PC : アロエ オーシン
場所 : イノス
NPC : おばば様(サラ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カーテン越しに日差しの差しこむ部屋。
その片隅に置かれたベッドに、1人の若い娘が力なく横たわっていた。
顔には血の気がなく、開いている緑色の瞳には、もはや生気がない。
彼女は、かろうじてこの世界に繋ぎとめられているに過ぎなかった。
部屋の外は、春真っ盛り。
光溢れ、生命の輝きに満ちていた。
しかしこの部屋に、それはない。
『お母さん』
横たわる娘の、乾いた唇から、かすれた声が漏れた。
『あたし……死んじゃうのかな……』
娘は、ゆるゆると唇の端を持ち上げる。
そして、一つ小さく息を吐き出し――瞳を閉じる。
それが、彼女の最期だった。
掛け布団の上に置いていた、やせ細った腕が、ずるりと布団の上を滑る。
衣服からのぞいて見える部分には、奇妙な形をした赤いアザがいくつも浮かんでいる
のが見えた。
* * * * * * * *
「……あんた達、これに一体何を入れたんだい」
ずい、とみそ汁の入った器を突きつけるサラ。
器は、細かく刻まれたきゅうりとトマトの入ったみそ汁で満たされている。
オーシンは、もそもそとおにぎりを食べるのを中断して、きょとんとサラを見つめ
た。
「きゅうりと、トマト……」
数回のまばたきの後、馬鹿正直に答えるオーシンだった。
「そんなことはわかってるんだよ、お馬鹿! あたしが聞きたいのは、なんでみそ汁
に生野菜なんか入れたのか、ってことなんだよっ」
「でも、結構イケるぜ」
オーシンの隣で、ずずず、と同じものをすすりながら、アロエ。
そう。
何故か、これが意外と美味しいのだった。
よほどの味音痴でもない限りは、この少々風変わりなみそ汁を『おいしい』と認識す
ることだろう。
しかしサラの場合、性分が邪魔して素直な感想を述べられないのだ。
「作るの、苦労したよな~。きゅうりとかトマトとか細かく刻んでみじん切りにして
さ」
な? なんて話を振られて、こくん、とオーシンは頷いた。
「ふん、きゅうりとトマトのみそ汁なんて聞いたことないね。こんなもん、ゲテモノ
料理だよ」
「おい、ばーさん。なんでそんな文句ばっかり言うんだよ。そんなに嫌なら食わな
きゃいいじゃん」
アロエが器を取り上げようとすると、サラはさっとそれを引っ込めた。
「食わないなんて言ってないだろ」
負け惜しみのようなことを言うと、サラは、ずずず、とみそ汁をすすり始めた。
さらに、おにぎりを一つ手に取ると、がつがつと頬張る。
あまり行儀の良くない行動であった。
「……雑草よかマシな味だね。取りあえず、トマトの皮くらいむきな。食べる時に歯
に引っかかって邪魔だよ」
「んなっ!?」
一生懸命作ったものを『雑草よりはマシ』と評価され、アロエはピキッとこめかみに
青筋を立てた。
まあ、そんなことを言われたら、アロエでなくとも腹が立つことだろう。
二度と作ってやるもんか、なんて考える奴もいるかもしれない。
「さてと。オーシン、今日は徹夜だからね。後で眠気覚ましのお茶、用意しておく
れ」
「わかった……」
オーシンの返事を背中で聞きながら、サラは自室へと入っていった。
「ひっでえの。人の努力をなんだと思ってんだよ」
閉められたドアを膨れっ面で見つめながら、アロエはぼやく。
オーシンは、かちゃかちゃと、サラの使った食器を簡単に片付けながら、アロエに声
をかけた。
「……あのね」
「あ?」
「おばば様、本当にマズイ時は絶対、食べないんだよ……だから……」
ほんの少し、深呼吸をしてオーシンは続ける。
だいぶ警戒心がほぐれてきたとはいえ、天使であるアロエと話をするのは、正直まだ
慣れない。
声はぼそぼそとしており、視線は下を向いたまま、の状態である。
「……今日の夕飯、ホントは美味しかったんだと思う……」
――それは、サラのひねくれ具合に慣れているオーシンだからこそ、わかることかも
しれない。
オーシンは、そっ、とアロエに片手を差し出し、小首を傾げる。
「……アロエ、おかわり、する?」
場所 : イノス
NPC : おばば様(サラ)
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カーテン越しに日差しの差しこむ部屋。
その片隅に置かれたベッドに、1人の若い娘が力なく横たわっていた。
顔には血の気がなく、開いている緑色の瞳には、もはや生気がない。
彼女は、かろうじてこの世界に繋ぎとめられているに過ぎなかった。
部屋の外は、春真っ盛り。
光溢れ、生命の輝きに満ちていた。
しかしこの部屋に、それはない。
『お母さん』
横たわる娘の、乾いた唇から、かすれた声が漏れた。
『あたし……死んじゃうのかな……』
娘は、ゆるゆると唇の端を持ち上げる。
そして、一つ小さく息を吐き出し――瞳を閉じる。
それが、彼女の最期だった。
掛け布団の上に置いていた、やせ細った腕が、ずるりと布団の上を滑る。
衣服からのぞいて見える部分には、奇妙な形をした赤いアザがいくつも浮かんでいる
のが見えた。
* * * * * * * *
「……あんた達、これに一体何を入れたんだい」
ずい、とみそ汁の入った器を突きつけるサラ。
器は、細かく刻まれたきゅうりとトマトの入ったみそ汁で満たされている。
オーシンは、もそもそとおにぎりを食べるのを中断して、きょとんとサラを見つめ
た。
「きゅうりと、トマト……」
数回のまばたきの後、馬鹿正直に答えるオーシンだった。
「そんなことはわかってるんだよ、お馬鹿! あたしが聞きたいのは、なんでみそ汁
に生野菜なんか入れたのか、ってことなんだよっ」
「でも、結構イケるぜ」
オーシンの隣で、ずずず、と同じものをすすりながら、アロエ。
そう。
何故か、これが意外と美味しいのだった。
