キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
瞳を白が焼く。
あまりの白さに目に痛みを感じ、まばたきをして身を起こす――
そこは暗い海の底ではなかった。しかし、息苦しさは拭えない。
周囲は一面、白。
白、という色を知覚できるものの、壁も天井も見当たらない空間。
ふと、手を見下ろす。白の中で切り抜かれた、16歳の自分の手が
くっきり色を持っている。
その向こうには、投げ出された足。服もいつも通りである。
「…ここは?」
心底不思議そうな、自分の声を他人事のように聞く。
ないと思った答えはあった。
「夢の中さ」
普段そのせりふを聞いたならば、笑い飛ばしただろう――
だが、妙に納得した面持ちでフレアは振り向いていた。
眩暈がするほどの白さの中に、六本指の男が影も落とさず立っている。
不意に、彼の背後に、鮮やかな色彩が浮かんだ。
いぶかしんで完全にゼクスに向き直る。
見えたのは、赤。
首すじに細い跡をつけて倒れているヴィルフリードが見える。
腹を完全に薙がれて、リタが目を見開いたまま頬を床に置いている。
完膚なきまでに全身に火傷を負ったディアンが、煙一つ上げずに
じっと体を横たえて――
肺が震える。息が止まる。
完全に錯乱して、フレアは座り込んだままゼクスを見上げた。
「君の反応が見たくてね。少しいじらせてもらったけど…確かに夢の中だよ。
でも正夢という言葉もあるからね」
「貴様ぁっ!」
感情が立ち上がると同時、体を投げ出すようにして走る。しかしゼクスは
笑みを消そうともしない。
上背があるが細い体躯に迷わず突き当たって、そのまま見えない床に
フレアはゼクスごと倒れこんだ。
それでも、音は一切ない。
「どうして…なんでっ…!」
ゼクスの、青白い首筋を掴んでいる。
両手に渾身の力を込めて締め上げているのに、目の前の男は
床に薄い色素の髪を振り乱したまま、薄ら笑いを浮かべていた。
そのまま、抵抗する様子もなく、全く変わらない声量で笑いかけてくる。
「なんだ。元気じゃないか。」
「うるさい!」
「狂ったり、泣き出すとかすると思ったのに…まぁ、これだけ興奮しているんじゃ
狂っているのと同じかな」
「うるさい……黙れ…!」
自分の首を絞めているような息苦しさの中、囁くようにして叫ぶ。
「君があまりにも生きるとか死ぬとか考えているのを“読んだ”からさ。
何か昔あったんじゃないかと思ったんだけど、忘れてしまったようだね」
「黙れと言っているんだ!」
絶叫して、さらに力を込める。
と、ゼクスが笑うのをやめた。
ひどく冷徹に目を細めて、首を絞められたまま体を起こしてくる。
「――僕を殺すかい?」
静かな声音の中に、甘さはない。そのセリフに怯えたが、
それでも両手を離さない。
力を込めている限り、彼の背後に3人の死体がある限り、
この両手は絞めるのをやめない。
「そんな事したら君の仲間が哀しむよ。フレア?」
たとえ自分の名を呼ぶ者がいなくなっても――
目覚めた場所がこの白い世界であったとしても――
「もういい。失うくらいなら全部いらない」
白が弾けた。
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
瞳を白が焼く。
あまりの白さに目に痛みを感じ、まばたきをして身を起こす――
そこは暗い海の底ではなかった。しかし、息苦しさは拭えない。
周囲は一面、白。
白、という色を知覚できるものの、壁も天井も見当たらない空間。
ふと、手を見下ろす。白の中で切り抜かれた、16歳の自分の手が
くっきり色を持っている。
その向こうには、投げ出された足。服もいつも通りである。
「…ここは?」
心底不思議そうな、自分の声を他人事のように聞く。
ないと思った答えはあった。
「夢の中さ」
普段そのせりふを聞いたならば、笑い飛ばしただろう――
だが、妙に納得した面持ちでフレアは振り向いていた。
眩暈がするほどの白さの中に、六本指の男が影も落とさず立っている。
不意に、彼の背後に、鮮やかな色彩が浮かんだ。
いぶかしんで完全にゼクスに向き直る。
見えたのは、赤。
首すじに細い跡をつけて倒れているヴィルフリードが見える。
腹を完全に薙がれて、リタが目を見開いたまま頬を床に置いている。
完膚なきまでに全身に火傷を負ったディアンが、煙一つ上げずに
じっと体を横たえて――
肺が震える。息が止まる。
完全に錯乱して、フレアは座り込んだままゼクスを見上げた。
「君の反応が見たくてね。少しいじらせてもらったけど…確かに夢の中だよ。
でも正夢という言葉もあるからね」
「貴様ぁっ!」
感情が立ち上がると同時、体を投げ出すようにして走る。しかしゼクスは
