キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・馬車の御者・馬車の主(?)
場所:クーロンより南下へと続く街道
―――――――――――――――
「やはり大丈夫だ、それとも何かね…フレアは私がそんなに老いていると言いたいのかね?」
普段ならば、こんな自嘲めいた皮肉も余裕綽綽で放つのがリノという男性だったが、今度ばかりはそれさえなく、あまつさえ鬼気迫る面持ちでそう迫ってくる。
「い、いや!そんなことない!そんな風には…」
「ならば何も問題ない、先に進もう」
そう言ってリノは身を翻してすたすたと先に歩いて行ってしまった。
フレアは隣であくびを連発するマレの頭を撫でながら、困ったように溜息をついた。
****
クーロンから南にのびる街道。人が横に並んで四人通れるか通れないかぐらいの通りには名前さえなかったが、行きかう人々は意外に多く、久しぶりの小春日和のかいもあってか、すれ違う人々には笑顔が浮かんでいた。
そんな大都市から各地の小都市へつながる街道の中で、困ったように肩をすくめ、表情を暗くしている少女が一人。
もう少しクーロンで体を休めよう、といった極めて正論を持ちかけたフレアに、壮年の騎士は悪魔からの誘惑をはねのけるような頑なさで彼女の案を拒否した。
『そう酷いものじゃない。もう充分休んだのだし、何より手がかりが見つかったのだ。すぐにでも発とう』
…リノはどうやら己の不覚、また弱点などを露呈すると意固地になる傾向があるようで、自分から打ち明けたわりにはどうしてか頑ななまでに休息を拒否している。へんなところで子供っぽい、とフレアは思ったのだが、もちろん目の前の本人には黙っている。むしろ、この男にもこんな一面があったのかと思うとくすりと笑いたいところだった。
が、現状はくすりどころの話ではなく、リノの歩き方は明らかに乱れていて、おまけに痛みをこらえているためか、その様は戦場で重傷をおっても戦い続けようとする兵士そのものである。すれ違う人々がリノの気迫に恐れおののき街道端へ身を引いて行く。目の前をずんずんと先行していってしまう困った問題に、フレアが頭を抱えた次の瞬間だった。
リノの肩に蝶が一匹、ふわりと飛んできた。諸国を渡り歩いてきたフレアでも馴染みのない色合いの、珍しい蝶だった。全体が銀色で、羽をはためかせるたびに青い残像が視界に残る。青い残像は魔力のようにも見えたが、その蝶から害意や悪意はみじんも感じない。魔力をもつ虫は大陸にもそこそこ存在しているし、そういう虫を専門にあつかう職業もあるらしい。
きれいな蝶だな、とフレアが何気なく見つめていると、いつの間にか隣にいたはずのマレがきらきらした瞳で、
「!」
大きくジャンプし、
「…って待ったマレーーー!!」
フレアの静止も遅く、飛魚のように跳ねたマレの影にリノが振り返る。瞬間、騎士の顔は恐怖と驚愕にすり替わる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
…無論、これがトドメだったことは言うまでもなく。まるで魂を玉砕されたかの如き絶叫が、陽光きらめく街道に響き渡ったのである。
その惨劇の最中、銀色の蝶はまるで我関せずとばかりに呑気に空へ飛んでいた。
****
意識が明確になると同時に訪れた激痛で、リノは瞳を開いた。
街道に差し掛かる斜陽は綺麗な緋色で、空は一面の夕焼け模様に変わっていた。名もなき街道に差す夕焼けの光は辺りを紅く染め上げ、そのあまりの強さに目が眩みそうなほどだった。痛みのせいで状況把握がままならない、とにかく見えるのは、大きな木立の葉と夕焼け雲。
「リノ…!?気がついたか!」
自分が街道よりやや外れた野原の、一本の木の根元で寝かされていることに気がついたリノは、フレアの声に身を起こそうとして、痛みのあまりにうめいた。
