キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:NO CAST
場所:宿屋
----------------------------------------------------------------
「あー……」
ヴィルフリードは、頭を掻いている手を下ろした。
「今回、俺は、よしとくわ」
少しばかり、フレアに軽い落胆の色が見えた。その反応が予測できたから、無
駄な動作や言葉が洩れたのだ、とヴィルフリードはフレアの顔を見ながらそのこ
とに、今更気づいた。
そんな彼女の表情から逃げるように、視線が自然と顎をさする自分の手に向け
られる。
「俺、あーゆーカタッ苦しい場所、嫌いだし。
資料探し? そーゆーの、苦手だし」
そう言って、ふと、リタに顔を向ける。
「リタは……得意そうだな」
「うん、得意だよ」
「……堂々と言うか」
真顔で答えるリタの反応に、ヴィルフリードは半眼で答える。
「謙遜は必ずしも美徳じゃないと思うんだ、僕。
なんか、能力の出し惜しみみたいにも見えるし、遠まわしに断っているみたい
に聞こえる時ってない?」
「……そーですかい」
小さく、脱力したように相槌を打つヴィルフリード。
そこに、フレアが期待の眼差しをリタに向ける。本当に、わずかな感情すらも
表現してしまう少女だ、とヴィルフリードは思った。
「……ということは、リタはついてきてくれるのか?」
微笑みながら、リタは当然かのように答えた。
「いいよ」
フレアの顔がわずかながら緩む。
が、それと同時にリタは表情を変えないまま付け加えた。
「でもね、あまり期待しないほうがいいよ。
昨日も言ったけど、彼のような遺伝子に影響を与えるほどの魔力の持ち主の事
例は少ないし。ほとんどが謎に包まれている」
「……確かに、あれも異様だったな」
思わず、ヴィルフリードが呟く。
「あれ……って?」
フレアが問いかける。
「……腕が切られたのに、血が一滴も出ず……しまいにゃくっつけたら治っち
まったんだ」
ヴィルフリードが、答える。
そして、今度はリタに向き直り、問いかける。
「俺はさ、魔法にゃ詳しくないんだが。アレはよく見かける回復魔法とは違うの
か?」
「根源的な作用は一緒だけども、別物だと言っていいかもしれない。
普通の魔法では、有り得ないから。
通常の魔法は術者の意識が発動されて、初めて物質に干渉する。
だけど、あれは……細胞自体が判断して、発動しているように感じた。反射神
経みたいなモノにまで、進化している。
……あの白いお兄さん……」
一瞬、ヴィルフリードの口の形が「へ」の字をかたどるが、フレアはそれに気
づかず、答えを言う。
「ディアンのことか?」
「そう、その人。その人が最初殴った時は、口の中が切れて血が流れていたん
だ。
判断しているんだよね。致命傷と、そうでないものを。
致命傷だけの時に反応するという仕組みだとしていたら……」
「あー。ちょっとスマン」
一人だけの思考に入りそうになっていたところを、ヴィルフリードが謝るよう
に軽く手のひらを顔ぐらいまでの高さ上げ、割り入った。
「……イデンシだとか、サイボーだとかってなんだ?
昨日もちょいと聞いたんだが。
……いや、実はな、流して済めばいいかなぁ、と思って、流してたんだが」
その隣で、フレアも小さく「わ、私も」と挙手をした。
「……フレアちゃんは若いからともかく、ヴィルさん、脳味噌使わないとボケ
ちゃうよ?」
「ほっとけ」
かすかにヴィルフリードの目の端が濡れていたが、若い二人は無視した。それ
は優しさなのか、それとも単に話が逸れるからなのか。
リタは軽く息を吸い、講義を始めた。
「細胞は、いわゆる生物の身体を構成しているもの。遺伝子は、生物の形質を記
録しているもの、とでも言えばいいかな? かなり簡単だけど。
ちなみに、細胞の確認は取れているけど、遺伝子はまだ、推論の域を出ないも
のだけども。現在では『ある』と仮定されているに過ぎない。
学会だとかではまだ、あまり認知されていないみたいだけど、僕はあると思っ
ている」
「……で。なんで、その一部の細胞が『判断』だなんて、まるで生きているよう
に扱うんだ?」
眉間に皺を寄せながら、質問をするヴィルフリード。
理解しようと必死なのだろうが、彼の額の皺は確実に深く刻まれていること
に、気づいているのだろうか。
そう思いながらも、リタは、優秀な教師宜しく、不出来な生徒に対する回答を
行う。
「細胞は生きているよ。一つ一つね。呼吸だってちゃんとしている。
死んでしまえば、老廃物……皮が剥けたりだとかね、そんなゴミとして排出さ
れるけど。
あと、腐ってしまったときも、死んでいる」
「なんか気持ち悪ィなぁ、想像すると」
今度は、口元に深い皺が刻まれる。
「そう? 僕なんか面白いと感じるけどね」
リタがニッコリと笑う。それはある種の分野に快感を得た時にのみ見られる、
独特の笑顔だった。
「身体欠損に使用される回復魔法は、形質を遺伝子から読み取って、細胞の活性
化を促しているという手順で、やっているのではないかと言われてるんだよね。
彼、ゼクスの場合は……魔力とともに……いや、魔力があるがゆえに、遺伝子
が変質してしまい、体質が変わってしまった……進化とでも呼ぶべきかな?
まぁ、あくまで、仮説の上で成り立っている推論だけども」
と、ここでリタは一息ついた。周りを見ると、ヴィルフリードとフレアは、目
を丸くしながらリタを見ていた。
「フレア……図書館なんかにもぉ行かなくていいんじゃないか?
ここに生きる図書館がいる」
「……そうかもしれないな」
「失礼だなぁ。これは、一部の知識から成り立っている、あくまで推論なんだ
よ?
まだ見ていない本は無数にあるからね。こんな狭い了見しか持っていない僕の
知識で感心しちゃダメだよ」
照れの一切混ざっていない、言葉。
それが余計にリタの知識欲を浮き上がらせて見せていた。
「……で、そもそも、フレアちゃんは一体、図書館で何を調べたいの?」
「え……?」
「ゼクスの、何について調べたいの?
症例が少ないのだから、『絶対に』なんて事は無い。
もし、『寿命が短い』とかの事例があったら、フレアちゃんはどうするの?
どうしたいの?」
まっすぐとフレアの目を見ながらリタは問う。
それに対してフレアは、真正面から受け止めるように、見つめ返している。少
し、不安そうな感情が、見られている。
「私はただ……ゼクスが……何を考えているのか……知りたくて」
途切れ途切れになりながら、搾り出すように答えるフレアを見て、ヴィルフ
リードはその光景から目を逸らす。
なぜ、視線をはずすことすらしないのか。その不器用さが、やはりヴィルフ
リードにとって少し辛い。
「個人の思考なんて、本に載っていない」
フレアの瞳が揺れる。
馬鹿正直に真正面から対峙するから、深く抉られるんだ。リタは見かけと違っ
て、キツいということを、まだ理解していないのか。
「でも……何かの取っ掛かりになれば……」
無理矢理に作る笑顔。だが、その表情は震えている。
ヴィルフリードは、その様子にいたたまれなくなり、フレアの手を掴んだ。
まるで、その小さな手の平にすがりつくように、両手で掴む。
まっすぐに、フレアを見るなんてとてもできず、ヴィルフリードは、首をうな
だれる。
擦れた声で、その言葉を床に落とした。
「人の深い部分を知りたいと思ったら……対峙するしかないんだ」
「……!」
フレアが乱暴にヴィルフリードの掴んだ手を振り払った。
彼女の琴線に、触れる言葉は承知だったのだから、ヴィルフリードは諦めたよ
うに、手を、なされるままに振り解く。
「だって、ゼクスは、いきなり私に踏み入ったじゃないか! 散々、蹴散らして
……!!
