PC ギゼー メデッタ サノレ
場所 ソフィニア・ソフィニア魔法学院
NPC サイサリア教授・学院の生徒
--------------------------------------------
さて、改めてサノレ嬢という仲間を加え、消えた少女を探すという依頼に挑
むこととなった、ギゼーとメデッタ。
「さーてっ、サクっと事件を解決して、あの美しいお母様に感謝してもらうっ
っ!」
瞳をキラキラさせて叫ぶギゼーの声は、建物にわずかに反響し、余韻を響か
せながら、ソフィニアの抜けるような青空に吸い込まれていった。
当然、不審な目を向け、ギゼーをちらちらと振り返る通行人。
「ねぇママー、アレなーに?」
「しっ、見ちゃいけません!!」
お決りの会話まで聞こえてくる。
「大声出して、ギゼー、よくはずかしくないのーね」
呆れたようにサノレがメデッタに言う。
「ねぇ、ギゼーはいつもああなーの?」
「私も彼とは最近知り合ったばかりなのでよく解らないのだが…、今までの彼
から推測するに、あれで本人は声を出していないつもりなのだろう」
周りの視線が自分にもいやおうなく当てられていることに気づき、メデッタ
は黒いシルクハットを深く被り直す。
そして、早急にこの恥ずかしい状況を何とかするべく、彼はギゼーに向かっ
てえほん、と大きな咳払いをした。
「あー、さて、ギゼー君」
「ん?何だっ、メデッタさん」
こんな状況で名前は呼ばれたくないものだと思いつつ、メデッタは話を切り
出した。
「これから…、一体どうするつもりなのかね」
「そうだなぁ…。まずは、手がかりを元に情報を集めなきゃな」
ギゼーはサノレに目を移す。
「なんなーの?」
「手がかりといったらやっぱアレだな。例の魔方陣」
「あたしが写したヤツなのーね」
「そう!そいつに絶対、何か犯人に繋がる手掛かりが残っているはずだっ!事
件っていうものは大体こういうパターンと決まっているっ!」
拳をぐっと握り締めつつギゼーが確信を込めて言う。
一体どういうパターンなのか…と、内心思いながらもメデッタは尋ねる。
「…それで、その魔方陣をどうやって調べるのかね」
「あー、そうだなぁ、俺は魔法に関してはそんなに詳しくないし…。まぁ、専
門家に訊いてみるのが一番手っ取り早いかもな」
「専門家か…ふむ、確かに、ここには魔方陣を専門に研究してる者が確実にい
るだろう」
ギゼーの提案にメデッタも顎に手をあて頷く。
「で、とりあえずどこにいくーの?」
大きな赤い瞳を向けて顔を覗き込むサノレに、ギゼーは自信を持って答え
た。
「ああ、とりあえず、魔法学院にでも行ってみようと思うんだ」
学院の警備の人間に、魔方陣に詳しい人間に会いたいということを伝え、そ
の証拠としてギルドのEランクのライセンスをギゼーが見せると、学院の警備
員は、「…Eランクか」とぼそぼそと呟きつつも、通行許可証を3人に出して
くれた。
「なんだよ、アイツら俺のライセンス見て胡散臭そうな目をしやがって」
学院の廊下を歩きながら、ギゼーが不満そうに口を尖らせる。
「まあ、キミはまだEランクなのだからな。Eランクというのはいわば、まだ
駆け出しだ。仕方あるまい」
そうギゼーを見つめるメデッタの瞳は、どこか可笑しそうに笑っている。
「まーよかったじゃないのーよ。そんな新人さんのこと信用して、こうやって
すんなり中に入れてくれたんだかーら」
あははと笑いつつ、ばしばしとギゼーの肩を叩くサノレ。
(案外鋭いところを突くな。このお嬢さんは)
サノレの言葉にメデッタの笑みが、ほんの一瞬別種のものに変化する。
三人がこうしてすんなりと学院内に入れたもう一つの要因は。…そう、ギゼ
ーがライセンスを見せて交渉している際、メデッタがシルクハットについてい
る金色のブローチをちらりと見せたことにもあった。
メデッタのブローチを確認した警備員の一人の表情が凍りつく。そう、それ
は形状は変わってはいるがまぎれもない、Aランクの彼のギルドライセンス。
何か言いかけた彼の口を塞ぐように、メデッタは彼に大きく頷いた。『ここは
大人しく入れてもらおうか』と。
そうしているうちに、程なく彼らは、学院の図書館にたどり着いた。
場所 ソフィニア・ソフィニア魔法学院
NPC サイサリア教授・学院の生徒
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さて、改めてサノレ嬢という仲間を加え、消えた少女を探すという依頼に挑
むこととなった、ギゼーとメデッタ。
「さーてっ、サクっと事件を解決して、あの美しいお母様に感謝してもらうっ
っ!」
瞳をキラキラさせて叫ぶギゼーの声は、建物にわずかに反響し、余韻を響か
せながら、ソフィニアの抜けるような青空に吸い込まれていった。
当然、不審な目を向け、ギゼーをちらちらと振り返る通行人。
「ねぇママー、アレなーに?」
「しっ、見ちゃいけません!!」
お決りの会話まで聞こえてくる。
「大声出して、ギゼー、よくはずかしくないのーね」
呆れたようにサノレがメデッタに言う。
「ねぇ、ギゼーはいつもああなーの?」
「私も彼とは最近知り合ったばかりなのでよく解らないのだが…、今までの彼
から推測するに、あれで本人は声を出していないつもりなのだろう」
周りの視線が自分にもいやおうなく当てられていることに気づき、メデッタ
は黒いシルクハットを深く被り直す。
そして、早急にこの恥ずかしい状況を何とかするべく、彼はギゼーに向かっ
てえほん、と大きな咳払いをした。
「あー、さて、ギゼー君」
「ん?何だっ、メデッタさん」
こんな状況で名前は呼ばれたくないものだと思いつつ、メデッタは話を切り
出した。
「これから…、一体どうするつもりなのかね」
「そうだなぁ…。まずは、手がかりを元に情報を集めなきゃな」
ギゼーはサノレに目を移す。
「なんなーの?」
「手がかりといったらやっぱアレだな。例の魔方陣」
「あたしが写したヤツなのーね」
「そう!そいつに絶対、何か犯人に繋がる手掛かりが残っているはずだっ!事
件っていうものは大体こういうパターンと決まっているっ!」
拳をぐっと握り締めつつギゼーが確信を込めて言う。
一体どういうパターンなのか…と、内心思いながらもメデッタは尋ねる。
「…それで、その魔方陣をどうやって調べるのかね」
「あー、そうだなぁ、俺は魔法に関してはそんなに詳しくないし…。まぁ、専
門家に訊いてみるのが一番手っ取り早いかもな」
「専門家か…ふむ、確かに、ここには魔方陣を専門に研究してる者が確実にい
るだろう」
ギゼーの提案にメデッタも顎に手をあて頷く。
「で、とりあえずどこにいくーの?」
大きな赤い瞳を向けて顔を覗き込むサノレに、ギゼーは自信を持って答え
た。
「ああ、とりあえず、魔法学院にでも行ってみようと思うんだ」
学院の警備の人間に、魔方陣に詳しい人間に会いたいということを伝え、そ
の証拠としてギルドのEランクのライセンスをギゼーが見せると、学院の警備
員は、「…Eランクか」とぼそぼそと呟きつつも、通行許可証を3人に出して
くれた。
「なんだよ、アイツら俺のライセンス見て胡散臭そうな目をしやがって」
学院の廊下を歩きながら、ギゼーが不満そうに口を尖らせる。
「まあ、キミはまだEランクなのだからな。Eランクというのはいわば、まだ
駆け出しだ。仕方あるまい」
そうギゼーを見つめるメデッタの瞳は、どこか可笑しそうに笑っている。
「まーよかったじゃないのーよ。そんな新人さんのこと信用して、こうやって
すんなり中に入れてくれたんだかーら」
あははと笑いつつ、ばしばしとギゼーの肩を叩くサノレ。
(案外鋭いところを突くな。このお嬢さんは)
サノレの言葉にメデッタの笑みが、ほんの一瞬別種のものに変化する。
三人がこうしてすんなりと学院内に入れたもう一つの要因は。…そう、ギゼ
ーがライセンスを見せて交渉している際、メデッタがシルクハットについてい
る金色のブローチをちらりと見せたことにもあった。
メデッタのブローチを確認した警備員の一人の表情が凍りつく。そう、それ
は形状は変わってはいるがまぎれもない、Aランクの彼のギルドライセンス。
何か言いかけた彼の口を塞ぐように、メデッタは彼に大きく頷いた。『ここは
大人しく入れてもらおうか』と。
そうしているうちに、程なく彼らは、学院の図書館にたどり着いた。
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PC:エスト(ギゼー メデッタ アイリス エスト サノレ)
場所:ソフィニア
NPC:猫
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人が行き交う、昼下がりの路地。
エストは、小さな包みを片手に、雑踏の中に紛れていた。
そんな中、どんっ、とわざとらしくぶつかってきた者がいる。
仕方なく、エストは歩みを止めた。
「てめぇ、どこ見て……」
相手はドスをきかせた声で脅し文句を言いかけたが、エストの顔を見るなり、気まず
そうな顔をしてそそくさと逃げていった。
……どうやら、このテでいちゃもんをつけて金品を巻き上げているらしい。
(俺はそこまでの悪人ヅラか……?)
