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2024/05/16 12:35 |
シベルファミト 05/ベアトリーチェ(熊猫)
第五話 『蛇と狩人』

キャスト:ルフト・ベアトリーチェ・(しふみ)
NPC:ブルフ・変態
場所:ゾミン
――――――――――――――――

そこに漂っているのが腐臭とはいえ、誰もいない街並みを疾駆するのは
爽快とさえ言えた。

月は出ているが、雲を被っており光は弱い。

風を孕むスカートの裾が翻る。ただし走る速さは全速ではない。
相手は借りにも賞金首である。下手に足音を響かせるのは得策ではないし、
向こうの陣地に全力で侵入するのもぞっとしない。警戒して足りないという事はない。


角を曲がると、しかしそこには誰もいなかった。
生きているものは。

「酷い…」

腕で鼻を覆う。ベアトリーチェは顔をしかめて夜陰にさらされた肉塊を見下ろした。
後ろからルフトがやってくる。嗅覚が鋭敏な彼にとって、この腐臭はもはや
痛覚に値するほどつらいものとなっているだろう。

「子供、ですね」

くぐもった声でルフトが言う。棍の上にとまっているブルフがそっぽを向いた。

「ブルフ、そのへんの夜警に報告して。あたしは追うから」
「…おうよ」

それはルフトが武器をひとつ失うという事だが、この中でもっとも移動能力が高いのは

ブルフである。喋る鳥に通報されて夜警が動くかどうかは微妙であったが、
この際仕方がない。

「ルフト、腐臭で犯人を追うことってできないかしら」
「やってみます」

ルフトはひとつうなずいて、頭巾を取る。生ぬるい闇の中に鼻を突き出して、
しばし沈黙が空隙を埋める。

「こっち・・・ですね。ちょうど風上にいるようです」

彼が指差したのは、ちょうど隠れた月の真下である。
砂色の土壁に囲まれ入り組んだ路地が展開しており、
まぁ殺人犯が逃げ込むにはちょうどいいと言ったようなところか。

「歩くわ。うんと離れてきて」
「…でも、犯人はこれだけ目立つことをしたのだから、今日はもう
行動を起こさないのでは?」

ルフトの疑問の声に、ベアトリーチェは歩きかけた足はそのままで振り返った。

「蛇っていうのはね」
「え?」

ほうけたようなルフトの顔を見て笑う。

「目の前に動いている獲物がいると、今まさに口の中に獲物が入っていても
そいつを吐き出してまで新しいのを狩ろうとするの」

グランパの言葉よ、と付け加えてやると、そこでようやくルフトが苦笑した。

・・・★・・・

夜の空気は真夜中へと向けて濃くなっていく一方だ。

街頭がいくつか切れている。点燈守は巡回をやめているのか。
わざと足音をたてて歩いているから、狙うものがいるとすればもうとっくに
ベアトリーチェの存在に気がついているだろう。

ふと、前方の横手から、一人の男が現れた。

「今晩は、 お嬢さん。どうしたんだこんな時間に?」

まるで今しがたまで台本を読んで練習してきたかのように慣れた口調で、
男は柔和な笑みを浮かべつつ、ランプを片手に挨拶してきた。

相手は意外と歳を食っている。単に服の趣味かもしれないが。

「今晩は」

ベアトリーチェ落ち着いて答えた。

「親戚のおば様の所までお使いに来たの。だけどちょっと迷ってしまって…」
「送ってあげようか」


(ガキでも判る罠だわね。乗るの?ベア)

自問してから、答えるのはそう時間はかからなかった。


「えぇ。だけどおじ様は、どうしてこんな時間にここにいるの?」

歩き始める。全く問題ないというふうに相手もついてきた。

「許可をもらっているからね。意外にそういう人はたくさんいるんだよ。
 ――知っているかい?このあたりには殺人犯がうろついているんだ」
「あら、怖い。でもおじ様がいれば大丈夫よね?」

男は笑うだけで答えない。

「おい!」

と、今度は通りの向こうから灯りが近づいてきた。人影はこちらに近づいてくると、
一瞬とがめるような顔をして男を見た――

「なんだ。ハロルドさんですか」

相手は夜警だった。今横にいる男に比べればまだ若いが、そう美男でもない。

「やぁ、ボーガン『先生』?」
「――やめてくださいよ。あれはただの趣味なんですから…そちらのお嬢さんは?
お孫さんですか?」

意味のわからない会話のあと、夜警がきょとんとこちらに目を留める。
ベアトリーチェはにっこり笑ってやった。
それを見て、男がいやいやと手を振って答える。

「違うよ。どうやら迷子になってしまったようなのでね。案内しているのさ」
「困るなぁ、最近は危ないってのに」
「じゃあ、君が送ってやったらどうだろう」
(――え?)

