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人物:ライ セラフィナ
場所:デルクリフ⇔ルクセン ―港町
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「ねぇねぇ、あのお姉ちゃんさー」
猫の選り分けの様子を見に近づくと、一人の少年に声をかけられた。
「……ああ、セラフィナさん?」
問い返しながら猫を見る。ぐったりと横たわる三毛の群れは少し薄ら寒い光景だった
が、気絶しているだけだと思い直す。近くの一匹に手を伸ばして持ち上げると、力のな
い体が、くたりと重力に引かれた。
「そうそう」
猫の模様を比べてよりわけながら言った少年の名前をライは思い出せなかったが、続
く言葉には反応せざるを得なかった。
「ライの恋人?」
「………………あー、違うよ」
「慌てるとかそゆ反応しよーよ。つまんね」
ちらりとセラフィナの方を確認してから、ライは彼のそばにしゃがみこんだ。
曖昧な笑顔を浮かべて小声で付け足す。
「くっだらねぇ邪推すんなシメるぞクソガキ」
「うわホンショーが見えた!」
「そら耳だよきっと。
……大体さぁ、なんでセラフィナさんは“お姉ちゃん”で僕は呼び捨てなの?」
本心から疑問に思って問うと、少年は、隣で聞いていたもう一人と顔を見合わせた。
二人は同時に振り向き、複雑な表情でライを見るとわざとらしく溜息をつく。
「だって……ねぇ?」
「だよなぁ」
ライは少しだけ目を細めて黙り込んだ後で立ち上がった。
「よーくわかった」
ようするに彼らはこちらのことを自分たちと同等かそれ以下だと思っているわけだ。
親しみやすい人格という都合のいいレッテルを思いついて採用してみると、ライは逆
に落ち込みそうになった。年上ぶって振舞ったわけでもないからどうでもいいことでは
あるのだが。
「ネコどう?」
「……大丈夫。全部いる!」
クルトが答えて叫ぶ。
夕方のゴミ捨て場が歓声に包まれた。
☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆
大量の猫を丁寧に放り込んだ箱から、きゅるりと不可視の模様を描いて魔力の波が広
がった。よくよく観察してみればそこになんらかの法則を見出すことができるのかも知
れないが、ライにはわからない。
「これでもうちょっと待つと元通り」
クルトが言って、近くの地面に座り込んだ。
子供たちはあちらこちらで勝手に話し込んだり暴れたりしている。夕飯の時間だから
と帰って行った一人は、すごく残念そうだった。別に三十匹いた猫が一匹になるだけで、
見なければ後悔するようなことでもないのだが……遊びに出ると家に帰りたくなくなる
気持ちはよくわかる。
見上げた空は橙色に染まっていた。
詳しくは知らないが、船というのは出航するときにうるさい音を出す乗り物らしい。
聞こえてないからまだ港にいるのだろう。ひょっとしたら、出航は明日になるのかも知
れない。夜に旅立つのは危険だ。
じいっと魔法の箱を見つめるクルトの表情は複雑だった。ひょっとしたらまだ猫風呂
に未練があるのかも知れない。それとも、妹に悪い虫が寄らないようにする方法でも考
えているのだろうか。
そうなんだ、そうなんだよ。僕だって昔はくだらないことばかり考えてられたし、そ
れでもよかったんだ。
もう不可能になってしまった。故郷に帰れば悪友どももすっかり変わってしまってい
るだろう。同い年の連中は、去年に成人式を迎えたはずだ。きっと酒かっくらって朝ま
で騒いだんだろう。その場にいられなかったことが悔しい。その頃には帰るつもりだっ
たのに。
「あのさぁ、セラフィナさん」
「なんですか?」
振り向いた彼女の様子はいつも通り。ああ、この人はクルトたちみたいなガキじゃな
くて大人なんだなと、ライは羨望と失望の滲んだ目をわずかに逸らした。
「僕がコールベルに行きたいって言ったのは別に「死ぬ前に一目でいいから云々」とか
いうロマンチックと見せかけて実は後ろ向き馬鹿な考えじゃなくて、ただ他に行きたい
場所とかやりたいことが見つからなかっただけで、ただの思いつきなんだ」
「……はい?」
あっけにとられた表情が少し可愛くてライは笑った。
黄昏に飲み込まれた今なら言える。
周りには大勢がいて好き勝手に騒いでいる。今なら何を言っても戯言にしてしまえる。
二人のときに言うのは――恥ずかしかった。弱い自分に酔い切れなくて。
それでも躊躇して、クセになっている、形だけのため息。
箱から零れる魔力に当てられて、姿を維持するのにいつも以上に気を使う――いや、
気を使っていたのは一日中だが。子供はそういうのに目ざといから。
「ソフィニアで会ったときよりも実は体調かなーりヤバい状態だったりして、このまま
だと半月もせずに大変なことになりそうな予感がひしひしで、内心すっごい焦ってたり
するんだけど、ええと、その、そうだな…………だからコールベルは、適当に決めた目
的地なんだ。そんなのに付き合せた上にこんなこと言うのは、態度でかそうだし自意識
過剰っぽいしで、すごく気が引けるんだけど」
「ライさん? 大丈夫ですか?」
うわぁセラフィナさんが困った顔してる。その“大丈夫ですか?”っていうのは、い
きなりわけわかんないこと言い出したけど頭大丈夫ですかって意味なのかな。きっとそ
うだ。そうに違いない。
いいやどうせだから酔いきっちゃえ。
「コールベルに着く前に僕がいなくなっても、貴女は何も気にしなくて――」
ジリリリリリリリリリリリリ!!
言いかけた言葉を遮って、ベルを激しく打ち鳴らす音が響いた。ライははっとして口
をつぐみ、その発信源――魔法の箱に目をやった。
「終わった!」
声を上げて子供たちが駆け寄っていく。先を争うように蓋を開け、彼らは箱の中に手
を入れる。その手を掻い潜って箱の中から飛び出した三毛猫は。
――一匹だけだった。
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