よほどの味音痴でもない限りは、この少々風変わりなみそ汁を『おいしい』と認識す
ることだろう。
しかしサラの場合、性分が邪魔して素直な感想を述べられないのだ。
「作るの、苦労したよな~。きゅうりとかトマトとか細かく刻んでみじん切りにして
さ」
な? なんて話を振られて、こくん、とオーシンは頷いた。
「ふん、きゅうりとトマトのみそ汁なんて聞いたことないね。こんなもん、ゲテモノ
料理だよ」
「おい、ばーさん。なんでそんな文句ばっかり言うんだよ。そんなに嫌なら食わな
きゃいいじゃん」
アロエが器を取り上げようとすると、サラはさっとそれを引っ込めた。
「食わないなんて言ってないだろ」
負け惜しみのようなことを言うと、サラは、ずずず、とみそ汁をすすり始めた。
さらに、おにぎりを一つ手に取ると、がつがつと頬張る。
あまり行儀の良くない行動であった。
「……雑草よかマシな味だね。取りあえず、トマトの皮くらいむきな。食べる時に歯
に引っかかって邪魔だよ」
「んなっ!?」
一生懸命作ったものを『雑草よりはマシ』と評価され、アロエはピキッとこめかみに
青筋を立てた。
まあ、そんなことを言われたら、アロエでなくとも腹が立つことだろう。
二度と作ってやるもんか、なんて考える奴もいるかもしれない。
「さてと。オーシン、今日は徹夜だからね。後で眠気覚ましのお茶、用意しておく
れ」
「わかった……」
オーシンの返事を背中で聞きながら、サラは自室へと入っていった。
「ひっでえの。人の努力をなんだと思ってんだよ」
閉められたドアを膨れっ面で見つめながら、アロエはぼやく。
オーシンは、かちゃかちゃと、サラの使った食器を簡単に片付けながら、アロエに声
をかけた。
「……あのね」
「あ?」
「おばば様、本当にマズイ時は絶対、食べないんだよ……だから……」
ほんの少し、深呼吸をしてオーシンは続ける。
だいぶ警戒心がほぐれてきたとはいえ、天使であるアロエと話をするのは、正直まだ
慣れない。
声はぼそぼそとしており、視線は下を向いたまま、の状態である。
「……今日の夕飯、ホントは美味しかったんだと思う……」
――それは、サラのひねくれ具合に慣れているオーシンだからこそ、わかることかも
しれない。
オーシンは、そっ、とアロエに片手を差し出し、小首を傾げる。
「……アロエ、おかわり、する?」
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PC アロエ・オーシン
場所 イノス(港→シーカヤック号船内)
NPC おばば様(サラ)・ヤックル船長・船員
___________________________________
翌日、サラたち一行はイノスの港にやってきた。
イノスの港は、今日もさまざまな船の船員達に溢れ、活気に満ちている。
イノスはこの地方では一番栄えている港だ。他の国や都市の品物のほとんど
が、このイノスの港を通ってこの地方に運ばれてくる。港には大量に品物を輸
送するための大型船や、個人が所有している商船など、色々な船が泊まってい
る。船員同士の会話が聞こえ、潮風が一行の頬を撫でた。
「あ、鳥…」
麦藁帽子に、白いワンピース姿のオーシンが空を見上げて呟いた。空にはカ
モメの群れが飛んでいる。とたんに、くしゅん、とくしゃみが出た。それを見
ておばば様が笑う。
「馬鹿だね、太陽を直視するからだよ」
「う…」
しゅん、と下を向くオーシン。すると今度はアロエが、
「なぁなぁ、ばーさんっ」
「何だい」
迷惑そうにおばば様が振り向くと、アロエが、まるで宝物を見つけた子供の
ように瞳をきらきらさせている。
「なぁおれ、昨日ここ通った時はわかんなかったけど、ここの港ってこんなに
人がいっぱいいるんだなっ。それにたくさん船も泊まってるし。おれ、知らな
かったぜっ」
「通った」というのは、空腹のときに飛翔してこの町を見下ろしたことであ
る。そんなアロエを見て、はん、と一つ鼻を鳴らすとおばば様は、
「馬鹿だねアンタは。社会見学に来た子供じゃあるまいし。いちいちそんなこ
とで興奮するんじゃないよ」
冷たく言い放ち、早足でさっさと歩き出した。歩きながらおばば様は言う。
「いいかい、アンタ達、そんな風に浮かれている場合じゃないんだよ。特にそ
この馬鹿天使。お前、今日の目的を忘れたのかい?」
おばば様に「馬鹿天使」呼ばわりされ、むっ、とするアロエ。
「解ってるよ。ばーさん」
「今日は、シーカヤック号の船長の娘の容態を診るために来たんだからね。観
光しに来たんじゃないんだから無駄口叩かないでさっさと歩きな、馬鹿天使」
「あん?何だよ、さっきから馬鹿馬鹿って!」
アロエの声を無視しておばば様はさっさと歩いていく。おばば様の背中に向
かってアロエは呟いた。
「ったくよ…、ホントあのばーさんムカつくぜっ」
「行こう、アロエ」
オーシンが緑色の瞳でアロエを見つめて言う。
「船長の娘が待ってるから…。早く行ってあげなきゃ」
「あ…」
オーシンの言葉にアロエははっとした。
「そだな…。うん」
「お待ちしていましたぞ。サラ様」
船員に連れられ、シーカヤック号の船内に入ると、待っていました、とばか
りに船長がいそいそと三人を出迎えた。小太りで、赤ら顔に白い顎ひげの、人
のよさそうな顔をした船長だ。
「私はこの船の船長のヤックルという者だ。昨日使いに出した船員から話は聞
いていると思うが、どうか、娘のカヤを診てやってくれ。この町ではもう貴女
しか頼める人間がいないのだ。医者からは全員見離され…」
堪えきれずに涙をこぼした船長の肩を、ぽん、と一つ叩くと、おばば様はさ
っさと歩き出した。厳しい表情で前を見据えて。
「昨日約束したからね。私は医療は専門外だがとりあえず診るだけは診る
さ。…泣いてる暇があったらさっさと部屋に案内しな」
う…、と目頭を抑えると、船長は先頭に立って歩き出した。
