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PC:カイ クレイ
NPC:カシュー ルキア ウルザ
場所:王都イスカーナ
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「じゃ、そういうことだから」
固くそしてはげしい決意を秘めているはずなのに、ルキアはそれを感じさせない様子で話を終えた。
「……ひとりでやるのか?」
ルキアの話し相手は壮年の男だった。
見た目は初老といったとこなのだが、その鍛えられ引き締まった体から受ける印象は、老いを感じさせないものだった。
「あら? 大丈夫よナイトが二人もついているしね。それに私の力を一番知ってるのはカシューのはずよ」
「ちげねぇ」
カシューは思わず苦笑するしかなかった。
戦う力を、カラスに翼を与えたのは間違いなく自分自身だった。
いまさら心配してみたところで、何の免罪符になりうるというのか。
軽口をたたきながら席を立ったルキアは、出口へ向かいながら不意に振り向いて思い出したように付け足した。
「それから、あのガキちゃんとしつけといてよね! 危うく通報されるとこだったんだからね」
そういいきると返事も聞かずに部屋を出て行った。
当然のようにカシューを疑っていない辺りが可愛いところでは在るのだが、なかなか互いに素直とはいかないようである。
「だとさ、柄にもなくだいぶ血が上ってそうだぜ?」
苦笑の余韻を引きずったまま、頬をかきながら声に出してふりかえる
と、隠れていたもう一人が姿を現した。
気配をたち隣部屋に潜んでいたのは、ルキアと同じ顔を持つウルザで
あった。
「まあ、おまえはクレアにって気遣いかもしれんが……」
「あら、そちらはきっと大丈夫でしょう?」
同じ顔ながら普段はあれほど印象が違うウルザが、このときはまるでさっきのルキアのようにあでやかに微笑む。
普段の付き人としてのウルザが透明なイメージに対し、今のウルザは命の輝きに満ちているようともも言えた。
「おいおい、そりゃまた、まさかと思うが……」
言外に込められた意味を悟り、カシューが抗議する様に何か言おうとする。
まさかこんな年寄りをこき使う気か、と言いたかったのだがウルザが機先を先してさえぎった。
「対でそろってこそ、カラスの翼は夜をかける翼になるのですよ」
にっこりと笑ったその笑顔のまえではさしものカシューも白旗を振る
しかなかった。
「まあしゃーめえか。お目えらの大事な嬢ちゃんは任せときな。若……いや閣下の娘でもあるから、言われんでも守ってやるよ」
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PC:カイ クレイ
NPC:クレア
場所:王都イスカーナ
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結局デュラン・レクストンの書斎から大事な琥珀が見つかることはなかった。
「……そうじゃ、カラスに盗られんように隠し場所を何回も変えて……はて、何処に変えたんだったかのう?」
本棚の本を殆どひっくり返し、埃と本まみれになりながら元神官の老人がそういったのは、太陽が真上に昇って少し傾き始めた頃だった。
「……どうする?」
「……どうしようか?」
カイとクレイは顔を見合わせる。狭い中で待たされる苦痛から逃げ出したいのと、埃だらけの空気じゃない新鮮な空気が吸いたいのと、腹が減ったのはどれが一番なんだろうとか思いながらも、二人の気持ちはココを後にすることに決まっていた。
「あー……腹が減っては戦も出来ぬ、というわけで」
「満月今日じゃないし、また来るから見つけておいて」
話も聞かずに捜索に戻る老人を後にして、清々しい太陽の下へと帰還した。
「イスカーナの空気がこんなに綺麗だなんて、知らなかったなぁ」
思い切り深呼吸したクレイがしみじみと呟く。カイも伸びをして空を見上げた。
「外で食べるか」
「しばらく狭い部屋はゴメンだよ」
顔を見合わせて一緒に肩を竦める。
そうだ、噴水のある公園でホットドックを食べよう。飲み物は太陽をいっぱいに浴びたオレンジジュースがいいな。なんて想像を膨らませつつ、クレイは唾液を飲み込んだ。
もちろん様子が気になっていたので、屋敷(というよりも廃墟?)の前の状況を確認してから行くことにしたのだが、なんだか思いの外静かで拍子抜けすることになる。
「何だ?アレは」
睨み合ったまま座り込みに入っているのだ。どっちも譲る気はないらしく、炎天下の中、応援がせっせと水やタオルを差し入れている。
「……見なかったことにしよう」
「……さわらぬ神にたたりなし」
他の顔見知りに気付かれないように、そそくさと退散する。見つかると昼飯どころではなさそうだったからだ。