厄介な連中に絡んでほしいわけではないが、何も顔を見て逃げなくても、とそんなこ
とを思いながら、再び歩き出すエストだった。
エストは、路地を抜け、酒場の前に来ると、今度は酒場と隣の建物の間の細い道に入
る。
横向きにならなければ通れないような狭さだ。
その細い道を抜けると、酒場の裏手に出た。
空き樽や木箱が雑多に積まれた、物置のような場所である。
「――……おい」
エストは、ぶっきらぼうに声を上げた。
ほどなく、隣の建物の陰から、ひょこっと一匹の猫が顔を覗かせた。
赤い首輪をした、白地に黒いブチ模様のある猫である。
猫はエストの足元に歩み寄ると、三日月のように瞳孔が細くなった金色の瞳で、じっ
と顔を見上げてきた。
この時、喉を鳴らされるか、あるいは「にゃおん」と一声鳴いて擦り寄られれば、猫
好きなら一発でまいることだろう。
エストは黙りこくったまま、手にしていた包みを地面に降ろし、ガサガサと開く。
開いた包み紙から出てきたのは、一本のソーセージ。
露店で買った、ハーブやスパイスの類の入っていない、シンプルなものだ。
アツアツというわけではなく、やや冷めてしまっている。
猫は、ふんふん、と匂いをかぐと、エストを見上げた。
「かたじけない。実は今朝から何も食べておらんのだよ」
その声は、驚くべきことにエストの前にいるこの猫から発せられているものだった。
猫は、とんとん、と前足でソーセージを叩く。
「ふむふむ。熱過ぎもしなければ冷たくもない、この絶妙な温度……まさに食べご
ろ」
「さっさと食え」
エストは、近くの空き樽に腰掛けた。
ことの始まりは、三日前。
ソフィニアを訪れたエストは、ギルドでとある依頼を受けた。
それは、『家出した飼い猫を探して欲しい』というものだった。
なんでも、七日も帰って来ないらしい。
簡単に済むだろう、と思って引き受けたところ、思惑通り、猫はあっさりと見つかっ
た。
猫がよく集まるという場所に行ってみたら、そこにいたのである。
赤い首輪、という野良猫との決定的な違いが目印になった。
しかし、猫を見つけてからが問題だった。
まず、この猫は、ただの猫ではなかった。
どういうわけか、人間の言葉を操ることができたのだ。
本人(猫?)の言い分によると、飼い主を初めとする人間全般には喋らないようにし
ている、とのことだった。
エストは正直、自分の耳と正気さを疑ったものの、とにかく『飼い主が心配している
から、帰ってやれ』とだけは伝えてみた。
そしてさらに問題に直面する羽目になった。
猫はこう答えたのである。
『世話になった花売り娘が行方知れずだというから、探していたんだ。まだ見つかっ
ていないから帰らない』と。
猫は今の飼い主にもわわれる前、ゴミ捨て場に捨てられていたところを花売り娘に拾
われたのだという。
『花売り娘は身寄りがないから、誰も心配しないし、探してくれない。だから、ワガ
ハイが自分の手で探し出したい』
猫はそう付け足し、今は帰るつもりのないことを強調した。
その時、問答無用でひっつかまえて飼い主の元に連れていき、さっさと仕事を終わら
せてしまえば良かったとエストは思う。
しかし、実際それをやったとしてどうなるだろうか。
猫はまた家出をして、花売り娘とやらを探しに行くことだろう。
飼い主は再び、ギルドに同じ依頼をすることになる。
そうなれば……自分の信用にも関わってくる。
「あいつは半端な仕事をした。だから、同じ人間から同じ依頼が来たんだ」と言われ
かねない。
それだけは避けたかった。
そんな事情で、猫に協力してやっているわけである。
今日は、もしかしたら捜索の依頼が出ているかもしれない、と思ってギルドに行って
みた帰りである。
見ず知らずの花売り娘を心配しているわけではない。
捜索の依頼が出ていれば、猫が彼女を捜しまわる必要もなくなるので、家に帰らせて
こちらの依頼を完了させられると思ってのことだ。
ただ、それだけのことだ。
結果のほうは……期待するだけ無駄だったが。
「見つかったか?」
靴のかかとで地面の砂を掘りながら、エストはぶっきらぼうに尋ねた。
「それが、な」
ソーセージにかぶりつくのを中断し、猫は、ふるふる、と首を横に振った。
猫の表情の違いなどエストにはわからないが、今は、猫の顔がどことなく悲しげに感
じられた。
「そういえば、今日また女の子が行方知れずになったと聞いたんだが」
「……らしいな」
ギルドで、そんな依頼が出ていたのをちらっと聞きかじったような気がする。
もっとも、その依頼はレストランで見かけた妙な3人組が引き受けたので、それ以上
の詳しい情報は知り得なかった。
「日が近い。何か、関連しているのかもしれんな」
猫は、尻尾の先をぴこぴこと振る。
「関連性……か」
エストは眉をしかめた。
猫の話によると、花売り娘が行方知れずになったのは十日前のことだという。
あまり間を置かずに行方不明者が出ていることから、関連していると考えても不思議
ではないかもしれない。
「一体、どこのどいつの仕業なんだか」
ぼそりと呟き、エストは猫を見下ろす。
猫はもそもそと食事に没頭していた。
場所:ソフィニア
NPC:猫
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人が行き交う、昼下がりの路地。
エストは、小さな包みを片手に、雑踏の中に紛れていた。
そんな中、どんっ、とわざとらしくぶつかってきた者がいる。
仕方なく、エストは歩みを止めた。
「てめぇ、どこ見て……」
相手はドスをきかせた声で脅し文句を言いかけたが、エストの顔を見るなり、気まず
そうな顔をしてそそくさと逃げていった。
……どうやら、このテでいちゃもんをつけて金品を巻き上げているらしい。
(俺はそこまでの悪人ヅラか……?)
