PC:アウフタクト ヒュー ジェンソン
Stage: → ヴァルカン周辺
------------------------------------------------------------------------------
母が喜ぶのを見たのは、物心ついてから初めてだった。
ロクな成績も取れず最後の賭けにも失敗して学院を退学になり姿を晦まそうとした俺の元に現れた彼女は、記憶にあるよりもずっと美しかった。確かに年老いて容貌は衰えていた。しかし俺が子供の頃の、明らかに病んでいた神経の片鱗も窺わせず、頬を薔薇色に火照らせ、土色の眸を細めて、鈴のようにころころと笑ってみせる姿は、やはり美しいのだった。
「悪魔を」彼女は言う。聞いたことのない優しい声だった。「喚んだんですって。すごいわ、素質がなければできないことよ」
俺は曖昧に笑って後ずさった。召喚自体は簡単なのだ。公にこそされないが、試みる学生は五年に一度は現れたし、成功事例もその何分の一かはあった。悪魔というものはどうやら彼ら自身が言っているほど人間を嫌ってはいないらしく、喚び出すという段階までなら、案外、簡単だ。
そういったしどろもどろの弁解にも、彼女は態度を変えなかった。まるで子供にするように、俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でながら、ほころぶ笑顔は花ほどにも可憐だった。
「でも、あなたは無事でここにいるじゃない。悪魔を召喚して支配や交渉に失敗した魔術師は、気が狂うか死んでしまうか、或いはもっとおぞましい目に遭うものなのよ」
「運がよかったのでしょう、ある程度は」俺は逃れながら言った。母は聞く耳を持たなかった。
「それだけではないに決まっているわ」いっそ身の危険を感じるほど陽気に彼女は腕を広げ、怯む俺を抱きしめた。ぞっとするほど強い力に俺はようやく、目の前の女が間違いなく俺の知っているあの母だと実感した。
「どうしてこんな急に」「よかった。あなたはちゃんと、わたしとあのひとの血と力を継いでいたのね」母は当たり前のように俺の言葉を遮った。「わたしは不義を疑われ、あなたは無能とあざ笑われてきたけれど。形はどうあれ、どちらも嘘だとあなたはちゃんと証明できるようになったのだわ」
「……あなたは」嫌な予感がした。母と接するときの、慣れ親しんだ感覚。狂気のにおい。「すごいわ。お母さんうれしいわ。ずっと信じていたもの、あなたなら、できるって」
その言葉で俺は確信した。
母は俺ではなく誇りを取り戻しに現れたのだと。
憫れな女だ、と思った。母は古い魔法使いの王の末裔の血脈であると自称していたが、学院で歴史を学べば嘘か妄想の類と知れた。しかし母にはもうそれしかないのだ。そしてそれを奪った実の息子に、さあ宝を返却せよと迫りに来たに違いなかった。本人にはそのつもりもなく、債務者が今まで以上の敗残者に落ちているとも気づかずに。
憫れな女だ――
もう一度だけ、半ば呼びかけるように心のうちで呟きかけ、愕然とした。
前の前で、無邪気な喜びの言葉を重ね続ける老いた女。
己の母たる彼女の名を、何故、俺は知らない?
★ ・ ★ ・ ★ ・ ★
「鉄の船」
アウフタクトは無感動に問い返し、肉叉を皿に置いた。
小さな食堂は、所謂“安くて美味い”という店で、勤め帰りの地元人から、町に慣れた時期の滞在人まで、客層は広い。薄汚れた旅装束のアウフタクトも抵抗もなく受け入れられた。
奥のテーブルにいる、冒険者か傭兵かという若者だけが、さすがに少し浮いて見えた。
「そう、空を飛ぶ鉄の船だよ」
向かいの席で、赤ら顔の男が言った。彼の前には東方酒の透明な瓶が置かれている。空き皿を下げに現れた店員につまみを頼み、どうやらまだ居座るつもりのようだ。
「四日前の夜、隣町から帰ってくる途中の峠で見たのさ。頭の上を横切っていったんだ。あのでかさ、間違いなく船だったね。そうでなけりゃあ竜だ。だが、竜だとしたら、こんな町、もうとっくになくなっちまってるだろ? だからあれは船だ。城かも知れないが、城は動かん」
「……はぁ」
「嘘だと思ってんな? わかってるよ、カカァも娘も、おれの言うことなんざ信じねえんだから。鳥にからかわれたんだろとか馬鹿にしやがる――まあ、飲めよ」
「結構です」
男が酒瓶を持ち上げる。アウフタクトは、まだ半分は水が残っている自分のグラスを遠ざけて守った。相席には当たり外れが大きい。食事刻を避ければよかったのだろうが、歩き詰めで、空腹だったので。
男の言葉は、もう愚痴に変わろうとしていた。「いっそのことあれが本当に竜なら、今頃は大騒ぎだっただろうによ。カカァだってもうおれを疑わないって泣いて謝っただろうに」
「だといいですね」
アウフタクトは視線だけで周囲を見渡し、助けを求めてみた。後ろの席へ料理を運んできた店員が目を逸らす。酔っ払いに気づかれないようこっそりと指差してみると、店員は困ったような笑顔で首を横に振った。ああ、なるほど。いつものことなのか。
「鉄の船なんか呪われちまえばいいんだ。奴のせいでおれはまた嘘つきに――」
「――コロラトゥーラ」
小さく囁く。魔法の鳥はいつも通りに声に応え、姿を現した。店の片隅、天井に近く固定された小さな棚。繁盛祈願の札の横に、一羽の野駒。あの女とおなじ青の目は既に飼い主の意図を了解しているようだった。店内の賑やかさにかき消されるほどかすかな声で、歌うように、鳴く。
「お願いします」
鳥が、ふわりと羽ばたいた。アウフタクトがその翼を眺めているうちに、相席の男の頭が揺れた。喉の奥で潰れるような呻き声を残し、ぐしゃりとテーブルに倒れ伏す。客の一人がこちらを一瞥し、「また潰れちゃったよ」と苦笑した。店員が寄ってきてアウフタクトの皿を下げ、ごめんなさいねと小さく謝った。「いつも潰れるまで飲むの。悪い人ではないのだけど……」
そんな客と相席させないで欲しい。が、ほとんど満席の時に現れた常連の男が、少なくとも無害そうな旅人か或いは奥の戦士風の旅人のどちらとおなじテーブルを選ぶかといえば、恐らく前者だろうが。
「美味しかったです。お勘定を」言いながら見上げれば、鳥は既に姿を消していた。
店を出るとすっかり夜だった。
