100題よりの引用です。
№069 捕り物劇
挑戦者:葉月瞬
PC:まめ子
----------------------
『珍生物発見!』
三面の隅の方に掲載されているその記事を目にしたのは、緩やかな日差しが降りしきる午後の一時だった。
その記事は記者の内面とか臨場感とかが十二分に表現されていて、読者に吃驚、感嘆の感情を抱かせるに程足りる文面だった。
その記事が印字された新聞を片手に、少年は一粒の大豆を目の前にして眉間に皺を寄せていた。
「うぅ~む。これが生物である必要性が見られない」
かれこれ2時間ほど観察を続けていても、一行に変化が見られない大豆を前に少年は腕を組み考え込む仕草をした。途端に頭上に拳骨が降り注ぐ。
「こーら! おいたも程々にしないと、怒るわよ!!」
今日の夕飯にするつもりの大豆スープの具材の一つである大豆を摘み上げると、少年の母親はそそくさと台所の奥へと取って返した。その仕草を事細かに見送る、少年。溜息が母親の後姿を後押しするように、流れた。
観察対象が無くなった為か、はたまた飽きてしまったためか、取り敢えず外に出て遊ぼうと思い立ち席を立つ少年。その彼の背中に母親は否応も無く、理不尽な命令を下す。
「ああ、外に遊びに行くなら、ついでに大豆を一袋買っておいで。お金は、テーブルの上にあるから」
抗議の声を上げる前に、母親は台所仕事に専念してしまう。こうなるともう、どんな言葉も馬耳東風、馬の耳に念仏と言う体たらくだ。
言われてよくよくテーブルの上を見てみると、一枚の金貨が置いてある。何時の間に置かれたのか、それを手に取ると、少年はふと有ることに思い当たる。
――これで、思う存分大豆を観察出来る!
と。
早速、風の如き速さで家を飛び出す少年。その右手には、しっかりと一枚の金貨が握られていた。
*◆*◆*
市場は活気に包まれていた。
此処へ来るまでに、少年は何度か友人達の誘惑に負けそうになった。
だが、その度毎に断り続けた。動機はいたって単純。好奇心から来るものだ。
彼は大豆に似た生物を探す、という小さな冒険をやり遂げなければならなかったからだ。だからこそ、遊びの誘惑に負けずに此処まで来た。
この、市場に。
市場の通りに立つと、圧倒的な人の密度に押し潰されそうになる。
少年は、押しつ戻されつ、目的の八百屋の前に辿り着いた。
苦労して辿り着いたその目の前には、山の様な大豆袋が立ち塞がっていた。そしてその頂上に、“それ”はいた。
蠢く、大豆が。
そいつは、何やら蹲って小刻みに震えていたかと思いきや、唐突に立ち上がった。
二本の“足”で。
そして何やら両手を腰に当ててポーズをとると、少年を真っ直ぐに睨み据えた。
少年は、自分の目を疑った。塵が入った訳でもないのに手で擦り、二度ほど瞬いたほどだ。
目が合った。その一瞬間の内に、二人は理解し合った。互いに相容れない存在だと。
二人とも暫しの間、硬直していたが、早くも我に返り口火を真っ先に切ったのは、少年の方だった。よって、少年の方に軍配が上がった。
「ち」
少年が眉根を引き攣らせて何かを言おうと、口を開きかけると、
「ち?」
まめ子がおうむ返しに聞き返す。何が起こったのか、はたまたこれから何が起ころうとしているのか、把握し切れていないのだ。疑問を表情に表せてじっと、少年の動向を見守っている。
と、次の瞬間、
「ち・ん・せ・い・ぶつ、はっけ~~ん!」
その瞬間少年の瞳が一転し、夜空に瞬く星の煌めきを満面に湛え、蒼穹に木霊するほど声高らかに、宣言した。しかも、後ろ指宜しく人差し指でご丁寧に指し示して。それは、これから始まる戦いの狼煙にも似て、まめ子の全身を打った。そして、その様をつぶさに見て取って悟った。自分がこの後どうなるのか、どうすれば自分にとって最も良い結果に終わるのか、を。
(に、にげなければ……)
かくて、少年とまめ子の捕り物劇は始まったのだった――。
*◆*◆*
「【かぜにのって、とおくにいどうするまほう】!」
真っ先に我に返ったのはまめ子の方だった。力あるまめ語を解き放ち、少年の頬を掠め後方へと飛び去っていく。逃走するに限る、と判断したのだ。
「あっ、こらっ! まてぃ!!」
その呪文を聞いてか聞かずか、少年もまめ子に遅れる事数瞬後に我に返り怒号と共に、宙を縫うように舞うまめ子の後姿を追いかけた。
雑多な人込みの中を目に見えぬ速さで飛ぶまめ子。少年は、人波を縫うように後を追うのみであった。が、確実に追い詰めている自信はあった。なぜなら、まめ子の行く先には、袋小路が口を開けて待っているだけだからだ。この市場の地の利ならば、少年の方に分がある。風の如き速さで飛び去るまめ子には、知る術も無いが……。
少年の思惑通り、まめ子は袋小路に差し掛かっていた。
(どおりで、ひとなみがひけてきているとおもったわ……)
追い込まれ、追い詰められているというのにまめ子は意外に冷静であった。自分にはまだ別の魔法がある。いざとなれば【殻に閉じこもって身を守る魔法】で防御体制をとってもいいし、【土中に身を潜ませる魔法】で地面に隠れ潜むのも悪くは無い。まめ子は、自己の能力を分析してそう判断していたのだ。
だが。
形勢は、いつも思った通りには行かないものである。
まめ子は、市場の袋小路で何者かとぶつかってしまったのだ。
「いったぁぁあ!」
声から察するに少女の様である。
「痛いじゃないの! 何すんのよ!!」
気の強い所は、女の子らしからぬ所もあるようだが。
ビロードの真っ赤な靴に白タイツ、更にその上からは桜色のワンピースを着ているところを見ると、何処から如何見ても女の子にしか見えないようだ。ご丁寧に真っ白いおろしたてのエプロンドレスまで翻らせている。
「あら? どうしたの? ヤンバル、こんな所で……」
エプロンドレスの少女は、まめ子の存在に全くと言って良いほど気付かずに、先程までまめ子の後を必死の形相で追い掛けていた少年をヤンバルと呼び、疑問の眼差しを向けて疑問詞を投げ掛ける。
投げ返された言葉は、酷く簡潔で且つぶっきら棒だった。
「別に……何でもねぇよ。お前には関係ないだろ」
まめ子が見たところ、この二人の大きい人達は倦厭(けんえん)の仲のようだ。例えどちらか一方だけだとしても近付き難い感情を持っているのは、態度に表れている。その感情は、概ね少年の方に見られた。
(きらいなの? なんで?)