そしてそれはどうにか成功したようで、誰にも邪魔されることなく、公園に着いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ホットドックを売る屋台にどこかで見たような後ろ姿を見つけ、イヤーな予感に歩速が早まる。クレイもカイも無言のままだが、二人とも同じ考えに行き着いたらしい。眉間に皺を寄せ、半ば駆けるように近づいていく。
「だからおじさん、ケチャップはたっぷりにしてね?」
聞き覚えのある声。
「あ!ココのマスタード、粒じゃなーい」
言いながら振り返り、二人に気付いて脱兎のごとく逃げ出すクレア。
「やっぱりオマエか!」
「……だぁーってー」
「謹慎中なんだから、ちょっとは我慢しろよ」
足の速さではクレイに敵うはずもなく、首根っこを捕まれた子猫のようにカイの元へ連れてこられる。
「さて、事情を話してもらおうか?」
「……だって、みんなヘンなんだモン。いつも絶対やらないのに、ルキアとウルザが一緒にお休みもらうなんて絶対ヘン!それに、昨日までウチに派遣されてたハズのクレイ達が来ない日に休むなんて。ね?おかしいよね?」
クレイとカイが顔を見合わせる。
「しかもお休みがいつもよりも長いんだよねー……いつもは一日で帰ってくるのに」
「で、どっちかをつけてきたのか?」
「ううん、私じゃすぐばれちゃうモン。だから、二人が屋敷を出てたっぷり時間をおいてから出てきた」
にぃっと笑うクレア。クレイは座り込んで頭を抱えた。
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PC:カイ クレイ
NPC:クレア カシュー
場所:王都イスカーナ
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「で、どうする?」
カイの言わんとすることはクレイにもよくわかっていた。
このままクレアを一人で返すのは論外だし、一緒にもどったとしたら現場に戻るのが遅れてしまう。
なにより戻したところでまた抜けてこられてはたまったもんではない。
(ってか、ウルザはどーしたんだよ)
視線の先にいるクレアはというと、
「なに? クレイも食べる?」
幸せそうにかぶりついていたホットドックを差し出す。
「こら、お姫様がはしたない……じゃなくて!」
なにやら真剣に悩んでいるほうがおかしいのかと、疑わずにはいられないクレイだった。
「しかたない……か」
「そうだな」
カイもクレイに同意を返すところを見ると、やはり選択肢は限られているようだった。
「じゃあ、俺たちも昼食かってくるからちょっとまってろよ」
そうクレアにいいながら、クレイは腰元のポケットから小銭をまさぐりながら屋台の若い店員にカイと二人分の注文をたのんだ。
「え、じゃあいいの?」
のんきそうにしててもやはり返されると思っていたクレアは、同行を了承してるとも取れるクレイの言葉に思わず聞き返す。
「こうなったら俺たちと一緒のほうが安全だろからな」
「クレイならそういってくれると思った!」
クレアの満面の笑みをみると、本気でそう思っていたんじゃなかろーかと、クレイは自分の想像に頭を痛めた。
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(参ったな、俺もなんか用意しときゃよかったぜ)
昔は数日物が食えない事もざらだったというのに……。
そう思うと空腹感に辛さを感じる自分に情けなさを感じずにはいられないカシューであった。
ルキアから事前に計画を知らされたカシューは、ウルザにのせられていることを承知で、クレアをそれとなく護衛していた。
ウルザがカシューを当て込んだのは、一つにはクレアを任せられる実力者としての信頼があったからだが、同時に現時点でクレアの危険度は低いと判断した事もあって、かつての師にたいする、保険程度には頼らせてよという軽い甘えだったのだろう。
だからこそカシューはギルベルトにも黙って、屋敷周りで警戒していたのだが……。
(話が違う……。大公の姫君ともなれば『深窓の』ってのが相場なのに)
母親がいないとはいえそこはお姫様、ウルザをはじめ教育係には事欠かなかったはずがなぜこうなったのかカシューは愚痴半分に首を傾げてしまうものだった。
もちろん、スリ技術をはじめ、ウルザが教えないことをせっせと教えたルキアが原因であることを考えれば、ウルザ・ルキア姉妹の養い親をしていたカシューが大本なのだから因果応報といえるかもしれないのだが。
とにもかくにも不平不満は言いつつも、距離をとりつつしっかりとクレアの気配を捉え続けていたカシューは三人に案内されるがごとく、一軒の廃屋(そうとしか見えない)に誘われてきた。
(ここは?)