土のにおいのする湿っぽい風とすれ違い、思わず立ち止まって空を見上げた。真珠のような月が、ひっそりと町を見下ろしている。星は見えず、空全体が灰色に煙っている。雨の気配。深夜には降り始めるだろうか。雨自体は特に好きでも嫌いでもないが、目下の問題は、今夜の寝床がまだ決まっていないということだ。
三日かけて、街道から外れた山道を越えてきた。せっかく町に着いたのだから、路地裏で雨に打たれながら眠るのは勘弁願いたい。
月が翳る。アウフタクトは興味を失い、歩き出す。三十五歩の距離に小さな宿泊所の看板を見つけたが、残念なことに、満室を示す札がかかっていた。肩掛け鞄の紐を直しながら、通りの先へ。
五軒目でようやく、明らかに旅人用ではない店に開き部屋を見つけた。受付の顔が見えないカウンターの上に銅貨を出し、「一人?」という胡乱げな声に「他に寝る場所がないんで」と応える。
「紹介料くれりゃ、いいコ呼んでやるよ」
「あー……結構です。今夜のところは」
受付は「そうかい」と無関心に(しかし、少し残念そうに)鍵を寄越してきた。金属プレートで部屋番号を確認して、灯りの一つもない階段をのぼる。途中で一度躓きかけ、更には、存在しない段に足をかけて転びかけた。防音性など期待できそうにない建物なのに、物音一つ聞こえない。立て付けの悪い扉の隙間から漏れる光もなく、どうやら他には客がないようだ。もう少し遅い時刻になればわからないが、どうせそれまで起きていられないだろう。
自分の部屋の扉を見つけ、鍵を回して中へ入る。扉を閉め、施錠し、念のためにと上から魔術の錠をかけた。
扉の裏で、窓から差し込む弱い光が白く反射した。鏡だろうか。
灯りが必要だ。
「…… 《たとえここが黒墨の領域であろうと、一切の光を拒む則はない》 」
唱え、手を掲げる。ぼんやりと部屋の中空が光を帯びる。照らし出された内装は極めて平凡だった。より粗末なのは値段のせいもあるだろう。が、眠れればいいという最低条件は満たしているので構わない。安全性については、あの鍵を盗賊の類が破るのは無理だ。扉ごと壊されたらもはや笑い話として片付ける。
扉を振り返れば、貼り付けられているのはやはり、錆びた鏡だった。
うすらぼやけた灯りを逆光に、見飽きた男が映っている。明るかろうと暗かろうと重く見える真鍮色の髪。旅で少しそげた頬。金色の眸が、つまらなそうに眠たそうにこちらを見据えている。あと二年で三十歳になる。ひどい有様だ、と思ったが、何がひどいのかは思いつけなかった。普段と違うのはせいぜい三日分の無精髭と、町の外で払いきれなかった旅塵くらいだ。
「……」
静かすぎて、声を出すのが憚られた。自分でも内容の予測がつかない独白は、無声音のため息になって室内に散った。
ぱた、と外から音が聞こえた。そして数秒の間に世界は雨音に覆われた。
間違いなく、今夜は静かに寝られるだろう。屋根さえあれば、雨による擬似的な静寂は心地よいものだ。
考えた途端、鏡のことはどうでもよくなった。
窓際に寄って、毛玉の浮いたカーテンを引く。
眠い。
-----------------------------------------------------------
Stage: → ヴァルカン周辺
------------------------------------------------------------------------------
母が喜ぶのを見たのは、物心ついてから初めてだった。
ロクな成績も取れず最後の賭けにも失敗して学院を退学になり姿を晦まそうとした俺の元に現れた彼女は、記憶にあるよりもずっと美しかった。確かに年老いて容貌は衰えていた。しかし俺が子供の頃の、明らかに病んでいた神経の片鱗も窺わせず、頬を薔薇色に火照らせ、土色の眸を細めて、鈴のようにころころと笑ってみせる姿は、やはり美しいのだった。
「悪魔を」彼女は言う。聞いたことのない優しい声だった。「喚んだんですって。すごいわ、素質がなければできないことよ」
俺は曖昧に笑って後ずさった。召喚自体は簡単なのだ。公にこそされないが、試みる学生は五年に一度は現れたし、成功事例もその何分の一かはあった。悪魔というものはどうやら彼ら自身が言っているほど人間を嫌ってはいないらしく、喚び出すという段階までなら、案外、簡単だ。
そういったしどろもどろの弁解にも、彼女は態度を変えなかった。まるで子供にするように、俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でながら、ほころぶ笑顔は花ほどにも可憐だった。
「でも、あなたは無事でここにいるじゃない。悪魔を召喚して支配や交渉に失敗した魔術師は、気が狂うか死んでしまうか、或いはもっとおぞましい目に遭うものなのよ」
「運がよかったのでしょう、ある程度は」俺は逃れながら言った。母は聞く耳を持たなかった。
「それだけではないに決まっているわ」いっそ身の危険を感じるほど陽気に彼女は腕を広げ、怯む俺を抱きしめた。ぞっとするほど強い力に俺はようやく、目の前の女が間違いなく俺の知っているあの母だと実感した。
「どうしてこんな急に」「よかった。あなたはちゃんと、わたしとあのひとの血と力を継いでいたのね」母は当たり前のように俺の言葉を遮った。「わたしは不義を疑われ、あなたは無能とあざ笑われてきたけれど。形はどうあれ、どちらも嘘だとあなたはちゃんと証明できるようになったのだわ」
「……あなたは」嫌な予感がした。母と接するときの、慣れ親しんだ感覚。狂気のにおい。「すごいわ。お母さんうれしいわ。ずっと信じていたもの、あなたなら、できるって」
その言葉で俺は確信した。
母は俺ではなく誇りを取り戻しに現れたのだと。
憫れな女だ、と思った。母は古い魔法使いの王の末裔の血脈であると自称していたが、学院で歴史を学べば嘘か妄想の類と知れた。しかし母にはもうそれしかないのだ。そしてそれを奪った実の息子に、さあ宝を返却せよと迫りに来たに違いなかった。本人にはそのつもりもなく、債務者が今まで以上の敗残者に落ちているとも気づかずに。
憫れな女だ――
もう一度だけ、半ば呼びかけるように心のうちで呟きかけ、愕然とした。
前の前で、無邪気な喜びの言葉を重ね続ける老いた女。
己の母たる彼女の名を、何故、俺は知らない?
