第十五話 『非忠義な従者』
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・従者(イン・ソムニア)
場所:ムーラン
――――――――――――――――
「金貨五枚以下のものは買うな。できるだけ地味なのを選べよ。
あんまり派手すぎると重みがないからな。いいか、一時間以内だ。
それ以上は待てんぞ」
ウォーネル=スマンの屋敷の一角にある、使用人の寮。
その中でも広い部類に入るその部屋に、三人の男がいた。
ぞんざいな口ぶりでせりふを言ったのは、褪せた茶色の髪の男。
黒い執事服に身を包んで、鶏を彷彿とさせる左手で細い顎を撫でながら、
メモ帳になにやら書き付けている。
あとの二人は、ムーランでは一般的な服装に身を包んでいた。
深い襟ぐりのシャツに、砂避けのフードつきマント。
猛暑に見舞われるムーランでは、濃い色の服を着る者はほとんどいない。
その例に漏れず、どちらもごく淡い色調の服だった。
そしてなぜか、大きい鞄を背負っている。ぱっと見では行商人に
見えなくもない。そのうち一人が感慨のない口調で執事姿の男に
問いかけた。
「商品はこちらに?」
「そうだな――いや、いつもの所にしよう。一時間後に、そこで」
メモに書きつける手を止めて、顔をあげる執事男。
吊りあがった目がどうしてもその表情を険のあるものに見せる。
「そこで俺が適当に見繕って、『商品』として向こうに持って行く。
俺は今から工房の支配人だからな。設定書いておいたからこれ読んで
暗記しとけ。箇条書きだぞわかりやすいだろ」
びっ、と今書きあがったばかりのメモを破りとって、相手に渡す。
渡されたほうは困惑した表情で、もう一人も怪訝そうに相棒の手元の
メモを見ている。
「でもなんで、アクセサリーなんです?」
「馬鹿、お前」
甚だ疑問だ、とでもいいたげなその相手に、執事男は大仰に驚いて
みせた。
「金のある女は服かアクセサリーにつぎ込むって相場は決まってんだ。
学校で習わなかったのか?」
「…はぁ」
置いていかれたような生返事を返してくる出来の悪い後輩に内心
苛立ちを覚えながら、ジャケットとベストを脱いで用意していた
スーツに着替える。真新しいものではないが、ひと目で悪くないものと
思わせる上物である。
「で、俺――『支配人』が完璧なプレゼンをしている間、お前らが
部屋に侵入して女をかっさらう。わかってるとは思うが怪我させたら
ただじゃすまんぞ」
「でも、大男もいるとか」
「まかせろ。手は打った」
始終不安そうな相手に、自信たっぷり告げてやる。
「ホテルの奴を買収して、隣町のサロンを紹介させてやったよ。
どうせ行って帰ってくる頃には夕方だ」
「妹とやらはどうします?」
「奴隷商人にでも売っぱらうさ。上玉だったら俺がもらうがね」
喉を震わせて軽く笑う。と、部屋の外に慌しい足音が響き、
ノックの音が数回響いた。
「開いてるよ」
がちゃ、とドアを開けたのは使用人の一人だった。軽く髪を乱して、
息を切らせている。
「だ、旦那様が『女はまだか』と」
「やれやれ」
疲れた表情で執事男は立ち上がると、三人に増えた後輩になげやりな
口調で毒づいた。
「俺が思うに、今年の聖夜祭にはあいつの丸焼きが出るね。そんでもって
食った奴らも全員死ぬんだ。なんらかの救いがたい病で」
そしてそれが俺のインデペンデンス・デイ(独立記念日)だよ、と
従者イン・ソムニアは締めくくった。
・・・★・・・
「ねぇねぇねぇねぇ、この髪飾り超キレー!ここんとこ孔雀石だって」
「ほぅ…なんだかんだいっても女子なのじゃなお主」
「こんなフェアレディ掴まえて何言ってんのよ、当たり前でしょ」
ぶー、と頬を膨らませて、ベアトリーチェは読んでいたカタログから
目を離し、のんべんだらりと寝そべって香油マッサージを受けている
しふみに抗議した。
ベアトリーチェ自身といえばマッサージを既に終え、美容師に髪の手入れを
されている。アクセサリーを見たいが一人では退屈だと駄々をこねた結果、
エステが終わってから二人でウィンドウショッピングするというプランを
しふみが提案したのだった。
「にしてもルフト遅いわねー。どこで道草くってんのかしら」
「荷物もちが居ないと面倒じゃのう」
「だよねー」
お互い勝手な事を喋りながら、それぞれ自由に過ごす。
そしてようやくしふみのマッサージが終わり、ベアトリーチェもようやく
行きたい店を絞ったところで、呼び鈴が鳴った。
二人が扉に注目すると、失礼します、と控えめな声と共に一人の男が
姿を現した。
それと入れ違いに、香油師や美容師やらが退出してゆく。残された男は、
折り目正しく一礼をすると、にこりと笑ってみせた。
「美しさをお届けするアクセサリー工房『ムーラン・ヴォナ』でございます。
本日は誠に勝手ながら、わたくしどもの工房で制作している装飾品の
ご紹介に参りました」
「頼んでないぞえ」
しふみが、こちらの顔を見てくる。「とりあえず聞こう」と、
ベアトリーチェは顔で答えてやった。
「ええ、ですが当工房はこちらのホテルと協定を結んでおりまして。
宿泊されている中でも限られた方のみに、こちらの限定商品を販売させて
頂いております」
「限定商品?」
「ええ。一般の方にはお売りしていない品で、滅多なことでは入手も難しい
商品です。個数が限られているので、早い者勝ちですよ。ところで
お嬢様方、綺麗な御髪ですねぇ…。こういったものは、お好きですか?」
静かな口調で、持っていた革張りの鞄を開く。内側は紫のベルベットの生地で
裏打ちされており、その中にはさまざまなアクセサリー類が所狭しと
並んでいた。
「わ。きれーい」
「こちらはヴァルカンのザナドガル山でしか採取されない竜輝石です」
「こっちはなんじゃ?」
「あぁ、お目が高い。ムーラン原産の銀細工です。これは当工房オリジナルで、
10点しか販売しておりません」
二人の「とりあえず」は、結局三時間に及んだ。
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・従者(イン・ソムニア)
場所:ムーラン
――――――――――――――――
「金貨五枚以下のものは買うな。できるだけ地味なのを選べよ。
あんまり派手すぎると重みがないからな。いいか、一時間以内だ。
それ以上は待てんぞ」
ウォーネル=スマンの屋敷の一角にある、使用人の寮。
その中でも広い部類に入るその部屋に、三人の男がいた。
ぞんざいな口ぶりでせりふを言ったのは、褪せた茶色の髪の男。
黒い執事服に身を包んで、鶏を彷彿とさせる左手で細い顎を撫でながら、
メモ帳になにやら書き付けている。
あとの二人は、ムーランでは一般的な服装に身を包んでいた。
深い襟ぐりのシャツに、砂避けのフードつきマント。
猛暑に見舞われるムーランでは、濃い色の服を着る者はほとんどいない。
その例に漏れず、どちらもごく淡い色調の服だった。
そしてなぜか、大きい鞄を背負っている。ぱっと見では行商人に
見えなくもない。そのうち一人が感慨のない口調で執事姿の男に
問いかけた。
「商品はこちらに?」
「そうだな――いや、いつもの所にしよう。一時間後に、そこで」
メモに書きつける手を止めて、顔をあげる執事男。
吊りあがった目がどうしてもその表情を険のあるものに見せる。
「そこで俺が適当に見繕って、『商品』として向こうに持って行く。
俺は今から工房の支配人だからな。設定書いておいたからこれ読んで
