忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2025/10/30 06:24 |
滅びの巨人-4 君猛涼/雑(乱雑)
登場PC 雑(pl:乱雑)テッツ(pl:月草)ベン(pl:月草)

登場NPC セイル リシーダ ブレオバンズ リア

場所 ポポル外れの森の町





■滅びの巨人-4【異変襲来】


「…参ったな」

ベン、とやらを追って外に出たはいいものの、距離を一瞬で引き離れた。
異様なまでに足が速いな、あいつ。

森の中に入る頃にはベンの姿は見えなくなり、完全に見失う。



だが、相手は追跡を避けて走ってるわけではない。

踏まれて折れた木の枝や足跡なんかは盛大に残ってるし、それを探せば何とか後は追える。

…追えるんだが。


「なぁ、えーっと、ルシーダ、だよな?」

「そうです。どうかしましたか?」

「どうかしたの?じゃなくてだな。腕を離してくれ」

「さっきまで倒れてた人に森を歩かせるなんて出来ません!」


予想外の障害物、その名はルシーダ。


「だぁーっ、心配なら普通に後をついてくるだけでいいー、だぁー、ろぉー、がぁー」

「何この力、引き摺られて、うわわわわ」


片腕にとり付いたルシーダをずりずりと引き摺りながら、少年の後を追う。

一眠りしたのと回復魔法のお陰だろう、少しなら無理も利く。点滴あたりもしてもらったのかもしれねぇ。

この重りが無くなれば少しくらい走っても保つ、と体からのエール。

そろそろちゃんと説明すべきか。


…まぁ、さっきまで飢え死にしかけてた奴が急に何の事情も話さず森の中へ行くんだ、そりゃ止めて当たり前か。

外れてた時恥かしいからあんま言う気も無かったが、流石に言わないと離してくれそうに無いな。


「と、とにかく戻ってください!このまま森の中で動くなんて危ないわ!」

「それなんだがな。危ないのはさっきの坊主かもしれないんだ、嬢ちゃん」

「…え? 坊主って、ベン?ベンが危ないって、どういう事?」


急に見当違いの相手を引き合いに出されて驚いたのだろう、ルシーダの手が離れる。

不意に目に浮かぶ困惑。

ここで走って逃げてもいいが、後で怒られそうだしな。


「とりあえず追うぜ。説明は追いながら、だ」

「…わかりました」


先ほどよりも速度を上げて、追跡を開始する。

土に付いた足跡や踏み折られた木の根は分かる。

だが少年の進んだであろう道には、かなり高い位置の木の枝に乗った形跡があったりと首を捻りたくなる状況も多々。

…俺が追ってるのは人間だよな?猿とかじゃないよな?


「雑さん、ベンが危ないってどういうことですか?」

「―さっき自己紹介した通り、俺は鍛冶屋だ。…そこでクイズ、鍛冶屋が主に作るものは?」

「…えっと、えっと、…武器?」

「正解。俺は移動鍛冶屋っつー特殊な身の上だからな、
 旅してる個人の依頼で武器を手がけることが結構多い。で、だ。その個人達には共通点がある」

「共通点?」

「目だ。そいつ等の目には善悪はどうあれ、戦う意志が、炎が灯る。そういう目を俺は何千と見てきた」

「ふぅん… …え、もしかして、ベンも?」

「気のせいだと思いたいが、あの目の炎は見慣れすぎた。確実」

「で、でも!ベンには戦う相手なんて!」

「みたいだな。あの炎が目に灯ったのも急にだ、だからこそ気になる。行くぞ、嬢ちゃん」

「…はい」


口を閉じ、追跡に専念する。

神経を周りに集中すると、嫌でもこの森の『異質』を感じてしまう。

ルシーダもそうなのか、寒さに耐えるかのようにそっと自らの体を抱きしめた。




…急ごう、嫌な予感がする。




◇■◇■◇■◇時間軸・同軸◇■◇■◇■◇




「はっ…はっ…」

森をひたすらに走る。
「特訓」といってもコーチがいる訳でも無いし、コースを組んで、計画的にやってる訳でもない。
その日思いついた事を、気が済むまで。


『あらあら、大分まいちゃったみたいね。もうちょっと体力つけたほうがいいんじゃないの。あなたもベンを見習ったら?』


「…くそっ」

分かっている、こんなんじゃベンには追いつけない。
追いかけても、追いかけても、あいつはいつも笑顔で先を走っていく。


「…くそっ」


最初から、あいつはそうだった。
始めは驚きと新鮮さだった。途方も無く元気で、明るい。
何時からか、それが憧れになり、嫉妬になり、焦りになった。


『振り向くと、いつの間にかルシーダがベンと距離を詰めているのが見えた』


「…何でだよ。…何で追いつけないんだよ」

いつのまにか訓練が日課になり、俺のほとんどになった。
元々運動神経が良い方でも無い。それでも頑張って、頑張って頑張って今までやってきた。


それでも追いつけない。
元から違いすぎた。
努力では埋められない大きな差。


あいつに皆が惹かれてく。好きな人も、強さも。

あいつはただ笑顔でいるだけ。それだけなのに…追いつけない。

「はぁ…っ、はぁ…っ…はぁ…っ」


いつの間にか、大きな谷へ出た。

ほぼ垂直な崖の遥か下に、渓流が見える。
覗き込むと眩暈を起こすような、壮大な遠近感をかもし出している。
ここの眺めは好きだ、人間とかそういう枠組みを越えた、大きな物の存在を感じれるから。

息を整えながら、暫し崖に佇む。


「いっそこんくらいでかいなら、諦めも付くのにな…」


きっと実際そうなったらなったで、諦めることは無いんだろうけど。

「…ふぅ。この後はここで魔法の練習もしていくかな」

先生の眼を盗んで独学で学んでいる魔法。
まだ原理も何も分からない状態なせいか、炎を出せても放つ事も出来ないお粗末な物でしかない。

「今日は何とか飛ばしてみたいな…炎で狙える的か何か、あるかな」

少し辺りを見回して、丁度いい枝を見つけた。
折れてから時間が経ってる。いい具合に乾燥してるし、ある程度強い火をぶつければきちんと燃えるだろう。

「…よし、今日はこれを燃やすのがノルマだな… …あそこらへんに立てておくか」

今から3m程離れた場所に枝を突き立てて、それを魔法で狙う。
簡単な事に思えるが、実は一回も成功した事が無い、自分にとっては相当難しい特訓。

「…今日こそは」

少し意気込んで、枝を地面に刺そうとした瞬間――


「オオオオオオォォォォォォ―――――」


――え!?

木々の奥から、自分へ真っ直ぐ走ってくる大きな影が目に映った。


「――ぅゎっ!」

あっという間に距離を詰めてきた“それ”の突進を避けようとして、避けきれず横に弾き飛ばされる。
体を起こしながら、明るみに出たその影を視認。

「…熊?」

日中の日差しを受けながら、こちらへ振り返るそれは四足。
黒々とした剛毛、大地を踏みしめる巨大な爪、肉を引裂く牙。

それは確実に熊、と呼べるものだ。

だが―

「オオオオオォォォォォ――――!!」
「―ぇ、ぁ、…ぐっ!」

再びの突進。
起こしたばかりの体は動きがついていかず、また弾き飛ばされた。

「ゲホッ…ゲホッ…何だよ、あの眼…!?」

痛む体を何とか起こす。
振り返るその大熊の眼は、深紅。


「オオオオォォォォ!!!」
「何だってんだよ、何だってんだ!」

三度目の突進は遅く。
代わりにその巨大な腕が振り上げられる。

理性や冷静のかわりに、殺意や衝動を詰め込んだかのような、見る者を凍らせる眼。
その視線の先には、俺。


振り抜かれる爪に咄嗟に手の枝を翳すものの、一瞬でへし折られる。


「うわ!」

バランスを崩し、地面へ倒れる。

「…くそっ!」
背中の痛みを抑えて、精神を翳した片手に集中する。
今出来なきゃ、死ぬのみだ!


「―――、」
目の前には大熊。

長々と精神を鎮めている時間は無い。
荒れた呼吸のまま、神経を片手へと集中する。

魔力は現象へと変換され、この手に火の粉を孕ませる。
それを丹念に練り上げ、鍛え上げ、炎へ。そして果ては渦へ。

熱は感じる。本来なら手など燃える温度だ。
―だが燃えない。火魔は攻めでもあり、守りでもある。

火魔使い特有の感覚が手を包む。
熱のみを感じる手はどこまでも熱く。

―その昂ぶりを、まるで目の前の熊ではなく、あいつにぶつけるかのように

炎の渦を手に抱え、大きく両手を突き出す。



「喰らえ、ファイアボールっ!」

大熊の顔面に向かって放たれた炎は、

「―っ」

10cmも飛ばずに霧散した。

熊は少し驚いた様な素振りを見せたが、動きは止まることは無く。
俺に覆いかぶさるようにもう片方の爪が振り上げられ、俺の首へ振り下ろされる。



―――死ぬ?



それは今まで、感じた事の無い恐怖。


体が動かない。例えるなら筋肉や内臓、この身体を構成する全てが鉄に変わったかのような感覚。

血が体を巡るのを止めたみたいだ。顔から、指から、血という血が消えていく。

そして俺は馬鹿みたいに口をぽかんと開けたまま、俺の首に迫る爪を見つめて―


「オオオァッ!?」


―その爪が巨体ごと横へ吹っ飛んで行くのを見送った。


…!?