人間が大好きなまめ子には、理解しかねる感情だった。
例え食用として用いられそうになっても、人間を嫌う謂われは無い。それどころか、人間と付き合う事に心地良ささえ感じるほどだ。
それなのに、まめ族であるまめ子は大きい人達――人間を好きで堪らないのに、同種族である筈の少年は少女の事を敬遠している。少女の方はその限りでは無いようだが、この大いなる矛盾にまめ子は頭を悩ませていた。
「関係無いって……関係無いこと無いじゃない。あんたこの頃あたしの事、遠ざけ過ぎよ」
まめ子が頭を抱え込んでいる内にも、頭上ではヤンバルと呼ばれた少年と少女の論戦が繰り広げられていた。
「だからっ! お前いっつも俺にばかり世話を焼き過ぎるだろっ! それがかっこ悪いんだよっ!」
唾を飛ばしながら必死に言い逃れしようとしている少年を、まめ子は面白そうに見詰めている。どやら、面白そうな事が起こっているので、見学に徹するつもりらしい。
(おんなのこのほうは、おとこのこのことがすきなのかしら?)
少女の態度、世話焼きぶりから察するに好意とか思慕とかそういった感情を感じられる。まめ子の鋭いアンテナに、それが引っ掛かったのだ。
「かっこ悪い、かっこ悪いって、如何かっこ悪いのよ。あんた、あたしが居なきゃ何にも出来ないのは、事実でしょ。誰に如何吹き込まれたのか知らないけど、あんた少しは幼馴染の事も大切にしなさいよ」
どうやら二人は幼馴染のようである。
この後の、二人の恋の予感に胸をときめかせながらもまめ子は見守っていた。
「だからっ、クイナ、その幼馴染っての、やめてくれよっ! 恥ずかしいだろっ!」
言いながらヤンバルはクイナと呼ばれた少女の方へと、一歩ずつ近付いていく。その剣幕にすっかり気を取られ、まめ子は自分が今置かれている状況の事をすっかり全て始めから全部忘れつつあった。否、念頭から除外されていた。
対するヤンバルは、忘れてなど居なかった。自分が今何をしようとしているのか、何を追って此処まで来たのか。クイナとの論戦にかまけて、自身の行動理由を見失うような少年ではなかったのだ。一度熱中すると、極限まで追及しモノにしようとする。それが、ヤンバルと言う名の少年だった。
クイナ自身も途中から、ヤンバルの様子がおかしいのに気付いた。そして、一歩後退る。
「何っ!? 何なのよぅ」
クイナはいつもと様子が違うヤンバルに対し、警戒の色を隠し得なかった。単(ひとえ)にヤンバルが自分に迫って来ている、という一種の危機感から成るものだが、彼女が勘ぐったものにはもっと別なものも含まれていた。
ヤンバルの瞳に、尋常じゃない光が宿っている。
それだけでも彼女の警戒心を増長させるには、十分であった。
何かに熱中している時のヤンバルは、止まる所を知らない。クイナは、経験上それを熟知していた。幼馴染である所以である。
「何って……何でも…………」
ヤンバルはもう一歩――最後の一歩を踏み出した所で、クイナの足元の地面に頭から飛び込んだ。
「……ないよっ!」
「何なのよー!」
クイナの憤慨とも不服とも付かない悲鳴が、狭い裏路地に反響した――。
*◆*◆*
「だから、何なのよ。それ」
クイナが“それ”と指差した先には、捕獲されヤンバルの人差し指と親指の間でもがき憤るまめ子の姿があった。
二人の葛藤を悠々と見学していたまめ子は、まめ魔法を使う暇も与えられずに遂に捕獲されてしまったのである。ヤンバルの手によって。
ヤンバルは、得意を満面に湛えながら鼻高々、居丈高に説明口調でのたまった。
「お前、今朝の新聞見なかったのか? “珍生物発見”って記事さ。何を隠そう、こいつこそがその珍生物なのさ」
「ち・ん・せいぶつ~?」
クイナは柳眉を潜めて、半信半疑を体で表した。無理も無い。珍生物と言われて見せつけられても、一概に信じ難いものがあった。何しろ、珍生物とされている物体は、何処から如何見ても只の大豆にしか見えないからである。強いて言うならば、申し訳程度に伸びている肢体が出鱈目に空を掻いている所が生物としての唯一の証左であろうか。
「へへーんっ! 俺はこいつを研究して、有名人になるんだ。だから、逃げられるわけには行かない」
そう言うが早いか、胸ポケットから小箱を取り出してまめ子を放り込んだ。そして、逃げられないように素早く蓋を閉めると、鍵を掛けてしまった。とても小さな鍵で、明らかに小箱用にあつらえられた物だと判る代物だ。まめ子には、最早逃げる余力も機会も失われた訳である。
「へへっ、これでこいつはもう、俺の研究材料さっ!」
「かわいそうよ。仮にも、生物なんでしょ。そんな狭いところに閉じ込めるなんて……」
クイナは何とかまめ子の肩を持つように、彼女の立場を考えた発言をしようとするが、語尾がどうしても曖昧に萎んでしまう。彼女の方にしても、まめ子が生物であるかどうか確信が持てないのである。
「だーいじょうぶだって。死にゃしないって」
気休めのヤンバルの言葉を鵜呑みにして、閉口するしかクイナには道が無かった。
*◆*◆*
かくて、捕り物劇は終わりを告げたのであった――。
№069 捕り物劇
挑戦者:葉月瞬
PC:まめ子
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『珍生物発見!』
三面の隅の方に掲載されているその記事を目にしたのは、緩やかな日差しが降りしきる午後の一時だった。
その記事は記者の内面とか臨場感とかが十二分に表現されていて、読者に吃驚、感嘆の感情を抱かせるに程足りる文面だった。
その記事が印字された新聞を片手に、少年は一粒の大豆を目の前にして眉間に皺を寄せていた。
「うぅ~む。これが生物である必要性が見られない」
かれこれ2時間ほど観察を続けていても、一行に変化が見られない大豆を前に少年は腕を組み考え込む仕草をした。途端に頭上に拳骨が降り注ぐ。
「こーら! おいたも程々にしないと、怒るわよ!!」
今日の夕飯にするつもりの大豆スープの具材の一つである大豆を摘み上げると、少年の母親はそそくさと台所の奥へと取って返した。その仕草を事細かに見送る、少年。溜息が母親の後姿を後押しするように、流れた。
観察対象が無くなった為か、はたまた飽きてしまったためか、取り敢えず外に出て遊ぼうと思い立ち席を立つ少年。その彼の背中に母親は否応も無く、理不尽な命令を下す。
「ああ、外に遊びに行くなら、ついでに大豆を一袋買っておいで。お金は、テーブルの上にあるから」
抗議の声を上げる前に、母親は台所仕事に専念してしまう。こうなるともう、どんな言葉も馬耳東風、馬の耳に念仏と言う体たらくだ。
言われてよくよくテーブルの上を見てみると、一枚の金貨が置いてある。何時の間に置かれたのか、それを手に取ると、少年はふと有ることに思い当たる。
――これで、思う存分大豆を観察出来る!
