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2024/04/30 03:22 |
易 し い ギ ル ド 入 門 【21】/エンジュ(千鳥)
****************************************************************

『 易 し い ギ ル ド 入 門 【21】』

              ~ かしましき女たち ~

場所 :ソフィニアの酒場
PC  :エンジュ イェルヒ (シエル ミルエ) 
NPC :ナンシー
****************************************************************

 「同族なら誰もが知り合いだとでも思っているのか?不愉快だ、他をあたってく
れ」

 再び店内に入ったエンジュが耳にしたのは、感情の苛立ちを隠そうともしない男の
一言だった。

「あら、ごめんなさい。そういうわけじゃないのよ。ただ、私たち人間より正確で
しょ?無駄足を踏みたくないの」

 二人の声が大きかったわけではない。
 ただ、ようやく夕方に差し掛かった酒場の店内は閑散としていて、話をしているの
は彼らしかいなかったからだ。

「若い…貴方たちの年齢でいってもそうみたいだけど。金髪のエルフよ。名前はイル
ラン」
「イルランですって!?」

 女の口から出た名前に、エンジュは入り口で立ち止まったまま声を上げてしまっ
た。

「あら?」

 店の奥で話していた男女が振り返る。
 男は先程シエルがイルランと勘違いしたエルフだ。
 女は黒髪に短く刈った髪を逆立て、軽装に短剣と、いかにも冒険者、といった雰囲
気をかもし出していた。
 30代前半だろうか、未だ衰えのみえない筋肉質な身体をスキップするように躍ら
せて、エンジュの元へやってきた。

「あなた彼を知ってるの!?」
「知ってるというか…」

 女から解放されほっとしたのだろうか、先程のエルフがエンジュを見ていた。
 その視線がわずかに下に移動し、げんなりとした表情に変わると彼は再びテーブル
へと身体の向きを変えた。
 何だか分からないが女性に対し失礼な態度ではないだろうか。

「最近、私の友達の周りに出没してるのよ」
「もしかして、愛だの恋だの語っているんじゃない?」

 まさにその通りだ。

「あの男、もしかしてお尋ね者なわけ?」

 女が手にした髪には、何かの記号が記されていた。
 大きな丸に点二つ、横には二つの線が―――どうやら似顔絵なようだ。
 よほど才能のない似顔絵師に頼んだのだろうか。
 これではまともな情報も掴めそうにない。

「彼は、結婚・・・いえ、恋愛詐欺師なのよ」
「恋愛詐欺師!?」

 初めて聞いたその呼称に再びエンジュは声を上げる。

「彼は、仲の良いカップルの間に割り込んでは女性の気持ちを奪い、彼女が自分惚れ
た頃には姿を消す…要するに壊し屋なのよ」
「イルランがねぇ・・・」
「彼は容姿は美形だし、世の中の女性はああいう顔に弱いのよ。それで被害者が続出
して『イルラン被害者友の会』から、私に依頼がきたのよ」

 女はエンジュがたずねもしないのに詳しく理由を語った。
 同業者からの情報提供へのギブアンドテイクなのか、単に依頼の保守意識すらない
三流のハンターなのか・・・。

 シエルにも入会を勧めようか・・・。

 そんな事をぼんやりと思う。

「で、この男を捕まえたらどうするの?まさか命を奪うなんて事は無いわよね」
「それは依頼人たちが決めることだけど、取りあえず『あの長ったらしい金髪を坊主
にしてやりたい』って意見が大半ね」
 
 よほど恨まれているようだ。

「数日前、ソフィニア魔術学院の講義に顔をだしていたわよ。なんでエルフが人間の
魔法なんかを勉強するのかしら」

 エンジュは単純に疑問を口に乗せる。

「自分たちの魔法が一番だと思うのはエルフの性質ね」

 女はそう言うと、学院をあたってみるわ。と腕を組んだ頷いた。
 エンジュも友人の悩みの種を取り除くため協力はしてやりたいが、学院にはベル
ベッドもいるのだ。
 当分は近づきたくない。

「私はナンシー・グレイトよ。もし新しい彼の情報が手に入ったらここに連絡をちょ
うだい『肉食エルフ』さん」
「!」
 
 そういってウインクした女は、店員にチップを投げると颯爽と酒場をあとにした。
 ナンシーの後姿を見送り、思わず軽く口笛を吹くとエンジュは感心して呟いた。

「なかなか面白い女じゃない」
「・・・エンジュさん・・・」
「わっ!」

 上機嫌で席に着こうとしたエンジュが再び身体の向きを変えると、そこにはいつの
間にかアンジェラが立っていた。
 肩にはあの青い鳥、パティーがとまっている。
 
「ア、アンジェラ!パリスに会ったのね」

 本来ならば喜びを露わにするはずのアンジェラの顔が暗い。
 それは薄暗い照明のせいだけではなかった。

「ど、どうしたの?またベルベッドが仕掛けてきたの?」
「・・・は何処?」

 パリスと並んでいるときのあの初々しい様子は何処に行ったのか、半眼でエンジュ
を睨み上げる彼女にはある種の殺気が宿っていた。
 
「え・・・?」
「あの女は何処なのッ!?」
「ドコナノォ!!」

 飼い主の言葉を反芻したパティーが右腕に吸い込まれるように形を変えた。
 アンジェラが高ぶった感情のままに武器へと姿を変えたパティー ―――青銅斧を
振るう。
 おろされた先にあったテーブルが真っ二つに割れた。

「シエルは何処!? パリスは渡さないわ!!」

 その一言にエンジュは全てをさとり、額に手を当てた。
 
「あンの・・・バカ男」

 恋する女は恐ろしい。
 恋する男はうっとうしい。

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2007/02/12 17:09 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【22】/イェルヒ(フンヅワーラー)
****************************************************************

