----------------------------------------
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン
NPC 木兎 伯父
---------------------------------------------------
「伯父さーん、開けてくれませんかぁ」
結局メイルーンに戻っても行くあては無かったし、未だ文無しだし、ニーツに借りた本を置いていった事に気が付いたイートンはかつて自分が住んでいた伯父の家に戻ってきた。
「随分と、早いお戻りだなぁ。イートン」
時刻もすでに明け方。それでも、イートンのことを心配していたのか、伯父は会った時のまま白衣の姿で顔を出した。寝ていなかったのだろう。
「ちなみにお土産付きです」
イートンは、八重の方を振り返る。もちろん、その腕で眠っているニーツではなく、その彼の上にいる、不思議な生き物、ナマモノでは無いのだが、木兎の存在である。
「なんだ、それは?」
早速興味を惹かれたらしい伯父が木兎を取り上げる。
『なんだとは何だ!我輩はヴェルンの守護霊であるぞ!!』
「ほぉ、霊なのか。なるほど」
その会話に苦笑しながら、イートンは八重を招き入れる。
「あ、足が抜けた」
『ギャー!!!』
-----
「それで?アノ、市長のところに乗り込むのか」
「はい」
ニーツを寝台の上にそっと乗せた八重は、複雑そうな顔で見合わせる二人の方へ戻ってきた。
「一体何が問題なんだ?」
ただの女好きならこの世に星の数ほど居る。そしてまた、財宝のコレクターも珍しくは無い。
「市長は俺の妹に骨抜きだったから、イートンに危険は無いだろうが・・・」
「別の危険があります・・・」
伯父の言葉に何か思い出したのか、青い顔でイートンが訂正する。
「あいつは地元派の人間でね。奴の屋敷は仕掛けだらけだ」
「全ての井戸は市長邸に繋がってるなんて噂もありますしね。うちは勢力争いが激しいから、警備も厳しいですし。入るのに・・・てこずると思うんです。やはり正面からが・・・」
そして、ちらりと寝室の方へ目を向ける。
「まぁ、人柄的にも・・・問題が」
『そんな輩、殴って気絶させれば関係あるまい』
意外に凶悪な木兎がじれったそうに口を挟んだ。
「それに~視覚的にも問題が・・・」
イートンはあまり乗り気ではないようだ。
「取りあえずは、ニーツ君が起きるのを待ちましょう」
そして結論は持ち越された。
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン
NPC 木兎 伯父
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「伯父さーん、開けてくれませんかぁ」
結局メイルーンに戻っても行くあては無かったし、未だ文無しだし、ニーツに借りた本を置いていった事に気が付いたイートンはかつて自分が住んでいた伯父の家に戻ってきた。
「随分と、早いお戻りだなぁ。イートン」
時刻もすでに明け方。それでも、イートンのことを心配していたのか、伯父は会った時のまま白衣の姿で顔を出した。寝ていなかったのだろう。
「ちなみにお土産付きです」
イートンは、八重の方を振り返る。もちろん、その腕で眠っているニーツではなく、その彼の上にいる、不思議な生き物、ナマモノでは無いのだが、木兎の存在である。
「なんだ、それは?」
早速興味を惹かれたらしい伯父が木兎を取り上げる。
『なんだとは何だ!我輩はヴェルンの守護霊であるぞ!!』
「ほぉ、霊なのか。なるほど」
その会話に苦笑しながら、イートンは八重を招き入れる。
「あ、足が抜けた」
『ギャー!!!』
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「それで?アノ、市長のところに乗り込むのか」
「はい」
ニーツを寝台の上にそっと乗せた八重は、複雑そうな顔で見合わせる二人の方へ戻ってきた。
「一体何が問題なんだ?」
ただの女好きならこの世に星の数ほど居る。そしてまた、財宝のコレクターも珍しくは無い。
「市長は俺の妹に骨抜きだったから、イートンに危険は無いだろうが・・・」
「別の危険があります・・・」
伯父の言葉に何か思い出したのか、青い顔でイートンが訂正する。
「あいつは地元派の人間でね。奴の屋敷は仕掛けだらけだ」
「全ての井戸は市長邸に繋がってるなんて噂もありますしね。うちは勢力争いが激しいから、警備も厳しいですし。入るのに・・・てこずると思うんです。やはり正面からが・・・」
そして、ちらりと寝室の方へ目を向ける。
「まぁ、人柄的にも・・・問題が」
『そんな輩、殴って気絶させれば関係あるまい』
意外に凶悪な木兎がじれったそうに口を挟んだ。
「それに~視覚的にも問題が・・・」
イートンはあまり乗り気ではないようだ。
「取りあえずは、ニーツ君が起きるのを待ちましょう」
そして結論は持ち越された。