と。
早速、風の如き速さで家を飛び出す少年。その右手には、しっかりと一枚の金貨が握られていた。
*◆*◆*
市場は活気に包まれていた。
此処へ来るまでに、少年は何度か友人達の誘惑に負けそうになった。
だが、その度毎に断り続けた。動機はいたって単純。好奇心から来るものだ。
彼は大豆に似た生物を探す、という小さな冒険をやり遂げなければならなかったからだ。だからこそ、遊びの誘惑に負けずに此処まで来た。
この、市場に。
市場の通りに立つと、圧倒的な人の密度に押し潰されそうになる。
少年は、押しつ戻されつ、目的の八百屋の前に辿り着いた。
苦労して辿り着いたその目の前には、山の様な大豆袋が立ち塞がっていた。そしてその頂上に、“それ”はいた。
蠢く、大豆が。
そいつは、何やら蹲って小刻みに震えていたかと思いきや、唐突に立ち上がった。
二本の“足”で。
そして何やら両手を腰に当ててポーズをとると、少年を真っ直ぐに睨み据えた。
少年は、自分の目を疑った。塵が入った訳でもないのに手で擦り、二度ほど瞬いたほどだ。
目が合った。その一瞬間の内に、二人は理解し合った。互いに相容れない存在だと。
二人とも暫しの間、硬直していたが、早くも我に返り口火を真っ先に切ったのは、少年の方だった。よって、少年の方に軍配が上がった。
「ち」
少年が眉根を引き攣らせて何かを言おうと、口を開きかけると、
「ち?」
まめ子がおうむ返しに聞き返す。何が起こったのか、はたまたこれから何が起ころうとしているのか、把握し切れていないのだ。疑問を表情に表せてじっと、少年の動向を見守っている。
と、次の瞬間、
「ち・ん・せ・い・ぶつ、はっけ~~ん!」
その瞬間少年の瞳が一転し、夜空に瞬く星の煌めきを満面に湛え、蒼穹に木霊するほど声高らかに、宣言した。しかも、後ろ指宜しく人差し指でご丁寧に指し示して。それは、これから始まる戦いの狼煙にも似て、まめ子の全身を打った。そして、その様をつぶさに見て取って悟った。自分がこの後どうなるのか、どうすれば自分にとって最も良い結果に終わるのか、を。
(に、にげなければ……)
かくて、少年とまめ子の捕り物劇は始まったのだった――。
*◆*◆*
「【かぜにのって、とおくにいどうするまほう】!」
真っ先に我に返ったのはまめ子の方だった。力あるまめ語を解き放ち、少年の頬を掠め後方へと飛び去っていく。逃走するに限る、と判断したのだ。
「あっ、こらっ! まてぃ!!」
その呪文を聞いてか聞かずか、少年もまめ子に遅れる事数瞬後に我に返り怒号と共に、宙を縫うように舞うまめ子の後姿を追いかけた。
雑多な人込みの中を目に見えぬ速さで飛ぶまめ子。少年は、人波を縫うように後を追うのみであった。が、確実に追い詰めている自信はあった。なぜなら、まめ子の行く先には、袋小路が口を開けて待っているだけだからだ。この市場の地の利ならば、少年の方に分がある。風の如き速さで飛び去るまめ子には、知る術も無いが……。
少年の思惑通り、まめ子は袋小路に差し掛かっていた。
(どおりで、ひとなみがひけてきているとおもったわ……)
追い込まれ、追い詰められているというのにまめ子は意外に冷静であった。自分にはまだ別の魔法がある。いざとなれば【殻に閉じこもって身を守る魔法】で防御体制をとってもいいし、【土中に身を潜ませる魔法】で地面に隠れ潜むのも悪くは無い。まめ子は、自己の能力を分析してそう判断していたのだ。
だが。
形勢は、いつも思った通りには行かないものである。
まめ子は、市場の袋小路で何者かとぶつかってしまったのだ。
「いったぁぁあ!」
声から察するに少女の様である。
「痛いじゃないの! 何すんのよ!!」
気の強い所は、女の子らしからぬ所もあるようだが。
ビロードの真っ赤な靴に白タイツ、更にその上からは桜色のワンピースを着ているところを見ると、何処から如何見ても女の子にしか見えないようだ。ご丁寧に真っ白いおろしたてのエプロンドレスまで翻らせている。
「あら? どうしたの? ヤンバル、こんな所で……」
エプロンドレスの少女は、まめ子の存在に全くと言って良いほど気付かずに、先程までまめ子の後を必死の形相で追い掛けていた少年をヤンバルと呼び、疑問の眼差しを向けて疑問詞を投げ掛ける。
投げ返された言葉は、酷く簡潔で且つぶっきら棒だった。
「別に……何でもねぇよ。お前には関係ないだろ」
まめ子が見たところ、この二人の大きい人達は倦厭(けんえん)の仲のようだ。例えどちらか一方だけだとしても近付き難い感情を持っているのは、態度に表れている。その感情は、概ね少年の方に見られた。
(きらいなの? なんで?)
人間が大好きなまめ子には、理解しかねる感情だった。
例え食用として用いられそうになっても、人間を嫌う謂われは無い。それどころか、人間と付き合う事に心地良ささえ感じるほどだ。
それなのに、まめ族であるまめ子は大きい人達――人間を好きで堪らないのに、同種族である筈の少年は少女の事を敬遠している。少女の方はその限りでは無いようだが、この大いなる矛盾にまめ子は頭を悩ませていた。
「関係無いって……関係無いこと無いじゃない。あんたこの頃あたしの事、遠ざけ過ぎよ」
まめ子が頭を抱え込んでいる内にも、頭上ではヤンバルと呼ばれた少年と少女の論戦が繰り広げられていた。
「だからっ! お前いっつも俺にばかり世話を焼き過ぎるだろっ! それがかっこ悪いんだよっ!」
唾を飛ばしながら必死に言い逃れしようとしている少年を、まめ子は面白そうに見詰めている。どやら、面白そうな事が起こっているので、見学に徹するつもりらしい。
(おんなのこのほうは、おとこのこのことがすきなのかしら?)
