キャスト:ジュリア リクラゼット イェルヒ
NPC:チャーハン魔王(仮)
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
----------------------------------------------------------------
全て夢にしたい。全て夢であればいい。全て夢であれば。全て夢であろう。全て夢なんだ。全て夢だ。
どうにかして、言い切ってみた。自分の心の中で。
しかし、なんたる悲劇だろう。理性が自分にはあった。どうしても手放すことの出来ないひとかけらの。
あぁ、そうだ。手放してしまえばいいんだ。なんて単純なことを思いつかなかったんだろう。
脳裏で、ぎゅっと握り締めている手を……
バタン!
凄まじい音と共に、男が怒りの形相で出てきた。
あぁ、無理だ。こんなにも目の前に現実を提示されては、理性がどうだとかいう問題ではない。現実というミもフタも無い存在というのは、時として残酷である。
男の形相はとにかく、ものすごい。これを形容するならば……あぁ、確かに「魔王」と表現して間違い無いような気がする、とイェルヒは思った。
「どこにやった!!」
あぁ、まともな言葉を言っている。
少なくとも、あの兄弟達よりもまともなのかもしれない。思えば、彼の反応は真っ当だ。うるさければ注意する。物を盗られたらば、取り返そうとする。真っ当だ。
こんなところでチャーハンさえ作っていなければ、の話だが。
とりあえず、言葉は真っ当に通じるらしい。全てを、投げ出したくなって素直に……と言っても、彼らに義理立てする謂れは無いのだが……言った。
「あっちに行きました」
そうか、と鼻息を荒くしながら、男はそのまま去っていって、それで全てが終わるはずだった。
「……ま、待ってくれ」
……誰だ。
「……や、やはり、あれは、チャーハンソード……、い、いや、あなたは……チャーハン魔王で……あの、ここの神の種は……」
自制心があとほんの少し欠けていれば、イェルヒは、元教師であるリクラゼットに対して大きな舌打ちをしていただろう。
興奮しているのか、リクラゼットはうまく文章を組み立てられていない。
ジュリアとかいう女は、明らかに、イェルヒに「止めろよ、あいつを」という視線をこちらに向けていたし、イェルヒは、不本意ながらもその女と同じ意見だった。
だが、イェルヒは、とめられない。いくら、この状況が好ましくないと思っていてもだ。
探究心。
変わり者と呼ばれる学者は、これが強い。イェルヒは、圧倒的な探究心を持つ者に苛立ちを抱えながらも、それ以上に憧れと尊敬を抱いている。
だから、夢中になっているリクラゼットに対して、イェルヒはとめることなど出来るはずが無かった。
そんなイェルヒに見切りをつけたのか、女が口を開いた。が、その前に、男がサラリと答えた。
「確かに、チャーハン魔王とは呼ばれている」
正気か。この男。
誇らしげでもなく、普通に答えている風情に、ジュリアも流石に言葉が途切れた。
「どこでそれを聞きつけたかは知らないが、名のある方と見受ける」
チャーハン魔王と言い出したのは、チャーハンソード(仮)を持ち出し、奇声を上げながら逃げ去った人物だ。
「今は、この通り、残念ながら、もてなすことが出来ない状態だ」
……もしや、チャーハンでもてなすつもりなのだろうか。
「今は急ぐので……では」
と、男……いや、チャーハン魔王は、颯爽と走り出した。
「待ってくれ!」
リクラゼットにしては大きな声だった。チャーハン魔王は、後姿を見せたまま、立ち止まる。
「一つだけ……! あ、あれは、チャーハンソードなのか?」
チャーハン魔王は首をひねり、横顔をこちらに向け……静かに微笑んだ。そして、駆けて行った。意味不明な微笑みの謎を、無責任にも残して。
「……チャーハン魔王……」
熱に浮かされたようにその名を呟いたのは、勿論、言うまでも無い。半裸の学者馬鹿……いや、馬鹿学者だ。
NPC:チャーハン魔王(仮)
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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全て夢にしたい。全て夢であればいい。全て夢であれば。全て夢であろう。全て夢なんだ。全て夢だ。
どうにかして、言い切ってみた。自分の心の中で。
しかし、なんたる悲劇だろう。理性が自分にはあった。どうしても手放すことの出来ないひとかけらの。
あぁ、そうだ。手放してしまえばいいんだ。なんて単純なことを思いつかなかったんだろう。
脳裏で、ぎゅっと握り締めている手を……
バタン!
凄まじい音と共に、男が怒りの形相で出てきた。
あぁ、無理だ。こんなにも目の前に現実を提示されては、理性がどうだとかいう問題ではない。現実というミもフタも無い存在というのは、時として残酷である。
男の形相はとにかく、ものすごい。これを形容するならば……あぁ、確かに「魔王」と表現して間違い無いような気がする、とイェルヒは思った。
「どこにやった!!」
あぁ、まともな言葉を言っている。
少なくとも、あの兄弟達よりもまともなのかもしれない。思えば、彼の反応は真っ当だ。うるさければ注意する。物を盗られたらば、取り返そうとする。真っ当だ。
こんなところでチャーハンさえ作っていなければ、の話だが。
とりあえず、言葉は真っ当に通じるらしい。全てを、投げ出したくなって素直に……と言っても、彼らに義理立てする謂れは無いのだが……言った。
「あっちに行きました」
そうか、と鼻息を荒くしながら、男はそのまま去っていって、それで全てが終わるはずだった。
「……ま、待ってくれ」
……誰だ。
「……や、やはり、あれは、チャーハンソード……、い、いや、あなたは……チャーハン魔王で……あの、ここの神の種は……」
自制心があとほんの少し欠けていれば、イェルヒは、元教師であるリクラゼットに対して大きな舌打ちをしていただろう。
興奮しているのか、リクラゼットはうまく文章を組み立てられていない。
ジュリアとかいう女は、明らかに、イェルヒに「止めろよ、あいつを」という視線をこちらに向けていたし、イェルヒは、不本意ながらもその女と同じ意見だった。
だが、イェルヒは、とめられない。いくら、この状況が好ましくないと思っていてもだ。
探究心。
変わり者と呼ばれる学者は、これが強い。イェルヒは、圧倒的な探究心を持つ者に苛立ちを抱えながらも、それ以上に憧れと尊敬を抱いている。
だから、夢中になっているリクラゼットに対して、イェルヒはとめることなど出来るはずが無かった。
そんなイェルヒに見切りをつけたのか、女が口を開いた。が、その前に、男がサラリと答えた。
「確かに、チャーハン魔王とは呼ばれている」
正気か。この男。
誇らしげでもなく、普通に答えている風情に、ジュリアも流石に言葉が途切れた。
「どこでそれを聞きつけたかは知らないが、名のある方と見受ける」
チャーハン魔王と言い出したのは、チャーハンソード(仮)を持ち出し、奇声を上げながら逃げ去った人物だ。
「今は、この通り、残念ながら、もてなすことが出来ない状態だ」
……もしや、チャーハンでもてなすつもりなのだろうか。
「今は急ぐので……では」
と、男……いや、チャーハン魔王は、颯爽と走り出した。
「待ってくれ!」
リクラゼットにしては大きな声だった。チャーハン魔王は、後姿を見せたまま、立ち止まる。
「一つだけ……! あ、あれは、チャーハンソードなのか?」
チャーハン魔王は首をひねり、横顔をこちらに向け……静かに微笑んだ。そして、駆けて行った。意味不明な微笑みの謎を、無責任にも残して。
「……チャーハン魔王……」
熱に浮かされたようにその名を呟いたのは、勿論、言うまでも無い。半裸の学者馬鹿……いや、馬鹿学者だ。
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キャスト:ジュリア イェルヒ リクラゼット
NPC:チャーハン魔王(仮)
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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天にも昇る気持ち。とはまさにこんな気持ちなのだろう。
いや、実際私は空を飛んでいたのかもしれない。
それほどまでに伝説の――そう、伝説なのだ!――のチャーハン魔王との出会いは素晴らしいものだったのだ!