混乱する俺の上から、降ってくる声。

「セイル!大丈夫!?」

聞き間違える筈も無い、ずっと追いかけてきた、透き通ったあの声。

「…ベン」

―くそ。どうしてお前はいつもこういう時に現れて、助けてくれるんだよ。

「怪我はない!?」
「…ない。何でこんなところにいるんだよ、ベン」
「え?…なんだろう、予感がしたんだ。セイルが危ないって」


差し出された手を無視して、自力で立ち上がる。
大掃除の時を思い出して腹が立ったが、礼も言えない自分にも腹が立つ。

…ちぇ、面白くない


「…とりあえず、あの熊をどうにかするぞ」
「わかった、逃げきれる…かな?」
「何処にだよ。町に連れてくることになっちまうだろ」

話している間にも大熊は身を起こす。
不意の攻撃にさらに殺気立っているのか、眼の赤みが増した気がした。


「…来るぞっ!」


二人身構える正面で、赤眼の巨熊が咆哮を上げる。



◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇



―どうしよう。

セイルが危ないと思って、感じるままに走った先でセイルに襲いかかる大きな熊を見つけて。

そのままのスピードで飛び蹴りを仕掛けた所まではよかったかな。


「…来るぞっ!」


でも、その後を考えてなかった。

熊の走るスピードは凄く速いらしい。僕でも突き放す事は難しい。セイルなら尚更。
すれすれでいなしながら、何とか町に戻っても、セイルの言ったとおり熊を町に連れていく事になってしまう。


「――…おいっ!」

…どうしよう、さっきの蹴りもあまり効いてないみたいだし…

「何ぼさっとしてんだベンっ!!」

うわっ!?

突然の大声が意識を現実に引き戻す。
正面には、物凄い速度で突進してくる黒い塊。

「―っ!」

咄嗟に横に跳んで、突進を紙一重で避ける。

すぐに体を起こして、方向転換する熊の視界から逃げるように木の上へ跳び、枝につかまる。

「…あ、危なかったぁ」
「…何であれを避けられんだよ。何であんな高い所に跳べんだよ…」

木の陰に隠れたセイルが何かつぶやいている。何だろ?
熊の方は、まだ自分を探してキョロキョロして…

「…あれ?」

熊の眼。
確かに赤くて、怖い。

殺してやるって感情が、色に凝縮されたような。

…でも、微かに。でも、確かに。
怯えや恐怖が、その赤に混じってるって感じた。

真紅じゃない、悲しみも抱擁した…悲しい、深い赤。

「…セイル!」
「何だよベン、今俺が大声出したら場所バレルって!」
「…その熊、怖がってる!」

「…は!?」

ぽかんとしているセイル。僕、何か変なこと言ったかな?

「怖がってるよ、その熊!何かあったのかもしれない!」
「なんだそれ!怯えた熊ってのは突然走ってきてタックルしかけるのか!?」
「…わかんない!でもおかしいんだよこの森!」
「そんなこと知るか!…うわっ!?」

…あ。

大声で話したのが悪かったのかもしれない、
大熊がセイルの隠れていた木に突進し、木ごとなぎ倒す。

「…っ、ファイアボ…うわぁ!」
「セイルっ!」

魔法を使おうとしたのか、片手を翳したセイルを熊が容赦無く払い倒す。

「―てやぁぁぁあ!」
セイルに止めの爪を振り上げる熊の背後に、木から降りる勢いも加えたキックを放つ。
先ほどよりも力を込めて放った。気絶させるくらいは出来る筈。

―けど、それは当たればの話。


「オオオオオォォォォォォ!!!」
「うあっ!」

振り上げた爪がそのまま真後ろに振られる。
空中では咄嗟の裏拳に対応する術も無く、そのまま吹き飛ばされた。

「ベン!」

セイルが叫ぶ声。何とか顔を上げて、声の方向を見て―

「―っ、やめろぉぉぉぉおお!!」

―セイルに覆いかぶさり、今まさに爪を振り下ろさんとする大熊を見た。

セイルは片手を翳して、何かを叫ぶ。
でも生まれた炎は手を離れず、すぐに立ち消えて。



そのまま爪がセイルの喉へ食い込んだ。 




―筈だった。


「―オォ…ァァ…―」
「…え?」


その瞬間。僕とセイルが見たのは、その巨体を炎に包み、横薙ぎに吹き飛ぶ大熊の姿だった。






◇■◇■◇■◇時間軸・直前◇■◇■◇■◇




「…ッ!…見えた!」
「えっ!?」


隣を走る雑さんの叫び声で、私は意識を正面へ戻した。

大きな咆哮が、さっきから何度も聞こえる。
雑さんの予想は当たってた。

後はその場所を早く特定して、助けられれば助けに行くだけなんだけれど…


「…何処に、見えたんですか?」
「そこだ!前!500mくらい前!」
「ごひゃ…って無理ですよ!こんな木の隙間から見えません!」
「なら視認できるまで走るぞ!ついてこい!」


一気に雑さんが加速する。
…うわ、速い。本当にこの人さっきまで餓死しかけてかのかな、と疑問が浮かぶ程。


「…はっ、は、ちょっ、と、はやすぎ…」
「おい嬢ちゃん、視認出来たら魔法であの熊みたいな奴を拘束か吹き飛ばすかしてくれ。できるな?」
「え?」


走りながら、前方へ目を凝らす。
でも、木が邪魔でそれっぽいものは見えない。

もし見えたとしても…


「…あの、その相手の大きさは?」
「2…いや2.5m程度か。相当でけぇな」
「…だと、無理だと思います…私の魔法は攻撃にはあまり適してないし、相手との距離も重量もありすぎて…」
「んぁ?こんな凄い回復魔法持ってんのに攻撃魔法できねぇのか?」


隣で凄く驚いたようなリアクションをする雑さん。
そうか、魔法とあまり身近じゃない人からすれば原理はあまり分からないしね。


「ええ、私は攻撃魔法よりは回復魔法の方が得意なんです。皆さん得意、不得意な分野があるんですよ」
「ほぉう、ってことた俺も普通の魔法使いな可能性があるってことか!」
「…? 本人の潜在魔力か、外界からの魔力吸収能力があれば確かに訓練で魔法使いになる事は出来ますけど…」


雑さん、なんか魔法使いっていうよりは重戦士ですよね。
そう言おうとして、ある事に気がついた。


「―あれ?私が回復魔法使ったってどうして…?」
「おう?体に残ってる感覚があんたの気配と酷似してるからな。魔力痕跡、とでも言うんか?」
「…!?」


…まさか。
その場で使われた魔法の気配から使用者を断定するのすら難しいのに、
体に残った僅かな魔力で使用者断定なんて先生でもできるか分からない。


「…雑さん、もしかして魔法つか」
「やべぇ!」
「え!?」

「オオオオオォォォォォォ!!!」
「ぐぁっ!」


一際大きく聞こえた獣の叫び声と、ベンの声。
声の方向に目を向けて…

「―セイル!」

やっと、見つけた。

森が途切れた、断層が横たわる渓谷。
そこの開けた地。

そこで、セイルとベンと、相手をやっと見つけた。

でも、その状況は絶望的過ぎて。

もうすぐ訪れるであろう惨劇が強制的に頭の中に入り込んでくる。
セイルに馬乗りになった大熊が、その爪を頭に、首に、胸に―

「いや…」

力が入らない。
体を動かさなきゃ、走らなきゃってわかってるのに

怖い。
その恐怖を回避するために、今行動しなきゃいけないのに
その恐怖の想像に、縛られて。


「―っ、やめろぉぉぉぉおお!!」

ベンの叫び声。
それが合図のように、熊の爪が振り下ろされる。

「っ!!」

怖くて怖くて、へたり込んで目を瞑った。




「――灼けろ」

その瞬間、爪が食い込む音の代わりに聞こえてきたのは呪文。


瞼越しで伝わる強烈な光。

火傷しそうになる程の熱量。


…何よりも、信じられない程の魔力。


急激な気温変化による突風が全身を打つ。
共に熱と光が去り―


…眼を開いた先に見えたのは、森に空いた一直線の焦げ跡と、

その先で体を炎に包まれて崩れ落ちる大熊の姿。
直撃の衝撃か、その体は、四分の一も残っていないように見えた。

「…あーぁー。これ、燃費悪いんだよなぁ…当たっただけでも良しとするか」

横を向くと、頭を乱暴に掻く雑さん。
片手は正面に翳されたままで。焦げ跡は、そこから延びていた。

「…雑さん」

それはつまり。この人が。

「んぁ?」
「…もしかして、魔法使いなんですか?」
「…おう?あぁ、言ってなかったな!まぁそれっぽいのは使えるが、お前ら本職からすら俺は低レベルだろ?」

…あんなものを放っておいて、この人は何を言っているんだろう。

「今の火魔法は、凄いレベルが高―」

この自覚無しの一流魔法使いに一言文句でもいってやろうかと思って口をひらいた瞬間、


「はは、ははははははは!」


向こうから笑い声。

「お、俺の魔法すげぇ!見たかベン!」
「え、今のセイルが出した魔法なの!?」
「あったりめぇだろ!ははは、ピンチの俺すげぇ!」

「…」
「うぁははは、威勢のいい少年だな」

…あの馬鹿。
自分の魔法の実力位分かってる筈でしょ!