なのになんで私はダメなんだ!! アイツは……!」
出会って初めてまともに聞いた、フレアの大きな声。
それでも、ヴィルフリードは顔を上げなかった。
「けど、アイツはアンタと対峙した」
「……ゼクスは、魔力を使って私を……!」
「違うよ」
介入したのは、冷静なリタの声。
「多分だけど、違う。
彼の得意分野は、肉体の構成だ。記憶だとか……感情……は肉体から漠然とし
たものは感じ取れるだろうけどもでも、そんな細かいところを読み取ることなん
てできない。魔法はそこまで万能じゃない。
できるのは、せいぜい、感情や肉体を操作するか……あとは、近い出来事を、
忘れさせることが限界なんだ。それも、脳に物質を与えているに過ぎない。
それに、記憶や感情を知ることの出来る能力は、一般的にその他の力を使えな
いものなんだ」
「でも……! 夢の中でアイツは……」
勢いが削がれている。
あぁ、なんでこうも、この少女は痛々しいのか。
「フレアちゃんが何を見たのか、僕は知らない。
でも、ある種の要素を与えることは出来るんだ。何かを見たとしたら、それ
は、フレアちゃんが作り出したものに過ぎない」
「そう……なのか?」
「確かなことは言えないけど。
きっと」
見なくてもわかる。彼女はきっと今、少しだけ泣きそうな顔をしている。
でも、絶対泣くことはしないだろう。
そこまで彼女は子供っぽくは無い。
だから、馬鹿なんだ。
「深いところまで踏み入るのに、その人を抜きにして知るのは、ダメだ。それだ
けは、ダメなんだ」
思わず、フレアの顔を見る。
しかし、やはり、直後に訪れたのは後悔だ。
彼女が、白い肌を紅潮させ、必死に何かを堪えていることは、想像していたの
に。やはり、実際見ると、堪えるものがある。
ヴィルフリードは、それに耐え切れず、再び、目を一杯に見開く彼女の視線か
ら逃れる。
異形の者の取り巻く環境など、幸せなはずがない。
大きすぎる力がもたらすものに、救いがあるはずがない。
きっと、自分のことでいっぱいな彼女はそんなことには気づく余裕など無いと
分かっていながら、ヴィルフリードは、口をつむぐ。
それは……人が言うべきものじゃない。自身で気づくべきものだ
フレアは、目を伏せた。
「私は馬鹿だから……分からない」
フレアは、目を掴むように片方の顔を被った。
まるで、自分の溢れそうな感情を握り掴んで叩き捨てようとするかのように。
……もしくは、それが溢れるのを必死で抑えるかのように。
「なんでなんだ? なんで私一人が苦しい思いをしなきゃいけないんだ。
私だけなら……まだいい。……なんで、みんなを巻き込んでしまうんだ。嫌な
んだ。もう。
私が……何をした?」
彼女の細い身体が、僅かに震えている。
今、軽くでも彼女に触れたら、彼女は涙を流すのではないか。そう思わせるに
は十分な姿だった。
あるいは……泣かせたかったのかもしれない。
泣いてしまえとも思っていたのは事実だ。
ここまで、吐いてしまったのだ。泣いてしまえ。
ヴィルフリードは無責任にそう思っていた。
しかし。
ヴィルフリードは思う。
今の彼女には、これが限界なのだろう。
今、ここに、ディアンがいれば、彼女は泣いていただろうか?
または……さらにこの泣き言すら、堪えていただろうか。
少し、躊躇ったが、ヴィルフリードは、フレアの頭に、手を載せた。
驚いたように、フレアがヴィルフリードを見た。
先ほどの心配は杞憂だったようだ。彼女の目は、少し赤いものの、濡れてはい
なかった。
それを確認してのことではないだろうが、ヴィルフリードは、そのままフレア
の頭を軽くポンポン軽くなだめるように叩く。
「フレア。お前は明日の朝、ディアンとここを発つんだ。
いや、朝じゃダメだな。夜明け前がいい」
今さっきまでの空気が嘘のような、ヴィルフリードのひょうきんな響きを含む
声。
当然、フレアはそれに戸惑う。
「え……?」
「逃げちゃえって言っているんだよ。
ね? そうでしょ? ヴィルさん」
そこにまた、リタのふざけた含みを持つ真面目な声。
それを見て、にやりと、応じるヴィルフリード。
「察しがいいじゃねぇか、リタ」
「で……でも。私は……」
「こんな、うら若き乙女が、あんな変態のこと、イチイチ全部理解しようとして
たら相手は図に乗るってモンなんだよ。
ここはとっととケツまくって逃げた方が勝ちなんだよ」
「うわ。ヴィルさん、それ、女性にはセクハラ」
リタが茶々を入れる。
「うるせぇ。口が悪いのはもともとだ。
なにもわざわざ相手を喜ばせる必要なんざないんだ。ここは、逃げ出して相手
にマヌケな顔をさせてりゃいいんだよ」
「だけど……」
まだ、急展開に流されそうになるのに抗うフレアに、リタが呟きでそれをふさ
いだ。
「っていうかさ、フレアちゃんが待つ理由って、何一つないんじゃない?」
一瞬の沈黙。
しかし、フレアは、すぐに、慌てて何かに対して弁解する。
「で、でも、そうすると……周りに迷惑が……ほ、ホラ、ゼクスは私を狙ってい
るわけだし」
リタとヴィルフリードが顔を見合わせる。
「……っつーか……」
「むしろ、フレアちゃんがここにいたほうが、騒ぎが大きくなっちゃうよね?」
「連れのアイツは、好戦的だからガチンコ勝負しそうだし。ってか、俺、そのせ
いで怒られたようなもんだし」
「ディアンさんが、移動する気になっているうちに、ここを発っちゃうのが一番
良くない……?」
ヴィルフリードとリタの、サンドイッチ状の会話に、フレアの喉から、あ、と
いう小さな声がこぼれた。
再び。沈黙。
「なんなら、旅支度、手伝おうか?」
リタが立ち上がる。
その、今にも、支度をしそうなリタの様子を見て、フレアは慌てて止める。
「い、いや、それはいいが……いいのか? 本当に」
「嫌なんでしょ?
