--------------------------------------------------------------------------------
PC: クレイ カイ
NPC:ロイヤー マグダネル カシュー ギルベルト デュラン
ルキア ウルザ
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……ばかな、なぜ兵が集まらんのだ!」
指して特徴と呼べるところも無い男は顔面を蒼白にしながら、
誰にとも無く独白した。
ロイヤー家は落ちぶれたとはいえれっきとした伯爵家である。
領地をもたないため、独自の兵力は保有してないものの、伯爵
権限で人数と部隊は限られるにしても軍を動かせるはずなのに、
どういうわけかどこに出した要請も不認されたのだ。
それどころか、個人で雇っていた傭兵達も王宮から私兵を宮殿
から距離のある王都外周部の兵舎に下げるように指示されたのだ。
「ロイヤー殿、こちらもダメでした。」
王宮からの使いが退出したのを確認して、入れ替わりに部屋に
入ってきたマグダネルが困惑したように報告した。
マグダネルはロイヤーとは別に、生命の石の奪回を餌に神殿に
話しを付けに行っていたのだ。
先日はデュランと手を組んだらしいカラスとその仲間と実際に
戦ったわけだが、なかなかに侮りがたい連中だったために、援軍
を求めたのだった。
しかしほとんど話をする機会も得られず、結局手ぶらで帰るこ
とになったのだ。
「カラスの後ろに誰がついているにしても、私兵の実質的撤収な
んて勝手にめいれいできないはずなのに。」
もし呼んだ兵達が物理的に何らかの妨害を受けるならまだ想定
内といえるだろう。
だがこの有様ではまるで貴族としての権限そのものが失効して
いるようではないか。
仮に相当上のモノが手を回したにしても、平時は査問委員会も
開かずにかってはできないはずなのだ。
(その無茶をなりふりかまずにやる者がいたにしても、神殿にま
で圧力をかけるのはサウディオ様でもないかぎり不可能。)
おたつくロイヤーを見ているうちに落ち着いてきたのか、マグ
ダネルは状況を分析する。
もともと私兵で十分と思っていたところに突然の移動命令。
ならば権限を生かして「自警」目的でのイスカー軍への兵員出
向要請……の不許可。
別口の神殿ルートもだめ。
こんなマネ、イスカーナ国王ですらそうそうできるものではな
い。
ならばいったい何がおきているのか……。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「ファーミア大公が離反された。」
窓の外を眺めながらギルベルトが口にしたのは、さすがのカシ
ューも驚かずにはいられなかった。
「大公様といえばいままで国が割れないように尽力されてた方じ
ゃないですか、そんなお人がなんでまた?」
「詳しいことまではわからんさ。サウディオの話ではディクタで
旗揚げされたリアナ様につい立って話だが……理由まではな。」
だが、と振り返ったギルベルトは唇に笑みを浮かべていた。
「あの方はこの国でも数少ない本物の尊敬に値する貴族だった。
その方の離反は心を痛めんでもないが、私にとってはむしろあり
がたい。大公とまで呼ばれた貴族が消え、力関係は大きく変化す
る。」
「なるほど、三大公の一角くずれるとなれば、ハーネスは無視で
きませんなぁ。」
「おまけに、サウディオの豚も瑣末な事にかまける余裕はなくな
るしな。これまた不可解だが、あの豚はリアナ姫に執着していた
からな。」
ギルベルトとてリアナ王女が「闇の姫巫女」とよばれるゆえん
はつかんでいたが、カシューに言うようなことでも無いのであえ
手底は濁した。
「つまり神殿は勝手にてをひくわけですな。」
「そういうことだ。あとは、彼ら次第。」
今頃はロイヤー邸についているであろう若者達の姿を思い浮か
べる。
「ま、なんだかんだでツキもきてるようだし、きっとうまくいき
ますよ。」
カシューの言葉の裏に潜む思いはギルベルトにとってはまさに
当事者としての思いでもあった。
「ああ、こんどこそはな。」
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「ははーん、それでこの有様か。」
ルキアから国の一大事を告げられたクレイの反応はそれだけだ
った。
ロイヤー邸の様子があまりにも無防備すぎて不審がるクレイに
密偵の側面をもつウルザが極秘としながらもうちあけたのだ。
「そういえば王宮がものものしかったのは……。」
カイもなにやら納得したようだがそれほど驚いてはいなかった。
二人にとってはそんな雲の上の話よりも目前のことのほうが大事
というだけなのだ。
「さて、どうしますか?」
ウルザが屋敷をうかがいながら聞いてくる。
ちなみにルキアとウルザはここにもカラスとしてきているため、
クレイはルキアを一号、ウルザを二号とよんでいたりする。
「もちろん、正面から堂々とじゃ!」
デュラン元神官が胸を張りながら宣言する。
カイと顔を見合わせたクレイは思わず笑ってしまう。
「そうだな、むかしから正義の味方は正々堂々ってきまってる。」
そのクレイの言葉に何を感じたのか、珍しくカイも少し笑いな
がら冗談めかして言った。
「そうだな。正々堂々な。」
PC: クレイ カイ
NPC:ロイヤー マグダネル カシュー ギルベルト デュラン
ルキア ウルザ
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……ばかな、なぜ兵が集まらんのだ!」
指して特徴と呼べるところも無い男は顔面を蒼白にしながら、
誰にとも無く独白した。
ロイヤー家は落ちぶれたとはいえれっきとした伯爵家である。
領地をもたないため、独自の兵力は保有してないものの、伯爵
権限で人数と部隊は限られるにしても軍を動かせるはずなのに、
どういうわけかどこに出した要請も不認されたのだ。
それどころか、個人で雇っていた傭兵達も王宮から私兵を宮殿
から距離のある王都外周部の兵舎に下げるように指示されたのだ。
「ロイヤー殿、こちらもダメでした。」
王宮からの使いが退出したのを確認して、入れ替わりに部屋に
入ってきたマグダネルが困惑したように報告した。
マグダネルはロイヤーとは別に、生命の石の奪回を餌に神殿に
話しを付けに行っていたのだ。
先日はデュランと手を組んだらしいカラスとその仲間と実際に
戦ったわけだが、なかなかに侮りがたい連中だったために、援軍
を求めたのだった。
しかしほとんど話をする機会も得られず、結局手ぶらで帰るこ
とになったのだ。
「カラスの後ろに誰がついているにしても、私兵の実質的撤収な
んて勝手にめいれいできないはずなのに。」
もし呼んだ兵達が物理的に何らかの妨害を受けるならまだ想定
内といえるだろう。
だがこの有様ではまるで貴族としての権限そのものが失効して
いるようではないか。
仮に相当上のモノが手を回したにしても、平時は査問委員会も
開かずにかってはできないはずなのだ。
(その無茶をなりふりかまずにやる者がいたにしても、神殿にま
で圧力をかけるのはサウディオ様でもないかぎり不可能。)
おたつくロイヤーを見ているうちに落ち着いてきたのか、マグ
ダネルは状況を分析する。
もともと私兵で十分と思っていたところに突然の移動命令。
ならば権限を生かして「自警」目的でのイスカー軍への兵員出
向要請……の不許可。
別口の神殿ルートもだめ。
こんなマネ、イスカーナ国王ですらそうそうできるものではな
い。
ならばいったい何がおきているのか……。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「ファーミア大公が離反された。」
窓の外を眺めながらギルベルトが口にしたのは、さすがのカシ
ューも驚かずにはいられなかった。
「大公様といえばいままで国が割れないように尽力されてた方じ
ゃないですか、そんなお人がなんでまた?」
「詳しいことまではわからんさ。サウディオの話ではディクタで
旗揚げされたリアナ様につい立って話だが……理由まではな。」
だが、と振り返ったギルベルトは唇に笑みを浮かべていた。
「あの方はこの国でも数少ない本物の尊敬に値する貴族だった。
その方の離反は心を痛めんでもないが、私にとってはむしろあり
がたい。大公とまで呼ばれた貴族が消え、力関係は大きく変化す
る。」
「なるほど、三大公の一角くずれるとなれば、ハーネスは無視で
きませんなぁ。」
「おまけに、サウディオの豚も瑣末な事にかまける余裕はなくな