★ ・ ★ ・ ★ ・ ★
「鉄の船」
アウフタクトは無感動に問い返し、肉叉を皿に置いた。
小さな食堂は、所謂“安くて美味い”という店で、勤め帰りの地元人から、町に慣れた時期の滞在人まで、客層は広い。薄汚れた旅装束のアウフタクトも抵抗もなく受け入れられた。
奥のテーブルにいる、冒険者か傭兵かという若者だけが、さすがに少し浮いて見えた。
「そう、空を飛ぶ鉄の船だよ」
向かいの席で、赤ら顔の男が言った。彼の前には東方酒の透明な瓶が置かれている。空き皿を下げに現れた店員につまみを頼み、どうやらまだ居座るつもりのようだ。
「四日前の夜、隣町から帰ってくる途中の峠で見たのさ。頭の上を横切っていったんだ。あのでかさ、間違いなく船だったね。そうでなけりゃあ竜だ。だが、竜だとしたら、こんな町、もうとっくになくなっちまってるだろ? だからあれは船だ。城かも知れないが、城は動かん」
「……はぁ」
「嘘だと思ってんな? わかってるよ、カカァも娘も、おれの言うことなんざ信じねえんだから。鳥にからかわれたんだろとか馬鹿にしやがる――まあ、飲めよ」
「結構です」
男が酒瓶を持ち上げる。アウフタクトは、まだ半分は水が残っている自分のグラスを遠ざけて守った。相席には当たり外れが大きい。食事刻を避ければよかったのだろうが、歩き詰めで、空腹だったので。
男の言葉は、もう愚痴に変わろうとしていた。「いっそのことあれが本当に竜なら、今頃は大騒ぎだっただろうによ。カカァだってもうおれを疑わないって泣いて謝っただろうに」
「だといいですね」
アウフタクトは視線だけで周囲を見渡し、助けを求めてみた。後ろの席へ料理を運んできた店員が目を逸らす。酔っ払いに気づかれないようこっそりと指差してみると、店員は困ったような笑顔で首を横に振った。ああ、なるほど。いつものことなのか。
「鉄の船なんか呪われちまえばいいんだ。奴のせいでおれはまた嘘つきに――」
「――コロラトゥーラ」
小さく囁く。魔法の鳥はいつも通りに声に応え、姿を現した。店の片隅、天井に近く固定された小さな棚。繁盛祈願の札の横に、一羽の野駒。あの女とおなじ青の目は既に飼い主の意図を了解しているようだった。店内の賑やかさにかき消されるほどかすかな声で、歌うように、鳴く。
「お願いします」
鳥が、ふわりと羽ばたいた。アウフタクトがその翼を眺めているうちに、相席の男の頭が揺れた。喉の奥で潰れるような呻き声を残し、ぐしゃりとテーブルに倒れ伏す。客の一人がこちらを一瞥し、「また潰れちゃったよ」と苦笑した。店員が寄ってきてアウフタクトの皿を下げ、ごめんなさいねと小さく謝った。「いつも潰れるまで飲むの。悪い人ではないのだけど……」
そんな客と相席させないで欲しい。が、ほとんど満席の時に現れた常連の男が、少なくとも無害そうな旅人か或いは奥の戦士風の旅人のどちらとおなじテーブルを選ぶかといえば、恐らく前者だろうが。
「美味しかったです。お勘定を」言いながら見上げれば、鳥は既に姿を消していた。
店を出るとすっかり夜だった。
土のにおいのする湿っぽい風とすれ違い、思わず立ち止まって空を見上げた。真珠のような月が、ひっそりと町を見下ろしている。星は見えず、空全体が灰色に煙っている。雨の気配。深夜には降り始めるだろうか。雨自体は特に好きでも嫌いでもないが、目下の問題は、今夜の寝床がまだ決まっていないということだ。
三日かけて、街道から外れた山道を越えてきた。せっかく町に着いたのだから、路地裏で雨に打たれながら眠るのは勘弁願いたい。
月が翳る。アウフタクトは興味を失い、歩き出す。三十五歩の距離に小さな宿泊所の看板を見つけたが、残念なことに、満室を示す札がかかっていた。肩掛け鞄の紐を直しながら、通りの先へ。
五軒目でようやく、明らかに旅人用ではない店に開き部屋を見つけた。受付の顔が見えないカウンターの上に銅貨を出し、「一人?」という胡乱げな声に「他に寝る場所がないんで」と応える。
「紹介料くれりゃ、いいコ呼んでやるよ」
「あー……結構です。今夜のところは」
受付は「そうかい」と無関心に(しかし、少し残念そうに)鍵を寄越してきた。金属プレートで部屋番号を確認して、灯りの一つもない階段をのぼる。途中で一度躓きかけ、更には、存在しない段に足をかけて転びかけた。防音性など期待できそうにない建物なのに、物音一つ聞こえない。立て付けの悪い扉の隙間から漏れる光もなく、どうやら他には客がないようだ。もう少し遅い時刻になればわからないが、どうせそれまで起きていられないだろう。
自分の部屋の扉を見つけ、鍵を回して中へ入る。扉を閉め、施錠し、念のためにと上から魔術の錠をかけた。
扉の裏で、窓から差し込む弱い光が白く反射した。鏡だろうか。
灯りが必要だ。
「…… 《たとえここが黒墨の領域であろうと、一切の光を拒む則はない》 」
唱え、手を掲げる。ぼんやりと部屋の中空が光を帯びる。照らし出された内装は極めて平凡だった。より粗末なのは値段のせいもあるだろう。が、眠れればいいという最低条件は満たしているので構わない。安全性については、あの鍵を盗賊の類が破るのは無理だ。扉ごと壊されたらもはや笑い話として片付ける。
扉を振り返れば、貼り付けられているのはやはり、錆びた鏡だった。
うすらぼやけた灯りを逆光に、見飽きた男が映っている。明るかろうと暗かろうと重く見える真鍮色の髪。旅で少しそげた頬。金色の眸が、つまらなそうに眠たそうにこちらを見据えている。あと二年で三十歳になる。ひどい有様だ、と思ったが、何がひどいのかは思いつけなかった。普段と違うのはせいぜい三日分の無精髭と、町の外で払いきれなかった旅塵くらいだ。
「……」
静かすぎて、声を出すのが憚られた。自分でも内容の予測がつかない独白は、無声音のため息になって室内に散った。
ぱた、と外から音が聞こえた。そして数秒の間に世界は雨音に覆われた。
間違いなく、今夜は静かに寝られるだろう。屋根さえあれば、雨による擬似的な静寂は心地よいものだ。
考えた途端、鏡のことはどうでもよくなった。
窓際に寄って、毛玉の浮いたカーテンを引く。
眠い。
-----------------------------------------------------------
PR
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・馬車の御者・馬車の主(?)