『 易 し い ギ ル ド 入 門 【22】』

              ~ エルフの恋愛方程式 ~

場所 :ソフィニアの酒場~ソフィニア学院までの道のり
PC  :エンジュ イェルヒ (シエル ミルエ) 
NPC :ナンシー

****************************************************************


 頭の悪い質問をした女は、跳ねるように移動した。
 割って入って叫んだのは、さきほどのハーフエルフの女だった。
 やはり、何度見ても、気持ちが悪い。脂肪分をあの局所的な部分にどれだけつ
めこんでいるのか。考えるだけでも、おぞましさで胸がいっぱいになる。
 黒髪の女と、そのハーフエルフの女は、なにやら引き続き会話をしだす。も
う、こっちの存在は忘れているかのようだ。
 すっかり冷えた野菜炒めを、フォークで突き刺す。が、遊ぶようにそれを何度
か繰り返すだけで、口に運ぶ気にはなれなかった。
 何もかもが、食欲を失せる方向にしか動いていないのに、無理して食べること
はない。行儀悪く食べ物をおもちゃにして逡巡していたのは……支払った金が勿体
無いと思ったからだ。
 イェルヒは、カウンターから立ち上がり、まだ喋っているあの女二人を尻目に
確認する。出て行く自分にもう興味など持っていないようだ。
 店を出る直前に、黒髪の女が笑みを含めた艶のある声が耳に響いた。

「自分たちの魔法が一番だと思うのはエルフの性質ね」

 その言葉に反射的な怒りが瞬時に膨張し、それを更に上回る怒りと嘲笑がすり
潰す。交錯し、渦巻き、深く抉る。

 ――知らない人間が何を言う――捨てたものにいまだ未練を抱くか――
 ――両方の術を識っているこそ私は理解している――それを認めたら俺の選んだモ
ノはなんなのだ――貴様が生きる世界の力を嘲笑うか――お前が生きる道を嘆くのか


 ……だから。
 だから、なんなのだ。
 冷めた心で、混沌としたそれらを蹴散らす。
 それらが、どんなに己の内を狂い吹き荒らそうとも、自分はその言葉に食って
かかるなんてことはしないくせに。
 指の先まで、血流と共に駆け巡ったモノは、あっという間に融解した。

 風が。

 扉を開けた途端、頬を撫でるそれに違和感を感じた。
 いつも、意識的に、見ないように、感じ無いように閉ざしている感覚が開いて
いたようだ。
 誰かが、この街の中で風の精霊が踊らせた、その名残だ。
 魔術とは違う。捻じ曲げられた様子は無く、風の精霊自ら動いたような、もっ
と自然に近いモノ。
 いや、ここはソフィニアだ。そんなことが起きる可能性は高いとは言わないも
のの、低くは、無い。

「邪魔よ。どいて」

 風に気を取られていると、いつのまにか大柄な女性がイェルヒの目の前に立っ
ていた。その目には殺気が込められていた。

「あ……あぁ。悪かった」

 ドアの前に突っ立っていた自分に明らかに非があると認め、イェルヒは素直に
その場から退くと、女はもうイェルヒに目をくれることなく、店の中に消えて
いった。
 自分が悪かったとはいえ、あそこまで怒ることは無いだろうに。少し不審気味
にそう思う。
 店に背を向け寮に戻ろうと歩き出す。
 すると、背後で再び扉の開閉の音がした。何気なく振り向こうとすると、首に
するりと腕が絡んだ。

「ハァイ。まだ聞きたいことがあるのよ」

 イェルヒの長い耳元で囁き、イェルヒは全身に悪寒を感じ、肘でその声の主を
突き飛ばすように引き剥がす。
 絡められた腕は簡単にほどかれ、身軽な足使いでイェルヒから離れる。
 声の主の正体を見ると、先ほどの短い黒髪の女だ。イェルヒの反応を見て、
笑っていた。

「こっちは答えることなど一切無い!」

 イェルヒは鋭く言い放つと、早足でその場から離れる。しかし、女は気にした
風もなく、難なく付いて来る。

「あなたのせいで、なかなかイルランの足取りが掴めないのよ。金髪のエルフと
いう情報だと、あなたの目撃談も交錯してね。
 あなたって有名人なのね。……まぁ、見ていればわかるけど」

 目の端で確認すると、決して好意的とは言えない笑み。

「あなたのこの数日の足取りを教えてくれないかしら」

「断る」

 女の語尾が終わるか終わらないかで、切り落とすような返答。嫌な記憶がフ
ラッシュバック―――立ち上る炎、熱い鍋肌を焦がす音、舞い上がる金の米、鮮や
かな包丁さばき――それが、脳裏に浮かび、粟肌が立った。

「勿論、お礼はす……」

「断ると言っているんだ」

 今度は、最後まで言わせない。
 呆れたような、女の顔。

「……理由無くここまで非協力的な人って初めてだわ」

「知らん人間に協力的になる理由は無い」

 更に無理して歩くスピードを早める。だが、やはり女は涼しい顔で付いて来る。

「ソフィニア魔術学院所属。学院唯一のエルフにして特待生。妖精種族でありな
がら、魔術を学ぶ異端児。いつもイェルヒ。姓は不明。
 私は知ってるわよ。あなたのこと」

「勝手に探られるのは不愉快だ」

「探ったつもりはないわ。イルランとの誤認情報でこれだけ集まったの。
 そうそう。いつも不愉快そうな顔をしているって情報もあったわ。
 ねぇ、なんで姓は不明なのかしら」

 余りのしつこさに、イェルヒは足を止め、真っ直ぐと女の目に、挑戦的な視線
を叩きつける。

「教える義理が俺にあるのか?」

「無いわね。こっちも聞いて益は無いし。
 単なる世間話」

 大げさに肩をすくめ、そしてようやくこっちをまともに見たわね、と言いたげ
に、大きな口で笑みをにっこり作る。

「ナンシー・グレイトよ」

 差し出される右手。だが、イェルヒはそれに応える気は無い。

「仲良くする気は無いと言っているだろう」

 ナンシーは気にした風もなく、手を下げる。

「つれないのね。
 本当に、イルランと同じエルフなの? 二人の人物像ってまるっきり違うわ」

「その理論だと、人間は皆、お前のように馴れ馴れしく、無礼で、しつこいス
トーカーであるということになるな」

「それを言われたらそうね」

 たっぷりの皮肉も、ナンシーには通じないようだ。
 イェルヒは深々とため息をつく。

「いつまで付いて来る気だ」

「さぁ? あなた次第じゃないかしら。
 住んでいるところを突き止められたらそれはそれで収穫ね」

「……」

 流石のイェルヒも沈黙した。
 なんなんだ、このムカつく女は。
 さっさと要求に応えた方がいいのかもしれない。

「昨日は一日中寝ていた。部屋から一歩も出ていない。
 これで十分だろう!」

「いいえ。まだ聞きたいことがあるの」

 どこまで、神経を逆なでにする女だ。

「やっと話を聞いてくれる気になったんだものね。
 あ、どうぞ。歩きながらでいいわ」

「断る。住居を知られたくない」

「なら、手遅れね。どうせ、学院の寮でしょ?
 特待生。高貴な種族のイメージが覆される。特に外部では見られない――特定の
バイトはしていない。
 収入があまり無いってのが分かるわ。そんな状態だったら、寮しかないんじゃ
ないかしら。
 それだったら、私も今から学院に用事があるから、こっちの方角は丁度いいの」