笑みを消そうともしない。
上背があるが細い体躯に迷わず突き当たって、そのまま見えない床に
フレアはゼクスごと倒れこんだ。
それでも、音は一切ない。
「どうして…なんでっ…!」
ゼクスの、青白い首筋を掴んでいる。
両手に渾身の力を込めて締め上げているのに、目の前の男は
床に薄い色素の髪を振り乱したまま、薄ら笑いを浮かべていた。
そのまま、抵抗する様子もなく、全く変わらない声量で笑いかけてくる。
「なんだ。元気じゃないか。」
「うるさい!」
「狂ったり、泣き出すとかすると思ったのに…まぁ、これだけ興奮しているんじゃ
狂っているのと同じかな」
「うるさい……黙れ…!」
自分の首を絞めているような息苦しさの中、囁くようにして叫ぶ。
「君があまりにも生きるとか死ぬとか考えているのを“読んだ”からさ。
何か昔あったんじゃないかと思ったんだけど、忘れてしまったようだね」
「黙れと言っているんだ!」
絶叫して、さらに力を込める。
と、ゼクスが笑うのをやめた。
ひどく冷徹に目を細めて、首を絞められたまま体を起こしてくる。
「――僕を殺すかい?」
静かな声音の中に、甘さはない。そのセリフに怯えたが、
それでも両手を離さない。
力を込めている限り、彼の背後に3人の死体がある限り、
この両手は絞めるのをやめない。
「そんな事したら君の仲間が哀しむよ。フレア?」
たとえ自分の名を呼ぶ者がいなくなっても――
目覚めた場所がこの白い世界であったとしても――
「もういい。失うくらいなら全部いらない」
白が弾けた。
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キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:衛兵、宿屋の亭主
場所:宿屋
----------------------------------------------------------------
―――ただ、ちょっと記憶が跳んでるけどもね。
なにが『ちょっと』だ。ごっそり抜けてやがるじゃねぇか。
ヴィルフリードは、首をうなだれながら、心の中で6本指のにやけ顔に対し
て、毒づいた。
なぜ、首をうなだれているのか。
それは、簡単な理由だ。
ヴィルフリードは、衛兵に怒られていたからだ。
見せしめのように、食堂で怒られていたからだ。
ディアンと二人で並んで、怒られていたからだ。
もう、かれこれ、もう2時間ほど、怒られていたからだ。
……現状を説明していて、悲しくなった。
宿屋の主人の記憶からは、『ゼクスの存在』のみ、無くなっていた。
後からリタに聞いた所、記憶というものは、つじつま合わせをして誤魔化すら
しい。
その誤魔化し材料として、丁度良く、朝の騒動が用いられたようだ。
他の客の証言……というより苦情……もあり、どうやら、「朝から男二人が大
喧嘩をし、食堂で暴れまわった」ということになっているようだ。
そして、気絶しているフレア、蒼白なリタの様子というのも、まずかった。野
次馬に成り下がった宿泊客だけでなく、当の通報した主人、そして衛兵までも
が、「暴力男と、ロリコン中年の間に振り回される少女二人という構成の痴情の
もつれだろう?」と、無遠慮な視線で問いかけていた。
消えたのは記憶だけではない。
ゼクスの痕跡は、完全に消えていた。
切り落としたはずの指は、直後、塵になった。「見捨てた」のだ。その部分
を。
意味の無いものなのだろう、祝福と呪いをされた彼にとっては。
ちなみに、現在、フレアは勿論、顔色の悪くなっていたリタは、部屋に移され
ている。
……だから、何故だかよくわからない組み合わせで仲良く並んで怒られている
ことになる。
そしてその中でも特に、衛兵は、年長者であるヴィルフリードに対して、痛烈
に当たっていた。勘違いでも思い込みでもなく、それは明らかな事実だ。
「あんたねぇ……イイ歳してなにやってんの」
明らかに年下の衛兵から、ため息混じりにこの台詞を言われた時は、なんだか
この世界中の人か、自分がこの世界に存在している事に対して、嫌がっているよ
うな気がして、なんだか切なくなった。
その時、僅かだが、横でせせら笑ったようなディアンの顔を見た。丁度良く、
衛兵がそのディアンの表情を見逃さず、矛先をそちらに変えなかったら、ヴィル
フリードは、しょっぴかれる事を覚悟でディアンをシバキ倒していたに違いな
い。……そんなことをしていたら、きっと、逆にこっちがやられていることは十
分に理解していたけども。
「そっちの、眼鏡のお兄さんもそうだよ? 証言によると、朝の喧嘩は君が発端