るしな。これまた不可解だが、あの豚はリアナ姫に執着していた
からな。」
ギルベルトとてリアナ王女が「闇の姫巫女」とよばれるゆえん
はつかんでいたが、カシューに言うようなことでも無いのであえ
手底は濁した。
「つまり神殿は勝手にてをひくわけですな。」
「そういうことだ。あとは、彼ら次第。」
今頃はロイヤー邸についているであろう若者達の姿を思い浮か
べる。
「ま、なんだかんだでツキもきてるようだし、きっとうまくいき
ますよ。」
カシューの言葉の裏に潜む思いはギルベルトにとってはまさに
当事者としての思いでもあった。
「ああ、こんどこそはな。」
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「ははーん、それでこの有様か。」
ルキアから国の一大事を告げられたクレイの反応はそれだけだ
った。
ロイヤー邸の様子があまりにも無防備すぎて不審がるクレイに
密偵の側面をもつウルザが極秘としながらもうちあけたのだ。
「そういえば王宮がものものしかったのは……。」
カイもなにやら納得したようだがそれほど驚いてはいなかった。
二人にとってはそんな雲の上の話よりも目前のことのほうが大事
というだけなのだ。
「さて、どうしますか?」
ウルザが屋敷をうかがいながら聞いてくる。
ちなみにルキアとウルザはここにもカラスとしてきているため、
クレイはルキアを一号、ウルザを二号とよんでいたりする。
「もちろん、正面から堂々とじゃ!」
デュラン元神官が胸を張りながら宣言する。
カイと顔を見合わせたクレイは思わず笑ってしまう。
「そうだな、むかしから正義の味方は正々堂々ってきまってる。」
そのクレイの言葉に何を感じたのか、珍しくカイも少し笑いな
がら冗談めかして言った。
「そうだな。正々堂々な。」
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PC:クレイ カイ
NPC:デュラン ウルザ ルキア
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「正々堂々ですか、それはそれで楽しそうですね」
デュランの言葉に思わず笑ってしまうクレイとカイに、こんな言葉を投げかけたの
はウルザだった。その横でルキアが頷く。
「折角だしご老人には馬にでも乗ってもらって、二人が従者として馬を先導すれ
ば?」
ウルザとルキアの声は本気だ。
「ちょ、待ってくれ」
真剣に考え始めているカイとは対照的に、クレイが止めに入る。
「準備に時間がかかれば、誰かに見つかって余計な争いが増えるかもしれないんだ
ぞ」
「だから正面から堂々と行くのよ……『客』としてね」
ルキアの目が楽しげに光る。
デュランはデュランで、馬に乗れないと言いつつも楽しみにしているようだし、カ
イは顎に手を当てて黙り込んでしまった。
それって正々堂々と言うのか?……という発言を、クレイは控えることにした。
「さ、準備オッケー」
何処からかルキアが馬を連れてきたのだが、その馬というのがまた凄い。
毛並みの良い栗毛には質素ながらも上質の馬具が載せられ、大人しくウルザの手か
ら小さな砂糖菓子を食べているのだ。
「で、あんた達はどうするんだよ」
馬の手綱を渡され、振り返ると既に彼女たちの姿がない。
「私たちは影だもの。影には影らしい入り方があるんじゃない?」
声がしたと思った木の上の方を見上げるがそこにも姿はなく、クレイとカイは顔を
見合わせると、僅かに肩を竦めた。
「行きますか」
馬上の人は、心なしか普段よりも姿勢良く、前を見据えている。
「……行こうかの」
馬が静かに歩き出した。
で、正門。
私兵が遠ざけられたとはいえ、当然のように門兵はいたりする。
それなりの家にはそれなりの使用人が居るのだから、まあ当然と言えば当然なのだ
が。
「申し訳ないが、身分を改めさせていただきたい」
そう足止めをした男は未だ若く、鎧もどこかぎこちない。
「わしはデュラン・レクストン(元)司祭じゃ。火急にロイヤー殿と話がある故、馬
を飛ばして参った」
と馬上からのたまうデュランの堂々とした態度に気圧されている。もしかしたら遠
ざけられた私兵の代わりに、新しく暫定的にあてがわれた使用人なのかも知れない。
「で、ではただいま確認して参りますので、こちらの厩の方へひとまず……」
「ならん。火急というのがわからんのか!」
凄い剣幕で怒鳴りつけると、馬を数歩進めようとして、やはり止められた。
「こ、困ります……お通しするには許可が……」
「このわしが直々に伝えることがあって来ておるのじゃ。
神殿の者が度々出入りしておろう、その者達では埒があかない故……」
ブツブツ言い続けるデュランのせいで伝令にも行けず足止めを食らっている哀れな
門兵に、クレイが一言囁いた。
「ココで意地張って通さないでいたらさ、後が怖いと思うなぁ」
一気に門兵の顔が青ざめる。
「ここの仕事が明日もあると思うか?」
カイの一言で、青を通り越して蒼白になった門兵はガタガタと震え始めた。
「あ、あの、あの……」
「具合が悪そうじゃの。わしらは構わんから休息をとられよ」
にっこりと、しかし有無を言わせない圧力。
結果、門兵はがっくりと肩を下ろし、一行は馬のまま敷地内に入ることに成功した
のである。
敷地内は外から見た以上に閑散としていた。
私兵の声、鎧や剣の出す耳障りな金属音、足音すらも聞こえない。
時折強くなる風で木々が揺れ、葉擦れの音がやたらに大きく聞こえたりする。
「罠……ってことではなさそうだな」
いったん足を止め、屋敷を窺っていたカイが言う。
「しかしじいさん、さっきみたいに堂々と出来るんじゃないか」
「ひょっひょっひょ、アレは面白かったんじゃがなぁ」
「って、本気で遊んでるだろ」
そんなやりとりをしつつも、やはり緊迫感が拭えない。
クレイは滲んだ汗を拭って、屋敷の入り口を見やった。
「さ、最終選択。ここで待ち受ける?それとも乗り込む?」
「……という選択肢は、どうやら無くなったようだな……」
カイの言葉を受けて、クレイがカイの視線を追う。
窓を開け放ち、二階のベランダにはロイヤーが立っていた。
「き、貴様ら、ふざけた真似をー!」
その脇にはマグダネル。
ベランダから飛び降りようと手すりを蹴ったその時、何かに体を絡め取られ、訳の
分からないまま宙づりになってしまう。
「なっ……」
暴れれば暴れるほど細い紐は体に食い込み、ますます身動きがとれなくなってい
く。
「ご愁傷様」
「邪魔立ては無用ですよ」
いつからそこにいたのか。
ルキアとウルザはロイヤーの両脇に立ち、仕掛けて置いた紐で網の目のように張り
巡らせていたのだ。
「ば、ばかな……」
抵抗らしき抵抗もできないまま、ロイヤーは膝から崩れ落ちた。
PC:クレイ カイ
NPC:デュラン ウルザ ルキア
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「正々堂々ですか、それはそれで楽しそうですね」
デュランの言葉に思わず笑ってしまうクレイとカイに、こんな言葉を投げかけたの
はウルザだった。その横でルキアが頷く。
「折角だしご老人には馬にでも乗ってもらって、二人が従者として馬を先導すれ
ば?」
ウルザとルキアの声は本気だ。
「ちょ、待ってくれ」
真剣に考え始めているカイとは対照的に、クレイが止めに入る。
「準備に時間がかかれば、誰かに見つかって余計な争いが増えるかもしれないんだ
ぞ」
「だから正面から堂々と行くのよ……『客』としてね」
ルキアの目が楽しげに光る。
デュランはデュランで、馬に乗れないと言いつつも楽しみにしているようだし、カ
イは顎に手を当てて黙り込んでしまった。
それって正々堂々と言うのか?……という発言を、クレイは控えることにした。
「さ、準備オッケー」
何処からかルキアが馬を連れてきたのだが、その馬というのがまた凄い。
毛並みの良い栗毛には質素ながらも上質の馬具が載せられ、大人しくウルザの手か
ら小さな砂糖菓子を食べているのだ。
「で、あんた達はどうするんだよ」
馬の手綱を渡され、振り返ると既に彼女たちの姿がない。
「私たちは影だもの。影には影らしい入り方があるんじゃない?」
声がしたと思った木の上の方を見上げるがそこにも姿はなく、クレイとカイは顔を
見合わせると、僅かに肩を竦めた。
「行きますか」
馬上の人は、心なしか普段よりも姿勢良く、前を見据えている。
「……行こうかの」
馬が静かに歩き出した。
で、正門。
私兵が遠ざけられたとはいえ、当然のように門兵はいたりする。