「私が部屋まで案内しよう。私の後についてきたまえ」
場所 イノス(港→シーカヤック号船内)
NPC おばば様(サラ)・ヤックル船長・船員
___________________________________
翌日、サラたち一行はイノスの港にやってきた。
イノスの港は、今日もさまざまな船の船員達に溢れ、活気に満ちている。
イノスはこの地方では一番栄えている港だ。他の国や都市の品物のほとんど
が、このイノスの港を通ってこの地方に運ばれてくる。港には大量に品物を輸
送するための大型船や、個人が所有している商船など、色々な船が泊まってい
る。船員同士の会話が聞こえ、潮風が一行の頬を撫でた。
「あ、鳥…」
麦藁帽子に、白いワンピース姿のオーシンが空を見上げて呟いた。空にはカ
モメの群れが飛んでいる。とたんに、くしゅん、とくしゃみが出た。それを見
ておばば様が笑う。
「馬鹿だね、太陽を直視するからだよ」
「う…」
しゅん、と下を向くオーシン。すると今度はアロエが、
「なぁなぁ、ばーさんっ」
「何だい」
迷惑そうにおばば様が振り向くと、アロエが、まるで宝物を見つけた子供の
ように瞳をきらきらさせている。
「なぁおれ、昨日ここ通った時はわかんなかったけど、ここの港ってこんなに
人がいっぱいいるんだなっ。それにたくさん船も泊まってるし。おれ、知らな
かったぜっ」
「通った」というのは、空腹のときに飛翔してこの町を見下ろしたことであ
る。そんなアロエを見て、はん、と一つ鼻を鳴らすとおばば様は、
「馬鹿だねアンタは。社会見学に来た子供じゃあるまいし。いちいちそんなこ
とで興奮するんじゃないよ」
冷たく言い放ち、早足でさっさと歩き出した。歩きながらおばば様は言う。
「いいかい、アンタ達、そんな風に浮かれている場合じゃないんだよ。特にそ
この馬鹿天使。お前、今日の目的を忘れたのかい?」
おばば様に「馬鹿天使」呼ばわりされ、むっ、とするアロエ。
「解ってるよ。ばーさん」
「今日は、シーカヤック号の船長の娘の容態を診るために来たんだからね。観
光しに来たんじゃないんだから無駄口叩かないでさっさと歩きな、馬鹿天使」
「あん?何だよ、さっきから馬鹿馬鹿って!」
アロエの声を無視しておばば様はさっさと歩いていく。おばば様の背中に向
かってアロエは呟いた。
「ったくよ…、ホントあのばーさんムカつくぜっ」
「行こう、アロエ」
オーシンが緑色の瞳でアロエを見つめて言う。
「船長の娘が待ってるから…。早く行ってあげなきゃ」
「あ…」
オーシンの言葉にアロエははっとした。
「そだな…。うん」
「お待ちしていましたぞ。サラ様」
船員に連れられ、シーカヤック号の船内に入ると、待っていました、とばか
りに船長がいそいそと三人を出迎えた。小太りで、赤ら顔に白い顎ひげの、人
のよさそうな顔をした船長だ。
「私はこの船の船長のヤックルという者だ。昨日使いに出した船員から話は聞
いていると思うが、どうか、娘のカヤを診てやってくれ。この町ではもう貴女
しか頼める人間がいないのだ。医者からは全員見離され…」
堪えきれずに涙をこぼした船長の肩を、ぽん、と一つ叩くと、おばば様はさ
っさと歩き出した。厳しい表情で前を見据えて。
「昨日約束したからね。私は医療は専門外だがとりあえず診るだけは診る
さ。…泣いてる暇があったらさっさと部屋に案内しな」
う…、と目頭を抑えると、船長は先頭に立って歩き出した。
「私が部屋まで案内しよう。私の後についてきたまえ」
PC :アロエ・オーシン
場所 : イノス(シーカヤック号船内)
NPC : おばば様(サラ)・カヤ・ヤックル船長・船員
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
船長が案内したその部屋は、船体の中央にあたる部分に位置した。
古びた木製のドアを開けると、部屋の中央に置かれたベッドに横たわる、1人の少女
の姿があった。
ヤックルはベッドの傍らに駆け寄り、片ひざをつく。
「カヤ……もうすぐだ、もうすぐの辛抱だ。だから……頑張るんだぞ」
ごつごつとした手で、優しくカヤの頭を撫でるヤックル。
何度も呟かれる労わりの言葉は、カヤに向けられたもののはずだが、どこかヤックル
自身に向けられているようにも思われた。
――……っ。
心に焼き付いて離れない風景がふと重なり、サラは目を伏せる。
「……おばば様……?」
そっと、しわだらけの手に、別の誰かの手が重ねられる。
サラが目を開けると、そこには、娘と同じ顔――オーシンの顔があった。
娘と同じ顔とは言っても、雰囲気や性格が違うせいか、その印象はまるで異なる。
――どこかぼんやりとした緑色の瞳は、あの娘のものではない。
(この私が、思い出にひたるなんてね……)
サラは、ふん、と自嘲気味に笑みを浮かべた。
「徹夜明けだからね、ちょいと疲れちまってるらしいよ」
「無理もねえよ、ばーさんだもん」
「何か言ったかい?」
ぼそっと呟いたその途端、ぎろり、とサラに睨まれて、アロエはオーシンの背後にこ
そこそと隠れた。
「安心しな。徹夜明けだからってヘマするほど、年老いちゃいないよ」
サラはそう言うと、ヤックルを押しのけてカヤのそばに立った。
押しのけられ、数歩後ずさったヤックルは、そこから祈るような目でサラを見つめ
る。
サラは診療を始めようとして……何かに気付いたように、顔を上げる。
「オーシン。部屋の中なんだから帽子は取りな」
呆れ顔のサラに、きょとんとするオーシン。
オーシンは、いまだ麦わら帽子をかぶったままなのである。
「……ええと……」
言われるままに麦わら帽子を脱いだものの、どこに置けばいいのかわからず、オーシ
ンは、じっ、と手に持った帽子を見つめる。
「ああ、預かりますよ」
船員がとっさに気を利かせてくれたので、オーシンは素直に帽子を差し出した。