「とりあえずセイルを殴…じゃない合流しましょう」
「…だな。 …うぉっ、と」

不自然に気の抜けた声。
疑問に思って振り向くと。

「ざ、雑さん!?」

木に背を預けたまま、地面へずり落ちる彼の姿があった。

「…かーっ、調子乗りすぎた…悪い嬢ちゃん、後頼んだわ…」

そう言って彼は崩れ落ちて。

「ちょ、ちょっと!…ベ、ベン!セイル!」

「…あれ!?どうしてルシーダが?」
「ルシーダいたのか!見たか今の魔法!?すげぇだろ俺!…あいたっ! な、何すんだよルシーダ!」
「馬鹿な勘違いしてないで手伝って!休憩所までこの人運ばないと!」

「…ざつ、さんだっけ?どうしてここに?」
「痛てて…なぁ、見ただろルシーダ!?あんな魔法ベンには使えな―」

「うるっさい!いいから脚もって!」

疑問符を浮かべるベンと勘違いしたままのセイルを何とか手伝わせて、彼を連れて森を離れる。


あの熊を見たのは、ほんの一瞬だったけれど。

…すごく、すごく嫌な感じがした。





眼を閉じて祈る。

――幸せな日常が、どうか崩れませんように。



◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇


時刻は夜。

森と街の大掃除も無事終わり。

休憩所として利用された広場の中心には巨大なキャンプファイヤーが開かれ、皆その周りで夕食を摂っている。
わしがいるのはその外れ。

まったく、当初はそんな予定など無かったんじゃがな。


「行くぞぉ!うおらぁ!」
キャンプファイヤー付近からの大声と同時に、ぱぁっと周囲が明るくなる。

上部のみを膨張させた炎柱はまるで血桜。

花火の如く輝き、適度な熱気と共に上へと立ち昇る。


のちに残るは、子供達の喝采と大きな笑い声。

「…ふむ、壮観だな、テッツ」
「全くじゃ。そうそう見れるものでもないのう」
「…なぁ、俺もあっち行っていい?」

隣のブレオバンズに相槌を打った後、

「駄目じゃい!お前はここで反省じゃ、セイル!」

後ろのセイルを睨みつける。

「…何だよー、何で俺だけこんな正座なんかしなきゃいけないんだよー」
「あたりまえじゃ! 危険な場所へ勝手に進入しおって。今日が初めてでもないようじゃしの」

「まぁまぁテッツ。大きな怪我が無かっただけで良しとしよう」
「お主は甘いわい、バンズ。ベンはいい動きしとったというのに、こやつが足
を引っ張りおってからに!」
「…!」
「ぬ?文句でもあるのか、セイル」
「―っ、ベン、ベンってうるせぇんだよ!」

ほう。普段から感情的になりやすい、とは聞いておったがここまでとは。
大した努力もせずに己の無力を棚に上げるなんて百年早いわい。

正座の状態から立ち上がった瞬間、テッツはセイルの足を軽くたたいた。

「―っぐ!」

膝のツボに直撃を受けたセイルは激しい苦痛に見舞われ、いともたやすく膝を崩してし
まった。

「こらテッツ、そう簡単に力を使ってはいけない」
「ふん、カタイこというな。力なんてたいしたもんでない。足が痺れとるだけじゃ」

地面に蹲るセイルを睨む。

「う、お……く、くそっ!」

「おうおう、どうした?近接戦闘の訓練か?」


と、そこにやってきたのは先程まで歓声を受けていた青年。

「どっかで聞いたことある声が聞こえたんでな、ちぃと覗きに来たんだが…うおっと」

ぬっ。
わしが青年に気を取られている隙に、セイルが逃げ出した。
青年にぶつかるのも気にせずそのまま彼が来た方向、広場へ走っていく。

「こわっぱめ、逃がすか!」
「テッツ、そこまでだ。…全く、いつまでたっても体育会系だな、君は」
「…セイル、だっけか。あの坊主」

「うむ、セイル。またの名を根性無しじゃ」
「…テッツ。 雑くん、だったね。キャンプファイヤーの方はもういいのかい?」

「あぁ、さっきので一段落だ。調子のってパフォーマンスしてるとまた倒れちまうからな、うぁははは!」
「お主、この町には倒れた状態でしか入ったことが無いしのぉ」
「二回も倒れて、食事をとっただけで回復とは驚きだよ、全く」
「いやー、あれは死ぬかと思ったぜ、考えなしにあんな魔法使うもんじゃねぇな!」

どっかり胡坐を組んで座りこんだ青年、雑に習うようにわし等も座る。
丘からはまだ燻っているキャンプファイヤー、その少し脇の給仕のテント達が展望できる。

――あの後は大変じゃった。
遠視で確認はしていたものの、短期間に二度も倒れるわ、あんな魔法を一瞬で放つわ、
色々な意味でわし等を雑は騒がせてくれた。

なんとか意識を取り戻した彼の口が最初に発したのは「飯」という簡潔な単語のみで。
三人分程の食事を一瞬で平らげた後、「お礼にキャンプファイヤーをやるぜ!」等と突拍子も無いことを言い出して。

まぁ実際夜も皆で広場で食事を摂る予定だったため、食事に彩りを与えてくれることにはなった。
キャンプファイヤーの炎が打ちあがり、花火のように炸裂するのは子供たちにも盛況のようだったし、わし等にとっても壮観じゃった。


「あの火炎魔法、本当に君は魔術学院の生徒じゃないのかい?」

「ソフィニアのだろ?俺は鍛治修行5年、移動鍛治を5年やってるんだ。
 魔術学院どころか学校にすら通ったことねぇよ」

「ふむ、わしもこやつは見たことも聞いたことも無いわい。
 じゃがあの魔法は学院に通わず習得できるようなものでもないぞ?」

「おう?そりゃ生まれが生まれだから、物心つく前からああいう魔法を使ってきたが…
 あんたらにゃ朝飯前なんじゃないのか?」

「…ふむ、ああいうふうにポンと出せるものでは無いな。
 魔力触媒、魔力の増幅効果を持つ道具のことだがね、があれば話は別だが、あの熱量と加速、規模をもった火球は多少の印と言霊が必要だ」

「そうじゃな。物心つく前から生きていくために、ということでその魔法に最良の世界認識が馴染んだのかもしれん。
 わし等のように魔法の既成理念に捕らわれると認識に手間のかかる領域もあるんでの」

「…んぁ?」

「知識が邪魔するせいで、我々には見えないものを君は見ることが出来て、
 それがその火炎魔法を使うのに一番必要な部分だ、ということさ」

「成程なぁ。学べば学ぶほど、っていうわけでもないのか」

「だからといって学ばなければ、使えない。
 到るところに存在する“1”を、“100”にするのも知識であれば、“0”にするのも知識なんだ」

「例えば物体の運動規則を、原理から学ぶ。
 そのことにより“100”になる“1”もあれば、“0”になる“1”もあるということじゃ」

「ほう、魔法の属性に得手不得手があったりするのはそれか?」

「そうじゃの。液体を見た時に“凍る”イメージ、“蒸発する”イメージ、“帯電する”イメージ等々。
 どれが先に浮かぶかは人それぞれじゃ」

「それがその人物の世界認識になるんだ。液体は簡単に凍るものだと認識している人物は、
 物を凍らせることはたやすくても物を熱することは難しい。イメージに、認識に無理があるからな」

「そもそもわし等は魔力を使って“わし等自身の世界”に呼びかけるんじゃからの、
 そこで起こる奇跡は術者の認識以上には成りえない、というわけじゃ」

「なるほどねぇ」

「まぁ簡単に言えば君の世界認識は非常に燃えやすい、ということだね。
 何か昔、小さな頃に大きな炎を見たりしたのかな?」

「大きな炎ねぇ。あれを“見た”っていうならそうなのかもな。
 ガキの頃にな、そりゃぁでっけぇ花火を見た」

「ほぅ、風流じゃのう。おそらくはそれが理由じゃの。
 …おっと、随分と長く話しておったの。雑よ、引き止めてすまんかったな」

「何言ってんだ、俺から話しかけたんだから長話上等だ、うぁはは!
 さて、ちと気になる奴がいるんで疑問だけ伝えてまた広場に戻るぜ」

くぁー、と伸びをして立ち上がる雑。
背中を向けているせいで、その表情は見えない。

「疑問、かい?」

「あんた等昼間の光景、遠くから見てたんだよな?」

「おぉ、ルシーダの言っておった魔力感知か。それも珍しい。確かに見ていたよ」

「ま、これは生まれつきだけどな。
 でだ。俺が魔法使う直前、あのピアス坊主、ベンだっけか。
 あいつのピアスがな…一瞬、光ったように見えなかったか?」

「ふむ、ベン君のピアスか。
 光っていたかは分からないが…あれは私達には触れない、特殊な代物なんだ」

「特殊…それは“この世のものでは無い”とかか?」

「…いや、そこまでは分からない、ただ彼にしか触れないし、
 壊せない。確かに…“魔力ならざる魔力”めいたものは持っている、かもしない」

「…あれは、よくない」

「…ん?」

「あれはよくない。理由は分かんねぇ。あのピアスのせいじゃないかもしんねぇ。
 だが、“あのピアスがあった世界”はヤバい。…俺にはそれしかわかんねぇ」


「面白いことを言うのう。ぬしはそう感じるか」

「……すまない。私の専門外だ」


「…なんて言えばいいんかな、あいつが、ベンがどうにかなる事、“どうにかならざるをえない状況”がヤバい。
 あの熊といいこの森といい、その状況が近づいて来てるような気がしてならない。
 それだけ、覚えておいてくれ」