なのに、わざわざ相手を理解しようなんて、それこそ『思い上がり』だよ。
フレアちゃんは神様だとか聖母様とかじゃないんだから、当たり前じゃない」
さらに何かを言おうとしたフレアの唇を、リタの細い人差し指が塞ぐ。
どうせ、彼女から出る言葉は「でも」とか「しかし」から始まる、虚空の言葉
だろう。
「さっきより、分かりやすいでしょ?」
リタは、ニッコリと笑った。
NPC:NO CAST
場所:宿屋
----------------------------------------------------------------
「あー……」
ヴィルフリードは、頭を掻いている手を下ろした。
「今回、俺は、よしとくわ」
少しばかり、フレアに軽い落胆の色が見えた。その反応が予測できたから、無
駄な動作や言葉が洩れたのだ、とヴィルフリードはフレアの顔を見ながらそのこ
とに、今更気づいた。
そんな彼女の表情から逃げるように、視線が自然と顎をさする自分の手に向け
られる。
「俺、あーゆーカタッ苦しい場所、嫌いだし。
資料探し? そーゆーの、苦手だし」
そう言って、ふと、リタに顔を向ける。
「リタは……得意そうだな」
「うん、得意だよ」
「……堂々と言うか」
真顔で答えるリタの反応に、ヴィルフリードは半眼で答える。
「謙遜は必ずしも美徳じゃないと思うんだ、僕。
なんか、能力の出し惜しみみたいにも見えるし、遠まわしに断っているみたい
に聞こえる時ってない?」
「……そーですかい」
小さく、脱力したように相槌を打つヴィルフリード。
そこに、フレアが期待の眼差しをリタに向ける。本当に、わずかな感情すらも
表現してしまう少女だ、とヴィルフリードは思った。
「……ということは、リタはついてきてくれるのか?」
微笑みながら、リタは当然かのように答えた。
「いいよ」
フレアの顔がわずかながら緩む。
が、それと同時にリタは表情を変えないまま付け加えた。
「でもね、あまり期待しないほうがいいよ。
昨日も言ったけど、彼のような遺伝子に影響を与えるほどの魔力の持ち主の事
例は少ないし。ほとんどが謎に包まれている」
「……確かに、あれも異様だったな」
思わず、ヴィルフリードが呟く。
「あれ……って?」
フレアが問いかける。
「……腕が切られたのに、血が一滴も出ず……しまいにゃくっつけたら治っち
まったんだ」
ヴィルフリードが、答える。
そして、今度はリタに向き直り、問いかける。
「俺はさ、魔法にゃ詳しくないんだが。アレはよく見かける回復魔法とは違うの
か?」
「根源的な作用は一緒だけども、別物だと言っていいかもしれない。
普通の魔法では、有り得ないから。
通常の魔法は術者の意識が発動されて、初めて物質に干渉する。
だけど、あれは……細胞自体が判断して、発動しているように感じた。反射神
経みたいなモノにまで、進化している。
……あの白いお兄さん……」
一瞬、ヴィルフリードの口の形が「へ」の字をかたどるが、フレアはそれに気
づかず、答えを言う。
「ディアンのことか?」
「そう、その人。その人が最初殴った時は、口の中が切れて血が流れていたん
だ。
判断しているんだよね。致命傷と、そうでないものを。
致命傷だけの時に反応するという仕組みだとしていたら……」
「あー。ちょっとスマン」
一人だけの思考に入りそうになっていたところを、ヴィルフリードが謝るよう
に軽く手のひらを顔ぐらいまでの高さ上げ、割り入った。
「……イデンシだとか、サイボーだとかってなんだ?
昨日もちょいと聞いたんだが。
……いや、実はな、流して済めばいいかなぁ、と思って、流してたんだが」
その隣で、フレアも小さく「わ、私も」と挙手をした。
「……フレアちゃんは若いからともかく、ヴィルさん、脳味噌使わないとボケ
ちゃうよ?」
「ほっとけ」
かすかにヴィルフリードの目の端が濡れていたが、若い二人は無視した。それ
は優しさなのか、それとも単に話が逸れるからなのか。
リタは軽く息を吸い、講義を始めた。
「細胞は、いわゆる生物の身体を構成しているもの。遺伝子は、生物の形質を記
録しているもの、とでも言えばいいかな? かなり簡単だけど。
ちなみに、細胞の確認は取れているけど、遺伝子はまだ、推論の域を出ないも
のだけども。現在では『ある』と仮定されているに過ぎない。
学会だとかではまだ、あまり認知されていないみたいだけど、僕はあると思っ
ている」
「……で。なんで、その一部の細胞が『判断』だなんて、まるで生きているよう
に扱うんだ?」
眉間に皺を寄せながら、質問をするヴィルフリード。
理解しようと必死なのだろうが、彼の額の皺は確実に深く刻まれていること
に、気づいているのだろうか。
そう思いながらも、リタは、優秀な教師宜しく、不出来な生徒に対する回答を
行う。
「細胞は生きているよ。一つ一つね。呼吸だってちゃんとしている。
死んでしまえば、老廃物……皮が剥けたりだとかね、そんなゴミとして排出さ
れるけど。
あと、腐ってしまったときも、死んでいる」
「なんか気持ち悪ィなぁ、想像すると」
今度は、口元に深い皺が刻まれる。
「そう? 僕なんか面白いと感じるけどね」
リタがニッコリと笑う。それはある種の分野に快感を得た時にのみ見られる、
独特の笑顔だった。
「身体欠損に使用される回復魔法は、形質を遺伝子から読み取って、細胞の活性
化を促しているという手順で、やっているのではないかと言われてるんだよね。
彼、ゼクスの場合は……魔力とともに……いや、魔力があるがゆえに、遺伝子
が変質してしまい、体質が変わってしまった……進化とでも呼ぶべきかな?
まぁ、あくまで、仮説の上で成り立っている推論だけども」
と、ここでリタは一息ついた。周りを見ると、ヴィルフリードとフレアは、目
を丸くしながらリタを見ていた。
「フレア……図書館なんかにもぉ行かなくていいんじゃないか?
ここに生きる図書館がいる」
「……そうかもしれないな」
「失礼だなぁ。これは、一部の知識から成り立っている、あくまで推論なんだ
よ?
まだ見ていない本は無数にあるからね。こんな狭い了見しか持っていない僕の
知識で感心しちゃダメだよ」
照れの一切混ざっていない、言葉。
それが余計にリタの知識欲を浮き上がらせて見せていた。
「……で、そもそも、フレアちゃんは一体、図書館で何を調べたいの?」
「え……?」
「ゼクスの、何について調べたいの?
症例が少ないのだから、『絶対に』なんて事は無い。
もし、『寿命が短い』とかの事例があったら、フレアちゃんはどうするの?
どうしたいの?」
まっすぐとフレアの目を見ながらリタは問う。
それに対してフレアは、真正面から受け止めるように、見つめ返している。少
し、不安そうな感情が、見られている。
「私はただ……ゼクスが……何を考えているのか……知りたくて」
途切れ途切れになりながら、搾り出すように答えるフレアを見て、ヴィルフ
リードはその光景から目を逸らす。
なぜ、視線をはずすことすらしないのか。その不器用さが、やはりヴィルフ
リードにとって少し辛い。
「個人の思考なんて、本に載っていない」
フレアの瞳が揺れる。
馬鹿正直に真正面から対峙するから、深く抉られるんだ。リタは見かけと違っ
て、キツいということを、まだ理解していないのか。
「でも……何かの取っ掛かりになれば……」
無理矢理に作る笑顔。だが、その表情は震えている。
ヴィルフリードは、その様子にいたたまれなくなり、フレアの手を掴んだ。
まるで、その小さな手の平にすがりつくように、両手で掴む。
まっすぐに、フレアを見るなんてとてもできず、ヴィルフリードは、首をうな
だれる。
擦れた声で、その言葉を床に落とした。
「人の深い部分を知りたいと思ったら……対峙するしかないんだ」
「……!」
フレアが乱暴にヴィルフリードの掴んだ手を振り払った。
彼女の琴線に、触れる言葉は承知だったのだから、ヴィルフリードは諦めたよ
うに、手を、なされるままに振り解く。
「だって、ゼクスは、いきなり私に踏み入ったじゃないか! 散々、蹴散らして
……!!
