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2024/05/17 07:22 |
易 し い ギ ル ド 入 門 【22】/イェルヒ(フンヅワーラー)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【22】』

              ~ エルフの恋愛方程式 ~

場所 :ソフィニアの酒場~ソフィニア学院までの道のり
PC  :エンジュ イェルヒ (シエル ミルエ) 
NPC :ナンシー

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 頭の悪い質問をした女は、跳ねるように移動した。
 割って入って叫んだのは、さきほどのハーフエルフの女だった。
 やはり、何度見ても、気持ちが悪い。脂肪分をあの局所的な部分にどれだけつ
めこんでいるのか。考えるだけでも、おぞましさで胸がいっぱいになる。
 黒髪の女と、そのハーフエルフの女は、なにやら引き続き会話をしだす。も
う、こっちの存在は忘れているかのようだ。
 すっかり冷えた野菜炒めを、フォークで突き刺す。が、遊ぶようにそれを何度
か繰り返すだけで、口に運ぶ気にはなれなかった。
 何もかもが、食欲を失せる方向にしか動いていないのに、無理して食べること
はない。行儀悪く食べ物をおもちゃにして逡巡していたのは……支払った金が勿体
無いと思ったからだ。
 イェルヒは、カウンターから立ち上がり、まだ喋っているあの女二人を尻目に
確認する。出て行く自分にもう興味など持っていないようだ。
 店を出る直前に、黒髪の女が笑みを含めた艶のある声が耳に響いた。

「自分たちの魔法が一番だと思うのはエルフの性質ね」

 その言葉に反射的な怒りが瞬時に膨張し、それを更に上回る怒りと嘲笑がすり
潰す。交錯し、渦巻き、深く抉る。

 ――知らない人間が何を言う――捨てたものにいまだ未練を抱くか――
 ――両方の術を識っているこそ私は理解している――それを認めたら俺の選んだモ
ノはなんなのだ――貴様が生きる世界の力を嘲笑うか――お前が生きる道を嘆くのか


 ……だから。
 だから、なんなのだ。
 冷めた心で、混沌としたそれらを蹴散らす。
 それらが、どんなに己の内を狂い吹き荒らそうとも、自分はその言葉に食って
かかるなんてことはしないくせに。
 指の先まで、血流と共に駆け巡ったモノは、あっという間に融解した。

 風が。

 扉を開けた途端、頬を撫でるそれに違和感を感じた。
 いつも、意識的に、見ないように、感じ無いように閉ざしている感覚が開いて
いたようだ。
 誰かが、この街の中で風の精霊が踊らせた、その名残だ。
 魔術とは違う。捻じ曲げられた様子は無く、風の精霊自ら動いたような、もっ
と自然に近いモノ。
 いや、ここはソフィニアだ。そんなことが起きる可能性は高いとは言わないも
のの、低くは、無い。

「邪魔よ。どいて」

 風に気を取られていると、いつのまにか大柄な女性がイェルヒの目の前に立っ
ていた。その目には殺気が込められていた。

「あ……あぁ。悪かった」

 ドアの前に突っ立っていた自分に明らかに非があると認め、イェルヒは素直に
その場から退くと、女はもうイェルヒに目をくれることなく、店の中に消えて
いった。
 自分が悪かったとはいえ、あそこまで怒ることは無いだろうに。少し不審気味
にそう思う。
 店に背を向け寮に戻ろうと歩き出す。
 すると、背後で再び扉の開閉の音がした。何気なく振り向こうとすると、首に
するりと腕が絡んだ。

「ハァイ。まだ聞きたいことがあるのよ」

 イェルヒの長い耳元で囁き、イェルヒは全身に悪寒を感じ、肘でその声の主を
突き飛ばすように引き剥がす。
 絡められた腕は簡単にほどかれ、身軽な足使いでイェルヒから離れる。
 声の主の正体を見ると、先ほどの短い黒髪の女だ。イェルヒの反応を見て、
笑っていた。

「こっちは答えることなど一切無い!」

 イェルヒは鋭く言い放つと、早足でその場から離れる。しかし、女は気にした
風もなく、難なく付いて来る。

「あなたのせいで、なかなかイルランの足取りが掴めないのよ。金髪のエルフと
いう情報だと、あなたの目撃談も交錯してね。
 あなたって有名人なのね。……まぁ、見ていればわかるけど」