場所:クーロンより南下へと続く街道
―――――――――――――――
「やはり大丈夫だ、それとも何かね…フレアは私がそんなに老いていると言いたいのかね?」
普段ならば、こんな自嘲めいた皮肉も余裕綽綽で放つのがリノという男性だったが、今度ばかりはそれさえなく、あまつさえ鬼気迫る面持ちでそう迫ってくる。
「い、いや!そんなことない!そんな風には…」
「ならば何も問題ない、先に進もう」
そう言ってリノは身を翻してすたすたと先に歩いて行ってしまった。
フレアは隣であくびを連発するマレの頭を撫でながら、困ったように溜息をついた。
****
クーロンから南にのびる街道。人が横に並んで四人通れるか通れないかぐらいの通りには名前さえなかったが、行きかう人々は意外に多く、久しぶりの小春日和のかいもあってか、すれ違う人々には笑顔が浮かんでいた。
そんな大都市から各地の小都市へつながる街道の中で、困ったように肩をすくめ、表情を暗くしている少女が一人。
もう少しクーロンで体を休めよう、といった極めて正論を持ちかけたフレアに、壮年の騎士は悪魔からの誘惑をはねのけるような頑なさで彼女の案を拒否した。
『そう酷いものじゃない。もう充分休んだのだし、何より手がかりが見つかったのだ。すぐにでも発とう』
…リノはどうやら己の不覚、また弱点などを露呈すると意固地になる傾向があるようで、自分から打ち明けたわりにはどうしてか頑ななまでに休息を拒否している。へんなところで子供っぽい、とフレアは思ったのだが、もちろん目の前の本人には黙っている。むしろ、この男にもこんな一面があったのかと思うとくすりと笑いたいところだった。
が、現状はくすりどころの話ではなく、リノの歩き方は明らかに乱れていて、おまけに痛みをこらえているためか、その様は戦場で重傷をおっても戦い続けようとする兵士そのものである。すれ違う人々がリノの気迫に恐れおののき街道端へ身を引いて行く。目の前をずんずんと先行していってしまう困った問題に、フレアが頭を抱えた次の瞬間だった。
リノの肩に蝶が一匹、ふわりと飛んできた。諸国を渡り歩いてきたフレアでも馴染みのない色合いの、珍しい蝶だった。全体が銀色で、羽をはためかせるたびに青い残像が視界に残る。青い残像は魔力のようにも見えたが、その蝶から害意や悪意はみじんも感じない。魔力をもつ虫は大陸にもそこそこ存在しているし、そういう虫を専門にあつかう職業もあるらしい。
きれいな蝶だな、とフレアが何気なく見つめていると、いつの間にか隣にいたはずのマレがきらきらした瞳で、
「!」
大きくジャンプし、
「…って待ったマレーーー!!」
フレアの静止も遅く、飛魚のように跳ねたマレの影にリノが振り返る。瞬間、騎士の顔は恐怖と驚愕にすり替わる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
…無論、これがトドメだったことは言うまでもなく。まるで魂を玉砕されたかの如き絶叫が、陽光きらめく街道に響き渡ったのである。
その惨劇の最中、銀色の蝶はまるで我関せずとばかりに呑気に空へ飛んでいた。
****
意識が明確になると同時に訪れた激痛で、リノは瞳を開いた。
街道に差し掛かる斜陽は綺麗な緋色で、空は一面の夕焼け模様に変わっていた。名もなき街道に差す夕焼けの光は辺りを紅く染め上げ、そのあまりの強さに目が眩みそうなほどだった。痛みのせいで状況把握がままならない、とにかく見えるのは、大きな木立の葉と夕焼け雲。
「リノ…!?気がついたか!」
自分が街道よりやや外れた野原の、一本の木の根元で寝かされていることに気がついたリノは、フレアの声に身を起こそうとして、痛みのあまりにうめいた。
「動いちゃだめだ、やっぱりきちんと治療したほうがいい」
フレアが心底心配そうにリノの傍らに膝をつく。どこかそれを悔しげに、歯軋りさえ響かせてリノは眉根を歪めた。
「…すまん、まったくもって情けない。まさか私が人事不祥に陥るなどとは…悪魔団長ベルスモンドと対峙した時さえ、こんな体たらくは起こさなかったというに…!!」
ちなみに、そんなリノのプライドをずたずたにした悪魔はというと、リノの気絶中にフレアに散々怒られてデコピンまでくらったせいか、赤くなった額を押さえながらしゅーんと尻尾を垂れてリノの隣にうずくまっていた。
「でも、どうしようかな…クーロンまでどうやって戻ろうか?」
フレアは途方にくれた様子で周囲を見渡している。
街道に、あれほどいた人々はもういない。夜の往来は危険だからだ。それも街の外となればなおさらで、夜盗や盗賊の襲来にそなえて皆、街に入ったか各々安全な場所ですでに夜をすごす場所をきめてしまったに違いない。
フレア一人ではリノを担いでクーロンまで戻ることなどできない。マレに目くばせしてみても、マレは首を傾げるばかり。そもそもいくら悪魔といえどマレの腕はフレアよりもなお細くて、とてもじゃないがリノを運ぶことなどできないだろう。
と、フレアが窮地に困っていると、街とは反対方向から馬車がやってくるのが見えた。
「マレ、リノを頼んだよ」
フレアはマレにリノの傍にいるようにと念を押して(言葉は通じないが、意味合いは通じたようだ)二人の傍から離れて馬車に近づいて行った。
****
「すみません!」
フレアは馬車の馬の手綱を奮っている黒衣の御者に声をかけた。馬車は遠めから見た印象よりもかなり大きく見えた。珍しいことに六人乗りなのか、窓がついた扉が三つ横に並んでいた。色は黒に近いグリーンで、森の中にはいれば溶け込んで見えなくなってしまうだろう。馬の色も馬車と同じで、ただ金色の瞳だけが不思議な威圧感を放っていた。手綱をとる御者の顔は帽子で見えず、馬車と同じ色の服装もあいまって、まるで馬車の一部のようだ。
「…………」
馬の手綱を引く従者はフレアの声にぴくりとも反応しなかった。声が届かなかったかと、フレアはもう一度声を上げようとして、
「こんばんわ、こんな黄昏時にどうかなさいましたか?」
馬車の窓の中から響く鈴の音のような美声に、意識を一瞬で奪われてしまった。
「さあ、ご用件は何かしら?」
美声はフレアを再度促した。しばらくぼーっと突っ立っていたことに気がついたフレアは、慌てて窓の中にいるであろう美声の主に話しかけた。
「あの、仲間が腰を痛めて動けなくなってしまったんだ。街へ行くなら一緒に乗せてくれないだろうか?」
「それは大変ね、でもどうしましょう。私達は街へ行くわけではないのよ」
「この時間に、どこへ?」
相手が嘘をついているとは思わなかったが、フレアは思わず聞き返してしまった。ここから街までは歩いて二時間ほど、街以外にめぼしい場所はなく、そんな中を馬車が通っていれば夜盗の格好の餌食だろう。
「私、羽根を痛めてしまったの。ですから怪我や痛みに聞くと評判の湯屋へ向かう途中でしてよ」
羽根、と聞いた時点でフレアは首を傾げたが、言葉の後半を聞いて思わず即答してしまった。
「そこでいい!」
そこで己の勢いにはっと気が付き、もう一度丁寧な口調で相手の返答をうかがった。
「その、一緒に乗せて行ってもらえないだろうか…?」
「構わなくてよ、人のお嬢さん。せっかく私達と出会うことができたのですから、貴女がそう望むなら連れて行って差し上げますわ」
窓の中の美声は、なぜかはしゃぐようにフレアの嘆願をあっさり聞き届けた。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
NPC:リノツェロス・馬車の御者・馬車の主(?)