それなりの家にはそれなりの使用人が居るのだから、まあ当然と言えば当然なのだ
が。
「申し訳ないが、身分を改めさせていただきたい」
そう足止めをした男は未だ若く、鎧もどこかぎこちない。
「わしはデュラン・レクストン(元)司祭じゃ。火急にロイヤー殿と話がある故、馬
を飛ばして参った」
と馬上からのたまうデュランの堂々とした態度に気圧されている。もしかしたら遠
ざけられた私兵の代わりに、新しく暫定的にあてがわれた使用人なのかも知れない。
「で、ではただいま確認して参りますので、こちらの厩の方へひとまず……」
「ならん。火急というのがわからんのか!」
凄い剣幕で怒鳴りつけると、馬を数歩進めようとして、やはり止められた。
「こ、困ります……お通しするには許可が……」
「このわしが直々に伝えることがあって来ておるのじゃ。
神殿の者が度々出入りしておろう、その者達では埒があかない故……」
ブツブツ言い続けるデュランのせいで伝令にも行けず足止めを食らっている哀れな
門兵に、クレイが一言囁いた。
「ココで意地張って通さないでいたらさ、後が怖いと思うなぁ」
一気に門兵の顔が青ざめる。
「ここの仕事が明日もあると思うか?」
カイの一言で、青を通り越して蒼白になった門兵はガタガタと震え始めた。
「あ、あの、あの……」
「具合が悪そうじゃの。わしらは構わんから休息をとられよ」
にっこりと、しかし有無を言わせない圧力。
結果、門兵はがっくりと肩を下ろし、一行は馬のまま敷地内に入ることに成功した
のである。
敷地内は外から見た以上に閑散としていた。
私兵の声、鎧や剣の出す耳障りな金属音、足音すらも聞こえない。
時折強くなる風で木々が揺れ、葉擦れの音がやたらに大きく聞こえたりする。
「罠……ってことではなさそうだな」
いったん足を止め、屋敷を窺っていたカイが言う。
「しかしじいさん、さっきみたいに堂々と出来るんじゃないか」
「ひょっひょっひょ、アレは面白かったんじゃがなぁ」
「って、本気で遊んでるだろ」
そんなやりとりをしつつも、やはり緊迫感が拭えない。
クレイは滲んだ汗を拭って、屋敷の入り口を見やった。
「さ、最終選択。ここで待ち受ける?それとも乗り込む?」
「……という選択肢は、どうやら無くなったようだな……」
カイの言葉を受けて、クレイがカイの視線を追う。
窓を開け放ち、二階のベランダにはロイヤーが立っていた。
「き、貴様ら、ふざけた真似をー!」
その脇にはマグダネル。
ベランダから飛び降りようと手すりを蹴ったその時、何かに体を絡め取られ、訳の
分からないまま宙づりになってしまう。
「なっ……」
暴れれば暴れるほど細い紐は体に食い込み、ますます身動きがとれなくなってい
く。
「ご愁傷様」
「邪魔立ては無用ですよ」
いつからそこにいたのか。
ルキアとウルザはロイヤーの両脇に立ち、仕掛けて置いた紐で網の目のように張り
巡らせていたのだ。
「ば、ばかな……」
抵抗らしき抵抗もできないまま、ロイヤーは膝から崩れ落ちた。
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PC:クレイ カイ
NPC:デュラン ウルザ ルキア マグダネル
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「マグダネル様!」
外の見回りでもしていたのか、屋敷の外を回るようにして飛び出してき
た白装束の男が何かを放つ。
ナイフか魔法かまでは判別できなかったが、マグダネルを縄から解き放
つには十分だったようで、体勢をなおしたマグダネルはそのまま庭に降り
立った。
少し遅れて現れたもう一人の白装束も合流し三人はマグダネルをはさん
で横に並び構えを取る。
しかしベランダではロイヤーがカラス達にとらわれたも同然のためか行
動を起せないでいるようだった。
その様子にクレイがなにかを取り出そうと腰元に手をやったとき、
「おい、あんた達強さが売りなんだってな、だったらこの勝負で片をつけ
ないか?」
ふいにカイが淡々とした口調でそうきりだした。
「ええ? ちょっと待てよ、何いってんだ?」
これに驚いたのはマグダネルやロイヤーよりも、仲間のクレイ達のほう
だったようで、思わず振り返ってカイのほうをみた。
「おちつけクレイ、このままではロイヤーはともかくマグダネルに遺恨を
残すぞ。」
「う……。」
一言でクレイを黙らすと、正面で警戒を解かずにいる三人のほうに向か
ってさらに声をかける。
「あんた達はどうだ、俺達は石をかけるが?」
「いいだろう、もし我々が負けたならこの命好きにするがいい。」
マグダネルもあまりに冷静なカイと泡を食っているクレイの様子を見て
決断を下した。
それにうなづいて返すと、カイはベランダのカラスに手で一人来いと合
図した。
ウルザとルキアは成り行きを見ていたが、目だけで相談すると、ウルザ
が宙を駆け2人の下へと舞い降りた。
こちらも戦力が三人になったところで、デュラン老を下がらせたカイは
クレイとウルザにだけ聞こえる声で、
「この戦い指揮はクレイにまかせる。」
とだけ告げた。
さすがにそれは、と何か言いかけたウルザにカイは、
(俺とお前にはクレイを試す必要がある。)
と唇の動きだけで伝える。
それを見たウルザは言葉を飲み込みうなづいて見せた。
(そうだ、クレイが上へいけるやつだからこそ俺は……。)
心に伏せた決意、カイはこの戦いでそれが正しかったことを確認しよう
としていた。
そしてそれは、ベランダにいるルキアも、参戦するウルザも同じだった。
「おいおい、いいのかよ……。」
前にでて剣を構えるカイにまだ展開に納得いかないクレイが剣を抜きなが
らささやく。
「クレイ、そんなものを用意したのはやつ等を殺したくなかったからでもあ
るんだろう? このまま終わっては間違いなく大公に消されるまでしがらみ
はなくならんだろう。 やつらには先に負けを突きつける必要がある。」
「う……なんか今回のカイは厳しいな。」
しかし正論ではある。
しぶしぶながら剣を抜いたクレイは、正面を見据えて気合を入れなおす。
「……よし、二号は速攻のできる技で、術士のほうを止めてくれ。印を使っ
てたから腕を狙えれば効果はかなりある。カイは俺がマグダネルを止めてる
間にもう一人を頼む。まずは数を減らすことからしかける。あとは必要な時
にそのつどってことで。」
クレイの指示にカイは笑みを浮かべる。
(よくみてる。)
なんだかんだ言いながら、ほとんど時間をかけずに指示を出せるクレイに
カイは安心していた。
(後は結果が証明するだろう。クレアとクレイの未来を。)
「……では、いくぞ!」
向こうでも軽く打ち合わせていた三人は、マグダネルの声ではじけるように
距離をとり陣形を組む。
クレイにとって始まりの、カイにとって終わりの戦いが今始まった。
PC:クレイ カイ
NPC:デュラン ウルザ ルキア マグダネル
場所:王都イスカーナ
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「マグダネル様!」
外の見回りでもしていたのか、屋敷の外を回るようにして飛び出してき
た白装束の男が何かを放つ。
ナイフか魔法かまでは判別できなかったが、マグダネルを縄から解き放
つには十分だったようで、体勢をなおしたマグダネルはそのまま庭に降り
立った。
少し遅れて現れたもう一人の白装束も合流し三人はマグダネルをはさん
で横に並び構えを取る。
しかしベランダではロイヤーがカラス達にとらわれたも同然のためか行
動を起せないでいるようだった。
その様子にクレイがなにかを取り出そうと腰元に手をやったとき、
「おい、あんた達強さが売りなんだってな、だったらこの勝負で片をつけ
ないか?」
ふいにカイが淡々とした口調でそうきりだした。
「ええ? ちょっと待てよ、何いってんだ?」
これに驚いたのはマグダネルやロイヤーよりも、仲間のクレイ達のほう
だったようで、思わず振り返ってカイのほうをみた。
「おちつけクレイ、このままではロイヤーはともかくマグダネルに遺恨を
残すぞ。」
「う……。」
一言でクレイを黙らすと、正面で警戒を解かずにいる三人のほうに向か
ってさらに声をかける。
「あんた達はどうだ、俺達は石をかけるが?」
「いいだろう、もし我々が負けたならこの命好きにするがいい。」
マグダネルもあまりに冷静なカイと泡を食っているクレイの様子を見て
決断を下した。
それにうなづいて返すと、カイはベランダのカラスに手で一人来いと合
図した。
ウルザとルキアは成り行きを見ていたが、目だけで相談すると、ウルザ