思わず笑みを消して男を見る。



犯人はこの男じゃ、ない?



「わかりました。ハロルドさんも十分お気をつけて」
「ありがとう。ではおやすみ。お嬢さん、またね」
「…」

夜警と2人きりにされて、ベアトリーチェは混乱していた。

「さ、行こうか」

促されて、ようやく相手を観察する。
猿めいた長い手足。猫背で、押しつぶされたような平べったい顔つき。
一見温和とも映る鈍重さが、不気味なものに見える。

(まさか)
「ね、ねぇ」
「なんだい?」

いつの間にかしっかり手をつながれている。夜警の装備は警棒のはずだが、
ベルトにはなぜか刃物の鞘が見える。

「おまわりさんは、なぜ『先生』なの?」
「学生の頃から植物にちょっと興味があってね。たまに薬草なんかも作っているのさ。

 それを見て、勝手に皆が僕をそう呼ぶんだよ」

とっさに後ろを見る。しかし誰もいない。



夜警の手が、強くベアトリーチェの掌を締めた。
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2007/02/12 20:48 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
シベルファミト 06/しふみ(周防松)
第六話 「夜の街へ」

PC:しふみ (ルフト ベアトリーチェ)
場所:ゾミン
NPC:ハロルド 夜警の人

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夜警の詰め所、というものがある。
仮眠を取る部屋と、話し合いをするためのテーブルが置かれた部屋がある程度のもの
で、たいした規模ではない。
そのうえ、夜警するのが男ばかりだからなのか、室内は床といわずテーブルといわ
ず、雑然と物が積まれた有り様である。
掃除当番が組まれるのも、そう遠い日のことではなかろう。

ベアトリーチェをボーガンに任せたハロルドは、詰め所に戻る道を歩いていた。
夜回りを交代する時間が来ていたためである。
これから詰め所に戻り、交代の人間に報告をして引き継がせたら、あとは家に戻るだ
け。
早いところ柔らかいベッドに潜りこみてぇな、と思いつつ、彼は詰め所のドアを開け
た。

ドアを開けたところで、ハロルドは固まった。
夜警の人数は、さほど多くない。
そのため、全員が全員に面識がある。
いつもなら、知っている顔がいるだけの詰め所に、今日は見知らぬ人間がいた。
赤い髪に、妙な衣服を着た若い女である。
妙な衣服、というのは白い着物に赤い袴のことなのだが……そんな衣服を見たことが
ない彼にとっては、やはり『妙な衣服』である。

――まさか、新入りだろうか? しかし、そんな話は聞いていない。

「何だ、新入りか?」
ハロルドは、疑問を口にした。
その声に、女がくるりとこちらを向いた。

しふみである。

「ああ、この女性ですか。今夜、泊まるところが見つからないそうなんで、連れてき
ました」
夜警の連中の中で一番年若い、のほほんとした男が答える。
この男ののほほんぶりは相当なもので、夜警としての適性を疑うこともあるが、やる
時にはきっちりとやるタイプなので、それなりに信用のおける人間である。
こいつが、これからハロルドと交代して夜回りに行くことになっていた。
「泊まるところが見つからないって……まさか、全部の宿屋が満室だったのか?」
「あいにく、路銀が底をついてしもうたのじゃ。野宿でもと思ぅておったが、危険だ
からと諭されての。おかげさまで、今夜は屋根のあるところで寝かせていただける。
ありがたいことじゃ」
そう言うと、しふみはまた元の方向に向き直った。
パチン、と固いものを置く音がする。
「あっ、そんなっ」
若い男が小さく声を上げる。
「ほほほ、詰めが甘いのぉ」
しふみはコロコロと笑っている。
何事か、と思ってよく見れば、二人はオセロに興じていた。
お前らな……とハロルドは呆れた視線を向けるが、まったく気にする素振りはない。
ちなみに、若い男の方が黒い石、しふみの方が白い石を使っている。
今のところ、白い石の方が若干多く並べられている。

