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2025/10/21 01:01 |
神々の墓標 ~カフール国奇譚~ 1/ヘクセ(えんや)
件  名 :
差出人 :
送信日時 : 2007/05/20 15:49


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:ヘクセ
NPC:少女(アティア)
場所:カフール国、スーリン僧院 反省房
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(うーん、どじった)
ヘクセは反省房の言う名の独房の床に寝転がりながら、ぼんやりと天井を見上
げていた。
(しかし、ちょっぴり侵入しただけなのに、なにもここまでしなくともよいと
思うんだけどなー)
反省など皆無で心の中で愚痴をたれながら、ごろごろと床を転がる。
扉の向こうから近づく足音が聞こえるが気にしない。
(あっ、あの天井のシミ、人の顔に見えるw)

「それ、何の遊び?」
不意に檻の向こう側から、透きとおった声が聞こえる。
どうやら先ほどの足音の主らしい。
「君にはこれが遊びに見えるのかね?」
ヘクセは寝転がったまま、顔だけ声の方に向けた。

反省房の扉には、大人の目の高さに小さな鉄格子の嵌まった覗き窓と、
食事を入れるための小さな差し入れ口が、下のほうに付いているのだが、
その差し入れ口の蓋を開けて、少女が覗き込んでいた。
美しい黒髪に透きとおるような白い肌、純粋さが溢れてきそうな瞳の少女だ。
「…実はこれは金魚体操といってな。
 脇腹の贅肉を取るためのエクササイズなのだよ。」
ヘクセは仰向けに寝転がったまま、真面目な顔を作って答えてみる。
「ふーん。ねぇねぇ、どうやって、祖霊神様のご霊廟に入ったの?」
少女は自分が振った話題を軽くスルーして、全く別の質問に切り替えた。
どうも、目の前の疑問を解決せずにはいられない性格らしい。
「たまたま迷い込んじゃったんだよ。」
「でもクォンロン山って、特別な儀式をした男の人しか入れないって聞いた
よ?
 それ以外の人は頭痛くなったり、吐き気したりして大変なんだってー。
 祖霊神様のご霊廟って山のてっぺんにあるんでしょー?」
「なんだ、どうりで吐き気がすると思ったんだ。
 てっきりつわりか何かかと思ってたんだけど…。」
「つわりって?」
「うん。女性はね。ある時期になると体内に赤ん坊という
 別の生命体を宿すもんなんだよ。
 この赤ん坊はキャベツ畑で女性の体内に侵入するんだけどね。
 で、赤ん坊が体内にいるときに感じる吐き気をつわりと言うの。
 わかった?」
「そーなんだ!」
「最近キャベツ畑に入ったことは?」
「無いよー。」
「そう…。
 でも野良キャベツが草むらの中にいるかもしれないから油断は禁物ね。
 最近草むらに入ったことがあるなら、次に吐き気がしたときは、
 『つわりかもしれない』と大人の人にちゃんと相談するんだよ。」
「うん!わかったー!」

(わかっちゃったのかw)
内心でつっこんだ時、ヘクセはあることに気付いて、起き上がった。
「…ここって女人禁制じゃなかったっけ?」
「にょにんきんせーって?」
「女はいちゃダメって意味だよ。」
「でもおねーさん、女の人でしょ?」
「うん。だからこうして閉じ込められてる。
 君はどうしてそこにいれるの?」
「知らないよ。小さい時からここにいたもん。」
「…そうか。」
ヘクセは顎に指を当てて呟いた。
少女は見たところ8、9歳程度だろう。
つわりをよく知らなかった点も、ここの僧達に育てられたとすれば納得がい
く。
「…君のほかに女の人はいるの?」
「うぅん、いない。」
「友達はいる?」
「いないよ。お兄ちゃんとかおじちゃんばっかだもん。」
「そっか。じゃあ、今日から友達になろう。
 私はヘクセ。」
ヘクセは差し入れ口ごしに、包帯だらけの右手を差し出そうとして、
一瞬躊躇し、結局左手を差し出した。
「わたしはアティア。よろしくねー。」
少女はしっかり左手を握り返してきた。
「右手怪我してるの?」
「火傷みたいなものなの。
 人に見せれる代物じゃないから隠しているんだけどね。
 痛みはないよ。」
「ふーん。ねぇねぇ!ヘクセってさ、外のこといろいろ知ってるんでしょ?
 教えて!」
「そーだねー。
 じゃあ、シカラグァって国にある、元ナジェイラ神聖国の
 ダリ・ラーマに会った時の話をしよっか…。」

数刻後、アティアはすっかりヘクセに懐いてしまっていた。



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2007/06/04 22:32 | Comments(0) | TrackBack() | ●神々の墓標~カフール国奇譚~
蒼の皇女に深緑の鵺 07/セラフィナ(マリムラ)
件  名 :
差出人 : マリムラ
送信日時 : 2007/05/23 15:02


PC:セラフィナ ザンクード
NPC:
場所:カフール国境近辺
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 生きてやらねばならない事がある。
 理由はそれだけではなかった。
 彼に勝手に動いてもらうわけにはいかない。
 少なくとも、今は、まだ。