場所:クーロンより南下へと続く街道
―――――――――――――――
「やはり大丈夫だ、それとも何かね…フレアは私がそんなに老いていると言いたいのかね?」
普段ならば、こんな自嘲めいた皮肉も余裕綽綽で放つのがリノという男性だったが、今度ばかりはそれさえなく、あまつさえ鬼気迫る面持ちでそう迫ってくる。
「い、いや!そんなことない!そんな風には…」
「ならば何も問題ない、先に進もう」
そう言ってリノは身を翻してすたすたと先に歩いて行ってしまった。
フレアは隣であくびを連発するマレの頭を撫でながら、困ったように溜息をついた。
****
クーロンから南にのびる街道。人が横に並んで四人通れるか通れないかぐらいの通りには名前さえなかったが、行きかう人々は意外に多く、久しぶりの小春日和のかいもあってか、すれ違う人々には笑顔が浮かんでいた。
そんな大都市から各地の小都市へつながる街道の中で、困ったように肩をすくめ、表情を暗くしている少女が一人。
もう少しクーロンで体を休めよう、といった極めて正論を持ちかけたフレアに、壮年の騎士は悪魔からの誘惑をはねのけるような頑なさで彼女の案を拒否した。
『そう酷いものじゃない。もう充分休んだのだし、何より手がかりが見つかったのだ。すぐにでも発とう』
…リノはどうやら己の不覚、また弱点などを露呈すると意固地になる傾向があるようで、自分から打ち明けたわりにはどうしてか頑ななまでに休息を拒否している。へんなところで子供っぽい、とフレアは思ったのだが、もちろん目の前の本人には黙っている。むしろ、この男にもこんな一面があったのかと思うとくすりと笑いたいところだった。
が、現状はくすりどころの話ではなく、リノの歩き方は明らかに乱れていて、おまけに痛みをこらえているためか、その様は戦場で重傷をおっても戦い続けようとする兵士そのものである。すれ違う人々がリノの気迫に恐れおののき街道端へ身を引いて行く。目の前をずんずんと先行していってしまう困った問題に、フレアが頭を抱えた次の瞬間だった。
リノの肩に蝶が一匹、ふわりと飛んできた。諸国を渡り歩いてきたフレアでも馴染みのない色合いの、珍しい蝶だった。全体が銀色で、羽をはためかせるたびに青い残像が視界に残る。青い残像は魔力のようにも見えたが、その蝶から害意や悪意はみじんも感じない。魔力をもつ虫は大陸にもそこそこ存在しているし、そういう虫を専門にあつかう職業もあるらしい。
きれいな蝶だな、とフレアが何気なく見つめていると、いつの間にか隣にいたはずのマレがきらきらした瞳で、
「!」
大きくジャンプし、
「…って待ったマレーーー!!」
フレアの静止も遅く、飛魚のように跳ねたマレの影にリノが振り返る。瞬間、騎士の顔は恐怖と驚愕にすり替わる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
…無論、これがトドメだったことは言うまでもなく。まるで魂を玉砕されたかの如き絶叫が、陽光きらめく街道に響き渡ったのである。
その惨劇の最中、銀色の蝶はまるで我関せずとばかりに呑気に空へ飛んでいた。
****
意識が明確になると同時に訪れた激痛で、リノは瞳を開いた。
街道に差し掛かる斜陽は綺麗な緋色で、空は一面の夕焼け模様に変わっていた。名もなき街道に差す夕焼けの光は辺りを紅く染め上げ、そのあまりの強さに目が眩みそうなほどだった。痛みのせいで状況把握がままならない、とにかく見えるのは、大きな木立の葉と夕焼け雲。
「リノ…!?気がついたか!」
自分が街道よりやや外れた野原の、一本の木の根元で寝かされていることに気がついたリノは、フレアの声に身を起こそうとして、痛みのあまりにうめいた。
「動いちゃだめだ、やっぱりきちんと治療したほうがいい」
フレアが心底心配そうにリノの傍らに膝をつく。どこかそれを悔しげに、歯軋りさえ響かせてリノは眉根を歪めた。
「…すまん、まったくもって情けない。まさか私が人事不祥に陥るなどとは…悪魔団長ベルスモンドと対峙した時さえ、こんな体たらくは起こさなかったというに…!!」
ちなみに、そんなリノのプライドをずたずたにした悪魔はというと、リノの気絶中にフレアに散々怒られてデコピンまでくらったせいか、赤くなった額を押さえながらしゅーんと尻尾を垂れてリノの隣にうずくまっていた。
「でも、どうしようかな…クーロンまでどうやって戻ろうか?」
フレアは途方にくれた様子で周囲を見渡している。
街道に、あれほどいた人々はもういない。夜の往来は危険だからだ。それも街の外となればなおさらで、夜盗や盗賊の襲来にそなえて皆、街に入ったか各々安全な場所ですでに夜をすごす場所をきめてしまったに違いない。
フレア一人ではリノを担いでクーロンまで戻ることなどできない。マレに目くばせしてみても、マレは首を傾げるばかり。そもそもいくら悪魔といえどマレの腕はフレアよりもなお細くて、とてもじゃないがリノを運ぶことなどできないだろう。
と、フレアが窮地に困っていると、街とは反対方向から馬車がやってくるのが見えた。
「マレ、リノを頼んだよ」
フレアはマレにリノの傍にいるようにと念を押して(言葉は通じないが、意味合いは通じたようだ)二人の傍から離れて馬車に近づいて行った。
****
「すみません!」
フレアは馬車の馬の手綱を奮っている黒衣の御者に声をかけた。馬車は遠めから見た印象よりもかなり大きく見えた。珍しいことに六人乗りなのか、窓がついた扉が三つ横に並んでいた。色は黒に近いグリーンで、森の中にはいれば溶け込んで見えなくなってしまうだろう。馬の色も馬車と同じで、ただ金色の瞳だけが不思議な威圧感を放っていた。手綱をとる御者の顔は帽子で見えず、馬車と同じ色の服装もあいまって、まるで馬車の一部のようだ。
「…………」
馬の手綱を引く従者はフレアの声にぴくりとも反応しなかった。声が届かなかったかと、フレアはもう一度声を上げようとして、
「こんばんわ、こんな黄昏時にどうかなさいましたか?」
馬車の窓の中から響く鈴の音のような美声に、意識を一瞬で奪われてしまった。
「さあ、ご用件は何かしら?」
美声はフレアを再度促した。しばらくぼーっと突っ立っていたことに気がついたフレアは、慌てて窓の中にいるであろう美声の主に話しかけた。
「あの、仲間が腰を痛めて動けなくなってしまったんだ。街へ行くなら一緒に乗せてくれないだろうか?」
「それは大変ね、でもどうしましょう。私達は街へ行くわけではないのよ」
「この時間に、どこへ?」
相手が嘘をついているとは思わなかったが、フレアは思わず聞き返してしまった。ここから街までは歩いて二時間ほど、街以外にめぼしい場所はなく、そんな中を馬車が通っていれば夜盗の格好の餌食だろう。
「私、羽根を痛めてしまったの。ですから怪我や痛みに聞くと評判の湯屋へ向かう途中でしてよ」
羽根、と聞いた時点でフレアは首を傾げたが、言葉の後半を聞いて思わず即答してしまった。
「そこでいい!」
そこで己の勢いにはっと気が付き、もう一度丁寧な口調で相手の返答をうかがった。
「その、一緒に乗せて行ってもらえないだろうか…?」
「構わなくてよ、人のお嬢さん。せっかく私達と出会うことができたのですから、貴女がそう望むなら連れて行って差し上げますわ」
窓の中の美声は、なぜかはしゃぐようにフレアの嘆願をあっさり聞き届けた。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