なのになんで私はダメなんだ!! アイツは……!」
出会って初めてまともに聞いた、フレアの大きな声。
それでも、ヴィルフリードは顔を上げなかった。
「けど、アイツはアンタと対峙した」
「……ゼクスは、魔力を使って私を……!」
「違うよ」
介入したのは、冷静なリタの声。
「多分だけど、違う。
彼の得意分野は、肉体の構成だ。記憶だとか……感情……は肉体から漠然とし
たものは感じ取れるだろうけどもでも、そんな細かいところを読み取ることなん
てできない。魔法はそこまで万能じゃない。
できるのは、せいぜい、感情や肉体を操作するか……あとは、近い出来事を、
忘れさせることが限界なんだ。それも、脳に物質を与えているに過ぎない。
それに、記憶や感情を知ることの出来る能力は、一般的にその他の力を使えな
いものなんだ」
「でも……! 夢の中でアイツは……」
勢いが削がれている。
あぁ、なんでこうも、この少女は痛々しいのか。
「フレアちゃんが何を見たのか、僕は知らない。
でも、ある種の要素を与えることは出来るんだ。何かを見たとしたら、それ
は、フレアちゃんが作り出したものに過ぎない」
「そう……なのか?」
「確かなことは言えないけど。
きっと」
見なくてもわかる。彼女はきっと今、少しだけ泣きそうな顔をしている。
でも、絶対泣くことはしないだろう。
そこまで彼女は子供っぽくは無い。
だから、馬鹿なんだ。
「深いところまで踏み入るのに、その人を抜きにして知るのは、ダメだ。それだ
けは、ダメなんだ」
思わず、フレアの顔を見る。
しかし、やはり、直後に訪れたのは後悔だ。
彼女が、白い肌を紅潮させ、必死に何かを堪えていることは、想像していたの
に。やはり、実際見ると、堪えるものがある。
ヴィルフリードは、それに耐え切れず、再び、目を一杯に見開く彼女の視線か
ら逃れる。
異形の者の取り巻く環境など、幸せなはずがない。
大きすぎる力がもたらすものに、救いがあるはずがない。
きっと、自分のことでいっぱいな彼女はそんなことには気づく余裕など無いと
分かっていながら、ヴィルフリードは、口をつむぐ。
それは……人が言うべきものじゃない。自身で気づくべきものだ
フレアは、目を伏せた。
「私は馬鹿だから……分からない」
フレアは、目を掴むように片方の顔を被った。
まるで、自分の溢れそうな感情を握り掴んで叩き捨てようとするかのように。
……もしくは、それが溢れるのを必死で抑えるかのように。
「なんでなんだ? なんで私一人が苦しい思いをしなきゃいけないんだ。
私だけなら……まだいい。……なんで、みんなを巻き込んでしまうんだ。嫌な
んだ。もう。
私が……何をした?」
彼女の細い身体が、僅かに震えている。
今、軽くでも彼女に触れたら、彼女は涙を流すのではないか。そう思わせるに
は十分な姿だった。
あるいは……泣かせたかったのかもしれない。
泣いてしまえとも思っていたのは事実だ。
ここまで、吐いてしまったのだ。泣いてしまえ。
ヴィルフリードは無責任にそう思っていた。
しかし。
ヴィルフリードは思う。
今の彼女には、これが限界なのだろう。
今、ここに、ディアンがいれば、彼女は泣いていただろうか?
または……さらにこの泣き言すら、堪えていただろうか。
少し、躊躇ったが、ヴィルフリードは、フレアの頭に、手を載せた。
驚いたように、フレアがヴィルフリードを見た。
先ほどの心配は杞憂だったようだ。彼女の目は、少し赤いものの、濡れてはい
なかった。
それを確認してのことではないだろうが、ヴィルフリードは、そのままフレア
の頭を軽くポンポン軽くなだめるように叩く。
「フレア。お前は明日の朝、ディアンとここを発つんだ。
いや、朝じゃダメだな。夜明け前がいい」
今さっきまでの空気が嘘のような、ヴィルフリードのひょうきんな響きを含む
声。
当然、フレアはそれに戸惑う。
「え……?」
「逃げちゃえって言っているんだよ。
ね? そうでしょ? ヴィルさん」
そこにまた、リタのふざけた含みを持つ真面目な声。
それを見て、にやりと、応じるヴィルフリード。
「察しがいいじゃねぇか、リタ」
「で……でも。私は……」
「こんな、うら若き乙女が、あんな変態のこと、イチイチ全部理解しようとして
たら相手は図に乗るってモンなんだよ。
ここはとっととケツまくって逃げた方が勝ちなんだよ」
「うわ。ヴィルさん、それ、女性にはセクハラ」
リタが茶々を入れる。
「うるせぇ。口が悪いのはもともとだ。
なにもわざわざ相手を喜ばせる必要なんざないんだ。ここは、逃げ出して相手
にマヌケな顔をさせてりゃいいんだよ」
「だけど……」
まだ、急展開に流されそうになるのに抗うフレアに、リタが呟きでそれをふさ
いだ。
「っていうかさ、フレアちゃんが待つ理由って、何一つないんじゃない?」
一瞬の沈黙。
しかし、フレアは、すぐに、慌てて何かに対して弁解する。
「で、でも、そうすると……周りに迷惑が……ほ、ホラ、ゼクスは私を狙ってい
るわけだし」
リタとヴィルフリードが顔を見合わせる。
「……っつーか……」
「むしろ、フレアちゃんがここにいたほうが、騒ぎが大きくなっちゃうよね?」
「連れのアイツは、好戦的だからガチンコ勝負しそうだし。ってか、俺、そのせ
いで怒られたようなもんだし」
「ディアンさんが、移動する気になっているうちに、ここを発っちゃうのが一番
良くない……?」
ヴィルフリードとリタの、サンドイッチ状の会話に、フレアの喉から、あ、と
いう小さな声がこぼれた。
再び。沈黙。
「なんなら、旅支度、手伝おうか?」
リタが立ち上がる。
その、今にも、支度をしそうなリタの様子を見て、フレアは慌てて止める。
「い、いや、それはいいが……いいのか? 本当に」
「嫌なんでしょ?
なのに、わざわざ相手を理解しようなんて、それこそ『思い上がり』だよ。
フレアちゃんは神様だとか聖母様とかじゃないんだから、当たり前じゃない」
さらに何かを言おうとしたフレアの唇を、リタの細い人差し指が塞ぐ。
どうせ、彼女から出る言葉は「でも」とか「しかし」から始まる、虚空の言葉
だろう。
「さっきより、分かりやすいでしょ?」
リタは、ニッコリと笑った。
PR
PC:ヴィルフリード、ディアン、フレア、リタルード
NPC:なし
場所:宿屋
-------------------------------------------
「あーもー、どうしてあの子はああいう子なのかなぁ!」
「どうしてって…まぁ気持ちはわからんでもないが」
フレアは「ディアンと一度話してみる」と言って部屋を出て行った。
リタルードはヴィルフリードにぐちぐちもらす。
「だって、何食べたらあんなふうに育つわけ?