 目の端で確認すると、決して好意的とは言えない笑み。

「あなたのこの数日の足取りを教えてくれないかしら」

「断る」

 女の語尾が終わるか終わらないかで、切り落とすような返答。嫌な記憶がフ
ラッシュバック―――立ち上る炎、熱い鍋肌を焦がす音、舞い上がる金の米、鮮や
かな包丁さばき――それが、脳裏に浮かび、粟肌が立った。

「勿論、お礼はす……」

「断ると言っているんだ」

 今度は、最後まで言わせない。
 呆れたような、女の顔。

「……理由無くここまで非協力的な人って初めてだわ」

「知らん人間に協力的になる理由は無い」

 更に無理して歩くスピードを早める。だが、やはり女は涼しい顔で付いて来る。

「ソフィニア魔術学院所属。学院唯一のエルフにして特待生。妖精種族でありな
がら、魔術を学ぶ異端児。いつもイェルヒ。姓は不明。
 私は知ってるわよ。あなたのこと」

「勝手に探られるのは不愉快だ」

「探ったつもりはないわ。イルランとの誤認情報でこれだけ集まったの。
 そうそう。いつも不愉快そうな顔をしているって情報もあったわ。
 ねぇ、なんで姓は不明なのかしら」

 余りのしつこさに、イェルヒは足を止め、真っ直ぐと女の目に、挑戦的な視線
を叩きつける。

「教える義理が俺にあるのか?」

「無いわね。こっちも聞いて益は無いし。
 単なる世間話」

 大げさに肩をすくめ、そしてようやくこっちをまともに見たわね、と言いたげ
に、大きな口で笑みをにっこり作る。

「ナンシー・グレイトよ」

 差し出される右手。だが、イェルヒはそれに応える気は無い。

「仲良くする気は無いと言っているだろう」

 ナンシーは気にした風もなく、手を下げる。

「つれないのね。
 本当に、イルランと同じエルフなの? 二人の人物像ってまるっきり違うわ」

「その理論だと、人間は皆、お前のように馴れ馴れしく、無礼で、しつこいス
トーカーであるということになるな」

「それを言われたらそうね」

 たっぷりの皮肉も、ナンシーには通じないようだ。
 イェルヒは深々とため息をつく。

「いつまで付いて来る気だ」

「さぁ? あなた次第じゃないかしら。
 住んでいるところを突き止められたらそれはそれで収穫ね」

「……」

 流石のイェルヒも沈黙した。
 なんなんだ、このムカつく女は。
 さっさと要求に応えた方がいいのかもしれない。

「昨日は一日中寝ていた。部屋から一歩も出ていない。
 これで十分だろう!」

「いいえ。まだ聞きたいことがあるの」

 どこまで、神経を逆なでにする女だ。

「やっと話を聞いてくれる気になったんだものね。
 あ、どうぞ。歩きながらでいいわ」

「断る。住居を知られたくない」

「なら、手遅れね。どうせ、学院の寮でしょ?
 特待生。高貴な種族のイメージが覆される。特に外部では見られない――特定の
バイトはしていない。
 収入があまり無いってのが分かるわ。そんな状態だったら、寮しかないんじゃ
ないかしら。
 それだったら、私も今から学院に用事があるから、こっちの方角は丁度いいの」

「……お前は、俺から話を聞きたいのか、それとも怒らせたいのか。どっちだ」

「穏便に話を聞きたいものね。
 でも、あなたったらすぐにムキになるからからかいたくなって……と、そんなに
睨まないでよ」

 その反応すらも楽しんでいるようで、ナンシーは微笑む。

「聞き出すってほどのものでもないんだけどね。エルフの価値観を知りたいだけ。
 ターゲットのことを知っておいて損は無いもの」

「個体差はある。さっきもそのことを話したが、もう忘れたか?」

 歩き出す。今度は、無駄だと理解して普通のペースで。

「それに、エルフと一言で言っても、集落によってもすでに別種のものとなって
いるようだ。人との交流が盛んであるところは考え方、文化、生活が。より人間
と親密なところでは人間の血と混じって、体質も性質も本来のエルフ種のものが
薄れているものもいる。
 そういう場所になると、平均寿命年齢が低くなっているとか言う学者もいるよ
うだが、いかんせん、人間より遥かに長いし、人間との交流を絶っている所の調
査は難しいから、ちゃんと比較したデータは無いがな」