こんな話を聞いたことは無いだろうか?
昔々、餓えた子供たちがある鍋を見つめた。するとどうだろう。その鍋から、まるで泉のように食べ物がわきあがってきたのだ。そして、蓋をするとぴたりと行動を止めるのだ。
実を言うと、このような話は世界中に様々な亜種が存在する。近代文学史の研究によると、その根本は古代文明に存在したあるアーティファクトにまつわる話である。
そのアーティファクトの名前は「チャーハンソード」。全ての包丁の親となった存在である。その刃は想像のものを切り、空想した野菜を切り刻み、実際に物質化させるという。現在では考えられぬほどの魔法技術で作られた「チャーハンソード」は幾度も古代文明の文明に登場しては世界を救い、また、窮地においやったこともあるという。
今では考え付かないほど遥か昔に、貧困の時代があった。寒波が世k(省略
「はぁはぁ……た、たまらない……まさに歴史のミステリーだ……ごふっ!はぁはぁ」
そんなことを思いながら、リクラゼットは思考の世界に入っていく。
まるで生ゴミとか、駅のホームで泥酔してベンチに横たわる中年とかへ向ける視線を、元教え子が向けているのにも気づかずに。今、この瞬間。彼は「唯一」自分を認めてくれていた生徒を失ったのだ。
「…………」
ああ、それはもう。確実に。
そんな彼らを尻目に女――ジュリアはおもむろに自分の靴を脱いだ。おもむろにぶんぶんと二三度振り回す。その度にビュッビュッと風の音がする。そして視線を、彼女の目の前で興奮のあまり身悶える中年男性(もやし・半裸)に向ける。いや、むしろその靴を向ける。
「あの食材、あれが空想のものだというのか……!一体どのようなテクノロジーが……ああっ、調べたい、今すぐ!しゃぶりつくし、陵辱するかのように調べま」
「やめろ、変態。」
すぽぽぽぽぽーん。
靴が、リクラゼットの腰にヒットした。悶絶する中年。
ゴキリ、という鈍い音がしたのは言うまもでもない。
(折れたか?)
イェルヒは一人、そんなことを考えた。そして早く帰って本を読みたいなーとも。
遺跡の中に不釣合いなチャーハンの香りを、疎ましく思いながら。
ベジタリアンの彼にとって、チャーハンの中途半端なチャーシューさは許せないのであった。
ぎぃぃぃぃぃ。
かくして、重苦しい悲鳴をあげながらその扉は閉ざされた。
「彼は大好きな研究材料と一緒に生きていくのでした。メデタイメデタイ。」
そう締めるジュリア。
扉は堅く閉ざされてはいるが、何とか力を込めればあけられるくらいだ。……もやし中年の場合、どうかはわからないが。
その後に残されたのは、早く帰りたそうな顔をするイェルヒとジュリアだった。
遺跡の何処からか、激しい破壊音と叫び声が聞こえてくる。「兄さん!コノヤロ!」「ひょーほほほほほほっ。世界征服だー!」「バカッ、チャーハンはパラパラご飯が基本だと何度もいってい(略」「あはははは捕まえてごr(略」「待てよk(略)」戦いは熾烈を極めているらしく、様々な効果音がオンパレードでマスカレードだ。
「「さあ、帰ろうか」」
再び、二人の声が重なった。
遥か遠くに聞こえる声たちが、いつ戻ってくるか分らない。
方向転換する二人。動きが、止まる。うんざりとした、停止だった。
「あなた方、アタクシの夫を知らないかしらぁ?」
目の前に、何か変な人がいた。
変な人は紅生姜が沢山入った袋に手を突っ込んでは、ボリボリと紅生姜を貪っている。その手は心なしか赤く変色している。
「アタクシ、紅生姜夫人と言いますの。ベニ夫人で構いませんことよ。」
誰も聞いてネェ。
NPC:チャーハン魔王(仮)
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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天にも昇る気持ち。とはまさにこんな気持ちなのだろう。
いや、実際私は空を飛んでいたのかもしれない。
それほどまでに伝説の――そう、伝説なのだ!――のチャーハン魔王との出会いは素晴らしいものだったのだ!
こんな話を聞いたことは無いだろうか?
昔々、餓えた子供たちがある鍋を見つめた。するとどうだろう。その鍋から、まるで泉のように食べ物がわきあがってきたのだ。そして、蓋をするとぴたりと行動を止めるのだ。
実を言うと、このような話は世界中に様々な亜種が存在する。近代文学史の研究によると、その根本は古代文明に存在したあるアーティファクトにまつわる話である。
そのアーティファクトの名前は「チャーハンソード」。全ての包丁の親となった存在である。その刃は想像のものを切り、空想した野菜を切り刻み、実際に物質化させるという。現在では考えられぬほどの魔法技術で作られた「チャーハンソード」は幾度も古代文明の文明に登場しては世界を救い、また、窮地においやったこともあるという。
今では考え付かないほど遥か昔に、貧困の時代があった。寒波が世k(省略
「はぁはぁ……た、たまらない……まさに歴史のミステリーだ……ごふっ!はぁはぁ」
そんなことを思いながら、リクラゼットは思考の世界に入っていく。
まるで生ゴミとか、駅のホームで泥酔してベンチに横たわる中年とかへ向ける視線を、元教え子が向けているのにも気づかずに。今、この瞬間。彼は「唯一」自分を認めてくれていた生徒を失ったのだ。
「…………」
ああ、それはもう。確実に。
そんな彼らを尻目に女――ジュリアはおもむろに自分の靴を脱いだ。おもむろにぶんぶんと二三度振り回す。その度にビュッビュッと風の音がする。そして視線を、彼女の目の前で興奮のあまり身悶える中年男性(もやし・半裸)に向ける。いや、むしろその靴を向ける。
「あの食材、あれが空想のものだというのか……!一体どのようなテクノロジーが……ああっ、調べたい、今すぐ!しゃぶりつくし、陵辱するかのように調べま」
「やめろ、変態。」
すぽぽぽぽぽーん。
靴が、リクラゼットの腰にヒットした。悶絶する中年。
ゴキリ、という鈍い音がしたのは言うまもでもない。
(折れたか?)