「……お前は、俺から話を聞きたいのか、それとも怒らせたいのか。どっちだ」

「穏便に話を聞きたいものね。
 でも、あなたったらすぐにムキになるからからかいたくなって……と、そんなに
睨まないでよ」

 その反応すらも楽しんでいるようで、ナンシーは微笑む。

「聞き出すってほどのものでもないんだけどね。エルフの価値観を知りたいだけ。
 ターゲットのことを知っておいて損は無いもの」

「個体差はある。さっきもそのことを話したが、もう忘れたか?」

 歩き出す。今度は、無駄だと理解して普通のペースで。

「それに、エルフと一言で言っても、集落によってもすでに別種のものとなって
いるようだ。人との交流が盛んであるところは考え方、文化、生活が。より人間
と親密なところでは人間の血と混じって、体質も性質も本来のエルフ種のものが
薄れているものもいる。
 そういう場所になると、平均寿命年齢が低くなっているとか言う学者もいるよ
うだが、いかんせん、人間より遥かに長いし、人間との交流を絶っている所の調
査は難しいから、ちゃんと比較したデータは無いがな」

「そういう固ッ苦しいことを聞きたいんじゃあないわ。
 もっと単純。エルフって、簡単に人間の女性を好きになるものなの?」

「ハァ?」

 唐突な質問に思わず足を止める。
 さっきからの態度といい、面白半分に口説いているのか? そう思ったが、ナ
ンシーは平然とした顔だ。その目にからかっている様子は無い。

「私の持つエルフの情報……というよりイメージね。『長い耳』『美形』『賢い』
『長寿』
 それが、人間を好きになりやすいか、というと疑問を抱くのよね。
 逆に言ってしまえば、愚かで容姿に劣る種族を好きになるのかしら。決定的に
寿命が違うから、その問題もあるわね。
 総合して考えても、人間とエルフの恋愛なんて向いていないもの。
 どこの世界にも変わり者はいるとして、短期間に多くの女性をひっかけるなん
てありえるのかしら」

「……実話か? それ」

 イェルヒは耳を疑った。

「みたいね。私が追いかけてるエルフがそう。わざわざ男付きの女に求愛して、
両思いになったらトンズラ。それの繰り返し。
 まぁ、そうとう人間の文化にかぶれているみたいだから、人間の女性に惚れ
るってのは有り得るかもしれないけど。
 あなたはどうなの? やっぱ美しい同族がいいのかしら?」

「……美醜はそこまで関係するのか? 観賞とパートナーは別物じゃないか。 ……
ただ、容姿は関係するがな」

「なにそれ」

「人の生き様は多少なりとも容姿に表れるということだ。
 間抜けそうな顔をしたヤツは間抜けであることが多い。それだけだ」

 ナンシーが、大きな口をあけて、あっはっはと声を上げて笑った。

「確かに一理あるわね。
 でもそれって、人間種族のこと言ってるの?」

 まるで「そうだ」と言ってくれることを期待するような目を向けている。
 ……変な女だ。
 まったく理解できない。
 イェルヒはにべなくその期待を裏切る。

「知らん」

 ナンシーは再び爆笑した。……笑いどころが全く分からない。
 イェルヒは目に涙を浮かべてまで笑っているナンシーを無視して話を続ける。

「引っかかるのは、短期間に多数の女性、というところだ。
 ただでさえ、寿命の差がある。短命の人間に恋愛感情を抱くのには、覚悟がい
るもんだ。
 なのに、そう急いて数打てば当たるように出会いを求める必要があるか? そ
の可能性は限りなく、低いな。
 可能性があるとすれば、だ。アンタとおんなじだ。
 からかってるんだろう。……人間に興味があるんだったな? ならもしくは、興
味半分かもしれんな」

「やっぱりそう思う?」

「まぁ、いずれにしても本気ではないだろうな。
 だが、ひっかかる人間の女も女だな」

 その言葉に苦笑するナンシー。

「依頼主達のことはあまり悪く言いたくないけれど……それについては反論できな
いわね。
 調べによると、イルランは脈が全く無さそうな女性からは早々に手を引いてる
らしいからね。
 でも、女性なら”美しい王子様”に憧れる願望を持つことだってあるから
ねー……。同性として完全に否定はできないわね」

 ハン、とわざとらしいと思えるほどのイェルヒの反応。
 その次に続くのはふさわしいほどの皮肉げな物言い。

「アンタもそうなのか?」

「まさか。理解はできるけど同意はできないわ。
 むしろ私は、あなたみたいな面白い人が結構タイプよ」

 ナンシーがイェルヒの前に回りこみ、顔を覗きこむ。するとそこには、反射的
な拒絶というよりも、本能的な嫌悪の意思表示があった。
 噴出すナンシー。

「本気にしないで。冗談よ。あなたって、ポーカーが出来ないタイプでしょ」

 気づくと、もう魔術学院の建物が見えてきた。

「さて。……最初に言ってたお礼は、お姫様のキスがいいかしら?」

「何もいらん。目の前から消えてくれるだけでいい」

「オーケイ。分かったわ。大人しく去るわよ。いつか会うことがあったらお茶で
もおごるわ。
 じゃぁね。ありがとう。参考になった」

 しなやかに、猫のように駆けて、ナンシーは投げキッスを一度だけ放ち、その
場を去った。


2007/02/12 17:09 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【23】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【23】』 
   
               ~ 白と金の友人 ~



場所 :ソフィニア
PC :シエル ミルエ (エンジュ イェルヒ)
NPC:白髪の男
****************************************************************

 どこをどう通ったのか、影伝いに屋外を進み、研究棟へと辿り着くことが出
来た。途中で何人かの学生と顔を合わせたが、彼らは気付かないのかあえて無
視しているのか、こちらに興味を示さなかったし、遠くから「わー」と楽しそ
うに響く声も、遠くで走り回っている人参達だとミルエに教えられ、シエルは
何も聞かなかったことにした。
 取り立てて何も無い、夕方の風景だ。