手渡した瞬間、ふわり、と麦わら帽子についた赤いリボンが揺れた。
その一方で、サラは既に診療を開始していた。
「馬鹿天使、ぼさっと突っ立ってないで手伝いな。この子の、反対側の袖をまくって
おくれ」
サラは、ベッドの反対側に回れ、と無造作に手で指し示す。
「オレは馬鹿天使じゃないっての!」
膨れっ面をしつつ、ベッドの反対側に回るアロエ。
「つべこべ言うんじゃないよ」
カヤの着ている服の袖をまくると、不健康な暗い肌色の、痩せた腕があわらになる。
そこには、昨日、船員が話した通り、奇妙な形の赤いアザが浮かんでいた。
血の色というよりも、もっと不吉で恐ろしい……毒々しい赤い色。
「ばーさんっ、なんなんだよ、これ!?」
アロエは金色の目を見開いている。
赤いアザの話を知らされていない者ならば、自然な反応である。
サラは、2人には『船長の娘が病気だから、その診療をする』としか伝えていなかっ
た。
「……間違いないね」
サラは何かを確信したらしいが、その表情は先程よりもずっと険しかった。
「この子、体の中で種が発芽してるんだ」
「種?」
サラ以外の、その場にいた全員がほぼ同時に声を上げる。
「古文書に出てくる、大昔に生息してたっていう花の種だよ。その花は、もともとは
ただの野草だったんだけど、どっかのくそったれ野郎が、人間の血を養分にして成長
するように変えちまったんだ。この種は体内に入ると、血を吸って発芽して、体中に
根を張っていく。そしてさらに血を吸って……吸い尽くした果てに花を咲かせるん
だ」
だけどね、とサラは続ける。
「それも大昔の話さ。そんな危険な花、ほったらかしにされるわけないだろ。とっく
に駆逐されて、焼き払われてる。ここにこうやって存在するなんて、あるはずないん
だよ……古文書に書かれてたのが事実ならね」
「そんなモンが、なんでここにあるんだよっ!?」
アロエは驚きを隠せない様子で声を上げる。
それは、ヤックルが発するはずの言葉だったのかもしれないが、彼に言葉を紡ぐほど
の精神的余裕はなかった。
(カヤは、一体どうなってしまうんだ……?)
彼の心は、ただそれだけで、いっぱいになっていた。
「ふん。古文書に書いてあることが全てとは限らないからね。たぶんその時、学者だ
か研究者だかの中に、隠れてその種を保管した不届きな奴がいたんだろ。そういう連
中は、いっぺん作られたものを、なかなか捨てられないのさ。たとえ、間違いだって
言われてもね」
まくったカヤの袖を戻してやりながら、サラはため息をつく。
「カヤを、娘を治す方法はないのか……?娘は、もう駄目なのか……?」
ヤックルはうなだれ、力なく呟く。
その姿を見たオーシンの胸の中に、何か、ちくりとトゲの刺さるような痛みが走る。
いたたまれない……とでもいうのだろうか?
(……変な気持ち……)
それが一体なんなのか、今のオーシンにはよくわからなかった。
サラは、そんなヤックルから視線を外した。
「率直に言うと、さすがの私も治療方法はわからないんだ。ただ……その種が日光に
弱いっていうことはわかってる。日光に当たると、たちまち枯れて二度と使いものに
ならなくなるんだ。だけど……発芽してからじゃ駄目らしい。種の状態じゃないか
ら、だろうけどね」
「……ああ……カヤ……」
ヤックルは声を震わせ、目頭を押さえる。
ちくり、とまたオーシンの胸が痛んだ。
「泣くんじゃないよ。人の話は最後まで聞きな。発芽できる状態の種がある……って
ことは、日光に当たらないように種を管理してる奴がいるって考えるのが妥当だろ。
そいつは、私よりも種について詳しいはずさ。うっかり口に入ったりしたら、自分が
死んじゃうわけだからね」
「ばーさん、それじゃ……!」
アロエが言うより早く、サラは告げた。
「種を管理してる奴なら、なんとかする手段を知ってるかもしれない」
場所 : イノス(シーカヤック号船内)
NPC : おばば様(サラ)・カヤ・ヤックル船長・船員
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
船長が案内したその部屋は、船体の中央にあたる部分に位置した。
古びた木製のドアを開けると、部屋の中央に置かれたベッドに横たわる、1人の少女
の姿があった。
ヤックルはベッドの傍らに駆け寄り、片ひざをつく。
「カヤ……もうすぐだ、もうすぐの辛抱だ。だから……頑張るんだぞ」
ごつごつとした手で、優しくカヤの頭を撫でるヤックル。
何度も呟かれる労わりの言葉は、カヤに向けられたもののはずだが、どこかヤックル
自身に向けられているようにも思われた。
――……っ。
心に焼き付いて離れない風景がふと重なり、サラは目を伏せる。
「……おばば様……?」
そっと、しわだらけの手に、別の誰かの手が重ねられる。
サラが目を開けると、そこには、娘と同じ顔――オーシンの顔があった。
娘と同じ顔とは言っても、雰囲気や性格が違うせいか、その印象はまるで異なる。
――どこかぼんやりとした緑色の瞳は、あの娘のものではない。
(この私が、思い出にひたるなんてね……)
サラは、ふん、と自嘲気味に笑みを浮かべた。
「徹夜明けだからね、ちょいと疲れちまってるらしいよ」
「無理もねえよ、ばーさんだもん」
「何か言ったかい?」
ぼそっと呟いたその途端、ぎろり、とサラに睨まれて、アロエはオーシンの背後にこ
そこそと隠れた。
「安心しな。徹夜明けだからってヘマするほど、年老いちゃいないよ」
サラはそう言うと、ヤックルを押しのけてカヤのそばに立った。
押しのけられ、数歩後ずさったヤックルは、そこから祈るような目でサラを見つめ
る。
サラは診療を始めようとして……何かに気付いたように、顔を上げる。
「オーシン。部屋の中なんだから帽子は取りな」
呆れ顔のサラに、きょとんとするオーシン。
オーシンは、いまだ麦わら帽子をかぶったままなのである。