暗記しとけ。箇条書きだぞわかりやすいだろ」
びっ、と今書きあがったばかりのメモを破りとって、相手に渡す。
渡されたほうは困惑した表情で、もう一人も怪訝そうに相棒の手元の
メモを見ている。
「でもなんで、アクセサリーなんです?」
「馬鹿、お前」
甚だ疑問だ、とでもいいたげなその相手に、執事男は大仰に驚いて
みせた。
「金のある女は服かアクセサリーにつぎ込むって相場は決まってんだ。
学校で習わなかったのか?」
「…はぁ」
置いていかれたような生返事を返してくる出来の悪い後輩に内心
苛立ちを覚えながら、ジャケットとベストを脱いで用意していた
スーツに着替える。真新しいものではないが、ひと目で悪くないものと
思わせる上物である。
「で、俺――『支配人』が完璧なプレゼンをしている間、お前らが
部屋に侵入して女をかっさらう。わかってるとは思うが怪我させたら
ただじゃすまんぞ」
「でも、大男もいるとか」
「まかせろ。手は打った」
始終不安そうな相手に、自信たっぷり告げてやる。
「ホテルの奴を買収して、隣町のサロンを紹介させてやったよ。
どうせ行って帰ってくる頃には夕方だ」
「妹とやらはどうします?」
「奴隷商人にでも売っぱらうさ。上玉だったら俺がもらうがね」
喉を震わせて軽く笑う。と、部屋の外に慌しい足音が響き、
ノックの音が数回響いた。
「開いてるよ」
がちゃ、とドアを開けたのは使用人の一人だった。軽く髪を乱して、
息を切らせている。
「だ、旦那様が『女はまだか』と」
「やれやれ」
疲れた表情で執事男は立ち上がると、三人に増えた後輩になげやりな
口調で毒づいた。
「俺が思うに、今年の聖夜祭にはあいつの丸焼きが出るね。そんでもって
食った奴らも全員死ぬんだ。なんらかの救いがたい病で」
そしてそれが俺のインデペンデンス・デイ(独立記念日)だよ、と
従者イン・ソムニアは締めくくった。
・・・★・・・
「ねぇねぇねぇねぇ、この髪飾り超キレー!ここんとこ孔雀石だって」
「ほぅ…なんだかんだいっても女子なのじゃなお主」
「こんなフェアレディ掴まえて何言ってんのよ、当たり前でしょ」
ぶー、と頬を膨らませて、ベアトリーチェは読んでいたカタログから
目を離し、のんべんだらりと寝そべって香油マッサージを受けている
しふみに抗議した。
ベアトリーチェ自身といえばマッサージを既に終え、美容師に髪の手入れを
されている。アクセサリーを見たいが一人では退屈だと駄々をこねた結果、
エステが終わってから二人でウィンドウショッピングするというプランを
しふみが提案したのだった。
「にしてもルフト遅いわねー。どこで道草くってんのかしら」
「荷物もちが居ないと面倒じゃのう」
「だよねー」
お互い勝手な事を喋りながら、それぞれ自由に過ごす。
そしてようやくしふみのマッサージが終わり、ベアトリーチェもようやく
行きたい店を絞ったところで、呼び鈴が鳴った。
二人が扉に注目すると、失礼します、と控えめな声と共に一人の男が
姿を現した。
それと入れ違いに、香油師や美容師やらが退出してゆく。残された男は、
折り目正しく一礼をすると、にこりと笑ってみせた。
「美しさをお届けするアクセサリー工房『ムーラン・ヴォナ』でございます。
本日は誠に勝手ながら、わたくしどもの工房で制作している装飾品の
ご紹介に参りました」
「頼んでないぞえ」
しふみが、こちらの顔を見てくる。「とりあえず聞こう」と、
ベアトリーチェは顔で答えてやった。
「ええ、ですが当工房はこちらのホテルと協定を結んでおりまして。
宿泊されている中でも限られた方のみに、こちらの限定商品を販売させて
頂いております」
「限定商品?」
「ええ。一般の方にはお売りしていない品で、滅多なことでは入手も難しい
商品です。個数が限られているので、早い者勝ちですよ。ところで
お嬢様方、綺麗な御髪ですねぇ…。こういったものは、お好きですか?」
静かな口調で、持っていた革張りの鞄を開く。内側は紫のベルベットの生地で
裏打ちされており、その中にはさまざまなアクセサリー類が所狭しと
並んでいた。
「わ。きれーい」
「こちらはヴァルカンのザナドガル山でしか採取されない竜輝石です」
「こっちはなんじゃ?」
「あぁ、お目が高い。ムーラン原産の銀細工です。これは当工房オリジナルで、
10点しか販売しておりません」
二人の「とりあえず」は、結局三時間に及んだ。
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第十六話 『不敵な語らい』
キャスト:しふみ ベアトリーチェ (ルフト)
NPC:商人っていうかリーダー格っていうか(イン・ソムニア) 下っ端さん達
場所:ムーラン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いいな~、いいな~。こっちもいいし~、あ~でも、これも捨てがたいっ」
色とりどりの宝飾品を前に、ベアトリーチェは目をキラキラさせながら本格的な品定
めを始めていた。
三時間が経過したところで、ようやく『買う』という方向に思考が進んだらしい。
一方。香油マッサージを終えたしふみは、長椅子に体を横たえながら、その様子をぼ
んやりと眺めていた。
彼女は宝飾品にベアトリーチェほど興味がなく、さんざん冷やかすと飽きてしまった
のである。
しふみの興味はズバリ、エステなのだ。
香油マッサージと髪の手入れは終わったが、残る「爪磨き」が終わっていない。
何やらネイルアーティストの仕事が立てこんでいるとかで、随分待たなければならな
いらしい。
細長い形の爪は、さほど荒れているように見えないが、「綺麗に見えるからと言っ
て、手入れを怠るものではない」というのがしふみの考えである。
(まったく、犬はどこまで行ったのかのぉ)
早くしてもらわなければ、せっかく得た心地よさが抜けきってしまうではないか。
そう思うと、しふみはちょっと不機嫌になる。
「迷うなぁ、うーん」
「金はあるのじゃ。欲しいと思ったもの、全てを買えば良かろう」
年長者がわずか十二歳の少女に言うものではないアドバイスである。
普通なら「本当に欲しいものにしなさい」とか諭すところだ。
「それもそうね。じゃあ、ここからここまで、全部買うわ!」
あっさり頷き、ベアトリーチェは豪快な買い方をしてのけた。
「ありがとうございます。お客様、実にお目が高いですね」
商人の男は愛想よく笑う。
しふみは、そいつの顔をぼんやりと眺めた。
褪せた茶色の髪。
あまり商売人向けには見えない、吊り上がった目。
細い顎。
――違和感。
商いをして生計を立てている人間というのは、たとえ裏側ではどんなに他人をボロク
ソにけなしていたとしても、それを絶対に外に出さない人種である。
親切さと気配り、謙虚さ。これを裏側が見えないほどに押し出して商売しているの
だ。
しかし、この男にはそれがない。
つい最近商売を始めたばかりだから、と解釈するには、男の態度は堂々としている。
(あまり関わりあいにならぬほうがよい)
しふみはそう直感した。
視線を感じ取ったのか、男はしふみに微笑みかけてきた。
「どうです、お嬢さま。姉妹でおそろいの髪飾りなどは」
「結構じゃ。わしは装飾品に興味がないのでな」
さっさと帰れ、と言外に含めてしふみはそっけなく天井を向いた。
「そう仰らずに。こちらのブルー・サファイアを使った髪飾りなどはいかがでしょう
?」
なおも男は食い下がる。
しふみはしつこさにうんざりした様子で、億劫そうに長椅子に横たえていた体を起こ