「そういえば、あなたの名前を聞いていないわ」

 無事に研究室とやらに通されたシエルが、回転椅子に座らされた状態で問
う。
 お嬢様風の彼女は、ピンセットでつまんだ白いコットンに何かを染み込ませ
ながら顔を伏せて座って、忍び笑いをもらした。

「そうでしたかしら」
「ええ、聞いてないわ」

 彼女が浸していたのは消毒液らしく、つまんだソレでシエルの傷をなぞる。
地味に痛い。
 シエルが憮然とした表情になったのは、彼女の消毒がやたら滲みるせいか。
それとも彼女がはぐらかそうとしたせいか。小さな傷口を丁寧に消毒しなが
ら、彼女が言った。

「でも、名乗る必要ってありますの?」

 消毒するたび、体に緊張が走る。それを楽しんでいるようにも見える彼女に
半ば呆れながら、シエルは答えた。

「じゃあ、なんと呼べばいい? 変な名前付けるわよ」

 意外な答えだったのか、面白いと判断したのか。彼女は手当てを中断し、顔
を上げてシエルを見た。変わらずの値踏みするような視線の後に笑みが浮か
ぶ。

「それは確かにイヤですわね。なかなか面白いお方」
「それはどーも」

 褒められている気はしないが、とりあえず認めては貰ったらしい。にーっこ
りと笑顔で返す。彼女は心なしか楽しそうに、そして優雅に一礼すると名を名
乗った。

「ミルエ。ミルエ・コンポニートですわ。植物の育成を研究していますの」

 つられてシエルも礼をする。

「シエルよ……って、知ってるわよね。一応冒険者ギルドに登録したばかり」

 苦笑ついでに肩を竦めると、粗方消毒は終わったのか、ミルエは応急セット
を片付け始めた。そして、何やら小さな壷を取り出してくる。

「シエル、とお呼びしますわね。裂け目が酷い一部に軽度の火傷があります
の。コレを試してもよろしくて?」
「試し……って、一体何なのよ、ソレ」
「ただの火傷用軟膏ですわ。天然植物性ですのよ」
「でも、試しなのね……」
「ええ、試しなんですの」

 一言一言全てが遊ばれているような気がする。軽い頭痛を感じながらも、シ
エルはされるがままにすることにした。

「アナタを信じるわ、ミルエ」
「まあ、初対面の人間をそう信用してもよろしいのかしら」
「毒を盛るならさっきの段階でも充分出来たでしょ。だから信じる」

 シエルは自分でも裂け目が酷いと感じた右腕を差し出した。目が合ったミル
エは一瞬驚いたようにも見えたが、すぐに表情が読めない笑みに戻る。不思議
なお嬢様だ。

「シエルは素直ですのね」
「痛っ……!!」
「ああ、うっかり言い忘れましたけど、かなり滲みますの。でも効き目は保障
しますわ」
「……わざとでしょ」
「あら、シエルは私のこと信用してくださったのではなくて?」

 そういって笑うミルエは本当に楽しそうで。人をおもちゃにするのが楽しい
のか、少しでも心を開いてくれたのか、シエルには分からないままだった。



 コンコンコン。
 三度のノックが扉を叩く。誰が訪ねて来たのか分かっている、とシエルに目
で合図し一つ頷くと、ミルエは薄く扉を開けた。

「どうなりまして?」
「学院内で遭遇はもうないと思うゼ?」

 そう悪巧みが成功した子供のように笑った男の声は大きく、室内で対応して
いるミルエの声よりよく響く。隙間からチラッと見えた白髪の男は、同じく垣
間見えたであろうシエルに対して、楽しそうに、そしてやたらと下品に口笛を
吹いた。

「貴方のおもちゃには差し上げられませんわ」
「めーずらしい」
「私達『友人』ですもの」

 振り返って、にっこり、とミルエが笑う。楽しそうだがソレが怖い。シエル
が若干引きつった笑みで返すと、扉の向こうの男と目が合った。
 僅かに額が紅く見える。壁にでもぶつけなければああはなるまい、と考え
て、対象が壁ではなくイルランであることを理解した。ああ『遭遇はもうな
い』とはそういうことか。シエルの引きつった笑顔が噴出す笑いに変わる。イ
ルランなど、割れるような痛みに頭を抱えて宿でゆっくり寝ていればいいの
だ。想像するとおかしくてしょうがなかった。

「あら、察しがいいですこと」

 ミルエのほうこそ察しがいい。噴出したシエルの思考経路を読みきっている
のだから。
 男はにんまり笑うとその場を後にした。


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 日が暮れてどのくらい経ったろう。まだそんなに時間は経っていないはずな
のに、シエルは例の温室で睡魔と格闘していた。
 治療が済むとミルエはシエルに学士用のレトロなガウンを羽織らせ、再び西
日に当たらないよう注意を払いながら温室へ戻ってきて指示したのだ。温室内
の湿度を上げて下さいな、と。シエルは温室を霧で満たすと、それからずっと
集中を切らさないようにしている。

「人使いが荒いわよ、ミルエ……」
「あら、約束したのは貴女ですわ」

 シエルがいくら風や天候に関与出来るといっても、風は元来一所に留まらな
いモノである。しばらくはミルエの指示で温室内の湿度調節をしていたが、こ
うも長時間に亘っての『風』の使用に、シエルも疲労を重ねていた。

「霧で一度満たせばしばらくは持つじゃない」
「あら、それでは一定を保つことは難しいんじゃなくて?」
「水遣りが必要なら、雨を降らせれば早いのに……」
「今は直接水で濡らさずに経過を観てますの」

 ミルエは一向に取り合ってくれない。シエルは目を擦り、若干揺れを感じる
体をミルエに向けた。

「私このままじゃ寝るわよ、ココで」
「まあ、ソレは困ってしまいますわ」
「……いや、冗談言ってる余裕ない」
「仕方がないですわねぇ、まだ全然約束を満たしてませんのに」

 のうのうと答えるミルエの両肩に、目の据わったシエルが手を置いた。

「抱きついて離さないまま爆睡してやるわよ……」

 さすがに本気が通じたのか。それとも遊ぶのに飽きたのか。

「では、続きは明日でよろしいわよね?」

 ミルエは軽くシエルを押し戻しながら、にっこり、と例の笑みを浮かべた。
結局、明日の日が落ちる頃に再び手伝う約束をさせられてしまったのだ。反論
する気力も尽きた。

「いいわ……でも、今日は宿に帰ってゆっくり寝たい」
「わかりました、誰かに送らせますわ。宿の名前は?」
「クラウンクロウ……」

 集中を解いて楽になったものの、気を張らないおかげで睡魔がどっと押し寄
せてきた。自然と舟を漕ぐような形になって、慌てて壁に手を付く。

「まあ、大変」
「だからミルエのせいだって……」

 風を使ってひとっとび、というわけにはいかなそうだ。送ってもらえるとい
うのならそれに甘えるほかないだろう。
 そんなことをぼんやりと考えながら、シエルはまどろんでゆく意識を少しで
もはっきりさせようと、小さく欠伸をした。