が宙を駆け2人の下へと舞い降りた。
こちらも戦力が三人になったところで、デュラン老を下がらせたカイは
クレイとウルザにだけ聞こえる声で、
「この戦い指揮はクレイにまかせる。」
とだけ告げた。
さすがにそれは、と何か言いかけたウルザにカイは、
(俺とお前にはクレイを試す必要がある。)
と唇の動きだけで伝える。
それを見たウルザは言葉を飲み込みうなづいて見せた。
(そうだ、クレイが上へいけるやつだからこそ俺は……。)
心に伏せた決意、カイはこの戦いでそれが正しかったことを確認しよう
としていた。
そしてそれは、ベランダにいるルキアも、参戦するウルザも同じだった。
「おいおい、いいのかよ……。」
前にでて剣を構えるカイにまだ展開に納得いかないクレイが剣を抜きなが
らささやく。
「クレイ、そんなものを用意したのはやつ等を殺したくなかったからでもあ
るんだろう? このまま終わっては間違いなく大公に消されるまでしがらみ
はなくならんだろう。 やつらには先に負けを突きつける必要がある。」
「う……なんか今回のカイは厳しいな。」
しかし正論ではある。
しぶしぶながら剣を抜いたクレイは、正面を見据えて気合を入れなおす。
「……よし、二号は速攻のできる技で、術士のほうを止めてくれ。印を使っ
てたから腕を狙えれば効果はかなりある。カイは俺がマグダネルを止めてる
間にもう一人を頼む。まずは数を減らすことからしかける。あとは必要な時
にそのつどってことで。」
クレイの指示にカイは笑みを浮かべる。
(よくみてる。)
なんだかんだ言いながら、ほとんど時間をかけずに指示を出せるクレイに
カイは安心していた。
(後は結果が証明するだろう。クレアとクレイの未来を。)
「……では、いくぞ!」
向こうでも軽く打ち合わせていた三人は、マグダネルの声ではじけるように
距離をとり陣形を組む。
クレイにとって始まりの、カイにとって終わりの戦いが今始まった。
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PC:クレイ カイ
NPC:デュラン ウルザ ルキア ロイヤー マグダネル カシュー
場所:王都イスカーナ
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蓋を開けてみると、ソレは一方的にも近い戦いだった。
実戦経験で劣るハズのクレイ側には怪我すら殆どなく、マグダネル側にはもう本人
以外戦闘に耐えられる者はいない。
実際、クレイは自分も敵を相手にしながら、周りの状況をよく見ていた。特筆する
べき点は、個人の戦闘力及びクセとも云うべき戦闘スタイルの見極めが絶妙なところ
だろう。
「カイ! 下がって左だ、深追いするな! 二号はそのまま突っ込んで速攻!」
他人から指示を受けながらの戦闘経験がカイにはない。それでも分かり易い言葉で
的確に自分の欠点を指摘されると、どこか小気味よくすらある。
カイが負傷するときには、大抵「自分の身の安全に対する配慮」が足りないからな
のだ。身を挺して対象者の安全を確保する教育を受けたせいだけではなく、本来の気
性の問題かもしれない。が、クレイにはそれが分かるのか、けして深追いさせようと
はしない。
二号ことルキアに対してもそうだ。それぞれが動きやすい、なおかつ無理をさせな
い指示。負傷覚悟でいたカイとルキア、そして高い位置から見守っていたウルザは、
クレイの予想以上の指揮能力に口角を上げた。
「周りを見る余裕があるのか?」
マグダネルは強い。だが、相手に致命的な攻撃を仕掛けることを優先せず、足止め
と防御に重点を置けば、話は少し変わってくる。
クレイが追いつめられたかと思うと、後ろからカイやルキアの攻撃が迫る。そう、
マグダネルの方も、意識をクレイに集中させることが難しくなってきているのだっ
た。ソレを意識してやっているのは他でもない、クレイなのだが。
三方から囲まれる形になったマグダネルは、舌打ちをして言った。
「個々の能力でオレに勝てるヤツはいないと侮ったか」
だが、未だ諦めたわけではないのだろう、目に力がある。
クレイはその視線を正面で受けながら、眉をひそめた。
「アンタより俺が強いなんて思っちゃいない。
だけど、弱いなら弱いなりの戦い方だってあるんだ」
クレイが視線を急に外すと、マグダネルがつい視線の先を追う。そちらからの攻撃
を警戒したのか、それとも心理的反射的な行動だろうか。どちらにしても、その行動
が、彼の致命的な隙を作った。
「ぐっ……かはぁっ!!」
その攻撃は、マグダネルの視界の端で僅かに動いたカイではなく、後方、完全に死
角となった位置からのルキアの不意打ちであった。
「猪口才な真似を……コレでチェックメイトなのか!?」
吐血し、拭われもしない口元が皮肉に歪む。
マグダネルをルキアとカイで取り押さえ、残る二人はルキアがどこからともなく調
達したロ-プで縛られていた。デュランを後ろ手に庇うように立つクレイは、ウルザ
に縛られたロイヤーを見上げ、声を挙げた。
「コレで貴方達の命は私達が握ったことになります」
ロイヤーは顔面蒼白になりながらも、何も言えずにいた。
「ですが、私は貴方達を殺すつもりはない。取り引きしませんか」
クレイは言葉を継ぎ、なにかを取り出そうと腰元に手をやる。
「それはっ!?」
叫んだのはロイヤー。無造作に布に包まれた琥珀を、クレイが取り出したのだ。
「さて、コレが元凶?」
「またんか! そんな大事なモノを……っ!!」
デュラン老がクレイの手から取り上げようとするのを、腕を上に伸ばすようにして
かわした。
遠目にも琥珀だと分かる色、実物をまだ目にしていなくても、大きさから例の琥珀
だと推測出来る。ソレを目の当たりにしたロイヤーが、感動に震え、戦慄いた。
「そ、それさえあれば、私は……」
ロイヤーは身を乗り出そうとするが、ウルザに阻止され、渋々座り込む。
「貴方に諦めろ、と言っても難しいでしょう。
しかも、もう二度とこういうことを起こさないという保証はどこにもない
……ですよね? コレがここにある限り」
クレイの掌で琥珀が踊る。
デュランが慌てふためき、ルキアとウルザも息を呑んだ。
カイはクレイに頷き、マグダネルをルキアに任せ、腰の得物を構えた。
「ダメじゃ! やめるんじゃ!」
「貴様ら~、何をしようとしているのか解っているのか~!?」
デュラン老とロイヤーが叫ぶ。
全員の視線が琥珀に向いた時、マグダネルはルキアを振り切り、クレイへと突進し
た。
「させるかぁ!!」
しかし、クレイの手には既に琥珀はない。
宙高く放り上げられた石に向かい、カイの発する気の風が襲いかかる。
「やめてくれ~!!!」
「やめるんじゃ~!!!」
悲痛な声を余所に、無惨にも幾筋ものかまいたちが琥珀を砕く。無数に砕かれた琥
珀は粉と化し、空から日を浴びて金色に輝きながら降り注ぐ。
「そ、そんなぁ……」
「ワシの、ワシの人生が……」
放心するロイヤーを置いて、ウルザは一人、ルキアの元へ降り立った。
「ワシは、守ってくれると信じてたから琥珀を預けたんじゃー!」
半泣きのデュラン老がクレイに縋り付く。
「でもな、じいさん。アンタが守ってきたのはそれだけじゃないだろう?」
クレイは静かにデュランの肩に手を置いた。
「アンタには守ってきた誇りがあるだろう。悪用させちゃいけないんだ、絶対に」
ルキアとウルザがデュラン老を連れ、クレイから離れる。
複雑な表情の二人は、クレイに声を掛けようとし、やめた。
「ご老体を先にお連れしてくれ。クレイと後から追いかける」
カイの言葉に小さく頷き、ルキアとウルザがデュランと共に去る。
残されたロイヤーと動けないマグダネルを一瞥し、カイがいった。
「そちらの負けだ。復讐を考えたところで石はもう無い」
返ってくる言葉はなかった。クレイとカイは頷き合い、屋敷を後にした。
帰り道。
「さ、て。どうしたものかなぁ?」
クレイの思案顔に、カイが首を傾げた。
「何を今更考えることがある?」
「いや、だってさ……味方騙したわけだし」
クレイは髪をわしわしと掻く。
「ああ、気の毒だがデュラン老にはそのまま信じてもらったほうがいいだろう。彼が
すぐ元気になるようでは、味方を騙してまで相手に信じ込ませた意味が無くなるから
な」
カイは涼しい顔でそう言うと、珍しく「くっくっ」と笑い出した。
「……珍しいじゃないか、そんなにオカシイかよ」
憮然とするクレイに、カイが肩を竦める。
「”敵を欺くには先ず味方から”という言葉もある。が、カラスの方はもう状況が飲
み込めている頃だろうと思ってな」
「あちゃー」