「ほら、交代の時間だぞ。いつまでも遊んでいるんじゃない」
放っておくといつまでもオセロで遊んでいそうなので、ハロルドは背中を叩いて行動
を促した。
若い男は不満そうに顔を上げた。
「まだ勝負ついてないんですよぉ」
「後でやれ、後で!」
「はーい……」
しぶしぶ、若い男は立ちあがり、ランプの用意を始めた。
一方のしふみは、オセロの片づけを始める。
相手がいなくなるとわかれば、並べていても意味がない。

「今のところは特に異常はないんだが……ああ、ついさっき、赤い髪の女の子が一人
で歩いていたな」
ハロルドの報告に、若い男は思わず眉をひそめる。
「ええっ、もしかして、ほったらかして帰ってきたんじゃないでしょうね?」
「阿呆っ、ちゃんと別の夜警の奴に任せてきたんだ。心配ない」
「別の奴って?」
「ボーガン先生だよ」
「ああ」
若い男は、納得したようにうなづき、用意の終わったランプを手に取った。

「聞きそびれておったが、何故ここはそれほど夜が危険なのじゃ? 他の街でも大概
は夜は出歩かぬ方が安全じゃが、ここは特別ではないかぇ?」

しふみの投げかけた質問に、若い男とハロルドは少し渋い顔をして顔を見合わせた。

「……どうします?」
「……うぅむ……教えておいた方が良いかもしれんな。知らずにうろついて、やっか
いなことに巻きこまれでもしたら、ことだぞ」
ハロルドの言葉に頷き、若い男はしふみの方に向き直ると、口を開いた。

「今ね、少女ばかりを狙った殺人事件が多発してるんです」
先ほどまでののほほんとした様子とは違い、真剣な目つきである。
「おやおや。犯人はまだ捕まらぬのかぇ?」
聞いているしふみは、箱に入れた白い石と黒い石の数を数えていた。
人の話を聞く態度として、あんまりな態度である。
「……あんまり大きな声で言えないんですけどね、まだです。危険だからって呼びか

て、夜は出歩かないようにしてもらってるんですけどね、なかなかそうもいかなく
て」
「急用で、どうしても夜に外を歩かねばならぬこともあるからの」
数を確認し、しふみはフタをしてオセロ盤の上に石の入った箱を置いた。

「そういうことなので、今夜はここから出ないでください」
それじゃ、と顔をひきしめ、若い男は詰め所から出ていった。

しふみは返事をしない。
顎に手をかけたまま、じっと何かを考えている様子である。

(赤い髪の小娘、とな……)

カタン、と椅子を揺らし、しふみが立ちあがる。
そのままスタスタと外へと向かうのだから、これにはハロルドが慌てた。
「おいっ、話を聞いていなかったのか?」
腕を捕まれ、しふみはゆらりとハロルドを見た。

「ご不浄に行くのじゃ。あとは休ませていただくゆえ、放っておいてもかまわぬぞ」
「……ご不浄……?」
聞きなれない言葉に、ハロルドは目を白黒させる。

「こちらでは、トイレ、というのであったな」

途端、ハロルドは顔を赤くし、黙って手を離した。
ふふん、と含み笑いを残し、しふみは外へ出る。

……その足は、トイレなどではなく通りの方へと向いていた。

2007/02/12 20:48 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
シベルファミト 07/ルフト(魅流)
第七話『へたれヒロイックサーガ』


PC:しふみ、ベアトリーチェ、ルフト
NPC:殺人鬼ナイトストール
場所:ゾミン市街地 夜
--------------------------------------------------------------------------------
――そろそろですかね。

 風に乗って聞こえてくる会話が剣呑な色を帯びてくるのを確認して、ルフトは身を潜めていた場所から全力でジャンプした。邪魔になるターバンは脱いでしまっておいたおかげで、夜風が顔を撫でるのを感じる。青白い光を浴びる道の真ん中に、良く見知った少女の姿と、一人の男の姿があるのを視界に捉え、左手に持つ棒を振りかぶる。男がこちらに気づいた。
――かまうものですか。
 心の内で呟いて、慌てて飛びのく男がいたところを棒が薙ぎ払った。

