100題よりの引用です。
№069 捕り物劇
挑戦者:葉月瞬
PC:まめ子
----------------------
『珍生物発見!』
三面の隅の方に掲載されているその記事を目にしたのは、緩やかな日差しが降りしきる午後の一時だった。
その記事は記者の内面とか臨場感とかが十二分に表現されていて、読者に吃驚、感嘆の感情を抱かせるに程足りる文面だった。
その記事が印字された新聞を片手に、少年は一粒の大豆を目の前にして眉間に皺を寄せていた。
「うぅ~む。これが生物である必要性が見られない」
かれこれ2時間ほど観察を続けていても、一行に変化が見られない大豆を前に少年は腕を組み考え込む仕草をした。途端に頭上に拳骨が降り注ぐ。
「こーら! おいたも程々にしないと、怒るわよ!!」
今日の夕飯にするつもりの大豆スープの具材の一つである大豆を摘み上げると、少年の母親はそそくさと台所の奥へと取って返した。その仕草を事細かに見送る、少年。溜息が母親の後姿を後押しするように、流れた。
観察対象が無くなった為か、はたまた飽きてしまったためか、取り敢えず外に出て遊ぼうと思い立ち席を立つ少年。その彼の背中に母親は否応も無く、理不尽な命令を下す。
「ああ、外に遊びに行くなら、ついでに大豆を一袋買っておいで。お金は、テーブルの上にあるから」
抗議の声を上げる前に、母親は台所仕事に専念してしまう。こうなるともう、どんな言葉も馬耳東風、馬の耳に念仏と言う体たらくだ。
言われてよくよくテーブルの上を見てみると、一枚の金貨が置いてある。何時の間に置かれたのか、それを手に取ると、少年はふと有ることに思い当たる。
――これで、思う存分大豆を観察出来る!
と。
早速、風の如き速さで家を飛び出す少年。その右手には、しっかりと一枚の金貨が握られていた。
*◆*◆*
市場は活気に包まれていた。
此処へ来るまでに、少年は何度か友人達の誘惑に負けそうになった。
だが、その度毎に断り続けた。動機はいたって単純。好奇心から来るものだ。
彼は大豆に似た生物を探す、という小さな冒険をやり遂げなければならなかったからだ。だからこそ、遊びの誘惑に負けずに此処まで来た。
この、市場に。
市場の通りに立つと、圧倒的な人の密度に押し潰されそうになる。
少年は、押しつ戻されつ、目的の八百屋の前に辿り着いた。
苦労して辿り着いたその目の前には、山の様な大豆袋が立ち塞がっていた。そしてその頂上に、“それ”はいた。
蠢く、大豆が。
そいつは、何やら蹲って小刻みに震えていたかと思いきや、唐突に立ち上がった。
二本の“足”で。
そして何やら両手を腰に当ててポーズをとると、少年を真っ直ぐに睨み据えた。
少年は、自分の目を疑った。塵が入った訳でもないのに手で擦り、二度ほど瞬いたほどだ。
目が合った。その一瞬間の内に、二人は理解し合った。互いに相容れない存在だと。
二人とも暫しの間、硬直していたが、早くも我に返り口火を真っ先に切ったのは、少年の方だった。よって、少年の方に軍配が上がった。
「ち」
少年が眉根を引き攣らせて何かを言おうと、口を開きかけると、
「ち?」
まめ子がおうむ返しに聞き返す。何が起こったのか、はたまたこれから何が起ころうとしているのか、把握し切れていないのだ。疑問を表情に表せてじっと、少年の動向を見守っている。
と、次の瞬間、
「ち・ん・せ・い・ぶつ、はっけ~~ん!」
その瞬間少年の瞳が一転し、夜空に瞬く星の煌めきを満面に湛え、蒼穹に木霊するほど声高らかに、宣言した。しかも、後ろ指宜しく人差し指でご丁寧に指し示して。それは、これから始まる戦いの狼煙にも似て、まめ子の全身を打った。そして、その様をつぶさに見て取って悟った。自分がこの後どうなるのか、どうすれば自分にとって最も良い結果に終わるのか、を。