「随分と真剣じゃの。…わしにはよく分からんわい」

「うぁはは、俺にもよくわからん!全くやっかいな感覚だぜ!
 まぁ心の隅にでも留めといてくれ!じゃぁな、お二人さん!」



背を向けたまま、雑は手を振って広場のテントへ歩いて行く。


「…不思議な青年じゃの」
「全くだな。…彼の意見なんだが、実は一理ある意見だと思う。
 このことは内密にしていてほしい」
「ほう? わかった、そうしよう」

「まぁ、彼に口止めしない限り意味が無いがね」
「全くじゃ」


うんうんと頷く、わし等の背後には月。
確かな魔力を持って、わし等に降り注ぐ。





◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇




祭りとまではいかない。
だが大半が学生だ、こうして集まった状態で夜を迎えたという事実だけで皆のテンションが上がっているのだろう、テント内の喧騒は激しい。

「…いねぇな、あっちか?」

先程までテッツとブレオバンズ(だっけか)に絞られてた少年を探す。
たぶんあのピアス坊主と回復女と一緒にいると思うんだが――

「あの…」
「ピアス坊主もいねぇな。あいつは結構目立つんだがなぁ。つかこの学校ピアスOKなのか」


「…あの…」
「まさか家に帰ったとかはねぇよなぁ。…うーむ、どうしたもんか」



「…あの!」
「うおぅ!?」


急に背後から声をかけられて、驚いて振り返る。
身長は150程度だろうか。俺の肩までしかない少女がそこに立っていた。

首筋までのショートヘアー。
化粧っ気は無いが顔立ちは非常に整っていて、何というか

「…うん、後輩キャラだな」
「…?」

等と妙に納得してしまった。
まぁいい。

「どうした嬢ちゃん、花火のアンコールか?」
「…いえ、あの…セイル先輩を探してるんです、よね?」

「お、良く分かったな嬢ちゃん」
「セイル先輩なら、そっちの給仕テントの裏に行きました。…ベン先輩と、ルシーダ先輩もそこだと思います」

少女が指差した方向は、外れにある、さっきまでスープを配っていたテントである。
既に給仕は終わり、片付けを待つのみのテントは閑散としている。

「助かったぜ、ありがとうな嬢ちゃん」
「…あの…セイル先輩を、叱るんですか?」

不意に、少女が不安そうに切り出した。
両手は後ろに組まれ、目線は下に落ちている。

「…さっきまで、テッツ先生達に叱られてたみたいなので…セイル先輩、逃げたのかなって…」

なんて言っていいか分からず、とりあえず沈黙。
少女は話を続ける。

「セイル先輩、毎日、がんばってるんです。普通の人なら休むところでも、頑張ってるんです。
 …ただ、不器用なだけで。確かにベン先輩は凄いです。でも…っ」

そこまで勢い良く言って、急に口を紡いだ。
ここから少女の顔は見えないが、耳は真っ赤だった。

「…でも?」
「…でも、セイル先輩、頑張ってるんです。見てて止めたくなるくらいで、でも止めても止まってくれなくて。
 転んでも追いつけなくても、頑張ってるんです。…だから、だからセイル先輩を叱らないであげてください…!」

そう言って、頭を下げる少女。
―なんというか、他人の目が痛い。

「頭なんか下げる必要ねぇよ、俺は叱りに来たんじゃない。むしろ激励さ、あいつとは近いものを感じたんでな」
「本当、ですか…?」

こちらを見上げる少女の顔がぱぁっと明るくなる。
あぁもう、かわいいなこいつ。

「本当本当。じゃぁ俺は行くぜ。ありがとうな…っと、名前を聞いていいか?」
「あ、私はリアです!リア・ラードリットです!」

喜びの余韻か、張り切って答える少女に後ろ手で手を振る。

「分かった。有難うな、セイル大好きリア!」
「…な…っ!?」

背中を向けてても顔を真っ赤にしているのが分かる。
他のテントの奴等が“そうそう”とでも言いたそうに頷いている。

…あれか。
本人には気付かれないが本人以外は皆知ってるってやつか。

あいつの場所も分かったしいい話も聞けた、休憩テントに向かって正解っつーところだな。
リアちゃんに感謝だ。

しかし、あんな一途な子に好かれるなんざ最高じゃねぇか。
うらやましいぜセイル、お兄さんちょっと嫉妬しちゃったぜ。

等と仄かな殺気を抱きながら給仕テントに向かう。
風に乗って、段々と声が聞こえてくる。

「―!」
「―っ、…―!」

語尾が荒い、言い争いっぽいな。
両方共、最近聞いた声。リアちゃん情報は的中か。

テントの裏にゆっくりと移動する。
言い争いを止めるというよりは傍観するための移動速度である。

「何で俺が怒られてベンが怒られないんだよ!」
「本当に分かんないのあんた!?馬鹿じゃないの?」
「何だと!」

「まぁまぁ、セイル、落ち着いて。ルシーダも、ね?」


セイルとルシーダが言い争い、ベンが仲介ってところか。
セイルがこぶしを握り締め、ルシーダが眉間にしわを寄せて難詰する。
ベンは笑顔で、冷や汗をかきながらひたすら場の空気を和めようとつとめていた。


「弱いのよあんた!ベンの足もとにも及ばないくせに同じように目立とうとするからあんな事になるんでしょ!?」
「なっ…」
「ベンだけだったらあんな熊一瞬よ!あんたが邪魔したのよ、セイル!」
「ルシーダ!そういう事は言っちゃ駄目だよ、セイルも気にしないで」

「てめぇ、ルシーダ!俺がどれだけ頑張って毎日」
「毎日何?毎日特訓とやらをやってこの様でしょ!?
 本当に無駄な人生送ってきたのね、あなた!いっそあの時熊に襲われて死んじゃえば良かったのよ!」
「―っ、黙って食われてたまるかよ!ルシーダこそ食われちまえばいいんだ、この金持ちのボン
ボンが!
 ちょっとばかし才能があるからっていい気になるな!」



過熱した思考は後を考えない。
自分の発言の重さに気づいた時は、大抵は後の祭りだ。
お互いがお互いに暴言を吐いた後に残るのは、更なる険悪のみ。


「行こうベン、今度はセイルなんかが邪魔に入らない場所に!」
「あ、ちょっと待って、セイル!」

ルシーダとベンは暗がりの中へと歩いていく。
後姿へ向けて、茶化すようなセイルの言葉が聞こえる。

「ああ、どうぞどうぞ。お好きなように。熱いねぇ~、お二人さん」


俺は未だ傍観。

ルシーダに引っ張られていくベン。そして一人残るセイル。


「よぅ少年、喧嘩両成敗、のつもりだったが相手がいねぇな」
「…うるせぇよ。あんたもどっか行け」

俺を見た途端、こちらに背を向けた状態で胡坐をかく少年。
顔は隠せても涙声は隠せないか。

こちらも少年に背を向けて座る。お互い背中合わせ。

「…」
「…」

こうなったら根性比べだ。
元々俺も何のためにこいつを探したのか忘れかけてるんで、ひたすらに黙る。

向こうの喧騒をしばらく聞いていると、セイルが耐えかねたように呟いた。


「…死んじゃえば良かったのよ、は無いよな…」
「無駄な人生も相当痛快な台詞だぜ。全否定だ全否定、うぁはははは」
「笑い事じゃないっつの」


一気に空気が弛緩する。
何だ、リアちゃんの言うとおり、元はいい奴じゃねぇか。


「あれかセイル、お前はルシーダちゃんが好きなのか」
「なっ…好きじゃねぇよ!何であんな奴好きに!」
「おうおう、好きなやつに死んじゃえなんて言われたらきついよなー」
「…話勝手にすすめんなよ」

「しかも相手は違う相手とラブラブかぁー。くーっ、青春だなぁ!」
「…あんた、良く見てるな」

セイルが呆れた様な返答を返す。
おお、結構適当だったんだが大当たりか。

「若いうちの苦労は買ってでもしろってことさ。大丈夫大丈夫、お前にゃぴったりの相手がいる!」
「痛っ、頭突きすんなよ!」

リアちゃんを思い浮かべて、その羨ましさの赴くままに頭を思いっきり後ろにのけぞらせる。
後頭部にたんこぶを作ったセイルの文句を心地よく聞き流しながら、月を眺める。

「…なぁ、雑…って名前だったよな」
「おう」

「あの魔法…あんたのだったんだな」
「おう」

「凄いな。…俺なんかとは、比べ物にならない」
「…それには同意できねぇな」

「?」
「例えば、だ。蟻が林檎を運ぶ事と、人間が林檎運ぶ事。どっちが凄いと思う?」

「そりゃ蟻だろう」
「そうだ。10の力の奴が20の仕事をするのと、100の力の奴が20の仕事するのを、俺は同じとは思わない。
 簡単に言えば、各々が自分の出来ることをすればそれは“凄い”事だと思うぜ、俺は」

「…それはあくまでその“行動”においてだろ?
 …“結果”から見ればどっちも変わらない」

「うぁはは、そういうことだ!」
「…?」

「結果から見れば、変わらないんだ。過程がどうあれ事実はそこに事実として存在する。
 例えば、蟻が人間10人を酷使して林檎100個運んでもそれは蟻の“結果”になる」
「確かに、な。貴族とかはそんな感じだよな」

「そう。お前は“貴族”になれ」
「は?」

「才能がないなら、ありとあらゆるものを使え。自身が最強じゃなくていい。最強の道具を使え」
「…何だそれ。どこにあるんだよ、そんなもの」
「うぁはは、俺に分かったら苦労しねぇ!後はお前が考えることだ!」
「なっ!話振るだけ振ってそれかよ!」

セイルの突っ込みに対して、一つの答えが浮かんだ。
そう、俺がやろうとしてた事。

「セイル、お前の好きな武器は何だ?」
「武器?」
「あぁ。鉄鎚、刀、諸刃剣、騎士剣、戦槍、フレイル、弓、攻城砲、何でもいい」

「…そうだな、剣かな。でっかいやつ」
「でっかい剣か、また定番だなお前は」
「悪かったな定番で。何でもいいっていったじゃんか」

「うぁはは、そうだな!…そういえばお前、頑張ってるんだってな?」
「頑張ってるって何だよ」
「さぁ、俺にもしらねぇ。“目撃者”からの証言さ。"毎日毎日頑張ってる"としてか知らん」

「…頑張ってどうにかなるわけじゃ無いのかもしれないけどな。
 もう特訓が俺にとって日常になったから。日常をこなすだけなんだから、頑張ってるとは言わない
 …つか、誰かに見られてたのかよ。…見られたくないんだけどな」

「のくせ、その頑張りを認めてほしいってか?」
「なっ」

「そりゃわがままってもんだぜ、兄ちゃん!」
「う、うるせぇ!」

「うぁははは、まぁあれだ!頑張ってる奴にはご褒美がいつか、ってな!
 夢を見るのも大事だぜ!」

何やら後ろで叫んでるセイルを笑いながら無視。
もう一度月を見上げ――


「―…!」


気付いてしまった。

「…雑?どうし」
「伏せろぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉっ!!」

感じた恐怖の命ずるままに叫ぶ。

それはまるで月から落ちてきたかのように。
圧倒的な加速をもって、キャンプファイヤーの組み木に衝突した。


舞い上がる木くず、地面の土、火の粉。

生徒が叫ぶ中、俺は気を失いそうな眩暈に耐えるので必死だった。

「おい雑!今の音は、おい、どうしたんだよ!…くそっ、何がどうなってんだ!」

セイルの声がまるで遠くに聞こえる。


―危険―

その二文字だけが、俺の頭の中を占領していた。






月が輝く。
その光はまさに“狂気”