「いきなり、何をするんだね!」

「殺人鬼、ナイトストール。アンタを狩るわ」

 ソウルシューターを受け取って前にでたベアが、宣告した。ドレスを着た少女が言うにはあまりにも不釣合いな事この上ないセリフだが、不思議と違和感は感じられない。それを言うのに相応しいだけの風格を、ベアトリーチェは間違いなく備えていた。

「くっ、ははははは」

 殺人鬼が哄笑を上げる。

「そうか、ヤケに不自然だと思っていたらハンターだったのか。まったく、まさか賞金を懸けられた事がこんな風に作用するとはな」

 その口調はピンチを招いた事による怨嗟というよりは、むしろ感謝を感じさせる。口調も態度も、余裕に満ちていた。

「抵抗しても無駄ですよ」

 棒を構えながら降伏勧告を口にする。
 しかし当然と言うべきだろうか、殺人鬼がそれを素直に聞き入れる様子はない。それどころか、不敵な笑みを浮かべ言葉を返しすらした。

「その顔、お前は獣人というやつだろう。さぞかし臭いには敏感なのだろうな?」

 意図を察しかねたルフトが思わず動きを止める。対して、ボーガンの動きは俊敏だった。腰の袋から何かを一つまみ取り出し、投げる。黄色い粉塵がルフトの鼻先を舞った。

「ブルフ、風……を?」

 とっさに風の術で吹き飛ばそうとするが、肝心のブルフの反応がない。致命的に手遅れになっているのを思考の隅で理解しながら何故ブルフの反応がないのかを考え、ぽんと手を打った。

 ――そういえば、さっき自警団員を探してどこかに行きましたね。……鳥目の癖に。

 ばら撒かれた黄色い粉は呼吸に乗ってルフトの体内に侵入し、着実にその体と思考を蝕んで行く。

 ――どうでもいいですけど、嗅覚はあまり関係ないですよね……これ。

 そこまで考えたところで抵抗も限界に達し、ルフトは体を蝕むそれ――つまり、いわゆる睡魔――に思考を明け渡した。
 手足から力が抜け、ばったりと地面に倒れる。くーかーという幸せそうな寝息が聞こえてくるまで数秒も掛からない辺りに根性のなさが伺えた。

「何やってんのよ、この犬は……」

 ベアの呆れを多分に含んだ呟きが、夜風に流れていく……



 ――同時刻、ヴィンドブルフ――

「あいたたたた」

 勇んで飛び出したはいいが、自分が夜目がまったく効かない事をうっかり忘れていたブルフは、いきなり街灯に突撃して目を回していた。
 起き上がって、あまりの痛さに思わず羽根で頭を押さえる。さすがにコブができるほど高性能ではないので、本当にただ意味もなく押さえただけなのだが。

「ほぅ、喋る上に動作も人間のような鳥じゃのぅ」

 頭上から降ってきた声に驚いて、ブルフは空を見上げた。街灯からの光を背にして、こちらを覗きこんでいる人影がある。

「あ、あんた自警団の人か?」

「いいや、違うぞぇ」

 聞いた事のない口調で喋るその人物は、どうやら声の感じからして女性だなとブルフはあたりをつけた。とりあえず、危険な事だけでも伝えておいた方がいいだろうか。

「今な、この街には殺人鬼がいるんだ。で、それが出たって事を俺は自警団に伝えに行きたいんだけどよ、とりあえずおじょーさんはどっか安全なトコに避難した方がいいと思うぜ?」

 喋る鳥が言う事を信用するかなー、とか不安な要素は多々あったが、とりあえず動かない事には話が進まない。だからブルフは自分が持っている情報をさっさと教えてしまう事にした。そろそろ頭痛も治まってきたし、今度こそ自警団を見つけにいかなくては。

「ほうほう、それでその殺人鬼とやらはどっちの方にでたのかの?」

 あぁ、確かにどちらにいるのか教えないと逃げようがないものな。そう思って、ブルフは自分が飛んできたと思われる方向(実はちょっと曖昧なのだが)を羽根で指した。が、それを見た女性の行動はブルフの予想とは180度違うものだった。

「お、おい!だからそっちには殺人鬼がいるんだって!」

 あろうことか、その女性はまっすぐ指し示された方向へとすたすた歩き始めてしまったのだ。慌てて後を追いかけるが、いくら言っても女性が思いとどまる様子を見せる事はなかった。

