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2024/11/01 08:14 |
銀の針と翳の意図 100 【完】/セラフィナ(マリムラ)
人物:ライ セラフィナ
場所:港町ルクセン近辺→サメクの南
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 ライトの点滅が、揺れる自分の心のようだった。
 ただ、元の明るさに戻った灯りとは違い、気持ちはなかなか定まらない。

「……私でいいんですか?」

 冗談めかして笑顔を浮かべた。ソレが成功しているかはよく分からかったけれど。

 駆け落ちの誘い文句にも聞こえかねないということに、彼はきっと気付いていな
い。
 自分と一緒にいることが危険だと知っているのに、知らないフリをしてくれてい
る。
 気を使われないように上手に気を使って、道化のフリさえしてみせる。
 ああ、なんて優しい人なんだろう。
 このまま、ずっと甘えていられたら……。

 そこまで考えて、彼が何か言う前に言葉を発する。

「それもいいかもしれませんね」

 ライが顔をほころばせた。
 ああ、こんな風に笑ってくれるのなら、もうしばらく甘えているのもいいかもしれ
ない。
 自然に笑顔が浮かぶのが分かる。作り物じゃない本当の笑顔。
 お互いに笑いあえる。そんなささやかな幸せが、きっと一番尊いのだ。
 無償の笑顔に期待なんてしてはいけない。
 自分だけを見てくれるんじゃないかと、錯覚を起こしてはならない。

 彼から私に向けられているのは、恋愛感情じゃないだろう。
 ティリーのような激しい感情は向けられていないしと思うし、向けていないのだか
ら。
 友達を心配するのは当たり前のことで、気遣ってくれるのを勘繰るのは失礼だ。
 優しい言葉で気持ちが揺らぐのは、きっと今、自分の心が弱っているから。
 優しくされたくて、癒されたくて、勘違いしてしまいたくなるのは本当だけれど。
 彼は私にとって大切な友達、特別な友達だから。だから、そんな考えを頭から追い
出す。

「ゆっくり休んで。見張りくらいやるよ?」

 立ち上がったライの言葉に頷くが、頭が冴えて眠くならない。
 馬に寄りかかっても側で横になっても、睡魔はなかなか訪れそうにない。
 だからこっそりと、ライを見上げた。
 幾分輪郭がハッキリとしてきたライは木によりかかり、遠くを見つめている。

 切り取って、ずっと見ていたい様な気がした。
 自分が目を覚ましたときに不安にならないように。きっとそれだけの理由で姿を消
さず彼はそこにいるのだ。胸がじんわり暖かくなる。
 視線の先はルクセンだろうか、それともサメクだろうか?
 遠くを見つめる彼の目に映る光景を、一緒に見ることが出来たら、そう思った。

「……あれ、眠れない?」

 ライに笑い掛けられて、見ていたことが何となく恥ずかしくなって、曖昧に笑い返
す。
 体を起こして座り直すと、ライも木にもたれるように座った。

「まあ、無理して眠れとは言わないけど、身体は休めなきゃね」

「そうですね。そう思うんですけど」

 苦笑して髪を撫でつけた。見ていたことが何となく後ろめたい。顔が上げられな
い。

「土の上に直接は冷えるかもね……何か出来ることある?」

 枯れ葉が溜まる時期でもないし、木の枝はかえって痛くて眠れなさそうだし……
と、ライが呟くように言うのを聞きながら、ふと、思いついた。
 ソレはとても魅力的で、でも、断られたら立ち直れないかもしれなくて。
 言いかけて、やめる。彼がそんなことに気付かないはずはないのに。

「……側にいると寝付けないとか?」

「違っ、そうじゃなくて……」

 顔を上げて、視線が交差した。
 少し困ったような笑顔にどきりとする。

「……あの、肩をお借りしても……」

「あー、うん。いいけど」

 拍子抜けするほどにあっさりと返事が返ってくる。
 ライはすたすたと隣まで来て、ひょいっと身軽な動きで腰を下ろした。

 ああ、やっぱり何とも思われていないのかな、と寂しいような複雑な思いがよぎる
が、断られなかったことがほんのりと嬉しかったりして、口元が笑う。

「これでいい?」

「ありがとうございます」

 覗き込むように聞いてくるライに、またどきりとしてしまう。
 こんなに近くで顔を見たことがあったかしら。
 にっこり笑って即答するも、ドキドキが治まらなくて、すぐに目を逸らした。