「動いちゃだめだ、やっぱりきちんと治療したほうがいい」
フレアが心底心配そうにリノの傍らに膝をつく。どこかそれを悔しげに、歯軋りさえ響かせてリノは眉根を歪めた。
「…すまん、まったくもって情けない。まさか私が人事不祥に陥るなどとは…悪魔団長ベルスモンドと対峙した時さえ、こんな体たらくは起こさなかったというに…!!」
ちなみに、そんなリノのプライドをずたずたにした悪魔はというと、リノの気絶中にフレアに散々怒られてデコピンまでくらったせいか、赤くなった額を押さえながらしゅーんと尻尾を垂れてリノの隣にうずくまっていた。
「でも、どうしようかな…クーロンまでどうやって戻ろうか?」
フレアは途方にくれた様子で周囲を見渡している。
街道に、あれほどいた人々はもういない。夜の往来は危険だからだ。それも街の外となればなおさらで、夜盗や盗賊の襲来にそなえて皆、街に入ったか各々安全な場所ですでに夜をすごす場所をきめてしまったに違いない。
フレア一人ではリノを担いでクーロンまで戻ることなどできない。マレに目くばせしてみても、マレは首を傾げるばかり。そもそもいくら悪魔といえどマレの腕はフレアよりもなお細くて、とてもじゃないがリノを運ぶことなどできないだろう。
と、フレアが窮地に困っていると、街とは反対方向から馬車がやってくるのが見えた。
「マレ、リノを頼んだよ」
フレアはマレにリノの傍にいるようにと念を押して(言葉は通じないが、意味合いは通じたようだ)二人の傍から離れて馬車に近づいて行った。
****
「すみません!」
フレアは馬車の馬の手綱を奮っている黒衣の御者に声をかけた。馬車は遠めから見た印象よりもかなり大きく見えた。珍しいことに六人乗りなのか、窓がついた扉が三つ横に並んでいた。色は黒に近いグリーンで、森の中にはいれば溶け込んで見えなくなってしまうだろう。馬の色も馬車と同じで、ただ金色の瞳だけが不思議な威圧感を放っていた。手綱をとる御者の顔は帽子で見えず、馬車と同じ色の服装もあいまって、まるで馬車の一部のようだ。
「…………」
馬の手綱を引く従者はフレアの声にぴくりとも反応しなかった。声が届かなかったかと、フレアはもう一度声を上げようとして、
「こんばんわ、こんな黄昏時にどうかなさいましたか?」
馬車の窓の中から響く鈴の音のような美声に、意識を一瞬で奪われてしまった。
「さあ、ご用件は何かしら?」
美声はフレアを再度促した。しばらくぼーっと突っ立っていたことに気がついたフレアは、慌てて窓の中にいるであろう美声の主に話しかけた。
「あの、仲間が腰を痛めて動けなくなってしまったんだ。街へ行くなら一緒に乗せてくれないだろうか?」
「それは大変ね、でもどうしましょう。私達は街へ行くわけではないのよ」
「この時間に、どこへ?」
相手が嘘をついているとは思わなかったが、フレアは思わず聞き返してしまった。ここから街までは歩いて二時間ほど、街以外にめぼしい場所はなく、そんな中を馬車が通っていれば夜盗の格好の餌食だろう。
「私、羽根を痛めてしまったの。ですから怪我や痛みに聞くと評判の湯屋へ向かう途中でしてよ」
羽根、と聞いた時点でフレアは首を傾げたが、言葉の後半を聞いて思わず即答してしまった。
「そこでいい!」
そこで己の勢いにはっと気が付き、もう一度丁寧な口調で相手の返答をうかがった。
「その、一緒に乗せて行ってもらえないだろうか…?」
「構わなくてよ、人のお嬢さん。せっかく私達と出会うことができたのですから、貴女がそう望むなら連れて行って差し上げますわ」
窓の中の美声は、なぜかはしゃぐようにフレアの嘆願をあっさり聞き届けた。
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NPC:リノツェロス・馬車の御者・馬車の主(?)