少女の態度、世話焼きぶりから察するに好意とか思慕とかそういった感情を感じられる。まめ子の鋭いアンテナに、それが引っ掛かったのだ。
「かっこ悪い、かっこ悪いって、如何かっこ悪いのよ。あんた、あたしが居なきゃ何にも出来ないのは、事実でしょ。誰に如何吹き込まれたのか知らないけど、あんた少しは幼馴染の事も大切にしなさいよ」
どうやら二人は幼馴染のようである。
この後の、二人の恋の予感に胸をときめかせながらもまめ子は見守っていた。
「だからっ、クイナ、その幼馴染っての、やめてくれよっ! 恥ずかしいだろっ!」
言いながらヤンバルはクイナと呼ばれた少女の方へと、一歩ずつ近付いていく。その剣幕にすっかり気を取られ、まめ子は自分が今置かれている状況の事をすっかり全て始めから全部忘れつつあった。否、念頭から除外されていた。
対するヤンバルは、忘れてなど居なかった。自分が今何をしようとしているのか、何を追って此処まで来たのか。クイナとの論戦にかまけて、自身の行動理由を見失うような少年ではなかったのだ。一度熱中すると、極限まで追及しモノにしようとする。それが、ヤンバルと言う名の少年だった。
クイナ自身も途中から、ヤンバルの様子がおかしいのに気付いた。そして、一歩後退る。
「何っ!? 何なのよぅ」
クイナはいつもと様子が違うヤンバルに対し、警戒の色を隠し得なかった。単(ひとえ)にヤンバルが自分に迫って来ている、という一種の危機感から成るものだが、彼女が勘ぐったものにはもっと別なものも含まれていた。
ヤンバルの瞳に、尋常じゃない光が宿っている。
それだけでも彼女の警戒心を増長させるには、十分であった。
何かに熱中している時のヤンバルは、止まる所を知らない。クイナは、経験上それを熟知していた。幼馴染である所以である。
「何って……何でも…………」
ヤンバルはもう一歩――最後の一歩を踏み出した所で、クイナの足元の地面に頭から飛び込んだ。
「……ないよっ!」
「何なのよー!」
クイナの憤慨とも不服とも付かない悲鳴が、狭い裏路地に反響した――。
*◆*◆*
「だから、何なのよ。それ」
クイナが“それ”と指差した先には、捕獲されヤンバルの人差し指と親指の間でもがき憤るまめ子の姿があった。
二人の葛藤を悠々と見学していたまめ子は、まめ魔法を使う暇も与えられずに遂に捕獲されてしまったのである。ヤンバルの手によって。
ヤンバルは、得意を満面に湛えながら鼻高々、居丈高に説明口調でのたまった。
「お前、今朝の新聞見なかったのか? “珍生物発見”って記事さ。何を隠そう、こいつこそがその珍生物なのさ」
「ち・ん・せいぶつ~?」
クイナは柳眉を潜めて、半信半疑を体で表した。無理も無い。珍生物と言われて見せつけられても、一概に信じ難いものがあった。何しろ、珍生物とされている物体は、何処から如何見ても只の大豆にしか見えないからである。強いて言うならば、申し訳程度に伸びている肢体が出鱈目に空を掻いている所が生物としての唯一の証左であろうか。
「へへーんっ! 俺はこいつを研究して、有名人になるんだ。だから、逃げられるわけには行かない」
そう言うが早いか、胸ポケットから小箱を取り出してまめ子を放り込んだ。そして、逃げられないように素早く蓋を閉めると、鍵を掛けてしまった。とても小さな鍵で、明らかに小箱用にあつらえられた物だと判る代物だ。まめ子には、最早逃げる余力も機会も失われた訳である。
「へへっ、これでこいつはもう、俺の研究材料さっ!」
「かわいそうよ。仮にも、生物なんでしょ。そんな狭いところに閉じ込めるなんて……」
クイナは何とかまめ子の肩を持つように、彼女の立場を考えた発言をしようとするが、語尾がどうしても曖昧に萎んでしまう。彼女の方にしても、まめ子が生物であるかどうか確信が持てないのである。
「だーいじょうぶだって。死にゃしないって」
気休めのヤンバルの言葉を鵜呑みにして、閉口するしかクイナには道が無かった。
*◆*◆*
かくて、捕り物劇は終わりを告げたのであった――。
PR
◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:アダム まめ子
場所:ソフィニア/通り
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぬぉ……俺今回マジで死ぬかと思った……」
『その発言は過去18回ほど繰り返し連呼されてますが』
「……そーかもしんねぇ………」
今は相棒の憎まれ口にも返す気力が無い。
あの『イカレ帽子屋(マッド・ハッター)』が持ってくる依頼なんてロクなもんじゃ
ねぇと改めて確信した。身をもって体験する、実に有効な自己啓発の事態であった。
事の最初は実に簡単であり、起こった事も実に明白であった。
『イカレ帽子屋』の今回の依頼は、何も難しい話でもない、鉱山の安全調査。
相棒の『シックザール(運命)』の「キチンと下調べしてから」などといった用心
深い忠告など、まったく無視して即日仕事に取り組んだのもまずかった。
何事もなく最深部地下五階まで下りてみたら、なんとそこにはどデカイ怪物
(モンスター)……冗談じゃなかった。
『異常眼(イーヴル・アイ)』をフル酷使させて、ようやっと倒した!とガッツポ
ーズを決めた次の瞬間。
どデカイ巨体が音を立てて崩れやがってくれた……もちろん、鉱山はそのば
かデカイ振動と軋みに耐え切れなかった なんていうお決まりのオチが続い
たのである。
………それから約3時間ほど、ランダムで落ちてくる岩石や土や土砂の塊
を『異常眼』ぶっ続けで継続させつつ避けまくって天上に、いや地上に出て
これたのであった。
物理学的力学未来予測系統の予測しかできない『異常眼』の瞳に、棺桶に
片足を突っ込んだ自分の幻が見えたのは、あながちその場の気の迷いと
言い切れない。
おかげで、フル活動させ続けた眼球は『蓄積疲労の上限限界突破』とかなん
とかほざいて、視力はズドンと落ち込んだ。
昨日の夜までは、頭蓋をかなづちで打ち続けられるような痛みに見舞われていた。
経験論から言えば、正常な状態に戻るのは今日明日までかかるだろう。
「あんにゃろ、何が『やはりそうでしたか』だよ…!ぜってぇ企んでやがったぞ
アイツは!!」
『それに毎度毎度ひっかかるほうも問題アリだしね、しょうがないヨ★』
「その指摘はかなり腹立つぞオイ!!」
ふらふらと、街の通りを歩いていく。