栄養状態あんま良さそうじゃないのに妙に性根いいしさぁ。
僕、彼女見てると生きてるの恥ずかしくなってくるもん」
痛々しいまでに不器用であるということは、生きる上であまりにも損な特質である
が、同時に酷く強い魅性を放つものだ。
そして本人がそのことに決して気づかないからこそ、その魅性は張り詰めた一本の絹
糸のように脆いものであるにも関わらず、ほんのぎりぎりのところで損なわれない。
それは、その人物に連なる人間の性質や放された手、偶然読んだ本だとか他者からの
信頼や裏切り、太陽の暖かさや朝露の透明さ、食べるに困る人間の生きることへの必
死さのようなものが、本当に絶妙なバランスで作りだしたものなのだろう。
そのくせ、たとえどのようなところでどのように成長していたとしても、彼女は彼女
でしかなかったのではないかという、水にうつった太陽の光の揺らめきへの憧れのよ
うな、永遠を思わせるものも兼ね備えている。
「僕さぁ、ゼクスさんってすっごいいい人だと思うんだよね」
片方の頬をべったりとつけて、頭を机にのせてリタルードは言う。
「だって僕が彼の立場だったら、女に飢えた凶悪囚30人くらい詰め込んだ監獄に、
フレアちゃん丸腰にして投げ込んだりしちゃうよ?」
「…おい」
「あ、いまさら引くんだ? 僕変態だってとっくにわかってるくせに」
「根に持ってんのか?」
「別にぃ。変態って言われようがどんなレッテル貼られようが、重要なのはどんな考
えでそれ貼ってどんな用途で使うかってことじゃん。
個人の趣味趣向や外見とかで、蔑んだり自らと差別化するために簡単にレッテル貼
るのは『あぁこの人器小さくて視野狭いんだぁ』ってのほほんと微笑ましく思うけれ
ど」
「あー、そうかよ」
「お金払ったら実行してくれるかなゼクスさん。
彼女の相棒の四肢折りますってオプション付で」
「他人に迷惑かける趣味趣向はどうかと思うぞ」
「まあねぇ。僕も言ってるだけだし」
「そうかよ…」
確かに言ってるだけだけれど、もし自分がゼクスの立場だったらどうするか本当にわ
からないなぁと、心の中でリタルードは付け加える。
だって誰かを壊したいと願わないほど、自分は完璧な人間なんかじゃない。
でもきっとフレアは、誰かを壊すことを選ぶくらいなら、自分を壊すことをえらぶの
だろう。
それを「強さ」と本当に人は呼ぶのだろうか?
窓から風が吹き込んで、さわりと頬をなでる。
「彼女の相棒は、彼女をちゃんと受けとめることができるのかな…?」
眠気で濁った頭で小さな声で呟いた一言には、ヴィルフリードの返事はなかった。
NPC:なし
場所:宿屋
-------------------------------------------
「あーもー、どうしてあの子はああいう子なのかなぁ!」
「どうしてって…まぁ気持ちはわからんでもないが」
フレアは「ディアンと一度話してみる」と言って部屋を出て行った。
リタルードはヴィルフリードにぐちぐちもらす。
「だって、何食べたらあんなふうに育つわけ?
栄養状態あんま良さそうじゃないのに妙に性根いいしさぁ。
僕、彼女見てると生きてるの恥ずかしくなってくるもん」
痛々しいまでに不器用であるということは、生きる上であまりにも損な特質である
が、同時に酷く強い魅性を放つものだ。
そして本人がそのことに決して気づかないからこそ、その魅性は張り詰めた一本の絹
糸のように脆いものであるにも関わらず、ほんのぎりぎりのところで損なわれない。
それは、その人物に連なる人間の性質や放された手、偶然読んだ本だとか他者からの
信頼や裏切り、太陽の暖かさや朝露の透明さ、食べるに困る人間の生きることへの必
死さのようなものが、本当に絶妙なバランスで作りだしたものなのだろう。
そのくせ、たとえどのようなところでどのように成長していたとしても、彼女は彼女
でしかなかったのではないかという、水にうつった太陽の光の揺らめきへの憧れのよ
うな、永遠を思わせるものも兼ね備えている。
「僕さぁ、ゼクスさんってすっごいいい人だと思うんだよね」
片方の頬をべったりとつけて、頭を机にのせてリタルードは言う。
「だって僕が彼の立場だったら、女に飢えた凶悪囚30人くらい詰め込んだ監獄に、
フレアちゃん丸腰にして投げ込んだりしちゃうよ?」
「…おい」
「あ、いまさら引くんだ? 僕変態だってとっくにわかってるくせに」
「根に持ってんのか?」
「別にぃ。変態って言われようがどんなレッテル貼られようが、重要なのはどんな考
えでそれ貼ってどんな用途で使うかってことじゃん。
個人の趣味趣向や外見とかで、蔑んだり自らと差別化するために簡単にレッテル貼
るのは『あぁこの人器小さくて視野狭いんだぁ』ってのほほんと微笑ましく思うけれ
ど」
「あー、そうかよ」
「お金払ったら実行してくれるかなゼクスさん。
彼女の相棒の四肢折りますってオプション付で」
「他人に迷惑かける趣味趣向はどうかと思うぞ」
「まあねぇ。僕も言ってるだけだし」
「そうかよ…」
確かに言ってるだけだけれど、もし自分がゼクスの立場だったらどうするか本当にわ
からないなぁと、心の中でリタルードは付け加える。
だって誰かを壊したいと願わないほど、自分は完璧な人間なんかじゃない。
でもきっとフレアは、誰かを壊すことを選ぶくらいなら、自分を壊すことをえらぶの
だろう。
それを「強さ」と本当に人は呼ぶのだろうか?
窓から風が吹き込んで、さわりと頬をなでる。
「彼女の相棒は、彼女をちゃんと受けとめることができるのかな…?」
眠気で濁った頭で小さな声で呟いた一言には、ヴィルフリードの返事はなかった。
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:NO CAST
場所:宿屋
「・・・・・・・ま、俺は構わんぜ、お前がいいんなら。」
実際、俺もあの白皙の魔法使い・・・ゼクスに対しては好印象を抱いてはいないも
のの、さほどの嫌悪感を覚えているわけでもなかった。
フレアを昏倒させたのにゃちょいとムカつくが、それ以外は大した事をしてねーし
な。
わざわざこっちの貴重な時間を使ってまで付き合ってやる義理は無ェ。
ただ、それも今回までだ。
次は、マジで締めるぞ?