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PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン
NPC 木兎 伯父
---------------------------------------------------
イートンの伯父が入れてくれた珈琲が薫る。何でも、四種類の豆をブレンドしたオリジナル珈琲だとか。
窓の外が明るい。
夜が静かに明けてゆく。
「それで、結局、その市長とは、一体どういう人物だというんだね?」
じれたように八重が伯父に尋ねる。
「これから私は嫌でもその人物に会う羽目になる。それなのにその人物が異常な人物だとだけ聞かされて、全く情報をもらえないというのは少々遺憾だな」
「しかし、君があの伝説の存在<ルナシー>とはね。君の体の構造がどうなっているのか、是非とも調べたいな」
「話を逸らさないで頂きたい」
そう言った後、八重はちろりとイートンを睨む。その目は(余計なことを話すな)と言っていた。
「すみません、つい・・・」
「それで、その市長とは、一体、どういう人物なんだ」
伯父は、イートンと目をあわせると苦笑して肩をすくめた。
「やはり、話さなければならないんだろうな・・・」
「そうですね・・・」
「前フリはもういい。早く話してくれ。ニーツが目覚める前に是非とも聞いておきたいことだ」
そう、ニーツには場合によっては女装してもらわなくてはならない。そのニーツを説得するためにも、情報は必要だった。
伯父は、ふうと諦めたようにため息をつくと、おもむろに話し始めた。
「君は、<ジェキル博士とハイドロ氏>という話はもちろん知っているだろう」
「ああ、それが?」
『我輩は知らんぞ』
テーブルの上をちょこまかしていたウサギが口を開いた。
『それは一体どのような話なのだ?』
「へえ~、ウサギさんは知らないんですか?有名なのに」
『何度言わせるのだ!我輩はウサギなどではなく、ヴェルンの・・・』
「なんか、その言い方ってちょっと呼びづらいですよね。そーだ!」
イートンはおもむろにウサギを抱き上げるとこう宣言した。
「名前をつけてあげましょう。ウサギさんの名前は、そうですね・・・、<ナスビ>っていうのはどうでしょう?」
「たしかに、その体の丸さはナスビを思わせるな・・・」
伯父の言葉に八重もうなづいた。
「たしかに、そうかもしれないな・・・」
「じゃあ、決定ですね、ナスビちゃんっ」
『ふざけるな!!誰がそんな馬鹿げた名前・・・』
「それでその話はですね・・・」
『我輩の話を聞けーーー!!』
ジェキル博士とハイドロ氏というのはこの世界では結構有名な話である。
聡明で優しい、善人の鏡のような医師、ジェキル。
しかし、彼には裏の顔があった。
残忍で無慈悲な、悪魔のような男、ハイドロ。
そう、彼は天使と悪魔の心をあわせ持つ、極端なまでの二重人格だった。
「もしそういう人物が」
伯父は八重を見てにやりと笑った。
「・・・実際に存在しているとしたら?」
「・・・それが市長なのか?」
「いや、もっとたちが悪い」
伯父はここでコーヒーを一杯すすった。
「彼の中には四人、人間が存在している」
椅子を斜めに倒し、ぶらぶらさせながら伯父は指をおって数え始めた。
「普段は聡明な市長、ワトスン=ベーカーウォール。その時は何の問題もないがな。その中に、十歳の少女、クリスティ。・・・クリスティになったときの市長のフリルのスカートは吐き気を催すぞ。なんせ、クマの人形まで抱いてるんだからな。軽薄な男、エドガー。・・・コイツが女好きで妹を誘惑してたヤツだ。マダム、ハドソン。・・・世界が自分中心じゃないと気がすまないヤツだ。そういえば、ハドソン夫人のときのメイクも相当なもんだな。最後が、ジェームス。・・・こいつが一番厄介だ。こいつさえなければ俺もずいぶん気が晴れるんだがな」
「何が厄介だと?」
八重にしてみれば、五重人格である時点で、すでに厄介な人物であることに変わりない。それに輪をかけるように厄介な人物とはどんな人物なのか。
「こいつはな・・・、破壊主義者なんだ。殺人をなんとも思わない。今まで何人こいつの被害にあったかわからないな」
八重の顔がぴくっと動いた。
「ほう・・・」
小さく息を吐くように言葉を発する。
破壊、殺人、・・・人を、喰らう。
「とまあ、こういう厄介な人物だ、市長は。で、ヴェルンの涙のことだがな。一番手っ取り早いのは<エドガー>を誘惑することだろう。アイツは女好きだからな。女のためなら宝石の一つや二つ、ころっと渡しちまう」
「そのためには・・・ニーツ君ですね」
イートンか静かな寝息を立てているニーツのほうを横目で見る。
「でもニーツ君が・・・その・・・承諾してくれる可能性は・・・」
「・・・皆無だな」
イートンと八重はそろってため息をついた。すると、伯父が思いがけないことを言った。
「なんなら俺が説得してやろうか?」
「!!」
イートンと八重はそろって伯父を見つめた。
「ほ、本気で言ってるんですか、伯父さん・・・」