2007/02/12 17:10 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【24】/ミルエ・アルフ(匿名希望α)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【24】』 
   
                   ~ 睡眠不足にご注意を ~



場所 :ソフィニア魔法学院-温室
PC :シエル ミルエ (エンジュ イェルヒ)
****************************************************************

 あくびをしているシエル。
 気を抜くとまぶたが下りるのか、時折まばたきを繰り返している。
 その様子をクスリと笑うも「アンタのせいよ」という恨めしい視線が帰ってくる。

 送らせるのは誰がいいか。
 こんな美女を送るのだ。自分の友人?である彼らが断るはずもないと勝手に判
断する。
 シエルに選ばせる?

「胡散臭い男と騒がしい男と何も言わない男、誰がいいかしら?」

 睡魔と闘っているシエルの動きが止まる。
 一時考えたあとミルエを正面から見据えて聞き返した。

「ごめん、もう一回言ってくれる?」

 意味が解らなくて聞き返しているのだろうが、眠くて聞き取れなかったのです
わね、と内容が理解できなかった理由を面白いと思う方向に解釈する。

「仕方ないですわね。胡散臭い男と、騒がしい男と、何も言わない男。誰がいい
かしら?」

 選択肢のところで少し間を置いて喋る。
 只でさえ男の所為でこの状況になったシエルの心境をまったく考えていない発
言に眉を寄せる。
 眠いがまだ判断力はなんとか保っている。要は男を選べと。

「……何ソレ」

 ミルエは腰に手を当てて、ルールを説明するかのようにはっきりと言う。
 その表情は自身ありげといわんばかりだ。何故えらそうなのかはわからない。

「何もなにも、シエルを宿屋へ送る護衛ですわ。誰がいいのかシエルに選んでも
らおうと思いまして、私のお奨めは……」
「何も言わない男」
「あら、いいんですの? 会話がないと寝てしまいますわ」
「いいの」

 ミルエの勧めの言葉を遮り即答。
 それでも心配そうに覗き込んでいるミルエ。良く見れば口の端が歪んでいるが
シエルはそこまで確認できなかった。

「ミルエあんたね、わかってるの!? 私はあの馬鹿エルフの所為で困ってんの
よ! 胡散臭い考え方もイヤ!煩くてしつこいのもイヤ!」

 ミルエの覗き込む視線を交わすようにのけぞり、地団駄を踏むような勢いで拒
絶する。
 友人を表現した言葉は、天敵となっているイルランをイメージさせるものだっ
たらしい。
 即答したのもうなずける。

「イヤイヤだらけですわね。でもイヤよイヤよもス…」
「ミルエ!」
「冗談ですわ」

 あぁ、とミルエは閃いた。

「寝てしまったら……抱きかかえて送ってもらうというのもいいですわね」
「……絶対寝ない」

 ふふ。とシエルの無愛想に眠たそうな表情に軽く笑みを零すミルエ。
 出口の方向に進み出て、シエルに手を差し伸べる。

「では行きましょうか」


  <] <] <] <] <]  [> [> [> [> [>


 研究棟でも離れになっている建物……調合などを扱う研究棟、通称「錬金棟」

 空振りは避けたいミルエ。風に問いかけ風が囁く。
 ちょっとひねくれた答えが返ってきたが事実は把握できた。

「居るようですわね」
「何も言わない男って言ったけど、大丈夫なの?」
「何を心配しているのかわかりませんが、大丈夫ですわ」

 少々精霊さんに嫌われていますけど、と付け加える。シエルは「ふぅん」と相
槌を打っただけだった。
 何が大丈夫なのだろう?ミルエもシエルもよく考えていないだけかもしれない。
 私は大丈夫ですけど、シエルは大丈夫かしら?と頭の隅で考えながら連金棟に
足を踏み入れる。
 錬金棟内は、消毒液が散布されたような少し異質な香りが漂っている。
 訝しげにシエルはミルエの名前を呟くが「こういう所ですわ」と軽く返した。
 靴の音が建物にあまり反響しない。

「アルフ。いらっしゃるのでしょう?」

 ドアをノックしながら部屋の中に問いかける。
 シエルはこの研究室の表札を確認する。「ラボ アルフ・ラルファ」と少し右
に崩れた字で書いてあった。
 室内からガラス質が擦り合うような音が聞こえた後、ドアが開く。

「要件は」

 挨拶もナシに切り出す赤髪の男。アルフ・ラルファ。
 今はめがねをかけていないようだ。白衣を羽織っているということは何かの作
業中だろうか。
 推察はするがそれ以上はない。

「彼女をクラウンクロウまで送って欲しいの。宿屋ですわ」

 ミルエもアルフにあわせているのか挨拶はない。
 アルフはちらり、とミルエの脇に立っているシエルを見やるがすぐに視線を戻す。
 まじまじと見つめられる事はあっても、流される事は少ないのだろうか。
 目を軽く見開いた後に逆に目を細め「へぇ……」と呟く。

「彼女のお陰で新たな栽培方法が確立できそうですわ。理論は成ってましたけど
実証がまだだった低温高湿度での……」

 と言ったところでアルフはミルエの意を汲み「了解した」と短く答えた。

「では今からお願いしますわ。私の友人ですから丁重に。あぁ『お姫様ダッコ』
というのも憧れますわね」
「だからヤメテ」
「問題ない」
「あなたも否定しなさいよ」
「……」

 アルフの返事は「今から」という部分に対するものだった。少し会話がかみ
合っていない。
 否定する要素が見当たらないアルフに表情の変化はなかった。
 ミルエはクスリ、と笑った後に真顔に戻る。

「注意事項は二つ。彼女は追われていますので、あまり人目のつくところにはい
かない事。殺傷する類ではないので争いの心配はありませんわ。それと、彼女は
日光に弱いので日のあたる所は通らないこと……と言っても大分日が傾いています
わね」