 ブルフはだま知らない。自分が、自警団なんかよりも遥かに頼りになる切り札を引き当てたという事を。


2007/02/12 20:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
シベルファミト 08/ベアトリーチェ(熊猫)
第八話 『手負いの獣』

キャスト:ルフト・ベアトリーチェ・(しふみ)
NPC:ブルフ・ボーガン
場所:ゾミン市街地
――――――――――――――――
速攻で役に立たなくなった仲間を見下ろして、彼女が最初にした事といえば
完全なる裏切りだった。

「やーね。この街ってばロクなもん出ないんだわ」
「明らかに君の仲間だったろう」
「ハッ。そんなわけないでしょこんな馬鹿」

かるく両の掌を返して、肩をすくめる。夜警――ボーガンというらしい――は、
にこりともせずその軽口を流し、さっと腰から刃物を引き抜いた。

片刃の、鍔のないナイフ――というか、包丁だった。どこにでも売っている、
なんの変哲もない包丁である。今まで幾人ものハンターや幼子を屠ってきたに
しては、唐突でしかも洒落っけのない得物といえた。

思わず失笑して、ベアトリーチェは上目使いで殺人鬼を見た。

「あたしはシチューの具材ってわけ?」
「…芸術品の材料だよ」

脂で曇った刃に目を落としながら、ぼそりと夜警が呟く。

「材料?」

ため息をつく。武器を手にしたまま、腰に手を置いて半眼になる。
いいかげん軽口を叩くのも面倒になってきた。

「心外だわね。既にあたしは完成されてるってのに」

そして相手も、そろそろ限界のようだった。
違う意味ではとっくに越えてはいけない所は越えてしまっているが。
ボーガンは猫背気味のまま、顔だけこちらに向けてだらりと
包丁を持った手を落とした。


それは構えとは到底思えなかった――が。


だん、だん、と足音をたてていきなりボーガンが迫ってきた。
まるで跳ねるような動作である。
一見遅いようにも見えるが、歩幅が意外に広く、彼女との距離はあっというまに
縮まってゆく。

ベアトリーチェは舌打ちをしながら、ソウルシューターの末尾に手を突っ込んだ。
後ろにそのまま跳んで、手首をひねると、鍵が開くような確かな手ごたえと
鉤爪の重みが腕に伝わった。

ついでになにか、やわらかいものを踏む。きゃん、と犬の声が
したような気がするが、 あくまで気のせいだと彼女はとりあわなかった。

ボーガンの走りは止まらない。
骨が入っていないのではないか、と誤解しそうなほど腕が揺れている。
ベアトリーチェは足を止めて、鉤爪を盾にするように目の高さで構えると、
爪ごしに包丁の刃先を見る。

そこを絡めとって一撃加えれば十分だろう。
確かに奇抜で読みにくい動きをしているが、 なんといっても相手の武器は
戦闘用ではない。落ち着いて立ち回ればそれほど怖い相手ではないはずだ。

ボーガンがようやく足を止めた。力を溜めるように膝を折り、跳躍する。
俊敏に包丁を持った手が構えをとる。変な角度がついた刃先は
どこを狙っているのかわからない。
だが見失うわけにはいかず、ベアトリーチェはぎりぎりまで照準を絞って
落ちてくる男の気配と鋭い銀を待ち、タイミングをはかった。

そして。

「なっ――!」

不意にボーガンが包丁を投げた。迂闊にもそれを鉤爪で打ち払ってしまう。
失策に気づいたのはやってしまった後だった。

がらあきになった利き手にするり、と男の手が絡みつく。
まるで水からあがったばかりの藻のような生ぬるさである。

(折られる!)