俺の言葉に、意外そうな顔をしたフレア。
きっと、「意地でもやってやる!」みたいな言葉が出てくるとでも思ってたんだろ
うが・・・。
苦笑して、俺はフレアの肩を叩く。
「おいおい、俺だって年から年中あんな面倒っちいヤツを相手にしたいとは思わ
ねーさ。それにな、なんて言っても今は時間が貴重なんでな。」
「時間?」
これまた、フレアが首を傾げる。
確かに、俺が時間なんて口にするのは珍しいことなんだろうが・・・。
直接は答えず、俺は傍らに置かれたザックの中から丸められた紙片を取り出した。
「なぁフレア。お前、今どこか行きたいところ・・・あるか?あるんなら、遠慮せ
ずに言ってくれよ?」
「ディアンは、どこかあるのか?行きたいところ、行かなくてはならないところが
?そっちこそ、遠慮は無用だぞ。」
逆に、質問で返されちまった。
ま、ちと俺らしくもなく遠まわしにしすぎたか。
これだけ話せば、誰だって気づくわな。
頭を掻きながら、紙片・・・地図を広げる。
そこに描かれているのは、大陸の全図。
俺が指差したのは、地図の右端。
地図はたいてい北を上にして書かれているから、俺が示したのは極東、ということ
になる。
今俺たちがいるのが大陸のほぼ中心だから、そこから極東までは街道を通って行っ
たにしても、相当な日数がかかるに違いない。
「ここは・・・!?」
地名を目にしたフレアの眉がぴくん、と跳ね上がる。
それは、呪われた地。
大陸の人間なら冒険者でなくとも誰でも知っているその場所は、魑魅魍魎の跋扈す
る、この世ならぬ土地。
「俺は、ここに行きたい。いや、行かないといけねぇんだ。それも、あと半年で
な。」
「半年でか・・・面白いな」
フレアの朱唇が、緩い半月を形作る。
この娘は、理由も、目的も聞かない。
血のつながりも無い、愛情でもない。
俺とこいつを繋ぐのはただ、一緒に旅をしているというそれだけのことなのに。
なのに、こうやって全てを含んだ返事をくれる。
俺を、信用しているのか?
俺は、信用されているのか?
俺は、信用に足るのだろうか・・・?
無条件な信頼ほど、俺を揺さぶるものはない。
いや、きっと・・・男なら誰でもそうなんじゃないのか?
例えば、赤子が笑いかけて来たとき。
例えば、キスを待つ恋人が、目を閉じたとき。
そのとき相手は全く何の心配もしていない。
なぜなら、何が起きても目の前にいる相手が守ってくれるから、そう信じているか
ら。
そんな無防備な一つの命、その全てを預けられる重圧に俺は耐えれるのか?
その思いが引き金となり、俺が忘れようと努力し、記憶の彼方へと追いやっていた
あのことが、頭の中で生々しく再現された。
「信じてるぞ?ディアンなら出来るんだから、絶対!この国を守って、よね?」
そう言って笑った朱里は、綺麗だった、とても・・・。
信頼している相手にしか見せない、その美しさを知っているのは俺だけなんだと、
無性に誇らしく思ったものだ。
命に変えても守ってみせるさ、お前と、この国を。
そう答えたことも、鮮明に覚えている。
なのに、そのどちらをも守れなかった俺は・・・
「ディアン?」
フレアの声に、ふと我に帰る。
「疲れているのか?どうもさっきから様子が変だぞ?」
「ん、ああ・・・何でも無いさ。ちょっと、この先の路程を考えてただけさ。」
その答えに、一応は頷くフレアだが、心底納得したわけではないのだろう。
よく見れば、わずかに頬が膨れているのが見て取れる。
分かりやすい娘だ、と微笑ましく思う反面、彼女に心配をかけさせてしまった自分
を、恥じる。
「悪ぃ、別に隠すほどのことじゃなかったんだが。」
そう前置きして、なるべく感情が波立たないように気をつけながら、一気に言葉を
吐き出す。
「3年に1度の墓参りだ。俺の・・・恋人の。」
NPC:NO CAST
場所:宿屋
「・・・・・・・ま、俺は構わんぜ、お前がいいんなら。」
実際、俺もあの白皙の魔法使い・・・ゼクスに対しては好印象を抱いてはいないも
のの、さほどの嫌悪感を覚えているわけでもなかった。
フレアを昏倒させたのにゃちょいとムカつくが、それ以外は大した事をしてねーし
な。
わざわざこっちの貴重な時間を使ってまで付き合ってやる義理は無ェ。
ただ、それも今回までだ。
次は、マジで締めるぞ?
俺の言葉に、意外そうな顔をしたフレア。
きっと、「意地でもやってやる!」みたいな言葉が出てくるとでも思ってたんだろ
うが・・・。
苦笑して、俺はフレアの肩を叩く。
「おいおい、俺だって年から年中あんな面倒っちいヤツを相手にしたいとは思わ
ねーさ。それにな、なんて言っても今は時間が貴重なんでな。」
「時間?」
これまた、フレアが首を傾げる。
確かに、俺が時間なんて口にするのは珍しいことなんだろうが・・・。
直接は答えず、俺は傍らに置かれたザックの中から丸められた紙片を取り出した。
「なぁフレア。お前、今どこか行きたいところ・・・あるか?あるんなら、遠慮せ
ずに言ってくれよ?」
「ディアンは、どこかあるのか?行きたいところ、行かなくてはならないところが
?そっちこそ、遠慮は無用だぞ。」
逆に、質問で返されちまった。
ま、ちと俺らしくもなく遠まわしにしすぎたか。
これだけ話せば、誰だって気づくわな。
頭を掻きながら、紙片・・・地図を広げる。
そこに描かれているのは、大陸の全図。
俺が指差したのは、地図の右端。
地図はたいてい北を上にして書かれているから、俺が示したのは極東、ということ
になる。
今俺たちがいるのが大陸のほぼ中心だから、そこから極東までは街道を通って行っ
たにしても、相当な日数がかかるに違いない。
「ここは・・・!?」
地名を目にしたフレアの眉がぴくん、と跳ね上がる。
それは、呪われた地。
大陸の人間なら冒険者でなくとも誰でも知っているその場所は、魑魅魍魎の跋扈す
る、この世ならぬ土地。
「俺は、ここに行きたい。いや、行かないといけねぇんだ。それも、あと半年で
な。」
「半年でか・・・面白いな」
フレアの朱唇が、緩い半月を形作る。
この娘は、理由も、目的も聞かない。
血のつながりも無い、愛情でもない。
俺とこいつを繋ぐのはただ、一緒に旅をしているというそれだけのことなのに。
なのに、こうやって全てを含んだ返事をくれる。
俺を、信用しているのか?
俺は、信用されているのか?
俺は、信用に足るのだろうか・・・?
無条件な信頼ほど、俺を揺さぶるものはない。
いや、きっと・・・男なら誰でもそうなんじゃないのか?
例えば、赤子が笑いかけて来たとき。
例えば、キスを待つ恋人が、目を閉じたとき。
そのとき相手は全く何の心配もしていない。
なぜなら、何が起きても目の前にいる相手が守ってくれるから、そう信じているか
ら。
そんな無防備な一つの命、その全てを預けられる重圧に俺は耐えれるのか?