 三人は共に廊下の外からもれてくる日差しを眺める。
 その色はすでに赤みを帯びていた。

「あぁ、あともう一つ。彼女は極度の睡眠不足状態ですので、途中で眠ってしま
わないようにお願いしますわ。眠ってしまったほうが絵的は良いのかもしれませ
んけど」

 夕暮れの空の下、白銀の姫を抱いて歩く騎士……、などと呟くミルエ。
 ピクリ、と反応するのはもちろんシエルだ。

「寝ない」
「惜しいですわね」
「そんなに寝て欲しいならミルエに抱きついたまま寝るわ」
「私にそちらの趣味はありませんけど……シエルなら悪い気はしませんわね」
「今。ここで」
「それでは動けなくなってしまいますわ」
「ミルエのせいなんだから自業自得よ」

 シエルにとっては死活問題、ミルエにとってはただの雑談だが、学院内ではな
かなか見られない光景。
 『絶対四重奏』と呼ばれる彼らとの雑談でもミルエのこういった感情の起伏は
稀だった。
 その間もアルフは出る準備をしていた。作りかけていた混合物を乾燥棚に上
げ、広げていた薬剤を元の位置に戻す。流れで白衣を脱ぎコートに換えた。

「……」

 無言のまま部屋を出てドアの鍵をかける。
 そのまま錬金棟の出口へと歩き始めるアルフに、シエルは怪訝に思うが「私達
も行きましょう」とアルフの後に着いていくのを即す。
 一言もなしに行動を開始したアルフに驚きつつも「そうね」と軽く返して歩き
始める。


  <] <] <] <] <]  [> [> [> [> [>


「シエル、明日もお願いしますわね。研究室で待っていますわ」

 錬金棟の出口で分かれることになる。ミルエは留まりシエルを見送るつもりの
ようだ。
 赤暗くなってきた空。伸びる影。
 アルフはすでに学院出口へと向っており途中で振り返った体勢で待っていた。

「ホントに何も言わないわね……」
「ふふ。それではごきげんよう」

 手をひらひらさせながらミルエと別れアルフの後に続くシエル。アルフは追い
つくのを確認すると再び歩き始めた。
 シエルの少し前方を行くアルフ。顔が見えることなくアルフが振り返ることも
ない。
 日光に弱い、という話だったので夕日とシエルの間に立つように歩く。
 この辺りは学院の寮に近い手前、関係者ぐらいしか通らない。人通りが少ない
が、こちらに歩いてくる人物がいる。
 目つきの悪い金髪の男。人外であることを示す長い耳。
 認識はある。学院に所属している有名なエルフ。イェルヒ。ミルエが何回か
ちょっかいを出しているようだが、アルフには関係ない話であり、今は係わり合
いもない。
 目が合った。お互い自然に視線をはずし、そのまますれ違う。
 シエルが一瞬体を震わせたようだが、それ以外何も無かったのでアルフは気に
することなく歩き続けた。

 宿屋クラウンクロウ。直行するならこの道を道なりに進めば大通りに当たる。
 人目のつくところはよくないらしいのでアルフは迂回路を取る。
 それにあわせてシエルもついてくる。
 夕暮れ時の建物のお陰で日陰が多い。道が細ければその分日陰も大きくなる。
日差しを気にする必要がなくなってきた。
 気がかりが「睡魔」の事ぐらいか、と少し間を置いて歩くシエルを確認する。
 歩いてはいるが少しおぼつかない欝な表情。
 一旦足を止めてシエルを待つ。ふらついた足取りだったがアルフが立ち止まっ
ているのに気づく。

「大丈夫よ」

 アルフは彼女のセリフを無視し、距離を詰めて移動を開始する。シエルも何も
言わず歩き始める。
 先程まで自分のペースで歩いていたアルフは、歩調をシエルにあわせる。だが
それがまずかった。
 ついていくという程よい緊張感があったのだが、意識していない軽い緊張感が
抜け落ちる。

 宿屋まで半分を過ぎた。

 何事もない裏通り。雑踏の喧騒が少し遠くきこえる。
 会話もなく刺激もないこの環境。それがシエルの睡魔を助長し、歩きながらも
舟を漕ぐようになった。
 シエルの歩調を覚えたアルフはその速度で動いているが、それでもシエルは遅
れ始めた。
 その度に元々赤い目を擦りアルフに追いつく。
 だが、何度か繰り返しているうちに、ふら付いた拍子にアルフにぶつかってし
まった。

「あ、ごめ……っ」

 その拍子に目が覚めたのだが元に戻ろうとした反動と目が覚めた反動が重な
り、逆方向に大きくバランスを崩してしまう。アルフはすかさずシエルの背中に
手を回した。

「っ」

 社交場のダンスのような体制で、二人は一瞬固まった。

2007/02/12 17:10 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【26】/イェルヒ(フンヅワーラー)
 自室の扉を開けると、ありえないものを見たような気がして、イェルヒは一度
扉を閉じた。
 在り得ない。あんなもの、在ろうはずがない。なぜなら、出かけ前に、しっか
りと鍵をかけたからだ。通常の鍵に、魔術による鍵までかけた。開錠のキーワー
ドを言わない限り、もしくは自分以上の構築力を持った魔術師にしか、この扉は
開け、そして元の状態で閉まっているはずがない。
 そうだ。見間違いだ。
 自分自身を納得させ、再び扉を開ける。
 簡素で狭い個室は、玄関から自室がすぐ覗ける作りで、そのままイェルヒの普
段使用しているベッドが見えた。
 そのベッドから頭だけが落ちるような体勢で、有り体な表現を使うならば蓑虫
のように体中にロープを巻きつけ、猿轡代わりにタオルを咬まされ、白目を剥い
ている金髪の男がいた。
 そんな体勢だからか、頭に血がたまってしまい、顔は赤い。そしてそれ以上に
額は赤く腫れている。
 しかし、それ以上に目を引く特徴はあった。
 イェルヒのそれと酷似した長い耳……エルフだ。
 急激に襲ってきた眩暈と耳鳴りをどうにか堪えながら、「何故」という言葉が
頭をぐるぐる駆け巡り、脳内を占拠する。
 暗くなる意識をどうにかこじ開けて部屋の中をよく見ると、出かけ前にきっち
りと締めたはずの木造の窓が、破損して歪んだ留め具を揺らしながら、風に煽ら
れキィキィと哀れそうに鳴いているのを発見した。
 蓑虫エルフの腹の上には、毒々しいほどにカラフルで太い文字でなにやら書か
れた紙切れがあった。

