第八話 『手負いの獣』
キャスト:ルフト・ベアトリーチェ・(しふみ)
NPC:ブルフ・ボーガン
場所:ゾミン市街地
――――――――――――――――
速攻で役に立たなくなった仲間を見下ろして、彼女が最初にした事といえば
完全なる裏切りだった。
「やーね。この街ってばロクなもん出ないんだわ」
「明らかに君の仲間だったろう」
「ハッ。そんなわけないでしょこんな馬鹿」
かるく両の掌を返して、肩をすくめる。夜警――ボーガンというらしい――は、
にこりともせずその軽口を流し、さっと腰から刃物を引き抜いた。
片刃の、鍔のないナイフ――というか、包丁だった。どこにでも売っている、
なんの変哲もない包丁である。今まで幾人ものハンターや幼子を屠ってきたに
しては、唐突でしかも洒落っけのない得物といえた。
思わず失笑して、ベアトリーチェは上目使いで殺人鬼を見た。
「あたしはシチューの具材ってわけ?」
「…芸術品の材料だよ」
脂で曇った刃に目を落としながら、ぼそりと夜警が呟く。
「材料?」
ため息をつく。武器を手にしたまま、腰に手を置いて半眼になる。
いいかげん軽口を叩くのも面倒になってきた。
「心外だわね。既にあたしは完成されてるってのに」
そして相手も、そろそろ限界のようだった。
違う意味ではとっくに越えてはいけない所は越えてしまっているが。
ボーガンは猫背気味のまま、顔だけこちらに向けてだらりと
包丁を持った手を落とした。
それは構えとは到底思えなかった――が。
だん、だん、と足音をたてていきなりボーガンが迫ってきた。
まるで跳ねるような動作である。
一見遅いようにも見えるが、歩幅が意外に広く、彼女との距離はあっというまに
縮まってゆく。
ベアトリーチェは舌打ちをしながら、ソウルシューターの末尾に手を突っ込んだ。
後ろにそのまま跳んで、手首をひねると、鍵が開くような確かな手ごたえと
鉤爪の重みが腕に伝わった。
ついでになにか、やわらかいものを踏む。きゃん、と犬の声が
したような気がするが、 あくまで気のせいだと彼女はとりあわなかった。
ボーガンの走りは止まらない。
骨が入っていないのではないか、と誤解しそうなほど腕が揺れている。
ベアトリーチェは足を止めて、鉤爪を盾にするように目の高さで構えると、
爪ごしに包丁の刃先を見る。
そこを絡めとって一撃加えれば十分だろう。
確かに奇抜で読みにくい動きをしているが、 なんといっても相手の武器は
戦闘用ではない。落ち着いて立ち回ればそれほど怖い相手ではないはずだ。
ボーガンがようやく足を止めた。力を溜めるように膝を折り、跳躍する。
俊敏に包丁を持った手が構えをとる。変な角度がついた刃先は
どこを狙っているのかわからない。
だが見失うわけにはいかず、ベアトリーチェはぎりぎりまで照準を絞って
落ちてくる男の気配と鋭い銀を待ち、タイミングをはかった。
そして。
「なっ――!」
不意にボーガンが包丁を投げた。迂闊にもそれを鉤爪で打ち払ってしまう。
失策に気づいたのはやってしまった後だった。
がらあきになった利き手にするり、と男の手が絡みつく。
まるで水からあがったばかりの藻のような生ぬるさである。
(折られる!)