 遠慮がちに借りた肩は骨っぽくて、暖かくもなくて。外気のように冷えて行かない
ことが不思議なくらいで……それでも落ち着くのは何故だろうか。

 以前に一度、肩を借りたことがあったな、と思い出す。
 ソフィニアを出てすぐ、あれは馬車の中だった。
 疲れていたし、すぐに眠ってしまったけれど、不思議と深く眠れたような気がす
る。
 その頃は特に気負いもなく肩を借りたような気がするな、とくすくす笑った。

「どうしたの?」

 ライから声を掛けられたが、何となく狸寝入りを決めこんだ。
 このまま、自分の体温でライさんまで温められたらいいのに。
 そんなことを考えながら、意識はとろりとまどろんでゆくのだった……。



 小鳥の鳴き声がチチチと聞こえる。葉陰から漏れる朝日に瞼の裏が明るく染まる。
 寝返りを打とうとして初めて、自分が横になっていたことに気付いた。

「え……あっ」

 慌てて目を開けると、目の前でひらひらと革手袋が踊る。

「おはよー、セラフィナさん」

 横になったまま見上げて、ようやく自分が何処にいるのか分かった。
 足を投げ出して座っていたライの膝を枕にしていたらしい。

「おはようございます」

 笑いかけると笑い返してくれる。それが凄く嬉しくて、セラフィナはまた笑った。

 ライが近くで見つけてきた小川で顔を洗い、馬に水を飲ませる。朝食を摂って一息
つきたいところだが、追っ手が来ているかもしれない今、ゆっくりしてはいられな
い。

「セラフィナさんが起きる前に、何か食べられそうなモノを探しておけば良かった
ね」

 ライは小さく肩を竦めて見せたが、セラフィナは笑って首を振る。
 彼が動けなかったのは自分が枕にしてしまったせいで……という恐縮よりも、純粋
にその心遣いが嬉しかった。



 馬に跨り、野を駆ける。
 街道と呼べるほどの道はなるべく避けて、獣道や荒野を進む。時々ライに方角を確
認する以外はセラフィナもライもあまり喋ることもしない。
 二人とも、昨日のことには触れなかった。
 あまりにも生々しすぎて別れる理由を思い出してしまうから……無意識に避けたの
かもしれなかった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 馬に疲れの色が見え始めた頃には、もう日は真上辺りまで昇っていた。
 コールベルよりも東に位置するこじんまりとした町に、東の門から入る。
 手間のかかることだが、追っ手が情報収集に来た時の捜索条件に当てはまる可能性
が西側から入るよりも減るという配慮だ。
 厩で馬を交換してもらい、浮いた金で日持ちのしそうなパンやチーズを幾つか買っ
た。宝石の換金も考えたが、小さな町では目立ちすぎると断念。手持ちの硬貨で毛布
などの買い物を済ませ、馬に積む。
 セラフィナは黒のマントを質入れし、丈夫そうな町娘の普段着に着替えていた。髪
は編み上げていて、遠目に見てもセラフィナとは判別できないだろう。

 馬もマントも、本当はどこかに隠すか捨てるかするべきだったのかもしれない。
 買い物中に「どこまでいくの?」と聞かれたときには「コールベルまで観光です」
と答え、西の門から出た。
 わかっている、気休めだ。でも、追っ手を混乱させることが出来ればそれで充分だ
った。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 あれから何日経ったのだろう。もうじき二ヶ月程になるだろうか。
 コールベルの北側を迂回し、コーネリア王国の南を抜け、時々食料を切らさないよ
うに小さな町へ立ち寄っては、サメクを目指す。何度か服を取り替え、髪型を変え、
巡り巡って今は元の恰好になっている。追っ手は諦めたのだろうか、最初の一週間は
聞いた噂も、すっかり聞かなくなって久しい。目的地までは……更に北へ一週間くら
いだろうか?