(に、にげなければ……)
かくて、少年とまめ子の捕り物劇は始まったのだった――。
*◆*◆*
「【かぜにのって、とおくにいどうするまほう】!」
真っ先に我に返ったのはまめ子の方だった。力あるまめ語を解き放ち、少年の頬を掠め後方へと飛び去っていく。逃走するに限る、と判断したのだ。
「あっ、こらっ! まてぃ!!」
その呪文を聞いてか聞かずか、少年もまめ子に遅れる事数瞬後に我に返り怒号と共に、宙を縫うように舞うまめ子の後姿を追いかけた。
雑多な人込みの中を目に見えぬ速さで飛ぶまめ子。少年は、人波を縫うように後を追うのみであった。が、確実に追い詰めている自信はあった。なぜなら、まめ子の行く先には、袋小路が口を開けて待っているだけだからだ。この市場の地の利ならば、少年の方に分がある。風の如き速さで飛び去るまめ子には、知る術も無いが……。
少年の思惑通り、まめ子は袋小路に差し掛かっていた。
(どおりで、ひとなみがひけてきているとおもったわ……)
追い込まれ、追い詰められているというのにまめ子は意外に冷静であった。自分にはまだ別の魔法がある。いざとなれば【殻に閉じこもって身を守る魔法】で防御体制をとってもいいし、【土中に身を潜ませる魔法】で地面に隠れ潜むのも悪くは無い。まめ子は、自己の能力を分析してそう判断していたのだ。
だが。
形勢は、いつも思った通りには行かないものである。
まめ子は、市場の袋小路で何者かとぶつかってしまったのだ。
「いったぁぁあ!」
声から察するに少女の様である。
「痛いじゃないの! 何すんのよ!!」
気の強い所は、女の子らしからぬ所もあるようだが。
ビロードの真っ赤な靴に白タイツ、更にその上からは桜色のワンピースを着ているところを見ると、何処から如何見ても女の子にしか見えないようだ。ご丁寧に真っ白いおろしたてのエプロンドレスまで翻らせている。
「あら? どうしたの? ヤンバル、こんな所で……」
エプロンドレスの少女は、まめ子の存在に全くと言って良いほど気付かずに、先程までまめ子の後を必死の形相で追い掛けていた少年をヤンバルと呼び、疑問の眼差しを向けて疑問詞を投げ掛ける。
投げ返された言葉は、酷く簡潔で且つぶっきら棒だった。
「別に……何でもねぇよ。お前には関係ないだろ」
まめ子が見たところ、この二人の大きい人達は倦厭(けんえん)の仲のようだ。例えどちらか一方だけだとしても近付き難い感情を持っているのは、態度に表れている。その感情は、概ね少年の方に見られた。
(きらいなの? なんで?)
人間が大好きなまめ子には、理解しかねる感情だった。
例え食用として用いられそうになっても、人間を嫌う謂われは無い。それどころか、人間と付き合う事に心地良ささえ感じるほどだ。
それなのに、まめ族であるまめ子は大きい人達――人間を好きで堪らないのに、同種族である筈の少年は少女の事を敬遠している。少女の方はその限りでは無いようだが、この大いなる矛盾にまめ子は頭を悩ませていた。
「関係無いって……関係無いこと無いじゃない。あんたこの頃あたしの事、遠ざけ過ぎよ」
まめ子が頭を抱え込んでいる内にも、頭上ではヤンバルと呼ばれた少年と少女の論戦が繰り広げられていた。
「だからっ! お前いっつも俺にばかり世話を焼き過ぎるだろっ! それがかっこ悪いんだよっ!」
唾を飛ばしながら必死に言い逃れしようとしている少年を、まめ子は面白そうに見詰めている。どやら、面白そうな事が起こっているので、見学に徹するつもりらしい。
(おんなのこのほうは、おとこのこのことがすきなのかしら?)