三人が抜け穴から入っていくのを確認した後、何気なく周りを見回してみれば、なにやら妙な感覚に首をかしげる。
(……まさかな。あれからもう何年もたつのだし、彼が生きていたとしてももういい年のはず)
思い出しかけた人物を首を振って頭から追い出すと、思わず苦笑をしてしまう。
思い出を呼び起こすなら、もう少し色気のある相手にするべきだ。
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PC:カイ クレイ
NPC:クレア デュラン・レクストン ルキア ウルザ
場所:王都イスカーナ
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「おじいちゃん、まだみつかんないのー?」
いきなりのこの台詞に、疲労困憊の「おじいちゃん」は噛み付いた。
「なんじゃお前さんは!わしは招待しとらんぞい!」
「あ、図星指されて怒ってるー」
「コラ。おとなしくしてなさい」
「えーっ」
狭い書斎である。埃だらけの書斎である。本が散乱している書斎である。
「狭いから騒ぐなよ」
「狭いとは失敬な!」
「本当に狭いんだから仕方がないだろう?」
「ちょっとー、静かにしようよう」
『お前が言うな!』
「……」
重ねて言うが、狭い、埃だらけの、本が散乱している書斎である。
「ねー」
「うるさいわい」
「まだなんにも言ってないじゃない」
「癪に障るわ」
「だって、コレー」
「勝手に触るでないわ!」
「捜し物ってコレじゃない?」
『!!!』
来て、まだそんなに経ったワケじゃない。
クレアがこの書斎に詳しいわけではけしてない。
しかし、この部屋の主が半日かけて探せなかったモノを、彼女はいとも簡単に見つけだしたのだ。
「何でみつかんないのよー、すぐあったじゃん」
小さなパラフィン紙に包まれた琥珀を、まるでキャラメルでも開けるように躊躇なく解放する。
クレアは琥珀を摘むと透かして、見た。
埃が舞い、あまり明るいとは言えない地下の書斎で、それはとても柔らかい輝きを放った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルキアは木に登り、町を見下ろしていた。程良く茂った大樹は、気を付けて見ていても、人影を見つけるのは難しい。気付かれる心配などしていなかった。が。
コツン。
木に投石があった。
見下ろすとソコには。
「ウルザ!」
屋敷にいると思っていた妹の登場に困惑するルキア。ウルザは人通りが途絶えたことを確認して、ロープを放りあげるといとも簡単に上ってくる。
この木は二人の秘密の場所だった。養い親であるカシューにも教えていない場所。もしかしたらカシューも知っているのかもしれないが、二人の知る限り邪魔されたことのないとっておきの場所。
「何で来たの? あなたはクレア様に付いてないと」
「あら。カシューに頼みに行ったんでしょ? それに」
気にする様子もなく、当然のように答えるウルザ。
「カラスの翼は、対が揃わないと飛べないのよ」
風に煽られる髪を抑えながら、眼下を見下ろす。ルキアはあきれてモノが言えなかった。
「何から始めるの?」
「きっと動き出すヤツが居るはず。まだ待つべきだと思うけど」
「強気の姉さんの台詞とは思えないわね。何か仕掛けるかと思ってた」
ウルザは何をたくらんでいるのだろう?彼女は不適に優雅に笑った。
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PC:カイ クレイ
NPC:クレア デュラン・レクストン ルキア ウルザ
場所:王都イスカーナ
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「さて、カラスにとって難関といえそうなのは、ここに入る抜け道に気づけるかどうかだが……」
「それは難関とはいいがたいな」
ボーっと待ってるのも暇をもてあますのか、誰にともなくつぶやいたクレイにカイが冷静に返す。
「上から来るなら、井戸を通らなくても、じかに屋敷から降りてくればいい」
そういったカイは自分たちが招かれた扉ではなく、部屋の奥にあるもう一つの扉を指でさす。
「あー、まあどっちみち……」
いいかけたクレイは後ろをいきなり振り返ったかと思うと、いつの間にか手の中に現れた紙の束―――遠い異国でハリセンとよばれる道具で、こっそり忍び寄ってきていたクレアの頭をはたく。
「いったー。なにすんのよー!」
音はでかくても、大して痛くないのが特徴なのだが、クレアはあえて大げさに痛がって見せる。