視力の低下で、普段は2.0の視力を誇るアダムだが、今は前の人物もロクに
見えない。
だから、路地から出てきた少年を避ける事が出来ずに思いっきり当たってしまった。
「ぬぉう!大丈夫かオイ」
「あ、ごめんなさい!」
ぶつかったのは、どこにでもいそうな普通の少年。と、後から
「ちょっと…何知らない人に迷惑かけてんのよ!あの、ごめんなさい」
と、知り合いらしき少女が出てきた。
両者間の雰囲気を察して、若いっていいねぇ と非常に老成的な感想を持つ。
「お前はいいって!…あ、じゃあ本当にごめんなさい!」
何だかあせって少女を振り切って駆け出す少年。
それじゃあ女は口説けねぇよ としみじみ少年の背を見守る(視力低下中でよく
見えなかったが)。
現実では事態は現在進行中で、少女がまた慌ててその後を追いかけていた。
ぼやけた視界から、少年達が消えた。
「?」
と、足元に何かの感触。拾ってみると、それは小さな宝箱であった。
「………………」
『今さ『コレ開けたい。かなり開けたい』なんて思ったデショ?』
さすが相棒の名は伊達じゃない。いわゆる“以心伝心”ってやつだろうか。
「ふっふっふ、こーいうオモチャはチャッチイから簡単なんだよ」
『こんな通りすがりの不良が開ける なんて想定して作ってるわけでもないし』
どこからか取り出した針金(?)で、鍵穴をいじると簡単に開いた。
鼻歌なんて歌いながら開けてみる。
『最悪よねー、子供のささやかな秘密を暴く大人って。
チョー汚い、最低、なすび』
「最後のほうは間違ってる気がす………」
薄く開いた宝箱の中。
中身が、見えた。その“中身”は何かを喋ろうとしたらしい。
本能が警告(笑)を発したのは、ほぼ同時であった。
「―――――――」
バッッッッッッッチィィィンッッ!!!!
『何?何?まだ見えてないよー!何なのサー!!』
「今、俺の第六感が危険を知らせたんだよっ!てかお前は元々視覚器官ねぇだろ!!」
両手で箱を閉じて(正確には押さえつけて)、何故か青い顔で青年は呟く。
『今さら何言うんダヨ★ちなみに僕の第六感は、ほのかな同属の予感に
満ちてるんだけど?』
「ほのかなっつう表現ヤメロ!!」
腰のほうで不平不満を垂れる『相棒』に突っ込む。
両手で箱を押さえつけたまま、死後硬直のように固まって動けない
アダムであった。
人物:アダム まめ子
場所:ソフィニア/通り
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぬぉ……俺今回マジで死ぬかと思った……」
『その発言は過去18回ほど繰り返し連呼されてますが』
「……そーかもしんねぇ………」
今は相棒の憎まれ口にも返す気力が無い。
あの『イカレ帽子屋(マッド・ハッター)』が持ってくる依頼なんてロクなもんじゃ
ねぇと改めて確信した。身をもって体験する、実に有効な自己啓発の事態であった。
事の最初は実に簡単であり、起こった事も実に明白であった。
『イカレ帽子屋』の今回の依頼は、何も難しい話でもない、鉱山の安全調査。
相棒の『シックザール(運命)』の「キチンと下調べしてから」などといった用心
深い忠告など、まったく無視して即日仕事に取り組んだのもまずかった。
何事もなく最深部地下五階まで下りてみたら、なんとそこにはどデカイ怪物
(モンスター)……冗談じゃなかった。
『異常眼(イーヴル・アイ)』をフル酷使させて、ようやっと倒した!とガッツポ
ーズを決めた次の瞬間。
どデカイ巨体が音を立てて崩れやがってくれた……もちろん、鉱山はそのば
かデカイ振動と軋みに耐え切れなかった なんていうお決まりのオチが続い
たのである。
………それから約3時間ほど、ランダムで落ちてくる岩石や土や土砂の塊
を『異常眼』ぶっ続けで継続させつつ避けまくって天上に、いや地上に出て
これたのであった。
物理学的力学未来予測系統の予測しかできない『異常眼』の瞳に、棺桶に
片足を突っ込んだ自分の幻が見えたのは、あながちその場の気の迷いと
言い切れない。
おかげで、フル活動させ続けた眼球は『蓄積疲労の上限限界突破』とかなん
とかほざいて、視力はズドンと落ち込んだ。
昨日の夜までは、頭蓋をかなづちで打ち続けられるような痛みに見舞われていた。
経験論から言えば、正常な状態に戻るのは今日明日までかかるだろう。
「あんにゃろ、何が『やはりそうでしたか』だよ…!ぜってぇ企んでやがったぞ
アイツは!!」
『それに毎度毎度ひっかかるほうも問題アリだしね、しょうがないヨ★』
「その指摘はかなり腹立つぞオイ!!」
ふらふらと、街の通りを歩いていく。
視力の低下で、普段は2.0の視力を誇るアダムだが、今は前の人物もロクに
見えない。
だから、路地から出てきた少年を避ける事が出来ずに思いっきり当たってしまった。
「ぬぉう!大丈夫かオイ」
「あ、ごめんなさい!」
ぶつかったのは、どこにでもいそうな普通の少年。と、後から
「ちょっと…何知らない人に迷惑かけてんのよ!あの、ごめんなさい」
と、知り合いらしき少女が出てきた。
両者間の雰囲気を察して、若いっていいねぇ と非常に老成的な感想を持つ。
「お前はいいって!…あ、じゃあ本当にごめんなさい!」
何だかあせって少女を振り切って駆け出す少年。
それじゃあ女は口説けねぇよ としみじみ少年の背を見守る(視力低下中でよく
見えなかったが)。
現実では事態は現在進行中で、少女がまた慌ててその後を追いかけていた。
ぼやけた視界から、少年達が消えた。
「?」
と、足元に何かの感触。拾ってみると、それは小さな宝箱であった。
「………………」
『今さ『コレ開けたい。かなり開けたい』なんて思ったデショ?』
さすが相棒の名は伊達じゃない。いわゆる“以心伝心”ってやつだろうか。
「ふっふっふ、こーいうオモチャはチャッチイから簡単なんだよ」
『こんな通りすがりの不良が開ける なんて想定して作ってるわけでもないし』
どこからか取り出した針金(?)で、鍵穴をいじると簡単に開いた。
鼻歌なんて歌いながら開けてみる。
『最悪よねー、子供のささやかな秘密を暴く大人って。
チョー汚い、最低、なすび』
「最後のほうは間違ってる気がす………」
薄く開いた宝箱の中。
中身が、見えた。その“中身”は何かを喋ろうとしたらしい。
本能が警告(笑)を発したのは、ほぼ同時であった。
「―――――――」
バッッッッッッッチィィィンッッ!!!!
