第十八話 『ウォーネル危機一髪』
キャスト:しふみ ベアトリーチェ (ルフト)
NPC:ウォーネル=スマン 従者(イン・ソムニア) (ウィンドブルフ)
場所:ムーラン ウォーネル=スマンの屋敷
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人間には、三代欲求というものがある。
食欲、性欲、睡眠欲である。
どれも、生きていく上で必要不可欠なものだ。
ちなみに、衣食住も生きていく上で必要不可欠、と言えるのだが、それはそれ。
しかし、どれか一つの欲求のみが異様に強いと、これがたちまち身の破滅を産むこと
になる。
このウォーネル=スマンという男の場合、確実に食欲によって身を滅ぼすだろうとし
ふみは思った。
「おお……おぉお……これが噂の……」
ウォーネルは、部下によって連れてこられたしふみを見ると、ガツガツと食らうのを
やめた。
何を食っていたかというと、これまた胃のもたれそうな脂っこいものである。
油でべちょべちょになった口元と指を使用人の女に拭き取らせると、それこそ舐める
ようにしふみの体を観察する。
身長ほどもある、赤い長髪。
しなやかな体にまとった、ムーランの民族衣装がよく似合う。
むき出しの腕や腹、スリットの入ったスカートからのぞく足からは、きれいな素肌の
持ち主だということがうかがえた。
「ああ、ここからではよく見えんではないか。これ、もっと近くへ寄れ」
じれったそうに手招きをするウォーネルに、しふみは口元を手の甲で隠し、すぅっと
笑みを浮かべた。
妖艶な笑い方である。
「ほっほっほっ。豚め、そんなにわしの体が見たいのかぇ?」
あっさりと豚呼ばわりするしふみに、従者の間で緊張が走る。
とことん間抜けな成金であるウォーネルだが、堂々と豚呼ばわりされては黙っていな
いだろうと、全員が息を飲んで成り行きを見守った。
しかし、言われた本人であるウォーネルは、気分を害するどころか嬉々として、
「見たいに決まっているではないか! ああ、やはり気の強い美人は良い……」
などとうっとりしているのだから、まあ平和な話である。
「ならばお主がこちらに来るがよい。存分に見せてやろうぞ」
「そ、そうか!」
……この場に良識ある者がいたなら、卒倒しそうな話であった。
ウォーネルはじたばたと椅子の上から降りると、小さい酒樽に短い手足がついたよう
な体を一生懸命動かして、しふみの元に駆け寄った。
従者達は目を見張る。
ウォーネルが走るなどという場面は、非常に非常に珍しいのだ。
後に一部始終を見ていた従者たちの間では、奇跡的な事柄を指して「ウォーネルが走
るような話」と言うようになったとか、ならなかったとか。
「そんなに見たいかぇ。正直じゃのぉ」
しふみは息を切らせているウォーネルの顔を両手で挟むと、唇が触れるか触れないか
のところまで顔を近付け、ふふ、と短く笑った。
ウォーネルよりも背が高いので、しふみは自然とやや屈む姿勢になる。
屈む姿勢になる、ということは、胸元が強調される、ということである。
ウォーネルは黙っていた。
ひたすら沈黙を守っていた。
ただひたすら前方のみを見つめていた。
……彼は案外純情であったらしい。
いきなり、つー、と鼻血を両方の鼻の穴からたらすと、その場にバタンと倒れこん
だ。
ただし、妙に幸せそうな顔のまま。
「何じゃ。富豪というから女遊びにも手馴れておろうと思ぅておったら、これしきの
ことで気を失うのかぇ。つまらんのぉ」
しれっとした顔で、しふみは赤い髪をくるくると指に巻きつけて見下ろしている。
その様を見ていた連中は(とんでもない女が来ちゃったよ)という共通した思いを抱
いたことだろう。
「ほれ、何をしておる。そちらの主であろう、さっさと介抱いたさぬか」
「は、はいっ」
先ほど、ウォーネルの口元を拭いていた使用人の女が慌てて駆けより、大丈夫です
か、と声をかけながら流れる鼻血を拭いている。
後から、バタバタと騒がしく布を持ってきたり扇子で扇いだりと使用人が何人も出入
りを始めた。
しふみは平然とその様を観察している。
相変わらず、人差し指に赤い髪を巻きつけてもてあそびながら。
その行動を見て、人は「冷たい女」と言うだろう。
彼女にしてみれば、助ける義理がないから助けない、というだけの話である。
何の打算もなく人間に親切な狐など、いないのだ。
不意に、しふみが指の動きを止めた。
「『妹』はどこにおるのかぇ?」
キャスト:しふみ ベアトリーチェ (ルフト)