厄介な連中に絡んでほしいわけではないが、何も顔を見て逃げなくても、とそんなこ
とを思いながら、再び歩き出すエストだった。
エストは、路地を抜け、酒場の前に来ると、今度は酒場と隣の建物の間の細い道に入
る。
横向きにならなければ通れないような狭さだ。
その細い道を抜けると、酒場の裏手に出た。
空き樽や木箱が雑多に積まれた、物置のような場所である。
「――……おい」
エストは、ぶっきらぼうに声を上げた。
ほどなく、隣の建物の陰から、ひょこっと一匹の猫が顔を覗かせた。
赤い首輪をした、白地に黒いブチ模様のある猫である。
猫はエストの足元に歩み寄ると、三日月のように瞳孔が細くなった金色の瞳で、じっ
と顔を見上げてきた。
この時、喉を鳴らされるか、あるいは「にゃおん」と一声鳴いて擦り寄られれば、猫
好きなら一発でまいることだろう。
エストは黙りこくったまま、手にしていた包みを地面に降ろし、ガサガサと開く。
開いた包み紙から出てきたのは、一本のソーセージ。
露店で買った、ハーブやスパイスの類の入っていない、シンプルなものだ。
アツアツというわけではなく、やや冷めてしまっている。
猫は、ふんふん、と匂いをかぐと、エストを見上げた。
「かたじけない。実は今朝から何も食べておらんのだよ」
その声は、驚くべきことにエストの前にいるこの猫から発せられているものだった。
猫は、とんとん、と前足でソーセージを叩く。
「ふむふむ。熱過ぎもしなければ冷たくもない、この絶妙な温度……まさに食べご
ろ」
「さっさと食え」
エストは、近くの空き樽に腰掛けた。
ことの始まりは、三日前。
ソフィニアを訪れたエストは、ギルドでとある依頼を受けた。
それは、『家出した飼い猫を探して欲しい』というものだった。
なんでも、七日も帰って来ないらしい。
簡単に済むだろう、と思って引き受けたところ、思惑通り、猫はあっさりと見つかっ
た。
猫がよく集まるという場所に行ってみたら、そこにいたのである。
赤い首輪、という野良猫との決定的な違いが目印になった。
しかし、猫を見つけてからが問題だった。
まず、この猫は、ただの猫ではなかった。
どういうわけか、人間の言葉を操ることができたのだ。
本人(猫?)の言い分によると、飼い主を初めとする人間全般には喋らないようにし
ている、とのことだった。
エストは正直、自分の耳と正気さを疑ったものの、とにかく『飼い主が心配している
から、帰ってやれ』とだけは伝えてみた。
そしてさらに問題に直面する羽目になった。
猫はこう答えたのである。
『世話になった花売り娘が行方知れずだというから、探していたんだ。まだ見つかっ
ていないから帰らない』と。
猫は今の飼い主にもわわれる前、ゴミ捨て場に捨てられていたところを花売り娘に拾
われたのだという。
『花売り娘は身寄りがないから、誰も心配しないし、探してくれない。だから、ワガ
ハイが自分の手で探し出したい』
猫はそう付け足し、今は帰るつもりのないことを強調した。
その時、問答無用でひっつかまえて飼い主の元に連れていき、さっさと仕事を終わら
せてしまえば良かったとエストは思う。
しかし、実際それをやったとしてどうなるだろうか。
猫はまた家出をして、花売り娘とやらを探しに行くことだろう。
飼い主は再び、ギルドに同じ依頼をすることになる。
そうなれば……自分の信用にも関わってくる。
「あいつは半端な仕事をした。だから、同じ人間から同じ依頼が来たんだ」と言われ
かねない。
それだけは避けたかった。
そんな事情で、猫に協力してやっているわけである。
今日は、もしかしたら捜索の依頼が出ているかもしれない、と思ってギルドに行って
みた帰りである。
見ず知らずの花売り娘を心配しているわけではない。
捜索の依頼が出ていれば、猫が彼女を捜しまわる必要もなくなるので、家に帰らせて
こちらの依頼を完了させられると思ってのことだ。
ただ、それだけのことだ。
結果のほうは……期待するだけ無駄だったが。
「見つかったか?」
靴のかかとで地面の砂を掘りながら、エストはぶっきらぼうに尋ねた。
「それが、な」
ソーセージにかぶりつくのを中断し、猫は、ふるふる、と首を横に振った。
猫の表情の違いなどエストにはわからないが、今は、猫の顔がどことなく悲しげに感
じられた。
「そういえば、今日また女の子が行方知れずになったと聞いたんだが」
「……らしいな」
ギルドで、そんな依頼が出ていたのをちらっと聞きかじったような気がする。
もっとも、その依頼はレストランで見かけた妙な3人組が引き受けたので、それ以上
の詳しい情報は知り得なかった。
「日が近い。何か、関連しているのかもしれんな」
猫は、尻尾の先をぴこぴこと振る。
「関連性……か」
エストは眉をしかめた。
猫の話によると、花売り娘が行方知れずになったのは十日前のことだという。
あまり間を置かずに行方不明者が出ていることから、関連していると考えても不思議
ではないかもしれない。
「一体、どこのどいつの仕業なんだか」
ぼそりと呟き、エストは猫を見下ろす。
猫はもそもそと食事に没頭していた。
PC: メイ 礫
場所: トーポウ
NPC: おやじ二人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
澄んだ青い空。
降り注ぐ、柔らかな日差し。
甲高い鳴き声を上げて、一羽の鳥が輪を描いて飛んでいる。
のどかな風景である。
ポポル方面からトーポウへと続く道を、一台の荷馬車が行く。
荷馬車を駆るのは、髪の毛もヒゲも、さらには眉毛や腕の毛までもがもじゃもじゃと
生えた、熊のような見た目の中年のおやじである。
荷台には、花が入った大きなカゴがいくつか積まれている。
花瓶に入れて飾るには、小さすぎる花である。
それもそのはず、この花は、鑑賞用の花ではない。
「花茶」というものを作るための花で、いわば加工用なのである。
花茶というと聞こえは美しいが、実のところは、あまり香りの良くない茶葉に花の香
りをつけ、美味しく飲めるようにしたもののことである。
茶葉と乾燥させた花を混ぜ、密封して二晩ほど寝かせて出来上がる。
安物は、乾燥させた花を茶葉に混ぜただけで『寝かせる』という作業をしないため、
一、二度煎れると香りが失われてしまう代物である。
しかし、最近は金持ちや貴族相手に取引することもあり、高級な茶葉を使った物も作
られるようになっていた。
そちらは、茶葉自体も香りが良いため、えもいわれぬ香りのする茶として楽しまれて
いる。
おそらく、金持ちや貴族の知る「花茶」と一般人が知る「花茶」とは、だいぶ差があ
ることだろう。
さて、荷馬車は街の通りを抜けて、一件の家の前で止まった。
民家、というよりは工房、といった雰囲気のたたずまいである。
おやじは荷馬車を降り、その家のドアをどんどんと叩いた。
「おぉい、いるかー?」
どんどんとしばらくドアを叩いていると、中から「今出る」と迷惑そうな声が聞こえ
た。
そこでようやく、おやじは叩くのをやめた。
ほどなく、ドアが開いて薄汚れた前掛け姿の中年の男が出てきた。
こちらはおやじと正反対に、髪の毛がやや後退しかかっている。
眉間に深いシワが寄っているため、いかにも不機嫌そうな顔に見えるが、本人はそれ
ほど機嫌は悪くなかったりする。
「借金取りじゃあるまいし、そんなに叩かなくたっていいだろうが」
「返事がねえんだから、しょうがねえだろ? ちっとは愛想よくできねえのか」