『何?何?まだ見えてないよー!何なのサー!!』
「今、俺の第六感が危険を知らせたんだよっ!てかお前は元々視覚器官ねぇだろ!!」
両手で箱を閉じて(正確には押さえつけて)、何故か青い顔で青年は呟く。
『今さら何言うんダヨ★ちなみに僕の第六感は、ほのかな同属の予感に
満ちてるんだけど?』
「ほのかなっつう表現ヤメロ!!」
腰のほうで不平不満を垂れる『相棒』に突っ込む。
両手で箱を押さえつけたまま、死後硬直のように固まって動けない
アダムであった。
◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:まめ子 アダム
場所:ソフィニアの市場通り
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
アダムはその時、確かに見た。
生命体である必然性を持たない、蠢く“奴”を。
“それ”はあたかも食物のような色、形、艶を持っていた。ほぼ楕円形に近
い、約1cmくらいの“それ”は、市場でよく見かけるある食べ物に似ていた。
それは或る時はスープの材料に、或る時はパンに練り込まれ、また或る時は茹
でた物を其の侭食す習慣が根付いているものだった。アダム自身も良く見かけ
るその名前は――大豆だった。
その大豆に、手足が付いている。しかもあろう事か、目と口が付いていて言
葉を発しようとしていた。
アダムは一瞬でその事実を否定し、拒絶し、無かった事にして小箱の蓋を両
手で塞いだのだった。まるでその行為自体が、事実を無実へと引き戻せるかの
如く。
しかし、それで事実が捻じ曲げられる訳ではなかった。それはアダム自身
も、良く知っていた事だった。こめかみを一滴の冷や汗が、流れ落ちる。
『ねぇー、何だったのさ。僕にも説明くらいしてくれたって良いじゃないか
ー!』
シックザールがアダムの腰の辺りから、不満の声を露にする。アダムにしか
聞えないその声音には、当然の如く知る権利とやらを主張しているようだ。
シックザールは、自分に似た“モノ”を早急に確認したがっていた。知的好
奇心、という奴に駆られているのかも知れない。自分の知らない、自分に似て
非なる物をこの目――視覚的概念は存在しないが――で確認せずにはいられな
かったのだ。だからこそ、アダムにおねだりをしたのだ。
状況の説明を。
“それ”に関する視覚的情報の、言語伝達を。
シックザールは望んでいた。
しかし、事実を否定したアダムは、その行為自体すらも拒絶した。最初か
ら、見なかった事にしたいのだ。
「……何度言っても無駄だ。……この箱には、何も入っていないよ」
その言葉は、アダムの望み以外の何者でもなかった。
『…………ケチ』
シックザールが呟いたその言葉を無視して、通りの遥か遠くに目を馳せたア
ダムは不意に慌しくなった通りに気が付いた。向こうからは、悲鳴や驚嘆すら
聞えてくる。通りは、いつにもましてざわついていた。
警邏がアダムの直ぐ横を通り過ぎる。走っている所を見ると、どうやら急い
で現場に向かっているようだ。彼等の焦りが、事件の臭いを醸し出していた。
「……こーんな小箱の事より……事件だよっ! シックザール!」
言うが早いか、アダムは現場へと駆け出して行った。
警邏達が向かう方向に――。
◆◇◆
さいしょわたしは、そのおおきなひとを「すてきなかた」だとおもったわ。
だって、すてきにさらさらなかみのけはさりげないざんばらがみだし、そらい
ろのひとみは、おおきくてくりっとしてどんぐりまなこだし、たんせいなかお
だちもみりょくてきだったから。うんめいすらかんじたわ。うんめいのであ
い、ってやつよ。
でも、わたしがひとことおれいをもうしあげようとくちをひらきかけたとた
ん、そのおおきなひとはとつぜんなんのまえぶれもなく、ふたをとじちゃった
のよ。
さいしょなにがおきたかわからなかったけど、あとからよくよくかんがえた
ら、りふじんだとおもったわ。わたしみたいな、れでぃにたいしてすることじ
ゃないって。しつれいにもほどがあるわよ。
さいしょすてきだとときめいちゃったわたしは、とんだおもいちがいをして
いたことにきづかされたの。すべてのすてきなかたが、すべてやさしいとはか
ぎらないって。そーまさまのようなかたには、もう、あえないのかも……。
なんだか、かなしくなってきちゃった。
…………それにしても、まっくらでなにもみえないわ。
いったいそとはどうなっているのかしら?
なにやら、さわがしいようだけど……。
きゃっ!