「……ええと……」
言われるままに麦わら帽子を脱いだものの、どこに置けばいいのかわからず、オーシ
ンは、じっ、と手に持った帽子を見つめる。
「ああ、預かりますよ」
船員がとっさに気を利かせてくれたので、オーシンは素直に帽子を差し出した。
手渡した瞬間、ふわり、と麦わら帽子についた赤いリボンが揺れた。
その一方で、サラは既に診療を開始していた。
「馬鹿天使、ぼさっと突っ立ってないで手伝いな。この子の、反対側の袖をまくって
おくれ」
サラは、ベッドの反対側に回れ、と無造作に手で指し示す。
「オレは馬鹿天使じゃないっての!」
膨れっ面をしつつ、ベッドの反対側に回るアロエ。
「つべこべ言うんじゃないよ」
カヤの着ている服の袖をまくると、不健康な暗い肌色の、痩せた腕があわらになる。
そこには、昨日、船員が話した通り、奇妙な形の赤いアザが浮かんでいた。
血の色というよりも、もっと不吉で恐ろしい……毒々しい赤い色。
「ばーさんっ、なんなんだよ、これ!?」
アロエは金色の目を見開いている。
赤いアザの話を知らされていない者ならば、自然な反応である。
サラは、2人には『船長の娘が病気だから、その診療をする』としか伝えていなかっ
た。
「……間違いないね」
サラは何かを確信したらしいが、その表情は先程よりもずっと険しかった。
「この子、体の中で種が発芽してるんだ」
「種?」
サラ以外の、その場にいた全員がほぼ同時に声を上げる。
「古文書に出てくる、大昔に生息してたっていう花の種だよ。その花は、もともとは
ただの野草だったんだけど、どっかのくそったれ野郎が、人間の血を養分にして成長
するように変えちまったんだ。この種は体内に入ると、血を吸って発芽して、体中に
根を張っていく。そしてさらに血を吸って……吸い尽くした果てに花を咲かせるん
だ」
だけどね、とサラは続ける。
「それも大昔の話さ。そんな危険な花、ほったらかしにされるわけないだろ。とっく
に駆逐されて、焼き払われてる。ここにこうやって存在するなんて、あるはずないん
だよ……古文書に書かれてたのが事実ならね」
「そんなモンが、なんでここにあるんだよっ!?」
アロエは驚きを隠せない様子で声を上げる。
それは、ヤックルが発するはずの言葉だったのかもしれないが、彼に言葉を紡ぐほど
の精神的余裕はなかった。
(カヤは、一体どうなってしまうんだ……?)
彼の心は、ただそれだけで、いっぱいになっていた。
「ふん。古文書に書いてあることが全てとは限らないからね。たぶんその時、学者だ
か研究者だかの中に、隠れてその種を保管した不届きな奴がいたんだろ。そういう連
中は、いっぺん作られたものを、なかなか捨てられないのさ。たとえ、間違いだって
言われてもね」
まくったカヤの袖を戻してやりながら、サラはため息をつく。
「カヤを、娘を治す方法はないのか……?娘は、もう駄目なのか……?」
ヤックルはうなだれ、力なく呟く。
その姿を見たオーシンの胸の中に、何か、ちくりとトゲの刺さるような痛みが走る。
いたたまれない……とでもいうのだろうか?
(……変な気持ち……)
それが一体なんなのか、今のオーシンにはよくわからなかった。
サラは、そんなヤックルから視線を外した。
「率直に言うと、さすがの私も治療方法はわからないんだ。ただ……その種が日光に
弱いっていうことはわかってる。日光に当たると、たちまち枯れて二度と使いものに
ならなくなるんだ。だけど……発芽してからじゃ駄目らしい。種の状態じゃないか
ら、だろうけどね」
「……ああ……カヤ……」
ヤックルは声を震わせ、目頭を押さえる。
ちくり、とまたオーシンの胸が痛んだ。
「泣くんじゃないよ。人の話は最後まで聞きな。発芽できる状態の種がある……って
ことは、日光に当たらないように種を管理してる奴がいるって考えるのが妥当だろ。
そいつは、私よりも種について詳しいはずさ。うっかり口に入ったりしたら、自分が
死んじゃうわけだからね」
「ばーさん、それじゃ……!」
アロエが言うより早く、サラは告げた。
「種を管理してる奴なら、なんとかする手段を知ってるかもしれない」
PC アロエ・オーシン
場所 イノス(シーカヤック号)
NPC おばば様(サラ)
________________________________________________________
あの後、「治療の邪魔だよ!」と、おばば様に部屋を追い出されたアロエと
オーシンは、船の上で特にすることもなく、二人並んでシーカヤック号の手す
りに寄りかかってぼんやりと海を見ていた。
ニャアニャア、とウミネコが鳴きながら頭の上を飛んでいく。
「種を管理しているヤツ…ねぇ」
アロエがはぁ、とため息をつく。
「って言われても、おれ、そんなヤツ全然想像もつかねぇよ。大体あのばーさ
ん、直し方もわかんねぇくせにどうやって治療すんだ?」
「正体が植物だ…って解ってるから、身体の外から、植物の成長を遅くする魔
法をかけるんだって」
オーシンが、緑色の瞳で海を見つめながら言う。
「ただ…、その魔法で完全に治せるわけじゃないし、それに、その魔法は健康
にはあまりよくない魔法らしいから…。ずっと使い続けるのは危険なんだっ
て…」
「そうか…」
話題が途切れた後、またため息をつくアロエ。
「おれ…、できればなんとかしてやりてぇよ…」
そういって手すりにぐったりと沈み込むアロエの猫耳としっぽは、いつにな
くションボリとしていた。
「アロエ…」
「おれ、あんなふうに誰かが苦しむの、見たくねぇんだ…。おれ…、天使だか
ら、苦しんでる人間がいたら、なるべく助けてやりてぇ…」
落ち込むアロエの姿を見て、オーシンも心配そうな表情になる。特に、アロ
エの場合、落ち込むとすぐに耳やしっぽに、感情がわかりやすく表れるから、
余計心配を誘うのかもしれない。
(くそっ…、おれっ…。どうしたらいい…?)