その思いが引き金となり、俺が忘れようと努力し、記憶の彼方へと追いやっていた
あのことが、頭の中で生々しく再現された。
「信じてるぞ?ディアンなら出来るんだから、絶対!この国を守って、よね?」
そう言って笑った朱里は、綺麗だった、とても・・・。
信頼している相手にしか見せない、その美しさを知っているのは俺だけなんだと、
無性に誇らしく思ったものだ。
命に変えても守ってみせるさ、お前と、この国を。
そう答えたことも、鮮明に覚えている。
なのに、そのどちらをも守れなかった俺は・・・
「ディアン?」
フレアの声に、ふと我に帰る。
「疲れているのか?どうもさっきから様子が変だぞ?」
「ん、ああ・・・何でも無いさ。ちょっと、この先の路程を考えてただけさ。」
その答えに、一応は頷くフレアだが、心底納得したわけではないのだろう。
よく見れば、わずかに頬が膨れているのが見て取れる。
分かりやすい娘だ、と微笑ましく思う反面、彼女に心配をかけさせてしまった自分
を、恥じる。
「悪ぃ、別に隠すほどのことじゃなかったんだが。」
そう前置きして、なるべく感情が波立たないように気をつけながら、一気に言葉を
吐き出す。
「3年に1度の墓参りだ。俺の・・・恋人の。」
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
-Till We Meet Again!-
―――――――――――――――
ディアンはそれ以上詳しいことは言わなかったし、フレアも訊かなかった。
黙ったまま、指で地図をなぞるディアンの姿だけで十分だった。
彼の横顔を見上げたまま、胸の芯が軋むのを自覚する。
この人は、今の自分と同じくらいの歳に、すべてを失ったのだ。
・・・★・・・
リタの部屋のドアをノックしたが――返事はなかった。
入るぞ、と囁いて、扉を開く。通り道ができて、窓から吹き込んできた風が
髪を揺らした。
部屋にはリタ一人だった。肩にシーツをひっかけて、窓の前の机に
突っ伏して眠っている。
その寝顔があまりにも穏やかで、フレアは声を出さずに微笑してから、
そのままドアを閉めた。
廊下に向き直ると、階下から足音がした。すぐに褪せた黒の頭が見える。
ヴィルフリードだ。
彼は階段を上りきってから、リタの部屋の前に立っているフレアを見て、
人差し指を口元にあてた。
「昨日は寝てないんだと」
「みたいだな…ヴィルフリードはどこに行っていたんだ?」
「メシだよ。誰かさんのせいでまだ食ってなかったからな」
苦笑するヴィルフリードのセリフに、身体が強張る。それを見て、慌てて
ヴィルフリードが訂正してきた。
「違うって、あいつだよ…まったく、朝っぱらからやってくれたぜ」
「怪我とかは?」
“あいつ”が誰のことを指しているのかはわからなかったが、
彼は“あいつ”の名すら言いたくないようだった。
「ねぇよ。でも3時間ぐらいかな。怒られちまった」
「怒られた?」
その話題は忘れたいのか、ヴィルフリードはさっと目をそらすと、
まったく関係ない話を持ち出してきた。
「それより、結局どうなったんだ?話したのか?」
「うん、もう行き先も決まった」
「そう…かぁ」
「…」
そこで会話は終わりのようだった。数秒ののち、ヴィルフリードが
歩き出す。
「まぁ、また夕メシの時にでも」
喉まででかかった言葉を言おうか迷っているうちに、彼の
くたびれた肩が通り過ぎる。
そこで慌てて、フレアは振り返った。
今、言わないと。
――「待って」
「さっきはすまなかった……私、自分の事しか考えていなくて。
混乱してたとはいえ、酷い事も言った」
ヴィルフリードは既に自室のドアノブに手をかけていたが、
顔だけはこちらに向けてくれていた。
「…ま、全部が全部お前のせいじゃないからな。気にすんなって」
「ありがとう」
笑顔でそう言うと、ヴィルフリードは扉に隠れるようにしながら
手だけを出して振り、ドアの向こうに消えた。
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
-Till We Meet Again!-
―――――――――――――――
ディアンはそれ以上詳しいことは言わなかったし、フレアも訊かなかった。
黙ったまま、指で地図をなぞるディアンの姿だけで十分だった。
彼の横顔を見上げたまま、胸の芯が軋むのを自覚する。
この人は、今の自分と同じくらいの歳に、すべてを失ったのだ。
・・・★・・・
リタの部屋のドアをノックしたが――返事はなかった。
入るぞ、と囁いて、扉を開く。通り道ができて、窓から吹き込んできた風が
髪を揺らした。
部屋にはリタ一人だった。肩にシーツをひっかけて、窓の前の机に
突っ伏して眠っている。
その寝顔があまりにも穏やかで、フレアは声を出さずに微笑してから、
そのままドアを閉めた。
廊下に向き直ると、階下から足音がした。すぐに褪せた黒の頭が見える。
ヴィルフリードだ。
彼は階段を上りきってから、リタの部屋の前に立っているフレアを見て、
人差し指を口元にあてた。
「昨日は寝てないんだと」
「みたいだな…ヴィルフリードはどこに行っていたんだ?」
「メシだよ。誰かさんのせいでまだ食ってなかったからな」
苦笑するヴィルフリードのセリフに、身体が強張る。それを見て、慌てて
ヴィルフリードが訂正してきた。
「違うって、あいつだよ…まったく、朝っぱらからやってくれたぜ」
「怪我とかは?」
“あいつ”が誰のことを指しているのかはわからなかったが、
彼は“あいつ”の名すら言いたくないようだった。
「ねぇよ。でも3時間ぐらいかな。怒られちまった」
「怒られた?」
その話題は忘れたいのか、ヴィルフリードはさっと目をそらすと、
まったく関係ない話を持ち出してきた。
「それより、結局どうなったんだ?話したのか?」
「うん、もう行き先も決まった」
「そう…かぁ」
「…」
そこで会話は終わりのようだった。数秒ののち、ヴィルフリードが
歩き出す。
「まぁ、また夕メシの時にでも」
喉まででかかった言葉を言おうか迷っているうちに、彼の
くたびれた肩が通り過ぎる。
そこで慌てて、フレアは振り返った。
今、言わないと。
――「待って」
「さっきはすまなかった……私、自分の事しか考えていなくて。
混乱してたとはいえ、酷い事も言った」
ヴィルフリードは既に自室のドアノブに手をかけていたが、
顔だけはこちらに向けてくれていた。
「…ま、全部が全部お前のせいじゃないからな。気にすんなって」
「ありがとう」
笑顔でそう言うと、ヴィルフリードは扉に隠れるようにしながら
手だけを出して振り、ドアの向こうに消えた。
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
----------------------------------------------------------------
「……まいったな」
そう言いながら、手にしているのは、細い鎖にがんじがらめにされている短
刀。鎖は、弛み無く、皮の鞘と柄を引き結んでいる。そのままぞんざいに扱って
いれば、その細い鎖はいつか、自然と千切れるように思えた。
縛っている側だというのに、まるで、悲鳴を上げているみたいだと、ヴィルフ
リードは思った。
あの騒ぎのどさくさに紛れて、この代物はヴィルフリードの手にあった。
リタに返そうとも思ったが、あの乱闘での有様を見て不安になり。フレアに
は、とてもじゃないが渡すことが出来ず。ディアンには、なんとなく渡したくな
かった。
時を遡ること数十分前。