場所:クーロンより南下へと続く街道
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「やはり大丈夫だ、それとも何かね…フレアは私がそんなに老いていると言いたいのかね?」
普段ならば、こんな自嘲めいた皮肉も余裕綽綽で放つのがリノという男性だったが、今度ばかりはそれさえなく、あまつさえ鬼気迫る面持ちでそう迫ってくる。
「い、いや!そんなことない!そんな風には…」
「ならば何も問題ない、先に進もう」
そう言ってリノは身を翻してすたすたと先に歩いて行ってしまった。
フレアは隣であくびを連発するマレの頭を撫でながら、困ったように溜息をついた。
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クーロンから南にのびる街道。人が横に並んで四人通れるか通れないかぐらいの通りには名前さえなかったが、行きかう人々は意外に多く、久しぶりの小春日和のかいもあってか、すれ違う人々には笑顔が浮かんでいた。
そんな大都市から各地の小都市へつながる街道の中で、困ったように肩をすくめ、表情を暗くしている少女が一人。
もう少しクーロンで体を休めよう、といった極めて正論を持ちかけたフレアに、壮年の騎士は悪魔からの誘惑をはねのけるような頑なさで彼女の案を拒否した。
『そう酷いものじゃない。もう充分休んだのだし、何より手がかりが見つかったのだ。すぐにでも発とう』
…リノはどうやら己の不覚、また弱点などを露呈すると意固地になる傾向があるようで、自分から打ち明けたわりにはどうしてか頑ななまでに休息を拒否している。へんなところで子供っぽい、とフレアは思ったのだが、もちろん目の前の本人には黙っている。むしろ、この男にもこんな一面があったのかと思うとくすりと笑いたいところだった。
が、現状はくすりどころの話ではなく、リノの歩き方は明らかに乱れていて、おまけに痛みをこらえているためか、その様は戦場で重傷をおっても戦い続けようとする兵士そのものである。すれ違う人々がリノの気迫に恐れおののき街道端へ身を引いて行く。目の前をずんずんと先行していってしまう困った問題に、フレアが頭を抱えた次の瞬間だった。
リノの肩に蝶が一匹、ふわりと飛んできた。諸国を渡り歩いてきたフレアでも馴染みのない色合いの、珍しい蝶だった。全体が銀色で、羽をはためかせるたびに青い残像が視界に残る。青い残像は魔力のようにも見えたが、その蝶から害意や悪意はみじんも感じない。魔力をもつ虫は大陸にもそこそこ存在しているし、そういう虫を専門にあつかう職業もあるらしい。
きれいな蝶だな、とフレアが何気なく見つめていると、いつの間にか隣にいたはずのマレがきらきらした瞳で、
「!」
大きくジャンプし、
「…って待ったマレーーー!!」
フレアの静止も遅く、飛魚のように跳ねたマレの影にリノが振り返る。瞬間、騎士の顔は恐怖と驚愕にすり替わる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
…無論、これがトドメだったことは言うまでもなく。まるで魂を玉砕されたかの如き絶叫が、陽光きらめく街道に響き渡ったのである。
その惨劇の最中、銀色の蝶はまるで我関せずとばかりに呑気に空へ飛んでいた。
****
意識が明確になると同時に訪れた激痛で、リノは瞳を開いた。
街道に差し掛かる斜陽は綺麗な緋色で、空は一面の夕焼け模様に変わっていた。名もなき街道に差す夕焼けの光は辺りを紅く染め上げ、そのあまりの強さに目が眩みそうなほどだった。痛みのせいで状況把握がままならない、とにかく見えるのは、大きな木立の葉と夕焼け雲。
「リノ…!?気がついたか!」
自分が街道よりやや外れた野原の、一本の木の根元で寝かされていることに気がついたリノは、フレアの声に身を起こそうとして、痛みのあまりにうめいた。