キャスト:アルト オルレアン
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
--------------------------------------------------------------------------
崩れた城の断面に手をひっかけ、次にその腕を紐状に変化させ緩やかに落ちる。ちょうどアルトの前まで降り立ったオルレアン。腕を巻き戻しながら顔を付きあわせるなり、じとっとした目つきでアルトに問いかけた。
「なんかアナタって猛烈にモテてるけど、あなた一体何なの?」
「…………」
エルフは無言。オルレアンはまぁ正体がわかったところで、事態の解決策になるわけではないと思いなおし、別のことを口にする。
「…ま、どっちにしろ善いモンじゃなさそうなことは確かね。あいつらに好かれるなんて同情するわ」
「…とにかく、攻撃しようにもあのままじゃ近づいても触手が邪魔して宝石に攻撃が当たらないし、近づいただけで踏み潰されますよ」
現実的な問題を口にするエルフに、オルレアンも頷いた。
「そうね、とりあえず図体とめて触手が出るのを抑えるってところかしら?ところでアナタ、弓とか的当てとか得意なほう?」
「はい?」
質問の意図が読めずに、エルフはこちらを怪訝そうに見た。
「動きを止めるだけならできるかもしれないんだけど…宝石壊すまでは、私はきっと無理ね。だからアナタに一撃必殺をお願いしたいんだけど」
少し考える様子を見せるエルフ。
「……不得手、ではないほうです。だけど、手持ちの武器であれが壊せるか保障できません」
「死ぬ気で投げればなんとかなるわよ、ていうかここで死んだらこいつらの仲間になるわよ」
それは嫌だ、とばかりに表情を歪めるエルフ。オルレアンも頷きながら、
「アナタはあいつの正面に出て。きっとあいつは突っ込んでくるから、私が後ろから動きを止めてみるわ。…正直、出来ても長く持つ保障はできないから早めに狙って頂戴ね」
無理難題を突きつけられたエルフは眉根をしかめた。
「ここで死ぬわけにはいかないのよ、あなたがここで死んで行方知れずになったら困る人だっているでしょ?」
「…そうでしょうか?」
エルフが呟いた答えは、どこか寂しげだった。オルレアンにはエルフの付き合いなどわからなかったけれど、
「あなた、どうせ独り身じゃないんでしょ?連れがいるって顔してるもの……でしょ?」
そう言って、身を翻す。怪物の後方に回り込むにはエルフとは反対の通路を使うため、次に会うときは倒した時か、死んだ時かもしれないな、と思いながら。
____________________________________________________________________________
怪物の前、崩れた城の最上階の通路にぽつんと細い影が立つ。
怪物に瞳はなかったが、どういう器官かで彼を見つけるとおぞましい音を立てながら這いずりよっていく。ぶちぶちと肉が引き裂かれるような異音を発しながら、体中を震わせて小さな体に向かう。
その姿はおぞましくも滑稽で、見ていると嫌悪と同時に哀れみがこみ上げてくる。
自身に比べてあまりにも小さなものにすがり付こうとする巨体を真後ろから眺めて、オルレアンはぽつりと呟いた。
「やめときなさいな、死人や化物をこれ以上増やしてどうするのよ」
呟きながら、右腕をすっとあげた。突き出した右腕が黒く変色し、ぱらぱらと紐状にほどける。紐状に解けた腕は蛇のように、宙に立ち上がり鎌首をもたげるような仕草をした。人体を構成する容量まで攻撃に回すと、命の危険がある。まさに起死回生でしか行えない、一か八かの捨て身の攻撃。
「…明日、間に合うかな」
明日は娘がいる学び舎で、保護者や監察官をを呼んで、普段の様子を確認できる行事がある。実態はそんな微笑ましいものではなく、国によって隔離された特別な、あるいは異常な子供達の育成状況の把握にほかならない。子供達はそういう暗い部分をうすうす感じながらも、それでも親や他人と会える数少ない機会を喜んでいる。
こんなところで死ぬわけにはいかない、何せ娘のためだ。
娘にこの生涯を捧げると誓った時点で、この命はもう自分のものではない。何がなんでも帰らねば、とオルレアンは決意も新たに、右腕の全てに目標を指示する。
巨大な怪物に穿つのは、鏃のイメージをもって。放たれる矢のように、黒い右腕が巨体に向かってほとばしる。
オルレアンの右腕は、怪物の身体に一本の矢のように突き刺さった。そのまま怪物の表面を覆いつくすような青い光の根が、怪物の身体を駆け巡り、怪物の歩みを止める。細く網のように広がった根は、怪物の身体を締め付けながら、同胞であるはずの彼らを食べ始めた。
怪物の絶叫。
同じような咆哮を、かつてのこの城で聞いた気がしてオルレアンは強く瞼を瞑った。
____________________________________________________________________________
彼らを精霊と名づけた魔女は馬鹿なんじゃないだろうかとオルレアンは思う。
かつて魔女の城にいたのは数にして300体はいた。外に被害を出さずに軍隊が打ち勝てたのは、城に突入した時点でその総体数が既に100体を大幅に下回っていたからにすぎない。彼らは城の中の人間を喰い尽したあと、餌を求めて最後は同胞同士で食い争っていたのだ。
オルレアンの人造精霊は、生き残るための共食いに夢中になるあまり、自我さえ失って、ただ食べるだけのモノに成り下がった。
魔女はなぜ教えなかったのか。そんなの生きているとは言えないというのに、そんな、ただ「食べる」だけの現象は命とは呼べないというのに。
どうして誰も問いたださなかったのか、死にたくないと叫ぶ彼らに「どうして死にたくないの?」と。その目的さえ思い出せれば、人造精霊はきっと命を持てると思うのに。オルレアンは目を開いて、憐憫を込めて同胞の巨体を見上げた。だけど目の前の怪物にはもうそれは叶わない。死んだ者に命は宿らない、命がないのにこの世に残っているものはただの残骸だ。
____________________________________________________________________________
怪物の身体を冒すように、青い血管が輝き始める。オルレアンの人造精霊が怪物の体の表面を、まるで木の根のように這い回る。歩みは、怪物の悶絶する絶叫が始まったとたんに止まったが、体中から生えた触手のような大小様々な手は、オルレアンの人造精霊を掻き毟るように引き千切り始めた。オルレアンの右腕から凄まじい激痛が伝わり、痛みのあまりオルレアンの膝が折れる。
「っ……もうちょっと優しくしなさいよ…!!」
かくんと下半身が沈む。それでも必死に右腕の連結に意識を注ぐ。今、怪物の身体を押さえつけている人造精霊は、オルレアンの体の内部を構築していたものを使っている。すでに足の筋肉や骨に擬態していた彼らを使ったことで、オルレアンの足は足としての機能を司れなくなって崩れていく。
連結した右腕を手繰るように、赤黒い触手がオルレアンへ向かってきた。誘うような黒い手は、むしろ優しげにオルレアンの肩をさすり、首を掴んでじわじわと食い込んでいく。
(取り込む気だ…!)