がっくりと肩を落とし、クレイはとぼとぼと歩き出した。
「まあ、何か事情があるんだろうとは思いましたけど……」
「打ち合わせなしとはね」
落胆するデュラン老を送り届け、ルキアとウルザはカシューの元へ戻っていた。
勿論、替わりの琥珀を用意したカシューは、クレイの事情が飲み込めている。
「私達まで騙す必要が……」
「コラコラ、あったんだよ必要が。お前達が動揺しなければ勘繰られるだろう?」
「それはそうなんですが……悔しいですね」
ルキアとウルザは顔を見合わせる。
「仕方ありません、クレイには『桃色キノコ』で手を打ちましょう」
「ソレくらいが妥当でかもね」
……カシューは何も聞かなかったコトにした。
PC:クレイ カイ
NPC:デュラン ウルザ ルキア ロイヤー マグダネル カシュー
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
蓋を開けてみると、ソレは一方的にも近い戦いだった。
実戦経験で劣るハズのクレイ側には怪我すら殆どなく、マグダネル側にはもう本人
以外戦闘に耐えられる者はいない。
実際、クレイは自分も敵を相手にしながら、周りの状況をよく見ていた。特筆する
べき点は、個人の戦闘力及びクセとも云うべき戦闘スタイルの見極めが絶妙なところ
だろう。
「カイ! 下がって左だ、深追いするな! 二号はそのまま突っ込んで速攻!」
他人から指示を受けながらの戦闘経験がカイにはない。それでも分かり易い言葉で
的確に自分の欠点を指摘されると、どこか小気味よくすらある。
カイが負傷するときには、大抵「自分の身の安全に対する配慮」が足りないからな
のだ。身を挺して対象者の安全を確保する教育を受けたせいだけではなく、本来の気
性の問題かもしれない。が、クレイにはそれが分かるのか、けして深追いさせようと
はしない。
二号ことルキアに対してもそうだ。それぞれが動きやすい、なおかつ無理をさせな
い指示。負傷覚悟でいたカイとルキア、そして高い位置から見守っていたウルザは、
クレイの予想以上の指揮能力に口角を上げた。
「周りを見る余裕があるのか?」
マグダネルは強い。だが、相手に致命的な攻撃を仕掛けることを優先せず、足止め
と防御に重点を置けば、話は少し変わってくる。
クレイが追いつめられたかと思うと、後ろからカイやルキアの攻撃が迫る。そう、
マグダネルの方も、意識をクレイに集中させることが難しくなってきているのだっ
た。ソレを意識してやっているのは他でもない、クレイなのだが。
三方から囲まれる形になったマグダネルは、舌打ちをして言った。
「個々の能力でオレに勝てるヤツはいないと侮ったか」
だが、未だ諦めたわけではないのだろう、目に力がある。
クレイはその視線を正面で受けながら、眉をひそめた。
「アンタより俺が強いなんて思っちゃいない。
だけど、弱いなら弱いなりの戦い方だってあるんだ」
クレイが視線を急に外すと、マグダネルがつい視線の先を追う。そちらからの攻撃
を警戒したのか、それとも心理的反射的な行動だろうか。どちらにしても、その行動
が、彼の致命的な隙を作った。
「ぐっ……かはぁっ!!」
その攻撃は、マグダネルの視界の端で僅かに動いたカイではなく、後方、完全に死
角となった位置からのルキアの不意打ちであった。
「猪口才な真似を……コレでチェックメイトなのか!?」
吐血し、拭われもしない口元が皮肉に歪む。
マグダネルをルキアとカイで取り押さえ、残る二人はルキアがどこからともなく調
達したロ-プで縛られていた。デュランを後ろ手に庇うように立つクレイは、ウルザ
に縛られたロイヤーを見上げ、声を挙げた。
「コレで貴方達の命は私達が握ったことになります」
ロイヤーは顔面蒼白になりながらも、何も言えずにいた。
「ですが、私は貴方達を殺すつもりはない。取り引きしませんか」
クレイは言葉を継ぎ、なにかを取り出そうと腰元に手をやる。
「それはっ!?」
叫んだのはロイヤー。無造作に布に包まれた琥珀を、クレイが取り出したのだ。
「さて、コレが元凶?」
「またんか! そんな大事なモノを……っ!!」
デュラン老がクレイの手から取り上げようとするのを、腕を上に伸ばすようにして
かわした。
遠目にも琥珀だと分かる色、実物をまだ目にしていなくても、大きさから例の琥珀
だと推測出来る。ソレを目の当たりにしたロイヤーが、感動に震え、戦慄いた。
「そ、それさえあれば、私は……」
ロイヤーは身を乗り出そうとするが、ウルザに阻止され、渋々座り込む。
「貴方に諦めろ、と言っても難しいでしょう。
しかも、もう二度とこういうことを起こさないという保証はどこにもない
……ですよね? コレがここにある限り」
クレイの掌で琥珀が踊る。
デュランが慌てふためき、ルキアとウルザも息を呑んだ。
カイはクレイに頷き、マグダネルをルキアに任せ、腰の得物を構えた。
「ダメじゃ! やめるんじゃ!」
「貴様ら~、何をしようとしているのか解っているのか~!?」
デュラン老とロイヤーが叫ぶ。
全員の視線が琥珀に向いた時、マグダネルはルキアを振り切り、クレイへと突進し
た。
「させるかぁ!!」
しかし、クレイの手には既に琥珀はない。
宙高く放り上げられた石に向かい、カイの発する気の風が襲いかかる。
「やめてくれ~!!!」
「やめるんじゃ~!!!」
悲痛な声を余所に、無惨にも幾筋ものかまいたちが琥珀を砕く。無数に砕かれた琥
珀は粉と化し、空から日を浴びて金色に輝きながら降り注ぐ。
「そ、そんなぁ……」
「ワシの、ワシの人生が……」
放心するロイヤーを置いて、ウルザは一人、ルキアの元へ降り立った。
「ワシは、守ってくれると信じてたから琥珀を預けたんじゃー!」
半泣きのデュラン老がクレイに縋り付く。
「でもな、じいさん。アンタが守ってきたのはそれだけじゃないだろう?」
クレイは静かにデュランの肩に手を置いた。
「アンタには守ってきた誇りがあるだろう。悪用させちゃいけないんだ、絶対に」
ルキアとウルザがデュラン老を連れ、クレイから離れる。
複雑な表情の二人は、クレイに声を掛けようとし、やめた。
「ご老体を先にお連れしてくれ。クレイと後から追いかける」
カイの言葉に小さく頷き、ルキアとウルザがデュランと共に去る。
残されたロイヤーと動けないマグダネルを一瞥し、カイがいった。
「そちらの負けだ。復讐を考えたところで石はもう無い」
返ってくる言葉はなかった。クレイとカイは頷き合い、屋敷を後にした。
帰り道。
「さ、て。どうしたものかなぁ?」
クレイの思案顔に、カイが首を傾げた。
「何を今更考えることがある?」
「いや、だってさ……味方騙したわけだし」
クレイは髪をわしわしと掻く。
「ああ、気の毒だがデュラン老にはそのまま信じてもらったほうがいいだろう。彼が
すぐ元気になるようでは、味方を騙してまで相手に信じ込ませた意味が無くなるから
な」
カイは涼しい顔でそう言うと、珍しく「くっくっ」と笑い出した。
「……珍しいじゃないか、そんなにオカシイかよ」
憮然とするクレイに、カイが肩を竦める。
「”敵を欺くには先ず味方から”という言葉もある。が、カラスの方はもう状況が飲
み込めている頃だろうと思ってな」
「あちゃー」
がっくりと肩を落とし、クレイはとぼとぼと歩き出した。
「まあ、何か事情があるんだろうとは思いましたけど……」
「打ち合わせなしとはね」
落胆するデュラン老を送り届け、ルキアとウルザはカシューの元へ戻っていた。
勿論、替わりの琥珀を用意したカシューは、クレイの事情が飲み込めている。
「私達まで騙す必要が……」
「コラコラ、あったんだよ必要が。お前達が動揺しなければ勘繰られるだろう?」
「それはそうなんですが……悔しいですね」
ルキアとウルザは顔を見合わせる。
「仕方ありません、クレイには『桃色キノコ』で手を打ちましょう」
「ソレくらいが妥当でかもね」
……カシューは何も聞かなかったコトにした。
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PC:クレイ カイ
NPC:クレア ギルベルト ウルザ ルキア
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――
――
日々全ては元の平穏に……とはいかないもので、一度進み始めた時間
はただ先へ先へと流れるままに。
まるで時間という形の無い獣に追い立てられているようだ。
どこかの詩人かぶれの下級貴族が言っていたのを不意に思い出し、苦
い顔で自嘲する。
(そーだよ、俺の知り合いで下級以外の貴族がいたか?)
