キャスト:ジュリア イェルヒ (リクラゼット)
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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ありがたいことに、女はあまり語りかけてこなかった。
これは、「無かったこと」にしなければいけないことだ。例え唯一の常識人だとしても、ここで、感覚を確かめ合って共有してはいけない。危機に面した時の友情は固いものとなる。しかし、今回はその「危機」すら無かったことにしなければならない。ということは、ここで固い絆で結ばれてはいけないのだ。
そう、あの、リクラゼット元教師のことも無かったことにしなければいけない。記憶から、そして心からも抹消しなければいけないのだ。……もともとそんなに思いいれも無いし、とイェルヒは心の中で付け足す。
とりあえず、現在がどこなのかを把握しなければいけない。出鱈目に走ったので、もはや先ほどの位置もわからない。
イェルヒは、ちらりとジュリアを一瞥して……特に問題がないと判断し、地図を取り出した。
「なんだ? それは」
「地図だ。隠しておいた」
ジュリアは、一瞬間が空き、「あぁ」となにか納得したように頷いた。
地図には地下の図までも詳しく描かれている。先ほどの場所であろう箇所もあった。イェルヒは細い指でその箇所を指す。
「今さっきまでいたのは、この中心部だ……」
「……で、今はどこにいるんだ?」
やはり、ジュリアも分からないらしい。イェルヒは嘆息した。それを察し、ジュリアは問いかけの答えをそれ以上求めなかった。
ジュリアはその場に膝を着き、手のひらを床につけると、目を閉じゆっくりと深呼吸をしはじめた。そしてひときわ大きく息を吸って、薄く瞼を開ける。
「その手は伸びていき、どこまでも這ってゆく……」
ジュリアの小さな呟きの断片を聞き取った時、イェルヒには、空気が揺らめくのを感じた。
これは……。
イェルヒは、急いで魔術の構成を練る。本来ならば、余剰部分となり形になりきらないかけらとなる魔力を収束箇所に、よりタイトに、シャープになるよう導く。
地中から茨が伸び、通路に添って這っていく。魔力によって形作られた茨は、まるで何かの触手のように蠢き、信じられない速度でそれは広がっていった。
しばらくすると、茨の動きは突然止まった。ジュリアが息をつくと、茨は枯れ、朽ちた。ただし、その朽ち果てた残りのカスは、どこにも残っていなかったが。
ジュリアは立ち上がると、地図を覗く。そして、しばらく考えるように人差し指で色々となぞっていたが、その指先が止まった。
「ここだ」
確信のこもった声。
イェルヒは、そんなジュリアを見て思った。
ただの、「ハタチを過ぎて赤のヒラヒラのドレスのようなスカートをこんな遺跡にまで着てくる常識外の女」じゃなかったのか……と。
「ところでさっき、お前……」
「あぁ、補助だ。邪魔にはならなかったはずだろう」
イェルヒが答える。問いかけの口調ではなく、断定の口調で。
ジュリアは、表情には出さなかったものの、軽い驚きを覚えた。他人の魔力の構成を瞬時に読み取ってそれに沿った補強を行えることはそうそう出来るものではない。そして、このエルフの言うとおり、邪魔にはならなかった。むしろ、普段より意識が鮮鋭になり、茨での探索は思ったより素早く終えれた。
しかし、なんとなくこのエルフの態度が気に食わないので、感謝の念は一切沸かなかったが。
エルフの方を見ると、あっちもそんなものを期待していたようではなく、もう歩き出していた。
「こっちだ」
ジュリアは慌ててイェルヒの後を追う。
ジュリアは、このまま無言のまま歩き続けると信じて疑わなかったが、驚くことにイェルヒは喋りだした。
「その代わり、俺は攻撃魔法の類とかはあまり得意じゃない。威嚇程度だ」
とはいっても、イェルヒのそれは、会話という温かみのあるものではなく、一方的なものの言い方であった。これならば、会話という観点で見ると、クラークとの方が「会話」であったのかもしれない……いや、そんなことはないか。あれも、「会話」とは呼べないものだ。認めてはならない。
「だから、あの……妙な奴らが出てきたら」
イェルヒは、あとは、目だけで語った。頼むという風ではなく、「分かってるな」という確認。つまりは決定事項。
「押し付ける気か」とジュリアは思ったが、抗議はしなかった。この態度はイチイチ鼻につくが、反論する理由が無かった。勿論、そのような事態になれば、このエルフもジュリアの補助に徹するだろう。
それに、いざとなれば、このひ弱そうで神経質そうなエルフを囮にして逃げ出せばいい。
……奇しくも、イェルヒも、このジュリアの考えを鏡返しのようにそっくりそのまま考えていたのだが、この二人の心はとても遠かったので、互いが互いの思いに気づかなかった。
それとは別に、イェルヒにはある一つの懸念があった。
脱出の古代文字
「開放」の文字が時間を経て力を回復するタイプのものだったのだ。脱出の古代文字もそのタイプのものであると考えていいだろう。
そしてクラークの持っていた地図。あれは、今、イェルヒの持っているものと同じものであった。ということは、脱出への経路も相手は分かっている。複数の経路があるものの、そのいずれかに向かうのだ。つまりは、出会う確率は大いにある。
また、チャーハン魔王(仮)(イェルヒはまだその存在を認めたわけではない)もここのつくりは把握していると見ていいだろう。つまり、こちらと出会う確率もあるということだ。
そして、先に古代文字を使われていたとき。結果、他の場所に向かわなければいけないということで、それはそれで、あのベニ夫人とのエンカウント率を高めるというものだ。
とりあえず、地上にさえ出てしまえば、どうにか、なる(と思いたい)。とりあえず、この濃密な空間から抜け出さなくてはならない。