取り込まれる、と本能が警告する。とっさに体の主要な臓器以外の「容量」を全部防御につぎ込む。右腕以外の四肢はほつれた紐のように崩れ、四肢の感覚や触覚がぶつりと切れてなくなった。右腕に集結したオルレアンの人造精霊は、青い光を放ちながら無数の蝶に分裂して、腕という腕に喰らいつく。
その間にも、怪物の本体を根のように締め付けていた僅かな戒めが次々と破られていた。あまりの苦痛にオルレアンの意識が白くなりかけたその瞬間。
怪物が大きく身体を震わせた。
後姿しか見れないオルレアンだったが、きっとあのエルフがうまくやってくれたのだろうと思い、安堵した瞬間気を失った。
____________________________________________________________________________
ようやく終りが見えてきました。てか終わりを見えさせました、副題は「賽は投げられた」です。
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
--------------------------------------------------------------------------
崩れた城の断面に手をひっかけ、次にその腕を紐状に変化させ緩やかに落ちる。ちょうどアルトの前まで降り立ったオルレアン。腕を巻き戻しながら顔を付きあわせるなり、じとっとした目つきでアルトに問いかけた。
「なんかアナタって猛烈にモテてるけど、あなた一体何なの?」
「…………」
エルフは無言。オルレアンはまぁ正体がわかったところで、事態の解決策になるわけではないと思いなおし、別のことを口にする。
「…ま、どっちにしろ善いモンじゃなさそうなことは確かね。あいつらに好かれるなんて同情するわ」
「…とにかく、攻撃しようにもあのままじゃ近づいても触手が邪魔して宝石に攻撃が当たらないし、近づいただけで踏み潰されますよ」
現実的な問題を口にするエルフに、オルレアンも頷いた。
「そうね、とりあえず図体とめて触手が出るのを抑えるってところかしら?ところでアナタ、弓とか的当てとか得意なほう?」
「はい?」
質問の意図が読めずに、エルフはこちらを怪訝そうに見た。
「動きを止めるだけならできるかもしれないんだけど…宝石壊すまでは、私はきっと無理ね。だからアナタに一撃必殺をお願いしたいんだけど」
少し考える様子を見せるエルフ。
「……不得手、ではないほうです。だけど、手持ちの武器であれが壊せるか保障できません」
「死ぬ気で投げればなんとかなるわよ、ていうかここで死んだらこいつらの仲間になるわよ」
それは嫌だ、とばかりに表情を歪めるエルフ。オルレアンも頷きながら、
「アナタはあいつの正面に出て。きっとあいつは突っ込んでくるから、私が後ろから動きを止めてみるわ。…正直、出来ても長く持つ保障はできないから早めに狙って頂戴ね」
無理難題を突きつけられたエルフは眉根をしかめた。
「ここで死ぬわけにはいかないのよ、あなたがここで死んで行方知れずになったら困る人だっているでしょ?」
「…そうでしょうか?」
エルフが呟いた答えは、どこか寂しげだった。オルレアンにはエルフの付き合いなどわからなかったけれど、
「あなた、どうせ独り身じゃないんでしょ?連れがいるって顔してるもの……でしょ?」
そう言って、身を翻す。怪物の後方に回り込むにはエルフとは反対の通路を使うため、次に会うときは倒した時か、死んだ時かもしれないな、と思いながら。
____________________________________________________________________________
怪物の前、崩れた城の最上階の通路にぽつんと細い影が立つ。
怪物に瞳はなかったが、どういう器官かで彼を見つけるとおぞましい音を立てながら這いずりよっていく。ぶちぶちと肉が引き裂かれるような異音を発しながら、体中を震わせて小さな体に向かう。
その姿はおぞましくも滑稽で、見ていると嫌悪と同時に哀れみがこみ上げてくる。
自身に比べてあまりにも小さなものにすがり付こうとする巨体を真後ろから眺めて、オルレアンはぽつりと呟いた。
「やめときなさいな、死人や化物をこれ以上増やしてどうするのよ」
呟きながら、右腕をすっとあげた。突き出した右腕が黒く変色し、ぱらぱらと紐状にほどける。紐状に解けた腕は蛇のように、宙に立ち上がり鎌首をもたげるような仕草をした。人体を構成する容量まで攻撃に回すと、命の危険がある。まさに起死回生でしか行えない、一か八かの捨て身の攻撃。
「…明日、間に合うかな」
明日は娘がいる学び舎で、保護者や監察官をを呼んで、普段の様子を確認できる行事がある。実態はそんな微笑ましいものではなく、国によって隔離された特別な、あるいは異常な子供達の育成状況の把握にほかならない。子供達はそういう暗い部分をうすうす感じながらも、それでも親や他人と会える数少ない機会を喜んでいる。
こんなところで死ぬわけにはいかない、何せ娘のためだ。
娘にこの生涯を捧げると誓った時点で、この命はもう自分のものではない。何がなんでも帰らねば、とオルレアンは決意も新たに、右腕の全てに目標を指示する。
巨大な怪物に穿つのは、鏃のイメージをもって。放たれる矢のように、黒い右腕が巨体に向かってほとばしる。
オルレアンの右腕は、怪物の身体に一本の矢のように突き刺さった。そのまま怪物の表面を覆いつくすような青い光の根が、怪物の身体を駆け巡り、怪物の歩みを止める。細く網のように広がった根は、怪物の身体を締め付けながら、同胞であるはずの彼らを食べ始めた。
怪物の絶叫。
同じような咆哮を、かつてのこの城で聞いた気がしてオルレアンは強く瞼を瞑った。
____________________________________________________________________________
彼らを精霊と名づけた魔女は馬鹿なんじゃないだろうかとオルレアンは思う。
かつて魔女の城にいたのは数にして300体はいた。外に被害を出さずに軍隊が打ち勝てたのは、城に突入した時点でその総体数が既に100体を大幅に下回っていたからにすぎない。彼らは城の中の人間を喰い尽したあと、餌を求めて最後は同胞同士で食い争っていたのだ。
オルレアンの人造精霊は、生き残るための共食いに夢中になるあまり、自我さえ失って、ただ食べるだけのモノに成り下がった。
魔女はなぜ教えなかったのか。そんなの生きているとは言えないというのに、そんな、ただ「食べる」だけの現象は命とは呼べないというのに。
どうして誰も問いたださなかったのか、死にたくないと叫ぶ彼らに「どうして死にたくないの?」と。その目的さえ思い出せれば、人造精霊はきっと命を持てると思うのに。オルレアンは目を開いて、憐憫を込めて同胞の巨体を見上げた。だけど目の前の怪物にはもうそれは叶わない。死んだ者に命は宿らない、命がないのにこの世に残っているものはただの残骸だ。
____________________________________________________________________________
怪物の身体を冒すように、青い血管が輝き始める。オルレアンの人造精霊が怪物の体の表面を、まるで木の根のように這い回る。歩みは、怪物の悶絶する絶叫が始まったとたんに止まったが、体中から生えた触手のような大小様々な手は、オルレアンの人造精霊を掻き毟るように引き千切り始めた。オルレアンの右腕から凄まじい激痛が伝わり、痛みのあまりオルレアンの膝が折れる。
「っ……もうちょっと優しくしなさいよ…!!」
かくんと下半身が沈む。それでも必死に右腕の連結に意識を注ぐ。今、怪物の身体を押さえつけている人造精霊は、オルレアンの体の内部を構築していたものを使っている。すでに足の筋肉や骨に擬態していた彼らを使ったことで、オルレアンの足は足としての機能を司れなくなって崩れていく。
連結した右腕を手繰るように、赤黒い触手がオルレアンへ向かってきた。誘うような黒い手は、むしろ優しげにオルレアンの肩をさすり、首を掴んでじわじわと食い込んでいく。
(取り込む気だ…!)