”狩ってきた。あまったからやる オルド・フォメガ”

 最後の署名の側には、かわいらくデフォルメされた、ぷっくりとした頬と、く
りんとした目の自画像を模したと思われるキャラクター――もちろん、あの極悪な
目がこんな媚びたような造形で表現するのは大いに異議があるのだが―――が描い
てある。
 意味が不明だ。不明すぎて吐き気がする。
 何を狩った……? この蓑虫をか。
 余っただと……? 他にも多く狩ったというのか。
 ……思考を戻そう。不明だと分かっていることについて考察するのは単なる逃避
でしかないということは分かっている。現実について考えよう。
 意外にも流麗に崩した文体で書かれたその名前には覚えがある。いや、このソ
フィニア魔術学院で彼……正確には、”彼ら”を知らない者は少ない。
 『絶対四重奏』というなんとも浮かれた名称で呼ばれているメンバーの一人、
オルド・フォメガ。しかし、イェルヒが彼に抱くイメージは、「頭の悪いヤン
キー」以外のなにものでもない。
 ともかく。
 自己顕示欲の強いどこかの馬鹿のおかげで、修理費の請求先が判明したのが唯
一の救いだ。そう自分に言い聞かせる。
 ふと、裏にも何か書かれていることに気がつき、めくる。

”アホが見る~♪”

 思わずその紙を裂かなかったのは、イェルヒにも生活というものがあったからだ。
 金が無ければ都会は生きられぬ。
 イェルヒがソフィニアに居住して一番に身につけた感覚だ。

****************************************************************

『 易 し い ギ ル ド 入 門 【26】』 
   
                   ~ 奇跡の愛とは ~

場所 :ソフィニア
PC :イェルヒ (シエル エンジュ アルフ オルド)
NPC:イルラン
****************************************************************

 ごとどたん

 薄い板の作りで出来た建物だ。すぐ下の階下の部屋にはよく響いただろう。も
う夕方を過ぎているので、もしかしたら下の住人は学院から戻っているかもしれ
ない。だが、そんなこと自分には関係ない。文句があるなら言いに来い。そした
ら体調不良を言い訳にコイツを押し付けてやる。
 ベッドから蹴落とした見知らぬエルフを、イェルヒは朦朧とした意識でしばら
く眺めていた。しかし、一向に誰も来る気配が無いので、諦めたようにようやく
のろのろと動き出した。
 周囲には、普通の人間には見えない風の精霊が開放された窓から入り込み、転
がっているエルフの周囲を心配そうに舞う。この男は相当、風の精霊に愛されて
いるらしい。
 うなじの当たりが、チリッとなにか擦れたような感じになり、イェルヒは掻き
毟るように爪で引っかき、その感覚を消す。
 その感覚を、断じて認めてなるものか。
 ロープの結び目は固く引き結ばれている。かなりの馬鹿力である。あっさりと
ほどくことを諦めると、イェルヒは果物ナイフを引き出しから取り出す。刃先を
結び目近くに当て、ぶつりと切り離すと、巻きつけたそれをほどくでもなく、再
びある程度長さを取ってもう一箇所切り、適度な長さのロープを1本作った。
 それを利用して、揺れる窓をくくりつけると、風は退き、部屋に響いたキィ
キィという鳴き声もやんだ。
 もしかすると、こいつが、ナンシー・グレイトの言っていた例の、略奪愛を繰
り返すエルフとやらだろうか。
 いや、きっとそうだろう。ソフィニアにはエルフは少ない。

 発達した魔術が横行するこのソフィニアという場所は、自然の法に従った力で
ある精霊魔法を扱うエルフは滅多に見かけることは少ない。
 イェルヒがソフィニア学院に入学し、まず驚いたのは、普段の精霊を見ること
のできる人間がほとんどいないことだった。
 ある程度力を統べる位の高い精霊を見ることができる人間や、見えなくとも
うっすらと感じることができる人間はいるようだ。
 だが、単に風がそよぎ、火が揺らめき、水が流れたりする様から、それらの存
在を感じる者は、皆無であった。
 魔の領域を研究する機関だというのに、そうした存在がいないことの理由を、
そして、森の長老達が何故人間と交流を断とうとしていたのかの理由を、イェル
ヒはすぐに知ることになった。
 最初のひと月は、精霊達の狂ったけたたましい笑い声や、絶え間なく続くか細
く単調で無意味すぎる旋律、肌にまで振動が伝わる怒号や、うなり声に、啜り泣
きが、時折聞こえるそんな生活に、嘔吐感を抱えたまま過ごした。それから、と
あるきっかけで、精霊を感じないような訓練を始め、ようやく半年かけて日常的
にどうにか暮らせるようになった。
 だが、時折、どうしても防げないものがある。イェルヒが訓練を始めるきっか
けとなった、異空間転移理論を利用した通称『魔道列車』である。初めてそれを
体験した時を思い起こすと、イェルヒは今でも身震いを起こす。
 突如精霊達の悲鳴が天から切裂くように轟き、脳天から足の先まで貫いた。身
体は氷の手で心臓を鷲づかみされたように瞬時に冷え、脂汗が全身から吹き出
し、しばらく全く身動きができなかった。
 こうした異変を感じる者は少人数ではあったものの、他にも何らかの変異を感
じた者もいたようで、ソフィニアを離れざるを得ない者が数人いたようだ。
 今では自分の訓練と、魔道列車の改良のおかげか、あの時ほどひどくはない
が、それでも異空間転移に移ったとき、イェルヒは身を強張らせてしまう。
 魔術は、確かに見えない力の法に則った術だ。しかしまだまだ未解明である部
分が多く、すべてを解明した視点……「神の目」があるとするならば、そこから見
たそれは粗雑で未熟な方法なのであろう。そして乱暴な構築に綻びがあればある
ほど、精霊は力任せに捻じ伏せられる。それが原始的で単純であればまだいい。
高度なものとなればなるほど、巻き込まれる精霊は多い。それの代表が魔道列車だ。
 勿論、精霊を利用した魔術の研究もこの学院では行われている。なにかとから
んでくる豪奢な髪型の、やたら高飛車な女なんかがその類の研究をしている。
 イェルヒは一度だけ見た。確かに、彼女の方法は、他の魔術に比べると精霊の
流れは穏やかなものだった。しかし、イェルヒに言わせればあれは「精霊の力を
借りている」のではない。単に「利用している」のだ。
 何がどう違うのかうまく説明は出来ないが、物質ではないものを捉える眼が、
耳が、肌が、すべての感覚が、そう訴える。
 だが、全てを捨ててまで選んだこの道をもう引き返すことなど、イェルヒには
できなかった。
 だからイェルヒは――学院にいるときは特に――その感覚をできるだけ閉ざして生
活している。