自然と、イェルヒの足取りは早いものとなっていった。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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ありがたいことに、女はあまり語りかけてこなかった。
これは、「無かったこと」にしなければいけないことだ。例え唯一の常識人だとしても、ここで、感覚を確かめ合って共有してはいけない。危機に面した時の友情は固いものとなる。しかし、今回はその「危機」すら無かったことにしなければならない。ということは、ここで固い絆で結ばれてはいけないのだ。
そう、あの、リクラゼット元教師のことも無かったことにしなければいけない。記憶から、そして心からも抹消しなければいけないのだ。……もともとそんなに思いいれも無いし、とイェルヒは心の中で付け足す。
とりあえず、現在がどこなのかを把握しなければいけない。出鱈目に走ったので、もはや先ほどの位置もわからない。
イェルヒは、ちらりとジュリアを一瞥して……特に問題がないと判断し、地図を取り出した。
「なんだ? それは」
「地図だ。隠しておいた」
ジュリアは、一瞬間が空き、「あぁ」となにか納得したように頷いた。
地図には地下の図までも詳しく描かれている。先ほどの場所であろう箇所もあった。イェルヒは細い指でその箇所を指す。
「今さっきまでいたのは、この中心部だ……」
「……で、今はどこにいるんだ?」
やはり、ジュリアも分からないらしい。イェルヒは嘆息した。それを察し、ジュリアは問いかけの答えをそれ以上求めなかった。
ジュリアはその場に膝を着き、手のひらを床につけると、目を閉じゆっくりと深呼吸をしはじめた。そしてひときわ大きく息を吸って、薄く瞼を開ける。
「その手は伸びていき、どこまでも這ってゆく……」
ジュリアの小さな呟きの断片を聞き取った時、イェルヒには、空気が揺らめくのを感じた。
これは……。
イェルヒは、急いで魔術の構成を練る。本来ならば、余剰部分となり形になりきらないかけらとなる魔力を収束箇所に、よりタイトに、シャープになるよう導く。
地中から茨が伸び、通路に添って這っていく。魔力によって形作られた茨は、まるで何かの触手のように蠢き、信じられない速度でそれは広がっていった。
しばらくすると、茨の動きは突然止まった。ジュリアが息をつくと、茨は枯れ、朽ちた。ただし、その朽ち果てた残りのカスは、どこにも残っていなかったが。
ジュリアは立ち上がると、地図を覗く。そして、しばらく考えるように人差し指で色々となぞっていたが、その指先が止まった。
「ここだ」
確信のこもった声。
イェルヒは、そんなジュリアを見て思った。
ただの、「ハタチを過ぎて赤のヒラヒラのドレスのようなスカートをこんな遺跡にまで着てくる常識外の女」じゃなかったのか……と。
「ところでさっき、お前……」
「あぁ、補助だ。邪魔にはならなかったはずだろう」
イェルヒが答える。問いかけの口調ではなく、断定の口調で。
ジュリアは、表情には出さなかったものの、軽い驚きを覚えた。他人の魔力の構成を瞬時に読み取ってそれに沿った補強を行えることはそうそう出来るものではない。そして、このエルフの言うとおり、邪魔にはならなかった。むしろ、普段より意識が鮮鋭になり、茨での探索は思ったより素早く終えれた。
しかし、なんとなくこのエルフの態度が気に食わないので、感謝の念は一切沸かなかったが。
エルフの方を見ると、あっちもそんなものを期待していたようではなく、もう歩き出していた。
「こっちだ」
ジュリアは慌ててイェルヒの後を追う。
ジュリアは、このまま無言のまま歩き続けると信じて疑わなかったが、驚くことにイェルヒは喋りだした。
「その代わり、俺は攻撃魔法の類とかはあまり得意じゃない。威嚇程度だ」
とはいっても、イェルヒのそれは、会話という温かみのあるものではなく、一方的なものの言い方であった。これならば、会話という観点で見ると、クラークとの方が「会話」であったのかもしれない……いや、そんなことはないか。あれも、「会話」とは呼べないものだ。認めてはならない。
「だから、あの……妙な奴らが出てきたら」
イェルヒは、あとは、目だけで語った。頼むという風ではなく、「分かってるな」という確認。つまりは決定事項。
「押し付ける気か」とジュリアは思ったが、抗議はしなかった。この態度はイチイチ鼻につくが、反論する理由が無かった。勿論、そのような事態になれば、このエルフもジュリアの補助に徹するだろう。
それに、いざとなれば、このひ弱そうで神経質そうなエルフを囮にして逃げ出せばいい。
……奇しくも、イェルヒも、このジュリアの考えを鏡返しのようにそっくりそのまま考えていたのだが、この二人の心はとても遠かったので、互いが互いの思いに気づかなかった。
それとは別に、イェルヒにはある一つの懸念があった。
脱出の古代文字
「開放」の文字が時間を経て力を回復するタイプのものだったのだ。脱出の古代文字もそのタイプのものであると考えていいだろう。
そしてクラークの持っていた地図。あれは、今、イェルヒの持っているものと同じものであった。ということは、脱出への経路も相手は分かっている。複数の経路があるものの、そのいずれかに向かうのだ。つまりは、出会う確率は大いにある。
また、チャーハン魔王(仮)(イェルヒはまだその存在を認めたわけではない)もここのつくりは把握していると見ていいだろう。つまり、こちらと出会う確率もあるということだ。
そして、先に古代文字を使われていたとき。結果、他の場所に向かわなければいけないということで、それはそれで、あのベニ夫人とのエンカウント率を高めるというものだ。
とりあえず、地上にさえ出てしまえば、どうにか、なる(と思いたい)。とりあえず、この濃密な空間から抜け出さなくてはならない。
自然と、イェルヒの足取りは早いものとなっていった。
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