「ばかやろう。俺は職人だぜ。職人ってのは、ヘラヘラしてちゃ務まらねぇよ」
「よくもまあ、花茶作りにそこまで真剣になれるわな」
おやじはしみじみと呟く。
「ふん、花茶作りは俺の命だぜ」
男の口の端が、わずかに上がる。
この男の、花茶作りにかける意気込みは熱い。
彼は、親から継いだ花茶作りの工房で、一人黙々と花茶作りにいそしんでいる。
眉間に刻まれた深いシワは、少しでも良質な花茶を作るためにと悩み、研究を重ね続
けた日々の証なのである。
……夢中になるあまり、すっかり婚期を逃がしてしまったのだが、まあ、それはそ
れ、である。
「立ち話はいいから、早く運んでくれよ。場所はいつものところでな」
ドアを全開にすると、男は奥へと引っ込んでいった。
おやじは荷馬車へと戻ると、おいしょっ、と声を上げつつカゴを持ち上げ――。
「お?」
おやじは、間抜けな声を上げた。
大量の花の中から、何かが覗いて見えたのである。
花を摘み取っている時に、何か変なものでも入りこんだのだろうか。
おやじはカゴを降ろし、ごつごつとした手を突っ込んでまさぐってみた。
――指先に、何か柔らかいものが当たる。
なんだろう、と思っておやじはそれを掴んで引きずり出した。
カゴから出てきたそれは、小さな小さな、片手で掴むことができるほどに小さな女の
子だった。
緑色の髪を頭の左側で一つにまとめた、幼さを残した女の子である。
よく見ると、その背中には、薄い羽根があった。
これは、妖精、というやつではないのだろうか。
そう認識した途端、おやじの頭には悩みが生じた。
妖精は、明かに眠っている状態だったからである。
おやじは、妖精――それも眠っているものを見るのは生まれて初めてのことだった。
起こしても大丈夫なのだろうか。
妖精というのは妙な力を持っているのではなかっただろうか。
下手に起こして、うっかり怒りを買ったりしたらどうしよう。
だからと言って、その辺に置いておいてもいいのだろうか。
置いておいたために野良猫に追われてしまったりして、怒りを買ってしまうことにな
らないだろうか。
おやじの頭の中を、さまざまな考えが駆け巡っていた、その時だった。
妖精が、その目を開いたのである。
その目は大きく、赤っぽい色をしていた。
おやじと妖精は、しばらく、じーっとお互いに見詰め合った。
……そして。
「っきゃあああああーーーーーっっ!!」
妖精が、耳をつんざくような甲高い悲鳴を上げた。
おやじは、思わずその耳を押さえた。
掴んでいた妖精を、空高く放り投げて。
* * * * * * * * * *
「……信じらんない」
空の樽が積まれたところで、女の子の声がする。
「ここ、どこよ……」
人がこんなところに出くわしたら、自分はどうにかなってしまったのではないかと心
配してしまいそうである。
が、少し影の方に回りこめば、声の主を見つけることができるだろう。
空の樽に寄りかかり、やや青ざめた顔でぶつぶつと呟く。緑の髪の妖精の姿を。
「どうしよ。あたし、全然知らないトコに来ちゃったよ……」
思い起こせば、あの時。
暮らしている妖精族の森を出て、遊びに行った花畑。
カゴの中に敷き詰められた花を見て、なんとなく気持ち良さそうと思って寝転がって
みた、そこまではしっかり覚えている。
そして、記憶は先ほどの、熊みたいなおやじに掴まれていたところにいきなり繋が
る。
その中間の記憶が、すっぱりと切れている。
そこから考えるに、これは、うっかり寝てしまっている間に、カゴが移動していたと
いうことなのだろう。
見ず知らずの土地――それも、人間の街へ。
「ああっ、どうして昼寝なんかしちゃったんだろ~!」
あの時の行動を、心底悔いている様子である。
しかし、後悔してみたところで事態は何も変わらない。
そのぐらい、妖精の彼女――メイにだってわかる。
「……帰らなきゃ」
メイは、悲壮な顔つきで決意した。
そして、まずは情報を集めよう、と、空の樽の陰からひょいっと飛び立った。
結果から言うと、メイは大した情報を得ることが出来なかった。
わかったのは、ここがトーポウという名の街ということぐらいのものである。
そもそも、森から近い場所しか遊びに行ったことのないメイが、地理を把握している
はずもない。
妖精の森からどのぐらい離れているのか、などという重要な情報は、ついに見つから
なかった。
こうなると、もうメイにはお手上げである。
どうしたらいいか、今度こそわからなくなったメイはふらふらと路地をさまよった。
疲れた頭では、もうこれ以上何も考えることなどできない。
上空高く舞い上がって、街の位置を確認してみるとか、そういう行動に出ようとすら
思えない。
一生分の疲れを経験したのではないか、というぐらいの疲労感が、羽根を重くしてい
る。
ふらふらと飛んでいるうちに、べしっ、と何かにぶつかった。
壁にでもぶつかったんだろう、とメイはぐったりした頭で思った。
だから、特に何も言わず、黙りこくったまま方向転換をしようとした。
「あの……大丈夫?」
壁が、しゃべった。
これには、疲労の色濃いメイも、振り向かざるを得ないほどの驚きを感じた。
ただし、振り向いた動きそのものは、非常に鈍いものだったが。
それは、壁ではなかった。
黒い髪をした、人間の少年だった。
こちらを気遣うような視線を向けている。
自分のドジのせいとはいえ、いきなり、知らない人間の街に放りこまれ。
帰る方法も見当がつかない状態のところへ、気遣われたのである。
目の奥が、ジンと痛くなった。
それから、じわじわと視界がくもってくる。
涙が滲んできているのだ、と意識すると、口元が震えてきた。
悲しい、だとか、辛い、とか、そういった感情から来る涙とは少し違う。
確かにそんな感情もあるのだが、今溢れてくる涙は、むしろ我が身の情けなさを思っ
て溢れてくるものだった。
ぼたぼたと、涙が頬を伝い落ちる。
こうなるともう、意識して涙を止められる段階にはない。
「ふ……ぇっ、ええええええっ」
メイは、声をあげて泣き出した。
場所: トーポウ
NPC: おやじ二人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
澄んだ青い空。
降り注ぐ、柔らかな日差し。
甲高い鳴き声を上げて、一羽の鳥が輪を描いて飛んでいる。
のどかな風景である。
ポポル方面からトーポウへと続く道を、一台の荷馬車が行く。
荷馬車を駆るのは、髪の毛もヒゲも、さらには眉毛や腕の毛までもがもじゃもじゃと
生えた、熊のような見た目の中年のおやじである。
荷台には、花が入った大きなカゴがいくつか積まれている。
花瓶に入れて飾るには、小さすぎる花である。
それもそのはず、この花は、鑑賞用の花ではない。
「花茶」というものを作るための花で、いわば加工用なのである。
花茶というと聞こえは美しいが、実のところは、あまり香りの良くない茶葉に花の香
りをつけ、美味しく飲めるようにしたもののことである。
茶葉と乾燥させた花を混ぜ、密封して二晩ほど寝かせて出来上がる。
安物は、乾燥させた花を茶葉に混ぜただけで『寝かせる』という作業をしないため、
一、二度煎れると香りが失われてしまう代物である。
しかし、最近は金持ちや貴族相手に取引することもあり、高級な茶葉を使った物も作
られるようになっていた。
そちらは、茶葉自体も香りが良いため、えもいわれぬ香りのする茶として楽しまれて
いる。