す。
と、ドアの外で、コトッ、とかすかな物音がした。
「あれ? なんかいるんじゃない?」
ベアトリーチェが様子を見に行こうとすると、男は血相を変えた。
「い、いえ、気のせいでしょう。ああ、そういえばこちらに伺う前に、子猫を一匹見
かけましたが」
どこかあやふやな口調で、男はほんの一瞬、視線をさまよわせた。
「猫いるのっ? 猫見たい!」
「な、なりません。あんな汚らしい子猫を抱いたら、せっかくのお召し物が汚れてし
まいますよ」
なおもドアに向かおうとするベアトリーチェを、男は不自然なほど引きとめる。
「のぉ、お主」
しふみは、笑みを浮かべて男を見つめた。
「使えぬ部下を持つと、ほんに泣くほど苦労をさせられる。そう思わぬかぇ?」
男の口元が、引きつった。
途端。
バァン! とドアが乱暴に開け放たれると、ムーランの民族衣装に身を包んだ男が二
人、現れた。
しふみは笑みを消した。
「おっと、大人しくしてりゃ危害は加えないからよ、じっとしてな」
商人の男は、態度をガラリと変え、ふてぶてしく笑った。
「やはり商売人ではなかったな」
「見抜いてやがったな。勘の鋭い女だ」
悪態をつき、男はくるりと民族衣装をつけた男二人に向き直る。
「お前ら、ホント使えないな。おかげで計画が少し狂っちまったよ。三時間も粘らせ
やがって」
「す、すみません」
二人は小さくなったが、やがて『仕事』を思い出したようで、脅しのつもりか刃物を
ちらつかせながら、しふみを取り囲んだ。
「どういうつもりかぇ?」
商人――リーダー格の男は、明らかに見下す視線をしふみに向けた。
「ウォーネル=スマンを知ってるか?」
「……知っておるかぇ?」
明かに自分に話を振られたというのに、しふみはベアトリーチェに尋ねていたりす
る。
「しーらなーい」
ベアトリーチェは明るく答え、ひょいと肩をすくめた。
「……ムーラン有数の大金持ちなデブさ。俺らの雇い主だよ」
「それがどうかしたのかぇ」
「豪遊してる姉妹がいるって聞いたんでね、是非ご招待したいとさ」
「その割に随分物々しくないかぇ。女を招待するというのなら、牛車(ぎっしゃ)で
もつかわすのが慣わしぞ」
のん気な発言に、男が脅し文句を並べるよりも早く。
「牛車って何?」
ベアトリーチェが口を挟んだ。
「牛が引く車のことじゃ。馬が引くよりものんびりしておるぞ」
「へぇ~」
「あんまりイライラさせんじゃねぇっ、女ァ!」
堪忍袋の緒が切れたのか、男は近くのくず入れを蹴飛ばした。
しふみは、別に怖くもなんともなかった。
直後に起こった、ある異変の方がよっぽど衝撃的だった。
「お姉さま、ベアこわーい」
ベアトリーチェがそんなことを言いながら、しがみついてきたのである。
あり得ない。
あの、ナイトストールに狙われていても平然としていた娘が。
腕が折れても全く意に介した様子のなかった娘が。
たかが、男がくず入れを蹴っ飛ばしたというだけで怯えるなどと。
しふみは疑問に思ったが、見下ろしたベアトリーチェの目を見て、あぁ、と何かを感
じ取った。
ベアトリーチェは何かを企んでいる。
(合点がいった)
やはりそうだ。
これは演技だ。
そうとくればこちらも演技に応えないわけにはいかない。
しふみは、しがみつくベアトリーチェの頭部を抱みこむようにして抱き寄せた。
「おのれ、女子供を罵倒するとは何事ぞ」
毅然とした態度で男どもを一喝し、大切な妹を守ろうとしている姉の姿に映ったこと
だろう。
しかし。
(嬢。何を考えておる)
(ん。ちょっとお金持ちの家で暇つぶししたいの)
(金持ちの家に行ってどうするつもりじゃ)
(わかってるクセに~。お宝ごっそりいただくのよン)
(……世間ではそれを強盗とか泥棒とか言うのだぞ)
(いいじゃん、どうせロクなやつじゃないわよ、その金持ちって奴)
(手配されたいのかぇ)
(だーいじょうぶ、そうならないようにするから)
実際には、彼女達は男どもに聞こえない声で不敵な語らいをしていた。
「雇い主には傷をつけるなって言われてるけどな、アンタの返答次第じゃ酷いことも
するぜ。例えば――アンタの妹に」
「…………」
しふみはむっつりとした表情で相手をしばらく睨み――ふっ、と体の力を抜いた。
見た限り、それは一切の抵抗をあきらめたかのようである。
「わかり申した。その金持ちとやらの家に連れて行け」
「物わかりのいい女は好きだねぇ」
(“うつけ”が)
思わずしふみは腹の中で毒づいた。
いやらしい笑みを浮かべつつ、男どもが取り囲む輪を縮めてくる。
「逃げようったって無駄だぜ」
「そのようなことをするか」
「それじゃあ、さっさと引き上げるぞ」
「きゃあっ」
リーダー格の男に乱暴に腕を引かれたベアトリーチェが、悲鳴を上げる。
わざと上げたのだとしふみは気付いたが、何故か男どもは全く気付いていない。
まだ少女だから人をだますために演技をすることもない、などと勝手に思いこんでい
るのだろうか。
「安心しな。お前のお姉ちゃんが馬鹿をやらない限りは、酷いことはしねぇよ」
言っている本人のみが残酷な脅しと思っているらしいことを、ベアトリーチェに吹き
込んでいる。
「そんな……」
それに怯えてみせるベアトリーチェの表情も声音も、完全な演技である。
しふみ以外の誰も見抜いてはいなかったが。
男二人がしふみの左右を囲み、リーダー格の男がベアトリーチェの腕を無理矢理引く
形で、彼女達は部屋から連行されることになった。
(では、参ろうか)
(オッケー。しばらく演技してるからヨロシクね)
“姉妹”は、周囲の男どもに知られることもなく、お互いの顔を見てほくそ笑んだ。
キャスト:しふみ ベアトリーチェ (ルフト)
NPC:商人っていうかリーダー格っていうか(イン・ソムニア) 下っ端さん達
場所:ムーラン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いいな~、いいな~。こっちもいいし~、あ~でも、これも捨てがたいっ」
色とりどりの宝飾品を前に、ベアトリーチェは目をキラキラさせながら本格的な品定
めを始めていた。
三時間が経過したところで、ようやく『買う』という方向に思考が進んだらしい。
一方。香油マッサージを終えたしふみは、長椅子に体を横たえながら、その様子をぼ
んやりと眺めていた。
彼女は宝飾品にベアトリーチェほど興味がなく、さんざん冷やかすと飽きてしまった
のである。
しふみの興味はズバリ、エステなのだ。
香油マッサージと髪の手入れは終わったが、残る「爪磨き」が終わっていない。
何やらネイルアーティストの仕事が立てこんでいるとかで、随分待たなければならな
いらしい。
細長い形の爪は、さほど荒れているように見えないが、「綺麗に見えるからと言っ
て、手入れを怠るものではない」というのがしふみの考えである。
(まったく、犬はどこまで行ったのかのぉ)
早くしてもらわなければ、せっかく得た心地よさが抜けきってしまうではないか。
そう思うと、しふみはちょっと不機嫌になる。
「迷うなぁ、うーん」
「金はあるのじゃ。欲しいと思ったもの、全てを買えば良かろう」
年長者がわずか十二歳の少女に言うものではないアドバイスである。
普通なら「本当に欲しいものにしなさい」とか諭すところだ。
「それもそうね。じゃあ、ここからここまで、全部買うわ!」
あっさり頷き、ベアトリーチェは豪快な買い方をしてのけた。
「ありがとうございます。お客様、実にお目が高いですね」