警戒に従い、彼女は即座に身体を大きく捻った。
しかし腕は離れない。ボーガンの手が自分の右腕を持ったまま、簡単に翻る。
ソウルシューターの柄と持った左手が抗うように動き、そして。
かすかな音をいくつかたてて、2人は離れた。
「…ハンターというのは嘘ではないんだね」
ボーガンの右腕には一本のナイフが突き立っていた。
ソウルシューターに仕込まれたものである。片手で仕掛けを作動させ、
ナイフを取り出して突き刺したのだ。
見る限りでは重傷ではない。しかし出血がひどく、夜の石畳に黒い染みを
転々と落としている。
「今頃わかって?バッカじゃないの」
折れかけた腕から鉤爪を落としながら、ベアトリーチェは憎憎しげに吐き捨てた。
キャスト:ルフト・ベアトリーチェ・(しふみ)
NPC:ブルフ・ボーガン
場所:ゾミン市街地
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速攻で役に立たなくなった仲間を見下ろして、彼女が最初にした事といえば
完全なる裏切りだった。
「やーね。この街ってばロクなもん出ないんだわ」
「明らかに君の仲間だったろう」
「ハッ。そんなわけないでしょこんな馬鹿」
かるく両の掌を返して、肩をすくめる。夜警――ボーガンというらしい――は、
にこりともせずその軽口を流し、さっと腰から刃物を引き抜いた。
片刃の、鍔のないナイフ――というか、包丁だった。どこにでも売っている、
なんの変哲もない包丁である。今まで幾人ものハンターや幼子を屠ってきたに
しては、唐突でしかも洒落っけのない得物といえた。
思わず失笑して、ベアトリーチェは上目使いで殺人鬼を見た。
「あたしはシチューの具材ってわけ?」
「…芸術品の材料だよ」
脂で曇った刃に目を落としながら、ぼそりと夜警が呟く。
「材料?」
ため息をつく。武器を手にしたまま、腰に手を置いて半眼になる。
いいかげん軽口を叩くのも面倒になってきた。
「心外だわね。既にあたしは完成されてるってのに」
そして相手も、そろそろ限界のようだった。
違う意味ではとっくに越えてはいけない所は越えてしまっているが。
ボーガンは猫背気味のまま、顔だけこちらに向けてだらりと
包丁を持った手を落とした。
それは構えとは到底思えなかった――が。
だん、だん、と足音をたてていきなりボーガンが迫ってきた。
まるで跳ねるような動作である。
一見遅いようにも見えるが、歩幅が意外に広く、彼女との距離はあっというまに
縮まってゆく。
ベアトリーチェは舌打ちをしながら、ソウルシューターの末尾に手を突っ込んだ。
後ろにそのまま跳んで、手首をひねると、鍵が開くような確かな手ごたえと
鉤爪の重みが腕に伝わった。
ついでになにか、やわらかいものを踏む。きゃん、と犬の声が
したような気がするが、 あくまで気のせいだと彼女はとりあわなかった。
ボーガンの走りは止まらない。
骨が入っていないのではないか、と誤解しそうなほど腕が揺れている。
ベアトリーチェは足を止めて、鉤爪を盾にするように目の高さで構えると、
爪ごしに包丁の刃先を見る。
そこを絡めとって一撃加えれば十分だろう。
確かに奇抜で読みにくい動きをしているが、 なんといっても相手の武器は
戦闘用ではない。落ち着いて立ち回ればそれほど怖い相手ではないはずだ。
ボーガンがようやく足を止めた。力を溜めるように膝を折り、跳躍する。
俊敏に包丁を持った手が構えをとる。変な角度がついた刃先は
どこを狙っているのかわからない。
だが見失うわけにはいかず、ベアトリーチェはぎりぎりまで照準を絞って
落ちてくる男の気配と鋭い銀を待ち、タイミングをはかった。
そして。
「なっ――!」
不意にボーガンが包丁を投げた。迂闊にもそれを鉤爪で打ち払ってしまう。
失策に気づいたのはやってしまった後だった。
がらあきになった利き手にするり、と男の手が絡みつく。
まるで水からあがったばかりの藻のような生ぬるさである。
(折られる!)
警戒に従い、彼女は即座に身体を大きく捻った。
しかし腕は離れない。ボーガンの手が自分の右腕を持ったまま、簡単に翻る。
ソウルシューターの柄と持った左手が抗うように動き、そして。
かすかな音をいくつかたてて、2人は離れた。
「…ハンターというのは嘘ではないんだね」
ボーガンの右腕には一本のナイフが突き立っていた。
ソウルシューターに仕込まれたものである。片手で仕掛けを作動させ、
ナイフを取り出して突き刺したのだ。
見る限りでは重傷ではない。しかし出血がひどく、夜の石畳に黒い染みを
転々と落としている。
「今頃わかって?バッカじゃないの」
折れかけた腕から鉤爪を落としながら、ベアトリーチェは憎憎しげに吐き捨てた。
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