少女の態度、世話焼きぶりから察するに好意とか思慕とかそういった感情を感じられる。まめ子の鋭いアンテナに、それが引っ掛かったのだ。
「かっこ悪い、かっこ悪いって、如何かっこ悪いのよ。あんた、あたしが居なきゃ何にも出来ないのは、事実でしょ。誰に如何吹き込まれたのか知らないけど、あんた少しは幼馴染の事も大切にしなさいよ」
どうやら二人は幼馴染のようである。
この後の、二人の恋の予感に胸をときめかせながらもまめ子は見守っていた。
「だからっ、クイナ、その幼馴染っての、やめてくれよっ! 恥ずかしいだろっ!」
言いながらヤンバルはクイナと呼ばれた少女の方へと、一歩ずつ近付いていく。その剣幕にすっかり気を取られ、まめ子は自分が今置かれている状況の事をすっかり全て始めから全部忘れつつあった。否、念頭から除外されていた。
対するヤンバルは、忘れてなど居なかった。自分が今何をしようとしているのか、何を追って此処まで来たのか。クイナとの論戦にかまけて、自身の行動理由を見失うような少年ではなかったのだ。一度熱中すると、極限まで追及しモノにしようとする。それが、ヤンバルと言う名の少年だった。
クイナ自身も途中から、ヤンバルの様子がおかしいのに気付いた。そして、一歩後退る。
「何っ!? 何なのよぅ」
クイナはいつもと様子が違うヤンバルに対し、警戒の色を隠し得なかった。単(ひとえ)にヤンバルが自分に迫って来ている、という一種の危機感から成るものだが、彼女が勘ぐったものにはもっと別なものも含まれていた。
ヤンバルの瞳に、尋常じゃない光が宿っている。
それだけでも彼女の警戒心を増長させるには、十分であった。
何かに熱中している時のヤンバルは、止まる所を知らない。クイナは、経験上それを熟知していた。幼馴染である所以である。
「何って……何でも…………」
ヤンバルはもう一歩――最後の一歩を踏み出した所で、クイナの足元の地面に頭から飛び込んだ。
「……ないよっ!」
「何なのよー!」
クイナの憤慨とも不服とも付かない悲鳴が、狭い裏路地に反響した――。
*◆*◆*
「だから、何なのよ。それ」
クイナが“それ”と指差した先には、捕獲されヤンバルの人差し指と親指の間でもがき憤るまめ子の姿があった。
二人の葛藤を悠々と見学していたまめ子は、まめ魔法を使う暇も与えられずに遂に捕獲されてしまったのである。ヤンバルの手によって。
ヤンバルは、得意を満面に湛えながら鼻高々、居丈高に説明口調でのたまった。
「お前、今朝の新聞見なかったのか? “珍生物発見”って記事さ。何を隠そう、こいつこそがその珍生物なのさ」
「ち・ん・せいぶつ~?」
クイナは柳眉を潜めて、半信半疑を体で表した。無理も無い。珍生物と言われて見せつけられても、一概に信じ難いものがあった。何しろ、珍生物とされている物体は、何処から如何見ても只の大豆にしか見えないからである。強いて言うならば、申し訳程度に伸びている肢体が出鱈目に空を掻いている所が生物としての唯一の証左であろうか。
「へへーんっ! 俺はこいつを研究して、有名人になるんだ。だから、逃げられるわけには行かない」
そう言うが早いか、胸ポケットから小箱を取り出してまめ子を放り込んだ。そして、逃げられないように素早く蓋を閉めると、鍵を掛けてしまった。とても小さな鍵で、明らかに小箱用にあつらえられた物だと判る代物だ。まめ子には、最早逃げる余力も機会も失われた訳である。
「へへっ、これでこいつはもう、俺の研究材料さっ!」
「かわいそうよ。仮にも、生物なんでしょ。そんな狭いところに閉じ込めるなんて……」
クイナは何とかまめ子の肩を持つように、彼女の立場を考えた発言をしようとするが、語尾がどうしても曖昧に萎んでしまう。彼女の方にしても、まめ子が生物であるかどうか確信が持てないのである。