幕はゆっくりと開く。

さてお立会い、ここに語るは世にも奇妙な異星の創造物。

守護の加護を受けし少年と、混血の魔鍛冶が織るのは喜劇か悲劇か。


ご覧あれ、彼方の星より来たりし“破壊者”の圧倒的な暴力―






     ∬―――滅びの巨人―――∬




+++++++++++++++++++++++++
PR

2007/10/29 20:21 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 9/ヘクセ(えんや)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:ヘクセ カイ
NPC:アティア 魔猿
場所:カフール国、クォンロン山頂、スーリン僧院本殿 祖霊廟前
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

咄嗟に体を引き、距離をとろうとするカイ。
しかし、その瞬間に腹部に烈しい衝撃を受け、カイは吹っ飛ばされた。
普段から内功を練りあげていなければ、それは致死の一撃だっただろう。
ぎりぎりのところで、カイの日々の鍛錬が命を救った。
だが今の衝撃で槍を落としてしまい、さらに体勢も崩してしまう。
もちろん魔猿は待たない。
カイの肩を掴み、振り回して地面に叩きつける。
通常なら身を竦ませ体を固める一瞬、カイは逆に全身の力を抜いた。
叩きつけられた瞬間、衝撃を全身に拡散させる。
衝撃に意識が一瞬飛びかけたが、大丈夫。
大僧正の教えのお陰で、これほどまでにされてもカイは重大なダメージを負ってはいなかった。

 『放鬆だよ。必要なのは力みじゃない。柔らかく、柔らかく』

カイの脳裏にかつての大僧正の声が響く。

カイの脱力を死んだと思って魔猿はカイから手を離した。
その隙を逃さず、カイは魔猿から距離をおいた。


   *   *   *


魔猿は再びカイに襲い掛かった。

脱力と内功。これまで培った技術と練り上げた肉体のお陰で致命傷は負ってはいない。
しかし人の限界を易々と超える魔猿の力と俊敏さに、ジリ貧ではあった。
何しろ魔猿の攻撃は避けられず、致命傷ではないとはいえ、
その圧倒的膂力は着実にカイの肉体にダメージを積み上げ、
カイの攻撃はかわされ、当たってもその分厚い筋肉に弾かれるのだ。

 …せめて、刀があれば…

カイは戦闘時特有の無表情になりながら、内心歯噛みしていた。

 …大僧正が敵わなかった相手だ。自分がどうこうできるわけがなかった。

絶望が湧きあがってくる。
折れそうな心を封じ込め、魔猿を睨みつける。

 こいつは大僧正の仇だ。

それは父とも仰いだ人を奪われたことによる怒り。

 自分が倒れたら、アティアやヘクセはどうなる?

それは自らに課せられた責任。
無茶でも、自分が傷ついても、彼女達は守らねば。 

その一方、何かが違うと感じていた。
技を使う時の違和感。
何かに縛り付けられたような窮屈感。

体を緩め、腰下からの力を汲み上げ、拳を撃ち放つ。

手順は正しいはずなのに、何かが根本的に違う。
魔猿の拳がカイを捉え、空高く弾き飛ばされる。
カイは大地を転がった。

 『カフール錬気術は心技体がそろってはじめて意味を成す』

あれは大僧正の言葉だったか。

 『心は未だ私も悟りきれてはおらぬがね。人生是修行か。』
 
あの時、大僧正はそう言って笑っていた。

 心?命のやり取りをしてるのに?

「そう。心。それが重要なのだよ。
 心を凝り(こごり)にしてては、だめなのだよ。」

心の中の声に返事するあまりに緊張感のない言葉に、カイは思わず顔を上げる。
そこにいたのはヘクセだった。

「バカ。危ないから下がってろ!」
「どこに?」

気付けば魔猿はいなかった。
それどころか死体も本殿の庭すらない。
ヘクセとカイしか存在しなかった。

「…どういうことだ?」
「ここは君の意識の中。
 実際に喋ると時間の制約があるからさ。
 頭の中なら数時間も一瞬のこと。
 こんなこともあるかと思って、私の思いの一部を
 君の中に忍ばせといたんだ♪」

カイの呆然とした顔を面白そうに眺めながらヘクセは言った。

「それより、ずいぶんと苦戦してるじゃぁないか。」
「…奴は強い。膂力も俊敏さも人の枠を越えている。」
「そのとおりだね。
 いいよー。相手を認め、自身が何が足りて何が足りないか見極める。
 扉を開くための一歩としては間違ってない。
 では次の段階だ。
 恨みや責任感を忘れろとは言わないけど、脇においておけ。」

ヘクセの言葉にカイは眉をひそめた。

「…何を言っている?」
「それらの感情は、視野を狭め、迷いを生む。心が囚われるからだ。
 囚われるから目の前しか見えなくなり、身体も強張り、
 ともすれば自分すら見失いかねない。
 …というかね、カフールの武術哲学はそうではないだろう?
 君のその責任感や義の厚さは素晴らしいとは思うがね。
 それに囚われていては開眼には程遠いぞ。
 そんなことより、今この瞬間に集中したまえ。

 正しい哲学を持ち、技の真の意味を悟らねば、
 君の武技は、単に身体運用が上手いだけの只の喧嘩だ。」

ヘクセはカイを見て微笑んだ。

「"凝り"であるところの、憎悪、憤怒、責務、勝欲、闘争心…。
 それはカフールの武術哲学とは相容れぬだろう。
 君は根本的な立ち位置が違うから
 "カフール錬気術"の本来の力を使えていないのだよ。
 カフールの御技は戦うことに非ず。
 自他合一だよ。 

 だから、先ずはあの猿を愛し敬いなさい。」

「愛するだと…?倒すべき相手をか?」

カイは腑に落ちないといった表情でヘクセを見た。

「倒す倒されるはただの未来の結果の一つだ。
 そんなことは気にかけるべきところではない。
 問題は正しく相手や世界と向き合えているかということだ。
 君はすでに言語を学んでいるはずだよ。
 ならば正しく相手の言葉に耳を傾け、
 正しく自分の言葉を用い世界に語りかけたまえ。」
「…言葉だと?」
「カフール錬気術は"気"という"言葉"を用いて、自らの肉体と魂、
 ひいては自らの立つ天地と意志を交わす技術だ。
 戦いとは、つたない"言葉"で罵りあうのと同じかも知れない。
 だが"武"とは、"カフール錬気術"とはそうではないだろ? 
 "言葉"で罵り合うだけでは、声の大きいほうが勝つだろうさ。
 猿は"言葉"を知らぬから、つたない"言葉"で咆えるしかない。
 だが君は違うだろう?
 これまでずっと日々の研鑽の中で
 自己の肉体と、魂と、剣と、天地と会話してきたはずだ。
 君の気脈も意念も長い修行の中で
 そのように練り上げられてきたのだろう?
 立ち姿はあれほど見事に正中線が天地を貫いていたじゃないか。
 呼吸の間に隙がないじゃないか。
 答えは君の目の前にあるんだよ。後は君が気付くだけでいい。
 そろそろ開眼して次の位階に踏み出したまえ。」
「………」

カイの中から、徐々に戸惑いが消えようとしていた。
変わりに何かに気付きかけて気付けないもどかしさ、もやもやが湧き上がる。

「カフール錬気術はただ戦う術だけなどではないし、
 まして気の刃を飛ばす程度の小手先の技でもない。
 
 …山界の気はそう容易く馴染まんよ。
 だが君は、今や苦しくはないだろう?
 それは君自身が山界の気に同調したのだよ。
 呼気により世界を取り入れ、受け入れたんだ。
 錬気術の下積みが、世界と折り合う術を君に与えた。
 ほら、もっと世界に耳を澄ませてみたまえ。
 今の君なら感じ取れるはずだ。
 山の気、大地の気、風の気、そして自身の気。
 あの猿の気すらね。
 それら全てを受け入れ、自身を水と成せ。
 自己を手放すのでもなく、自己に囚われるのでもなく、
 自己のありようを広げるんだ。
 後は自ずと振舞えるはずだ。

 考えるんじゃない。感じるのだよ。心を解き放て。」


   *   *   *


魔猿は戸惑っていた。
それもそうだろう。
小うるさい剣士を吹き飛ばしたものの、その間に割り込むように少女が入り込んできたのだから。
しかも、少女を襲うように命じた手下の猿たちは、少女を眺めるだけなのだし。

「オ前ラ!
 ナニヲシテイル!」
「コイツ山神サマ!」

猿たちが騒ぐ。
猿の化け物は、改めてヘクセを見た。
山の気が色濃く纏わりついている。

「…ナゼ、オ前ガ山神ノ力(ちから)ヲ手ニシテル!?」
「…聞いたよ。
 人に家族を奪われたんだってね。
 人に木々を切り開かれ、山を奪われたんだってね。
 山神を訪ね、大僧正を襲い、
 付き人から巫女のことを聞いたんだってね。
 山神の力を手にして、何がしたいんだい?」

ヘクセはそう言いながら、右腕の包帯を解いていく。
右腕があらわになる。
そこには不可思議な紋様か彫りこまれていた。
そしてそれと同時に、周囲の気が色濃くなる。

「何ガシタイ、ダト!?
 決マッテルダロウ!
 人ハ我ガ物顔デ山ヲ荒ラス!
 耐エルノハ、モウタクサンダ!
 山神ノ力(ちから)ヲ得テ、人ニ復讐ヲ成ス!!
 オ前ガ山神ダト言ウノナラ、我ラニ力(ちから)ヲ与エヨ!!」
「成る程。復讐をしたいわけか。
 だから一族こぞって、この山にやってきたと。
 山界の霊力を求め、山神の力を欲して。」
「ソウダ!!山神ハ我々ニ力(ちから)ヲ貸スベキダ!
 我々ハ人カラ山ヲ守ル為ニ戦ウノダカラ!」

ヘクセは可笑しそうに、のどの奥で笑った。

「違うだろう?山を守る為に戦うんじゃないだろう?
 今言ったじゃないか、復讐を成すってさ。
 現に聞いてごらん?君たちが一気に押し寄せたおかげで、
 実は全て毟られ、木の皮すら剥がされ、
 木々や飢えた動物達の悲鳴が聞こえる。」
「…」
「それじゃあ、山神は力を貸せないなぁ。」
「キサマ!!ヤハリ山神ヲ誑カシタ人間カ!!」

ヘクセは魔猿を見て微笑んだ。

「そういうお前こそ、自分は山神に相応しいとでも?
 山の掟に背き、猿の本分を捨てて?