のようじゃないか。君の怒鳴り声で起きたっていう人がいっぱいいるんだから」
「……あの時、俺もどうかしていました。コイツの挑発に触発されて、周囲の人
の迷惑を顧みず、怒鳴り返してしまいましたから……。反省しています。
ところで、俺の部屋のドアを壊したのはコイツです」
すかさず、反省している事をアピールして、好感度をあげたところで、事実を
述べておく。
「おまっ……!」と、何か言いたげにに小さく叫んだが、衛兵の視線を受け、
すぐに呑み込んだ時のディアンの顔は、ヴィルフリードをなんとも言えないほど
快感に満たしてくれた。もちろん、ディアンとは違って、それを表には出さな
い。化かし人生の年季が違うのだ。
衛兵は、頷くと、ディアンに向かって言った。
「ちゃんと、ここのご主人に、この食堂と、そのドアの修理代、払っておくよう
にね」
この衛兵が、思ったよりいい人でよかった。ヴィルは心の底から思った。
結局、それは3時間続いた。最初1時間は事情徴集。んで、中1時間は事情徴
集+説教。最後1時間は説教+見せしめ。地獄のメニューであった。
衛兵が去った後、ディアンは伸びをし、ヴィルフリードは嘆息した。
「なぁ、オッサン」
ヴィルフリードの眉間の筋肉がわずかに動く。
「なんだ? オッサン予備軍」
今度は、ディアンの口元の筋肉が大きく痙攣した。
「……さっきも思ったんだが、この俺に喧嘩を売っているように思えるのは、俺
の勘違いか?」
「まさか。
喧嘩になったら、か弱いこの老体じゃ、負けるのはメーハクデスカラネェー」
「……なんなんだ、そのイントネーションは」
「……気にしすぎなんだよ。だから、しょうもない勘違いするんだよ」
「あぁ!? やんのか? コラァ!!」
「やんねーっつってんだろ!! さっき言っただろう、聞けや、こンボケ
がぁっ!!」
思わず、相手の理解力の無さについて腹を立て、怒鳴り返す。内容は弱気だ
が、勢いだけは加速している。
「ナニをぉ!! ……って……あぁ!? ……え? あ? え?」
勢いに呑まれかけたが、予想外の流れで戸惑うディアン。
「やったら、負けるっつってんだろっ!! 俺がよぉ!」
「……………。
だったら、なんでそんな強気な口調なんだよ!!」
「んなん、俺が知るかっ!」
もはや、何がなんだかわからない。言っているヴィルフリード本人ですらわか
らない。
そこへ突然、テーブルを叩きつけられる音がした。ディアンとヴィルフリード
の視線がテーブルに向けられる。そこには、小さな紙片が一枚あった。
そこに載せられている手の主の顔を見る。
「……これ、弁償の明細書ね。宿出る時に、精算してもらいますから」
亭主の冷たい視線が「これ以上の騒ぎを起こすな」と、ディアンとヴィルフ
リードの心臓に五寸釘を打ち込む。
『……はい』
声を揃えて返事をする二人を見て、亭主は無言で立ち去った。
それを二人で見送った後、一番に口を開いたのはディアンだった。
「……フレアの様子でも見に行くか。
目ぇ、覚ましてるかな……」
「……俺も行く」
ディアンの後ろをついていきながら、ヴィルフリードは少しだけ、ボーっとし
ていた。
先ほどの地獄の3時間もあったが、やはりその前の数十分の出来事のほうに、
神経が参っていた。
実は、あの空気に一番中[あ]てられていたのは、リタではなく、ヴィルフリー
ドであった。
ヴィルフリードはあの時、動かなかったのではない。動けなかったのだ。必死
で、上っ面を糊塗するので精一杯だった。
正直言えば、ディアンの、「フレアを信用する」という発言が無ければ、吹っ
切れずに、ずっと傍観していたであろう。
そういう意味では、ディアンは、ヴィルフリードにとって助かる存在であっ
た。……感情はついていかないが。
ヴィルフリードという男は、絶望を嫌う気がある。捕らわれ易いとも言ってい
いだろう。厄介なことに、それが、他人のものであっても。
どんな時でも、わずかながらの希望がある、と信じていたい、という子供のよ
うな願望を持つ部分のある男なのだ。
敏感と云うべきか。臆病と云うべきか。
きっとこの性質は、死ぬまで消えない。
自身が、覚悟していることの一つだった。
「……フレア! 起きたのか!」
嬉しそうなディアンの声で、ヴィルフリードは我に返った。
開かれた扉というフレームに切り取られた部屋の中の情景がわずかに見える。
まずは、壁に寄りかかるように座っているリタが見えた。どうやら、同室に運
ばれていたらしい。
「今丁度、起きたところ」
リタが、安心を含んだ声を発する。
そして、立ち上がる。
ディアンは部屋の中に入る。
ヴィルフリードは歩みを進める。
部屋の情景はさらに広がる。
ベッドの上で、上半身を起こしているフレアが見えた。