クレイは下級であることに恥じも誇りも持っていないが、今の自分が
意図しなかった状態にあることに、いささか皮肉を感じずに入られなか
った。
「お越しいただきありがとうございます。」
数ヶ月前までは言葉を交わすことはおろか、この屋敷にいる人間は、
ハーネス公爵その人しかしらなかったような自分が、よりにもよって顔
見知りができ、なお礼を持って迎えられる。
「こちらこそお招きいただき光栄です。」
目の前にいるのは見慣れたメイド姿のウルザと、こちらは見慣れてな
いはずだが、すまし顔でたたずまれると見慣れたルザと見分けのつかな
い同じメイド姿のルキアが入口で迎えてくれた。
軽く礼を返しただけの無口な相棒のカイとともクレイは、うろ覚えの
貴族の儀礼典範を記憶の底から引きずり出しながら、可能な限り礼儀正
しく挨拶を交わし、屋敷へと招き入れられた。
ロイヤーとの一件の後、クレイとカイはクレアの護衛を解かれ、元の
隊での仕事に戻っていた。
おおよそ一月近くほったらかしにされたわけだが、突然におこったデ
ィクタでのリアナ王女の反乱にイスカーナの政治は混乱していたため、
クレイもカイもあえてこちらから接触するつもりは無かった。
ただ一度だけ見回り途中にロイヤーの屋敷を訪れてみた。
そんなに日がたっていないにもかかわらずすでに人の気配は無く、門
柱からも家紋ははがされ、静寂を残すのみとなっていた。
二人は何を話すでもなく無言のまま屋敷を後にした。
別に同情する気持ちは微塵もおきなかったが、憎しみがあったわけで
もない。
ただ、ふと、ほんとにわずか一瞬であったが、かれらがほんとに望ん
だのは何だったのか、それは、案外誰もが求めているものではなかった
か、そんなことが頭をよぎった。
その後は終わった事件のことはほとんど忘れかけながら仕事に励んで
いたところ、ある日公爵家からの招待状が届いたのだ。
『先日のお礼をしたい』
もちろん、上流階級特有の持って回った言い回しと、意味の無いお褒
めの言葉の羅列が長々と続く立派な文章が書かれていたのだが、中身を
まとめるとそういうことだった。
「よくきてくれた。」
激務といってもまだ足らないほどの公務におわれているはずのギルベ
ルトは、むしろ活力に満ち溢れ、さらに若々しい力を感じさせる様子で
二人を出迎えた。
通された部屋はギリベルトの私室でもあり、特に賓客をもてなすとき
に使われる部屋で、その内装は華美でこそ無いものの、テーブルといい
革張りのソファーといい、どれもこれも今のクレイの生涯給金でもかえ
るものではない『お宝』揃いだった。
二人は勧められるままにやたらと座り心地のいいソファーに腰を下ろ
し、同じく正面に座ったギルベルトと向かい合った。
「まずは礼を言わねばなるまい。」
そういってあたまをさげたギルベルトは、この一月のことを話そうと
したが、クレイはそれを失礼ながらとさえぎった。
「知ったところで意味の無いことは知る必要はないし、興味も無い。」
続けて相変わらず無愛想にいいきったカイにクレイも苦笑しつつ肩を
すくめて見せた。
「クレアを護りきれたことが確認できたなら、胡散臭い話はいいですよ。
」
あまりフォローになってないクレイの言葉にギルベルトも苦笑せざる
を得なかった。
「そういうことなら礼だけ受けてもらおう。こっちはまさか断るまいな?
」
そういって戸口にひかえるウルザとルキアをうながした。
「実はクレアが二人をもてなしたいというのでな。まだ社交界にもだせ
てない娘だが、うけてはもらえぬか?」
たしかに社交界で何の実績も無い小娘が主人としてもてなすなど、無
礼といわれてもしかたないことだが、事が公爵、それも大公、いまとな
っては二大公爵家の一人娘となれば話は変わってくる。
だが、ふと目を合わせたメイドがおかしそうに目だけで笑ったところ
をみると、娘のわがままに親ばかで乗せられたのが真実なのかもしれな
いのだが、どちらにしろ、クレイ程度の身分で受けられるものではない
のは確か。
この手の栄誉だのなんだのに一切の価値を認めていない二人だったが、
形だけのものとはいえ公爵家で振舞われるもてなしといえば、安月給で
ありつけないものであることは確実だったので、断る理由は無かった。
「あれ? カイは?」
ウルザのあとについて通された部屋は、護衛中は一度も入ったことの
無い豪華な部屋だった。
部屋の大きさを見ると大勢で会食をするというよりも、内々のより親
しい客を招くところであるらしかった。
そのテーブルに先に着いていたクレアがあれ?不思議そうな顔をして
いた。
席に案内し、退出するウルザを横目に着席したクレイは肩をすくめた。
「トイレじゃねえの?」
そういうとカイを待つのも惜しいとばかりに早速食事にとりかかろう
とする。
「ちょっと! なにか忘れてない?」
クレアはおもわず一撃をくらわすつもりで立ち上がりかけたが、思い
直してすわりなおす。
それもそのはずで、きょうのクレアは令嬢らしくシンプルながら上質
の絹に金銀を溶かし込んだ糸を素人目にも目を引かれる複雑で見事な柄
へと織り込み、はっきりと『お姫様』の装いなのだった。
「ん? カイならいちいち待たなくてもおこりゃしねーよ。それともお
前も長ったらしい口上を披露したいのか?」
そんなクレアを前にしてもいつもと変わらない様子のクレイに、あき
らめたような安堵したような、クレア自身にもよくわからない気持ちに
ため息をついた。
「もう、いいわよ。それより、その肉に喰らいつく前にそっちのスープ
から飲んでってウルザがいってたわよ。」
「ふーん、なんのスープだろ?」
「さあ?」
「お姫様に聞いてもむだでございましたな……。」
「むー。なんでよ!」
食事をしながら普段どおりの会話を交わす二人を、隣室から様子を伺
っていた一組のメイドは、同じ顔を見合わせて首をかしげた。
「あっれー?」
「おかしいですねぇ。」
この二人にしては実にめずらしいことだったが、気をとられすぎて油
断していたのか……。
「なにが、だ?」
ひっそりと足音はおろか気配のかけらも感じさせずに後ろに現れたカ
イの静かな声におどろき、声を上げそうになって、慌てて口を押さえな
がらふりかえった。
「あ、らー。」
「こ、これはお早いお戻りで……。」
実はこの部屋に向かう途中、こっそりとクレアにクレイと二人になれ
る時間をあげてほしい、とうちあけられたカイは、先に小用を足してく
ると断りをいれて、クレイとわかれ、わざわざはずれの警備の者達が使
うような便所のほうへと向かったのだった。
とはいえ、いきたくて言ったわけでもないので、クレイにわからない
程度に離れるとすぐに引き返し、廊下ででも時間をつぶしたら怪しまれ
ない程度の頃合に合流しようとしていたところ、近くでこそこそしてい
る二人に気づき、こうして声をかけたのだった。
「いやー、そのぉ。」
いつも自信たっぷりのルキアは言いにくそうにウルザを見、ウルザも
困ったようにカイを見た。
「あのー、ほら先日はいっぱいくらわされたしさ……。」
「……はい、ほんの少しですけど、その桃色キノコを……。」
さすがにカイも眉をしかめたが、向こうの二人の様子をうかがうと、
二人を怒ることも無く、それどころか笑みさえ浮かべていた。
「どうやら無駄だったらしいな。」
これは企んだ二人には嫌味に聞こえたが、さすがに言い返せる立場で
もないのでさらに申し訳なさそうに首すくめた。
「でも、ちゃんとスープにはかって入れたんだから、今頃クレアさまに
メロメロのはずなんだけどなー。」
「はい、席の位置・効果ちゃんと計算したんですけど……。」
カイを遠ざけることも含め全て計算づく立ったのだが、なぜしくじっ