おそらく、金持ちや貴族の知る「花茶」と一般人が知る「花茶」とは、だいぶ差があ
ることだろう。
さて、荷馬車は街の通りを抜けて、一件の家の前で止まった。
民家、というよりは工房、といった雰囲気のたたずまいである。
おやじは荷馬車を降り、その家のドアをどんどんと叩いた。
「おぉい、いるかー?」
どんどんとしばらくドアを叩いていると、中から「今出る」と迷惑そうな声が聞こえ
た。
そこでようやく、おやじは叩くのをやめた。
ほどなく、ドアが開いて薄汚れた前掛け姿の中年の男が出てきた。
こちらはおやじと正反対に、髪の毛がやや後退しかかっている。
眉間に深いシワが寄っているため、いかにも不機嫌そうな顔に見えるが、本人はそれ
ほど機嫌は悪くなかったりする。
「借金取りじゃあるまいし、そんなに叩かなくたっていいだろうが」
「返事がねえんだから、しょうがねえだろ? ちっとは愛想よくできねえのか」
「ばかやろう。俺は職人だぜ。職人ってのは、ヘラヘラしてちゃ務まらねぇよ」
「よくもまあ、花茶作りにそこまで真剣になれるわな」
おやじはしみじみと呟く。
「ふん、花茶作りは俺の命だぜ」
男の口の端が、わずかに上がる。
この男の、花茶作りにかける意気込みは熱い。
彼は、親から継いだ花茶作りの工房で、一人黙々と花茶作りにいそしんでいる。
眉間に刻まれた深いシワは、少しでも良質な花茶を作るためにと悩み、研究を重ね続
けた日々の証なのである。
……夢中になるあまり、すっかり婚期を逃がしてしまったのだが、まあ、それはそ
れ、である。
「立ち話はいいから、早く運んでくれよ。場所はいつものところでな」
ドアを全開にすると、男は奥へと引っ込んでいった。
おやじは荷馬車へと戻ると、おいしょっ、と声を上げつつカゴを持ち上げ――。
「お?」
おやじは、間抜けな声を上げた。
大量の花の中から、何かが覗いて見えたのである。
花を摘み取っている時に、何か変なものでも入りこんだのだろうか。
おやじはカゴを降ろし、ごつごつとした手を突っ込んでまさぐってみた。
――指先に、何か柔らかいものが当たる。
なんだろう、と思っておやじはそれを掴んで引きずり出した。
カゴから出てきたそれは、小さな小さな、片手で掴むことができるほどに小さな女の
子だった。
緑色の髪を頭の左側で一つにまとめた、幼さを残した女の子である。
よく見ると、その背中には、薄い羽根があった。
これは、妖精、というやつではないのだろうか。
そう認識した途端、おやじの頭には悩みが生じた。
妖精は、明かに眠っている状態だったからである。
おやじは、妖精――それも眠っているものを見るのは生まれて初めてのことだった。
起こしても大丈夫なのだろうか。
妖精というのは妙な力を持っているのではなかっただろうか。
下手に起こして、うっかり怒りを買ったりしたらどうしよう。
だからと言って、その辺に置いておいてもいいのだろうか。
置いておいたために野良猫に追われてしまったりして、怒りを買ってしまうことにな
らないだろうか。
おやじの頭の中を、さまざまな考えが駆け巡っていた、その時だった。
妖精が、その目を開いたのである。
その目は大きく、赤っぽい色をしていた。
おやじと妖精は、しばらく、じーっとお互いに見詰め合った。
……そして。
「っきゃあああああーーーーーっっ!!」
妖精が、耳をつんざくような甲高い悲鳴を上げた。
おやじは、思わずその耳を押さえた。
掴んでいた妖精を、空高く放り投げて。
* * * * * * * * * *
「……信じらんない」
空の樽が積まれたところで、女の子の声がする。
「ここ、どこよ……」
人がこんなところに出くわしたら、自分はどうにかなってしまったのではないかと心
配してしまいそうである。
が、少し影の方に回りこめば、声の主を見つけることができるだろう。
空の樽に寄りかかり、やや青ざめた顔でぶつぶつと呟く。緑の髪の妖精の姿を。
「どうしよ。あたし、全然知らないトコに来ちゃったよ……」
思い起こせば、あの時。
暮らしている妖精族の森を出て、遊びに行った花畑。
カゴの中に敷き詰められた花を見て、なんとなく気持ち良さそうと思って寝転がって
みた、そこまではしっかり覚えている。
そして、記憶は先ほどの、熊みたいなおやじに掴まれていたところにいきなり繋が
る。
その中間の記憶が、すっぱりと切れている。
そこから考えるに、これは、うっかり寝てしまっている間に、カゴが移動していたと
いうことなのだろう。
見ず知らずの土地――それも、人間の街へ。
「ああっ、どうして昼寝なんかしちゃったんだろ~!」
あの時の行動を、心底悔いている様子である。
しかし、後悔してみたところで事態は何も変わらない。
そのぐらい、妖精の彼女――メイにだってわかる。
「……帰らなきゃ」
メイは、悲壮な顔つきで決意した。
そして、まずは情報を集めよう、と、空の樽の陰からひょいっと飛び立った。
結果から言うと、メイは大した情報を得ることが出来なかった。
わかったのは、ここがトーポウという名の街ということぐらいのものである。
そもそも、森から近い場所しか遊びに行ったことのないメイが、地理を把握している
はずもない。
妖精の森からどのぐらい離れているのか、などという重要な情報は、ついに見つから
なかった。
こうなると、もうメイにはお手上げである。
どうしたらいいか、今度こそわからなくなったメイはふらふらと路地をさまよった。
疲れた頭では、もうこれ以上何も考えることなどできない。
上空高く舞い上がって、街の位置を確認してみるとか、そういう行動に出ようとすら
思えない。
一生分の疲れを経験したのではないか、というぐらいの疲労感が、羽根を重くしてい
る。
ふらふらと飛んでいるうちに、べしっ、と何かにぶつかった。
壁にでもぶつかったんだろう、とメイはぐったりした頭で思った。
だから、特に何も言わず、黙りこくったまま方向転換をしようとした。
「あの……大丈夫?」
壁が、しゃべった。
これには、疲労の色濃いメイも、振り向かざるを得ないほどの驚きを感じた。
ただし、振り向いた動きそのものは、非常に鈍いものだったが。
それは、壁ではなかった。
黒い髪をした、人間の少年だった。
こちらを気遣うような視線を向けている。
自分のドジのせいとはいえ、いきなり、知らない人間の街に放りこまれ。
帰る方法も見当がつかない状態のところへ、気遣われたのである。
目の奥が、ジンと痛くなった。
それから、じわじわと視界がくもってくる。
涙が滲んできているのだ、と意識すると、口元が震えてきた。
悲しい、だとか、辛い、とか、そういった感情から来る涙とは少し違う。
確かにそんな感情もあるのだが、今溢れてくる涙は、むしろ我が身の情けなさを思っ
て溢れてくるものだった。
ぼたぼたと、涙が頬を伝い落ちる。
こうなるともう、意識して涙を止められる段階にはない。
「ふ……ぇっ、ええええええっ」
メイは、声をあげて泣き出した。
PC:礫 メイ
NPC:見世物小屋の経営者
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
村を出る理由はいくらでもあった。
ご飯が美味しく感じられないとか、真の友達がいないとか、辺境の一地域で
朽ち果てたくないとか、見聞を広めたいとか、村が小さ過ぎて偏見の塊ばかり
とか。
でも一番の理由は、自分の居場所がないことだった。
礫には両親の記憶がない。
