第五話 『蛇と狩人』
キャスト:ルフト・ベアトリーチェ・(しふみ)
NPC:ブルフ・変態
場所:ゾミン
――――――――――――――――
そこに漂っているのが腐臭とはいえ、誰もいない街並みを疾駆するのは
爽快とさえ言えた。
月は出ているが、雲を被っており光は弱い。
風を孕むスカートの裾が翻る。ただし走る速さは全速ではない。
相手は借りにも賞金首である。下手に足音を響かせるのは得策ではないし、
向こうの陣地に全力で侵入するのもぞっとしない。警戒して足りないという事はない。
角を曲がると、しかしそこには誰もいなかった。
生きているものは。
「酷い…」
腕で鼻を覆う。ベアトリーチェは顔をしかめて夜陰にさらされた肉塊を見下ろした。
後ろからルフトがやってくる。嗅覚が鋭敏な彼にとって、この腐臭はもはや
痛覚に値するほどつらいものとなっているだろう。
「子供、ですね」
くぐもった声でルフトが言う。棍の上にとまっているブルフがそっぽを向いた。
「ブルフ、そのへんの夜警に報告して。あたしは追うから」
「…おうよ」
それはルフトが武器をひとつ失うという事だが、この中でもっとも移動能力が高いのは
ブルフである。喋る鳥に通報されて夜警が動くかどうかは微妙であったが、
この際仕方がない。
「ルフト、腐臭で犯人を追うことってできないかしら」
「やってみます」
ルフトはひとつうなずいて、頭巾を取る。生ぬるい闇の中に鼻を突き出して、
しばし沈黙が空隙を埋める。
「こっち・・・ですね。ちょうど風上にいるようです」
彼が指差したのは、ちょうど隠れた月の真下である。
砂色の土壁に囲まれ入り組んだ路地が展開しており、
まぁ殺人犯が逃げ込むにはちょうどいいと言ったようなところか。
「歩くわ。うんと離れてきて」
「…でも、犯人はこれだけ目立つことをしたのだから、今日はもう
行動を起こさないのでは?」
ルフトの疑問の声に、ベアトリーチェは歩きかけた足はそのままで振り返った。
「蛇っていうのはね」
「え?」
ほうけたようなルフトの顔を見て笑う。
「目の前に動いている獲物がいると、今まさに口の中に獲物が入っていても
そいつを吐き出してまで新しいのを狩ろうとするの」
グランパの言葉よ、と付け加えてやると、そこでようやくルフトが苦笑した。
・・・★・・・
夜の空気は真夜中へと向けて濃くなっていく一方だ。
街頭がいくつか切れている。点燈守は巡回をやめているのか。
わざと足音をたてて歩いているから、狙うものがいるとすればもうとっくに
ベアトリーチェの存在に気がついているだろう。
ふと、前方の横手から、一人の男が現れた。
「今晩は、 お嬢さん。どうしたんだこんな時間に?」
まるで今しがたまで台本を読んで練習してきたかのように慣れた口調で、
男は柔和な笑みを浮かべつつ、ランプを片手に挨拶してきた。
相手は意外と歳を食っている。単に服の趣味かもしれないが。
「今晩は」
ベアトリーチェ落ち着いて答えた。
「親戚のおば様の所までお使いに来たの。だけどちょっと迷ってしまって…」
「送ってあげようか」
(ガキでも判る罠だわね。乗るの?ベア)
自問してから、答えるのはそう時間はかからなかった。
「えぇ。だけどおじ様は、どうしてこんな時間にここにいるの?」
歩き始める。全く問題ないというふうに相手もついてきた。
「許可をもらっているからね。意外にそういう人はたくさんいるんだよ。
――知っているかい?このあたりには殺人犯がうろついているんだ」
「あら、怖い。でもおじ様がいれば大丈夫よね?」
男は笑うだけで答えない。
「おい!」
と、今度は通りの向こうから灯りが近づいてきた。人影はこちらに近づいてくると、
一瞬とがめるような顔をして男を見た――
「なんだ。ハロルドさんですか」
相手は夜警だった。今横にいる男に比べればまだ若いが、そう美男でもない。
「やぁ、ボーガン『先生』?」
「――やめてくださいよ。あれはただの趣味なんですから…そちらのお嬢さんは?
お孫さんですか?」
意味のわからない会話のあと、夜警がきょとんとこちらに目を留める。
ベアトリーチェはにっこり笑ってやった。
それを見て、男がいやいやと手を振って答える。
「違うよ。どうやら迷子になってしまったようなのでね。案内しているのさ」
「困るなぁ、最近は危ないってのに」
「じゃあ、君が送ってやったらどうだろう」
(――え?)
思わず笑みを消して男を見る。
犯人はこの男じゃ、ない?