「だーいじょうぶだって。死にゃしないって」
気休めのヤンバルの言葉を鵜呑みにして、閉口するしかクイナには道が無かった。
*◆*◆*
かくて、捕り物劇は終わりを告げたのであった――。
№069 捕り物劇
挑戦者:葉月瞬
PC:まめ子
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『珍生物発見!』
三面の隅の方に掲載されているその記事を目にしたのは、緩やかな日差しが降りしきる午後の一時だった。
その記事は記者の内面とか臨場感とかが十二分に表現されていて、読者に吃驚、感嘆の感情を抱かせるに程足りる文面だった。
その記事が印字された新聞を片手に、少年は一粒の大豆を目の前にして眉間に皺を寄せていた。
「うぅ~む。これが生物である必要性が見られない」
かれこれ2時間ほど観察を続けていても、一行に変化が見られない大豆を前に少年は腕を組み考え込む仕草をした。途端に頭上に拳骨が降り注ぐ。
「こーら! おいたも程々にしないと、怒るわよ!!」
今日の夕飯にするつもりの大豆スープの具材の一つである大豆を摘み上げると、少年の母親はそそくさと台所の奥へと取って返した。その仕草を事細かに見送る、少年。溜息が母親の後姿を後押しするように、流れた。
観察対象が無くなった為か、はたまた飽きてしまったためか、取り敢えず外に出て遊ぼうと思い立ち席を立つ少年。その彼の背中に母親は否応も無く、理不尽な命令を下す。
「ああ、外に遊びに行くなら、ついでに大豆を一袋買っておいで。お金は、テーブルの上にあるから」
抗議の声を上げる前に、母親は台所仕事に専念してしまう。こうなるともう、どんな言葉も馬耳東風、馬の耳に念仏と言う体たらくだ。
言われてよくよくテーブルの上を見てみると、一枚の金貨が置いてある。何時の間に置かれたのか、それを手に取ると、少年はふと有ることに思い当たる。
――これで、思う存分大豆を観察出来る!
と。
早速、風の如き速さで家を飛び出す少年。その右手には、しっかりと一枚の金貨が握られていた。
*◆*◆*
市場は活気に包まれていた。
此処へ来るまでに、少年は何度か友人達の誘惑に負けそうになった。
だが、その度毎に断り続けた。動機はいたって単純。好奇心から来るものだ。
彼は大豆に似た生物を探す、という小さな冒険をやり遂げなければならなかったからだ。だからこそ、遊びの誘惑に負けずに此処まで来た。
この、市場に。
市場の通りに立つと、圧倒的な人の密度に押し潰されそうになる。
少年は、押しつ戻されつ、目的の八百屋の前に辿り着いた。
苦労して辿り着いたその目の前には、山の様な大豆袋が立ち塞がっていた。そしてその頂上に、“それ”はいた。
蠢く、大豆が。
そいつは、何やら蹲って小刻みに震えていたかと思いきや、唐突に立ち上がった。
二本の“足”で。
そして何やら両手を腰に当ててポーズをとると、少年を真っ直ぐに睨み据えた。
少年は、自分の目を疑った。塵が入った訳でもないのに手で擦り、二度ほど瞬いたほどだ。
目が合った。その一瞬間の内に、二人は理解し合った。互いに相容れない存在だと。
二人とも暫しの間、硬直していたが、早くも我に返り口火を真っ先に切ったのは、少年の方だった。よって、少年の方に軍配が上がった。
「ち」
少年が眉根を引き攣らせて何かを言おうと、口を開きかけると、
「ち?」
まめ子がおうむ返しに聞き返す。何が起こったのか、はたまたこれから何が起ころうとしているのか、把握し切れていないのだ。疑問を表情に表せてじっと、少年の動向を見守っている。
と、次の瞬間、
「ち・ん・せ・い・ぶつ、はっけ~~ん!」