「そういう固ッ苦しいことを聞きたいんじゃあないわ。
 もっと単純。エルフって、簡単に人間の女性を好きになるものなの?」

「ハァ?」

 唐突な質問に思わず足を止める。
 さっきからの態度といい、面白半分に口説いているのか? そう思ったが、ナ
ンシーは平然とした顔だ。その目にからかっている様子は無い。

「私の持つエルフの情報……というよりイメージね。『長い耳』『美形』『賢い』
『長寿』
 それが、人間を好きになりやすいか、というと疑問を抱くのよね。
 逆に言ってしまえば、愚かで容姿に劣る種族を好きになるのかしら。決定的に
寿命が違うから、その問題もあるわね。
 総合して考えても、人間とエルフの恋愛なんて向いていないもの。
 どこの世界にも変わり者はいるとして、短期間に多くの女性をひっかけるなん
てありえるのかしら」

「……実話か? それ」

 イェルヒは耳を疑った。

「みたいね。私が追いかけてるエルフがそう。わざわざ男付きの女に求愛して、
両思いになったらトンズラ。それの繰り返し。
 まぁ、そうとう人間の文化にかぶれているみたいだから、人間の女性に惚れ
るってのは有り得るかもしれないけど。
 あなたはどうなの? やっぱ美しい同族がいいのかしら?」

「……美醜はそこまで関係するのか? 観賞とパートナーは別物じゃないか。 ……
ただ、容姿は関係するがな」

「なにそれ」

「人の生き様は多少なりとも容姿に表れるということだ。
 間抜けそうな顔をしたヤツは間抜けであることが多い。それだけだ」

 ナンシーが、大きな口をあけて、あっはっはと声を上げて笑った。

「確かに一理あるわね。
 でもそれって、人間種族のこと言ってるの?」

 まるで「そうだ」と言ってくれることを期待するような目を向けている。
 ……変な女だ。
 まったく理解できない。
 イェルヒはにべなくその期待を裏切る。

「知らん」

 ナンシーは再び爆笑した。……笑いどころが全く分からない。
 イェルヒは目に涙を浮かべてまで笑っているナンシーを無視して話を続ける。

「引っかかるのは、短期間に多数の女性、というところだ。
 ただでさえ、寿命の差がある。短命の人間に恋愛感情を抱くのには、覚悟がい
るもんだ。
 なのに、そう急いて数打てば当たるように出会いを求める必要があるか? そ
の可能性は限りなく、低いな。
 可能性があるとすれば、だ。アンタとおんなじだ。
 からかってるんだろう。……人間に興味があるんだったな? ならもしくは、興
味半分かもしれんな」

「やっぱりそう思う?」

「まぁ、いずれにしても本気ではないだろうな。
 だが、ひっかかる人間の女も女だな」

 その言葉に苦笑するナンシー。

「依頼主達のことはあまり悪く言いたくないけれど……それについては反論できな
いわね。
 調べによると、イルランは脈が全く無さそうな女性からは早々に手を引いてる
らしいからね。
 でも、女性なら”美しい王子様”に憧れる願望を持つことだってあるから
ねー……。同性として完全に否定はできないわね」

 ハン、とわざとらしいと思えるほどのイェルヒの反応。
 その次に続くのはふさわしいほどの皮肉げな物言い。

「アンタもそうなのか?」

「まさか。理解はできるけど同意はできないわ。
 むしろ私は、あなたみたいな面白い人が結構タイプよ」

 ナンシーがイェルヒの前に回りこみ、顔を覗きこむ。するとそこには、反射的
な拒絶というよりも、本能的な嫌悪の意思表示があった。
 噴出すナンシー。

「本気にしないで。冗談よ。あなたって、ポーカーが出来ないタイプでしょ」

 気づくと、もう魔術学院の建物が見えてきた。

「さて。……最初に言ってたお礼は、お姫様のキスがいいかしら?」

「何もいらん。目の前から消えてくれるだけでいい」

「オーケイ。分かったわ。大人しく去るわよ。いつか会うことがあったらお茶で
もおごるわ。
 じゃぁね。ありがとう。参考になった」

 しなやかに、猫のように駆けて、ナンシーは投げキッスを一度だけ放ち、その
場を去った。

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2007/02/12 17:09 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門

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