「ああ、俺は本気だよ。言ったからには必ず説得してやるさ。但し、条件がある」
ここで、伯父は八重ににっこりと笑いかけた。妖しいほどに。
「君の細胞を少々」
八重は苦虫を噛み潰したような顔で苦笑した。
PC 八重 イートン ニーツ
場所 メイルーン
NPC 木兎 伯父
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イートンの伯父が入れてくれた珈琲が薫る。何でも、四種類の豆をブレンドしたオリジナル珈琲だとか。
窓の外が明るい。
夜が静かに明けてゆく。
「それで、結局、その市長とは、一体どういう人物だというんだね?」
じれたように八重が伯父に尋ねる。
「これから私は嫌でもその人物に会う羽目になる。それなのにその人物が異常な人物だとだけ聞かされて、全く情報をもらえないというのは少々遺憾だな」
「しかし、君があの伝説の存在<ルナシー>とはね。君の体の構造がどうなっているのか、是非とも調べたいな」
「話を逸らさないで頂きたい」
そう言った後、八重はちろりとイートンを睨む。その目は(余計なことを話すな)と言っていた。
「すみません、つい・・・」
「それで、その市長とは、一体、どういう人物なんだ」
伯父は、イートンと目をあわせると苦笑して肩をすくめた。
「やはり、話さなければならないんだろうな・・・」
「そうですね・・・」
「前フリはもういい。早く話してくれ。ニーツが目覚める前に是非とも聞いておきたいことだ」
そう、ニーツには場合によっては女装してもらわなくてはならない。そのニーツを説得するためにも、情報は必要だった。
伯父は、ふうと諦めたようにため息をつくと、おもむろに話し始めた。
「君は、<ジェキル博士とハイドロ氏>という話はもちろん知っているだろう」
「ああ、それが?」
『我輩は知らんぞ』
テーブルの上をちょこまかしていたウサギが口を開いた。
『それは一体どのような話なのだ?』
「へえ~、ウサギさんは知らないんですか?有名なのに」
『何度言わせるのだ!我輩はウサギなどではなく、ヴェルンの・・・』
「なんか、その言い方ってちょっと呼びづらいですよね。そーだ!」
イートンはおもむろにウサギを抱き上げるとこう宣言した。
「名前をつけてあげましょう。ウサギさんの名前は、そうですね・・・、<ナスビ>っていうのはどうでしょう?」
「たしかに、その体の丸さはナスビを思わせるな・・・」
伯父の言葉に八重もうなづいた。
「たしかに、そうかもしれないな・・・」
「じゃあ、決定ですね、ナスビちゃんっ」
『ふざけるな!!誰がそんな馬鹿げた名前・・・』
「それでその話はですね・・・」
『我輩の話を聞けーーー!!』
ジェキル博士とハイドロ氏というのはこの世界では結構有名な話である。
聡明で優しい、善人の鏡のような医師、ジェキル。
しかし、彼には裏の顔があった。
残忍で無慈悲な、悪魔のような男、ハイドロ。
そう、彼は天使と悪魔の心をあわせ持つ、極端なまでの二重人格だった。
「もしそういう人物が」
伯父は八重を見てにやりと笑った。
「・・・実際に存在しているとしたら?」
「・・・それが市長なのか?」
「いや、もっとたちが悪い」
伯父はここでコーヒーを一杯すすった。
「彼の中には四人、人間が存在している」
椅子を斜めに倒し、ぶらぶらさせながら伯父は指をおって数え始めた。
「普段は聡明な市長、ワトスン=ベーカーウォール。その時は何の問題もないがな。その中に、十歳の少女、クリスティ。・・・クリスティになったときの市長のフリルのスカートは吐き気を催すぞ。なんせ、クマの人形まで抱いてるんだからな。軽薄な男、エドガー。・・・コイツが女好きで妹を誘惑してたヤツだ。マダム、ハドソン。・・・世界が自分中心じゃないと気がすまないヤツだ。そういえば、ハドソン夫人のときのメイクも相当なもんだな。最後が、ジェームス。・・・こいつが一番厄介だ。こいつさえなければ俺もずいぶん気が晴れるんだがな」
「何が厄介だと?」
八重にしてみれば、五重人格である時点で、すでに厄介な人物であることに変わりない。それに輪をかけるように厄介な人物とはどんな人物なのか。
「こいつはな・・・、破壊主義者なんだ。殺人をなんとも思わない。今まで何人こいつの被害にあったかわからないな」
八重の顔がぴくっと動いた。
「ほう・・・」
小さく息を吐くように言葉を発する。
破壊、殺人、・・・人を、喰らう。
「とまあ、こういう厄介な人物だ、市長は。で、ヴェルンの涙のことだがな。一番手っ取り早いのは<エドガー>を誘惑することだろう。アイツは女好きだからな。女のためなら宝石の一つや二つ、ころっと渡しちまう」
「そのためには・・・ニーツ君ですね」
イートンか静かな寝息を立てているニーツのほうを横目で見る。
「でもニーツ君が・・・その・・・承諾してくれる可能性は・・・」
「・・・皆無だな」
イートンと八重はそろってため息をついた。すると、伯父が思いがけないことを言った。
「なんなら俺が説得してやろうか?」
「!!」
イートンと八重はそろって伯父を見つめた。