「動いちゃだめだ、やっぱりきちんと治療したほうがいい」
フレアが心底心配そうにリノの傍らに膝をつく。どこかそれを悔しげに、歯軋りさえ響かせてリノは眉根を歪めた。
「…すまん、まったくもって情けない。まさか私が人事不祥に陥るなどとは…悪魔団長ベルスモンドと対峙した時さえ、こんな体たらくは起こさなかったというに…!!」
ちなみに、そんなリノのプライドをずたずたにした悪魔はというと、リノの気絶中にフレアに散々怒られてデコピンまでくらったせいか、赤くなった額を押さえながらしゅーんと尻尾を垂れてリノの隣にうずくまっていた。
「でも、どうしようかな…クーロンまでどうやって戻ろうか?」
フレアは途方にくれた様子で周囲を見渡している。
街道に、あれほどいた人々はもういない。夜の往来は危険だからだ。それも街の外となればなおさらで、夜盗や盗賊の襲来にそなえて皆、街に入ったか各々安全な場所ですでに夜をすごす場所をきめてしまったに違いない。
フレア一人ではリノを担いでクーロンまで戻ることなどできない。マレに目くばせしてみても、マレは首を傾げるばかり。そもそもいくら悪魔といえどマレの腕はフレアよりもなお細くて、とてもじゃないがリノを運ぶことなどできないだろう。
と、フレアが窮地に困っていると、街とは反対方向から馬車がやってくるのが見えた。
「マレ、リノを頼んだよ」
フレアはマレにリノの傍にいるようにと念を押して(言葉は通じないが、意味合いは通じたようだ)二人の傍から離れて馬車に近づいて行った。
****
「すみません!」
フレアは馬車の馬の手綱を奮っている黒衣の御者に声をかけた。馬車は遠めから見た印象よりもかなり大きく見えた。珍しいことに六人乗りなのか、窓がついた扉が三つ横に並んでいた。色は黒に近いグリーンで、森の中にはいれば溶け込んで見えなくなってしまうだろう。馬の色も馬車と同じで、ただ金色の瞳だけが不思議な威圧感を放っていた。手綱をとる御者の顔は帽子で見えず、馬車と同じ色の服装もあいまって、まるで馬車の一部のようだ。
「…………」
馬の手綱を引く従者はフレアの声にぴくりとも反応しなかった。声が届かなかったかと、フレアはもう一度声を上げようとして、
「こんばんわ、こんな黄昏時にどうかなさいましたか?」
馬車の窓の中から響く鈴の音のような美声に、意識を一瞬で奪われてしまった。
「さあ、ご用件は何かしら?」
美声はフレアを再度促した。しばらくぼーっと突っ立っていたことに気がついたフレアは、慌てて窓の中にいるであろう美声の主に話しかけた。
「あの、仲間が腰を痛めて動けなくなってしまったんだ。街へ行くなら一緒に乗せてくれないだろうか?」
「それは大変ね、でもどうしましょう。私達は街へ行くわけではないのよ」
「この時間に、どこへ?」
相手が嘘をついているとは思わなかったが、フレアは思わず聞き返してしまった。ここから街までは歩いて二時間ほど、街以外にめぼしい場所はなく、そんな中を馬車が通っていれば夜盗の格好の餌食だろう。
「私、羽根を痛めてしまったの。ですから怪我や痛みに聞くと評判の湯屋へ向かう途中でしてよ」
羽根、と聞いた時点でフレアは首を傾げたが、言葉の後半を聞いて思わず即答してしまった。
「そこでいい!」
そこで己の勢いにはっと気が付き、もう一度丁寧な口調で相手の返答をうかがった。
「その、一緒に乗せて行ってもらえないだろうか…?」
「構わなくてよ、人のお嬢さん。せっかく私達と出会うことができたのですから、貴女がそう望むなら連れて行って差し上げますわ」
窓の中の美声は、なぜかはしゃぐようにフレアの嘆願をあっさり聞き届けた。
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