キャスト:アルト オルレアン
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
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崩れた城の断面に手をひっかけ、次にその腕を紐状に変化させ緩やかに落ちる。ちょうどアルトの前まで降り立ったオルレアン。腕を巻き戻しながら顔を付きあわせるなり、じとっとした目つきでアルトに問いかけた。
「なんかアナタって猛烈にモテてるけど、あなた一体何なの?」
「…………」
エルフは無言。オルレアンはまぁ正体がわかったところで、事態の解決策になるわけではないと思いなおし、別のことを口にする。
「…ま、どっちにしろ善いモンじゃなさそうなことは確かね。あいつらに好かれるなんて同情するわ」
「…とにかく、攻撃しようにもあのままじゃ近づいても触手が邪魔して宝石に攻撃が当たらないし、近づいただけで踏み潰されますよ」
現実的な問題を口にするエルフに、オルレアンも頷いた。
「そうね、とりあえず図体とめて触手が出るのを抑えるってところかしら?ところでアナタ、弓とか的当てとか得意なほう?」
「はい?」
質問の意図が読めずに、エルフはこちらを怪訝そうに見た。
「動きを止めるだけならできるかもしれないんだけど…宝石壊すまでは、私はきっと無理ね。だからアナタに一撃必殺をお願いしたいんだけど」
少し考える様子を見せるエルフ。
「……不得手、ではないほうです。だけど、手持ちの武器であれが壊せるか保障できません」
「死ぬ気で投げればなんとかなるわよ、ていうかここで死んだらこいつらの仲間になるわよ」
それは嫌だ、とばかりに表情を歪めるエルフ。オルレアンも頷きながら、
「アナタはあいつの正面に出て。きっとあいつは突っ込んでくるから、私が後ろから動きを止めてみるわ。…正直、出来ても長く持つ保障はできないから早めに狙って頂戴ね」
無理難題を突きつけられたエルフは眉根をしかめた。
「ここで死ぬわけにはいかないのよ、あなたがここで死んで行方知れずになったら困る人だっているでしょ?」
「…そうでしょうか?」
エルフが呟いた答えは、どこか寂しげだった。オルレアンにはエルフの付き合いなどわからなかったけれど、
「あなた、どうせ独り身じゃないんでしょ?連れがいるって顔してるもの……でしょ?」
そう言って、身を翻す。怪物の後方に回り込むにはエルフとは反対の通路を使うため、次に会うときは倒した時か、死んだ時かもしれないな、と思いながら。
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怪物の前、崩れた城の最上階の通路にぽつんと細い影が立つ。
怪物に瞳はなかったが、どういう器官かで彼を見つけるとおぞましい音を立てながら這いずりよっていく。ぶちぶちと肉が引き裂かれるような異音を発しながら、体中を震わせて小さな体に向かう。
その姿はおぞましくも滑稽で、見ていると嫌悪と同時に哀れみがこみ上げてくる。
自身に比べてあまりにも小さなものにすがり付こうとする巨体を真後ろから眺めて、オルレアンはぽつりと呟いた。
「やめときなさいな、死人や化物をこれ以上増やしてどうするのよ」
呟きながら、右腕をすっとあげた。突き出した右腕が黒く変色し、ぱらぱらと紐状にほどける。紐状に解けた腕は蛇のように、宙に立ち上がり鎌首をもたげるような仕草をした。人体を構成する容量まで攻撃に回すと、命の危険がある。まさに起死回生でしか行えない、一か八かの捨て身の攻撃。