商人の男は愛想よく笑う。
しふみは、そいつの顔をぼんやりと眺めた。
褪せた茶色の髪。
あまり商売人向けには見えない、吊り上がった目。
細い顎。
――違和感。
商いをして生計を立てている人間というのは、たとえ裏側ではどんなに他人をボロク
ソにけなしていたとしても、それを絶対に外に出さない人種である。
親切さと気配り、謙虚さ。これを裏側が見えないほどに押し出して商売しているの
だ。
しかし、この男にはそれがない。
つい最近商売を始めたばかりだから、と解釈するには、男の態度は堂々としている。
(あまり関わりあいにならぬほうがよい)
しふみはそう直感した。
視線を感じ取ったのか、男はしふみに微笑みかけてきた。
「どうです、お嬢さま。姉妹でおそろいの髪飾りなどは」
「結構じゃ。わしは装飾品に興味がないのでな」
さっさと帰れ、と言外に含めてしふみはそっけなく天井を向いた。
「そう仰らずに。こちらのブルー・サファイアを使った髪飾りなどはいかがでしょう
?」
なおも男は食い下がる。
しふみはしつこさにうんざりした様子で、億劫そうに長椅子に横たえていた体を起こ
す。
と、ドアの外で、コトッ、とかすかな物音がした。
「あれ? なんかいるんじゃない?」
ベアトリーチェが様子を見に行こうとすると、男は血相を変えた。
「い、いえ、気のせいでしょう。ああ、そういえばこちらに伺う前に、子猫を一匹見
かけましたが」
どこかあやふやな口調で、男はほんの一瞬、視線をさまよわせた。
「猫いるのっ? 猫見たい!」
「な、なりません。あんな汚らしい子猫を抱いたら、せっかくのお召し物が汚れてし
まいますよ」
なおもドアに向かおうとするベアトリーチェを、男は不自然なほど引きとめる。
「のぉ、お主」
しふみは、笑みを浮かべて男を見つめた。
「使えぬ部下を持つと、ほんに泣くほど苦労をさせられる。そう思わぬかぇ?」
男の口元が、引きつった。
途端。
バァン! とドアが乱暴に開け放たれると、ムーランの民族衣装に身を包んだ男が二
人、現れた。
しふみは笑みを消した。
「おっと、大人しくしてりゃ危害は加えないからよ、じっとしてな」
商人の男は、態度をガラリと変え、ふてぶてしく笑った。
「やはり商売人ではなかったな」
「見抜いてやがったな。勘の鋭い女だ」
悪態をつき、男はくるりと民族衣装をつけた男二人に向き直る。
「お前ら、ホント使えないな。おかげで計画が少し狂っちまったよ。三時間も粘らせ
やがって」
「す、すみません」
二人は小さくなったが、やがて『仕事』を思い出したようで、脅しのつもりか刃物を
ちらつかせながら、しふみを取り囲んだ。
「どういうつもりかぇ?」
商人――リーダー格の男は、明らかに見下す視線をしふみに向けた。
「ウォーネル=スマンを知ってるか?」
「……知っておるかぇ?」
明かに自分に話を振られたというのに、しふみはベアトリーチェに尋ねていたりす
る。
「しーらなーい」
ベアトリーチェは明るく答え、ひょいと肩をすくめた。
「……ムーラン有数の大金持ちなデブさ。俺らの雇い主だよ」
「それがどうかしたのかぇ」
「豪遊してる姉妹がいるって聞いたんでね、是非ご招待したいとさ」
「その割に随分物々しくないかぇ。女を招待するというのなら、牛車(ぎっしゃ)で
もつかわすのが慣わしぞ」
のん気な発言に、男が脅し文句を並べるよりも早く。
「牛車って何?」
ベアトリーチェが口を挟んだ。
「牛が引く車のことじゃ。馬が引くよりものんびりしておるぞ」
「へぇ~」
「あんまりイライラさせんじゃねぇっ、女ァ!」
堪忍袋の緒が切れたのか、男は近くのくず入れを蹴飛ばした。
しふみは、別に怖くもなんともなかった。
直後に起こった、ある異変の方がよっぽど衝撃的だった。
「お姉さま、ベアこわーい」
ベアトリーチェがそんなことを言いながら、しがみついてきたのである。
あり得ない。
あの、ナイトストールに狙われていても平然としていた娘が。
腕が折れても全く意に介した様子のなかった娘が。
たかが、男がくず入れを蹴っ飛ばしたというだけで怯えるなどと。
しふみは疑問に思ったが、見下ろしたベアトリーチェの目を見て、あぁ、と何かを感
じ取った。
ベアトリーチェは何かを企んでいる。
(合点がいった)
やはりそうだ。
これは演技だ。
そうとくればこちらも演技に応えないわけにはいかない。
しふみは、しがみつくベアトリーチェの頭部を抱みこむようにして抱き寄せた。
「おのれ、女子供を罵倒するとは何事ぞ」
毅然とした態度で男どもを一喝し、大切な妹を守ろうとしている姉の姿に映ったこと
だろう。
しかし。
(嬢。何を考えておる)
(ん。ちょっとお金持ちの家で暇つぶししたいの)
(金持ちの家に行ってどうするつもりじゃ)
(わかってるクセに~。お宝ごっそりいただくのよン)
(……世間ではそれを強盗とか泥棒とか言うのだぞ)
(いいじゃん、どうせロクなやつじゃないわよ、その金持ちって奴)
(手配されたいのかぇ)
(だーいじょうぶ、そうならないようにするから)
実際には、彼女達は男どもに聞こえない声で不敵な語らいをしていた。
「雇い主には傷をつけるなって言われてるけどな、アンタの返答次第じゃ酷いことも
するぜ。例えば――アンタの妹に」
「…………」
しふみはむっつりとした表情で相手をしばらく睨み――ふっ、と体の力を抜いた。
見た限り、それは一切の抵抗をあきらめたかのようである。
「わかり申した。その金持ちとやらの家に連れて行け」
「物わかりのいい女は好きだねぇ」
(“うつけ”が)
思わずしふみは腹の中で毒づいた。
いやらしい笑みを浮かべつつ、男どもが取り囲む輪を縮めてくる。
「逃げようったって無駄だぜ」
「そのようなことをするか」
「それじゃあ、さっさと引き上げるぞ」
「きゃあっ」
リーダー格の男に乱暴に腕を引かれたベアトリーチェが、悲鳴を上げる。
わざと上げたのだとしふみは気付いたが、何故か男どもは全く気付いていない。
まだ少女だから人をだますために演技をすることもない、などと勝手に思いこんでい
るのだろうか。
「安心しな。お前のお姉ちゃんが馬鹿をやらない限りは、酷いことはしねぇよ」
言っている本人のみが残酷な脅しと思っているらしいことを、ベアトリーチェに吹き
込んでいる。
「そんな……」
それに怯えてみせるベアトリーチェの表情も声音も、完全な演技である。
しふみ以外の誰も見抜いてはいなかったが。
男二人がしふみの左右を囲み、リーダー格の男がベアトリーチェの腕を無理矢理引く
形で、彼女達は部屋から連行されることになった。
(では、参ろうか)
(オッケー。しばらく演技してるからヨロシクね)
“姉妹”は、周囲の男どもに知られることもなく、お互いの顔を見てほくそ笑んだ。
第十七話 『嘘泣きと偽商人』
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・従者(イン・ソムニア)
場所:ムーラン→ウォーネル=スマン屋敷の裏門
――――――――――――――――
ウォーネル=スマンは確かに目が高い。だが馬鹿は馬鹿にすぎない。
ベアトリーチェは泣いてしゃくりあげる演技を続けながら、
目ざとく周囲に視線を走らせた。
馬車の調度は申し分ない。大富豪の馬車にしてはシンプルにも思えたが、
誘拐をするにおいては地味なほうがいいと、さすがの馬鹿でも
わかっているのだろう。
もっとも、白昼堂々こんなことをしでかした時点で、馬鹿であることにはかわりない。