「ほ、本気で言ってるんですか、伯父さん・・・」
「ああ、俺は本気だよ。言ったからには必ず説得してやるさ。但し、条件がある」
ここで、伯父は八重ににっこりと笑いかけた。妖しいほどに。
「君の細胞を少々」
八重は苦虫を噛み潰したような顔で苦笑した。
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PC 八重 ニーツ イートン
場所 ヴェルン湖遺跡
NPC 木兎
---------------------------------------------------
いつからか…
男の姿、男の態度を取るようになったのは…
(ああ…あいつが死んでからか…)
まどろみの中で、ニーツは呟く。
あの男がいなくなって、ニーツはそれまでの格好を捨てた。
(あいつの事…忘れていたのに。あの馬鹿妖精王の所為で…)
小さく、毒づく。けれど、そんなに不快ではなかった。
―今となっては、昔の、話。
目をあけると、見知らぬ天井。
「あ、ニーツ君」
こちらは、聞き覚えのある声。イートンだ。
…すこし、頭が痛い。
「良かった~。もう大丈夫なんですか?」
心底ほっとしたように、イートンが寄ってきた。その腕の中には、じたばた暴れる件の木兎。
「ん…ああ、まあ、な」
ニーツは、やはり億劫そうに答える。
いつの間にか、服が着替えさせられている。一体誰がやったのか、ふと気になった。
「二日も寝ていたのですよ~。もう、心配で心配で…」
イートンの言葉に、頭を抑えようとしたニーツの手が止まる。
「…二日?」
「はい。それはもう、ぐっすりと眠っていましたよ」
にっこりと微笑むイートンの腕から、ポトリッと木兎-ナスビが零れる。
そのまま駆け出そうとしたところを、イートンがガッシリと掴んで抱えなおした。
『は、離せ~』
「もう、だめですよ。ナスビちゃん」
『我輩はナスビなんかじゃない~!』
(何やってるんだか…)
二人(もとい、一人と一個)のやり取りを見つめながら、ニーツは、小さくため息をついた。
しかし、二日とは…頭が痛いのは、寝過ぎの所為か。いや、そればっかりでもあるまい。
不覚を取った、と、ニーツは気だるい身体を起こした。と-
「ニーツ君、寝顔、可愛いですね」
何の邪気もない笑顔で、イートンが言う。思わず、ニーツは寝台からずり落ちそうになった。
「な…!?」
思わず赤くなるニーツを、ニコニコとイートンが見つめる。
「あ、ニーツ君、新しい反応♪」
「ふ…ふざけたことを言うな!!」
赤くなったまま、怒鳴るニーツ。もちろん、そんな言葉にイートンが耳を貸すはずもない。
「ふざけてませんよ。…で、起きたばっかりで大変申し訳ないのですが、少々頼みがありまして…」
ニコニコと言うイートンの腕から、再びナスビが零れ落ちた。
「…断る」
「…」
「そういわずに」
八重たちの所に場所を移動して、ニーツに事情を説明して-
その答えが、こうだった。即答である。
「それを、俺がやる理由がない」
「ニーツしか、やれる人がいない」
「…お前らがやれば?」
「いや、それは…」
確かに、イートンの顔は母親譲りだが、女装が似合うか…と訊かれれば、思わず頭を抱えるだろう。しかも、市長…エドガーは、その母親に骨抜きだったという。はっきり言って、反応が恐ろしい。八重の女装なんて、問題外。…想像するのも恐ろしい。
「やっぱり、ニーツ君が適当でしょう」
『いいではないか。女の子らしい格好をするだけであろう?』
「そうなんですけど…」
「なんにせよ、俺は絶対そんなことしないからな」
フイッと、ニーツはそっぽを向く。頑なだ。
「ウ~ン…それは困ったね」
顔を見合わせた八重とイートンの後ろで、イートンの伯父が本当に困ったように声を上げた。そしてニーツは、初めてその人物に気付いたように、声を上げる。
「…誰だ?お前」
「あ、僕の伯父さんですよ」
「はじめまして。う~む、君も興味深いねえ…」
じろじろと無遠慮に、彼はニーツの顔を眺めた。そしてボソリと、
「細胞、くれないかね?」
「……」
呟いた言葉に、ニーツが冷たい視線を送る。その瞳は、『何だこの馬鹿は』と語っていた。
しかし、普通の人なら思わずひるむような視線を受けても、伯父は飄々とのたまう。
「君がこの話を承諾してくれないと、君の仲間は困った事になるみたいだ」
「嫌なものは、嫌だと言っている」
「頑固だな。若い頃からそれじゃあ、先が思いやられるぞ」
「余計なお世話だ」
「犬でも、三日の恩は忘れない」
突然、伯父が話を切り替えた。一瞬、話についていけず、三人はきょとんとする。
「君は、二日間、寝台を占領した。少しは感謝して、頼み事を聞いてくれてもいいと思うのだが」
「…つまり、寝かせてやったから、言う事を聞け、と」
口元を少し引きつらせながら、ニーツが答えた。伯父は満足げに、頷く。
「まあ、そうとも取れるかな。ああ、二日しか世話になってないから駄目、とかいうのは無しで」
「…俺に、恩とかそういうのを求められても困るんだが」
「そうか?意外と義理堅そうな気がするんだが。違ったかな?」