「…明日、間に合うかな」
明日は娘がいる学び舎で、保護者や監察官をを呼んで、普段の様子を確認できる行事がある。実態はそんな微笑ましいものではなく、国によって隔離された特別な、あるいは異常な子供達の育成状況の把握にほかならない。子供達はそういう暗い部分をうすうす感じながらも、それでも親や他人と会える数少ない機会を喜んでいる。
こんなところで死ぬわけにはいかない、何せ娘のためだ。
娘にこの生涯を捧げると誓った時点で、この命はもう自分のものではない。何がなんでも帰らねば、とオルレアンは決意も新たに、右腕の全てに目標を指示する。
巨大な怪物に穿つのは、鏃のイメージをもって。放たれる矢のように、黒い右腕が巨体に向かってほとばしる。
オルレアンの右腕は、怪物の身体に一本の矢のように突き刺さった。そのまま怪物の表面を覆いつくすような青い光の根が、怪物の身体を駆け巡り、怪物の歩みを止める。細く網のように広がった根は、怪物の身体を締め付けながら、同胞であるはずの彼らを食べ始めた。
怪物の絶叫。
同じような咆哮を、かつてのこの城で聞いた気がしてオルレアンは強く瞼を瞑った。
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彼らを精霊と名づけた魔女は馬鹿なんじゃないだろうかとオルレアンは思う。
かつて魔女の城にいたのは数にして300体はいた。外に被害を出さずに軍隊が打ち勝てたのは、城に突入した時点でその総体数が既に100体を大幅に下回っていたからにすぎない。彼らは城の中の人間を喰い尽したあと、餌を求めて最後は同胞同士で食い争っていたのだ。
オルレアンの人造精霊は、生き残るための共食いに夢中になるあまり、自我さえ失って、ただ食べるだけのモノに成り下がった。
魔女はなぜ教えなかったのか。そんなの生きているとは言えないというのに、そんな、ただ「食べる」だけの現象は命とは呼べないというのに。
どうして誰も問いたださなかったのか、死にたくないと叫ぶ彼らに「どうして死にたくないの?」と。その目的さえ思い出せれば、人造精霊はきっと命を持てると思うのに。オルレアンは目を開いて、憐憫を込めて同胞の巨体を見上げた。だけど目の前の怪物にはもうそれは叶わない。死んだ者に命は宿らない、命がないのにこの世に残っているものはただの残骸だ。
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怪物の身体を冒すように、青い血管が輝き始める。オルレアンの人造精霊が怪物の体の表面を、まるで木の根のように這い回る。歩みは、怪物の悶絶する絶叫が始まったとたんに止まったが、体中から生えた触手のような大小様々な手は、オルレアンの人造精霊を掻き毟るように引き千切り始めた。オルレアンの右腕から凄まじい激痛が伝わり、痛みのあまりオルレアンの膝が折れる。
「っ……もうちょっと優しくしなさいよ…!!」
かくんと下半身が沈む。それでも必死に右腕の連結に意識を注ぐ。今、怪物の身体を押さえつけている人造精霊は、オルレアンの体の内部を構築していたものを使っている。すでに足の筋肉や骨に擬態していた彼らを使ったことで、オルレアンの足は足としての機能を司れなくなって崩れていく。
連結した右腕を手繰るように、赤黒い触手がオルレアンへ向かってきた。誘うような黒い手は、むしろ優しげにオルレアンの肩をさすり、首を掴んでじわじわと食い込んでいく。
(取り込む気だ…!)