イェルヒは一人、そんなことを考えた。そして早く帰って本を読みたいなーとも。
遺跡の中に不釣合いなチャーハンの香りを、疎ましく思いながら。
ベジタリアンの彼にとって、チャーハンの中途半端なチャーシューさは許せないのであった。
ぎぃぃぃぃぃ。
かくして、重苦しい悲鳴をあげながらその扉は閉ざされた。
「彼は大好きな研究材料と一緒に生きていくのでした。メデタイメデタイ。」
そう締めるジュリア。
扉は堅く閉ざされてはいるが、何とか力を込めればあけられるくらいだ。……もやし中年の場合、どうかはわからないが。
その後に残されたのは、早く帰りたそうな顔をするイェルヒとジュリアだった。
遺跡の何処からか、激しい破壊音と叫び声が聞こえてくる。「兄さん!コノヤロ!」「ひょーほほほほほほっ。世界征服だー!」「バカッ、チャーハンはパラパラご飯が基本だと何度もいってい(略」「あはははは捕まえてごr(略」「待てよk(略)」戦いは熾烈を極めているらしく、様々な効果音がオンパレードでマスカレードだ。
「「さあ、帰ろうか」」
再び、二人の声が重なった。
遥か遠くに聞こえる声たちが、いつ戻ってくるか分らない。
方向転換する二人。動きが、止まる。うんざりとした、停止だった。
「あなた方、アタクシの夫を知らないかしらぁ?」
目の前に、何か変な人がいた。
変な人は紅生姜が沢山入った袋に手を突っ込んでは、ボリボリと紅生姜を貪っている。その手は心なしか赤く変色している。
「アタクシ、紅生姜夫人と言いますの。ベニ夫人で構いませんことよ。」
誰も聞いてネェ。
キャスト:ジュリア イェルヒ (リクラゼット)
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
--------------------------------------------------------------------------
目の前には変な人。どちらが返事をする?
ジュリアとエルフは、「お前が相手しろよ」という視線を交し合った。もちろん、交渉は一瞬で決裂。両者とも断固拒否。ここでの妥協は生死を左右する。主に精神的面で。
「アタクシの夫は伝説のチャーハンを追い求めてここに来て以来、帰らないんですの」
聞こえない。何も聞こえない。
口の中だけでそんな呪文を呟きながら、ジュリアは、八割がた本気で、目の前の女を殴り倒して背後の扉の中に存在を抹消することを考えた。残りの二割は勿論、最早、証拠隠滅などと生ぬるいことを考える必要はないという危険思考だ。
「知らなぁい?」
「……」
エルフはあくまでも変な人を無視することにしたらしい。通路の先を――というより、どこか遠い場所を見ている。それは明日という異世界なのかも知れないし、もっと危険などこかなのかも知れなかった。どちらも大差ない気がしなくもないが。
「この奥に」
ジュリアは、かなり躊躇した後で、微妙に相手から目を逸らし呟いた。声が裏返らないように細心の注意をして、決して相手がこちらに、少しでも関心を向けたりしないようにと祈りながら。
「……チャーハン魔王を名乗る男がいました」
思わず敬語になるのは、できるだけ距離を置きたいからだ。
「ということはぁ……伝説のチャーハンは、この奥に?」
女の目が見開かれた。わなわなを震える手(明らかに紅生姜の掴みすぎで赤い)が扉に向けて伸ばされたので、ジュリアはそっと横に避けた。女がよろよろと進み出る。
その間も、手は袋に伸ばされ、紅生姜を掴んで口に運んだ。
「アタクシの紅生姜に相応しいチャーハンに、本当に巡り合える日が来るなんて!」
ジュリアは思わず、女が抱えている袋を見た。紅生姜がたんまり入っている。これだけの量を携帯する理由がさっぱりわからない。一日にこれだけ食べるのだろうか。塩分の取りすぎで病気になったりしないのか。
女は扉の前まで辿り着くと、赤い汁を滴らせる手を扉に当てて、押した。
「開きませんわ」
「……報われない努力なんて、ないはずです。伝説はすぐそこに!」
「そうね!」
紅生姜の袋を地面に置けばいいんじゃないか、とはなんとなくコワくて言えなかったので、適当なことを答えておく。女は納得したらしく、紅生姜を後生大事に抱えたまま、扉にタックルし始めた。たまに紅生姜を食べるのを忘れない。
これでしばらく時間が稼げるだろう、どうやらこの手を血で染める必要はなさそうだ。人殺しはよくないことだ。だけど、ここで殺ってしまったとしても恐らく誰にも見つからない……いや、目撃者がいる。それに、変な人はやたらしぶといと決まっているから、暗殺計画は事前に練っておかないと駄目だろう。突発的に追加されるのは予想外で反則だ。
女は紅生姜を鷲掴みにして大量に貪ると、更に気合を入れて扉に飛びかかった。飛び散る紅生姜。口元から垂れたそれは、まるで血でも飲んだよう。もとい、どっちかというと怪しいクスr(自主規制)。
猛々しい雄たけびが闇を揺るがした。
「ヴェエエエエエエエエエエエッ!!」
「……」
ジュリアはエルフと目を合わせて、うなずきあった。今度は意思疎通成功。
全速力で退避すべし。ここは危険だ。さあ、躊躇わず、闇の向こうへ。この逃走は屈辱ではない。不可抗力だ。人は圧倒的な不条理とは渡り合えない。
深呼吸。
イチ、
ニィ、
そろそろと忍び足で距離を稼ぐ。
――サン!
インドア派の二人は逃れるように駆けだした。いつの間にかどちらかが灯した、ごくごく小さな魔法の明りに照らされた遺跡の中を疾駆する。直進する通路を抜け、階段を越える。十字路、分かれ道。帰路は記憶だけが頼りだったが、奇跡的に、二人の意見が(相談したわけではないが)違うことは一度もなかった。
息が切れて足を止めたのは、果たしてどちらが先だったのか。
不利なのは、女だという点か、それともエルフだという点なのか。壁に背をつけて、肩で息をする。体が熱い。浮いた汗を手の甲で拭って周囲を見渡すと、なんとなく見覚えがあるような気がしなくもない場所だった。
それを言い出してしまえば、そこらじゅう見覚えがありそうな場所ばかりなのだが。この遺跡の中は、どこもおなじようにしか見えない。二人して迷った可能性もなきにしもあらず。
「……来て、ないな」
「ああ」
荒い吐息とともに、声を吐き出す。既に強引に息を整えたエルフが、たった今、抜けてきた闇を睨みながら緊張した面持ちで頷いた。
ああ、今日初めての、まともな会話!
ジュリアはいっそ泣き出したいような気分になってから、この感動があきらかに異常なものだと気づいて挫けそうになった。
このエルフと話をしようというような気分にはならないし、たぶん相手もそうだろう。むしろ願いのような確認のやり取りが終わると、周囲はまた静寂に包まれた。
――静寂?