NPC:ウォーネル=スマン 従者(イン・ソムニア) (ウィンドブルフ)
場所:ムーラン ウォーネル=スマンの屋敷
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人間には、三代欲求というものがある。
食欲、性欲、睡眠欲である。
どれも、生きていく上で必要不可欠なものだ。
ちなみに、衣食住も生きていく上で必要不可欠、と言えるのだが、それはそれ。
しかし、どれか一つの欲求のみが異様に強いと、これがたちまち身の破滅を産むこと
になる。
このウォーネル=スマンという男の場合、確実に食欲によって身を滅ぼすだろうとし
ふみは思った。
「おお……おぉお……これが噂の……」
ウォーネルは、部下によって連れてこられたしふみを見ると、ガツガツと食らうのを
やめた。
何を食っていたかというと、これまた胃のもたれそうな脂っこいものである。
油でべちょべちょになった口元と指を使用人の女に拭き取らせると、それこそ舐める
ようにしふみの体を観察する。
身長ほどもある、赤い長髪。
しなやかな体にまとった、ムーランの民族衣装がよく似合う。
むき出しの腕や腹、スリットの入ったスカートからのぞく足からは、きれいな素肌の
持ち主だということがうかがえた。
「ああ、ここからではよく見えんではないか。これ、もっと近くへ寄れ」
じれったそうに手招きをするウォーネルに、しふみは口元を手の甲で隠し、すぅっと
笑みを浮かべた。
妖艶な笑い方である。
「ほっほっほっ。豚め、そんなにわしの体が見たいのかぇ?」
あっさりと豚呼ばわりするしふみに、従者の間で緊張が走る。
とことん間抜けな成金であるウォーネルだが、堂々と豚呼ばわりされては黙っていな
いだろうと、全員が息を飲んで成り行きを見守った。
しかし、言われた本人であるウォーネルは、気分を害するどころか嬉々として、
「見たいに決まっているではないか! ああ、やはり気の強い美人は良い……」
などとうっとりしているのだから、まあ平和な話である。
「ならばお主がこちらに来るがよい。存分に見せてやろうぞ」
「そ、そうか!」
……この場に良識ある者がいたなら、卒倒しそうな話であった。
ウォーネルはじたばたと椅子の上から降りると、小さい酒樽に短い手足がついたよう
な体を一生懸命動かして、しふみの元に駆け寄った。
従者達は目を見張る。
ウォーネルが走るなどという場面は、非常に非常に珍しいのだ。
後に一部始終を見ていた従者たちの間では、奇跡的な事柄を指して「ウォーネルが走
るような話」と言うようになったとか、ならなかったとか。
「そんなに見たいかぇ。正直じゃのぉ」
しふみは息を切らせているウォーネルの顔を両手で挟むと、唇が触れるか触れないか
のところまで顔を近付け、ふふ、と短く笑った。
ウォーネルよりも背が高いので、しふみは自然とやや屈む姿勢になる。
屈む姿勢になる、ということは、胸元が強調される、ということである。
ウォーネルは黙っていた。
ひたすら沈黙を守っていた。
ただひたすら前方のみを見つめていた。
……彼は案外純情であったらしい。
いきなり、つー、と鼻血を両方の鼻の穴からたらすと、その場にバタンと倒れこん
だ。
ただし、妙に幸せそうな顔のまま。
「何じゃ。富豪というから女遊びにも手馴れておろうと思ぅておったら、これしきの
ことで気を失うのかぇ。つまらんのぉ」
しれっとした顔で、しふみは赤い髪をくるくると指に巻きつけて見下ろしている。
その様を見ていた連中は(とんでもない女が来ちゃったよ)という共通した思いを抱
いたことだろう。
「ほれ、何をしておる。そちらの主であろう、さっさと介抱いたさぬか」
「は、はいっ」
先ほど、ウォーネルの口元を拭いていた使用人の女が慌てて駆けより、大丈夫です
か、と声をかけながら流れる鼻血を拭いている。
後から、バタバタと騒がしく布を持ってきたり扇子で扇いだりと使用人が何人も出入
りを始めた。
しふみは平然とその様を観察している。
相変わらず、人差し指に赤い髪を巻きつけてもてあそびながら。
その行動を見て、人は「冷たい女」と言うだろう。
彼女にしてみれば、助ける義理がないから助けない、というだけの話である。
何の打算もなく人間に親切な狐など、いないのだ。
不意に、しふみが指の動きを止めた。
「『妹』はどこにおるのかぇ?」
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