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2024/05/16 13:29 |
依頼劇/まめ子(葉月瞬)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:まめ子 アダム
場所:ソフィニアの宿屋「クラウンクロウ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 宿屋「クラウンクロウ」の周囲には、何故だか警邏の姿が見受けられた。
 その警邏達を横目に見ながら、アダムは自室の鍵を受け取ると、二階へと続
く階段を駆け上った。
 途中、白布を額に巻きアオザイ服を着用した黒髪の麗しき女拳士とすれ違っ
たようにも思えたが、今のアダムにはじっくり観察している余裕すらなかっ
た。
 205号室というネームプレートのついた鍵を受け取って、部屋に入るアダ
ム。
 部屋に入れば一息つける――と思ったのが甘かった。
 部屋に入り、一息吐こうと扉を後ろ手に閉めた瞬間アダムは目を疑った。
 部屋の中央、ベッドの手前にそこにいてはいけない者が居たのだ。

「なっ!? 何でお前がここに居るんだよっ!」

 心持ち油断できぬ相手を前にして、アダムは怖れを隠そうともせずに大声を
張上げた。素っ頓狂とも言うかもしれないその声は、天井を震わし、壁を通り
抜けて隣の部屋へと抜けて行ったかもしれない。
 宿に戻ったアダムを待ち構えていたのは、喪服のような黒服に身を包んだ、
20代前後の青年であった。“イカレ帽子屋[マッド・ハッター]”の呼び声も
高い、A級仲介屋である。
 この男は鉄面皮の呼び名も高かった。顔の半分はシルクハットに遮られ表情
が判別不能な上に、下半分は真っ赤な口吻[こうふん]を三日月の如く、または
お椀の如く常に笑みの形を崩さないからだ。とある筋によると、彼がその相好
を崩し笑みが消える瞬間というのを目撃したというものが居るらしいが真相は
定かではない。少なくとも、アダムの目前で相好を崩したことは一瞬たりとて
なかった。
 ともかく、マッド・ハッターは変態との異名も持っている程だった。ウェー
ブががかった天然パーマを無造作に肩口に垂らしている髪型といい、肌の色が
常人では考えられない程白過ぎたりと、見た目からして余り進んでお近付きに
はなりたくない人種なのだ。

 その、マッド・ハッターが鍵を掛けて出掛けた筈の宿屋の一室に唐突に存在
しているのだ。アダムでなくとも驚きを隠せないであろう。否、驚きを通り越
して自身の正気すらも疑うであろう。
 アダムも例外ではなかった。自分の目を疑い、次に自分の正気までも疑っ
た。“剣”の声が聞える時点から既に、正気を疑うのに躊躇いはなかった。

「それほど驚かなくとも。窓、開いていましたよ。無用心ですねぇ」
「んなこたぁ、宿屋の主人に言えよ。ってか、窓が開いていたって、鍵を掛け
なかっただけで窓自体はちゃんと閉めて外に出たぞ。それ以前に、此処まで昇
ってくるお前の常識を疑いたいね、俺は」
「常識……ですか。クククッ」

 何がそんなに可笑しいのか、相好を崩さずに笑うその様は不気味としか言い
ようが無かった。

「そ、そんな事より、何の用なんだよっ! 用事があるから無理やり入って来
たんだろう?」

 マッド・ハッターの不気味さに焦って、先を促すアダム。それは直感ではな
く、常識的見地だった。用事が無ければこんな奴とは係わり合いになりたくな
い、暗にそういう意識から出た言葉でもあったが。

「そうでした、そうでした。貴方に頼み事があったのでした。…………ん? 
アダムさん貴方、面白い物を持っていますね」

 直ぐに話を逸らす癖の有るマッド・ハッターは、アダムが握り締めて離そう
にも離せない例の小箱を目敏く目に留め、何か面白い遊びを発見した子供のよ
うな声音で言った。興味津々といった風だ。

「こっ、これは、お前には関係ないものだっ! それより、用事だ! 用
事!」

 触れられたくない腫れ物に触れられてしまったかのように、先を促し続ける
アダム。やはり、マッド・ハッターへの苦手意識は拭いがたいものがあるよう
だ。

『なーにを一人で焦っているんだか』

 シックザールが密やかに溜息をついた。

   ◆◇◆

 マッド・ハッターの用事とは、何の事は無い、いつもと同じ様に依頼を持っ
て来たのだ。
 依頼の内容は、ある貴族とその背景にあるであろう組織を調べろ、と言うも
のだった。
 依頼主は、ル・グラン・マジエ。ここソフィニアでは名門の部類に属するマ
ジエ家の、当主である。何でも王族の魔術指南役を務めているそうで、宮廷魔
術師というやつだそうだ。魔術指南役を務めるようになってから貴族になっ
た、成り上がり者という奴である。かつては魔術学院に属していて、トップク
ラスで卒業したのだそうだ。そういう経緯からか、今でも魔術学院とはなんら
かの関係を保っているようである。

「その依頼人に、会えばいいんだな?」

 アダムが言ったその時、扉の外、廊下側から烈しく踏み鳴らして歩く足音が
響いて来た。
 窓外にはカラスの群れが何処かに群がっている。

「まあ、今夜は出られそうに無いけどな」

 カラスの群れを見て、アダムは諦観[ていかん]のこもった声音で言った。

   ◆◇◆

 そのときわたしは、そとでなにかがおこっているようなよかんにとらわれて
いたの。
 こばこのなかはまっくらでなにもみえないし、なにもわからなかったけれ
ど、そとからきこえてくるおおきいひとたちのはなしごえや、はげしくふみな
らすあしおとからただならぬことがおこっているきがしたのよ。
 わたしにはそとでなにがおこっているのかしるすべはなかったけれど、ただ
ひとついえることはわたしがそとにでるきかいはさきのばしにされそうだとい
うことだけはわかったわ。だって、そとでおこっているそうどうをかいけつし
てからじゃないと、ゆっくりこのこばこをしらべようともおもわないでしょ。
 わたし、あたまがいいから、そのくらいのことはぴんときたわ。
 でも、わたしじしんには、このじょうきょうをどうすることもできないし、
そとのおおきいひとたちにわたしのそんざいをしょうめいすることは何一つで
きないってことははんめいしていたの。
 だからわたしは、ひとまずまつことにしたわ。
 このじょうきょうがだかいされるのを――。
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2006/12/03 22:13 | Comments(0) | TrackBack() | ▲劇(まめ子&アダム&ランディ)

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