目隠しでもされるのかと思っていたがそんな事もなく、偽商人ごしに見る窓の外には
ムーランの平和な町並みさえ伺えた。
よほどの自信があるのか、ベアトリーチェを子供と思って舐めているのか。
「いいかげん泣き止んだか?」
仕事がうまくいっているというのに、偽商人は非常に退屈そうに、そう言ってきた。
ベアトリーチェはとりあえず思い出したように鼻を軽くこすって、泣き止んだふりをした。
「うん」
演技が通じたのか、そもそも見てすらいなかったのか、偽商人は「そうか」とだけ言って、
窓の外へ目を転じた。
(なんなのよ)
ベアトリーチェもまた退屈して、ぼんやりと馬車の装飾を見る。
細やかな演技をこちらはしているというのに、客が醒めていては張り合いもない。
二人が『誘拐』されてからそう長い時間がたたないうちに、
馬車はがくんと音をたてて停まった。だがまだ馬車の歯車の音がする。
窓を見ると、並走していたしふみの乗った馬車が屋敷の奥へ入ってゆくところだった。
どうやら、着いた場所は屋敷の裏手らしい。
偽商人はやおら扉を開けると、あごをしゃくって「降りろ」と合図する。
ベアトリーチェが素直に従うと、拘束するそぶりも見せずさっさと歩きだしてしまう。
思わず後ろを振り返ると、やれやれとでも言わんばかりの顔の御者が、
空の馬車を操って去ってゆくところだった。無論その間、門は開け放ったままである。
ここに来るまでの扱いといい、ベアトリーチェが場数を踏んだハンターでなくても、
逃げようと思えばできるだろう――
はっとして、偽商人のほうに向き直る。
男は数メートル先で首だけで振り返ってこちらを見ていた。
探るような目とぶつかって、ベアトリーチェは内心舌打ちした。甘かった。
舐めていたのはこちらだったようだ。本当に誘拐されていたなら
少しでも抵抗するべきだった。
偽商人が静かに、問い掛けてくる。
「逃げないのか」
「だって…姉様が」
「用があんのはその姉様だけさ。おまえはもう用済みなんだよ。
いきたきゃ行けばいい」
偽商人は完全に体の向きをこちらに変え、胸ポケットから煙草の箱を取り出して、
慣れた手つきで火をつけた。
深いため息と共に、煙を吐き出す。
「ところで」
煙草を持った手で、軽く指差してくる。
「ナイトストールって知ってるか?幼女狙いの殺人鬼。
そいつがついこの間捕まったそうだな」
「…知らないわ、そんなの」
この流れはまずい。ベアトリーチェが落ち着いて答えると、相手は再度
煙草を口にしながらふーん、と納得したのかしてないのかわからない返事をしてくる。
「有名な話だぞ?犯人は自警団員だったそうだ。世も末だよな」
煙草の匂いが漂ってくる。
「そうね」
今からでも逃げる素振りを見せればいいのだろうか。
「捕まえたのは、ベアトリーチェとかいうたかだか10何才のガキ――
おまえさんぐらいだな、丁度」
「素敵な名前ね」
名前を呼ばれて内心どきりとするが、なんとか表情は保ち、半分皮肉、
半分本気で言ってやる。
とうとう偽商人がこちらに歩み寄ってきた。
「幼女狙いが幼女にパクられたなんざ、最高のジョークだと思わんか、なぁ?」
「ええ」
近づいてきて――その煙草の匂いが強くなり、一定の距離を保って立ち止まる。
ベアトリーチェはその男を短く観察した。武器らしいものは持っていない。
だが、絶対的な確信だけは持っている。
次に放ったそのセリフは、まさに確信に満ちていた。
「おまえさん、実家がどれだけ有名か一度でも考えたことあるか?」
お手上げだ。ベアトリーチェはいらいらと腕を組んだ。
こういう相手は好きじゃない。
「…しゃらくさいわね。はっきり言ったらどうなの?」
「やっと本性見せたな。じいさんも早死にするわけだ」
「死んでないわ」
「まだくたばってねーのか、あのジジィ。最後に会ったときは確か――」
男の瞳が軽い驚嘆の色を見せ、思い出すそぶりをするが、
それを待たずに刺々しく質問する。
「うちのグランパとどんな関係なのよ?」
「元婚約者ってことだけはないな。さすがに」
携帯灰皿に吸殻を押し込む。そしてさっとこちらの手を掴んで、
足早に屋敷へと向かい始める。ごく、自然な動作だった。
「ちょっと!」
「まぁ立ち話もなんだからイエスかノーで答えろ。標的はウォーネルか?」
「ノー」
抗議をさえぎり、前を向いて早口で囁いてくる。
ベアトリーチェもとりあえず前を向いて、答えた。まだ昼過ぎで野外は暑い。
それに、目の端に他の使用人の姿が見えたからだ。
「じゃああたしからも質問。あんたハンターなの?」
「ノー」
男の足は屋敷からややずれて、どうやら離れのようなところに向かっているらしい。
それでもかなりの豪華さだと遠目にもわかる。装飾一つもぎとって売りに出しても
それなりに儲かるだろう、とベアトリーチェは算段した。
そして、偽商人はまったく声音を変えず、明るい口調で付け足した。
「ただの暗殺者だよ」
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・従者(イン・ソムニア)
場所:ムーラン→ウォーネル=スマン屋敷の裏門
――――――――――――――――
ウォーネル=スマンは確かに目が高い。だが馬鹿は馬鹿にすぎない。
ベアトリーチェは泣いてしゃくりあげる演技を続けながら、
目ざとく周囲に視線を走らせた。
馬車の調度は申し分ない。大富豪の馬車にしてはシンプルにも思えたが、
誘拐をするにおいては地味なほうがいいと、さすがの馬鹿でも
わかっているのだろう。
もっとも、白昼堂々こんなことをしでかした時点で、馬鹿であることにはかわりない。
目隠しでもされるのかと思っていたがそんな事もなく、偽商人ごしに見る窓の外には
ムーランの平和な町並みさえ伺えた。
よほどの自信があるのか、ベアトリーチェを子供と思って舐めているのか。
「いいかげん泣き止んだか?」
仕事がうまくいっているというのに、偽商人は非常に退屈そうに、そう言ってきた。
ベアトリーチェはとりあえず思い出したように鼻を軽くこすって、泣き止んだふりをした。
「うん」
演技が通じたのか、そもそも見てすらいなかったのか、偽商人は「そうか」とだけ言って、
窓の外へ目を転じた。
(なんなのよ)
ベアトリーチェもまた退屈して、ぼんやりと馬車の装飾を見る。
細やかな演技をこちらはしているというのに、客が醒めていては張り合いもない。
二人が『誘拐』されてからそう長い時間がたたないうちに、
馬車はがくんと音をたてて停まった。だがまだ馬車の歯車の音がする。
窓を見ると、並走していたしふみの乗った馬車が屋敷の奥へ入ってゆくところだった。
どうやら、着いた場所は屋敷の裏手らしい。
偽商人はやおら扉を開けると、あごをしゃくって「降りろ」と合図する。
ベアトリーチェが素直に従うと、拘束するそぶりも見せずさっさと歩きだしてしまう。
思わず後ろを振り返ると、やれやれとでも言わんばかりの顔の御者が、
空の馬車を操って去ってゆくところだった。無論その間、門は開け放ったままである。
ここに来るまでの扱いといい、ベアトリーチェが場数を踏んだハンターでなくても、
逃げようと思えばできるだろう――
はっとして、偽商人のほうに向き直る。
男は数メートル先で首だけで振り返ってこちらを見ていた。
探るような目とぶつかって、ベアトリーチェは内心舌打ちした。甘かった。
舐めていたのはこちらだったようだ。本当に誘拐されていたなら
少しでも抵抗するべきだった。
偽商人が静かに、問い掛けてくる。
「逃げないのか」