ニヤリとそう言って、伯父は笑った。フンッと、ニーツはそっぽをむく。
それなりに、図星だったらしい。
「それでも、嫌だ」
「むう。それでは、仕方ないな。この手だけは使いたくなかったのだが」
どこまでも頑ななニーツに、伯父は小さく肩をすくめた。ハラハラと見守る八重とイートンの横をすり抜けて、ニーツの前に立つ。
そして、言い放った。
「ところで、君の服を着替えさせた時、君の秘密を一つ、知ってしまったんだがね」
その言葉に、ニーツの瞳がスッと細くなった。構わず、伯父は他の人に聞かれないよう、ニーツの耳元で囁く。
「君の、性別の事なんだがね」
「…!!」
思わず顔を赤くしたニーツに、畳み掛けるように、伯父が言葉を紡ぐ。
「俺は別に、あの二人とかに話しても構わないんだけどな。まあ、返答次第で秘密にしてもいいけど」
さあ、どうする?と言外に問い掛ける伯父にを、ニーツは睨み付けた。
後ろでは二人と一個が話についていけず、顔を見合わせている。
甥が甥なら、伯父も伯父だった。
これは、説得とは呼ばない。
―人はこれを、脅迫と呼ぶ。
PC 八重 ニーツ イートン
場所 ヴェルン湖遺跡
NPC 木兎
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いつからか…
男の姿、男の態度を取るようになったのは…
(ああ…あいつが死んでからか…)
まどろみの中で、ニーツは呟く。
あの男がいなくなって、ニーツはそれまでの格好を捨てた。
(あいつの事…忘れていたのに。あの馬鹿妖精王の所為で…)
小さく、毒づく。けれど、そんなに不快ではなかった。
―今となっては、昔の、話。
目をあけると、見知らぬ天井。
「あ、ニーツ君」
こちらは、聞き覚えのある声。イートンだ。
…すこし、頭が痛い。
「良かった~。もう大丈夫なんですか?」
心底ほっとしたように、イートンが寄ってきた。その腕の中には、じたばた暴れる件の木兎。
「ん…ああ、まあ、な」
ニーツは、やはり億劫そうに答える。
いつの間にか、服が着替えさせられている。一体誰がやったのか、ふと気になった。
「二日も寝ていたのですよ~。もう、心配で心配で…」
イートンの言葉に、頭を抑えようとしたニーツの手が止まる。
「…二日?」
「はい。それはもう、ぐっすりと眠っていましたよ」
にっこりと微笑むイートンの腕から、ポトリッと木兎-ナスビが零れる。
そのまま駆け出そうとしたところを、イートンがガッシリと掴んで抱えなおした。
『は、離せ~』
「もう、だめですよ。ナスビちゃん」
『我輩はナスビなんかじゃない~!』
(何やってるんだか…)
二人(もとい、一人と一個)のやり取りを見つめながら、ニーツは、小さくため息をついた。
しかし、二日とは…頭が痛いのは、寝過ぎの所為か。いや、そればっかりでもあるまい。
不覚を取った、と、ニーツは気だるい身体を起こした。と-
「ニーツ君、寝顔、可愛いですね」
何の邪気もない笑顔で、イートンが言う。思わず、ニーツは寝台からずり落ちそうになった。
「な…!?」
思わず赤くなるニーツを、ニコニコとイートンが見つめる。
「あ、ニーツ君、新しい反応♪」
「ふ…ふざけたことを言うな!!」
赤くなったまま、怒鳴るニーツ。もちろん、そんな言葉にイートンが耳を貸すはずもない。
「ふざけてませんよ。…で、起きたばっかりで大変申し訳ないのですが、少々頼みがありまして…」
ニコニコと言うイートンの腕から、再びナスビが零れ落ちた。
「…断る」
「…」
「そういわずに」
八重たちの所に場所を移動して、ニーツに事情を説明して-
その答えが、こうだった。即答である。
「それを、俺がやる理由がない」
「ニーツしか、やれる人がいない」
「…お前らがやれば?」
「いや、それは…」
確かに、イートンの顔は母親譲りだが、女装が似合うか…と訊かれれば、思わず頭を抱えるだろう。しかも、市長…エドガーは、その母親に骨抜きだったという。はっきり言って、反応が恐ろしい。八重の女装なんて、問題外。…想像するのも恐ろしい。
「やっぱり、ニーツ君が適当でしょう」
『いいではないか。女の子らしい格好をするだけであろう?』
「そうなんですけど…」
「なんにせよ、俺は絶対そんなことしないからな」
フイッと、ニーツはそっぽを向く。頑なだ。
「ウ~ン…それは困ったね」
顔を見合わせた八重とイートンの後ろで、イートンの伯父が本当に困ったように声を上げた。そしてニーツは、初めてその人物に気付いたように、声を上げる。
「…誰だ?お前」
「あ、僕の伯父さんですよ」
「はじめまして。う~む、君も興味深いねえ…」
じろじろと無遠慮に、彼はニーツの顔を眺めた。そしてボソリと、
「細胞、くれないかね?」
「……」
呟いた言葉に、ニーツが冷たい視線を送る。その瞳は、『何だこの馬鹿は』と語っていた。
しかし、普通の人なら思わずひるむような視線を受けても、伯父は飄々とのたまう。
「君がこの話を承諾してくれないと、君の仲間は困った事になるみたいだ」
「嫌なものは、嫌だと言っている」
「頑固だな。若い頃からそれじゃあ、先が思いやられるぞ」