フレアは、あらぬ方向を見つめていた。
その、赤い目は。
赤い目は。
――‐絶望に満ちていた。
NPC:衛兵、宿屋の亭主
場所:宿屋
----------------------------------------------------------------
―――ただ、ちょっと記憶が跳んでるけどもね。
なにが『ちょっと』だ。ごっそり抜けてやがるじゃねぇか。
ヴィルフリードは、首をうなだれながら、心の中で6本指のにやけ顔に対し
て、毒づいた。
なぜ、首をうなだれているのか。
それは、簡単な理由だ。
ヴィルフリードは、衛兵に怒られていたからだ。
見せしめのように、食堂で怒られていたからだ。
ディアンと二人で並んで、怒られていたからだ。
もう、かれこれ、もう2時間ほど、怒られていたからだ。
……現状を説明していて、悲しくなった。
宿屋の主人の記憶からは、『ゼクスの存在』のみ、無くなっていた。
後からリタに聞いた所、記憶というものは、つじつま合わせをして誤魔化すら
しい。
その誤魔化し材料として、丁度良く、朝の騒動が用いられたようだ。
他の客の証言……というより苦情……もあり、どうやら、「朝から男二人が大
喧嘩をし、食堂で暴れまわった」ということになっているようだ。
そして、気絶しているフレア、蒼白なリタの様子というのも、まずかった。野
次馬に成り下がった宿泊客だけでなく、当の通報した主人、そして衛兵までも
が、「暴力男と、ロリコン中年の間に振り回される少女二人という構成の痴情の
もつれだろう?」と、無遠慮な視線で問いかけていた。
消えたのは記憶だけではない。
ゼクスの痕跡は、完全に消えていた。
切り落としたはずの指は、直後、塵になった。「見捨てた」のだ。その部分
を。
意味の無いものなのだろう、祝福と呪いをされた彼にとっては。
ちなみに、現在、フレアは勿論、顔色の悪くなっていたリタは、部屋に移され
ている。
……だから、何故だかよくわからない組み合わせで仲良く並んで怒られている
ことになる。
そしてその中でも特に、衛兵は、年長者であるヴィルフリードに対して、痛烈
に当たっていた。勘違いでも思い込みでもなく、それは明らかな事実だ。
「あんたねぇ……イイ歳してなにやってんの」
明らかに年下の衛兵から、ため息混じりにこの台詞を言われた時は、なんだか
この世界中の人か、自分がこの世界に存在している事に対して、嫌がっているよ
うな気がして、なんだか切なくなった。
その時、僅かだが、横でせせら笑ったようなディアンの顔を見た。丁度良く、
衛兵がそのディアンの表情を見逃さず、矛先をそちらに変えなかったら、ヴィル
フリードは、しょっぴかれる事を覚悟でディアンをシバキ倒していたに違いな
い。……そんなことをしていたら、きっと、逆にこっちがやられていることは十
分に理解していたけども。
「そっちの、眼鏡のお兄さんもそうだよ? 証言によると、朝の喧嘩は君が発端
のようじゃないか。君の怒鳴り声で起きたっていう人がいっぱいいるんだから」
「……あの時、俺もどうかしていました。コイツの挑発に触発されて、周囲の人
の迷惑を顧みず、怒鳴り返してしまいましたから……。反省しています。
ところで、俺の部屋のドアを壊したのはコイツです」
すかさず、反省している事をアピールして、好感度をあげたところで、事実を
述べておく。
「おまっ……!」と、何か言いたげにに小さく叫んだが、衛兵の視線を受け、
すぐに呑み込んだ時のディアンの顔は、ヴィルフリードをなんとも言えないほど
快感に満たしてくれた。もちろん、ディアンとは違って、それを表には出さな
い。化かし人生の年季が違うのだ。
衛兵は、頷くと、ディアンに向かって言った。
「ちゃんと、ここのご主人に、この食堂と、そのドアの修理代、払っておくよう
にね」
この衛兵が、思ったよりいい人でよかった。ヴィルは心の底から思った。
結局、それは3時間続いた。最初1時間は事情徴集。んで、中1時間は事情徴
集+説教。最後1時間は説教+見せしめ。地獄のメニューであった。
衛兵が去った後、ディアンは伸びをし、ヴィルフリードは嘆息した。
「なぁ、オッサン」
ヴィルフリードの眉間の筋肉がわずかに動く。
「なんだ? オッサン予備軍」
今度は、ディアンの口元の筋肉が大きく痙攣した。
「……さっきも思ったんだが、この俺に喧嘩を売っているように思えるのは、俺
の勘違いか?」
「まさか。
喧嘩になったら、か弱いこの老体じゃ、負けるのはメーハクデスカラネェー」
「……なんなんだ、そのイントネーションは」
「……気にしすぎなんだよ。だから、しょうもない勘違いするんだよ」
「あぁ!? やんのか? コラァ!!」
