キャスト:ジュリア イェルヒ (リクラゼット)
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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目の前には変な人。どちらが返事をする?
ジュリアとエルフは、「お前が相手しろよ」という視線を交し合った。もちろん、交渉は一瞬で決裂。両者とも断固拒否。ここでの妥協は生死を左右する。主に精神的面で。
「アタクシの夫は伝説のチャーハンを追い求めてここに来て以来、帰らないんですの」
聞こえない。何も聞こえない。
口の中だけでそんな呪文を呟きながら、ジュリアは、八割がた本気で、目の前の女を殴り倒して背後の扉の中に存在を抹消することを考えた。残りの二割は勿論、最早、証拠隠滅などと生ぬるいことを考える必要はないという危険思考だ。
「知らなぁい?」
「……」
エルフはあくまでも変な人を無視することにしたらしい。通路の先を――というより、どこか遠い場所を見ている。それは明日という異世界なのかも知れないし、もっと危険などこかなのかも知れなかった。どちらも大差ない気がしなくもないが。
「この奥に」
ジュリアは、かなり躊躇した後で、微妙に相手から目を逸らし呟いた。声が裏返らないように細心の注意をして、決して相手がこちらに、少しでも関心を向けたりしないようにと祈りながら。
「……チャーハン魔王を名乗る男がいました」
思わず敬語になるのは、できるだけ距離を置きたいからだ。
「ということはぁ……伝説のチャーハンは、この奥に?」
女の目が見開かれた。わなわなを震える手(明らかに紅生姜の掴みすぎで赤い)が扉に向けて伸ばされたので、ジュリアはそっと横に避けた。女がよろよろと進み出る。
その間も、手は袋に伸ばされ、紅生姜を掴んで口に運んだ。
「アタクシの紅生姜に相応しいチャーハンに、本当に巡り合える日が来るなんて!」
ジュリアは思わず、女が抱えている袋を見た。紅生姜がたんまり入っている。これだけの量を携帯する理由がさっぱりわからない。一日にこれだけ食べるのだろうか。塩分の取りすぎで病気になったりしないのか。
女は扉の前まで辿り着くと、赤い汁を滴らせる手を扉に当てて、押した。
「開きませんわ」
「……報われない努力なんて、ないはずです。伝説はすぐそこに!」
「そうね!」
紅生姜の袋を地面に置けばいいんじゃないか、とはなんとなくコワくて言えなかったので、適当なことを答えておく。女は納得したらしく、紅生姜を後生大事に抱えたまま、扉にタックルし始めた。たまに紅生姜を食べるのを忘れない。
これでしばらく時間が稼げるだろう、どうやらこの手を血で染める必要はなさそうだ。人殺しはよくないことだ。だけど、ここで殺ってしまったとしても恐らく誰にも見つからない……いや、目撃者がいる。それに、変な人はやたらしぶといと決まっているから、暗殺計画は事前に練っておかないと駄目だろう。突発的に追加されるのは予想外で反則だ。
女は紅生姜を鷲掴みにして大量に貪ると、更に気合を入れて扉に飛びかかった。飛び散る紅生姜。口元から垂れたそれは、まるで血でも飲んだよう。もとい、どっちかというと怪しいクスr(自主規制)。
猛々しい雄たけびが闇を揺るがした。
「ヴェエエエエエエエエエエエッ!!」
「……」
ジュリアはエルフと目を合わせて、うなずきあった。今度は意思疎通成功。
全速力で退避すべし。ここは危険だ。さあ、躊躇わず、闇の向こうへ。この逃走は屈辱ではない。不可抗力だ。人は圧倒的な不条理とは渡り合えない。
深呼吸。
イチ、
ニィ、
そろそろと忍び足で距離を稼ぐ。
――サン!
インドア派の二人は逃れるように駆けだした。いつの間にかどちらかが灯した、ごくごく小さな魔法の明りに照らされた遺跡の中を疾駆する。直進する通路を抜け、階段を越える。十字路、分かれ道。帰路は記憶だけが頼りだったが、奇跡的に、二人の意見が(相談したわけではないが)違うことは一度もなかった。
息が切れて足を止めたのは、果たしてどちらが先だったのか。
不利なのは、女だという点か、それともエルフだという点なのか。壁に背をつけて、肩で息をする。体が熱い。浮いた汗を手の甲で拭って周囲を見渡すと、なんとなく見覚えがあるような気がしなくもない場所だった。
それを言い出してしまえば、そこらじゅう見覚えがありそうな場所ばかりなのだが。この遺跡の中は、どこもおなじようにしか見えない。二人して迷った可能性もなきにしもあらず。
「……来て、ないな」
「ああ」
荒い吐息とともに、声を吐き出す。既に強引に息を整えたエルフが、たった今、抜けてきた闇を睨みながら緊張した面持ちで頷いた。
ああ、今日初めての、まともな会話!
ジュリアはいっそ泣き出したいような気分になってから、この感動があきらかに異常なものだと気づいて挫けそうになった。
このエルフと話をしようというような気分にはならないし、たぶん相手もそうだろう。むしろ願いのような確認のやり取りが終わると、周囲はまた静寂に包まれた。
――静寂?
三馬鹿と魔王が騒いでいる様子がない。どこかでくたばったのだろうか。そうだといいな。無駄に騒ぎまくったのだから、無駄に静かになってくれてもいいだろう。もうこれで一件落着ということにしてソフィニアに帰りたい。すぐに宿へ戻って荷物を引き取り、そのままどこか遠い場所へ逃げようと決心した。
というわけで歩き出す。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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目の前には変な人。どちらが返事をする?