三馬鹿と魔王が騒いでいる様子がない。どこかでくたばったのだろうか。そうだといいな。無駄に騒ぎまくったのだから、無駄に静かになってくれてもいいだろう。もうこれで一件落着ということにしてソフィニアに帰りたい。すぐに宿へ戻って荷物を引き取り、そのままどこか遠い場所へ逃げようと決心した。
というわけで歩き出す。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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目の前には変な人。どちらが返事をする?
ジュリアとエルフは、「お前が相手しろよ」という視線を交し合った。もちろん、交渉は一瞬で決裂。両者とも断固拒否。ここでの妥協は生死を左右する。主に精神的面で。
「アタクシの夫は伝説のチャーハンを追い求めてここに来て以来、帰らないんですの」
聞こえない。何も聞こえない。
口の中だけでそんな呪文を呟きながら、ジュリアは、八割がた本気で、目の前の女を殴り倒して背後の扉の中に存在を抹消することを考えた。残りの二割は勿論、最早、証拠隠滅などと生ぬるいことを考える必要はないという危険思考だ。
「知らなぁい?」
「……」
エルフはあくまでも変な人を無視することにしたらしい。通路の先を――というより、どこか遠い場所を見ている。それは明日という異世界なのかも知れないし、もっと危険などこかなのかも知れなかった。どちらも大差ない気がしなくもないが。
「この奥に」
ジュリアは、かなり躊躇した後で、微妙に相手から目を逸らし呟いた。声が裏返らないように細心の注意をして、決して相手がこちらに、少しでも関心を向けたりしないようにと祈りながら。
「……チャーハン魔王を名乗る男がいました」
思わず敬語になるのは、できるだけ距離を置きたいからだ。
「ということはぁ……伝説のチャーハンは、この奥に?」
女の目が見開かれた。わなわなを震える手(明らかに紅生姜の掴みすぎで赤い)が扉に向けて伸ばされたので、ジュリアはそっと横に避けた。女がよろよろと進み出る。
その間も、手は袋に伸ばされ、紅生姜を掴んで口に運んだ。
「アタクシの紅生姜に相応しいチャーハンに、本当に巡り合える日が来るなんて!」
ジュリアは思わず、女が抱えている袋を見た。紅生姜がたんまり入っている。これだけの量を携帯する理由がさっぱりわからない。一日にこれだけ食べるのだろうか。塩分の取りすぎで病気になったりしないのか。
女は扉の前まで辿り着くと、赤い汁を滴らせる手を扉に当てて、押した。
「開きませんわ」
「……報われない努力なんて、ないはずです。伝説はすぐそこに!」
「そうね!」
紅生姜の袋を地面に置けばいいんじゃないか、とはなんとなくコワくて言えなかったので、適当なことを答えておく。女は納得したらしく、紅生姜を後生大事に抱えたまま、扉にタックルし始めた。たまに紅生姜を食べるのを忘れない。
これでしばらく時間が稼げるだろう、どうやらこの手を血で染める必要はなさそうだ。人殺しはよくないことだ。だけど、ここで殺ってしまったとしても恐らく誰にも見つからない……いや、目撃者がいる。それに、変な人はやたらしぶといと決まっているから、暗殺計画は事前に練っておかないと駄目だろう。突発的に追加されるのは予想外で反則だ。
女は紅生姜を鷲掴みにして大量に貪ると、更に気合を入れて扉に飛びかかった。飛び散る紅生姜。口元から垂れたそれは、まるで血でも飲んだよう。もとい、どっちかというと怪しいクスr(自主規制)。
猛々しい雄たけびが闇を揺るがした。
「ヴェエエエエエエエエエエエッ!!」
「……」
ジュリアはエルフと目を合わせて、うなずきあった。今度は意思疎通成功。
全速力で退避すべし。ここは危険だ。さあ、躊躇わず、闇の向こうへ。この逃走は屈辱ではない。不可抗力だ。人は圧倒的な不条理とは渡り合えない。
深呼吸。
イチ、
ニィ、
そろそろと忍び足で距離を稼ぐ。
――サン!
インドア派の二人は逃れるように駆けだした。いつの間にかどちらかが灯した、ごくごく小さな魔法の明りに照らされた遺跡の中を疾駆する。直進する通路を抜け、階段を越える。十字路、分かれ道。帰路は記憶だけが頼りだったが、奇跡的に、二人の意見が(相談したわけではないが)違うことは一度もなかった。
息が切れて足を止めたのは、果たしてどちらが先だったのか。
不利なのは、女だという点か、それともエルフだという点なのか。壁に背をつけて、肩で息をする。体が熱い。浮いた汗を手の甲で拭って周囲を見渡すと、なんとなく見覚えがあるような気がしなくもない場所だった。
それを言い出してしまえば、そこらじゅう見覚えがありそうな場所ばかりなのだが。この遺跡の中は、どこもおなじようにしか見えない。二人して迷った可能性もなきにしもあらず。
「……来て、ないな」
「ああ」
荒い吐息とともに、声を吐き出す。既に強引に息を整えたエルフが、たった今、抜けてきた闇を睨みながら緊張した面持ちで頷いた。
ああ、今日初めての、まともな会話!
ジュリアはいっそ泣き出したいような気分になってから、この感動があきらかに異常なものだと気づいて挫けそうになった。
このエルフと話をしようというような気分にはならないし、たぶん相手もそうだろう。むしろ願いのような確認のやり取りが終わると、周囲はまた静寂に包まれた。
――静寂?