「やんねーっつってんだろ!! さっき言っただろう、聞けや、こンボケ
がぁっ!!」
思わず、相手の理解力の無さについて腹を立て、怒鳴り返す。内容は弱気だ
が、勢いだけは加速している。
「ナニをぉ!! ……って……あぁ!? ……え? あ? え?」
勢いに呑まれかけたが、予想外の流れで戸惑うディアン。
「やったら、負けるっつってんだろっ!! 俺がよぉ!」
「……………。
だったら、なんでそんな強気な口調なんだよ!!」
「んなん、俺が知るかっ!」
もはや、何がなんだかわからない。言っているヴィルフリード本人ですらわか
らない。
そこへ突然、テーブルを叩きつけられる音がした。ディアンとヴィルフリード
の視線がテーブルに向けられる。そこには、小さな紙片が一枚あった。
そこに載せられている手の主の顔を見る。
「……これ、弁償の明細書ね。宿出る時に、精算してもらいますから」
亭主の冷たい視線が「これ以上の騒ぎを起こすな」と、ディアンとヴィルフ
リードの心臓に五寸釘を打ち込む。
『……はい』
声を揃えて返事をする二人を見て、亭主は無言で立ち去った。
それを二人で見送った後、一番に口を開いたのはディアンだった。
「……フレアの様子でも見に行くか。
目ぇ、覚ましてるかな……」
「……俺も行く」
ディアンの後ろをついていきながら、ヴィルフリードは少しだけ、ボーっとし
ていた。
先ほどの地獄の3時間もあったが、やはりその前の数十分の出来事のほうに、
神経が参っていた。
実は、あの空気に一番中[あ]てられていたのは、リタではなく、ヴィルフリー
ドであった。
ヴィルフリードはあの時、動かなかったのではない。動けなかったのだ。必死
で、上っ面を糊塗するので精一杯だった。
正直言えば、ディアンの、「フレアを信用する」という発言が無ければ、吹っ
切れずに、ずっと傍観していたであろう。
そういう意味では、ディアンは、ヴィルフリードにとって助かる存在であっ
た。……感情はついていかないが。
ヴィルフリードという男は、絶望を嫌う気がある。捕らわれ易いとも言ってい
いだろう。厄介なことに、それが、他人のものであっても。
どんな時でも、わずかながらの希望がある、と信じていたい、という子供のよ
うな願望を持つ部分のある男なのだ。
敏感と云うべきか。臆病と云うべきか。
きっとこの性質は、死ぬまで消えない。
自身が、覚悟していることの一つだった。
「……フレア! 起きたのか!」
嬉しそうなディアンの声で、ヴィルフリードは我に返った。
開かれた扉というフレームに切り取られた部屋の中の情景がわずかに見える。
まずは、壁に寄りかかるように座っているリタが見えた。どうやら、同室に運
ばれていたらしい。
「今丁度、起きたところ」
リタが、安心を含んだ声を発する。
そして、立ち上がる。
ディアンは部屋の中に入る。
ヴィルフリードは歩みを進める。
部屋の情景はさらに広がる。
ベッドの上で、上半身を起こしているフレアが見えた。
フレアは、あらぬ方向を見つめていた。
その、赤い目は。
赤い目は。
――‐絶望に満ちていた。
PC:ヴィルフリード、ディアン、フレア、リタルード
NPC:なし
場所:宿屋
-------------------------------------
「フレア?」
反応のないフレアに、ディアンが声をかける。
フレアは少し俯くだけで、こちらを向かない。首を少し、横に振ったのかもしれな
い。
「…フレア?」
再度、今度はすこし強めにディアンが呼ぶ。
フレアの細い肩が、やけに小さく思えるのは気のせいか。
合わない視線。
さらに声をかけようと、ディアンが息を吸う。
「ふざけるなっ!」
ごく短い沈黙をやぶったのは、フレアのほうに一歩足を踏み出したディアンではな
く。
「リタ…?」
訝しげにヴィルフリードが名を呼んで、リタルードは自分の上気した頬の熱さを自覚
する。
「だって…だって」
言葉が。
つまって、うまくでてこない。
リタルードは、時々周囲の空気やわずかな物事から過剰に情報を拾ってしまうことが
ある。
もしフレアと出会ったのがもう一日早かったら。
あるいは、もしフレアの視線が向いていたのが、たとえ彼女が認知していなくても自
分のほうだとしたら。
リタルードは、完全に自らの感情も引きずられて、
それを断ち切るために声をあげることはできなかっただろう。
自分のためだけに、感情を吐き出す。
「だって…、この世界に意味があるものなんか何もなくて、
すべての存在は無意味だという一点だけで平等なんだ!
希望なんてどこにもないんだ。
ただあるのは連続したひとつひとつがほんのわずかな可能性だけなんだ。
ただそのどれかが常に恣意的に訪れるだけだんだ!