ジュリアとエルフは、「お前が相手しろよ」という視線を交し合った。もちろん、交渉は一瞬で決裂。両者とも断固拒否。ここでの妥協は生死を左右する。主に精神的面で。
「アタクシの夫は伝説のチャーハンを追い求めてここに来て以来、帰らないんですの」
聞こえない。何も聞こえない。
口の中だけでそんな呪文を呟きながら、ジュリアは、八割がた本気で、目の前の女を殴り倒して背後の扉の中に存在を抹消することを考えた。残りの二割は勿論、最早、証拠隠滅などと生ぬるいことを考える必要はないという危険思考だ。
「知らなぁい?」
「……」
エルフはあくまでも変な人を無視することにしたらしい。通路の先を――というより、どこか遠い場所を見ている。それは明日という異世界なのかも知れないし、もっと危険などこかなのかも知れなかった。どちらも大差ない気がしなくもないが。
「この奥に」
ジュリアは、かなり躊躇した後で、微妙に相手から目を逸らし呟いた。声が裏返らないように細心の注意をして、決して相手がこちらに、少しでも関心を向けたりしないようにと祈りながら。
「……チャーハン魔王を名乗る男がいました」
思わず敬語になるのは、できるだけ距離を置きたいからだ。
「ということはぁ……伝説のチャーハンは、この奥に?」
女の目が見開かれた。わなわなを震える手(明らかに紅生姜の掴みすぎで赤い)が扉に向けて伸ばされたので、ジュリアはそっと横に避けた。女がよろよろと進み出る。
その間も、手は袋に伸ばされ、紅生姜を掴んで口に運んだ。
「アタクシの紅生姜に相応しいチャーハンに、本当に巡り合える日が来るなんて!」
ジュリアは思わず、女が抱えている袋を見た。紅生姜がたんまり入っている。これだけの量を携帯する理由がさっぱりわからない。一日にこれだけ食べるのだろうか。塩分の取りすぎで病気になったりしないのか。
女は扉の前まで辿り着くと、赤い汁を滴らせる手を扉に当てて、押した。
「開きませんわ」
「……報われない努力なんて、ないはずです。伝説はすぐそこに!」
「そうね!」
紅生姜の袋を地面に置けばいいんじゃないか、とはなんとなくコワくて言えなかったので、適当なことを答えておく。女は納得したらしく、紅生姜を後生大事に抱えたまま、扉にタックルし始めた。たまに紅生姜を食べるのを忘れない。
これでしばらく時間が稼げるだろう、どうやらこの手を血で染める必要はなさそうだ。人殺しはよくないことだ。だけど、ここで殺ってしまったとしても恐らく誰にも見つからない……いや、目撃者がいる。それに、変な人はやたらしぶといと決まっているから、暗殺計画は事前に練っておかないと駄目だろう。突発的に追加されるのは予想外で反則だ。
女は紅生姜を鷲掴みにして大量に貪ると、更に気合を入れて扉に飛びかかった。飛び散る紅生姜。口元から垂れたそれは、まるで血でも飲んだよう。もとい、どっちかというと怪しいクスr(自主規制)。
猛々しい雄たけびが闇を揺るがした。
「ヴェエエエエエエエエエエエッ!!」
「……」
ジュリアはエルフと目を合わせて、うなずきあった。今度は意思疎通成功。
全速力で退避すべし。ここは危険だ。さあ、躊躇わず、闇の向こうへ。この逃走は屈辱ではない。不可抗力だ。人は圧倒的な不条理とは渡り合えない。
深呼吸。
イチ、
ニィ、
そろそろと忍び足で距離を稼ぐ。
――サン!
インドア派の二人は逃れるように駆けだした。いつの間にかどちらかが灯した、ごくごく小さな魔法の明りに照らされた遺跡の中を疾駆する。直進する通路を抜け、階段を越える。十字路、分かれ道。帰路は記憶だけが頼りだったが、奇跡的に、二人の意見が(相談したわけではないが)違うことは一度もなかった。
息が切れて足を止めたのは、果たしてどちらが先だったのか。
不利なのは、女だという点か、それともエルフだという点なのか。壁に背をつけて、肩で息をする。体が熱い。浮いた汗を手の甲で拭って周囲を見渡すと、なんとなく見覚えがあるような気がしなくもない場所だった。
それを言い出してしまえば、そこらじゅう見覚えがありそうな場所ばかりなのだが。この遺跡の中は、どこもおなじようにしか見えない。二人して迷った可能性もなきにしもあらず。
「……来て、ないな」
「ああ」
荒い吐息とともに、声を吐き出す。既に強引に息を整えたエルフが、たった今、抜けてきた闇を睨みながら緊張した面持ちで頷いた。
ああ、今日初めての、まともな会話!
ジュリアはいっそ泣き出したいような気分になってから、この感動があきらかに異常なものだと気づいて挫けそうになった。
このエルフと話をしようというような気分にはならないし、たぶん相手もそうだろう。むしろ願いのような確認のやり取りが終わると、周囲はまた静寂に包まれた。
――静寂?
三馬鹿と魔王が騒いでいる様子がない。どこかでくたばったのだろうか。そうだといいな。無駄に騒ぎまくったのだから、無駄に静かになってくれてもいいだろう。もうこれで一件落着ということにしてソフィニアに帰りたい。すぐに宿へ戻って荷物を引き取り、そのままどこか遠い場所へ逃げようと決心した。
というわけで歩き出す。
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