三馬鹿と魔王が騒いでいる様子がない。どこかでくたばったのだろうか。そうだといいな。無駄に騒ぎまくったのだから、無駄に静かになってくれてもいいだろう。もうこれで一件落着ということにしてソフィニアに帰りたい。すぐに宿へ戻って荷物を引き取り、そのままどこか遠い場所へ逃げようと決心した。
というわけで歩き出す。
キャスト:ジュリア イェルヒ (リクラゼット)
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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ありがたいことに、女はあまり語りかけてこなかった。
これは、「無かったこと」にしなければいけないことだ。例え唯一の常識人だとしても、ここで、感覚を確かめ合って共有してはいけない。危機に面した時の友情は固いものとなる。しかし、今回はその「危機」すら無かったことにしなければならない。ということは、ここで固い絆で結ばれてはいけないのだ。
そう、あの、リクラゼット元教師のことも無かったことにしなければいけない。記憶から、そして心からも抹消しなければいけないのだ。……もともとそんなに思いいれも無いし、とイェルヒは心の中で付け足す。
とりあえず、現在がどこなのかを把握しなければいけない。出鱈目に走ったので、もはや先ほどの位置もわからない。
イェルヒは、ちらりとジュリアを一瞥して……特に問題がないと判断し、地図を取り出した。
「なんだ? それは」
「地図だ。隠しておいた」
ジュリアは、一瞬間が空き、「あぁ」となにか納得したように頷いた。
地図には地下の図までも詳しく描かれている。先ほどの場所であろう箇所もあった。イェルヒは細い指でその箇所を指す。
「今さっきまでいたのは、この中心部だ……」
「……で、今はどこにいるんだ?」
やはり、ジュリアも分からないらしい。イェルヒは嘆息した。それを察し、ジュリアは問いかけの答えをそれ以上求めなかった。
ジュリアはその場に膝を着き、手のひらを床につけると、目を閉じゆっくりと深呼吸をしはじめた。そしてひときわ大きく息を吸って、薄く瞼を開ける。
「その手は伸びていき、どこまでも這ってゆく……」
ジュリアの小さな呟きの断片を聞き取った時、イェルヒには、空気が揺らめくのを感じた。
これは……。
イェルヒは、急いで魔術の構成を練る。本来ならば、余剰部分となり形になりきらないかけらとなる魔力を収束箇所に、よりタイトに、シャープになるよう導く。
地中から茨が伸び、通路に添って這っていく。魔力によって形作られた茨は、まるで何かの触手のように蠢き、信じられない速度でそれは広がっていった。
しばらくすると、茨の動きは突然止まった。ジュリアが息をつくと、茨は枯れ、朽ちた。ただし、その朽ち果てた残りのカスは、どこにも残っていなかったが。
ジュリアは立ち上がると、地図を覗く。そして、しばらく考えるように人差し指で色々となぞっていたが、その指先が止まった。
「ここだ」
確信のこもった声。
イェルヒは、そんなジュリアを見て思った。
ただの、「ハタチを過ぎて赤のヒラヒラのドレスのようなスカートをこんな遺跡にまで着てくる常識外の女」じゃなかったのか……と。
「ところでさっき、お前……」
「あぁ、補助だ。邪魔にはならなかったはずだろう」
イェルヒが答える。問いかけの口調ではなく、断定の口調で。
ジュリアは、表情には出さなかったものの、軽い驚きを覚えた。他人の魔力の構成を瞬時に読み取ってそれに沿った補強を行えることはそうそう出来るものではない。そして、このエルフの言うとおり、邪魔にはならなかった。むしろ、普段より意識が鮮鋭になり、茨での探索は思ったより素早く終えれた。
しかし、なんとなくこのエルフの態度が気に食わないので、感謝の念は一切沸かなかったが。
エルフの方を見ると、あっちもそんなものを期待していたようではなく、もう歩き出していた。
「こっちだ」
ジュリアは慌ててイェルヒの後を追う。
ジュリアは、このまま無言のまま歩き続けると信じて疑わなかったが、驚くことにイェルヒは喋りだした。
「その代わり、俺は攻撃魔法の類とかはあまり得意じゃない。威嚇程度だ」
とはいっても、イェルヒのそれは、会話という温かみのあるものではなく、一方的なものの言い方であった。これならば、会話という観点で見ると、クラークとの方が「会話」であったのかもしれない……いや、そんなことはないか。あれも、「会話」とは呼べないものだ。認めてはならない。
「だから、あの……妙な奴らが出てきたら」
イェルヒは、あとは、目だけで語った。頼むという風ではなく、「分かってるな」という確認。つまりは決定事項。
「押し付ける気か」とジュリアは思ったが、抗議はしなかった。この態度はイチイチ鼻につくが、反論する理由が無かった。勿論、そのような事態になれば、このエルフもジュリアの補助に徹するだろう。
それに、いざとなれば、このひ弱そうで神経質そうなエルフを囮にして逃げ出せばいい。
……奇しくも、イェルヒも、このジュリアの考えを鏡返しのようにそっくりそのまま考えていたのだが、この二人の心はとても遠かったので、互いが互いの思いに気づかなかった。
それとは別に、イェルヒにはある一つの懸念があった。
脱出の古代文字
「開放」の文字が時間を経て力を回復するタイプのものだったのだ。脱出の古代文字もそのタイプのものであると考えていいだろう。
そしてクラークの持っていた地図。あれは、今、イェルヒの持っているものと同じものであった。ということは、脱出への経路も相手は分かっている。複数の経路があるものの、そのいずれかに向かうのだ。つまりは、出会う確率は大いにある。
また、チャーハン魔王(仮)(イェルヒはまだその存在を認めたわけではない)もここのつくりは把握していると見ていいだろう。つまり、こちらと出会う確率もあるということだ。
そして、先に古代文字を使われていたとき。結果、他の場所に向かわなければいけないということで、それはそれで、あのベニ夫人とのエンカウント率を高めるというものだ。
とりあえず、地上にさえ出てしまえば、どうにか、なる(と思いたい)。とりあえず、この濃密な空間から抜け出さなくてはならない。
自然と、イェルヒの足取りは早いものとなっていった。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
----------------------------------------------------------------
ありがたいことに、女はあまり語りかけてこなかった。
これは、「無かったこと」にしなければいけないことだ。例え唯一の常識人だとしても、ここで、感覚を確かめ合って共有してはいけない。危機に面した時の友情は固いものとなる。しかし、今回はその「危機」すら無かったことにしなければならない。ということは、ここで固い絆で結ばれてはいけないのだ。
そう、あの、リクラゼット元教師のことも無かったことにしなければいけない。記憶から、そして心からも抹消しなければいけないのだ。……もともとそんなに思いいれも無いし、とイェルヒは心の中で付け足す。
とりあえず、現在がどこなのかを把握しなければいけない。出鱈目に走ったので、もはや先ほどの位置もわからない。
イェルヒは、ちらりとジュリアを一瞥して……特に問題がないと判断し、地図を取り出した。
「なんだ? それは」
「地図だ。隠しておいた」
ジュリアは、一瞬間が空き、「あぁ」となにか納得したように頷いた。
地図には地下の図までも詳しく描かれている。先ほどの場所であろう箇所もあった。イェルヒは細い指でその箇所を指す。
「今さっきまでいたのは、この中心部だ……」
「……で、今はどこにいるんだ?」
やはり、ジュリアも分からないらしい。イェルヒは嘆息した。それを察し、ジュリアは問いかけの答えをそれ以上求めなかった。
ジュリアはその場に膝を着き、手のひらを床につけると、目を閉じゆっくりと深呼吸をしはじめた。そしてひときわ大きく息を吸って、薄く瞼を開ける。