だから…だから」
何を言っているのか、自分でもよくわからない。だからこそ止められない。
「だから…、思い上がるな」
ずっと、少し離れた床をにらみつけていたリタルードは、視線を上げてフレアのほう
を見据えて、抑えた声で最後に搾り出した。
それだけ言って、リタルードは直後に襲ってきた自己嫌悪に膝をつく。沈黙が落ち
る。
ディアンがベッドの側に屈んだのが、気配でわかった。
NPC:なし
場所:宿屋
-------------------------------------
「フレア?」
反応のないフレアに、ディアンが声をかける。
フレアは少し俯くだけで、こちらを向かない。首を少し、横に振ったのかもしれな
い。
「…フレア?」
再度、今度はすこし強めにディアンが呼ぶ。
フレアの細い肩が、やけに小さく思えるのは気のせいか。
合わない視線。
さらに声をかけようと、ディアンが息を吸う。
「ふざけるなっ!」
ごく短い沈黙をやぶったのは、フレアのほうに一歩足を踏み出したディアンではな
く。
「リタ…?」
訝しげにヴィルフリードが名を呼んで、リタルードは自分の上気した頬の熱さを自覚
する。
「だって…だって」
言葉が。
つまって、うまくでてこない。
リタルードは、時々周囲の空気やわずかな物事から過剰に情報を拾ってしまうことが
ある。
もしフレアと出会ったのがもう一日早かったら。
あるいは、もしフレアの視線が向いていたのが、たとえ彼女が認知していなくても自
分のほうだとしたら。
リタルードは、完全に自らの感情も引きずられて、
それを断ち切るために声をあげることはできなかっただろう。
自分のためだけに、感情を吐き出す。
「だって…、この世界に意味があるものなんか何もなくて、
すべての存在は無意味だという一点だけで平等なんだ!
希望なんてどこにもないんだ。
ただあるのは連続したひとつひとつがほんのわずかな可能性だけなんだ。
ただそのどれかが常に恣意的に訪れるだけだんだ!
だから…だから」
何を言っているのか、自分でもよくわからない。だからこそ止められない。
「だから…、思い上がるな」
ずっと、少し離れた床をにらみつけていたリタルードは、視線を上げてフレアのほう
を見据えて、抑えた声で最後に搾り出した。
それだけ言って、リタルードは直後に襲ってきた自己嫌悪に膝をつく。沈黙が落ち
る。
ディアンがベッドの側に屈んだのが、気配でわかった。
PC:ディアン、フレア
NPC:なし
場所:宿屋
-------------------------------------
がらんとした部屋で、俺はフレアと並んでベッドに腰をおろしていた。
目を覚ました後のフレアの様子と、リタルードの錯乱。
結局、おっさんにはリタルードの付き添いを頼み、部屋は俺とフレアだけになっ
た。
語るとは無しにフレアが口の端に呟いた言葉が意味のあるものであることに気づ
き、俺は耳を傾けた。
「なるほど、な・・・」
フレアの見た夢。
なるほど、仲間の死を見せたかったのか・・・あの変態は。
仲間の死を目前にして、フレアがどんな行動に出るかを計りたかったのか?
フレアの瞳は、光を無くした硝子球のように曇り。
かつてまばゆいほどに溢れて.いた生の煌きは、そこには見出せない。
仲間の倒れ伏した光景がどれほどの衝撃を思春期の娘に与えたのか。
だが・・・どんなに良く出来た夢だろうと、所詮夢は夢。
どんな夢も、目の前の現実には遠く及ばないことは、フレア自身にも良く分かって
いること
だろう。
だから、フレアが何に衝撃を受けているのかが俺には分からない。
俺は、慣れすぎてしまったから。
「無意味・・・世の中が?それで、平等・・・希望が無い・・・」
フレアは、先ほどのリタルードの言葉を何度も反芻する。
フレアが何を考えているのか、リタルードが何を考えていたのか、俺には分かる・
・・分かる、気がする。
ただ、それを肯定するということは、人間はいずれ死ぬのだから何をしてもムダな
ことだ、というのに等しいものだと、俺は思う。
「フレア。」
呼びかけると、ほんの少しだけ、彼女の視線がこちらの方向にさまよった。
その視線を捕らえ、目を合わせながらゆっくりと、告げる。
「コイツはある賢者から聞いた話なんだが・・・鳥にはなぜ羽があるのかわかるか
?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少し間をおいて、続ける。
「空に憧れ、空を飛ぼうと思ったからだそうだ。分かるか?俺も、生れ落ちた瞬間
から強かったわけじゃねぇ。大事なのは、意思だ、思いだ。何かを為したいのなら、
強く思わなけりゃならねぇ。その思いの強さが、そのままお前の強さになるんだから
・・・」
言いながらふと昔のことを・・・ライガールの頃を、思い出してしまった。
目の前で死にゆく大事な人を、救えなかった無力さ。
それこそが、俺を変えた。
俺にとっての朱里は、他の男にとっての彼女や妻より、さらに重いものだったの
だ、と今なら思える。
大事なものを無くした思いが誰よりも強かったからこそ、俺は今もこうして生きて
いるのだと。
朱里は、俺の愛した女は、今も俺を生かしてくれているのだから・・・彼女は俺の
中で永遠に生き続ける。
フレア、頑張れ。
お前には、やるべきことがあるんだろ?