なに? なんなのよぅ。
とつぜんこばこがゆれだして、びっくりしたわたしにみがまえるすきなんて
あたえられなかった。あたりまえといえば、あたりまえなんだけど。
こばこのなかで、ゆられにゆられ……いしきがあんてんしたのをかすかにだ
けどおぼえてる――。
◆◇◆
到着したアダムを待ち構えていたのは、凄惨[せいさん]な殺人現場だった。
目は蒼穹を睨むように仰ぎ見て、四肢は力なく垂れ下がっている。胸部は抉
られ心の臓が抜き取られていた。原型を辛うじて止めているだけに過ぎないそ
の身体は、街路樹に突き刺さって既に事切れているのが見て取れる。胸部は開
けていたが、その面差しから少女の屍だと解る。
「うっわっ。……確かに、こいつは、酷いな……」
周囲の野次馬達の声を拾うまでも無く、その凄惨な現場に思わず口を抑える
アダム。その腰の辺りに脇差されているシックザールも流石[さすが]に、想像
以上の酷明[こくめい]な現場を目の当たりにして言葉を失っているようだ。
人物:まめ子 アダム
場所:ソフィニアの市場通り
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
アダムはその時、確かに見た。
生命体である必然性を持たない、蠢く“奴”を。
“それ”はあたかも食物のような色、形、艶を持っていた。ほぼ楕円形に近
い、約1cmくらいの“それ”は、市場でよく見かけるある食べ物に似ていた。
それは或る時はスープの材料に、或る時はパンに練り込まれ、また或る時は茹
でた物を其の侭食す習慣が根付いているものだった。アダム自身も良く見かけ
るその名前は――大豆だった。
その大豆に、手足が付いている。しかもあろう事か、目と口が付いていて言
葉を発しようとしていた。
アダムは一瞬でその事実を否定し、拒絶し、無かった事にして小箱の蓋を両
手で塞いだのだった。まるでその行為自体が、事実を無実へと引き戻せるかの
如く。
しかし、それで事実が捻じ曲げられる訳ではなかった。それはアダム自身
も、良く知っていた事だった。こめかみを一滴の冷や汗が、流れ落ちる。
『ねぇー、何だったのさ。僕にも説明くらいしてくれたって良いじゃないか
ー!』
シックザールがアダムの腰の辺りから、不満の声を露にする。アダムにしか
聞えないその声音には、当然の如く知る権利とやらを主張しているようだ。
シックザールは、自分に似た“モノ”を早急に確認したがっていた。知的好
奇心、という奴に駆られているのかも知れない。自分の知らない、自分に似て
非なる物をこの目――視覚的概念は存在しないが――で確認せずにはいられな
かったのだ。だからこそ、アダムにおねだりをしたのだ。
状況の説明を。
“それ”に関する視覚的情報の、言語伝達を。
シックザールは望んでいた。
しかし、事実を否定したアダムは、その行為自体すらも拒絶した。最初か
ら、見なかった事にしたいのだ。
「……何度言っても無駄だ。……この箱には、何も入っていないよ」
その言葉は、アダムの望み以外の何者でもなかった。
『…………ケチ』
シックザールが呟いたその言葉を無視して、通りの遥か遠くに目を馳せたア
ダムは不意に慌しくなった通りに気が付いた。向こうからは、悲鳴や驚嘆すら
聞えてくる。通りは、いつにもましてざわついていた。
警邏がアダムの直ぐ横を通り過ぎる。走っている所を見ると、どうやら急い
で現場に向かっているようだ。彼等の焦りが、事件の臭いを醸し出していた。
「……こーんな小箱の事より……事件だよっ! シックザール!」
言うが早いか、アダムは現場へと駆け出して行った。
警邏達が向かう方向に――。
◆◇◆
さいしょわたしは、そのおおきなひとを「すてきなかた」だとおもったわ。
だって、すてきにさらさらなかみのけはさりげないざんばらがみだし、そらい
ろのひとみは、おおきくてくりっとしてどんぐりまなこだし、たんせいなかお
だちもみりょくてきだったから。うんめいすらかんじたわ。うんめいのであ
い、ってやつよ。
でも、わたしがひとことおれいをもうしあげようとくちをひらきかけたとた
ん、そのおおきなひとはとつぜんなんのまえぶれもなく、ふたをとじちゃった
のよ。
さいしょなにがおきたかわからなかったけど、あとからよくよくかんがえた
ら、りふじんだとおもったわ。わたしみたいな、れでぃにたいしてすることじ
ゃないって。しつれいにもほどがあるわよ。
さいしょすてきだとときめいちゃったわたしは、とんだおもいちがいをして
いたことにきづかされたの。すべてのすてきなかたが、すべてやさしいとはか
ぎらないって。そーまさまのようなかたには、もう、あえないのかも……。
なんだか、かなしくなってきちゃった。
…………それにしても、まっくらでなにもみえないわ。
いったいそとはどうなっているのかしら?
なにやら、さわがしいようだけど……。
きゃっ!
なに? なんなのよぅ。
とつぜんこばこがゆれだして、びっくりしたわたしにみがまえるすきなんて
あたえられなかった。あたりまえといえば、あたりまえなんだけど。
こばこのなかで、ゆられにゆられ……いしきがあんてんしたのをかすかにだ
けどおぼえてる――。
◆◇◆
到着したアダムを待ち構えていたのは、凄惨[せいさん]な殺人現場だった。
目は蒼穹を睨むように仰ぎ見て、四肢は力なく垂れ下がっている。胸部は抉
られ心の臓が抜き取られていた。原型を辛うじて止めているだけに過ぎないそ
の身体は、街路樹に突き刺さって既に事切れているのが見て取れる。胸部は開
けていたが、その面差しから少女の屍だと解る。
「うっわっ。……確かに、こいつは、酷いな……」
周囲の野次馬達の声を拾うまでも無く、その凄惨な現場に思わず口を抑える
アダム。その腰の辺りに脇差されているシックザールも流石[さすが]に、想像
以上の酷明[こくめい]な現場を目の当たりにして言葉を失っているようだ。
◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:まめ子 アダム
場所:ソフィニア通り
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
実はお前、浮遊霊とか自縛霊とかそっち系のアンテナあるだろよ」
『ンー…とりあえず一般常識の方の仕業ではない、と』
「んな事見りゃ分かるよ」
ぼやけた視界にもはっきり見える殺害現場。
後味悪く、その場を去る。今日はもう宿に帰ろう と足を速める。
「……今日は外出禁止令でも出そうだな、これじゃ」
隣を警服姿の人間がバタバタと走り去る。
『ねーねー、それよりさ。
“アレ”どうするのですか。さっきの箱』
うっ、と歩みが止まった。
「……解決策を述べてみよ」
『その一 川に投げる
その二 土に埋める
その三 売る とか?』
「落とし主に返すっつう良識的な答えはねーのかよ」
『交番とかに届ける?でもこの騒ぎじゃ、
そんな落し物一つとかつっぱねられるネ★』
神の啓示が示したのか、歩みを止めた場所は橋の上だった。
ゆるやかな流れ、遠くで小さな子供達が水遊びをしている。
苦悩のポーズを(考える人参照)し、空を仰いで、
さらに下を向いて意味無く足でリズムを叩く。
「……「その二」の土に埋めるっつうのはダメだ、新芽が生えてきそうだ」
『植物系だったの、中身?』