手すりに沈み込みながら、アロエは考える。
あの時、あのばーさんが「種を管理してる奴なら、なんとかする手段を知っ
てるかもしれない」。そう言ったとき、アロエは即座に「じゃあ、おれがソイ
ツを見つけてやる!」と断言した。
しかしおばば様は、そんなアロエに一言「お前は余計な考えをおこすんじゃ
ないよ」と言い放った。…そういえば、邪魔だと部屋を追い出されたのもあの
すぐ後だった。そんな気がする。それはすなわちばーさんに自分は役立たずだ
と、間接的に言われている気がして。
(くそっ…。おれ…、そんなに役に立たないかよ、ばーさん…)
アロエは救いたかった。ただ、目の前にある苦しんでいる人間を救ってあげ
たかったのだ。誰かを救うべき存在、天使として。けれど。アロエはぎゅっと
目をつぶる。
けれど事実。自分は無力だった。
ばーさんのように、あの子の痛みを和らげてあげることもできない。種を持
っていそうな人物も知らない。
(ああ、きっとこんな自分を、おれはばーさんに見透かされたんだな…)
そう思うと、アロエは船長の娘、カヤがかわいそうで、自分が何もできない
のが悔しくて、手すりをずるずると下に下がって、うずくまって、思わず泣き
そうになってきた。
(ああ…。おれ…、天使なのに…、おれ…)
「あの…、アロエ…」
ふっ、と顔を上げると、緑色の瞳を心配そうに曇らせて、オーシンがアロエ
を見つめていた。
「オーシン…!」
オーシンの瞳を見つめ、ぎょっ、とするアロエ。…心が弱っているせいだろ
うか。今回は天使のアロエのほうがパワーで押されている。不思議な力を持つ
緑色の瞳から、不思議と目がそらせない。
「アロエ…、あのね…」
ごくっと、アロエは生唾を飲んだ。一体、今、何を言われるのだろう。た
だ、今何かを言われるとその言葉に逆らえなくなるかもしれない…、そんな予
感をぞくっ、と背中で感じた。しかし、そんな予感を裏切ってオーシンは、
「…元気、出して?」
「…う?」
アロエはオーシンの顔をまじまじと見つめた。オーシンは念を押すように言
う。
「元気、出して…?アロエは、明るいほうが、いいから」
(…。)
心の中に、さあっと何か明るいものが広がっていくのをアロエは感じた。何
故だろう。理由はわからないけど。なんだかいい意味で、何かに裏切られた。
そんな感覚をうっすら感じた。
アロエはオーシンに向かってにこっ、と笑った。
「へへ、ゴメン。オーシン」
目が覚めたときのように、アロエはうーんと伸びをした。耳としっぽが、ピ
ン、と張る。
「だよな。落ち込んでる場合じゃねぇな。おれの力でなんともできないことだ
からって、解決方法がないってわけじゃねぇ」
アロエはぴこっ、と人差し指を立てると、くるっとオーシンの方を振り向い
た。
「そうだ!なぁ、オーシン、とりあえず、ここのギルドにでも行ってみねぇ
か?そしたら何か情報がつかめるかもしれねぇ」
「でも…」
オーシンがとたんに伏目がちになって言う。
「勝手に出かけたら、アロエ、おばば様に怒られるかもしれないよ…?」
「いんや、おれも使えるってコトを、あのばーさんに証明してやる!」
アロエはぐっ、とこぶしを握り締めた。
「うし!おれも協力するぞ!一天使として!」
場所 イノス(シーカヤック号)
NPC おばば様(サラ)
________________________________________________________
あの後、「治療の邪魔だよ!」と、おばば様に部屋を追い出されたアロエと
オーシンは、船の上で特にすることもなく、二人並んでシーカヤック号の手す
りに寄りかかってぼんやりと海を見ていた。
ニャアニャア、とウミネコが鳴きながら頭の上を飛んでいく。
「種を管理しているヤツ…ねぇ」
アロエがはぁ、とため息をつく。
「って言われても、おれ、そんなヤツ全然想像もつかねぇよ。大体あのばーさ
ん、直し方もわかんねぇくせにどうやって治療すんだ?」
「正体が植物だ…って解ってるから、身体の外から、植物の成長を遅くする魔
法をかけるんだって」
オーシンが、緑色の瞳で海を見つめながら言う。
「ただ…、その魔法で完全に治せるわけじゃないし、それに、その魔法は健康
にはあまりよくない魔法らしいから…。ずっと使い続けるのは危険なんだっ
て…」
「そうか…」
話題が途切れた後、またため息をつくアロエ。
「おれ…、できればなんとかしてやりてぇよ…」
そういって手すりにぐったりと沈み込むアロエの猫耳としっぽは、いつにな
くションボリとしていた。
「アロエ…」
「おれ、あんなふうに誰かが苦しむの、見たくねぇんだ…。おれ…、天使だか
ら、苦しんでる人間がいたら、なるべく助けてやりてぇ…」
落ち込むアロエの姿を見て、オーシンも心配そうな表情になる。特に、アロ
エの場合、落ち込むとすぐに耳やしっぽに、感情がわかりやすく表れるから、
余計心配を誘うのかもしれない。
(くそっ…、おれっ…。どうしたらいい…?)