こんなところで立ち止まっているヒマはないんだろ?
「生きるも死ぬも、お前次第だ。予定外のアクシデントがあったが、俺は明朝宿を
立つ。」
それだけを言い置いて、勢い良くベッドから立ち上がった。
フレアの顔を見ることなくそのまま、俺は部屋を後にした。
俺は、信じている。
彼女が、明日には立ち直っているだろうことを。
彼女の強さを、信じている。
NPC:なし
場所:宿屋
-------------------------------------
がらんとした部屋で、俺はフレアと並んでベッドに腰をおろしていた。
目を覚ました後のフレアの様子と、リタルードの錯乱。
結局、おっさんにはリタルードの付き添いを頼み、部屋は俺とフレアだけになっ
た。
語るとは無しにフレアが口の端に呟いた言葉が意味のあるものであることに気づ
き、俺は耳を傾けた。
「なるほど、な・・・」
フレアの見た夢。
なるほど、仲間の死を見せたかったのか・・・あの変態は。
仲間の死を目前にして、フレアがどんな行動に出るかを計りたかったのか?
フレアの瞳は、光を無くした硝子球のように曇り。
かつてまばゆいほどに溢れて.いた生の煌きは、そこには見出せない。
仲間の倒れ伏した光景がどれほどの衝撃を思春期の娘に与えたのか。
だが・・・どんなに良く出来た夢だろうと、所詮夢は夢。
どんな夢も、目の前の現実には遠く及ばないことは、フレア自身にも良く分かって
いること
だろう。
だから、フレアが何に衝撃を受けているのかが俺には分からない。
俺は、慣れすぎてしまったから。
「無意味・・・世の中が?それで、平等・・・希望が無い・・・」
フレアは、先ほどのリタルードの言葉を何度も反芻する。
フレアが何を考えているのか、リタルードが何を考えていたのか、俺には分かる・
・・分かる、気がする。
ただ、それを肯定するということは、人間はいずれ死ぬのだから何をしてもムダな
ことだ、というのに等しいものだと、俺は思う。
「フレア。」
呼びかけると、ほんの少しだけ、彼女の視線がこちらの方向にさまよった。
その視線を捕らえ、目を合わせながらゆっくりと、告げる。
「コイツはある賢者から聞いた話なんだが・・・鳥にはなぜ羽があるのかわかるか
?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少し間をおいて、続ける。
「空に憧れ、空を飛ぼうと思ったからだそうだ。分かるか?俺も、生れ落ちた瞬間
から強かったわけじゃねぇ。大事なのは、意思だ、思いだ。何かを為したいのなら、
強く思わなけりゃならねぇ。その思いの強さが、そのままお前の強さになるんだから
・・・」
言いながらふと昔のことを・・・ライガールの頃を、思い出してしまった。
目の前で死にゆく大事な人を、救えなかった無力さ。
それこそが、俺を変えた。
俺にとっての朱里は、他の男にとっての彼女や妻より、さらに重いものだったの
だ、と今なら思える。
大事なものを無くした思いが誰よりも強かったからこそ、俺は今もこうして生きて
いるのだと。
朱里は、俺の愛した女は、今も俺を生かしてくれているのだから・・・彼女は俺の
中で永遠に生き続ける。
フレア、頑張れ。
お前には、やるべきことがあるんだろ?
こんなところで立ち止まっているヒマはないんだろ?