「だって…姉様が」
「用があんのはその姉様だけさ。おまえはもう用済みなんだよ。
いきたきゃ行けばいい」
偽商人は完全に体の向きをこちらに変え、胸ポケットから煙草の箱を取り出して、
慣れた手つきで火をつけた。
深いため息と共に、煙を吐き出す。
「ところで」
煙草を持った手で、軽く指差してくる。
「ナイトストールって知ってるか?幼女狙いの殺人鬼。
そいつがついこの間捕まったそうだな」
「…知らないわ、そんなの」
この流れはまずい。ベアトリーチェが落ち着いて答えると、相手は再度
煙草を口にしながらふーん、と納得したのかしてないのかわからない返事をしてくる。
「有名な話だぞ?犯人は自警団員だったそうだ。世も末だよな」
煙草の匂いが漂ってくる。
「そうね」
今からでも逃げる素振りを見せればいいのだろうか。
「捕まえたのは、ベアトリーチェとかいうたかだか10何才のガキ――
おまえさんぐらいだな、丁度」
「素敵な名前ね」
名前を呼ばれて内心どきりとするが、なんとか表情は保ち、半分皮肉、
半分本気で言ってやる。
とうとう偽商人がこちらに歩み寄ってきた。
「幼女狙いが幼女にパクられたなんざ、最高のジョークだと思わんか、なぁ?」
「ええ」
近づいてきて――その煙草の匂いが強くなり、一定の距離を保って立ち止まる。
ベアトリーチェはその男を短く観察した。武器らしいものは持っていない。
だが、絶対的な確信だけは持っている。
次に放ったそのセリフは、まさに確信に満ちていた。
「おまえさん、実家がどれだけ有名か一度でも考えたことあるか?」
お手上げだ。ベアトリーチェはいらいらと腕を組んだ。
こういう相手は好きじゃない。
「…しゃらくさいわね。はっきり言ったらどうなの?」
「やっと本性見せたな。じいさんも早死にするわけだ」
「死んでないわ」
「まだくたばってねーのか、あのジジィ。最後に会ったときは確か――」
男の瞳が軽い驚嘆の色を見せ、思い出すそぶりをするが、
それを待たずに刺々しく質問する。
「うちのグランパとどんな関係なのよ?」
「元婚約者ってことだけはないな。さすがに」
携帯灰皿に吸殻を押し込む。そしてさっとこちらの手を掴んで、
足早に屋敷へと向かい始める。ごく、自然な動作だった。
「ちょっと!」
「まぁ立ち話もなんだからイエスかノーで答えろ。標的はウォーネルか?」
「ノー」
抗議をさえぎり、前を向いて早口で囁いてくる。
ベアトリーチェもとりあえず前を向いて、答えた。まだ昼過ぎで野外は暑い。
それに、目の端に他の使用人の姿が見えたからだ。
「じゃああたしからも質問。あんたハンターなの?」
「ノー」
男の足は屋敷からややずれて、どうやら離れのようなところに向かっているらしい。
それでもかなりの豪華さだと遠目にもわかる。装飾一つもぎとって売りに出しても
それなりに儲かるだろう、とベアトリーチェは算段した。
そして、偽商人はまったく声音を変えず、明るい口調で付け足した。
「ただの暗殺者だよ」
第十八話 『ウォーネル危機一髪』
キャスト:しふみ ベアトリーチェ (ルフト)
NPC:ウォーネル=スマン 従者(イン・ソムニア) (ウィンドブルフ)
場所:ムーラン ウォーネル=スマンの屋敷
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人間には、三代欲求というものがある。
食欲、性欲、睡眠欲である。
どれも、生きていく上で必要不可欠なものだ。
ちなみに、衣食住も生きていく上で必要不可欠、と言えるのだが、それはそれ。
しかし、どれか一つの欲求のみが異様に強いと、これがたちまち身の破滅を産むこと
になる。
このウォーネル=スマンという男の場合、確実に食欲によって身を滅ぼすだろうとし
ふみは思った。
「おお……おぉお……これが噂の……」
ウォーネルは、部下によって連れてこられたしふみを見ると、ガツガツと食らうのを
やめた。
何を食っていたかというと、これまた胃のもたれそうな脂っこいものである。
油でべちょべちょになった口元と指を使用人の女に拭き取らせると、それこそ舐める
ようにしふみの体を観察する。
身長ほどもある、赤い長髪。
しなやかな体にまとった、ムーランの民族衣装がよく似合う。
むき出しの腕や腹、スリットの入ったスカートからのぞく足からは、きれいな素肌の
持ち主だということがうかがえた。
「ああ、ここからではよく見えんではないか。これ、もっと近くへ寄れ」
じれったそうに手招きをするウォーネルに、しふみは口元を手の甲で隠し、すぅっと
笑みを浮かべた。
妖艶な笑い方である。
「ほっほっほっ。豚め、そんなにわしの体が見たいのかぇ?」
あっさりと豚呼ばわりするしふみに、従者の間で緊張が走る。
とことん間抜けな成金であるウォーネルだが、堂々と豚呼ばわりされては黙っていな
いだろうと、全員が息を飲んで成り行きを見守った。
しかし、言われた本人であるウォーネルは、気分を害するどころか嬉々として、
「見たいに決まっているではないか! ああ、やはり気の強い美人は良い……」
などとうっとりしているのだから、まあ平和な話である。
「ならばお主がこちらに来るがよい。存分に見せてやろうぞ」
「そ、そうか!」
……この場に良識ある者がいたなら、卒倒しそうな話であった。
ウォーネルはじたばたと椅子の上から降りると、小さい酒樽に短い手足がついたよう
な体を一生懸命動かして、しふみの元に駆け寄った。
従者達は目を見張る。
ウォーネルが走るなどという場面は、非常に非常に珍しいのだ。
後に一部始終を見ていた従者たちの間では、奇跡的な事柄を指して「ウォーネルが走
るような話」と言うようになったとか、ならなかったとか。
「そんなに見たいかぇ。正直じゃのぉ」
しふみは息を切らせているウォーネルの顔を両手で挟むと、唇が触れるか触れないか
のところまで顔を近付け、ふふ、と短く笑った。
ウォーネルよりも背が高いので、しふみは自然とやや屈む姿勢になる。
屈む姿勢になる、ということは、胸元が強調される、ということである。
ウォーネルは黙っていた。
ひたすら沈黙を守っていた。
ただひたすら前方のみを見つめていた。
……彼は案外純情であったらしい。
いきなり、つー、と鼻血を両方の鼻の穴からたらすと、その場にバタンと倒れこん
だ。
ただし、妙に幸せそうな顔のまま。
「何じゃ。富豪というから女遊びにも手馴れておろうと思ぅておったら、これしきの
ことで気を失うのかぇ。つまらんのぉ」
しれっとした顔で、しふみは赤い髪をくるくると指に巻きつけて見下ろしている。
その様を見ていた連中は(とんでもない女が来ちゃったよ)という共通した思いを抱
いたことだろう。
「ほれ、何をしておる。そちらの主であろう、さっさと介抱いたさぬか」
「は、はいっ」
先ほど、ウォーネルの口元を拭いていた使用人の女が慌てて駆けより、大丈夫です
か、と声をかけながら流れる鼻血を拭いている。
後から、バタバタと騒がしく布を持ってきたり扇子で扇いだりと使用人が何人も出入
りを始めた。
しふみは平然とその様を観察している。
相変わらず、人差し指に赤い髪を巻きつけてもてあそびながら。
その行動を見て、人は「冷たい女」と言うだろう。
彼女にしてみれば、助ける義理がないから助けない、というだけの話である。
何の打算もなく人間に親切な狐など、いないのだ。
不意に、しふみが指の動きを止めた。
「『妹』はどこにおるのかぇ?」
キャスト:しふみ ベアトリーチェ (ルフト)