「わかりました。ハロルドさんも十分お気をつけて」
「ありがとう。ではおやすみ。お嬢さん、またね」
「…」
夜警と2人きりにされて、ベアトリーチェは混乱していた。
「さ、行こうか」
促されて、ようやく相手を観察する。
猿めいた長い手足。猫背で、押しつぶされたような平べったい顔つき。
一見温和とも映る鈍重さが、不気味なものに見える。
(まさか)
「ね、ねぇ」
「なんだい?」
いつの間にかしっかり手をつながれている。夜警の装備は警棒のはずだが、
ベルトにはなぜか刃物の鞘が見える。
「おまわりさんは、なぜ『先生』なの?」
「学生の頃から植物にちょっと興味があってね。たまに薬草なんかも作っているのさ。
それを見て、勝手に皆が僕をそう呼ぶんだよ」
とっさに後ろを見る。しかし誰もいない。
夜警の手が、強くベアトリーチェの掌を締めた。
キャスト:ルフト・ベアトリーチェ・(しふみ)
NPC:ブルフ・変態
場所:ゾミン
――――――――――――――――
そこに漂っているのが腐臭とはいえ、誰もいない街並みを疾駆するのは
爽快とさえ言えた。
月は出ているが、雲を被っており光は弱い。
風を孕むスカートの裾が翻る。ただし走る速さは全速ではない。
相手は借りにも賞金首である。下手に足音を響かせるのは得策ではないし、
向こうの陣地に全力で侵入するのもぞっとしない。警戒して足りないという事はない。
角を曲がると、しかしそこには誰もいなかった。
生きているものは。
「酷い…」
腕で鼻を覆う。ベアトリーチェは顔をしかめて夜陰にさらされた肉塊を見下ろした。
後ろからルフトがやってくる。嗅覚が鋭敏な彼にとって、この腐臭はもはや
痛覚に値するほどつらいものとなっているだろう。
「子供、ですね」
くぐもった声でルフトが言う。棍の上にとまっているブルフがそっぽを向いた。
「ブルフ、そのへんの夜警に報告して。あたしは追うから」
「…おうよ」
それはルフトが武器をひとつ失うという事だが、この中でもっとも移動能力が高いのは
ブルフである。喋る鳥に通報されて夜警が動くかどうかは微妙であったが、
この際仕方がない。
「ルフト、腐臭で犯人を追うことってできないかしら」
「やってみます」
ルフトはひとつうなずいて、頭巾を取る。生ぬるい闇の中に鼻を突き出して、
しばし沈黙が空隙を埋める。
「こっち・・・ですね。ちょうど風上にいるようです」
彼が指差したのは、ちょうど隠れた月の真下である。
砂色の土壁に囲まれ入り組んだ路地が展開しており、
まぁ殺人犯が逃げ込むにはちょうどいいと言ったようなところか。
「歩くわ。うんと離れてきて」
「…でも、犯人はこれだけ目立つことをしたのだから、今日はもう
行動を起こさないのでは?」
ルフトの疑問の声に、ベアトリーチェは歩きかけた足はそのままで振り返った。
「蛇っていうのはね」
「え?」
ほうけたようなルフトの顔を見て笑う。
「目の前に動いている獲物がいると、今まさに口の中に獲物が入っていても
そいつを吐き出してまで新しいのを狩ろうとするの」
グランパの言葉よ、と付け加えてやると、そこでようやくルフトが苦笑した。
・・・★・・・
夜の空気は真夜中へと向けて濃くなっていく一方だ。
街頭がいくつか切れている。点燈守は巡回をやめているのか。
わざと足音をたてて歩いているから、狙うものがいるとすればもうとっくに
ベアトリーチェの存在に気がついているだろう。
ふと、前方の横手から、一人の男が現れた。
「今晩は、 お嬢さん。どうしたんだこんな時間に?」
まるで今しがたまで台本を読んで練習してきたかのように慣れた口調で、
男は柔和な笑みを浮かべつつ、ランプを片手に挨拶してきた。
相手は意外と歳を食っている。単に服の趣味かもしれないが。
「今晩は」
ベアトリーチェ落ち着いて答えた。
「親戚のおば様の所までお使いに来たの。だけどちょっと迷ってしまって…」
「送ってあげようか」
(ガキでも判る罠だわね。乗るの?ベア)
自問してから、答えるのはそう時間はかからなかった。
「えぇ。だけどおじ様は、どうしてこんな時間にここにいるの?」
歩き始める。全く問題ないというふうに相手もついてきた。
「許可をもらっているからね。意外にそういう人はたくさんいるんだよ。
――知っているかい?このあたりには殺人犯がうろついているんだ」
「あら、怖い。でもおじ様がいれば大丈夫よね?」
男は笑うだけで答えない。
「おい!」
と、今度は通りの向こうから灯りが近づいてきた。人影はこちらに近づいてくると、
一瞬とがめるような顔をして男を見た――
「なんだ。ハロルドさんですか」
相手は夜警だった。今横にいる男に比べればまだ若いが、そう美男でもない。
「やぁ、ボーガン『先生』?」
「――やめてくださいよ。あれはただの趣味なんですから…そちらのお嬢さんは?
お孫さんですか?」
意味のわからない会話のあと、夜警がきょとんとこちらに目を留める。
ベアトリーチェはにっこり笑ってやった。
それを見て、男がいやいやと手を振って答える。
「違うよ。どうやら迷子になってしまったようなのでね。案内しているのさ」
「困るなぁ、最近は危ないってのに」
「じゃあ、君が送ってやったらどうだろう」
(――え?)
思わず笑みを消して男を見る。
犯人はこの男じゃ、ない?
「わかりました。ハロルドさんも十分お気をつけて」
「ありがとう。ではおやすみ。お嬢さん、またね」
「…」
夜警と2人きりにされて、ベアトリーチェは混乱していた。
「さ、行こうか」
促されて、ようやく相手を観察する。
猿めいた長い手足。猫背で、押しつぶされたような平べったい顔つき。
一見温和とも映る鈍重さが、不気味なものに見える。
(まさか)
「ね、ねぇ」
「なんだい?」
いつの間にかしっかり手をつながれている。夜警の装備は警棒のはずだが、
ベルトにはなぜか刃物の鞘が見える。
「おまわりさんは、なぜ『先生』なの?」
「学生の頃から植物にちょっと興味があってね。たまに薬草なんかも作っているのさ。
それを見て、勝手に皆が僕をそう呼ぶんだよ」
とっさに後ろを見る。しかし誰もいない。
夜警の手が、強くベアトリーチェの掌を締めた。
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