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2024/05/17 00:25 |
易 し い ギ ル ド 入 門 【26】/イェルヒ(フンヅワーラー)
 自室の扉を開けると、ありえないものを見たような気がして、イェルヒは一度
扉を閉じた。
 在り得ない。あんなもの、在ろうはずがない。なぜなら、出かけ前に、しっか
りと鍵をかけたからだ。通常の鍵に、魔術による鍵までかけた。開錠のキーワー
ドを言わない限り、もしくは自分以上の構築力を持った魔術師にしか、この扉は
開け、そして元の状態で閉まっているはずがない。
 そうだ。見間違いだ。
 自分自身を納得させ、再び扉を開ける。
 簡素で狭い個室は、玄関から自室がすぐ覗ける作りで、そのままイェルヒの普
段使用しているベッドが見えた。
 そのベッドから頭だけが落ちるような体勢で、有り体な表現を使うならば蓑虫
のように体中にロープを巻きつけ、猿轡代わりにタオルを咬まされ、白目を剥い
ている金髪の男がいた。
 そんな体勢だからか、頭に血がたまってしまい、顔は赤い。そしてそれ以上に
額は赤く腫れている。
 しかし、それ以上に目を引く特徴はあった。
 イェルヒのそれと酷似した長い耳……エルフだ。
 急激に襲ってきた眩暈と耳鳴りをどうにか堪えながら、「何故」という言葉が
頭をぐるぐる駆け巡り、脳内を占拠する。
 暗くなる意識をどうにかこじ開けて部屋の中をよく見ると、出かけ前にきっち
りと締めたはずの木造の窓が、破損して歪んだ留め具を揺らしながら、風に煽ら
れキィキィと哀れそうに鳴いているのを発見した。
 蓑虫エルフの腹の上には、毒々しいほどにカラフルで太い文字でなにやら書か
れた紙切れがあった。

”狩ってきた。あまったからやる オルド・フォメガ”

 最後の署名の側には、かわいらくデフォルメされた、ぷっくりとした頬と、く
りんとした目の自画像を模したと思われるキャラクター――もちろん、あの極悪な
目がこんな媚びたような造形で表現するのは大いに異議があるのだが―――が描い
てある。
 意味が不明だ。不明すぎて吐き気がする。
 何を狩った……? この蓑虫をか。
 余っただと……? 他にも多く狩ったというのか。
 ……思考を戻そう。不明だと分かっていることについて考察するのは単なる逃避
でしかないということは分かっている。現実について考えよう。
 意外にも流麗に崩した文体で書かれたその名前には覚えがある。いや、このソ
フィニア魔術学院で彼……正確には、”彼ら”を知らない者は少ない。
 『絶対四重奏』というなんとも浮かれた名称で呼ばれているメンバーの一人、
オルド・フォメガ。しかし、イェルヒが彼に抱くイメージは、「頭の悪いヤン
キー」以外のなにものでもない。
 ともかく。
 自己顕示欲の強いどこかの馬鹿のおかげで、修理費の請求先が判明したのが唯
一の救いだ。そう自分に言い聞かせる。
 ふと、裏にも何か書かれていることに気がつき、めくる。

”アホが見る~♪”

 思わずその紙を裂かなかったのは、イェルヒにも生活というものがあったからだ。
 金が無ければ都会は生きられぬ。
 イェルヒがソフィニアに居住して一番に身につけた感覚だ。

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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【26】』 
   
                   ~ 奇跡の愛とは ~

場所 :ソフィニア
PC :イェルヒ (シエル エンジュ アルフ オルド)
NPC:イルラン
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 ごとどたん

 薄い板の作りで出来た建物だ。すぐ下の階下の部屋にはよく響いただろう。も
う夕方を過ぎているので、もしかしたら下の住人は学院から戻っているかもしれ
ない。だが、そんなこと自分には関係ない。文句があるなら言いに来い。そした
ら体調不良を言い訳にコイツを押し付けてやる。
 ベッドから蹴落とした見知らぬエルフを、イェルヒは朦朧とした意識でしばら
く眺めていた。しかし、一向に誰も来る気配が無いので、諦めたようにようやく
のろのろと動き出した。
 周囲には、普通の人間には見えない風の精霊が開放された窓から入り込み、転
がっているエルフの周囲を心配そうに舞う。この男は相当、風の精霊に愛されて
いるらしい。
 うなじの当たりが、チリッとなにか擦れたような感じになり、イェルヒは掻き
毟るように爪で引っかき、その感覚を消す。
 その感覚を、断じて認めてなるものか。
 ロープの結び目は固く引き結ばれている。かなりの馬鹿力である。あっさりと
ほどくことを諦めると、イェルヒは果物ナイフを引き出しから取り出す。刃先を
結び目近くに当て、ぶつりと切り離すと、巻きつけたそれをほどくでもなく、再
びある程度長さを取ってもう一箇所切り、適度な長さのロープを1本作った。
 それを利用して、揺れる窓をくくりつけると、風は退き、部屋に響いたキィ
キィという鳴き声もやんだ。
 もしかすると、こいつが、ナンシー・グレイトの言っていた例の、略奪愛を繰
り返すエルフとやらだろうか。
 いや、きっとそうだろう。ソフィニアにはエルフは少ない。