NPC:ウォーネル=スマン 従者(イン・ソムニア) (ウィンドブルフ)
場所:ムーラン ウォーネル=スマンの屋敷
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人間には、三代欲求というものがある。
食欲、性欲、睡眠欲である。
どれも、生きていく上で必要不可欠なものだ。
ちなみに、衣食住も生きていく上で必要不可欠、と言えるのだが、それはそれ。
しかし、どれか一つの欲求のみが異様に強いと、これがたちまち身の破滅を産むこと
になる。
このウォーネル=スマンという男の場合、確実に食欲によって身を滅ぼすだろうとし
ふみは思った。
「おお……おぉお……これが噂の……」
ウォーネルは、部下によって連れてこられたしふみを見ると、ガツガツと食らうのを
やめた。
何を食っていたかというと、これまた胃のもたれそうな脂っこいものである。
油でべちょべちょになった口元と指を使用人の女に拭き取らせると、それこそ舐める
ようにしふみの体を観察する。
身長ほどもある、赤い長髪。
しなやかな体にまとった、ムーランの民族衣装がよく似合う。
むき出しの腕や腹、スリットの入ったスカートからのぞく足からは、きれいな素肌の
持ち主だということがうかがえた。
「ああ、ここからではよく見えんではないか。これ、もっと近くへ寄れ」
じれったそうに手招きをするウォーネルに、しふみは口元を手の甲で隠し、すぅっと
笑みを浮かべた。
妖艶な笑い方である。
「ほっほっほっ。豚め、そんなにわしの体が見たいのかぇ?」
あっさりと豚呼ばわりするしふみに、従者の間で緊張が走る。
とことん間抜けな成金であるウォーネルだが、堂々と豚呼ばわりされては黙っていな
いだろうと、全員が息を飲んで成り行きを見守った。
しかし、言われた本人であるウォーネルは、気分を害するどころか嬉々として、
「見たいに決まっているではないか! ああ、やはり気の強い美人は良い……」
などとうっとりしているのだから、まあ平和な話である。
「ならばお主がこちらに来るがよい。存分に見せてやろうぞ」
「そ、そうか!」
……この場に良識ある者がいたなら、卒倒しそうな話であった。
ウォーネルはじたばたと椅子の上から降りると、小さい酒樽に短い手足がついたよう
な体を一生懸命動かして、しふみの元に駆け寄った。
従者達は目を見張る。
ウォーネルが走るなどという場面は、非常に非常に珍しいのだ。
後に一部始終を見ていた従者たちの間では、奇跡的な事柄を指して「ウォーネルが走
るような話」と言うようになったとか、ならなかったとか。
「そんなに見たいかぇ。正直じゃのぉ」
しふみは息を切らせているウォーネルの顔を両手で挟むと、唇が触れるか触れないか
のところまで顔を近付け、ふふ、と短く笑った。
ウォーネルよりも背が高いので、しふみは自然とやや屈む姿勢になる。
屈む姿勢になる、ということは、胸元が強調される、ということである。
ウォーネルは黙っていた。
ひたすら沈黙を守っていた。
ただひたすら前方のみを見つめていた。
……彼は案外純情であったらしい。
いきなり、つー、と鼻血を両方の鼻の穴からたらすと、その場にバタンと倒れこん
だ。
ただし、妙に幸せそうな顔のまま。
「何じゃ。富豪というから女遊びにも手馴れておろうと思ぅておったら、これしきの
ことで気を失うのかぇ。つまらんのぉ」
しれっとした顔で、しふみは赤い髪をくるくると指に巻きつけて見下ろしている。
その様を見ていた連中は(とんでもない女が来ちゃったよ)という共通した思いを抱
いたことだろう。
「ほれ、何をしておる。そちらの主であろう、さっさと介抱いたさぬか」
「は、はいっ」
先ほど、ウォーネルの口元を拭いていた使用人の女が慌てて駆けより、大丈夫です
か、と声をかけながら流れる鼻血を拭いている。
後から、バタバタと騒がしく布を持ってきたり扇子で扇いだりと使用人が何人も出入
りを始めた。
しふみは平然とその様を観察している。
相変わらず、人差し指に赤い髪を巻きつけてもてあそびながら。
その行動を見て、人は「冷たい女」と言うだろう。
彼女にしてみれば、助ける義理がないから助けない、というだけの話である。
何の打算もなく人間に親切な狐など、いないのだ。
不意に、しふみが指の動きを止めた。
「『妹』はどこにおるのかぇ?」
第十九話 『傲慢な被害者』
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・イン
場所:ムーラン→ウォーネル=スマン屋敷の裏門
――――――――――――――――
「じゃーとっととオモテナシしてもらおうじゃないの」
「誘拐されたくせに態度でけぇな、お前…」
数分で執事服に着替えたその自称暗殺者は、イン・ソムニアと名乗った。
ベアトリーチェが彼に案内された部屋は、外観から想像したとおりの
こぢんまりした部屋だった。
だがそれでも調度の質を見れば、かなりのものが揃っていることが
素人目にも明らかだ。それだけでひとまず腹の虫はおさまる。
「誘拐したからにはそれなりの待遇ってものがあるでしょ?飛行船ツアーとか、
プライベートビーチとかさぁ」
「ブッ飛ばすぞこの野郎」
台詞の内容とは裏腹に、インの表情は呆れ、疲れている。
ベアトリーチェはふかふかしすぎて体が沈むほど柔らかいベッドに腹ばいになり、
ぱたぱたと足を動かしながらさらに続けた。
「夕ごはんなにがいいかな~。このあたりの料理って、おいしいけど
バリエーションあんまりないのよねー」
「さっきも言ったが、お前は用済みなんだからな。かわゆーい15歳以上とかなら
俺も考えたんだけどなぁ」
インが半眼で頭の後ろを掻こうとして――いくらなんでも執事服では
気がひけたのか、 やおら手を下ろして腕を組む。
どうやらそういうところは地らしい。
ベアトリーチェも半眼になり、悪態をついた。
「ローリコーン」
「冗談だ馬鹿」
「にしては妙に生々しかったけど」
「リアリティ溢れる嘘のひとつでもつけねーと、暗殺者なんか勤まんねーからな」
「暴れていい?」
「やめれ」
何にしろ、この部屋まで案内してきたというからには何か彼にも
考えがあるのだろう。
危害を加えるような様子はないが、自ら暗殺者と名乗るような人間の底意など
知れたものでははない。と、インが急ににやりとした。
「まぁ、せっかくだからちょっくら商談しながら茶でも飲めよ」
「商談?」
ベアトリーチェが身を起こすと、そら来たとばかりにインが笑みを浮かべて
さっとベッドに近づいてくる。こちらの目の高さまでしゃがんで、
「乗るなら話す。ちなみに報酬はこの屋敷の備品だ。どうだ?」
「ん~、乗った!」
「よし」
ぱし、と小気味良く片手でハイタッチを交わす。
さっそく、暗殺者が用意していたかのような口調で喋りだした。
「まず言っておくが、俺の目的はウォーネルの暗殺だ」
「あ、やっぱそうなんだ。なんで?不細工だから?」
さらりと言った軽口に、インの肩がコケる。
「なんでだ。――まぁ、怨恨てやつだ。女は狩る、骨董品は奪うでいろんなとこから
恨みを買ってる。もちろん何回か逮捕されてるが、その度に莫大な保釈金を払って
お咎めなしってもんだ。それで俺に依頼が来たわけさ」
「お宝はともかく、あんただって誘拐の片棒担いでたくせに」
「言うな、それは」
うめいてから、しゃがんだまま備え付けのドレッサー用の椅子を
片手で引き寄せて座る。で?と、いくぶん視線を高めにして