取り込まれる、と本能が警告する。とっさに体の主要な臓器以外の「容量」を全部防御につぎ込む。右腕以外の四肢はほつれた紐のように崩れ、四肢の感覚や触覚がぶつりと切れてなくなった。右腕に集結したオルレアンの人造精霊は、青い光を放ちながら無数の蝶に分裂して、腕という腕に喰らいつく。
その間にも、怪物の本体を根のように締め付けていた僅かな戒めが次々と破られていた。あまりの苦痛にオルレアンの意識が白くなりかけたその瞬間。
怪物が大きく身体を震わせた。
後姿しか見れないオルレアンだったが、きっとあのエルフがうまくやってくれたのだろうと思い、安堵した瞬間気を失った。
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ようやく終りが見えてきました。てか終わりを見えさせました、副題は「賽は投げられた」です。
場所:正統エディウス・イズフェルミア禁区
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崩れた城の断面に手をひっかけ、次にその腕を紐状に変化させ緩やかに落ちる。ちょうどアルトの前まで降り立ったオルレアン。腕を巻き戻しながら顔を付きあわせるなり、じとっとした目つきでアルトに問いかけた。
「なんかアナタって猛烈にモテてるけど、あなた一体何なの?」
「…………」
エルフは無言。オルレアンはまぁ正体がわかったところで、事態の解決策になるわけではないと思いなおし、別のことを口にする。
「…ま、どっちにしろ善いモンじゃなさそうなことは確かね。あいつらに好かれるなんて同情するわ」
「…とにかく、攻撃しようにもあのままじゃ近づいても触手が邪魔して宝石に攻撃が当たらないし、近づいただけで踏み潰されますよ」
現実的な問題を口にするエルフに、オルレアンも頷いた。
「そうね、とりあえず図体とめて触手が出るのを抑えるってところかしら?ところでアナタ、弓とか的当てとか得意なほう?」
「はい?」
質問の意図が読めずに、エルフはこちらを怪訝そうに見た。
「動きを止めるだけならできるかもしれないんだけど…宝石壊すまでは、私はきっと無理ね。だからアナタに一撃必殺をお願いしたいんだけど」
少し考える様子を見せるエルフ。
「……不得手、ではないほうです。だけど、手持ちの武器であれが壊せるか保障できません」
「死ぬ気で投げればなんとかなるわよ、ていうかここで死んだらこいつらの仲間になるわよ」
それは嫌だ、とばかりに表情を歪めるエルフ。オルレアンも頷きながら、
「アナタはあいつの正面に出て。きっとあいつは突っ込んでくるから、私が後ろから動きを止めてみるわ。…正直、出来ても長く持つ保障はできないから早めに狙って頂戴ね」
無理難題を突きつけられたエルフは眉根をしかめた。
「ここで死ぬわけにはいかないのよ、あなたがここで死んで行方知れずになったら困る人だっているでしょ?」
「…そうでしょうか?」
エルフが呟いた答えは、どこか寂しげだった。オルレアンにはエルフの付き合いなどわからなかったけれど、
「あなた、どうせ独り身じゃないんでしょ?連れがいるって顔してるもの……でしょ?」
そう言って、身を翻す。怪物の後方に回り込むにはエルフとは反対の通路を使うため、次に会うときは倒した時か、死んだ時かもしれないな、と思いながら。
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怪物の前、崩れた城の最上階の通路にぽつんと細い影が立つ。
怪物に瞳はなかったが、どういう器官かで彼を見つけるとおぞましい音を立てながら這いずりよっていく。ぶちぶちと肉が引き裂かれるような異音を発しながら、体中を震わせて小さな体に向かう。
その姿はおぞましくも滑稽で、見ていると嫌悪と同時に哀れみがこみ上げてくる。
自身に比べてあまりにも小さなものにすがり付こうとする巨体を真後ろから眺めて、オルレアンはぽつりと呟いた。
「やめときなさいな、死人や化物をこれ以上増やしてどうするのよ」
呟きながら、右腕をすっとあげた。突き出した右腕が黒く変色し、ぱらぱらと紐状にほどける。紐状に解けた腕は蛇のように、宙に立ち上がり鎌首をもたげるような仕草をした。人体を構成する容量まで攻撃に回すと、命の危険がある。まさに起死回生でしか行えない、一か八かの捨て身の攻撃。
「…明日、間に合うかな」