その瞬間少年の瞳が一転し、夜空に瞬く星の煌めきを満面に湛え、蒼穹に木霊するほど声高らかに、宣言した。しかも、後ろ指宜しく人差し指でご丁寧に指し示して。それは、これから始まる戦いの狼煙にも似て、まめ子の全身を打った。そして、その様をつぶさに見て取って悟った。自分がこの後どうなるのか、どうすれば自分にとって最も良い結果に終わるのか、を。
(に、にげなければ……)
かくて、少年とまめ子の捕り物劇は始まったのだった――。
*◆*◆*
「【かぜにのって、とおくにいどうするまほう】!」
真っ先に我に返ったのはまめ子の方だった。力あるまめ語を解き放ち、少年の頬を掠め後方へと飛び去っていく。逃走するに限る、と判断したのだ。
「あっ、こらっ! まてぃ!!」
その呪文を聞いてか聞かずか、少年もまめ子に遅れる事数瞬後に我に返り怒号と共に、宙を縫うように舞うまめ子の後姿を追いかけた。
雑多な人込みの中を目に見えぬ速さで飛ぶまめ子。少年は、人波を縫うように後を追うのみであった。が、確実に追い詰めている自信はあった。なぜなら、まめ子の行く先には、袋小路が口を開けて待っているだけだからだ。この市場の地の利ならば、少年の方に分がある。風の如き速さで飛び去るまめ子には、知る術も無いが……。
少年の思惑通り、まめ子は袋小路に差し掛かっていた。
(どおりで、ひとなみがひけてきているとおもったわ……)
追い込まれ、追い詰められているというのにまめ子は意外に冷静であった。自分にはまだ別の魔法がある。いざとなれば【殻に閉じこもって身を守る魔法】で防御体制をとってもいいし、【土中に身を潜ませる魔法】で地面に隠れ潜むのも悪くは無い。まめ子は、自己の能力を分析してそう判断していたのだ。
だが。
形勢は、いつも思った通りには行かないものである。
まめ子は、市場の袋小路で何者かとぶつかってしまったのだ。
「いったぁぁあ!」
声から察するに少女の様である。
「痛いじゃないの! 何すんのよ!!」
気の強い所は、女の子らしからぬ所もあるようだが。
ビロードの真っ赤な靴に白タイツ、更にその上からは桜色のワンピースを着ているところを見ると、何処から如何見ても女の子にしか見えないようだ。ご丁寧に真っ白いおろしたてのエプロンドレスまで翻らせている。
「あら? どうしたの? ヤンバル、こんな所で……」
エプロンドレスの少女は、まめ子の存在に全くと言って良いほど気付かずに、先程までまめ子の後を必死の形相で追い掛けていた少年をヤンバルと呼び、疑問の眼差しを向けて疑問詞を投げ掛ける。
投げ返された言葉は、酷く簡潔で且つぶっきら棒だった。
「別に……何でもねぇよ。お前には関係ないだろ」
まめ子が見たところ、この二人の大きい人達は倦厭(けんえん)の仲のようだ。例えどちらか一方だけだとしても近付き難い感情を持っているのは、態度に表れている。その感情は、概ね少年の方に見られた。
(きらいなの? なんで?)
人間が大好きなまめ子には、理解しかねる感情だった。
例え食用として用いられそうになっても、人間を嫌う謂われは無い。それどころか、人間と付き合う事に心地良ささえ感じるほどだ。
それなのに、まめ族であるまめ子は大きい人達――人間を好きで堪らないのに、同種族である筈の少年は少女の事を敬遠している。少女の方はその限りでは無いようだが、この大いなる矛盾にまめ子は頭を悩ませていた。
「関係無いって……関係無いこと無いじゃない。あんたこの頃あたしの事、遠ざけ過ぎよ」
まめ子が頭を抱え込んでいる内にも、頭上ではヤンバルと呼ばれた少年と少女の論戦が繰り広げられていた。
「だからっ! お前いっつも俺にばかり世話を焼き過ぎるだろっ! それがかっこ悪いんだよっ!」
唾を飛ばしながら必死に言い逃れしようとしている少年を、まめ子は面白そうに見詰めている。どやら、面白そうな事が起こっているので、見学に徹するつもりらしい。
(おんなのこのほうは、おとこのこのことがすきなのかしら?)
