に二回は自分が負けるくら
いがちょうどいい。カード弱いねと言われて笑っているのが一番楽だ。

 ――そんなことを脳裏で並べながらライは再度、扉を叩いた。

 こんな姑息な手段で彼女のご機嫌を取ろうなんて我ながら情けない、と苦笑い。
 だが扉の向こうから返事はなく、無礼を承知で気配を探っても誰もいなかった。

「あれ、セラフィナちゃんなら厨房にいたよ?」

 声に振り向くと小柄な船員が立っていた。
 ライは首をかしげる。

「もう昼ごはんの時間だっけ」

「いやぁ、客だからいいって言ったんだけどさ、手伝ってくれるって言うから」

 実は毎食シチューに嫌気が差したんじゃあるまいか。
 どうでもいい疑惑は口に出さない。

「ふーん……じゃあ、邪魔するわけにはいかないね」

 少し大きな波でも立ったらしく、船が揺れた。
 年季の入った木製の壁に手をつき天井を見上げる。ぱらぱらと砂埃でも降ってくるか
と思ったが、さすがにそこまでは老朽化していないようだった。



      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆



 昼食はやっぱりシチューだったらしい。
 セラフィナを見つけてさっき聞いた話を伝えて、ついでに「退屈すぎるー」とか愚痴
をこぼしたりしていると、タバコをくわえた船員が近づいてきて話に加わった。
 暇人はとても多いらしい。

「次の港町? いつも泊まる場所だよ。
 結構大きな町でなぁ……あっ、にーちゃん好みの場所があるぞ」

「あ?」

 なんとなく嫌な予感がして、自分から問いかけたのに不機嫌な返事をする。色町とか
言いやがったらレバーに一発――心の中でそんな中途半端に物騒なことを考えながら、
聞くだけ聞こうかと先を促した。

 船員はタバコを一度口から離し、ふぅと煙を吐く。
 他の連中には内緒にしといてくれやと笑った口調が少し気に入ったから、黙っていて
やろうと素直に思った。そうでなくても告げ口の趣味はあまりないけど。

「町外れの丘の上に古ーいお屋敷があってだなぁ、昔の金持ちの持ち物だったらしいん
だが、その金持ちってのがどうしようもないやつで、旅人を招待してはヒドイ方法で殺
したりしてたらしい」

 セラフィナが非難するようにライを睨んだ。

「ライさんってそういうのが好きだったんですか?」

「……いや、ゼンゼン好みじゃないって。そんなスプラッタな昔話」

「いいから聞けよ。
 んで、その金持ちってのは、馬鹿なことに有名な冒険者にちょっかい出して逆に殺さ
れちまったわけだが……持ち主の居なくなった屋敷とはいえ、町外れだから、結構放っ
とかれるだろ? そんな噂もあっちゃ、住みたいって奴もいねぇだろうし」

「ああ、うん。心霊マニアでもなけりゃマイホームにはしたくないね。
 住んでるだけでご近所様から変な目で見られそうだし」

 どこか近くで猫が鳴いた。そういえばさっきから姿を見かけなかったなと思ったが、
猫だって、ずっとライの視界内にいるわけでもない。
 昼食時には食堂にいたらしいが、ライはその場にいなかったので知らない。

「そういうわけでしばらく放置されていたわけだが……出るんだよ」

 船員はタバコをくわえなおしてニヤリと笑った。

「殺された旅人たちと金持ちの怨霊が、今でも屋敷の中をさまよってるって話だ」

「オチが甘い」

「……本当ですか?」

 茶々を入れたが流された。
 聞き返したセラフィナの表情が真剣なように見えて、ライは少し不安になる。まさか、
そんなどこにでもあるような怪談を真に受けてるわけじゃないよね?
 横暴な金持ちの数だけ幽霊屋敷があったら大変だって。

 船員は真顔でセラフィナを見つめ、それから大声を上げて笑った。

「本当本当。半年くらい前に寄ったとき、ウォルトが興味半分で肝試しに行ってな、半
泣きで帰ってきやがった。
 奴が近所のガキにからかわれたんじゃなきゃ、いるんだろうよ」

 彼は仲間の名前を出して、そのときのことを思い出したのか、更にゲラゲラと笑い転
げている。こうなると完全に身内ネタだ。
 愛想笑いみたいな表情のセラフィナの横で、ライはため息をついた。

「なんていうか……この前もソフィニアで心霊騒ぎあったし。
 同じ系統で攻めようなんて芸がないよ」

「にーちゃん、その言い方だと自分のことも心霊系だって言ってるの、気づいてるか?」

「ああ、僕はいいの」

 意外と俺様主義なんだな、なんて船員の呟きは聞こえなかったことにする。
 得体の知れない心霊現象と一緒にしないでもらいたい。どう違うか聞かれても困るが。

「じゃああれだ。呪いのメイド服の話」

 ライが呆れて何も言えずにいると、セラフィナが手を叩いて晴れやかに笑った。

「あ、わかりました。ライさんって怪談が好きなんですね?」

「大嫌いだ! っていうか最初のはともかく今のって本当に怪談なの!? 寒いギャグか
聞き間違いじゃないのっ!!?」

 ――とりあえず。
 船の上にあった不幸は最初の夜に大集合して絶滅していたのか、ひたすらに平和で暇
だった。

 港についたのは、その二日後のこと。
 海に西側を、木々の茂った低い陸に北側を塞がれた、それなりに大きな町だった。
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2006/11/30 23:06 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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