明日は娘がいる学び舎で、保護者や監察官をを呼んで、普段の様子を確認できる行事がある。実態はそんな微笑ましいものではなく、国によって隔離された特別な、あるいは異常な子供達の育成状況の把握にほかならない。子供達はそういう暗い部分をうすうす感じながらも、それでも親や他人と会える数少ない機会を喜んでいる。
こんなところで死ぬわけにはいかない、何せ娘のためだ。
娘にこの生涯を捧げると誓った時点で、この命はもう自分のものではない。何がなんでも帰らねば、とオルレアンは決意も新たに、右腕の全てに目標を指示する。
巨大な怪物に穿つのは、鏃のイメージをもって。放たれる矢のように、黒い右腕が巨体に向かってほとばしる。
オルレアンの右腕は、怪物の身体に一本の矢のように突き刺さった。そのまま怪物の表面を覆いつくすような青い光の根が、怪物の身体を駆け巡り、怪物の歩みを止める。細く網のように広がった根は、怪物の身体を締め付けながら、同胞であるはずの彼らを食べ始めた。
怪物の絶叫。
同じような咆哮を、かつてのこの城で聞いた気がしてオルレアンは強く瞼を瞑った。
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彼らを精霊と名づけた魔女は馬鹿なんじゃないだろうかとオルレアンは思う。
かつて魔女の城にいたのは数にして300体はいた。外に被害を出さずに軍隊が打ち勝てたのは、城に突入した時点でその総体数が既に100体を大幅に下回っていたからにすぎない。彼らは城の中の人間を喰い尽したあと、餌を求めて最後は同胞同士で食い争っていたのだ。
オルレアンの人造精霊は、生き残るための共食いに夢中になるあまり、自我さえ失って、ただ食べるだけのモノに成り下がった。
魔女はなぜ教えなかったのか。そんなの生きているとは言えないというのに、そんな、ただ「食べる」だけの現象は命とは呼べないというのに。
どうして誰も問いたださなかったのか、死にたくないと叫ぶ彼らに「どうして死にたくないの?」と。その目的さえ思い出せれば、人造精霊はきっと命を持てると思うのに。オルレアンは目を開いて、憐憫を込めて同胞の巨体を見上げた。だけど目の前の怪物にはもうそれは叶わない。死んだ者に命は宿らない、命がないのにこの世に残っているものはただの残骸だ。
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怪物の身体を冒すように、青い血管が輝き始める。オルレアンの人造精霊が怪物の体の表面を、まるで木の根のように這い回る。歩みは、怪物の悶絶する絶叫が始まったとたんに止まったが、体中から生えた触手のような大小様々な手は、オルレアンの人造精霊を掻き毟るように引き千切り始めた。オルレアンの右腕から凄まじい激痛が伝わり、痛みのあまりオルレアンの膝が折れる。
「っ……もうちょっと優しくしなさいよ…!!」
かくんと下半身が沈む。それでも必死に右腕の連結に意識を注ぐ。今、怪物の身体を押さえつけている人造精霊は、オルレアンの体の内部を構築していたものを使っている。すでに足の筋肉や骨に擬態していた彼らを使ったことで、オルレアンの足は足としての機能を司れなくなって崩れていく。
連結した右腕を手繰るように、赤黒い触手がオルレアンへ向かってきた。誘うような黒い手は、むしろ優しげにオルレアンの肩をさすり、首を掴んでじわじわと食い込んでいく。
(取り込む気だ…!)
取り込まれる、と本能が警告する。とっさに体の主要な臓器以外の「容量」を全部防御につぎ込む。右腕以外の四肢はほつれた紐のように崩れ、四肢の感覚や触覚がぶつりと切れてなくなった。右腕に集結したオルレアンの人造精霊は、青い光を放ちながら無数の蝶に分裂して、腕という腕に喰らいつく。
その間にも、怪物の本体を根のように締め付けていた僅かな戒めが次々と破られていた。あまりの苦痛にオルレアンの意識が白くなりかけたその瞬間。
怪物が大きく身体を震わせた。
後姿しか見れないオルレアンだったが、きっとあのエルフがうまくやってくれたのだろうと思い、安堵した瞬間気を失った。
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ようやく終りが見えてきました。てか終わりを見えさせました、副題は「賽は投げられた」です。
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