たのか。
不思議がる二人をカイもさすがにおかしそうに見ながら、再びクレイ
とクレアに温かい目を向けた。
「あの二人には余計なお世話はいらんということだろう。」
「えっ?」
「それってどううことです?」
カイの言葉の意味を図りかねて、なぜか勢い込んで聞き返す二人に今
度はカイが不思議そうな顔になる。
二人がお互いを好意的に想っているのは確かだ。
確かにクレアの想いとクレイの想いが、まったく同じ種類のものとは
限らないが、ほれ薬が効かないのだから、脈が無いわけでもないだろ。
そんなことはこの二人にもわかりそうなものなのに、なぜここまで気
にするのか。
ふいに、天啓のごとくカイに閃く事があった。
「これは大公も承知のことなのか?」
その閃いたまま、感情を感じさせない冷静な声で問いかけた。
ルキアもウルザもなにか起こられるとでも思ったのか、ふたたび口を
閉ざし首をすくめた。
その態度から肯定と知ったカイは、なぜか少し黙った後、
「そうか……。」
だけ言い残して部屋へと入っていった。
「おう、先にやってるぜ。」
「ああ、カイ、聞いてよ、クレイがねー。」
「おい、そいつはおれのだろうが。」
「ちょっとは遠慮しなさいよ。」
「なにってやがる、今日は客できてんだ。」
後には賑やかな歓声だけが部屋からもれていた。
あくる朝、まだ日が昇りかけている明け方。
朝市のため一日の中でも最も早く人が込む一般用の門へと続く道を、
この都に現れたときのような軽装のまま歩くカイの姿があった。
「まったく、無愛想のくせにわかりやすすぎるぜ。」
ふいに声をかけられて足を止めたカイの視線の先に、門に向かう途中
で待ち伏せるように立つクレイがいた。
「……クレイ。」
カイは何も言わないまま分かれるつもりだった相棒の名を呼んだまま、
後を続けられずに黙ってしまった。
先日の晩餐、はからずもギルベルトがクレイに目をつけたことを確信
したカイは再び旅にでることを決めた。
元々長居する気は無かったが、事が急変しつつあること知ったからに
は、下手にしがらみができる前に退散すべきと先を急ぐことにしたのだ。
それはクレイがこの先、イスカーナで上へとむかうのに自分の存在は
足かせになりかねず、かといってかつてのように影となる気も無かった。
二君を選ぶ気が無い以上、自分のような後ろぐらい友人はプラスには
ならない。
そうした政治の厳しさを、カイは下手をしたらクレイよりもよく知っ
ているだけに、ここにはいられないと思ったのだ。
「クレイ……。」
再び苦しい弁明を絞り出そうとする相棒に、クレイは中身の詰まった
革の小袋を投げ手よこした。
うけとったカイはその重さに驚き中身を見ると、イスカーナ硬貨がつ
められていた。
「給料と報酬だよ。そもそも旅費を稼いでたんだろ?」
そういって笑うクレイは全てを承知していることを伝えていた。
「そうか……。 とっくに覚悟を決めていたのだな。」
「ああ、ちょっとがんばってみることにしたよ。」
相変わらず軽い口調ながら、その中に真摯なものを感じてカイは笑み
を浮かべた。
「クレアのためにか?」
「はっ! いうじゃねぇか。」
クレイも笑顔で返すと、ゆっくりと歩き出し、カイを通り過ぎていく。
すれ違いざまに軽く手を上げると、カイも同じように手を上げて軽く
打ち合わせる。
「また金がなくなったら、今度は俺が仕事世話してやるよ。」
「おぼえておこう。」
クレイの生きる場所はここにあり、カイは旅のなかに生きている。
ならばカイの気持ち次第でいつでも合えるということだ。
そうであればさよならは必要ない。
「またな。」
「ああ、またな。」
二人は振り返らないままそれぞれの道へと進んでいった。
カイは再び自由の空の下に、クレイは再び権謀渦巻く都のなかへと。
PC:クレイ カイ
NPC:クレア ギルベルト ウルザ ルキア
場所:王都イスカーナ
―――――――――――――――――――――――――――――――――
――
日々全ては元の平穏に……とはいかないもので、一度進み始めた時間
はただ先へ先へと流れるままに。
まるで時間という形の無い獣に追い立てられているようだ。
どこかの詩人かぶれの下級貴族が言っていたのを不意に思い出し、苦
い顔で自嘲する。
(そーだよ、俺の知り合いで下級以外の貴族がいたか?)
クレイは下級であることに恥じも誇りも持っていないが、今の自分が
意図しなかった状態にあることに、いささか皮肉を感じずに入られなか
った。
「お越しいただきありがとうございます。」
数ヶ月前までは言葉を交わすことはおろか、この屋敷にいる人間は、
ハーネス公爵その人しかしらなかったような自分が、よりにもよって顔
見知りができ、なお礼を持って迎えられる。
「こちらこそお招きいただき光栄です。」
目の前にいるのは見慣れたメイド姿のウルザと、こちらは見慣れてな
いはずだが、すまし顔でたたずまれると見慣れたルザと見分けのつかな
い同じメイド姿のルキアが入口で迎えてくれた。
軽く礼を返しただけの無口な相棒のカイとともクレイは、うろ覚えの
貴族の儀礼典範を記憶の底から引きずり出しながら、可能な限り礼儀正
しく挨拶を交わし、屋敷へと招き入れられた。
ロイヤーとの一件の後、クレイとカイはクレアの護衛を解かれ、元の
隊での仕事に戻っていた。
おおよそ一月近くほったらかしにされたわけだが、突然におこったデ
ィクタでのリアナ王女の反乱にイスカーナの政治は混乱していたため、
クレイもカイもあえてこちらから接触するつもりは無かった。
ただ一度だけ見回り途中にロイヤーの屋敷を訪れてみた。
そんなに日がたっていないにもかかわらずすでに人の気配は無く、門
柱からも家紋ははがされ、静寂を残すのみとなっていた。
二人は何を話すでもなく無言のまま屋敷を後にした。
別に同情する気持ちは微塵もおきなかったが、憎しみがあったわけで
もない。
ただ、ふと、ほんとにわずか一瞬であったが、かれらがほんとに望ん
だのは何だったのか、それは、案外誰もが求めているものではなかった
か、そんなことが頭をよぎった。
その後は終わった事件のことはほとんど忘れかけながら仕事に励んで
いたところ、ある日公爵家からの招待状が届いたのだ。
『先日のお礼をしたい』
もちろん、上流階級特有の持って回った言い回しと、意味の無いお褒
めの言葉の羅列が長々と続く立派な文章が書かれていたのだが、中身を
まとめるとそういうことだった。
「よくきてくれた。」
激務といってもまだ足らないほどの公務におわれているはずのギルベ
ルトは、むしろ活力に満ち溢れ、さらに若々しい力を感じさせる様子で
二人を出迎えた。
通された部屋はギリベルトの私室でもあり、特に賓客をもてなすとき
に使われる部屋で、その内装は華美でこそ無いものの、テーブルといい
革張りのソファーといい、どれもこれも今のクレイの生涯給金でもかえ
るものではない『お宝』揃いだった。
二人は勧められるままにやたらと座り心地のいいソファーに腰を下ろ
し、同じく正面に座ったギルベルトと向かい合った。
「まずは礼を言わねばなるまい。」
そういってあたまをさげたギルベルトは、この一月のことを話そうと
したが、クレイはそれを失礼ながらとさえぎった。
「知ったところで意味の無いことは知る必要はないし、興味も無い。」
続けて相変わらず無愛想にいいきったカイにクレイも苦笑しつつ肩を
すくめて見せた。
「クレアを護りきれたことが確認できたなら、胡散臭い話はいいですよ。
」
あまりフォローになってないクレイの言葉にギルベルトも苦笑せざる
を得なかった。
「そういうことなら礼だけ受けてもらおう。こっちはまさか断るまいな?