 お前はね、山神になりたいんじゃない。
 ほんとうは人になりたいのだよ。
 だって、復讐のために命を奪うなんて、
 ずいぶんと人間くさいじゃないか。
 …いいよ。その願いを叶えてやろう。」

その言葉を聞いた瞬間、魔猿は自分の身体に違和感を感じた。
頬をなでるとずるりとした感触があった。
手をみると頬にあった毛がごっそりと抜けていた。
猿たちがしきりに騒いでいる。
魔猿は近くの池に駆け寄っていた。
おそるおそる水面を覗く。
そこには体毛が抜け落ちた、人とも猿ともつかぬ異形の化け物がいた。

「ガアアアァァァァッッ!!
 …キサマ、俺ニ、何ヲシタ!?」
「願いを叶えただけだよ。人になりたかったのだろう?
 ささやかな親切心だ。礼は…そうだなぁ、ちょこっとでいいよ。」
「キサマ!殺ス!」
「いいよぉ、実に人間くさい台詞だ。その調子その調子♪
 あっでもまだ私、死にたくないなぁ。
 それに他人の求道の機会を奪うほど野暮じゃないし。
 もう少し彼に付き合ってくれないかな?
 彼はまさに今、無門の関の前に立っているんだ。」

ヘクセはそう微笑むと脇に一歩ずれた。
その後ろには、カイが立ち上がっていた。
もはや立つことがやっとなのか、
その立ち姿は、力が感じられず、肩も落とし、
とらえどころがなく不安定さすら感じさせたが、

魔猿は何故か厭な空気を感じ取った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/10/29 20:23 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~
ファランクス・ナイト・ショウ  12 /ヒルデ(魅流)
登場:クオド, ヒルデ
場所:ガルドゼンド ―アプラウト領レットシュタイン
--------------------------------------------------------------------------------

「いったい何をやっているんだ、私は……」

 宛がわれた客室のベッドに倒れこみ、枕に顔を埋めながら、ヒルデは疲れた口調で呟いた。あの穏やかな笑みを浮かべるこの地の領主に対して何か釈然としないモノを抱える心とは裏腹に、乗馬による強行軍と野営によって疲労していた体は用意された暖かい風呂と柔らかい布団によってこれ以上ない程ときほぐされている。そのギャップが、なんとも言えない不快感のような形を取ってヒルデの心に圧し掛かっていた。最も、そんな感情すら今こうして感じている幸福感に比べれば些細なつまらない事のようにも感じられるのだが。
 後1歩の所でその幸福感に身を委ねられないのは、先ほどのヴィオラとのやり取りもそうだが実はもう1つ、ヒルデにとってはどうしても看過出来ない物を見てしまった所為でもある。

 ――まさか、イムヌスの姿を見ることになろうとはな。

 奥に通される途中、目に入った教会。昔からある教会をなんらかの理由で改装もせずにそのまま別の事に使っているとかそんな特殊な事情でもない限り、今でもこの地にあの宗教を信じる者は居り、少なくとも領主はそれを黙認――下手をすると彼自身が信者の可能性もある。
 それはつまり、自分の正体がばれた場合冗談抜きで毒を盛られる可能性が発生したという事だ。半神半人であるヒルデに毒は効き難いが、それはあくまでも効き難いというだけだ。自身の耐性を超える毒を盛られたらただでは済まない所は、たとえ戦乙女とて人間と変わらないのだから。

 ――そういえば。

 よくない想像ばかりが膨らんでいく思考を半ば強引に打ち切って、ヒルデは今自分が身に纏っている服に意識を向けた。湯浴みを終えた時、深く考えもせずに用意されていた服に袖を通したのだが、冷静に考えてみればこんなにサイズが合っている服を用意できるというのも不思議な話だ。

「後で、礼くらいは言わなければならないだろう、な……」

 そんな事を考えている間にも心地よい闇はラインヒルデの心を徐々に徐々に満たして行き、そしてそのままあっさりと彼女の意識を飲み込んでいった。



「ヒルデさん、お食事の時間です……ヒルデさん?」

 コンコンと控えめに扉を叩く音と、自分を呼ぶ声に引っ張られるようにして意識が浮かび上がってくる。浮き上がりながら、『ああ、私は眠ってしまっていたのか』などと冷静に考える自分の思考を認識した辺りで、ようやくラインヒルデは目を覚ました。

「……済まない。どうやら少し眠ってしまっていたようだ。すぐに支度する」

 起き上がり、三面ある姿見で自分の姿を確認する。眠っていたのはそれほど長い時間ではなかったのか、幸いにも服に皺などはついていない。簡単に身嗜みを整えて、部屋をでた。

 案内された食堂に入ると、想像していたよりも家庭的な印象を受けてびっくりした。部屋の奥に設えた暖炉が奏でるパチパチという音に、四角いテーブルの上に乗せられた美味しそうな料理たち。部屋の大きさの問題か、貴族の食卓で想像するような長い机ではなく、正方形かそれに近いくらいの長方形のものを使っているのもそんな印象を受けた要因のひとつかもしれない。

「……お待たせしたようで、申し訳ない」

 愚にも付かない思考を打ち切って、とりあえず謝罪を述べる事にした。ここに来てから、どうもペースが乱れっぱなしのような気がする。この家との波長がまるであっていないような違和感。
 待遇に何か不備や不満があったわけではない。むしろ下に置かない扱いをされているようにすら感じる。それでも、何か自分とは決定的に違うものがある――その正体までは分からないが。

「いえ、お気になさらずに。それでは食事を始めるといたしましょうか」

「こんな美しいお嬢さんと食卓を囲めるとは光栄です。ドレスもよくお似合いだ」

 食事が始まってすぐに左隣の男から声を掛けられる。発言が軽薄なら外見も軽薄、英雄どころか貴族としての矜持すら持ち合わせているのか怪しい――いや、今は別に英雄を探しているわけではなかったのだったな。
 思わず話しかけてきた男の値踏みをしてしまっていた自分に軽くあきれながら、振られた話の方に意識を戻す。
 そういえば、さっきも思ったがこのドレスは一体誰のものなのだろう?

「突然の来訪にも関わらず、このような立派な服まで貸していただけるとは思ってもみませんでした。……そういえば、この服の持ち主の方はどちらに居られるかご存知ですか?是非直接お礼を申し上げたいのですが」

「ああ、それなら……」

 軽薄男の顔の動きに釣られて視線を動かすと、その先には食事を取る領主の姿。ということは、彼の奥方の物なのだろうか。そして、この場にいないという事はもしかしたら既に他界して――

「私のものですが」

 もしかして触れては行けない所に触れてしまったのだろうか。そう反省する私の思考が、ピキリと音を立てて凍り付く。「ワタシノモノデスガ」ほらきっとこの城内にあるものは領主である彼のものだと言う意味でそんなまさか男性がこんな立派なドレスを着るだなんてでも冷静に考えたら確かに彼と私の体格は近くサイズ的には丁度いやいやそんな女物の服を着て喜んでいるだなんてそれではただのへんた

「……何か?」

 突き付けられた現実を一生懸命拒否する私の心に止めを刺すように、子爵は首を傾げてみせた。その表情が本当になぜ私が凍りついたのかわからないという不思議そうな顔だったから、やっぱりそういう趣味とかではなくて何か事情があるのかもしれない。うん、きっとそうだ。そうに違いない。そういう事にしておこう。

「いえ、なんでも。……その、いろいろとありがとうございます」

 実は貴族達の間では女装という趣味は極普通に持ちえるものなのかも知れない。――思いついてしまった嫌過ぎる可能性は即刻記憶の井戸に放り込んで蓋をした上にゴーレムを三体くらい乗っける事にする。……ふぅ。

「どういたしまして」

 その後は特に何事もなく、食事は終わった。「適当に寛げ、何かあったら人を呼べ」先ほどと同じ事を言われ、宛がわれた部屋に戻ってくる。正直肩透かしを食らったような気もしたが、食事は美味しかったし部屋は暖かいので気を抜くと面倒な事を考えようという意思が萎んでいく。何事もなかったのだから、気付かれなかったにせよ気付いた上で敢えて気付かなかったフリをしたにせよ問題はないに違いない。寝込みを襲いにきたら返り討ちにすればいいのだ。そう考えた私は、一応念のために生命の精霊に働きかけて体調を整えた後眠りに付いた。すぐ手の届く位置に、鞘に収めた愛剣を置いて。



「ん~~~~~~」

 ベッドから身を起こして、のびをする。部屋の空気は冬の訪れを告げるかのように冷たかったが、それを差し引いても気持ちの良い朝だった。冷たい空気も、慣れてしまえばむしろ体の隅々まで行き渡って細胞の1つ1つに至るまでが覚醒していくようで気持ちがいい。
 ベッドから起き上がり身支度を整え、三面の姿見でおかしな所がないか確かめる。私の全身を写してなお余りある大鏡を見ていると、胸の奥にチクリとした小さな痛みが走った。