 発達した魔術が横行するこのソフィニアという場所は、自然の法に従った力で
ある精霊魔法を扱うエルフは滅多に見かけることは少ない。
 イェルヒがソフィニア学院に入学し、まず驚いたのは、普段の精霊を見ること
のできる人間がほとんどいないことだった。
 ある程度力を統べる位の高い精霊を見ることができる人間や、見えなくとも
うっすらと感じることができる人間はいるようだ。
 だが、単に風がそよぎ、火が揺らめき、水が流れたりする様から、それらの存
在を感じる者は、皆無であった。
 魔の領域を研究する機関だというのに、そうした存在がいないことの理由を、
そして、森の長老達が何故人間と交流を断とうとしていたのかの理由を、イェル
ヒはすぐに知ることになった。
 最初のひと月は、精霊達の狂ったけたたましい笑い声や、絶え間なく続くか細
く単調で無意味すぎる旋律、肌にまで振動が伝わる怒号や、うなり声に、啜り泣
きが、時折聞こえるそんな生活に、嘔吐感を抱えたまま過ごした。それから、と
あるきっかけで、精霊を感じないような訓練を始め、ようやく半年かけて日常的
にどうにか暮らせるようになった。
 だが、時折、どうしても防げないものがある。イェルヒが訓練を始めるきっか
けとなった、異空間転移理論を利用した通称『魔道列車』である。初めてそれを
体験した時を思い起こすと、イェルヒは今でも身震いを起こす。
 突如精霊達の悲鳴が天から切裂くように轟き、脳天から足の先まで貫いた。身
体は氷の手で心臓を鷲づかみされたように瞬時に冷え、脂汗が全身から吹き出
し、しばらく全く身動きができなかった。
 こうした異変を感じる者は少人数ではあったものの、他にも何らかの変異を感
じた者もいたようで、ソフィニアを離れざるを得ない者が数人いたようだ。
 今では自分の訓練と、魔道列車の改良のおかげか、あの時ほどひどくはない
が、それでも異空間転移に移ったとき、イェルヒは身を強張らせてしまう。
 魔術は、確かに見えない力の法に則った術だ。しかしまだまだ未解明である部
分が多く、すべてを解明した視点……「神の目」があるとするならば、そこから見
たそれは粗雑で未熟な方法なのであろう。そして乱暴な構築に綻びがあればある
ほど、精霊は力任せに捻じ伏せられる。それが原始的で単純であればまだいい。
高度なものとなればなるほど、巻き込まれる精霊は多い。それの代表が魔道列車だ。
 勿論、精霊を利用した魔術の研究もこの学院では行われている。なにかとから
んでくる豪奢な髪型の、やたら高飛車な女なんかがその類の研究をしている。
 イェルヒは一度だけ見た。確かに、彼女の方法は、他の魔術に比べると精霊の
流れは穏やかなものだった。しかし、イェルヒに言わせればあれは「精霊の力を
借りている」のではない。単に「利用している」のだ。
 何がどう違うのかうまく説明は出来ないが、物質ではないものを捉える眼が、
耳が、肌が、すべての感覚が、そう訴える。
 だが、全てを捨ててまで選んだこの道をもう引き返すことなど、イェルヒには
できなかった。
 だからイェルヒは――学院にいるときは特に――その感覚をできるだけ閉ざして生
活している。

「むぅ…ぐ…」

 背中に転がっている蓑虫エルフのくぐもった呻き。どうやら意識が戻りかけて
いるようだ。
 ならば早く自分の足でお帰り願おう。
 頭痛が響く頭を抱えながら、しゃがみこみ、猿轡のタオルをはずす。そして水
差しの水である程度それを湿らすと、投げつけるように転がっているエルフの顔
にぴしゃりとのせ、自分はベッドに腰掛ける。

「う……ん」

 転がっているエルフは意識を取り戻したのか、顔にのせられた湿ったタオルを
掴んで、はずす。
 綺麗なアーモンド形の大きな目が数秒彷徨い、ようやくイェルヒに向けられる。

「ここ……あなたは」

「何も聞かないし咎めないから、とっとと出て行ってくれ。それが最良だ。
 アンタは被害者だし、そして俺は更なる被害者。それだけだ」

 数度、大きな瞳が瞬き、それが少し半月を痩せたような形になった。

「あなたも、相当変わったエルフのようですね」

 落ち着いたトーンで透き通った声音で、静かに微笑むその佇まいに、イェルヒ
は、なるほど、と鼻に皺を寄せ、息をふっと抜く。
 この清涼感のある甘さならば、数々の女性など簡単に落ちるだろう。間違いな
い、例のエルフだ。
 ただ、ロープでがんじがらめにされて転がったまま、カッコをつけられても間
抜けなだけだが。