手すりに沈み込みながら、アロエは考える。
あの時、あのばーさんが「種を管理してる奴なら、なんとかする手段を知っ
てるかもしれない」。そう言ったとき、アロエは即座に「じゃあ、おれがソイ
ツを見つけてやる!」と断言した。
しかしおばば様は、そんなアロエに一言「お前は余計な考えをおこすんじゃ
ないよ」と言い放った。…そういえば、邪魔だと部屋を追い出されたのもあの
すぐ後だった。そんな気がする。それはすなわちばーさんに自分は役立たずだ
と、間接的に言われている気がして。
(くそっ…。おれ…、そんなに役に立たないかよ、ばーさん…)
アロエは救いたかった。ただ、目の前にある苦しんでいる人間を救ってあげ
たかったのだ。誰かを救うべき存在、天使として。けれど。アロエはぎゅっと
目をつぶる。
けれど事実。自分は無力だった。
ばーさんのように、あの子の痛みを和らげてあげることもできない。種を持
っていそうな人物も知らない。
(ああ、きっとこんな自分を、おれはばーさんに見透かされたんだな…)
そう思うと、アロエは船長の娘、カヤがかわいそうで、自分が何もできない
のが悔しくて、手すりをずるずると下に下がって、うずくまって、思わず泣き
そうになってきた。
(ああ…。おれ…、天使なのに…、おれ…)
「あの…、アロエ…」
ふっ、と顔を上げると、緑色の瞳を心配そうに曇らせて、オーシンがアロエ
を見つめていた。
「オーシン…!」
オーシンの瞳を見つめ、ぎょっ、とするアロエ。…心が弱っているせいだろ
うか。今回は天使のアロエのほうがパワーで押されている。不思議な力を持つ
緑色の瞳から、不思議と目がそらせない。
「アロエ…、あのね…」
ごくっと、アロエは生唾を飲んだ。一体、今、何を言われるのだろう。た
だ、今何かを言われるとその言葉に逆らえなくなるかもしれない…、そんな予
感をぞくっ、と背中で感じた。しかし、そんな予感を裏切ってオーシンは、
「…元気、出して?」
「…う?」
アロエはオーシンの顔をまじまじと見つめた。オーシンは念を押すように言
う。
「元気、出して…?アロエは、明るいほうが、いいから」
(…。)
心の中に、さあっと何か明るいものが広がっていくのをアロエは感じた。何
故だろう。理由はわからないけど。なんだかいい意味で、何かに裏切られた。
そんな感覚をうっすら感じた。
アロエはオーシンに向かってにこっ、と笑った。
「へへ、ゴメン。オーシン」
目が覚めたときのように、アロエはうーんと伸びをした。耳としっぽが、ピ
ン、と張る。
「だよな。落ち込んでる場合じゃねぇな。おれの力でなんともできないことだ
からって、解決方法がないってわけじゃねぇ」
アロエはぴこっ、と人差し指を立てると、くるっとオーシンの方を振り向い
た。
「そうだ!なぁ、オーシン、とりあえず、ここのギルドにでも行ってみねぇ
か?そしたら何か情報がつかめるかもしれねぇ」
「でも…」
オーシンがとたんに伏目がちになって言う。
「勝手に出かけたら、アロエ、おばば様に怒られるかもしれないよ…?」
「いんや、おれも使えるってコトを、あのばーさんに証明してやる!」
アロエはぐっ、とこぶしを握り締めた。
「うし!おれも協力するぞ!一天使として!」
PC:アロエ・オーシン
場所:イノス
NPC:喫茶店の店主・シーカヤック号船員2名
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イノスにある、一軒の喫茶店。
店内の掃除を終えた店主が、店先に出て、うーん、と伸びをする。
そろそろ開店すっかなあ、なんて思う彼の前を、2人の少女が通り過ぎていった。
何気なくそれを目で追って……店主はそのまま固まった。
1人は、特におかしな点などない。
飾り気のない白いワンピースを着た、至って普通の少女である。
ちょっとぼーっとした印象ではあるが、その連れに比べれば、そんなものは『普通』
の分類に入る。
そう、その連れはいやがおうにも人目を引く存在だった。
それは、2人とすれ違う人々が「何事か」といわんばかりの調子で振り返っているこ
とからも証明されている。
……無理もない。
連れの少女は、猫耳に尻尾、そして背中には白い羽根がついているという、非常に変
わった姿をしていたから。
喫茶店の店主は、そんな姿をした人物を、今まで一度も見たことがなかった。
「……なんだ、ありゃ」
店主は、遠ざかる少女達の背中を見つめ、ぽかんと口を開けるのみだった。
……知らぬは当人ばかりなり、という言葉があるが。
2人には、道行く人々が自分達に向ける奇怪な視線を意に介する様子がなかった。
ただし、オーシンの場合は、ただ単にぼーっとしていて気付かないだけである。
「アロエ……ギルドって、何?」
ギルドへと向かう道を歩きながら、オーシンは尋ねる。
「ん? 冒険者に依頼の斡旋とかしてくれるところ。オレ、ギルドのランク、Fなん
だ」
隣を歩きながら、アロエは手短に説明する。
「……ギルドのランク?」
オーシンは、ぼーっと、というか、じーっと、というか、とにかくアロエを見つめ
る。
説明をうまく飲みこめていない――つまり疑問に思っているのだ。
通常の人間なら、疑問を覚えた場合、首をかしげたりするものだろうが、オーシンの
場合は、疑問に思うとつい相手を見つめてしまうのである。
クセ、なのかもしれない。
そんなオーシンの視線を受けて、アロエはガシガシと頭をかいた。
「あー……ランクにはFからSまであって、F、E、D、C、B、A、Sの順番に上
がってくんだ。Aランク以上になると二つ名がつくんだぜ」
「ふたつな?」
「おうっ、二つ名は冒険者にとっちゃ、あこがれなんだぜ!」
アロエの目は、光を浴びた宝石のごとくキラキラと輝いていた。
彼女もきっと、二つ名というものに強くあこがれているのだろう。
自分にはない輝きを感じて、オーシンは眩しげな眼差しを返す。
――ふと、さっきの、船の上でのアロエの様子が頭の中によみがえる。
あの時、アロエはひどく落ちこんでいた。
その様はあまりにいたたまれなくて、思わず、慣れない『励まし』というものをして
しまうほどに。
幸い、アロエは元の調子を取り戻し、元気になってくれた。
アロエは、やっぱり明るい方がいい、とオーシンは思う。
彼女には、降り注ぐ太陽の日差しがよく似合うから。
「……あこがれ、か……」
「ん? なんか言ったか?」
「……ううん、なんでも、ない……」
きょとんとして見つめるアロエに、ふるふる、とオーシンは首を横に振った。