少女の態度、世話焼きぶりから察するに好意とか思慕とかそういった感情を感じられる。まめ子の鋭いアンテナに、それが引っ掛かったのだ。
「かっこ悪い、かっこ悪いって、如何かっこ悪いのよ。あんた、あたしが居なきゃ何にも出来ないのは、事実でしょ。誰に如何吹き込まれたのか知らないけど、あんた少しは幼馴染の事も大切にしなさいよ」
どうやら二人は幼馴染のようである。
この後の、二人の恋の予感に胸をときめかせながらもまめ子は見守っていた。
「だからっ、クイナ、その幼馴染っての、やめてくれよっ! 恥ずかしいだろっ!」
言いながらヤンバルはクイナと呼ばれた少女の方へと、一歩ずつ近付いていく。その剣幕にすっかり気を取られ、まめ子は自分が今置かれている状況の事をすっかり全て始めから全部忘れつつあった。否、念頭から除外されていた。
対するヤンバルは、忘れてなど居なかった。自分が今何をしようとしているのか、何を追って此処まで来たのか。クイナとの論戦にかまけて、自身の行動理由を見失うような少年ではなかったのだ。一度熱中すると、極限まで追及しモノにしようとする。それが、ヤンバルと言う名の少年だった。
クイナ自身も途中から、ヤンバルの様子がおかしいのに気付いた。そして、一歩後退る。
「何っ!? 何なのよぅ」
クイナはいつもと様子が違うヤンバルに対し、警戒の色を隠し得なかった。単(ひとえ)にヤンバルが自分に迫って来ている、という一種の危機感から成るものだが、彼女が勘ぐったものにはもっと別なものも含まれていた。
ヤンバルの瞳に、尋常じゃない光が宿っている。
それだけでも彼女の警戒心を増長させるには、十分であった。
何かに熱中している時のヤンバルは、止まる所を知らない。クイナは、経験上それを熟知していた。幼馴染である所以である。
「何って……何でも…………」
ヤンバルはもう一歩――最後の一歩を踏み出した所で、クイナの足元の地面に頭から飛び込んだ。
「……ないよっ!」
「何なのよー!」
クイナの憤慨とも不服とも付かない悲鳴が、狭い裏路地に反響した――。
*◆*◆*
「だから、何なのよ。それ」
クイナが“それ”と指差した先には、捕獲されヤンバルの人差し指と親指の間でもがき憤るまめ子の姿があった。
二人の葛藤を悠々と見学していたまめ子は、まめ魔法を使う暇も与えられずに遂に捕獲されてしまったのである。ヤンバルの手によって。
ヤンバルは、得意を満面に湛えながら鼻高々、居丈高に説明口調でのたまった。
「お前、今朝の新聞見なかったのか? “珍生物発見”って記事さ。何を隠そう、こいつこそがその珍生物なのさ」
「ち・ん・せいぶつ~?」
クイナは柳眉を潜めて、半信半疑を体で表した。無理も無い。珍生物と言われて見せつけられても、一概に信じ難いものがあった。何しろ、珍生物とされている物体は、何処から如何見ても只の大豆にしか見えないからである。強いて言うならば、申し訳程度に伸びている肢体が出鱈目に空を掻いている所が生物としての唯一の証左であろうか。
「へへーんっ! 俺はこいつを研究して、有名人になるんだ。だから、逃げられるわけには行かない」
そう言うが早いか、胸ポケットから小箱を取り出してまめ子を放り込んだ。そして、逃げられないように素早く蓋を閉めると、鍵を掛けてしまった。とても小さな鍵で、明らかに小箱用にあつらえられた物だと判る代物だ。まめ子には、最早逃げる余力も機会も失われた訳である。
「へへっ、これでこいつはもう、俺の研究材料さっ!」
「かわいそうよ。仮にも、生物なんでしょ。そんな狭いところに閉じ込めるなんて……」
クイナは何とかまめ子の肩を持つように、彼女の立場を考えた発言をしようとするが、語尾がどうしても曖昧に萎んでしまう。彼女の方にしても、まめ子が生物であるかどうか確信が持てないのである。
「だーいじょうぶだって。死にゃしないって」
気休めのヤンバルの言葉を鵜呑みにして、閉口するしかクイナには道が無かった。
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かくて、捕り物劇は終わりを告げたのであった――。
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