ベアトリーチェが促した。
「あたしは何をすればいいわけ?」
彼はひとつうなずいて、懐から四つに折られた一枚の紙を取り出した。
自分でざっとそれを確認するように目を走らせてから、手渡してくる。
「ここに書いてある物品を探しといてくれ。この屋敷の中に必ずあるはずだ」
「螺鈿の時計、琥珀の杖、紫檀のマンドリン…なにこれ」
折り目を伸ばして見れば、ずらずらと物品の――字面を見る限りでは
どれも高価そうな――名前が書かれている。数えてはいないが、
少なくとも10は超えている。
それぞれには細かく特徴が書き込まれており、銘があるものも少なくない。
「さっき言った、ウォーネルが奪った骨董品さ。ほとんどの依頼人は諦めたが、
何人かは諦めが悪い奴もいるようだな」
インが肩をすくめる。ベアトリーチェは彼に顔を向けたまま、ごろりと
仰向けになった。景色が完全に逆さまになる。
「なに、暗殺だけじゃないの?あんたの仕事」
「ま、そういうこった」
「ふーん…ていうか、そんな執事になるくらいだったらあんたなんで
今までやらなかったのよ?」
「膨大なんだよ、数が。3年かけてやっとそれだけになったのさ」
ため息と共に吐かれたそのセリフを聞いて、思わず顔をしかめる。
再度紙に目をやり、一言。
「めんどくさーい」
「やれよちゃんと」
しっかり釘を刺してくる。答える代わりにまたうつぶせになり、今度は
身を起こして乱れた髪を直して、背に跳ね上げた。
「はぁーい」
「じゃ、俺はいったんあの服を着たブタに報告してくる。ところであの
『姉さま』とやらは…?」
「あぁ、あれ違うから。仲間仲間」
ベアトリーチェが言うと、インは特に驚くそぶりも見せなかった。
おそらく予想はしていたのだろう。
「てことは、あの女もハンターか?」
「知らなーい」
「なんだそりゃ…まぁ、適当に伝えとくわ」
気のないインの言葉を最後にばたん、とドアが閉じて。
数秒だけ沈黙が落ちる。
「…さーて、と」
去ってゆく足音を聞いてから、ぴょんとベッドから飛び降りる。
大きく伸びをして、ドレッサーに映った自分に向けてにやりと笑って
みせる。
「お仕事、開始!」
刹那――
鏡に映った窓の外を、黒い大きな鳥影が横切った。
キャスト:ルフト・しふみ・ベアトリーチェ
NPC:ウィンドブルフ・ウォーネル=スマン・イン
場所:ムーラン→ウォーネル=スマン屋敷の裏門
――――――――――――――――
「じゃーとっととオモテナシしてもらおうじゃないの」
「誘拐されたくせに態度でけぇな、お前…」
数分で執事服に着替えたその自称暗殺者は、イン・ソムニアと名乗った。
ベアトリーチェが彼に案内された部屋は、外観から想像したとおりの
こぢんまりした部屋だった。
だがそれでも調度の質を見れば、かなりのものが揃っていることが
素人目にも明らかだ。それだけでひとまず腹の虫はおさまる。
「誘拐したからにはそれなりの待遇ってものがあるでしょ?飛行船ツアーとか、
プライベートビーチとかさぁ」
「ブッ飛ばすぞこの野郎」
台詞の内容とは裏腹に、インの表情は呆れ、疲れている。
ベアトリーチェはふかふかしすぎて体が沈むほど柔らかいベッドに腹ばいになり、
ぱたぱたと足を動かしながらさらに続けた。
「夕ごはんなにがいいかな~。このあたりの料理って、おいしいけど
バリエーションあんまりないのよねー」
「さっきも言ったが、お前は用済みなんだからな。かわゆーい15歳以上とかなら
俺も考えたんだけどなぁ」
インが半眼で頭の後ろを掻こうとして――いくらなんでも執事服では
気がひけたのか、 やおら手を下ろして腕を組む。
どうやらそういうところは地らしい。
ベアトリーチェも半眼になり、悪態をついた。
「ローリコーン」
「冗談だ馬鹿」
「にしては妙に生々しかったけど」
「リアリティ溢れる嘘のひとつでもつけねーと、暗殺者なんか勤まんねーからな」
「暴れていい?」
「やめれ」
何にしろ、この部屋まで案内してきたというからには何か彼にも
考えがあるのだろう。
危害を加えるような様子はないが、自ら暗殺者と名乗るような人間の底意など
知れたものでははない。と、インが急ににやりとした。
「まぁ、せっかくだからちょっくら商談しながら茶でも飲めよ」
「商談?」
ベアトリーチェが身を起こすと、そら来たとばかりにインが笑みを浮かべて
さっとベッドに近づいてくる。こちらの目の高さまでしゃがんで、
「乗るなら話す。ちなみに報酬はこの屋敷の備品だ。どうだ?」
「ん~、乗った!」
「よし」
ぱし、と小気味良く片手でハイタッチを交わす。
さっそく、暗殺者が用意していたかのような口調で喋りだした。
「まず言っておくが、俺の目的はウォーネルの暗殺だ」
「あ、やっぱそうなんだ。なんで?不細工だから?」
さらりと言った軽口に、インの肩がコケる。
「なんでだ。――まぁ、怨恨てやつだ。女は狩る、骨董品は奪うでいろんなとこから
恨みを買ってる。もちろん何回か逮捕されてるが、その度に莫大な保釈金を払って
お咎めなしってもんだ。それで俺に依頼が来たわけさ」
「お宝はともかく、あんただって誘拐の片棒担いでたくせに」
「言うな、それは」
うめいてから、しゃがんだまま備え付けのドレッサー用の椅子を
片手で引き寄せて座る。で?と、いくぶん視線を高めにして
ベアトリーチェが促した。
「あたしは何をすればいいわけ?」
彼はひとつうなずいて、懐から四つに折られた一枚の紙を取り出した。
自分でざっとそれを確認するように目を走らせてから、手渡してくる。
「ここに書いてある物品を探しといてくれ。この屋敷の中に必ずあるはずだ」
「螺鈿の時計、琥珀の杖、紫檀のマンドリン…なにこれ」
折り目を伸ばして見れば、ずらずらと物品の――字面を見る限りでは
どれも高価そうな――名前が書かれている。数えてはいないが、
少なくとも10は超えている。
それぞれには細かく特徴が書き込まれており、銘があるものも少なくない。
「さっき言った、ウォーネルが奪った骨董品さ。ほとんどの依頼人は諦めたが、
何人かは諦めが悪い奴もいるようだな」
インが肩をすくめる。ベアトリーチェは彼に顔を向けたまま、ごろりと
仰向けになった。景色が完全に逆さまになる。
「なに、暗殺だけじゃないの?あんたの仕事」
「ま、そういうこった」
「ふーん…ていうか、そんな執事になるくらいだったらあんたなんで
今までやらなかったのよ?」
「膨大なんだよ、数が。3年かけてやっとそれだけになったのさ」
ため息と共に吐かれたそのセリフを聞いて、思わず顔をしかめる。
再度紙に目をやり、一言。
「めんどくさーい」
「やれよちゃんと」
しっかり釘を刺してくる。答える代わりにまたうつぶせになり、今度は
身を起こして乱れた髪を直して、背に跳ね上げた。
「はぁーい」
「じゃ、俺はいったんあの服を着たブタに報告してくる。ところであの
『姉さま』とやらは…?」
「あぁ、あれ違うから。仲間仲間」
ベアトリーチェが言うと、インは特に驚くそぶりも見せなかった。
おそらく予想はしていたのだろう。
「てことは、あの女もハンターか?」
「知らなーい」
「なんだそりゃ…まぁ、適当に伝えとくわ」
気のないインの言葉を最後にばたん、とドアが閉じて。
数秒だけ沈黙が落ちる。
「…さーて、と」
去ってゆく足音を聞いてから、ぴょんとベッドから飛び降りる。
大きく伸びをして、ドレッサーに映った自分に向けてにやりと笑って
みせる。
「お仕事、開始!」
刹那――
鏡に映った窓の外を、黒い大きな鳥影が横切った。