「情報、あるといいね……」
「ある! 絶対! なくたって絶対探してみせる!」
強い決意を秘めた――だがまっすぐで明るい横顔。
(……あこがれ、か)
オーシンは、そっと目を伏せる。
自分にはない輝きを持つアロエが、少しうらやましかった。
* * * * * * * *
船員達が主に食事や休憩に使っているシーカヤック号の一室。
「……あれ?」
仕事を交代して船内に入ってきた船員の1人が、見慣れない麦わら帽子の存在に気付
いた。
赤いリボンがついていることから、どうやら男物ではなさそうである。
「お前、それどうしたんだよ? あ、さては彼女にプレゼントだな? 憎いね、この
こ
のっ」
にやにや笑いながら肘でつつく仲間に、船員は笑って手をぱたぱたと振った。
「ばーっか! 今日のお客さんの預かりモンだよ」
「……げげっ、あの魔女ってそんな趣味なのか!?」
サラがこの麦わら帽子をかぶっている様子を想像し、彼は引きつる。
「違うって! 一緒に着いて来た若い娘さんのだよ。昨日行った時も会ったけど……
あれ、孫なのかなあ。髪の色と目の色、魔女と同じだったし」
「へー、魔女に孫がいたとはねえ。……で、どうだ、美人か?」
「まあ、割といい線いってたぜ。なんかぼーっとしてたけど」
「おおおっ!」
何故か気合の入る船員。
「それと、コスプレしてる子もいたな。そっちは美人っつーか、可愛い系」
「……おい、後で声かけてみねえ?」
「賛成」
にやりと笑いあう男が2人。
アロエとオーシンの2人が勝手に出かけたことは、シーカヤック号の人間に、まだ知
られていなかった。
場所:イノス
NPC:喫茶店の店主・シーカヤック号船員2名
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イノスにある、一軒の喫茶店。
店内の掃除を終えた店主が、店先に出て、うーん、と伸びをする。
そろそろ開店すっかなあ、なんて思う彼の前を、2人の少女が通り過ぎていった。
何気なくそれを目で追って……店主はそのまま固まった。
1人は、特におかしな点などない。
飾り気のない白いワンピースを着た、至って普通の少女である。
ちょっとぼーっとした印象ではあるが、その連れに比べれば、そんなものは『普通』
の分類に入る。
そう、その連れはいやがおうにも人目を引く存在だった。
それは、2人とすれ違う人々が「何事か」といわんばかりの調子で振り返っているこ
とからも証明されている。
……無理もない。
連れの少女は、猫耳に尻尾、そして背中には白い羽根がついているという、非常に変
わった姿をしていたから。
喫茶店の店主は、そんな姿をした人物を、今まで一度も見たことがなかった。
「……なんだ、ありゃ」
店主は、遠ざかる少女達の背中を見つめ、ぽかんと口を開けるのみだった。
……知らぬは当人ばかりなり、という言葉があるが。
2人には、道行く人々が自分達に向ける奇怪な視線を意に介する様子がなかった。
ただし、オーシンの場合は、ただ単にぼーっとしていて気付かないだけである。
「アロエ……ギルドって、何?」
ギルドへと向かう道を歩きながら、オーシンは尋ねる。
「ん? 冒険者に依頼の斡旋とかしてくれるところ。オレ、ギルドのランク、Fなん
だ」
隣を歩きながら、アロエは手短に説明する。
「……ギルドのランク?」
オーシンは、ぼーっと、というか、じーっと、というか、とにかくアロエを見つめ
る。
説明をうまく飲みこめていない――つまり疑問に思っているのだ。
通常の人間なら、疑問を覚えた場合、首をかしげたりするものだろうが、オーシンの
場合は、疑問に思うとつい相手を見つめてしまうのである。
クセ、なのかもしれない。
そんなオーシンの視線を受けて、アロエはガシガシと頭をかいた。
「あー……ランクにはFからSまであって、F、E、D、C、B、A、Sの順番に上
がってくんだ。Aランク以上になると二つ名がつくんだぜ」
「ふたつな?」
「おうっ、二つ名は冒険者にとっちゃ、あこがれなんだぜ!」
アロエの目は、光を浴びた宝石のごとくキラキラと輝いていた。
彼女もきっと、二つ名というものに強くあこがれているのだろう。
自分にはない輝きを感じて、オーシンは眩しげな眼差しを返す。
――ふと、さっきの、船の上でのアロエの様子が頭の中によみがえる。
あの時、アロエはひどく落ちこんでいた。
その様はあまりにいたたまれなくて、思わず、慣れない『励まし』というものをして
しまうほどに。
幸い、アロエは元の調子を取り戻し、元気になってくれた。
アロエは、やっぱり明るい方がいい、とオーシンは思う。
彼女には、降り注ぐ太陽の日差しがよく似合うから。
「……あこがれ、か……」
「ん? なんか言ったか?」
「……ううん、なんでも、ない……」
きょとんとして見つめるアロエに、ふるふる、とオーシンは首を横に振った。
「情報、あるといいね……」
「ある! 絶対! なくたって絶対探してみせる!」
強い決意を秘めた――だがまっすぐで明るい横顔。
(……あこがれ、か)
オーシンは、そっと目を伏せる。
自分にはない輝きを持つアロエが、少しうらやましかった。
* * * * * * * *
船員達が主に食事や休憩に使っているシーカヤック号の一室。
「……あれ?」
仕事を交代して船内に入ってきた船員の1人が、見慣れない麦わら帽子の存在に気付
いた。
赤いリボンがついていることから、どうやら男物ではなさそうである。
「お前、それどうしたんだよ? あ、さては彼女にプレゼントだな? 憎いね、この
こ
のっ」
にやにや笑いながら肘でつつく仲間に、船員は笑って手をぱたぱたと振った。
「ばーっか! 今日のお客さんの預かりモンだよ」
「……げげっ、あの魔女ってそんな趣味なのか!?」
サラがこの麦わら帽子をかぶっている様子を想像し、彼は引きつる。
「違うって! 一緒に着いて来た若い娘さんのだよ。昨日行った時も会ったけど……
あれ、孫なのかなあ。髪の色と目の色、魔女と同じだったし」
「へー、魔女に孫がいたとはねえ。……で、どうだ、美人か?」
「まあ、割といい線いってたぜ。なんかぼーっとしてたけど」
「おおおっ!」
何故か気合の入る船員。
「それと、コスプレしてる子もいたな。そっちは美人っつーか、可愛い系」
「……おい、後で声かけてみねえ?」
「賛成」
にやりと笑いあう男が2人。
アロエとオーシンの2人が勝手に出かけたことは、シーカヤック号の人間に、まだ知
られていなかった。