礫が生まれたばかりの頃、土砂災害にて両親共々失ったのだという。これ
は、育ててくれた村長が話してくれた事だが、俄かには信じられなかった。か
といって疑う余地も無いのだが。何といっても礫に両親の記憶が無い、と言う
事実が村長の言っていた事が真実だという証拠であった。
礫にとっての両親は、おぼろげながら残る輪郭だけの存在だった。普通、記
憶と言うものは三歳以前のことは覚えていないものだ。すると、礫が両親と死
に別れたのは三歳の頃かと言うと、そうでもないらしい。礫を拾って育ててく
れた育ての親である村長の言によると、当時長雨続きで地盤が緩んでいた山道
を物凄い速度で走り去ろうとした馬車があったそうだ。何処から来たのか、何
処へ向かっているのか定かではなかったが、その馬車は何かに追われているか
のようだったという。その馬車の振動が緩んでいた地盤を揺らし、土砂崩れが
起こったのだという。通り過ぎようとしていた馬車は敢え無く土砂に飲み込ま
れ、砂礫の下敷きになってしまったのだ。
狩りのため、村長が丁度付近を通りかかった時、偶然赤ん坊の泣き声が聞こ
えてきたのだそうだ。まだ、1歳か0歳くらいの。生まれて間もない赤ん坊の泣
き声だった。それは奇跡だった。不運が続いた後の、たった一つの奇跡だっ
た。
救い出されると安心したのか、赤ん坊――当時の礫――は直ぐに泣き止んだ
のだという。
それから村に連れて帰って上へ下への大騒ぎになった。ともかく、奇跡の子
だなんだと騒ぎ立てた。奇跡の子として扱われていた時はまだ良かった。だ
が、一度赤ん坊が瞳を開け広げると途端に水を打ったような静けさが広がっ
た。そして、波紋が広がるようにざわつき始めた。
その赤ん坊は、青い瞳を持っていた。
色素の薄い、蒼穹の青さを持った子供。
その瞳の色はここ、カフールでは特に珍しい色合いだった。
そして、礫はその日から忌み子として倦厭される事になる。
普通、自分と違うものを持ったものは物珍しい目で奇異に見られるか、敬遠
するのが一般的である。ましてやここは閉鎖的なカフール皇国の片田舎。皆一
様に黒髪黒目と、同じような姿なのだ。その中に一人だけ違う毛色の者が放り
込まれたら、どうなるか。結果は明瞭である。仲間として受け入れられなくて
弾き出されるのが落ちだ。礫も、その例に漏れなかった。
だから、礫は幼い頃より苛められてきた。
礫は名目上、村長の家に引き取られることになった。
村長自身は優しく、温かい目で受け入れてくれたが、村長の家族達は不満が
滲み出ていた。一言で言って、面白くない、のだ。何故に他人の子供――しか
も両親は既に死んでいる――を引き取らねばならぬのか。その疑問を拭い去る
ことは出来なかった。最後まで。
家の内にいても、外にいても、礫の居場所は無かった。
家の中では肩身が狭くて、家の外では苛められていたのだ。つまはじき者と
して。
村長の家族達の対応は皆一様に冷たかった。冷酷、とまでは行かないまでも
それなりに冷めている。そんな中途半端さが逆に痛かった。朝、昼、晩のご飯
はちゃんと作ってくれるし、家族皆と同じ献立で同じだけの量を食することが
出来た。でも、食事中の会話は何故か礫だけ除け者になっていたし、村長だけ
が礫に対して話しかけることはするけれどもそれ以上のことはしてはくれなか
った。
そのほかの時間でも、礫は何故か除け者にされていた。冷たい、嫉妬心に満
ちた視線ばかり浴びるが、それ以上の事はしてこなかった。
事、勉強に関しては家族の中に礫の右に出るものは居なかったので教えるこ
とはあったが、それ以上の関係にはなり得なかった。
つまり、肩身が狭かったのだ。
学校でも礫は肩身の狭い思いをしていた。
肩身が狭いどころか、無視されたり、何か事件が起こると決まって礫のせい
にされたり、時々暴力に訴えてくることもあったが、全体的に無視されること
が多かった。完全に無視される事がどういうことか。真綿で首を絞められるよ
うに、精神的な苦痛を与えられるという事だ。だからというわけではないが、
礫は学校の成績だけは良かった。他に何もやることが無かったし、それに成績
優秀、品行方正を貫かなければ直ぐにでも家を追い出されるような気がしたか
らだ。自分はこの家の本当の子供ではない。そんな雰囲気を肌に感じていたか
らだ。ずっとそうだった。小さい頃からずっと。
単一民族の中で、一人だけ毛色が違うという事による孤立。
苦しかった。どうしようもなく独りだった。
だから礫は、早くそこから逃げ出したかった。
だから、村を出たのだ。
馬喰[バクラ]の村を――。
そして、今。
目の前には昆虫のような羽根をつけた小さな女の子がいた。彼女は、突然礫
の胸に飛び込んで来てぶつかってしまったのだ。
その少女は、どこかあどけなさを残していた。体長は恐らく15センチくら
いだろう。緑色の長髪を横に括って赤いリボンを結んでいる。白いワンピース
の上から薄黄色の長い上着を羽織って、ピンクのリボンで止めている。赤い靴
が印象的だ。その大きな赤っぽい瞳には、朝露のような大粒の涙が浮かんでい
た。
少女は、伝説に名高い妖精と言う種族に似ていた。
その妖精は、礫が優しく声を掛けると、何故か突然泣き出してしまった。
「……大丈夫?」
「うっ、うわぁぁぁぁん!」
*□■*
男は、見世物小屋を経営していた。
彼は大陸全土を渡り歩いていた。もちろん、見世物小屋の経営者として、
だ。
男には妻子も家もあったし、おおよそ平穏で凡庸な生活と言うものがあっ
た。だが、見世物小屋を普及させるために、その全てをかなぐり捨てて来た。
見世物小屋と言うのは、物珍しい物、おかしな物を観客に見せて金を稼ぐ生
業だ。所謂サーカスと言う奴と似ているかもしれない。サーカスと似て非なる
ものは、展示する中身だろう。サーカス団は自身の体を使ったアクロバティッ
クな運動を見世物にするが、見世物小屋は不可思議な身体を持った人間や珍し
い種族などを見世物にするのだ。おどろおどろしくも派手な看板と事実無根の
でまかせや真実を織り交ぜた独特の前口上で客引きをするのが特徴である。
今までは帆が風を孕む様に、順調に事が運んでいた。だが、ここ最近経営が
右肩下がりになってきていた。何故かは解らない。何故かは解らないが、今現
在経営不振に陥っている事実だけは変えがたい。
経営不振に陥ってるからといって、それを理由に断念することは彼の自尊心
[プライド]が許さなかった。諦めれば、それまでの人生を全否定することにな
りかねない。それだけは避けたかった。
何とかなるなら、何とかしたい。
そう思って、幾年月。
男は、背に重いものが圧し掛かってきて、肩が下がって来ているのを実感し
て久しかった。これがかの有名なプレッシャーと言う奴なのかもしれない。男
は責任感だけは人一倍強かった。
今日も今日とて相変わらずの猫背で、見世物小屋のネタ探しに町を彷徨い歩
いていた。目が落ち窪んで、少々どころじゃなく虚ろだ。見た限り覇気と言え
るものが無い。
ここは、トーポウの街である。
近辺を森に囲まれた静かな街だ。ここから幾日か行った場所にポポルと言う
森の街として有名な街があるが、そこよりも若干規模が小さい森に囲まれてい
る。ポポルと違って、エルフの住んでいない静かな森だ。
ここで一つの奇跡を見ることになる。
妖精だ。
普段は森や異世界にいて、この世界に姿を現す事のない妖精が今、男の目の
前にいた。
男は打ち震えた。
――これだ!