「余計なお世話だ」
「犬でも、三日の恩は忘れない」
突然、伯父が話を切り替えた。一瞬、話についていけず、三人はきょとんとする。
「君は、二日間、寝台を占領した。少しは感謝して、頼み事を聞いてくれてもいいと思うのだが」
「…つまり、寝かせてやったから、言う事を聞け、と」
口元を少し引きつらせながら、ニーツが答えた。伯父は満足げに、頷く。
「まあ、そうとも取れるかな。ああ、二日しか世話になってないから駄目、とかいうのは無しで」
「…俺に、恩とかそういうのを求められても困るんだが」
「そうか?意外と義理堅そうな気がするんだが。違ったかな?」
ニヤリとそう言って、伯父は笑った。フンッと、ニーツはそっぽをむく。
それなりに、図星だったらしい。
「それでも、嫌だ」
「むう。それでは、仕方ないな。この手だけは使いたくなかったのだが」
どこまでも頑ななニーツに、伯父は小さく肩をすくめた。ハラハラと見守る八重とイートンの横をすり抜けて、ニーツの前に立つ。
そして、言い放った。
「ところで、君の服を着替えさせた時、君の秘密を一つ、知ってしまったんだがね」
その言葉に、ニーツの瞳がスッと細くなった。構わず、伯父は他の人に聞かれないよう、ニーツの耳元で囁く。
「君の、性別の事なんだがね」
「…!!」
思わず顔を赤くしたニーツに、畳み掛けるように、伯父が言葉を紡ぐ。
「俺は別に、あの二人とかに話しても構わないんだけどな。まあ、返答次第で秘密にしてもいいけど」
さあ、どうする?と言外に問い掛ける伯父にを、ニーツは睨み付けた。
後ろでは二人と一個が話についていけず、顔を見合わせている。
甥が甥なら、伯父も伯父だった。
これは、説得とは呼ばない。
―人はこれを、脅迫と呼ぶ。
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PC 八重 ニーツ イートン
場所 メイルーン
NPC 木兎ナスビ 伯父 執事
---------------------------------------------------
「引き受けてくれるそうだぞ」
「えぇ!?本気ですかッ」
振り向いた伯父が、ニーツの肩を軽く叩きながら言った。信じられない二人だが、その手を嫌そうに避けるニーツはあえて否定もしない。
「凄いやぁ。さすが伯父さん。」
「何、彼も義理堅いみたいでね。」
二人の会話に眉を顰めながら、こちらに向かってくるニーツに八重はもう一度確認の言葉をかける。
「本当にやってくれるのか?ニーツ」
「止めてほしいなら、いつでも止めるぞ」
ニーツはカウチに体を沈め、沈んだ声色で答える。
「いや、助かった」
「ただし」
赤と青の違う鮮やかな瞳を向けて、ニーツは呪いの言葉を吐いた。
「君も、俺に一つ借りを作ったな?八重?」
「うッ」
そして、翌日。
市長の屋敷の前に、二人の男と、一人の少女が立っていた。
「可愛いですよ、ニーツ君」
「随分と軽軽しい口がきけたもんだな」
眼鏡を押し上げて、微笑む青年に、少女は愛らしい口元から辛辣な言葉を投げかける。
「あまり喋らない方がいいな」
二人の後ろに立つ中年の男がその様子を不安そうに言う。
彼が持つ荷物は、なぜか丸く膨らんでおり、ピクリと不思議な動きをした。
カンカンと、堅く閉じた扉のノッカーを鳴らして、イートンは呼びかけた。
「すいませーん。市長さんはいますか~?」
間抜けな彼の呼び声に、重い扉が静かに開く。
「申し訳ありませんが、市長は只今留守にしております」
白髪の、端麗な顔に皺を刻んだ老人が、姿を現し慇懃にお辞儀をした。おそらくこの屋敷の執事だ。その老人を目にして、イートンは懐かしそうに目を細める。
「お久しぶりですね。クリエッド」
「・・・貴方は・・・」
白い眉を上げて、老人は青い瞳を開かせた。イートンの紫の瞳を見つめると、事務的だった声が僅かに暖かみを含んだ。
「母君に・・・随分と似られましたね」
「やめて下さいよ。それで、市長は居るんですか?」
「いえ、おりません」
「では、エドガーは?それともクリスティ?ハドソン夫人でもいいですよ」
強い口調で続けるイートンに執事は戸惑うように後ろの二人に視線を向けた。中年の男に、銀の髪の少女。淡い紫のドレスを着た少女は執事の視線に気がつき、睨み返す。普通、ここは笑みを返すところだったが・・・。
「・・・クリスティー様がいらっしゃいます」
観念したように、執事は一歩下がって、三人に道を開ける。階段の向こうには、一人の男が立っていた・・・・
PC 八重 ニーツ イートン
場所 メイルーン
NPC 木兎ナスビ 伯父 執事
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「引き受けてくれるそうだぞ」
「えぇ!?本気ですかッ」
振り向いた伯父が、ニーツの肩を軽く叩きながら言った。信じられない二人だが、その手を嫌そうに避けるニーツはあえて否定もしない。
「凄いやぁ。さすが伯父さん。」
「何、彼も義理堅いみたいでね。」