「ヒルデさん、朝食の用意が出来ました」

 コンコンと扉と叩く音の後に控えめなクオドの声が聞こえてくる。頭を振って気持ちを切り替えると、私は部屋を後にした。

 昨夜の晩餐の時にも思ったが、ここの食事は無駄な豪華さがない。貴族の食卓にままある必要以上に香辛料を使った過度の味付けや季節や風土を無視した食材が見受けられないのだ。ではここの料理は美味しくないのかと言えばそんな事はけしてなかった。素材の持ち味を上手く生かして調理されたここの料理は、香辛料の刺激だけがとりえのそれとは比べる事すら冒涜と思える程に美味しい。
 先程部屋で感じた痛みが、よりいっそう大きくなる気がした。

「そういえばクオド、ちょっとした仕事をお願いしたいのですが」

「なんでしょうか」

 そんな折り、城主とクオドの会話が耳に入ってきた。もう1人の男、コルネールと言ったか――は特に気にした風もなく食事を続けている。

「実は最近領地内に盗賊が住み着いたようでしてね。それを退治して欲しいのです」

「はい」

「その盗賊退治、もしよろしければ私にも手伝わせていただけないだろうか」

 気が付けば私は2人の話に割って入っていた。城主殿がこちらを見る。その土色の瞳からは彼が何を考えているのかを読み取る事はできなかった。

「……それでは、お願いします。詳しくは、後ほど私の執務室でお話します」

 1秒、2秒。私はただ手伝わせて欲しいという想いだけを込めてヴィオラ殿を見続けていた。その想いが通じたのかどうかは分からないが、返ってきた返事は肯定だった。

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げる。胸の痛みが大分軽くなった気がした。――英雄探しとはまったく関係のない完全な回り道だが、それでもこれはこれでよかったのだ。



 朝食後、クオドと共に執務室に赴き、細かい話を聞いた。盗賊どもが出没するエリア、その辺りの地形、今までに確認されている被害とヤツらの編成。最後に、「怪我などをしないように、お気をつけて」と言ってこの地を治める子爵は私たちを送り出した。

 昨日のテオバルド卿に対する侮辱や誇りに価値を見出さないと言った発言はとても容認できたものではないが、それでも彼はけして悪い人間ではなかった。あんな侮辱を口にした私にでもあんな下へは置かぬ扱いをしてくれたのだから、それは間違いないだろう。
 だから、今回の申し出は罪滅ぼしというか、私なりの礼のようなものだ。今は厩にいるはずの相棒に、どうやってその部分を伝えずに盗賊退治に行くことになった経緯を説明するかで軽く頭を悩ませながら、私は再び旅に出る用意を整えた。

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

「ふぇふぇふぇ、雑兵どもが必死に動きよるわい」

 薄暗い天幕の中で1人の男が水晶球を覗き込んでいる。青白い輝きを放つ球に照らし出された男の顔――いくつもの深い皺が刻み込まれている――は、見る者に古樹を連想させる。それも、ただの古樹というよりも永き時を経て邪悪な意思を宿した霊樹とか、そういう類のものだ。

 そんな老人が熱心に覗き込む水晶球の中には、襲撃に備える為か厳戒態勢にある砦の様子が映し出されてた。それほど大きな球ではない為、まるでミニチュアの人形でも動き回っているかのようにも感じられるが、それは間違いなく今アナウアでティグラハット軍に備えようとしているガルドゼンドの兵士達の様子。

 『遠見の水晶球』

 この魔道具こそが、この老人が今回の行軍に参加している理由の1つであり、情報が命となる今回の戦いでティグラハットに大きなアドバンテージをもたらす切り札のうちの1枚だ。
 こっそりどころか堂々とズル技を使いながら、薄暗い天幕の中で老人は1人顔を歪ませる。これからの展開を頭の中に思い描きながら、楽しそうに愉しそうに――





 ライマー・ベックマンは肩を怒らせながら陣の中を歩いていた。指揮官の怒りの気配を感じ取った兵士達は皆とばっちりを受けないように顔を伏せて装備の整備に熱中するフリをする。そんな中、ライマーはわき目も振らずにある1つのテントを目指す。
 "彼"の為にわざわざ設えさせられたテントの中では、今でも"彼"が仕事をしているに違いない。――もしそうでなかったら、今からでもライマーは"彼"を本国へと送り返そうと硬く心に誓う。

 テントの中に入ると、はたして目当ての老人は明かりもつけず一心不乱に水晶球を覗き込んでいる。

「……ユーベルトート殿」

 老魔術師に呼びかける声が思ったよりも硬くて、ライマーは少し驚いた。必要以上に不機嫌さをアピールして相手に不快感を与えるのは本意ではなかったが、それでも構わないと呟く心の声がないと言えば嘘になる。この一言だけで老人が全てを察し、以後の態度を改めてくれれば余計な負担が減って万々歳なのだが。

 いつまで経っても、水晶球を熱心に覗き込むこの老い耄れは反応を返してこない。耳をそばだてると、小さな声でぶつぶつと何か呟いているのが分かる。――何かの儀式中なのだろうか。
 普通の兵士が相手ならば近づいて肩を掴むなり怒鳴りつけるなりすればいいが、魔術師が相手となったとたん、『本当にそうしていいのか』という疑問がライマーの行動を阻害する。もし、今なんらかの魔術を行使しているのだとしたら。それを邪魔してしまったら。老魔術師に睨まれるくらいで済めばいいが、結果爆発とかが起きて怪我人や死人が出てしまったら目も当てられない。
 結局、ライマーに出来る事と言えば老人から何かアプローチがあるまで、テントの入り口の所で立ち尽くす事だけだった。

「それで、お前さんはいつまでそこにつったっとるつもりなんじゃ?」

 数分後、何かを思い出したといった調子で老魔術師は顔を上げた。相変わらず皺に塗れた顔からは思考を読み取ることはできない。

「……ユーベルトート殿。軍議の時間を、伝令兵は伝え忘れましたか?」

 湧き上がる感情が暴発しないように己を律しながら、軍団長は口を開いた。いちいちこの老人の言葉に付き合っていたらキリがないという事は出撃してガルドゼンドの領内に入る前にはもう嫌という程理解させられていた。


「はて、そういえばそんな話も聞いた気がするがのぅ。ふぇふぇふぇ」

「……ッ」

 あからさまに惚ける老人に、思わず頭に血が上るライマー。あわや爆発せんというところまでボルテージが上がるが、今回も結果的に軍団長の怒りが老魔術師に炸裂する事はなかった。

「まぁ、そう怒りなさんな。今、アナウアの様子を見ておった所じゃ」

 いつもいつもこんな調子で、我慢が限界に達する直前にまじめな話を持ってこられてしまうのでライマーは怒り所を逃してばかりいる。今回も、作戦目標であるアナウアの情報とあってはそれを無視するわけにもいかない。

「……どんな状況ですか?」

「そうさな、ここ数日以内に奇襲を掛けれれば比較的楽に落とせそうじゃな」

 アナウアの対応が遅いのは、ガルドゼンドの予想を遥かに超える速さでヒュッテが落ちた所為だろう。そんな事はライマーも分かっているし、可能な限り早く攻め入るつもりでもいる。だが、後数日以内にアナウアに到達するなど普通では到底なしえない事だ。

「そんなのはムリだ、という顔じゃな。ところが、じゃ。そこでコイツの出番というわけじゃよ」

 そう言いながら取り出したのは1巻きのスクロール。広げると中央に大型の戦闘馬車が描かれ、その周りを囲むように様々な記号やライマーには読めない古代の文字が綴られている。

「これは?」

「この巻き物を触媒とした儀式を行うと、対象となった兵士達は疲れることなく進軍する事が出来るようになる。全力で移動すればまぁなんとか間に合うじゃろ」

「対象に出来るのは馬を含めて150と言ったところかの。編成はお前さんが考えい」

 言うだけ言って、ユーベルトートは軍団長を自分のテントから追い出した。ライマーはライマーで抵抗しないで老魔術師のテントから出て行く。先発隊としてアナウアに奇襲を掛ける面子の選抜、誰に指揮を任せるか――考えることは山ほどあったからだ。

 そして、翌日の早朝。編成された先発隊がユーベルトート率いる魔術師団による儀式呪文、『インビンシブルチャリオット』を受けて出撃、アナウアに向けて怒涛の進撃を開始した。


「ふぇふぇふぇ、死ぬまで戦うがええ。恐怖心とかそういう余計な物はワシが取り払ってやるわ。伝説のベルセルクのように、敵を殲滅してきておくれ。ふぇっふぇっふぇっふぇ」

 出撃した友軍を見送る中零れ落ちた老人の呟きに、不幸にも気付く者はいなかった。

--------------------------------------------------------------------------------

2007/11/01 02:21 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ
立金花の咲く場所(トコロ) 50/アベル(ひろ)
PC:アベル ヴァネッサ 
NPC:ラズロ リリア リック  畑の妖精(?)
場所:エドランス国 香草の畑

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 人間誰しも一つや二つは共通の幻想というのがあるだろう。
 ヴァネッサの説明は4人の持つ一つを壊すのには十分だった。

「う、うそだろ・・・…?」

 リリアから解放されたリックが弱弱しくつぶやく。

「でも、私も妖精さんは犯人じゃないと思うの。 ほら、足跡のこともあるし」

 直感というほどでもないが、直接、話をしたヴァネッサは、そんなに悪い感じ
は受けなかった。
 だがリック首を振った。

「そんな妖精あるかぁー!」

 その勢いに気おされて、フリーズするヴァネッサの後ろに漂う『妖精』を指差
しながら誰にともなくリックは吼えた。

「アカデミーでも、チラっと見かけた程度だったけど、あれだ、妖精ってのはこ
う小さかったりして可愛くて、羽があったりとかしてるもんじゃねぇのかよ!」

 いつもなら冷静な突っ込みを入れるはずのラズロまで、ほかの三人も思わ
ずうなづいていた。

(・・・・・・妖精さんを疑ってたわけじゃないのね)