「お前に言われたくない。
 人間の女をとっかえひっかえ口説くのは趣味が悪いことこの上ないな」

「人間の魔法を学ぶあなたに言われるとは。
 昨日の公開講座で、幾人からか噂だけはお聞きしましたよ。イェルヒさん」

 コイツと喋ると虫唾が走る。
 それが、イェルヒの抱いた感想だ。

「私は人間が好きなだけです」

「俺は人間も同種族も嫌いだ」

「私と、正反対ですね。私は、同種族も好きですよ」

 不機嫌そうな表情と、涼しい表情の二人のエルフの顔は両者全く崩れないとい
うところでは、共通点であると言えるだろう。

「いい加減、その格好。やめたらどうなんだ」

 蓑虫エルフは、そうですね、と答え、爽やかな笑顔と共に続けた。

「解くの。手伝っていただけますか?」

 誰が。
 そう、続けようとしたが、彼の瞳には確かなる知性の輝きがあった。
 わかって、言っているのだ。
 イェルヒが自分のことを煙たがっていることも、同時に、手伝わないとその
分、自分がイェルヒの部屋に転がっていることになることも。

「なかなかいい性格のようだな……」

 舌打ちを隠そうともせず、イェルヒは蓑虫エルフの解体に取り掛かる。

「ありがとうございます。
 ところで、ここはどこですか?」

「……ソフィニア魔術学院男子寮だ」

 蓑虫エルフは、あぁ、と一人納得の声を出した。

「大体の場所は把握しました。昨日の公開講座で学院から見えたあの建物ですね」

 戒めを解かれ、身体をさすりながらエルフは立ち上がる。

「申し送れました。イルランといいます。
 ありがとうございます」

 差し出された手。人間の挨拶。
 妙な違和感を感じ、イェルヒはそれに応えなかった。
 さして気にした様子も無く、イルランも手を下げる。
 好奇心が無いわけではない。聞きたいことは沢山ある。
 しかし、妙なプライドがそれを邪魔する。
 だから。
 出てきたのは、せせら笑うような言葉。

「冒険者の女が探しているぞ。
 今まで手を出してきた女どもが丸刈りにしたがっているそうだ」

「それですけど」

 と、イルランが、初めて形の良い眉をひそませる。造形が整ってるくせに細い
ので、その動きが分かりやすい。

「手を出してきた女性達、とはどういうことですか? 言っている意味が分から
ないのですが」

 あ? と、思わずイェルヒは声が出た。

「……お前じゃないのか? わざわざ恋人付きの女を狙っては捨てるエルフは」

「? どういうことですか?
 私は、ただ、人間の恋愛感情について、研究しているだけです。
 それを学ぶには、やはり恋愛をしている、感性豊かな女性が最適だと思い、色
々な方からお話を聞き、私の考えを聞いてもらったりはしました。
 究極なる愛とは何か。その情熱はどこから来るのか、それは私にも訪れるの
か。そして、どのような幸福感に満ちた気持ちなのか……。
 しかし、真実の愛を知る前に、彼女らのそれが壊れてしまった。だから、私は
他の女性を求めただけに過ぎません」

 ……イェルヒは、空いた口がふさがらなかった。
 人間が好きだとは言っているが、こいつは何一つ分かっていない。
 姿かたちの良い男から、真摯な態度で愛について語られて、勘違いしない女は
どれだけいるというのか。

「それに」

 瞬間、イルランの表情が一変した。
 今まで、整っているだけに彫刻のような温かみの無かった顔が、夢をみるよう
な陶酔した瞳へ。
 その豹変ぶりに、イェルヒは思わずのけぞった。
 なんなんだ、この……頭の悪そうな顔は。

「もう、それは必要ありません。
 私は、知ってしまいました。
 真実の愛というものを。
 人間というのは、やはり素晴らしい。本で読んだ通り……いや、それ以上の感覚
なのですね、恋というものは」

 春を歌うひばりのさえずりのように、イルランは滔々と語る。
 正直、イェルヒにはついていけない。

「くだらん。
 そんなものなど、単なる勘違いだ」

「えぇ。承知しています」

 イルランは、ひるむことなく、やはり変わりない笑顔で答える。

「しかし、その確証も証明もしようのない、こんな不確かなものが、こんなにも
幸福感を与え、一個人の情動を強く突き動かすことが、素晴らしいことだと思い
ませんか?
 たとえ、勘違いだろうが、それが永続に続けば、それは奇跡です。そうでしょ
う?」

 きらめかせた瞳で見つめられ、イェルヒは、先ほどより頭痛がひどくなってい
るのを感じた。
 眩暈が、した。

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2007/06/04 22:37 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門

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