そもそもの予定では屋敷にいるはずだったクレアには当然ながら役割はない。
むしろ足手まといなのだから、と部屋の奥でおとなしくさせられていたクレアはついに我慢の限界に来たらしい。
「おまえは状況わかってんのか?」
「私だって、伝説の怪盗にあいたいー」
わかっててわざとであろうが、だだをこねるクレアに困ったようにため息をつくクレイ。
カイも「姫」にはどこか弱いようで、とばっちりを喰らわない限りは、なるべく見てみぬふりを決めたようで、クレイから視線をそらしたりしている。
「だいたい、こんな穴のそこにいたら、ほかのやつらに手柄取られちゃうよ!」
これにはさすがに考える顔になって、カイとクレイは顔を見合す。
手柄なんかはそんなに期待していないので、むしろどうでもいいぐらいだったが、ほんとの目的である「真の敵を見つける」ためには、外にいる必要があるのは確か。
クレアがきたことで、なんとなく篭っていたが、それでは屋敷にいるのと状況は変わらない。
「……賭けになるか?」
「……いや、向こうはそこまで知らないはずだろう」
冷や汗を浮かべて慎重に問いかけるクレイに、冷静に首を振るカイ。
二人を見比べて、一人わけがわからずに、また不満そうに頬を膨らませるクレア。
「なんのはなし?」
「ああ、いや、警備の方針についてだな……。」
こんなところでばれてしまっては、あの姉妹……いや、この国の頂点にいる三大公の一人を敵に回しかねない、クレイはおもわず下手なごまかし方をしてしまい、余計にあやしさを演出してしまう。
さすがに手助けしようとカイが話を変えてやろうとしたとき、それまで奥のいすでボーっとしていたデュランが思わぬ提案をしてきた。
「なんなら皆で上でまってみるか?」
「ああ?」
「?」
「え?」
なにをいいだすのか、と三人そろって疑問に思う。
ダミーの住処を用意して、大事なものは地下に隠すようなよう慎重深さを見せたデュランがする提案ではないからだ。
「ひょ、ほほほほ。なに、か弱い年寄りだけならまだしも、頼もしい騎士が二人もついているうえ、敷地の外は大賑わい。となればかえって穴
倉にいるより、連携をとりやすいよう上に出ていようと思ったわけじゃよ」
(うさんくさい)
口に出しこそしなかったが、怪しさはますばかりである。
とはいえ、渡りに船だったのもたしか、そうなれば、ここは乗っておくほうが良いだろうと考えて決断する。
「わかった、そういうことなら上に出よう」
クレアはもちろん、カイも賛同したので、四人連れ立ってへやをでることにした。
日が落ちると荒廃ぶりに拍車がかかって見えるその屋敷(と言い切るにはいささか躊躇してしまう有様だが)は、大貴族の警戒態勢時並の警備体制が敷かれていた。
露骨に目立つように巡視をしているものもそうだが、闇に潜むもののかずを入れれば、たかが怪盗ごとき相手にするには異常といっていいシフトだ。
まるで戦時下の基地のごときその廃屋に小さな灯がともるのを、少し離れた屋敷の屋根の上で眺める影が二つあった。
「どーやら向こうも準備いいみたいね」
「ご老人をたきつけたのは、やはり姉さんだったのですね……」
ルキアが楽しそうにいうのを聞いて、ウルザがため息をつく。
二人は全身黒ずくめの格好で、武器らしい武器も持たずにいた。
「おやー、なぜかクレア様が紛れ込んでたのを昼間見たけど、あれはあんたの仕業でしょ?」
ウルザもため息で返す。
こうして同じしぐさをされると、やはりというべきか、鏡に映したように同じに見えるから不思議だ。
こういうときウルザは言い訳はせず、ただ静かに微笑を返す。
「……いいけどね。また私のせいになるだろうけど」
とはいえ、ルキアもウルザがいつだって、ルキアやクレアのことを考えて行動していることはわかっているのだ。
ただ、普段の行いが帰ってくるだけだということも。
それにしても不思議なものだとルキアは内心おかしくなる。
計画を始めたときは、敵を討つとかクレアの未来とか考えて、かなり熱くなっていたのだが、こうしてウルザが隣にいると、不思議と余裕が出て落ち着いてくる。
「なんですか?」
愚痴っていた姉が急におかしそうに含み笑いをしているのを見て、首を傾げるウルザ。
「なんでもないよ」
ルキアは軽く流すと、黒い覆面用の布を取り出して顔にまき始める。
「いい? かき回すのは私がやる。タイミングがありそうなら宝もいただいてくる」
自分にも言い聞かせるように確認をするルキアに、ウルザも顔を布で覆いながらうなづいてみせる。
「私は敵を見定めます」
用意を整えた二人は、軽く手を合わせて挨拶すると、そのまま浮かび上がるように宵闇に身を躍らせた。
「さ、パーティーをはじめるわよ!」