 二人は見晴らしのいい丘で休憩を挟むことにした。麓の小川では馬に草と水を与
え、丘を登る。今のところ追っ手の気配は感じなかったが、先に気付けば対処しやす
いだろうと理由を付け、景色を眺めに来たのだ。

「わぁ……!!」

 眼下に広がるは一面の草原。ここから北へ向かうとこういう景色にはお目にかかれ
ないのだとライが笑った。
 針葉樹と雪の世界。……まあ、今年はまだ雪の季節ではないかもしれないけれど。

 草の海を眺めながら、果物を一かじりする。途中の町で買ったリンゴだ。甘酸っぱ
い香りと汁気の多い果肉が口の中に広がる。

「あー、これで手配書が増えてるんだろうなぁ」

 ライが少し遅れて腰を下ろしながら笑った。

「……手配書?」

「うん、なんか大きな事件の濡れ衣がかけられててね、手配がかかっているみたい。
 ……言うの初めてだっけ」

 こんな風に自分のことを話してくれるのは初めてかも知れなかった。
 何だかくすぐったくて、目を細めて笑う。

「セラフィナさん誘拐とルクセン古城殺人事件の容疑者にはなってそうだよね」

 ちょっと茶化すような口調だが、言っている内容は深刻だった。
 手配の範囲は分からない。もしかしたらコールベル近郊のみの手配かもしれない
し、大陸全土に渡る大がかりなモノかもしれない。確実に手配がかかっているという
わけでもないが、その可能性は非常に大きいように思えた。

 今まで避けてきた話題だっただけに、ライが「しまった」という表情を浮かべ、取
り繕おうと口を開くが、人差し指を口の前に立て、もう片方の手で手招きして囁い
た。

「いいえ、むしろ私が皇女を騙る偽物として手配されているかもしれませんよ?」

 顔を寄せ、小声で囁いたものだから。
 二人とも可笑しくなって、声をあげて笑う。

「はははっ……セラフィナさんも、そういうこと言うんだね」

「ふふっ、変ですか?」

「ちょっとね。今までからじゃ想像付かない」

 ライが大の字になって空を見上げた。

「いい天気だね……こんな時でも気持ちよくお昼寝できないのは残念だよ」

「……そうですね」

 一緒になって空を見上げる。
 ソフィニアで窓から見た時と同じ色の鳥が飛んでいた。なんという名の鳥なのだろ
う。二羽がとても仲睦まじく、楽しそうに飛んでいる。

「あの鳥、この辺りにもいるんですね」

「どうなんだろう、珍しい気もするけど」

 ライが思い切り伸びをするが、小さく「ぃてっ」と呻き、頭を押さえて体を起こし
た。

「~っ、油断すると小石が痛かったりするよね」

 頭頂部付近を撫でながら言う姿が可愛らしくて、思わず吹き出す。
 慌てて口元を隠すが、ライにじとーっと見られて、慌てて誤魔化そうと膝を叩い
た。

「ライさん、ほら、ここにいい枕がありますよ」

 笑顔で言っておきながら、早速後悔。
 人に膝を貸した事なんて一度もないし、一体何をどうしていいのかすらわからな
い。
 笑顔がひきつってきたのが分かったのか、ライは溜め息をついて見せた。

「はぁ~、無理しなくてもいいよ」

 そしてちょっと寂しそうに背中を向ける。

「ああ、もう。お願いライさん、拗ねないで。
 膝を貸してもらったことがあったでしょう? そのお礼。そのお返し。ね?」

「……本当に?」

 まだ疑いの目でライが振り返ったので、コクコクと無言で頷いてみせる。

「わーい!」

 子供のように笑って、ライが頭を預けてきた。
 人の頭は本来かなり重いものなのに、ライの頭の軽さにどきりとする。そしてやは
り暖かくないのだ。普通の人との明確な違いを思い出して、胸が痛んだ。

「こんなの、何年ぶりだろう」

 ライが満面の笑みで呟く。
 頬を撫でる風と柔らかい草の匂いを、彼は凄く楽しんでいるように見えた。……そ
う見えるだけで、本当は匂いの感覚があるのかも知らないのだけれど。
 あんまり気持ちよさそうで、幸せそうで。胸がほっこりと暖かくなるのが分かる。