」
そういって戸口にひかえるウルザとルキアをうながした。
「実はクレアが二人をもてなしたいというのでな。まだ社交界にもだせ
てない娘だが、うけてはもらえぬか?」
たしかに社交界で何の実績も無い小娘が主人としてもてなすなど、無
礼といわれてもしかたないことだが、事が公爵、それも大公、いまとな
っては二大公爵家の一人娘となれば話は変わってくる。
だが、ふと目を合わせたメイドがおかしそうに目だけで笑ったところ
をみると、娘のわがままに親ばかで乗せられたのが真実なのかもしれな
いのだが、どちらにしろ、クレイ程度の身分で受けられるものではない
のは確か。
この手の栄誉だのなんだのに一切の価値を認めていない二人だったが、
形だけのものとはいえ公爵家で振舞われるもてなしといえば、安月給で
ありつけないものであることは確実だったので、断る理由は無かった。
「あれ? カイは?」
ウルザのあとについて通された部屋は、護衛中は一度も入ったことの
無い豪華な部屋だった。
部屋の大きさを見ると大勢で会食をするというよりも、内々のより親
しい客を招くところであるらしかった。
そのテーブルに先に着いていたクレアがあれ?不思議そうな顔をして
いた。
席に案内し、退出するウルザを横目に着席したクレイは肩をすくめた。
「トイレじゃねえの?」
そういうとカイを待つのも惜しいとばかりに早速食事にとりかかろう
とする。
「ちょっと! なにか忘れてない?」
クレアはおもわず一撃をくらわすつもりで立ち上がりかけたが、思い
直してすわりなおす。
それもそのはずで、きょうのクレアは令嬢らしくシンプルながら上質
の絹に金銀を溶かし込んだ糸を素人目にも目を引かれる複雑で見事な柄
へと織り込み、はっきりと『お姫様』の装いなのだった。
「ん? カイならいちいち待たなくてもおこりゃしねーよ。それともお
前も長ったらしい口上を披露したいのか?」
そんなクレアを前にしてもいつもと変わらない様子のクレイに、あき
らめたような安堵したような、クレア自身にもよくわからない気持ちに
ため息をついた。
「もう、いいわよ。それより、その肉に喰らいつく前にそっちのスープ
から飲んでってウルザがいってたわよ。」
「ふーん、なんのスープだろ?」
「さあ?」
「お姫様に聞いてもむだでございましたな……。」
「むー。なんでよ!」
食事をしながら普段どおりの会話を交わす二人を、隣室から様子を伺
っていた一組のメイドは、同じ顔を見合わせて首をかしげた。
「あっれー?」
「おかしいですねぇ。」
この二人にしては実にめずらしいことだったが、気をとられすぎて油
断していたのか……。
「なにが、だ?」
ひっそりと足音はおろか気配のかけらも感じさせずに後ろに現れたカ
イの静かな声におどろき、声を上げそうになって、慌てて口を押さえな
がらふりかえった。
「あ、らー。」
「こ、これはお早いお戻りで……。」
実はこの部屋に向かう途中、こっそりとクレアにクレイと二人になれ
る時間をあげてほしい、とうちあけられたカイは、先に小用を足してく
ると断りをいれて、クレイとわかれ、わざわざはずれの警備の者達が使
うような便所のほうへと向かったのだった。
とはいえ、いきたくて言ったわけでもないので、クレイにわからない
程度に離れるとすぐに引き返し、廊下ででも時間をつぶしたら怪しまれ
ない程度の頃合に合流しようとしていたところ、近くでこそこそしてい
る二人に気づき、こうして声をかけたのだった。
「いやー、そのぉ。」
いつも自信たっぷりのルキアは言いにくそうにウルザを見、ウルザも
困ったようにカイを見た。
「あのー、ほら先日はいっぱいくらわされたしさ……。」
「……はい、ほんの少しですけど、その桃色キノコを……。」
さすがにカイも眉をしかめたが、向こうの二人の様子をうかがうと、
二人を怒ることも無く、それどころか笑みさえ浮かべていた。
「どうやら無駄だったらしいな。」
これは企んだ二人には嫌味に聞こえたが、さすがに言い返せる立場で
もないのでさらに申し訳なさそうに首すくめた。
「でも、ちゃんとスープにはかって入れたんだから、今頃クレアさまに
メロメロのはずなんだけどなー。」
「はい、席の位置・効果ちゃんと計算したんですけど……。」
カイを遠ざけることも含め全て計算づく立ったのだが、なぜしくじっ
たのか。
不思議がる二人をカイもさすがにおかしそうに見ながら、再びクレイ
とクレアに温かい目を向けた。
「あの二人には余計なお世話はいらんということだろう。」
「えっ?」
「それってどううことです?」
カイの言葉の意味を図りかねて、なぜか勢い込んで聞き返す二人に今
度はカイが不思議そうな顔になる。
二人がお互いを好意的に想っているのは確かだ。
確かにクレアの想いとクレイの想いが、まったく同じ種類のものとは
限らないが、ほれ薬が効かないのだから、脈が無いわけでもないだろ。
そんなことはこの二人にもわかりそうなものなのに、なぜここまで気
にするのか。
ふいに、天啓のごとくカイに閃く事があった。
「これは大公も承知のことなのか?」
その閃いたまま、感情を感じさせない冷静な声で問いかけた。
ルキアもウルザもなにか起こられるとでも思ったのか、ふたたび口を
閉ざし首をすくめた。
その態度から肯定と知ったカイは、なぜか少し黙った後、
「そうか……。」
だけ言い残して部屋へと入っていった。
「おう、先にやってるぜ。」
「ああ、カイ、聞いてよ、クレイがねー。」
「おい、そいつはおれのだろうが。」
「ちょっとは遠慮しなさいよ。」
「なにってやがる、今日は客できてんだ。」
後には賑やかな歓声だけが部屋からもれていた。
あくる朝、まだ日が昇りかけている明け方。
朝市のため一日の中でも最も早く人が込む一般用の門へと続く道を、
この都に現れたときのような軽装のまま歩くカイの姿があった。
「まったく、無愛想のくせにわかりやすすぎるぜ。」
ふいに声をかけられて足を止めたカイの視線の先に、門に向かう途中
で待ち伏せるように立つクレイがいた。
「……クレイ。」
カイは何も言わないまま分かれるつもりだった相棒の名を呼んだまま、
後を続けられずに黙ってしまった。
先日の晩餐、はからずもギルベルトがクレイに目をつけたことを確信
したカイは再び旅にでることを決めた。
元々長居する気は無かったが、事が急変しつつあること知ったからに
は、下手にしがらみができる前に退散すべきと先を急ぐことにしたのだ。
それはクレイがこの先、イスカーナで上へとむかうのに自分の存在は
足かせになりかねず、かといってかつてのように影となる気も無かった。
二君を選ぶ気が無い以上、自分のような後ろぐらい友人はプラスには
ならない。
そうした政治の厳しさを、カイは下手をしたらクレイよりもよく知っ
ているだけに、ここにはいられないと思ったのだ。
「クレイ……。」
再び苦しい弁明を絞り出そうとする相棒に、クレイは中身の詰まった
革の小袋を投げ手よこした。
うけとったカイはその重さに驚き中身を見ると、イスカーナ硬貨がつ
められていた。
「給料と報酬だよ。そもそも旅費を稼いでたんだろ?」
そういって笑うクレイは全てを承知していることを伝えていた。
「そうか……。 とっくに覚悟を決めていたのだな。」
「ああ、ちょっとがんばってみることにしたよ。」
相変わらず軽い口調ながら、その中に真摯なものを感じてカイは笑み
を浮かべた。
「クレアのためにか?」
「はっ! いうじゃねぇか。」
クレイも笑顔で返すと、ゆっくりと歩き出し、カイを通り過ぎていく。
すれ違いざまに軽く手を上げると、カイも同じように手を上げて軽く
打ち合わせる。
「また金がなくなったら、今度は俺が仕事世話してやるよ。」
「おぼえておこう。」
クレイの生きる場所はここにあり、カイは旅のなかに生きている。
ならばカイの気持ち次第でいつでも合えるということだ。
そうであればさよならは必要ない。
「またな。」
「ああ、またな。」
二人は振り返らないままそれぞれの道へと進んでいった。
カイは再び自由の空の下に、クレイは再び権謀渦巻く都のなかへと。