「「その三」の売るも売れねーだろ。こんなオモチャは」
『……ちょうど川があるけど?』
顔を上げる。
例の箱を片手で持って……どこか後ろめたい、気がする。
『男なら、ズバッと一発★』
残酷な事を爽やかに言ってくれる相棒の言葉に乗せられるように―…
投げる動作をし、
…………………
『投げられなかったね』
「~………っ!!」
何故か箱が手のひらから離れる一挙動前で固まっている青年。
『まあ、そんな中途半端な良心を持つ君が大好きだよ?』
「それは悪意の類かお前はっ!?」
どーしても投げられない。“中身”を知ってしまった以上、躊躇いが消えない。
(生き物の類と認識してしまった以上 という意味合いらしい)
『…いいんじゃない?そういう君なんだから。
いつもいつもお人好しで巻き込まれては借金と生傷ばっか作って、利口になれよと
かもっと賢くなれとかサンザン言われまくってる癖に、やっぱり馬鹿みたいにお人好
しな生き方もサ★』
「その何気に慰めと慈愛の入った暴言は、喧嘩を売ってると捉えていいのか…?」
脱力、盛大な溜め息をついて再び歩き出す。
『で、その箱どーするの?』
「…………宿に帰ったら開けて逃がしてやるよ…」
『で、その宿はここなの?』
やっと家に帰れた迷子のような顔で、アダムは前を見上げた。
宿の名前は『クラウンクロウ』
◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:まめ子 アダム
場所:ソフィニアの宿屋「クラウンクロウ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
その警邏達を横目に見ながら、アダムは自室の鍵を受け取ると、二階へと続
く階段を駆け上った。
途中、白布を額に巻きアオザイ服を着用した黒髪の麗しき女拳士とすれ違っ
たようにも思えたが、今のアダムにはじっくり観察している余裕すらなかっ
た。
205号室というネームプレートのついた鍵を受け取って、部屋に入るアダ
ム。
部屋に入れば一息つける――と思ったのが甘かった。
部屋に入り、一息吐こうと扉を後ろ手に閉めた瞬間アダムは目を疑った。
部屋の中央、ベッドの手前にそこにいてはいけない者が居たのだ。
「なっ!? 何でお前がここに居るんだよっ!」
心持ち油断できぬ相手を前にして、アダムは怖れを隠そうともせずに大声を
張上げた。素っ頓狂とも言うかもしれないその声は、天井を震わし、壁を通り
抜けて隣の部屋へと抜けて行ったかもしれない。
宿に戻ったアダムを待ち構えていたのは、喪服のような黒服に身を包んだ、
20代前後の青年であった。“イカレ帽子屋[マッド・ハッター]”の呼び声も
高い、A級仲介屋である。
この男は鉄面皮の呼び名も高かった。顔の半分はシルクハットに遮られ表情
が判別不能な上に、下半分は真っ赤な口吻[こうふん]を三日月の如く、または
お椀の如く常に笑みの形を崩さないからだ。とある筋によると、彼がその相好
を崩し笑みが消える瞬間というのを目撃したというものが居るらしいが真相は
定かではない。少なくとも、アダムの目前で相好を崩したことは一瞬たりとて
なかった。
ともかく、マッド・ハッターは変態との異名も持っている程だった。ウェー
ブががかった天然パーマを無造作に肩口に垂らしている髪型といい、肌の色が
常人では考えられない程白過ぎたりと、見た目からして余り進んでお近付きに
はなりたくない人種なのだ。
その、マッド・ハッターが鍵を掛けて出掛けた筈の宿屋の一室に唐突に存在
しているのだ。アダムでなくとも驚きを隠せないであろう。否、驚きを通り越
して自身の正気すらも疑うであろう。
アダムも例外ではなかった。自分の目を疑い、次に自分の正気までも疑っ
た。“剣”の声が聞える時点から既に、正気を疑うのに躊躇いはなかった。
「それほど驚かなくとも。窓、開いていましたよ。無用心ですねぇ」
「んなこたぁ、宿屋の主人に言えよ。ってか、窓が開いていたって、鍵を掛け
なかっただけで窓自体はちゃんと閉めて外に出たぞ。それ以前に、此処まで昇
ってくるお前の常識を疑いたいね、俺は」
「常識……ですか。クククッ」
何がそんなに可笑しいのか、相好を崩さずに笑うその様は不気味としか言い
ようが無かった。
「そ、そんな事より、何の用なんだよっ! 用事があるから無理やり入って来
たんだろう?」
マッド・ハッターの不気味さに焦って、先を促すアダム。それは直感ではな
く、常識的見地だった。用事が無ければこんな奴とは係わり合いになりたくな
い、暗にそういう意識から出た言葉でもあったが。
「そうでした、そうでした。貴方に頼み事があったのでした。…………ん?
アダムさん貴方、面白い物を持っていますね」
直ぐに話を逸らす癖の有るマッド・ハッターは、アダムが握り締めて離そう
にも離せない例の小箱を目敏く目に留め、何か面白い遊びを発見した子供のよ
うな声音で言った。興味津々といった風だ。
「こっ、これは、お前には関係ないものだっ! それより、用事だ! 用
事!」
触れられたくない腫れ物に触れられてしまったかのように、先を促し続ける
アダム。やはり、マッド・ハッターへの苦手意識は拭いがたいものがあるよう
だ。
『なーにを一人で焦っているんだか』
シックザールが密やかに溜息をついた。
◆◇◆
マッド・ハッターの用事とは、何の事は無い、いつもと同じ様に依頼を持っ
て来たのだ。
依頼の内容は、ある貴族とその背景にあるであろう組織を調べろ、と言うも
のだった。
依頼主は、ル・グラン・マジエ。ここソフィニアでは名門の部類に属するマ
ジエ家の、当主である。何でも王族の魔術指南役を務めているそうで、宮廷魔
術師というやつだそうだ。魔術指南役を務めるようになってから貴族になっ
た、成り上がり者という奴である。かつては魔術学院に属していて、トップク
ラスで卒業したのだそうだ。そういう経緯からか、今でも魔術学院とはなんら
かの関係を保っているようである。
「その依頼人に、会えばいいんだな?」
アダムが言ったその時、扉の外、廊下側から烈しく踏み鳴らして歩く足音が
響いて来た。
窓外にはカラスの群れが何処かに群がっている。
「まあ、今夜は出られそうに無いけどな」
カラスの群れを見て、アダムは諦観[ていかん]のこもった声音で言った。
◆◇◆
そのときわたしは、そとでなにかがおこっているようなよかんにとらわれて
いたの。
こばこのなかはまっくらでなにもみえないし、なにもわからなかったけれ
ど、そとからきこえてくるおおきいひとたちのはなしごえや、はげしくふみな
らすあしおとからただならぬことがおこっているきがしたのよ。
わたしにはそとでなにがおこっているのかしるすべはなかったけれど、ただ
ひとついえることはわたしがそとにでるきかいはさきのばしにされそうだとい
うことだけはわかったわ。だって、そとでおこっているそうどうをかいけつし
てからじゃないと、ゆっくりこのこばこをしらべようともおもわないでしょ。
わたし、あたまがいいから、そのくらいのことはぴんときたわ。
でも、わたしじしんには、このじょうきょうをどうすることもできないし、
そとのおおきいひとたちにわたしのそんざいをしょうめいすることは何一つで
きないってことははんめいしていたの。
だからわたしは、ひとまずまつことにしたわ。
このじょうきょうがだかいされるのを――。