二人の会話に眉を顰めながら、こちらに向かってくるニーツに八重はもう一度確認の言葉をかける。
「本当にやってくれるのか?ニーツ」
「止めてほしいなら、いつでも止めるぞ」
ニーツはカウチに体を沈め、沈んだ声色で答える。
「いや、助かった」
「ただし」
赤と青の違う鮮やかな瞳を向けて、ニーツは呪いの言葉を吐いた。
「君も、俺に一つ借りを作ったな?八重?」
「うッ」
そして、翌日。
市長の屋敷の前に、二人の男と、一人の少女が立っていた。
「可愛いですよ、ニーツ君」
「随分と軽軽しい口がきけたもんだな」
眼鏡を押し上げて、微笑む青年に、少女は愛らしい口元から辛辣な言葉を投げかける。
「あまり喋らない方がいいな」
二人の後ろに立つ中年の男がその様子を不安そうに言う。
彼が持つ荷物は、なぜか丸く膨らんでおり、ピクリと不思議な動きをした。
カンカンと、堅く閉じた扉のノッカーを鳴らして、イートンは呼びかけた。
「すいませーん。市長さんはいますか~?」
間抜けな彼の呼び声に、重い扉が静かに開く。
「申し訳ありませんが、市長は只今留守にしております」
白髪の、端麗な顔に皺を刻んだ老人が、姿を現し慇懃にお辞儀をした。おそらくこの屋敷の執事だ。その老人を目にして、イートンは懐かしそうに目を細める。
「お久しぶりですね。クリエッド」
「・・・貴方は・・・」
白い眉を上げて、老人は青い瞳を開かせた。イートンの紫の瞳を見つめると、事務的だった声が僅かに暖かみを含んだ。
「母君に・・・随分と似られましたね」
「やめて下さいよ。それで、市長は居るんですか?」
「いえ、おりません」
「では、エドガーは?それともクリスティ?ハドソン夫人でもいいですよ」
強い口調で続けるイートンに執事は戸惑うように後ろの二人に視線を向けた。中年の男に、銀の髪の少女。淡い紫のドレスを着た少女は執事の視線に気がつき、睨み返す。普通、ここは笑みを返すところだったが・・・。
「・・・クリスティー様がいらっしゃいます」
観念したように、執事は一歩下がって、三人に道を開ける。階段の向こうには、一人の男が立っていた・・・・
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PC 八重・ニーツ・(イートン)
場所 メイルーン 市長邸
NPC 執事クリエッド 市長ワトスン=ベーカーウォール(クリスティ)
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その男は、引き締まった顔立ちに、鋭い鳶色の瞳をしていた。スーツをきっちりと着込み、服装に隙がない。
(これが、四重人格市長か・・・)
八重はおもわずゴクリとつばを飲み込んだ。執事クリエッドの話によれば今は<クリスティ>のハズだ。しかし、今のところ服装は、まともだ。三人が視線を集め見つめる中、市長がゆっくりとその口を開いた。
「か・わ・い・い~」
くりっと手を顔の横に沿え、ニュアンスはわ、とい、を強調して市長、いや、クリスティはニーツに駆け寄った。素早い。
「きゃあ、かわいい~っ!!貴女、お人形さんみたいね~v」
そう言ってニーツを思いっきりぎゅううっと抱きしめた。
声はテノール、外見はどう見たって立派な紳士。なのに、している行動は、これだ。八重は本気で薄ら寒さを覚えた。ため息一つで事を済ますクリエッドとイートンは凄いと、本気で思った。
抱きしめられているニーツがクリスティの腕の中でぴくりと動いた。明らかに怒りと憤りを抑えている様子だ。
(これはヤバいぞ)
<借り一つ>ニーツの言葉が八重の脳裏に浮かんだ。これ以上<借り>ができたらどうなることかわかったもんじゃない。
「ちょっと・・・、いいかね、・・・クリスティ?」
八重はやんわりと、しかし少し力を込めてクリスティをニーツから引き離した。
「やん、なあに?おじさま?」
おじさま、は貴様も同じだろうが。その言葉をぐっと飲み込んで、八重はきわめて優しくクリスティに話しかけた。
「エドガーは、どうしたのかな?」
「エドガー?おじさまったらあんな女たらしに会いたいのぉ?」
そのおじさま、が癇に障るんだよ。八重の心の中の悪態は尽きない。
「エドガーは、今は寝てるわよ。このところいい女にめぐり合えないから拗ねてるのね。アイツの頭の中って女のことばかりよ。どうかしてるわ」
どうかしてるのは貴様も同じだ。・・・悪態をつくのもいい加減疲れてきた。
「お願いです、クリスティ」
イートンがクリスティに懇願する。彼も彼なりにニーツに対し<危険>信号を感じているようだ。
「エドガーを出してくれませんか?彼と話したいんです」
「いいわよん」
割とあっさりクリスティは承知してくれた。
「本当ですか!」
「た・だ・し」
クリスティは楽しそうに三人に向かって言った。
「クリスティと、かくれんぼして遊んでくれたら出してあげるっ」
かくれんぼ。その言葉にその場にいた全員に戦慄が走った。
「イートンおにいちゃんと、そこのおじさまと、かわいいおねぇちゃんがオニね。クリスティが隠れるの。誰でもいいからクリスティを見つけられたら、勝ちよ」