警戒に従い、彼女は即座に身体を大きく捻った。
しかし腕は離れない。ボーガンの手が自分の右腕を持ったまま、簡単に翻る。
ソウルシューターの柄と持った左手が抗うように動き、そして。

かすかな音をいくつかたてて、2人は離れた。

「…ハンターというのは嘘ではないんだね」

ボーガンの右腕には一本のナイフが突き立っていた。
ソウルシューターに仕込まれたものである。片手で仕掛けを作動させ、
ナイフを取り出して突き刺したのだ。
見る限りでは重傷ではない。しかし出血がひどく、夜の石畳に黒い染みを
転々と落としている。



「今頃わかって?バッカじゃないの」



折れかけた腕から鉤爪を落としながら、ベアトリーチェは憎憎しげに吐き捨てた。

2007/02/12 20:50 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト
シベルファミト 09/しふみ(周防松)
第九話 『鳥さんお願い』

キャスト:ルフト ベアトリーチェ しふみ
 NPC :ブルフ ボーガン
 場所 :ゾミン市街地
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


――血の匂い。

しふみの鼻先が、小さくうごめく。
自然に、その歩みが止まった。

背後から、ばさばさ、という慌ただしい羽音が追いかけてきた。
羽音はそのまま、立ち止まったしふみの前に回りこんできた。

――羽音の主は、先ほど外灯の下で見つけた、人の言葉を操る妙な鷹だった。

「ストップストップ! あのな、おじょーさん。あいつ、ホントに危険なんだよ。逃
げた方が良いんだって!」

「鳥、近ぅ寄れ」

言葉の一切を無視して、しふみは片肘を曲げる。
ここに乗れという意味合いらしい。
「……なんだよ?」
人の言葉を操る鷹は、素直に腕にすとんと着地した。
結構な重量を感じたが、しふみは眉をぴくりと動かしただけで何も言わなかった。

「鳥、お前に名はあるかぇ?」
「おうっ、俺はウィンドブルフってんだ! ブルフって呼んでいいぜ」
言って鷹は、びし、と翼を人間の手のように見たて、親指を立てた形を作る。
「さよか。では鳥でよいな」
「ぅおい!」
思わずウィンドブルフ……本人(鷹?)の言葉に従えばブルフと呼ぶのが筋なのだろ
う……は片翼を広げ、抗議の声を上げたが、
「静かにせぬか」
しふみはブルフのくちばしをつまみ、それ以上の抗議を封じこめた。
くちばしをつままれたブルフは、バタバタと翼をばたつかせて抗議の意を現す。
しかし、ばたつかせた翼のうち片方をあっさりと掴まれ、おとなしくならざるを得な
かった。

「鳥や。お前の耳はどこについておる?」
しふみはこれまた唐突に尋ねた。
「え? あ、ああ……ここ」
ブルフは動かせる片翼の先で、器用に頭の一部分をちょいと指す。
ちょうど、目の後ろの辺りである。
しふみは、そこへと顔を近づけていく。
「って、のわぁもごぐっ!!」
ブルフは再び悲鳴を上げかけた……のだが、今度はくちばしを掴まれた。
ブルフが悲鳴を上げかけた理由。
それは、しふみが「ふっ」と息を吹きかけたからである。
息を吹きかけられた部分の羽毛がかき分けられ、小さな穴が現れる。

「ほぅ、これがお前の耳かぇ」

しふみの唇が、そっと動く。
何かを囁いているのだ。
ブルフ以外には聞こえない程度の声の大きさで。

「……へ?」
囁きを聞き終えたブルフは、やや間抜けな顔をした。
「なんじゃ。できぬのかぇ」
「違うって! ……ただ、変なこと言うなと思って」
「ま、あまり気にするでない」
やれるな、と視線を向けると、ブルフは首を傾げながらも、ふわさ、と翼を広げ、し
ふみの腕から飛び立った。
自由になった翼で空気を叩き、上昇してゆく。

――そして。


「火事だーーーーーっっっ!!」


でっかい声で、既に寝静まった頃の空気を震わせた。





その声は、対峙するベアトリーチェとボーガンの元にも届いた。

(……何やってんのよあのバカ鳥)

ベアトリーチェは、舌打ちしたい気分だった。
あまりにも自警団の人間を探し出せないせいで、ヤケにでもなっているのか。
火事が嘘っぱちなのは、すすけた匂いが一切しないから一目瞭然だというのに。


ボーガンは、サッと青ざめた。

街の空気が、ざわつき始めたからである。

まずい。
腕に突き刺さったナイフという物証に加え、目撃者までもが揃っていては、言い逃れ
はもはや効くまい。
素早く思考を巡らせる。
『目撃者』を消している暇は……おそらくないだろう。
今まで犯罪がばれずに済んだのは、徹底して目撃者を残さないようにしていたため
だ。
疑われないようにという努力も欠かさなかった。