取り込まれる、と本能が警告する。とっさに体の主要な臓器以外の「容量」を全部防御につぎ込む。右腕以外の四肢はほつれた紐のように崩れ、四肢の感覚や触覚がぶつりと切れてなくなった。右腕に集結したオルレアンの人造精霊は、青い光を放ちながら無数の蝶に分裂して、腕という腕に喰らいつく。
その間にも、怪物の本体を根のように締め付けていた僅かな戒めが次々と破られていた。あまりの苦痛にオルレアンの意識が白くなりかけたその瞬間。
怪物が大きく身体を震わせた。
後姿しか見れないオルレアンだったが、きっとあのエルフがうまくやってくれたのだろうと思い、安堵した瞬間気を失った。
____________________________________________________________________________
ようやく終りが見えてきました。てか終わりを見えさせました、副題は「賽は投げられた」です。
※これは、夢御伽の続きです。
第一話 探し人
××××××××××××××××××××××××××××
PC:礫 ラルフ・ウェバー
NPC:メイ 朧月の店主
場所:ポポル~ポポル近郊遺跡
××××××××××××××××××××××××××××
「……なぜ、そのことを知っている?」
朧月の店主は訝しげに聞いてきた。
数瞬、礫は瞬きし、躊躇いがちに言った。
「ガリュウ・ソーンさんから聞きました」
そう答えるしかない。ガリュウの千里眼を信じるのだ。ガリュウと親交を深めている朧月の店主はその一言で理解したように一つ頷くと、重たい口を開いた。
「……そうか。それならば信用するがね。…………困り事というのはね、ある遺跡にある男が一人で行ってしまったんだ。そこへ行って、その男を探し出してきて欲しいんだ。――私にはどうしてもあいつを止めることが出来なかった。あいつはいつだって無茶ばかりする。だから、私が止めなくてはいけなかったのに――」
涙が一滴店主の頬を伝った。その素振りから、非常に後悔しているようである。そんなに危険な場所に行ったのか、と訊ねてみれば、付近の遺跡でも指折りの危険地帯だと返ってきた。どうしてそんな危険な場所に行ったのかと問うても、首を横に振るばかり。解らないというのだ。ただ、どうしても行かなければならない、一人ででも行く、と言い張っていたそうだ。巌の意思を感じてそれ以上は止められなかったという。
「僕に任せてください。僕が連れて帰ってきます」
礫は、無意識のうちに言葉を紡いでいた。礫の性格がそうさせるのだろう、他人の力になりたい、他人を助けたいと意識が動くのだ。確かな自信などない。今まで依頼をこなしてこれた、自身の実績と力を信じるのみだ。
酒場を出て大通りを東の方角へ歩を進める。目指す遺跡の有る方角だ。その遺跡はこの地域に住んでいる者達から、太陽の遺跡と呼ばれている。太陽の昇る方角にあるからだそうだ。大規模な遺跡で、未探査部分もかなり残っているという。礫は胸が躍るのを抑えきれずに、足早になっていった。
「ねぇ、れっきー……」
「ん? 何? メイちゃん」
歩きながら、突然話しかけてきたメイに顔を向ける。ややひきつり気味の笑顔は、今は歩くことに集中したいからだ。それでも笑顔を忘れないのはメイへの愛ゆえだ。
「あんなに簡単に引き受けちゃって良かったの?」
「でも、そうしないとガリュウさんが僕達の頼みごとを聞いてくれなかったからさ」
ガリュウのせいにしてみる。しかし、遺跡と聞いて胸が躍った事実は隠したままだ。しょうがないじゃん、と肩を竦めてみせる。メイはそれで納得してくれたようだ。本当に素直でいい子だ。礫は愛おしそうにメイを見詰める。歩みはそのままで。
やがて、町の出入り口に辿り着く。町を出たところで礫は地図を広げた。先ほど酒場の主人が遺跡までの道順を記してくれた地図だ。地図通りに行くと、半日もかからないところに遺跡はあった。だが、場所は近いが遺跡の深度は深く、一度潜り込んだら一週間や二週間では戻って来れないという。さらに魔物が住み着いているのだ。町の者達は、町に魔物が侵入しないように遺跡の付近に結界を張ってあるという。ある種の呪言を唱えないと遺跡の中に入れないようになっている。
陽が傾いてきた午後の日差しを遮るように、木々が生い茂っている。翡翠色を濃くしたような、灰色に近付いたような緑色が地面の茶色と相まって暗い印象を受ける。急がないと、と礫は歩をより一層早めた。急がないと夜になってしまう。夜になれば魔物が活発に活動する。そうなれば少し厄介な仕事になってしまう。魔物は油断できない。どのような攻撃をしてくるか解らないからだ。人間だったら対処もできよう。だが、魔物は。
礫の意識が途中で途切れたのは、メイに話しかけられたからではない。目的の遺跡が見えてきたからだ。
遺跡に近付くと、入り口の目の前で写生をしている男が居た。髪は銀髪で短く切りそろえられている。後姿なので顔は判らない。年は、若い。二十代後半といったところか。礫は徐に男に近付いていった。あ、あのう、すみません。ためらいがちに声を掛けてみる。男が振り向いたとき、妖精を肩に乗せた自分を見てどう思うだろう。不安が胸の中で膨らんでいく。なんだい? 軽やかに男が振り向いた。
男の容姿は端的に言って盗賊然としていた。まず目に付くのは、その細身のシルバーフレームの眼鏡だ。おそらく異界流出品だろう。身長は百八十はあろうか。少なくとも礫よりは背が高いことは確かだ。その長身に見合った黒のハイネックのースリーブを着、足の長さを誇示するように黒の細身のパンツをはいている。腰には濃灰色の帆布製のチョークバッグと、ナイフホルダーを装着していた。動きやすさを一番に考えた、盗賊らしいスタイルだ。
以外にも男は驚愕の素振りを見せなかった。妖精を肩に乗せた礫を見てもなんとも思わなかったのだろう。普通に接してきている。その事実が礫にとっては意外だった。
あのう、ここに人は通りませんでしたか? 礫の問いかけに、男は答えた。
「ああ、その男なら知ってますよ。さっき入って行きました」
屈託のない笑顔でさらりと言った。
「何故、止めなかったんですか! 危険な場所なんですよ!」
礫の怒声に、
「そんなに危険なのですか?」
とぼけた顔で訊いてきた。この男は、知らない。この遺跡の、否、遺跡そのものの怖さを。迷宮と化している遺跡の広大さ、魔物が徘徊している危険極まりない地帯。遺跡とは本来そういう場所なのだ。観光地化が進んだ遺跡は元来ほとんど探査が終わっている、いわば危険を排除した状態にされているのだ。そういう遺跡にはえてして宝物など転がっていない、冒険者にとっては魅力のない存在と化しているのだ。
未探査の遺跡の前で写生をしていたこの男が、果たして冒険者なのか観光者なのか。そのどちらなのか見極める必要はありそうだ。先ほどのとぼけた言葉から察するに、この遺跡そのものを脅威とは見なしていないようだ。しかし、もし観光者ならば無知ゆえの過ちとも思える。
礫は男に挑むように睨み付けた。
××××××××××××××××××××××××××××××