天啓が閃いた。
男は、今目の前で展開した現象に括目した。
今目の前で起こった現象――妖精の少女が少年にぶつかるという現象に狂喜
さえ覚えた。
その瞬間から、男のストーカー行為が始まった。
NPC:見世物小屋の経営者
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
村を出る理由はいくらでもあった。
ご飯が美味しく感じられないとか、真の友達がいないとか、辺境の一地域で
朽ち果てたくないとか、見聞を広めたいとか、村が小さ過ぎて偏見の塊ばかり
とか。
でも一番の理由は、自分の居場所がないことだった。
礫には両親の記憶がない。
礫が生まれたばかりの頃、土砂災害にて両親共々失ったのだという。これ
は、育ててくれた村長が話してくれた事だが、俄かには信じられなかった。か
といって疑う余地も無いのだが。何といっても礫に両親の記憶が無い、と言う
事実が村長の言っていた事が真実だという証拠であった。
礫にとっての両親は、おぼろげながら残る輪郭だけの存在だった。普通、記
憶と言うものは三歳以前のことは覚えていないものだ。すると、礫が両親と死
に別れたのは三歳の頃かと言うと、そうでもないらしい。礫を拾って育ててく
れた育ての親である村長の言によると、当時長雨続きで地盤が緩んでいた山道
を物凄い速度で走り去ろうとした馬車があったそうだ。何処から来たのか、何
処へ向かっているのか定かではなかったが、その馬車は何かに追われているか
のようだったという。その馬車の振動が緩んでいた地盤を揺らし、土砂崩れが
起こったのだという。通り過ぎようとしていた馬車は敢え無く土砂に飲み込ま
れ、砂礫の下敷きになってしまったのだ。
狩りのため、村長が丁度付近を通りかかった時、偶然赤ん坊の泣き声が聞こ
えてきたのだそうだ。まだ、1歳か0歳くらいの。生まれて間もない赤ん坊の泣
き声だった。それは奇跡だった。不運が続いた後の、たった一つの奇跡だっ
た。
救い出されると安心したのか、赤ん坊――当時の礫――は直ぐに泣き止んだ
のだという。
それから村に連れて帰って上へ下への大騒ぎになった。ともかく、奇跡の子
だなんだと騒ぎ立てた。奇跡の子として扱われていた時はまだ良かった。だ
が、一度赤ん坊が瞳を開け広げると途端に水を打ったような静けさが広がっ
た。そして、波紋が広がるようにざわつき始めた。
その赤ん坊は、青い瞳を持っていた。
色素の薄い、蒼穹の青さを持った子供。
その瞳の色はここ、カフールでは特に珍しい色合いだった。
そして、礫はその日から忌み子として倦厭される事になる。
普通、自分と違うものを持ったものは物珍しい目で奇異に見られるか、敬遠
するのが一般的である。ましてやここは閉鎖的なカフール皇国の片田舎。皆一
様に黒髪黒目と、同じような姿なのだ。その中に一人だけ違う毛色の者が放り
込まれたら、どうなるか。結果は明瞭である。仲間として受け入れられなくて
弾き出されるのが落ちだ。礫も、その例に漏れなかった。
だから、礫は幼い頃より苛められてきた。
礫は名目上、村長の家に引き取られることになった。
村長自身は優しく、温かい目で受け入れてくれたが、村長の家族達は不満が
滲み出ていた。一言で言って、面白くない、のだ。何故に他人の子供――しか
も両親は既に死んでいる――を引き取らねばならぬのか。その疑問を拭い去る
ことは出来なかった。最後まで。
家の内にいても、外にいても、礫の居場所は無かった。
家の中では肩身が狭くて、家の外では苛められていたのだ。つまはじき者と
して。
村長の家族達の対応は皆一様に冷たかった。冷酷、とまでは行かないまでも
それなりに冷めている。そんな中途半端さが逆に痛かった。朝、昼、晩のご飯
はちゃんと作ってくれるし、家族皆と同じ献立で同じだけの量を食することが
出来た。でも、食事中の会話は何故か礫だけ除け者になっていたし、村長だけ
が礫に対して話しかけることはするけれどもそれ以上のことはしてはくれなか
った。
そのほかの時間でも、礫は何故か除け者にされていた。冷たい、嫉妬心に満
ちた視線ばかり浴びるが、それ以上の事はしてこなかった。
事、勉強に関しては家族の中に礫の右に出るものは居なかったので教えるこ
とはあったが、それ以上の関係にはなり得なかった。
つまり、肩身が狭かったのだ。
学校でも礫は肩身の狭い思いをしていた。
肩身が狭いどころか、無視されたり、何か事件が起こると決まって礫のせい
にされたり、時々暴力に訴えてくることもあったが、全体的に無視されること
が多かった。完全に無視される事がどういうことか。真綿で首を絞められるよ
うに、精神的な苦痛を与えられるという事だ。だからというわけではないが、
礫は学校の成績だけは良かった。他に何もやることが無かったし、それに成績
優秀、品行方正を貫かなければ直ぐにでも家を追い出されるような気がしたか
らだ。自分はこの家の本当の子供ではない。そんな雰囲気を肌に感じていたか
らだ。ずっとそうだった。小さい頃からずっと。
単一民族の中で、一人だけ毛色が違うという事による孤立。
苦しかった。どうしようもなく独りだった。
だから礫は、早くそこから逃げ出したかった。
だから、村を出たのだ。
馬喰[バクラ]の村を――。
そして、今。
目の前には昆虫のような羽根をつけた小さな女の子がいた。彼女は、突然礫
の胸に飛び込んで来てぶつかってしまったのだ。
その少女は、どこかあどけなさを残していた。体長は恐らく15センチくら
いだろう。緑色の長髪を横に括って赤いリボンを結んでいる。白いワンピース
の上から薄黄色の長い上着を羽織って、ピンクのリボンで止めている。赤い靴
が印象的だ。その大きな赤っぽい瞳には、朝露のような大粒の涙が浮かんでい
た。
少女は、伝説に名高い妖精と言う種族に似ていた。
その妖精は、礫が優しく声を掛けると、何故か突然泣き出してしまった。
「……大丈夫?」
「うっ、うわぁぁぁぁん!」
*□■*
男は、見世物小屋を経営していた。
彼は大陸全土を渡り歩いていた。もちろん、見世物小屋の経営者として、
だ。
男には妻子も家もあったし、おおよそ平穏で凡庸な生活と言うものがあっ
た。だが、見世物小屋を普及させるために、その全てをかなぐり捨てて来た。
見世物小屋と言うのは、物珍しい物、おかしな物を観客に見せて金を稼ぐ生
業だ。所謂サーカスと言う奴と似ているかもしれない。サーカスと似て非なる
ものは、展示する中身だろう。サーカス団は自身の体を使ったアクロバティッ
クな運動を見世物にするが、見世物小屋は不可思議な身体を持った人間や珍し
い種族などを見世物にするのだ。おどろおどろしくも派手な看板と事実無根の
でまかせや真実を織り交ぜた独特の前口上で客引きをするのが特徴である。
今までは帆が風を孕む様に、順調に事が運んでいた。だが、ここ最近経営が
右肩下がりになってきていた。何故かは解らない。何故かは解らないが、今現
在経営不振に陥っている事実だけは変えがたい。
経営不振に陥ってるからといって、それを理由に断念することは彼の自尊心
[プライド]が許さなかった。諦めれば、それまでの人生を全否定することにな
りかねない。それだけは避けたかった。
何とかなるなら、何とかしたい。
そう思って、幾年月。
男は、背に重いものが圧し掛かってきて、肩が下がって来ているのを実感し
て久しかった。これがかの有名なプレッシャーと言う奴なのかもしれない。男
は責任感だけは人一倍強かった。
今日も今日とて相変わらずの猫背で、見世物小屋のネタ探しに町を彷徨い歩
いていた。目が落ち窪んで、少々どころじゃなく虚ろだ。見た限り覇気と言え
るものが無い。
ここは、トーポウの街である。
近辺を森に囲まれた静かな街だ。ここから幾日か行った場所にポポルと言う
森の街として有名な街があるが、そこよりも若干規模が小さい森に囲まれてい
る。ポポルと違って、エルフの住んでいない静かな森だ。
ここで一つの奇跡を見ることになる。
妖精だ。
普段は森や異世界にいて、この世界に姿を現す事のない妖精が今、男の目の
前にいた。
男は打ち震えた。
――これだ!