「その手は伸びていき、どこまでも這ってゆく……」
ジュリアの小さな呟きの断片を聞き取った時、イェルヒには、空気が揺らめくのを感じた。
これは……。
イェルヒは、急いで魔術の構成を練る。本来ならば、余剰部分となり形になりきらないかけらとなる魔力を収束箇所に、よりタイトに、シャープになるよう導く。
地中から茨が伸び、通路に添って這っていく。魔力によって形作られた茨は、まるで何かの触手のように蠢き、信じられない速度でそれは広がっていった。
しばらくすると、茨の動きは突然止まった。ジュリアが息をつくと、茨は枯れ、朽ちた。ただし、その朽ち果てた残りのカスは、どこにも残っていなかったが。
ジュリアは立ち上がると、地図を覗く。そして、しばらく考えるように人差し指で色々となぞっていたが、その指先が止まった。
「ここだ」
確信のこもった声。
イェルヒは、そんなジュリアを見て思った。
ただの、「ハタチを過ぎて赤のヒラヒラのドレスのようなスカートをこんな遺跡にまで着てくる常識外の女」じゃなかったのか……と。
「ところでさっき、お前……」
「あぁ、補助だ。邪魔にはならなかったはずだろう」
イェルヒが答える。問いかけの口調ではなく、断定の口調で。
ジュリアは、表情には出さなかったものの、軽い驚きを覚えた。他人の魔力の構成を瞬時に読み取ってそれに沿った補強を行えることはそうそう出来るものではない。そして、このエルフの言うとおり、邪魔にはならなかった。むしろ、普段より意識が鮮鋭になり、茨での探索は思ったより素早く終えれた。
しかし、なんとなくこのエルフの態度が気に食わないので、感謝の念は一切沸かなかったが。
エルフの方を見ると、あっちもそんなものを期待していたようではなく、もう歩き出していた。
「こっちだ」
ジュリアは慌ててイェルヒの後を追う。
ジュリアは、このまま無言のまま歩き続けると信じて疑わなかったが、驚くことにイェルヒは喋りだした。
「その代わり、俺は攻撃魔法の類とかはあまり得意じゃない。威嚇程度だ」
とはいっても、イェルヒのそれは、会話という温かみのあるものではなく、一方的なものの言い方であった。これならば、会話という観点で見ると、クラークとの方が「会話」であったのかもしれない……いや、そんなことはないか。あれも、「会話」とは呼べないものだ。認めてはならない。
「だから、あの……妙な奴らが出てきたら」
イェルヒは、あとは、目だけで語った。頼むという風ではなく、「分かってるな」という確認。つまりは決定事項。
「押し付ける気か」とジュリアは思ったが、抗議はしなかった。この態度はイチイチ鼻につくが、反論する理由が無かった。勿論、そのような事態になれば、このエルフもジュリアの補助に徹するだろう。
それに、いざとなれば、このひ弱そうで神経質そうなエルフを囮にして逃げ出せばいい。
……奇しくも、イェルヒも、このジュリアの考えを鏡返しのようにそっくりそのまま考えていたのだが、この二人の心はとても遠かったので、互いが互いの思いに気づかなかった。
それとは別に、イェルヒにはある一つの懸念があった。
脱出の古代文字
「開放」の文字が時間を経て力を回復するタイプのものだったのだ。脱出の古代文字もそのタイプのものであると考えていいだろう。
そしてクラークの持っていた地図。あれは、今、イェルヒの持っているものと同じものであった。ということは、脱出への経路も相手は分かっている。複数の経路があるものの、そのいずれかに向かうのだ。つまりは、出会う確率は大いにある。
また、チャーハン魔王(仮)(イェルヒはまだその存在を認めたわけではない)もここのつくりは把握していると見ていいだろう。つまり、こちらと出会う確率もあるということだ。
そして、先に古代文字を使われていたとき。結果、他の場所に向かわなければいけないということで、それはそれで、あのベニ夫人とのエンカウント率を高めるというものだ。
とりあえず、地上にさえ出てしまえば、どうにか、なる(と思いたい)。とりあえず、この濃密な空間から抜け出さなくてはならない。
自然と、イェルヒの足取りは早いものとなっていった。
キャスト:ジュリア イェルヒ (リクラゼット)
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
--------------------------------------------------------------------------
「……」
魔術で灯した灯りを頼りに延々と歩き続け、いい加減に疲れてきたころに辿り着いた突き当りの壁をエルフは慎重に検分しはじめた。妖精族特有の白く細い指先が石壁の上になぞる模様は文字のようだった。この遺跡で何度か見かけた、奇妙な文字だ。
古代文字――という言葉を聞いた気がする。
古代文字というのは、ジュリアの知識では、ようするに古代の文字のことだ。
他になんとも言いようがない。文字そのものが特殊な意味を持っていたり、魔法じみた効果を表すこともあるが、ただそれだけの骨董品だ。読めない文字は文字ではない。だとすれば、どんな付属的な意味があろうとも、大抵の人間にとって無意味だということだ。だが、この遺跡は、その古代文字で制御されたり操作されたりするらしい。
時代錯誤と言うものは、まったくもって気味が悪い。
だから遺跡は好まないのだ。好きな場所など思い当たらないが。
エルフの表情がすとんと絶望色に染められたのを見て、ジュリアは、問題の起こらない速やかな脱出が不可能になったのだと悟った。確率的に低い事柄に中るということは、運が悪いと言うことだ。
運命の女神は気まぐれだなどという言い回しはよくあるが、彼女は気まぐれなのではなくて、つねに悪意の方向に傾いているのだろう。気に入られれば少しは優遇されるというだけで、そういった特別を覗けば、世の中の誰もが多少なれども不運だということになる。最も賢いのは、彼女の気を引かぬよう、極めて平凡な人生を志すことだ。
――そんな無駄思考を数秒続けた後、ジュリアは無言で背後を振りかえった。
「地図、見せろ」
「……ああ」
横柄に手を差し出す。エルフは無愛想に応えて古びた紙切れを渡してきた。
ここが駄目だということは他を探すしかあるまい。ざっと地図に目を通し黙考。
「脱出の古代文字は他にない」
「ん?」
「ここからしか出られないはずだ。ここが使われているということは……」
「……何を寝ぼけた事を言ってるんだ。
普通の入り口から入ってきたじゃないか。出られるよ」
「そういう意味じゃない」
どうやらエルフは感情を表面に出さないタイプのようだが、眉間に浅く寄った眉で、苛だちのようなものが読み取れた。この状況で気が立たない方がどうかしている。実際、ジュリアも平穏な気分でいるわけではない。
早いところ宿に帰って寝たい。今日は早起きした(馬鹿に叩き起こされた)せいで、いつも以上に何にもやる気が起こらない。そろそろ、現実を否定することにさえ投げやりになってきそうだ。それはマズい。全身全霊を持って、今日の出来事は闇に葬り去らなければならないのだから。
「つまり?」
「脱出の古代文字はここにしかなくて、これは恐らく時間の経過と共に効果を回復する」
「それは不便なことだ」
「この文字は、使われたばっかりだ。
ということは、好ましくない現状を確実に知る事ができる」
そこまで言われて、ようやくジュリアにもエルフの言いたいことがわかってきた。
馬鹿とチャーハン魔神たちが、或いは彼らの何人か或いは誰かが、既にここから脱出している可能性がある。森の中を走り回ってくれているならいいとして、万が一ソフィニアに向かってしまったとしたら大惨事だ。
ソフィニアがどうなろうがジュリアの知ったことではない。
しかし大勢の人間がいる場所で騒ぎが起こってしまうと、もう、誰の記憶にも残らないように歴史の闇へ叩き落とすのがひどく難しくなる。そうなったらソフィニアごと滅ぼすしか。
「……もう、放置でよくない?