 ああ、やっぱり好きだ。

 自然と気持ちが落ち着いた単語は、以前に何度も否定し続けてきた言葉だった。
 いつからこの人を好きだったんだろう? もしかしたらずっと前から気付かずにい
ただけなのかもしれない。それとも気付かないようにしていたのか。
 あんまり自分が滑稽で、小さく苦笑する。見上げてきたライが眩しくて、僅かに視
線を逸らした。
 ……自覚すると、こんなに恥ずかしいモノだとは知らなかった。

「足、伸ばしましょうか。あんまり高いと首が痛くなるでしょう?」

「いいよ、このままがいい」

 目をうっとりと閉じたライの顔を、ずっと見ていた。
 このまま、時が止まればいいと思った。幸せな時間のままで、ずっとずっといられ
たら。



 どのくらい、そうしていただろう。ふと顔を上げたとき、地平線のあたりから黒い
馬に乗った黒い服の一行がやってくるのが見えた。身体がびくっと震えるのが分か
る。その反応に、ライは膝から飛び起きた。

「ライ、さん……」

 続く言葉が見つからなかった。
 立ち上がったモノの、足が震えて動けない。

「大丈夫、まだ見つかってないよ。真っ直ぐこっちに向かっていないみたいだ。
 もしかしたら紛らわしいだけの関係ない一行かもしれないしね」

 手を引かれて丘を降りる。馬のところまで来て、もう一度足が止まった。
 北へ向かうには丘の影から出て、一行の前を横切らなくてはならない事に気付いた
のだ。

「サメクへ行くのは後回しかな?」

「……やっぱり、一緒には行けない……」

 ずっと避け続けてきた。ずっと考えすぎだと思うようにしていた。でも

「ライさんの帰るところを奪ってしまうのは、イヤです」

 きっぱり。
 襟元のブローチを握りしめながら、彼を見上げる。

「一人にしないでよ、セラフィナさん……」

 弱々しく笑うライの姿が胸を突く。
 一緒にいたいから、その為にも自分の立場をきちんと清算する必要があるのだ。
 その思いが、身体を突き動かす。

「ライさん、あなたにお話ししていないことがあるんです。
 ……聞いてくれますか?」

「後でいくらでも聞くよ。だから、今は一緒に行こう!
 あいつらは追っ手かもしれない、そうじゃないかもしれない。
 だったら、そうじゃないって分かってからでもいいじゃないか」

 彼は自分から目を逸らすと、馬の手綱を引く。
 聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない。
 背中がそう叫んでいるように見えた。

 一刻を争うかもしれないのに、自分は一体何をやっているんだろう。
 そんな思いが頭をよぎる。

「じゃあ一言だけ。
 おねがい、三つ数える間だけ目を閉じて」

 何でこんなに必死なんだろう。
 何で今じゃなくちゃいけないんだろう。
 でも。どうしても、言っておきたいことがあるから。

「……わかったよ」

 ライが渋々目を閉じた。
 そっと近づき、正面に立つ。

「一」

 彼に触れないようにそっと背伸びをして、

「二」

 唇に触れるか触れないかのところで、囁く。

「好きです」

「!?」

 ライは驚いて手綱から手を離し、目を開いた。どんな表情だったかまでは知らな
い。
 その一瞬の間に、自分は馬上にいたのだ。

「まだ数え終わっていませんよ、ライさん。
 返事は次にあったときに聞きますから、考えておいて下さいね」

 馬上から彼を見下ろす。
 振り返った彼は、眩しそうにこちらを見上げた。

「行っちゃうんだ」

「ええ。帰ってくるために行くんです」

 不思議と、涙は出なかった。
 晴れ晴れとした笑顔で返事をし、馬の鼻先を南へ向けた。

「また、会えるよね」

「信じていれば、会えますよ」

 一番の笑顔を彼に向けて、振り返らず。単身、南へと馬を駆った。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 あれが追っ手だったかどうか、私は知らない。
 一人残された彼が、その後どうしたのかも知らない。
 でも。

「また、会えるよね」

 あの一言で、自分は頑張れる。
 さあ、故国へ戻って、しがらみを置いてこよう。
 笑って、再び再会するために。


  fin.
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2006/11/30 23:53 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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