天啓が閃いた。
男は、今目の前で展開した現象に括目した。
今目の前で起こった現象――妖精の少女が少年にぶつかるという現象に狂喜
さえ覚えた。
その瞬間から、男のストーカー行為が始まった。
PC: メイ 礫
場所: トーポウ
NPC: 見世物小屋の経営者
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――泣けば泣くほど、泣いていた理由からは遠ざかるものである。
「うぅっ、えうぐっ、ううっ、うー」
メイは、口を思いきりひん曲げて、べそべそと泣き続けていた。
乱暴にこすったせいか、目の下の柔らかい皮膚が痛い。
「え…えぇと、妖精…だよね?」
少年の問いかけに、メイは頷いた。
声を出して返事ができる状態ではなかったのである。
「どうして泣いてるの?」
「……ぐすっ……花畑……」
「え?」
「花畑で……っ……花がいっぱい、入ったカゴがあったから、寝転がってみたら、知
らないやつが掴んでて、知らないところにいて!」
メイとしては、一からきちんと事情を説明しているつもりだった。
妖精の森から花畑に遊びに出かけ、そこでカゴの中に敷き詰められた花びらの上に寝
転がり……気がついたらいきなりこの街に来てしまっていた、ということを。
しかし、聞いている少年にしてみれば、次々と言葉をまくしたてているだけのように
しか聞こえない。
まったく要領の得ない説明である。
少年は、とにかく、この妖精は今物凄く困っているんだ、ということだけは理解でき
た。
「あーんっ、ここどこなのよーっ! あたしが何したっていうのよぉっ!」
妖精だろうがなんだろうが、泣く女ほど手に余るものはない。
大泣きに泣いているメイを見つめ、少年は固まっていた。
明かに、メイの扱いに困っている様子である。
「え、ええと、妖精さん……ここがどこだかわからなくて、家に帰れないから困って
る……んだよね?」
メイの様子や言葉などから、どうにかその結論に達したらしい少年は、おずおずと
いった感じでそう尋ねる。
「もし良かったら、手伝おうか?」
その言葉に、メイは、涙でぐじゃぐじゃになった顔を上げた。
「手伝う……?」
ひっく、ひっく、としゃくり上げながら問い返すと、少年は「うん」と頷いた。
「家に帰れるように手伝うから、その……泣かないで、ね?」
見知らぬ、しかも人間の街で。
不安でぐちゃぐちゃなところへ。
助けの手を差し伸べてくれる人物に出会う。
その時の喜びと安堵感は、何物にも変え難いほど大きいものだ。
メイの顔から、不安の影が消えていき――その目に、希望に満ちたキラキラした輝き
が宿る。
「わぁい、ありがとーっ!」
先ほどまでの大泣きしていた様子とは一変、メイはすっかり元気を取り戻した。
羽根のはばたきすらも、先ほどまでより力強いものに変わっている。
メイは、ひゅいんっ、と少年の眼前まで羽根を羽ばたかせて飛びあがると、その鼻先
に手を置いて笑顔を見せた。
「あたし、メイリーフ! だけど面倒くさいからメイでいいよ」
少年はつられたように微笑みを返した。
「僕は礫(れき)って言います」
「ちょい待ち。なんでそこだけ敬語になるかな?」
メイは、びし、と手刀に似た手の動きを少年――礫に向ける。
いわゆる、『ツッコミ』といわれるソレである。
「な…なんとなく」
「ふーん。じゃあ、あだ名は『れっきー』ね」
「……え?」
突然『れっきー』呼ばわりされて、礫は戸惑ったような表情を浮かべた。
「え? イヤ?」
「いや……あの、嫌ってわけじゃないけど……別に、普通に呼んでもらっても……」
メイが首を傾げると、礫はもごもごとそんなことを呟いた。
「じゃあよろしくね、れっきー」
訂正しないところを見ると、メイの中では既に決定事項であるらしい。
「れっきー……って……」
礫の呟きは、虚しく風に消えたのだった。
その一連の動きを、じっと観察している者がいることには、まだ気付いていない。
場所: トーポウ
NPC: 見世物小屋の経営者
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――泣けば泣くほど、泣いていた理由からは遠ざかるものである。
「うぅっ、えうぐっ、ううっ、うー」
メイは、口を思いきりひん曲げて、べそべそと泣き続けていた。
乱暴にこすったせいか、目の下の柔らかい皮膚が痛い。
「え…えぇと、妖精…だよね?」
少年の問いかけに、メイは頷いた。
声を出して返事ができる状態ではなかったのである。
「どうして泣いてるの?」
「……ぐすっ……花畑……」
「え?」
「花畑で……っ……花がいっぱい、入ったカゴがあったから、寝転がってみたら、知
らないやつが掴んでて、知らないところにいて!」
メイとしては、一からきちんと事情を説明しているつもりだった。
妖精の森から花畑に遊びに出かけ、そこでカゴの中に敷き詰められた花びらの上に寝
転がり……気がついたらいきなりこの街に来てしまっていた、ということを。
しかし、聞いている少年にしてみれば、次々と言葉をまくしたてているだけのように
しか聞こえない。
まったく要領の得ない説明である。
少年は、とにかく、この妖精は今物凄く困っているんだ、ということだけは理解でき
た。
「あーんっ、ここどこなのよーっ! あたしが何したっていうのよぉっ!」
妖精だろうがなんだろうが、泣く女ほど手に余るものはない。
大泣きに泣いているメイを見つめ、少年は固まっていた。
明かに、メイの扱いに困っている様子である。
「え、ええと、妖精さん……ここがどこだかわからなくて、家に帰れないから困って
る……んだよね?」
メイの様子や言葉などから、どうにかその結論に達したらしい少年は、おずおずと
いった感じでそう尋ねる。
「もし良かったら、手伝おうか?」
その言葉に、メイは、涙でぐじゃぐじゃになった顔を上げた。
「手伝う……?」
ひっく、ひっく、としゃくり上げながら問い返すと、少年は「うん」と頷いた。
「家に帰れるように手伝うから、その……泣かないで、ね?」
見知らぬ、しかも人間の街で。
不安でぐちゃぐちゃなところへ。
助けの手を差し伸べてくれる人物に出会う。
その時の喜びと安堵感は、何物にも変え難いほど大きいものだ。
メイの顔から、不安の影が消えていき――その目に、希望に満ちたキラキラした輝き
が宿る。
「わぁい、ありがとーっ!」
先ほどまでの大泣きしていた様子とは一変、メイはすっかり元気を取り戻した。
羽根のはばたきすらも、先ほどまでより力強いものに変わっている。
メイは、ひゅいんっ、と少年の眼前まで羽根を羽ばたかせて飛びあがると、その鼻先
に手を置いて笑顔を見せた。
「あたし、メイリーフ! だけど面倒くさいからメイでいいよ」
少年はつられたように微笑みを返した。
「僕は礫(れき)って言います」
「ちょい待ち。なんでそこだけ敬語になるかな?」
メイは、びし、と手刀に似た手の動きを少年――礫に向ける。
いわゆる、『ツッコミ』といわれるソレである。
「な…なんとなく」
「ふーん。じゃあ、あだ名は『れっきー』ね」
「……え?」
突然『れっきー』呼ばわりされて、礫は戸惑ったような表情を浮かべた。
「え? イヤ?」
「いや……あの、嫌ってわけじゃないけど……別に、普通に呼んでもらっても……」
メイが首を傾げると、礫はもごもごとそんなことを呟いた。
「じゃあよろしくね、れっきー」
訂正しないところを見ると、メイの中では既に決定事項であるらしい。
「れっきー……って……」
礫の呟きは、虚しく風に消えたのだった。
その一連の動きを、じっと観察している者がいることには、まだ気付いていない。