自分たちだけ忘れればめでたしめでたしじゃないか」
「俺はあそこに住んでるんだ」
「旅に出るとか」
「出ない」
「残念」
本心からそう言って、ジュリアは肩を竦めた。
あらためて地図と睨めっこしてみる。
まだあのベニ夫人がうろついている可能性がある。
これだけ広い遺跡の中ででくわすことはそうそうないだろう、などと楽観的に考えていると運命の女神様がにっこりと微笑んでダイスの目を変えてくれるわけだ。
「アレが、ここに辿り着く可能性は、低いな?」
「あれだけの岐路があれば」
アレというのはアレのことだ。形容詞で通じ合うのは、形容詞以外でアレを表現したくないという一点においてのみ、二人の心の距離がちょっと近いからだ。
「……低い、はず……だ」
答えてきたエルフの目は、一般的な確率論と、異次元における不条理を天秤にかけて、その結果を判断しかねている様子だった。
ジュリアは後々ベニ夫人に無茶な登場をされないために、床に、森の小石やパンよろしく紅生姜が点々と撒かれていたりしないことを確認した。本当に魔女がいて、「ほらここに究極のチャーハンがあるよ」とか言いながらベニ夫人を竃の前に立たせてくれたりしたら何の問題もないのだが、さすがにそこまでを望むのは贅沢というものだ。
しまった、逃げずに自分でやってくればよかったのか。
「その古代文字というのはどれだけの時間で回復する?」
「待つのか?」
「歩き回ったら絶対に遭遇するって」
「そうだな」
エルフは諦めたようにため息をついた。
もう世界に対して諦めのようなものを抱いてしまったらしい。
「それなら……少し試してみよう。
失敗すれば歩くことになる」
何をするつもりなのかは知らないが、何か事態を進展させる可能性があるなら、とりあえず試してもらうべきだろう。ジュリアは無言で頷いて、古代文字の刻んである反対側の暗闇から脅威が現れたときにいつでも速攻で吹き飛ばすことができるように強風の魔術の呪文を思い出す。
ソフィニアの中退者に、酒代と引き変えに教えてもらったのだ。
あまり使う機会はないし得意でもない。そもそも理論そのものを理解しきっていない。しかし「とりあえず呪文を丸暗記して唱えれば発動する程度のものだ」という言葉の通り、よくわからないにも関わらず、多少の応用を利かせることもできる。
尤も、現役の学院生から見れば児戯に等しいだろうが。
エルフは壁の前に片膝をついて、白墨のようなものを取り出すと、それを片手に文字と睨みあい始めた。たまにぽつりと何かを呟くのは癖なのか、それとも作業がひどく難解なのか。細面の横顔には、古代の遺産を冷徹に分析しようという真剣さが表れていた。
古代には恐らく単純に神秘として扱われていただろう力ある文字を理論に分解し、その配線に手を加える。傲慢極まりない人間の技術だ。
何故、エルフである彼がそんなものを扱うのだろうとふと思ったが、すぐに別れるだろう相手の事情を問うほど好奇心旺盛ではない。
やがて、複雑な模様を描き加えられた古代文字がぼんやりと発光し始めた。
知識がなくとも直感的にわかる、発動の合図。置いていかれては面倒だ。駆け寄り、とりあえず「おつかれ」とだけ声をかける。エルフは少し得意げな表情を抑え切れないようだった。それを悟られないようにとわずかに顔をそむける彼には望みどおり一片の注意も払わずに、文字を眺める。
で、これをどうしればいいんだ?
と問うより早く、文字から溢れた光が周囲を包み込んだ。
文字のそれは、目が眩むほど強い光ではなかったが、次に差してきた陽光は暗闇に慣れた目をチカチカさせた。周囲の空気が変わったことがはっきりとわかる。埃臭さと饐えた湿気が消え、爽やかな――という表現は陳腐だが、遺跡の中に比べれば段違いに爽やかな風を感じる。
(ここは?)
でたらめに明滅する視界に集中するために目を細める。
視力があまりよくないせいか、あまり明るいところはただでさえ苦手なのだ。
状況がよくわからないというのは不安要素だ。数十秒もすれば目が慣れるとわかっていても急いてしまう。近くにエルフも立っているが、彼は放心したように直立して動かなかった。
「……そんな」
小さな呟きは何の感情も伴っていなかった。
不安が増し、ジュリアは周囲を見渡した。
少し離れたところに高い建物、足元は――整備されている。町の中だ。公園か、広場か、そういった場所の端に出たらしい。ようやく目が慣れてきた。見覚えのある場所だと認識する。ここはソフィニアだ。昨日、少し寄ってみようかと思ったが、妙に気味が悪くて近寄らなかった公園。
ジュリアは遅れてエルフと同じ方向に視線をやり。
そしてエルフとおなじく硬直した。
公園の木々の向こう側。
包丁を振り回すクラークとそれを追いかける一団が、まるで一陣の風のように駆けぬけ、警笛を鳴らしながら追いかける警邏がそれに続いていた。
恐れ慄く通行人、悲鳴と奇声の大合唱。
喧々囂々、阿鼻叫喚。
そして最悪なことに、馬鹿の集団は奇声をあげながら公園へなだれ込んできた。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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「……」
魔術で灯した灯りを頼りに延々と歩き続け、いい加減に疲れてきたころに辿り着いた突き当りの壁をエルフは慎重に検分しはじめた。妖精族特有の白く細い指先が石壁の上になぞる模様は文字のようだった。この遺跡で何度か見かけた、奇妙な文字だ。
古代文字――という言葉を聞いた気がする。
古代文字というのは、ジュリアの知識では、ようするに古代の文字のことだ。
他になんとも言いようがない。文字そのものが特殊な意味を持っていたり、魔法じみた効果を表すこともあるが、ただそれだけの骨董品だ。読めない文字は文字ではない。だとすれば、どんな付属的な意味があろうとも、大抵の人間にとって無意味だということだ。だが、この遺跡は、その古代文字で制御されたり操作されたりするらしい。
時代錯誤と言うものは、まったくもって気味が悪い。
だから遺跡は好まないのだ。好きな場所など思い当たらないが。
エルフの表情がすとんと絶望色に染められたのを見て、ジュリアは、問題の起こらない速やかな脱出が不可能になったのだと悟った。確率的に低い事柄に中るということは、運が悪いと言うことだ。
運命の女神は気まぐれだなどという言い回しはよくあるが、彼女は気まぐれなのではなくて、つねに悪意の方向に傾いているのだろう。気に入られれば少しは優遇されるというだけで、そういった特別を覗けば、世の中の誰もが多少なれども不運だということになる。最も賢いのは、彼女の気を引かぬよう、極めて平凡な人生を志すことだ。
――そんな無駄思考を数秒続けた後、ジュリアは無言で背後を振りかえった。
「地図、見せろ」
「……ああ」
横柄に手を差し出す。エルフは無愛想に応えて古びた紙切れを渡してきた。
ここが駄目だということは他を探すしかあるまい。ざっと地図に目を通し黙考。
「脱出の古代文字は他にない」
「ん?」
「ここからしか出られないはずだ。ここが使われているということは……」
「……何を寝ぼけた事を言ってるんだ。
普通の入り口から入ってきたじゃないか。出られるよ」
「そういう意味じゃない」
どうやらエルフは感情を表面に出さないタイプのようだが、眉間に浅く寄った眉で、苛だちのようなものが読み取れた。この状況で気が立たない方がどうかしている。実際、ジュリアも平穏な気分でいるわけではない。
早いところ宿に帰って寝たい。今日は早起きした(馬鹿に叩き起こされた)せいで、いつも以上に何にもやる気が起こらない。そろそろ、現実を否定することにさえ投げやりになってきそうだ。それはマズい。全身全霊を持って、今日の出来事は闇に葬り去らなければならないのだから。
「つまり?」
「脱出の古代文字はここにしかなくて、これは恐らく時間の経過と共に効果を回復する」
「それは不便なことだ」
「この文字は、使われたばっかりだ。
ということは、好ましくない現状を確実に知る事ができる」
そこまで言われて、ようやくジュリアにもエルフの言いたいことがわかってきた。
馬鹿とチャーハン魔神たちが、或いは彼らの何人か或いは誰かが、既にここから脱出している可能性がある。森の中を走り回ってくれているならいいとして、万が一ソフィニアに向かってしまったとしたら大惨事だ。
ソフィニアがどうなろうがジュリアの知ったことではない。
しかし大勢の人間がいる場所で騒ぎが起こってしまうと、もう、誰の記憶にも残らないように歴史の闇へ叩き落とすのがひどく難しくなる。そうなったらソフィニアごと滅ぼすしか。
「……もう、放置でよくない?