それが、全て無駄に終わったのである。
『芸術品』が一度も完成していないというのに。

「クソッ!」

ボーガンはベアトリーチェに背を向け、逃亡を図った。
逃げたところで事態が好転するわけではない。
今回の目撃者の証言で、自分に疑いがかかるのは確実だ。
それに、逃げ切れるという保証などどこにもない。
それでも、彼は逃げ出さずにはいられなかった。


「逃がすと思ってんの!?」

ベアトリーチェは、折れかけた腕をかばうようにしながら、ボーガンの後を追い始め
た。



さて。
しふみが先ほどブルフに囁きかけたのは、「知らせに行っている暇はないから、上空
に舞い上がって、出せるだけの大きな声で『火事だ』と叫べ」というものだった。
ブルフは、それを自警団の者たちの注意をひくための叫びだと解釈し、実行に至った
というわけである。

就寝中の人々が目を覚まし始めたのだろう、暗がりの中に家の明かりがぽつりぽつり
と増えていく。
街の空気のざわつきは、徐々に広がりつつあった。

「あのさ、なんで火事だなんて言わせたんだよ?」
ブルフは疑問だった。
自警団の人間を呼ぶためなら、『人殺しだ』とか『殺人鬼だ』とか、そんな言葉の方
が良いだろうに、と思っていた。

「……やれやれ」

しふみはブルフの問いかけには答えず、ほんの僅かに眉根を寄せた。
「こちらに来るとは思わなんだ」
それは、正直な本音だった。
通りの向こうから、こちらに向かって駆けて来る人物――それは、ボーガンだった。
「ああっ、アイツだ! おじょーさん、危ないぜ! 逃げろ、隠れろっ!」
わあわあと大騒ぎするブルフの前で、しふみが取った行動は、意外なものだった。

「はぁい?」

にこりと微笑み、手を小さく振ったのである。
そう、食堂で初めて見かけた時と同じように。

ブルフは、頭の中が真っ白になった。
こんな時に何やってんだ、という感情でいっぱいだった。

ボーガンは、しふみの姿を見て、食堂にいたあの女だとすぐに理解した。
そして、血の上った頭で、一瞬にして悟った。
先ほどの「火事だ」という叫びに、彼女が関わっているということを。

なんていうことだ。
この女、一度ならず二度までも邪魔をするのか。
食堂でスプーンを投げつけられて、少女を見失った時の悔しさが甦る。

彼の思考は、ひどく短絡的な結論を打ち出した。
邪魔をしたその報いを与えねば気が済まぬ、と。

彼女に『芸術性』を感じないわけではない。
醜くはない。赤い髪も、青い瞳も、見なれない妙な衣服も、見る者によってはひどく
興味をそそられるものだろう。
しかし、それは自分の感性にはまったくそぐわないものだ。
意味のないものだ。

だから、ただひたすら――原型を留めないほどに切り刻んでやる。

わけのわからない怒声を上げながら、ボーガンはしふみに向かって突進していく。
対するしふみは、構えらしいものも作らず、ぼうっと突っ立っている。

怖いのだ。
きっと、恐れをなして動けないでいるのだ。
バカな女だ。

ボーガンはそう考えた。

しかし、得物を振り下ろしたその瞬間、彼が感じたのは手応えなどではなく、がき
ん、と金属板にでも思いきり振り下ろした時のような、跳ね返される感覚だった。
ボーガンはバランスを崩し、ついでに得物である包丁を取り落とした。
慌てて拾い上げようとするが、一瞬先に赤い袴を履いたしふみの足が包丁を踏みつけ
る。
ごり、と奥歯を噛み締めて、ボーガンはしふみをねめつけた。

「うつけが」

しふみは閉じた扇子を片手にボーガンをひたと見据える。


「誰よ、アンタ」

追いついたベアトリーチェが、初対面であるしふみに警戒の眼差しを向ける。
態度も口調も、ついでに目線も強気そのものだ。
この分なら、かばっている腕の方も心配ないだろう。

「ただの通りすがりの暇人じゃ」
しれっとした顔で答え、しふみは扇子をぱっと開き、口元を隠した。



2007/02/12 20:50 | Comments(0) | TrackBack() | ○シベルファミト

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