「それって、この屋敷内ですか」
「あたりまえよぅ、そうじゃなくてもクリスティ、このお屋敷から出ちゃいけないんだもの」
「・・・この屋敷に、侵入者を排除するトラップが何百個も仕掛けてあるのを承知で言ってるんですか」
やはり。八重とニーツは心の中でうなづいた。先ほどから目ざとい彼らの目には、この場にもトラップが三つほど仕掛けられているのが確認できていたのだ。
その言葉に、クリスティの笑みは、子供の残酷な笑みのそれに変わった。
「あたりまえじゃない」
クリスティは上目遣いで八重の瞳を覗き込んだ。
「どうする?おじさま、クリスティと遊んでくれる?」
「・・・やろう」
答えたのはニーツだった。
「・・・クリスティにこれ以上付き合わなくていいなら何だっていい」
「じゃあ、決まりねっ」
言うと、クリスティはたっと階段を駆け出した。
「十数えたら探していいわよ、それまでは動いちゃダメ!」
そして、クリエッドのほうを向いて付け加えた。
「動いたら殺していいわよ」
「承知しました」
つくづく恐ろしい屋敷だと八重は思った。
PC 八重・ニーツ・(イートン)
場所 メイルーン 市長邸
NPC 執事クリエッド 市長ワトスン=ベーカーウォール(クリスティ)
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その男は、引き締まった顔立ちに、鋭い鳶色の瞳をしていた。スーツをきっちりと着込み、服装に隙がない。
(これが、四重人格市長か・・・)
八重はおもわずゴクリとつばを飲み込んだ。執事クリエッドの話によれば今は<クリスティ>のハズだ。しかし、今のところ服装は、まともだ。三人が視線を集め見つめる中、市長がゆっくりとその口を開いた。
「か・わ・い・い~」
くりっと手を顔の横に沿え、ニュアンスはわ、とい、を強調して市長、いや、クリスティはニーツに駆け寄った。素早い。
「きゃあ、かわいい~っ!!貴女、お人形さんみたいね~v」
そう言ってニーツを思いっきりぎゅううっと抱きしめた。
声はテノール、外見はどう見たって立派な紳士。なのに、している行動は、これだ。八重は本気で薄ら寒さを覚えた。ため息一つで事を済ますクリエッドとイートンは凄いと、本気で思った。
抱きしめられているニーツがクリスティの腕の中でぴくりと動いた。明らかに怒りと憤りを抑えている様子だ。
(これはヤバいぞ)
<借り一つ>ニーツの言葉が八重の脳裏に浮かんだ。これ以上<借り>ができたらどうなることかわかったもんじゃない。
「ちょっと・・・、いいかね、・・・クリスティ?」
八重はやんわりと、しかし少し力を込めてクリスティをニーツから引き離した。
「やん、なあに?おじさま?」
おじさま、は貴様も同じだろうが。その言葉をぐっと飲み込んで、八重はきわめて優しくクリスティに話しかけた。
「エドガーは、どうしたのかな?」
「エドガー?おじさまったらあんな女たらしに会いたいのぉ?」
そのおじさま、が癇に障るんだよ。八重の心の中の悪態は尽きない。
「エドガーは、今は寝てるわよ。このところいい女にめぐり合えないから拗ねてるのね。アイツの頭の中って女のことばかりよ。どうかしてるわ」
どうかしてるのは貴様も同じだ。・・・悪態をつくのもいい加減疲れてきた。
「お願いです、クリスティ」
イートンがクリスティに懇願する。彼も彼なりにニーツに対し<危険>信号を感じているようだ。
「エドガーを出してくれませんか?彼と話したいんです」
「いいわよん」
割とあっさりクリスティは承知してくれた。
「本当ですか!」
「た・だ・し」
クリスティは楽しそうに三人に向かって言った。
「クリスティと、かくれんぼして遊んでくれたら出してあげるっ」
かくれんぼ。その言葉にその場にいた全員に戦慄が走った。
「イートンおにいちゃんと、そこのおじさまと、かわいいおねぇちゃんがオニね。クリスティが隠れるの。誰でもいいからクリスティを見つけられたら、勝ちよ」
「それって、この屋敷内ですか」
「あたりまえよぅ、そうじゃなくてもクリスティ、このお屋敷から出ちゃいけないんだもの」
「・・・この屋敷に、侵入者を排除するトラップが何百個も仕掛けてあるのを承知で言ってるんですか」
やはり。八重とニーツは心の中でうなづいた。先ほどから目ざとい彼らの目には、この場にもトラップが三つほど仕掛けられているのが確認できていたのだ。
その言葉に、クリスティの笑みは、子供の残酷な笑みのそれに変わった。
「あたりまえじゃない」
クリスティは上目遣いで八重の瞳を覗き込んだ。
「どうする?おじさま、クリスティと遊んでくれる?」
「・・・やろう」
答えたのはニーツだった。
「・・・クリスティにこれ以上付き合わなくていいなら何だっていい」
「じゃあ、決まりねっ」
言うと、クリスティはたっと階段を駆け出した。
「十数えたら探していいわよ、それまでは動いちゃダメ!」
そして、クリエッドのほうを向いて付け加えた。
「動いたら殺していいわよ」
「承知しました」
つくづく恐ろしい屋敷だと八重は思った。