自分たちだけ忘れればめでたしめでたしじゃないか」
「俺はあそこに住んでるんだ」
「旅に出るとか」
「出ない」
「残念」
本心からそう言って、ジュリアは肩を竦めた。
あらためて地図と睨めっこしてみる。
まだあのベニ夫人がうろついている可能性がある。
これだけ広い遺跡の中ででくわすことはそうそうないだろう、などと楽観的に考えていると運命の女神様がにっこりと微笑んでダイスの目を変えてくれるわけだ。
「アレが、ここに辿り着く可能性は、低いな?」
「あれだけの岐路があれば」
アレというのはアレのことだ。形容詞で通じ合うのは、形容詞以外でアレを表現したくないという一点においてのみ、二人の心の距離がちょっと近いからだ。
「……低い、はず……だ」
答えてきたエルフの目は、一般的な確率論と、異次元における不条理を天秤にかけて、その結果を判断しかねている様子だった。
ジュリアは後々ベニ夫人に無茶な登場をされないために、床に、森の小石やパンよろしく紅生姜が点々と撒かれていたりしないことを確認した。本当に魔女がいて、「ほらここに究極のチャーハンがあるよ」とか言いながらベニ夫人を竃の前に立たせてくれたりしたら何の問題もないのだが、さすがにそこまでを望むのは贅沢というものだ。
しまった、逃げずに自分でやってくればよかったのか。
「その古代文字というのはどれだけの時間で回復する?」
「待つのか?」
「歩き回ったら絶対に遭遇するって」
「そうだな」
エルフは諦めたようにため息をついた。
もう世界に対して諦めのようなものを抱いてしまったらしい。
「それなら……少し試してみよう。
失敗すれば歩くことになる」
何をするつもりなのかは知らないが、何か事態を進展させる可能性があるなら、とりあえず試してもらうべきだろう。ジュリアは無言で頷いて、古代文字の刻んである反対側の暗闇から脅威が現れたときにいつでも速攻で吹き飛ばすことができるように強風の魔術の呪文を思い出す。
ソフィニアの中退者に、酒代と引き変えに教えてもらったのだ。
あまり使う機会はないし得意でもない。そもそも理論そのものを理解しきっていない。しかし「とりあえず呪文を丸暗記して唱えれば発動する程度のものだ」という言葉の通り、よくわからないにも関わらず、多少の応用を利かせることもできる。
尤も、現役の学院生から見れば児戯に等しいだろうが。
エルフは壁の前に片膝をついて、白墨のようなものを取り出すと、それを片手に文字と睨みあい始めた。たまにぽつりと何かを呟くのは癖なのか、それとも作業がひどく難解なのか。細面の横顔には、古代の遺産を冷徹に分析しようという真剣さが表れていた。
古代には恐らく単純に神秘として扱われていただろう力ある文字を理論に分解し、その配線に手を加える。傲慢極まりない人間の技術だ。
何故、エルフである彼がそんなものを扱うのだろうとふと思ったが、すぐに別れるだろう相手の事情を問うほど好奇心旺盛ではない。
やがて、複雑な模様を描き加えられた古代文字がぼんやりと発光し始めた。
知識がなくとも直感的にわかる、発動の合図。置いていかれては面倒だ。駆け寄り、とりあえず「おつかれ」とだけ声をかける。エルフは少し得意げな表情を抑え切れないようだった。それを悟られないようにとわずかに顔をそむける彼には望みどおり一片の注意も払わずに、文字を眺める。
で、これをどうしればいいんだ?
と問うより早く、文字から溢れた光が周囲を包み込んだ。
文字のそれは、目が眩むほど強い光ではなかったが、次に差してきた陽光は暗闇に慣れた目をチカチカさせた。周囲の空気が変わったことがはっきりとわかる。埃臭さと饐えた湿気が消え、爽やかな――という表現は陳腐だが、遺跡の中に比べれば段違いに爽やかな風を感じる。
(ここは?)
でたらめに明滅する視界に集中するために目を細める。
視力があまりよくないせいか、あまり明るいところはただでさえ苦手なのだ。
状況がよくわからないというのは不安要素だ。数十秒もすれば目が慣れるとわかっていても急いてしまう。近くにエルフも立っているが、彼は放心したように直立して動かなかった。
「……そんな」
小さな呟きは何の感情も伴っていなかった。
不安が増し、ジュリアは周囲を見渡した。
少し離れたところに高い建物、足元は――整備されている。町の中だ。公園か、広場か、そういった場所の端に出たらしい。ようやく目が慣れてきた。見覚えのある場所だと認識する。ここはソフィニアだ。昨日、少し寄ってみようかと思ったが、妙に気味が悪くて近寄らなかった公園。
ジュリアは遅れてエルフと同じ方向に視線をやり。
そしてエルフとおなじく硬直した。
公園の木々の向こう側。
包丁を振り回すクラークとそれを追いかける一団が、まるで一陣の風のように駆けぬけ、警笛を鳴らしながら追いかける警邏がそれに続いていた。
恐れ慄く通行人、悲鳴と奇声の大合唱。
喧々囂々、阿鼻叫喚。
そして最悪なことに、馬鹿の集団は奇声をあげながら公園へなだれ込んできた。