「むぅ…ぐ…」

 背中に転がっている蓑虫エルフのくぐもった呻き。どうやら意識が戻りかけて
いるようだ。
 ならば早く自分の足でお帰り願おう。
 頭痛が響く頭を抱えながら、しゃがみこみ、猿轡のタオルをはずす。そして水
差しの水である程度それを湿らすと、投げつけるように転がっているエルフの顔
にぴしゃりとのせ、自分はベッドに腰掛ける。

「う……ん」

 転がっているエルフは意識を取り戻したのか、顔にのせられた湿ったタオルを
掴んで、はずす。
 綺麗なアーモンド形の大きな目が数秒彷徨い、ようやくイェルヒに向けられる。

「ここ……あなたは」

「何も聞かないし咎めないから、とっとと出て行ってくれ。それが最良だ。
 アンタは被害者だし、そして俺は更なる被害者。それだけだ」

 数度、大きな瞳が瞬き、それが少し半月を痩せたような形になった。

「あなたも、相当変わったエルフのようですね」

 落ち着いたトーンで透き通った声音で、静かに微笑むその佇まいに、イェルヒ
は、なるほど、と鼻に皺を寄せ、息をふっと抜く。
 この清涼感のある甘さならば、数々の女性など簡単に落ちるだろう。間違いな
い、例のエルフだ。
 ただ、ロープでがんじがらめにされて転がったまま、カッコをつけられても間
抜けなだけだが。

「お前に言われたくない。
 人間の女をとっかえひっかえ口説くのは趣味が悪いことこの上ないな」

「人間の魔法を学ぶあなたに言われるとは。
 昨日の公開講座で、幾人からか噂だけはお聞きしましたよ。イェルヒさん」

 コイツと喋ると虫唾が走る。
 それが、イェルヒの抱いた感想だ。

「私は人間が好きなだけです」

「俺は人間も同種族も嫌いだ」

「私と、正反対ですね。私は、同種族も好きですよ」

 不機嫌そうな表情と、涼しい表情の二人のエルフの顔は両者全く崩れないとい
うところでは、共通点であると言えるだろう。

「いい加減、その格好。やめたらどうなんだ」

 蓑虫エルフは、そうですね、と答え、爽やかな笑顔と共に続けた。

「解くの。手伝っていただけますか?」

 誰が。
 そう、続けようとしたが、彼の瞳には確かなる知性の輝きがあった。
 わかって、言っているのだ。
 イェルヒが自分のことを煙たがっていることも、同時に、手伝わないとその
分、自分がイェルヒの部屋に転がっていることになることも。

「なかなかいい性格のようだな……」

 舌打ちを隠そうともせず、イェルヒは蓑虫エルフの解体に取り掛かる。

「ありがとうございます。
 ところで、ここはどこですか?」

「……ソフィニア魔術学院男子寮だ」

 蓑虫エルフは、あぁ、と一人納得の声を出した。

「大体の場所は把握しました。昨日の公開講座で学院から見えたあの建物ですね」

 戒めを解かれ、身体をさすりながらエルフは立ち上がる。

「申し送れました。イルランといいます。
 ありがとうございます」

 差し出された手。人間の挨拶。
 妙な違和感を感じ、イェルヒはそれに応えなかった。
 さして気にした様子も無く、イルランも手を下げる。
 好奇心が無いわけではない。聞きたいことは沢山ある。
 しかし、妙なプライドがそれを邪魔する。
 だから。
 出てきたのは、せせら笑うような言葉。

「冒険者の女が探しているぞ。
 今まで手を出してきた女どもが丸刈りにしたがっているそうだ」

「それですけど」

 と、イルランが、初めて形の良い眉をひそませる。造形が整ってるくせに細い
ので、その動きが分かりやすい。

「手を出してきた女性達、とはどういうことですか? 言っている意味が分から
ないのですが」

 あ? と、思わずイェルヒは声が出た。

「……お前じゃないのか? わざわざ恋人付きの女を狙っては捨てるエルフは」

「? どういうことですか?
 私は、ただ、人間の恋愛感情について、研究しているだけです。
 それを学ぶには、やはり恋愛をしている、感性豊かな女性が最適だと思い、色
々な方からお話を聞き、私の考えを聞いてもらったりはしました。
 究極なる愛とは何か。その情熱はどこから来るのか、それは私にも訪れるの
か。そして、どのような幸福感に満ちた気持ちなのか……。
 しかし、真実の愛を知る前に、彼女らのそれが壊れてしまった。だから、私は
他の女性を求めただけに過ぎません」

 ……イェルヒは、空いた口がふさがらなかった。
 人間が好きだとは言っているが、こいつは何一つ分かっていない。
 姿かたちの良い男から、真摯な態度で愛について語られて、勘違いしない女は
どれだけいるというのか。

「それに」

 瞬間、イルランの表情が一変した。
 今まで、整っているだけに彫刻のような温かみの無かった顔が、夢をみるよう
な陶酔した瞳へ。
 その豹変ぶりに、イェルヒは思わずのけぞった。
 なんなんだ、この……頭の悪そうな顔は。

「もう、それは必要ありません。
 私は、知ってしまいました。
 真実の愛というものを。
 人間というのは、やはり素晴らしい。本で読んだ通り……いや、それ以上の感覚
なのですね、恋というものは」

 春を歌うひばりのさえずりのように、イルランは滔々と語る。
 正直、イェルヒにはついていけない。

「くだらん。
 そんなものなど、単なる勘違いだ」

「えぇ。承知しています」

 イルランは、ひるむことなく、やはり変わりない笑顔で答える。

「しかし、その確証も証明もしようのない、こんな不確かなものが、こんなにも
幸福感を与え、一個人の情動を強く突き動かすことが、素晴らしいことだと思い
ませんか?
 たとえ、勘違いだろうが、それが永続に続けば、それは奇跡です。そうでしょ
う?」

 きらめかせた瞳で見つめられ、イェルヒは、先ほどより頭痛がひどくなってい
るのを感じた。
 眩暈が、した。

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2007/06/04 22:37 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門

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