「……は?」
「ですから、……これは、正式にゼクスさんのものですよ、これは。
あなた、よくもこんなもの、手に入れられましたねぇ……」
後半の台詞を半ば呆れながらつぶやき、丸眼鏡をかけた男は鎖に縛られた短刀
をヴィルフリードに戻した。
「えっと……それは、間違いなく?」
「……天下の盗賊ギルドの情報網が信じられないとでも?」
眼鏡の奥の目を威嚇するように細められ、ヴィルフリードは慌てて即座に否定
した。
「いや、そ、そうじゃないんだ。
ただ、な。やけに答えが早いなぁー、と、思って」
言葉尻は笑い声で誤魔化している。
暗殺ギルドの次に、このギルドに喧嘩を売ってはいけないのは、子供でも分か
ることだ。
「簡単ですよ。
詳しくは言えませんがね、あの人の情報は、結構需要があるんですよ。
この短刀もちょっと有名でしてね。数年前、正式に古売屋から買い取っていま
す。その前のことはわかりませんがね」
ヴィルフリードはその嘘を平然と流す。分からないわけが無いのだ。その手合
いの古売屋は、大抵、盗賊ギルドから庇護を受けている。見逃してもらうためで
もあり、盗品をさばくためでもあるからだ。
それを知りたいと思えば、情報量は更に上がるだろうし、そこまで知る必要の
ないものだったからだ。
ヴィルフリードがそれを承知していることを知って、男も言葉を続ける。
「なにやら、魔法の品ということらしいですけど、それ以外のことは不明。
むしろね、どんな効果があるか分かったら、こっちに流してくださいよ。高く
買いますから」
「……な、ならさ。いくらでもそっちで調べていいから、これ、どっかに流して
くれよ」
「嫌ですよ。相当な者じゃない限り、利益より危険性のほうがはるかに高い。
あなたに回す利益から手数料を差し引いてマイナスになるほどですよ」
男は、本当に嫌そうな顔をした。
鼻に皺まで寄っている。本気で嫌そうだ。
「とにかく、ウチでは引き取りませんから。まぁ、金額次第ですけどね」
出さないと見越しての台詞だということは、態度で十分理解できる。
そして、その男の人を見る目は確かだった。
「……やっぱ、返すしかないのかねぇ。
っつーか、リタの奴、なんでこんなもん持ってんだよ……」
ヴィルフリードは、ベッドに突っ伏した。
しかし、すぐにまた、視線は短刀に向く。
今、ここで六本指が突如伸びて、この短刀を掴んでもおかしくないのだ。
いや、掴むのは、この首かもしれない。
その覚悟は、既に出来ている。彼の力は「卑怯」と思わせるほど、強大だ。
唯一の救いは、自分がゼクスの手にかかって死ぬ時は、きっと死を理解してい
ない時だ。
気づいた途端、あっという間に死ぬんだろうなぁ、という感はある。
なぜならば。
ゼクスには、殺意が無いからだ。
必要が無い。
明確に、殺そうという意思が無くとも、十分に命を奪える力を持っているから
だ。
自分の意思が置いてけぼりになるほどの力……。
死から拒まれながら、死に追いやる力を持つということ。
それは、どんな心境なのだろうか。
気が狂いそうになった。
その心境を思いやってではない。その心境を想像しようとする行為にだ。
そうして、悲しく思った。
短刀を見やる。
その彼が、執着する短刀。これは、一体なんだというのか。
こんなチンケな攻撃手段よりも、彼自身は大きな力を有しているではないか。
……なんのためだ? これは。
NPC:ゼクス
場所:宿屋
----------------------------------------------------------------
「……まいったな」
そう言いながら、手にしているのは、細い鎖にがんじがらめにされている短
刀。鎖は、弛み無く、皮の鞘と柄を引き結んでいる。そのままぞんざいに扱って
いれば、その細い鎖はいつか、自然と千切れるように思えた。
縛っている側だというのに、まるで、悲鳴を上げているみたいだと、ヴィルフ
リードは思った。
あの騒ぎのどさくさに紛れて、この代物はヴィルフリードの手にあった。
リタに返そうとも思ったが、あの乱闘での有様を見て不安になり。フレアに
は、とてもじゃないが渡すことが出来ず。ディアンには、なんとなく渡したくな
かった。
時を遡ること数十分前。
「……は?」
「ですから、……これは、正式にゼクスさんのものですよ、これは。
あなた、よくもこんなもの、手に入れられましたねぇ……」
後半の台詞を半ば呆れながらつぶやき、丸眼鏡をかけた男は鎖に縛られた短刀
をヴィルフリードに戻した。
「えっと……それは、間違いなく?」
「……天下の盗賊ギルドの情報網が信じられないとでも?」
眼鏡の奥の目を威嚇するように細められ、ヴィルフリードは慌てて即座に否定
した。
「いや、そ、そうじゃないんだ。
ただ、な。やけに答えが早いなぁー、と、思って」
言葉尻は笑い声で誤魔化している。
暗殺ギルドの次に、このギルドに喧嘩を売ってはいけないのは、子供でも分か
ることだ。
「簡単ですよ。
詳しくは言えませんがね、あの人の情報は、結構需要があるんですよ。
この短刀もちょっと有名でしてね。数年前、正式に古売屋から買い取っていま
す。その前のことはわかりませんがね」
ヴィルフリードはその嘘を平然と流す。分からないわけが無いのだ。その手合
いの古売屋は、大抵、盗賊ギルドから庇護を受けている。見逃してもらうためで
もあり、盗品をさばくためでもあるからだ。
それを知りたいと思えば、情報量は更に上がるだろうし、そこまで知る必要の
ないものだったからだ。
ヴィルフリードがそれを承知していることを知って、男も言葉を続ける。
「なにやら、魔法の品ということらしいですけど、それ以外のことは不明。
むしろね、どんな効果があるか分かったら、こっちに流してくださいよ。高く
買いますから」
「……な、ならさ。いくらでもそっちで調べていいから、これ、どっかに流して
くれよ」
「嫌ですよ。相当な者じゃない限り、利益より危険性のほうがはるかに高い。
あなたに回す利益から手数料を差し引いてマイナスになるほどですよ」
男は、本当に嫌そうな顔をした。
鼻に皺まで寄っている。本気で嫌そうだ。
「とにかく、ウチでは引き取りませんから。まぁ、金額次第ですけどね」
出さないと見越しての台詞だということは、態度で十分理解できる。
そして、その男の人を見る目は確かだった。
「……やっぱ、返すしかないのかねぇ。
っつーか、リタの奴、なんでこんなもん持ってんだよ……」
ヴィルフリードは、ベッドに突っ伏した。
しかし、すぐにまた、視線は短刀に向く。
今、ここで六本指が突如伸びて、この短刀を掴んでもおかしくないのだ。
いや、掴むのは、この首かもしれない。
その覚悟は、既に出来ている。彼の力は「卑怯」と思わせるほど、強大だ。
唯一の救いは、自分がゼクスの手にかかって死ぬ時は、きっと死を理解してい
ない時だ。
気づいた途端、あっという間に死ぬんだろうなぁ、という感はある。
なぜならば。
ゼクスには、殺意が無いからだ。
必要が無い。
明確に、殺そうという意思が無くとも、十分に命を奪える力を持っているから
だ。
自分の意思が置いてけぼりになるほどの力……。
死から拒まれながら、死に追いやる力を持つということ。
それは、どんな心境なのだろうか。
気が狂いそうになった。
その心境を思いやってではない。その心境を想像しようとする行為にだ。
そうして、悲しく思った。
短刀を見やる。
その彼が、執着する短刀。これは、一体なんだというのか。
こんなチンケな攻撃手段よりも、彼自身は大きな力を有しているではないか。
……なんのためだ? これは。