「生きるも死ぬも、お前次第だ。予定外のアクシデントがあったが、俺は明朝宿を
立つ。」
それだけを言い置いて、勢い良くベッドから立ち上がった。
フレアの顔を見ることなくそのまま、俺は部屋を後にした。
俺は、信じている。
彼女が、明日には立ち直っているだろうことを。
彼女の強さを、信じている。
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
誰もいない部屋で、顔だけで窓を見る。
窓はベッドの左後ろにあるため、身体をひねらなければ
ほとんどの景色は死角になってしまうが、空だけは見えた。
どのくらい眠っていたのだろう。
皆の様子からして、まだ日付は変わっていないようだ。
もう何年も寝ていたような気もするが、さほど時間は経っていないらしい。
「思い上がるな…」
リタの言葉が口の上で蘇る。
絶望に浸って、自分がかわいそうでいるだけ。
きっと、心の奥で、誰かにこの苦しみを肩代わりして欲しいと思っている。
(思い上がるんじゃない)
この状態がずっと続くと思い込んで、さらに深みにはまってゆく。
まだ別れはこない。誰も死んでいない。
それなのに、一人で想像しただけで疲れて、傷ついて。
ふっと、笑いが漏れる。全く馬鹿馬鹿しい。
窓を見るのはやめて、床にそろえて置いてあるブーツに足を入れる。
靴紐を一段一段結びつつ、考える。
ゼクスはまた来るだろう。目的を達成するまで。
それが何なのか、次は聞き出す。
もしかしたらあの人もきっと、私と同じような闇を持っているのかもしれない。
見えないものに怯えないで。目の前のものをちゃんと見て。
お前次第だ。
(うん)
覚悟はしても、恐れちゃぁ、アカンよ。
「…よし」
きゅ、と音を立てて紐が締まる。ベッドを立って、軽くシーツを整えて。
確実に別れの時は近づいている。それなら怯えて待つより――
フレアは髪も結ばないまま、扉を押し開いた。
・・・★・・・
リタの部屋のドアをノックすると、出てきたのは予想通り、ヴィルフリードだった。
こちらの顔を見ると一瞬だけ面くらったようだが、すぐに納得したように
後ろを振り返ってリタ、とだけ呼びかけた。
その声に、ベッドではなく机に突っ伏していたリタルードが、顔を上げる。
「…もういいの?」
「あぁ、もう――大丈夫。すまない」
強がりではなく笑ってみせると、ふぅん、とだけ言ってリタは頬杖をついた。
「いいよ、入って」
部屋には入れてくれないかもしれない、というのは杞憂だった。
勧められた椅子に腰掛けると、ヴィルフリードも近寄ってきて
窓枠に寄りかかって腕を組んだ。
「用件だけ言う。私が寝ている間に何があったか聞かせて欲しい。
疲れているだろうから悪いとは思ったけれど――でかける前に
聞いておきたいんだ」
「でかける?どこに」
横手から声がかかる。ヴィルフリードだ。
「この宿の近くに図書館があったはず。もう少しゼクス…というより
人体変異と魔術の関係についての知識がほしい」
一緒に来るか?と言うと、彼はどうするかねぇ――と頭を掻いて窓の外を見た。
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
誰もいない部屋で、顔だけで窓を見る。
窓はベッドの左後ろにあるため、身体をひねらなければ
ほとんどの景色は死角になってしまうが、空だけは見えた。
どのくらい眠っていたのだろう。
皆の様子からして、まだ日付は変わっていないようだ。
もう何年も寝ていたような気もするが、さほど時間は経っていないらしい。
「思い上がるな…」
リタの言葉が口の上で蘇る。
絶望に浸って、自分がかわいそうでいるだけ。
きっと、心の奥で、誰かにこの苦しみを肩代わりして欲しいと思っている。
(思い上がるんじゃない)
この状態がずっと続くと思い込んで、さらに深みにはまってゆく。
まだ別れはこない。誰も死んでいない。
それなのに、一人で想像しただけで疲れて、傷ついて。
ふっと、笑いが漏れる。全く馬鹿馬鹿しい。
窓を見るのはやめて、床にそろえて置いてあるブーツに足を入れる。
靴紐を一段一段結びつつ、考える。
ゼクスはまた来るだろう。目的を達成するまで。
それが何なのか、次は聞き出す。
もしかしたらあの人もきっと、私と同じような闇を持っているのかもしれない。
見えないものに怯えないで。目の前のものをちゃんと見て。
お前次第だ。
(うん)
覚悟はしても、恐れちゃぁ、アカンよ。
「…よし」
きゅ、と音を立てて紐が締まる。ベッドを立って、軽くシーツを整えて。
確実に別れの時は近づいている。それなら怯えて待つより――
フレアは髪も結ばないまま、扉を押し開いた。
・・・★・・・
リタの部屋のドアをノックすると、出てきたのは予想通り、ヴィルフリードだった。
こちらの顔を見ると一瞬だけ面くらったようだが、すぐに納得したように
後ろを振り返ってリタ、とだけ呼びかけた。
その声に、ベッドではなく机に突っ伏していたリタルードが、顔を上げる。
「…もういいの?」
「あぁ、もう――大丈夫。すまない」
強がりではなく笑ってみせると、ふぅん、とだけ言ってリタは頬杖をついた。
「いいよ、入って」
部屋には入れてくれないかもしれない、というのは杞憂だった。
勧められた椅子に腰掛けると、ヴィルフリードも近寄ってきて
窓枠に寄りかかって腕を組んだ。
「用件だけ言う。私が寝ている間に何があったか聞かせて欲しい。
疲れているだろうから悪いとは思ったけれど――でかける前に
聞いておきたいんだ」
「でかける?どこに」
横手から声がかかる。ヴィルフリードだ。
「この宿の近くに図書館があったはず。もう少しゼクス…というより
人体変異と魔術の関係についての知識がほしい」
一緒に来るか?と言うと、彼はどうするかねぇ――と頭を掻いて窓の外を見た。