 彼らが「妖精であること」を疑っていたことに気がいたヴァネッサは、改めて
中に漂う「それ」を見てみた。
 一枚一枚は薄そうな布が重なり合った様なそれが、つつんでいるように見
えるその中身がどうなっているのかは定かではないが、ぱっとみて妖精とす
ぐに思える人は少ないだろう、と思えた。
 もっともヴァネッサのように魔法の素養があり、基礎的な訓練を経たもの
なら、五感とは違う感覚でその存在を捉えることができるため、見た目の姿
よりも、その存在の放つ力によって本質を捉えるため、そうしたものたちは
見た目に惑わされることはめったにないのだが。

「えーと……その、、、」

 素直に認めるのもなにか悪い気がして、さりとて否定もできずに、ヴァネ
ッサも口元の笑いを抑えながら、言葉に詰まっていた。
 その様子を眺めて(?)いた妖精は、あきれたようにため息ついた。

『はあ、グラントの血を引いてる割に頭わるいんだなぁ』

 期待はずれ、と後に続く言葉を聞き終わる前にヴァネッサは自分でも
驚くほどの勢いで振り返り、妖精にせまった。

「妖精さん! それはどういうこと!」
『え? え? ちょ、なに?』
「ヴァネッサ? そいつが何か言ったのか?」

 急変したヴァネッサの様子に、アベルも気を取り直して問いかける。

「妖精さんが、お義父さんの名前を言ったの。 ね、どういうこと? なに
かしってるの?」

 これまた珍しく説明を簡単に済まして相手に詰め寄るヴァネッサ。
 布……もとい妖精は温厚そうだったヴァネッサの変化に驚いていたよう
だったが、何かに気がついたようだった。

『なんだよ、急に……あ、そうか、そうすると君がヴァネッサかぁ』
「私の名前まで……やっぱり、お父さんに会ったことあるのね?」
『うん、グラントは僕の友達さ」
「!」

 妖精があまりにあっさりと養父のことを口にしたため、かえって二の句を
告げずにかたまるヴァネッサ。
 妖精の声はきこえずとも、ヴァネッサのようすから事情を察したほかの面
々も固唾を呑んで様子を見ている。
 とくにアベルは言葉が通じるなら俺が締め上げてやるのに、とまで思って
いたが、ヴァネッサの手前ぐっと我慢していた。

「ヴァネッサ、そいつは父さんをしってるんだな?」
「うん、そうみたい」

 アベルの声に我を取り戻したヴァネッサは改めて問いかけた。

「ねえ、お義父さんの事何か知ってるなら教えて」

 妖精の表情はわからない。
 だが、おそらく考え込んでいただろう、少し間をおいてヴァネッサにだけ
聞こえる声で言った。

『そうだなぁ、そうだ! 助けてくれるならおれいにおしえてあげる』
「たすける?」
『うん、畑を荒らすあいつらをどうにかしてほしいんだ』


――――――――――――――――――

2007/11/07 01:21 | Comments(0) | TrackBack() | ▲立金花の咲く場所
星への距離 11/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ  ロンシュタット
NPC:バルデラス 団長 団員 団長の息子
場所:セーラムの街(自警団の詰め所)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一日の始まりに唐突なことがあると、しばらく唐突なことが続くらしい。
スーシャはちょっとだけ悟ったような気持ちになった。

今日という日は、唐突なノックの音で始まった。
その前に起きてはいたけれど、一日の行動の始まりはとにかくそのノックの音が合図
だった。
その後久しぶりの温かい朝ご飯を済ませ、片付けを手伝っているところへ団長が現れ
た。
彼の登場は唐突だった。
事件についてもう少し聞きたいことがあるから、詰め所まで来てもらえないか、とい
う話だった。
スーシャ一人を迎えに来たのかと思えば、団長は宿屋の主人に「ロンシュタットとい
う男がいると思うが」と尋ねた。
いる、と宿屋の主人が答えると、彼にも聞きたいことがあると言い、部屋まで案内す
るよう求め、二人で二階へと消えていった。
どうして彼に会おうとするのだろう?
スーシャは疑問に思ったが、団員が「行こう」とうながしたので、仕方なく詰め所に
向かった。

「ごめんねスーシャちゃん。家族が死んで一人ぼっちになったっていうのに、こんな
気苦労まで背負わせちゃって」

あまり掃除の行き届いていない詰め所。
事件について質問をしておけ、という団長の指示でテーブルについた団員は、開口一
番、すまなそうに告げた。
スーシャは何と答えたら良いのかわからず、小さく「いえ……」と答えた。

「団長、一体何を考えてるんだろう。これじゃまるで、弱いものいじめだよ」

ため息とともに吐き出された言葉に、スーシャはおそるおそる目を上げ、相手の表情
を盗み見る。
沈痛な表情。
それが安っぽい同情から来るものなのか、それとも親身になって考えてくれているの
か、まだ十二歳の彼女には読み取れなかった。

「あ、あの……」
「ん?」
「事件のことで、何を言えばいいんですか?」
「ああ、あれ。いいんだ。適当に時間つぶして終わりにしよ」

スーシャは目をぱちくりさせる。

「で、でも」
「団長の言うことはもう聞かないって決めたんだ。聞く必要ないよ」

そう言う団員は、嫌悪と苦悩がごちゃ混ぜになった、複雑な表情をしている。

「今の団長は、尊敬してついて行こうって決めた時の団長じゃない。何があったのか
わからないけど、平気で恐ろしいことを言ったりするし……。少なくとも、今の団長
を尊敬なんてできない。指示されたって従う気になれない」

「遅くなって済まないな」

その時、詰め所のドアを開けて団長が入ってきた。
団員は表情を固く引き締めて椅子から立ちあがり、一応の敬礼らしいことをする。

「何か聞き出したことは?」
「いいえ。役に立てなくてすいません」

答える団員の声は固い。
スーシャはうつむいたままだった。

(どうして嘘を言うんだろう……)

ただ、その思いだけは頭の中をぐるぐると回っていた。

「……そうか」

団長は追及することもなく、外套を脱いでフックにかける。
その後に入ってきた人間を見て、スーシャは思わず立ち上がった。

「あ……」

黒髪を無造作に束ねた、ロンシュタットという名の色白の青年。
スーシャが上げたかすかな声に気付いたのか、無表情ながらこちらにちらりと視線を
向ける。
(ど、どうしよう)
スーシャは内心アタフタし始めた。
声を上げたくせに、そのくせ特に話すこともなかったことに今更気付いたのだ。

「お、おはようございます……」

スーシャは取りあえず挨拶をした。
まったく間抜けな行動である。
ロンシュタットからの返事はない。
表情にも特に変化は見られない。
が、取りあえず拒絶するような空気だけは感じられない。

「仲は悪くないようだな?」

その様子を見ていた団長が意味ありげに呟く。
それはどういう意味合いだろうか、と考えたところで、

「父ちゃんっ!」

唐突に、詰め所のドアがバタンと開け放たれた。
スーシャはビクッと震えて体を強張らせたものの、ロンシュタットは特に反応を見せ
なかった。

入ってきたのはスーシャよりもずっと年下の少年だった。
何があったのか、ひどく取り乱している。

「父ちゃんヒドイよ! 今日は馬に乗せてくれる約束だったじゃないか、オイラずっ
と楽しみにしてたのに!」

言いながら、少年はみるみるうちに涙をあふれさせ、鼻声になっていく。
団長には訳あって離れて暮らす一人息子がいる。
どんな訳かはわからないが、こうして会う機会があるのだから、さほど深刻な事情で
はないかもしれない。

「父さんの仕事の邪魔をするんじゃない。馬だったら後ででも乗れるだろう」

団長はどこか冷淡に答える。
スーシャの目には、息子を邪険に追い払っているように見えた。

「何言ってんだよ、いっつも仕事に行く前に乗せてくれたじゃないか!」
「今は大事な話をしているんだ! 邪魔をするな!」

団長の大声は、相手をすくませるには充分な威圧感があった。
他人であるスーシャでさえ、まるで自分が悪いことをしているような気持ちになっ
た。
だから、怒鳴られている少年には、ひとたまりもなかった。
大好きな父親からの拒絶。
その事実だけが頭の中を一気に埋め尽くした。

「父ちゃ……っ……!!」

少年は、ついに大声で「ワーッ」と泣き喚き出した。
それでも団長は顔色一つ変えない。
いかに冷静沈着な人間だって、泣き喚く我が子相手にここまで無反応ということもな
いだろう。
スーシャの目には、団長が不気味な生き物のように見えた。

「団長、何も怒鳴りつけなくたって……」
見かねた団員が口を挟むと、
「人の家庭に口出しする権利があるのか?」
団長はどこか笑ったような顔で告げた。
「っ!」
その態度に、頭に血が上ったらしい団員が拳を握り締めて険しい顔をする。
(なんとかしなくちゃ……)
スーシャはスカートのポケットからハンカチを取りだし、少年におずおずと歩み寄っ
た。
「ねぇ、泣かないで……」
そっとハンカチを差し出すと、少年が目をカッと見開いた。
「触んなバカーっ!」
少年は乱暴にスーシャの手を払いのけ、わめいた。
完全な八つ当たりである。
払いのけられた拍子に、ハンカチが室内の隅の方に飛んでいった。
スーシャは手よりも胸が痛くて泣きそうになった。
慣れたとばかり思っていたが、誰かから拒絶されるということは、相変わらず心がえ
ぐられるような痛みをもたらす。
じわり、と視界が涙で歪む。
スーシャは、隅に飛んだハンカチを拾いに行ったついでに目の端をこっそりとぬぐっ
た。

「父ちゃんのばっかやろう! 大っ嫌いだ!」

泣きわめいていた少年は言い捨てると、大声で泣き喚きながら外へと飛び出して行っ
た。
それでも団長は平然としている。


――この時、ロンシュタットだけが「何か」を感じ取っていることに、誰も気付いて
いなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/11/07 01:22 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]