「……森を、北へ進みましょう」

 セラフィナは朝日と共に目を覚ますと、なにやら考えながら口にした。

「色々考えましたが、国内を移動するより山道の方が利点があります」
「おい、もう少し東へ向かえば近いんじゃなかったのか」
「国内へは入れますが、あなたの傷が癒えるまでそれは出来ません」
「……昨日の話はなかったことにして別行動をとった方がよさそうだな」

 ザンクードはセラフィナに聞こえるように大きく舌打ちをした。
 しかし、セラフィナはこの反応を予想していたようだった。

「駄目ですよ。あなたには治療が必要です」
「理由にならんな」
「それに、国内へ入ることよりも首都を目指すべきです」

 セラフィナはきっぱりと言い切った。
 ザンクードの触覚がぴくんと跳ねる。

「首都は北寄りにあります。敵はおそらく知っていますよ」
「敵に近寄るのは自殺行為じゃないのか」
「目的地が同じなら、近付くのもやむをえないでしょう」

 セラフィナのペースで話が進むのは面白くないのだろう。ザンクードは刃物
をちらつかせながらなにやら葛藤している。昨日のように投げつけられること
を覚悟しながらも、セラフィナは話を続けた。

「カフールには霊山と称される結界の張られた山が幾つもあります。彼らの進
軍も、迂回などをせざるを得なくなるのではないでしょうか」

 ザンクードは首を左右に倒すようなしぐさをして肩を回す。そして、改めて
刃物をしまった。

「お前はおしゃべりが過ぎる」

 そして。

「急ぐぞ。やつらに気付かれる前に少しでも進んでおかないとな」
「はい」

 セラフィナは穏やかに微笑んだ。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 時を遡ること数日前。
 カフール国内のある邸宅で、人払いをした女は独り言のように呟いた。

「そう、ギルドもあまり使えないものね」

 女の前で跪く男は、何も言わずに黙ったまま彼女の言葉を待っている。
 彼から報告を受けるのは初めてではないが、いずれも芳しい情報ではなかっ
たようだ。

「噂は広まっていても、確信を持つものはいない。面白おかしく語りながら
も、まさかそんな、と思っている。なんて平和な国なの」

 自分の母国であるにもかかわらず、女は憎らしげにそう口にした。

「護衛剣士が先に国境を越えたのね?」
「はい、そのようで」
「じゃあ、準備が出来次第あの子を呼び戻すつもりなのでしょう」
「あの方は東へ向かっているとの情報もございます」
「西の果てでおとなしく殺されてくれればよかったのに」
「同じ神の血を引く者、貴女様のように強運なのでございましょう」
「あの子と一緒にしないで」
「……申し訳ございません」
「国を放り出したあの子なんかに、絶対に渡すものですか」

 女は吐き出すように言葉を投げた。

「私のものになれば、シカラグァの支援も約束されているわ。何故みんな分か
らないの」

 愛する夫を思い浮かべ、ウットリと宙を見つめる。

「やっぱりあの方が正しいのだわ」

 男は再び押し黙る。

「婚儀を急がず、正式にこの国が私のものになるのを待つべきだった……」
「……」
「でも私待てなかったの。早く彼のものになりたかったのですもの」

 どこか酔ったように言葉を並べると、ようやく思い出したという顔で眼前に
跪く男を睨みつけた。

「もう事故や人の手に期待することなどありません。あの子がここへ戻ってく
る前に消し去りなさい」
「はっ」

 小さい返事と共に去る男。
 女は奥の部屋から現れた男に甘えるようにしなだれかかった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 男は鼻と口を布で覆い、眉をしかめながら新しい痕跡を探していた。

「蟲種の残骸……あの方は何をお考えなのだ」

 異臭は日を追う毎に強くなる。粘り気のある体液が行く手を阻む。しかし、
まだ二日と経っていない粘性を確かめると、目で合図し、手下のものに人の痕
跡を探らせた。

「あの方には護衛剣士以外にも強力な味方がいるというのか」

 手下に聞こえないように呟く。だが、彼女にコレだけの数の無視を相手にす
るだけの能力はないはずだった。命を尊ぶ彼女が、敵と知りつつも残虐な死を
与えるとは考えづらい。

(本当に、これは正しいことなのだろうか……)

 神の血筋を守るためだけに育てられ、そう生きてきた彼は、あの方の意見に
は逆らえない。疑問を持ったところで任務を遂行することには変わらないの
だ。

「向こう岸に野営の痕跡らしきものがあります」
「わかった、みなをそこへ集めろ」

 神の血筋を守るために生きてきた自分が、神の子を殺すのだ。
 一度きつく目を閉じると、何事もなかったかのように男は向こう岸へ向かっ
た。

 セラフィナとの距離は、約半日。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

2007/06/04 22:35 | Comments(0) | TrackBack() | ○蒼の皇女に深緑の鵺
易 し い ギ ル ド 入 門 【26】/イェルヒ(フンヅワーラー)
 自室の扉を開けると、ありえないものを見たような気がして、イェルヒは一度
扉を閉じた。
 在り得ない。あんなもの、在ろうはずがない。なぜなら、出かけ前に、しっか
りと鍵をかけたからだ。通常の鍵に、魔術による鍵までかけた。開錠のキーワー
ドを言わない限り、もしくは自分以上の構築力を持った魔術師にしか、この扉は
開け、そして元の状態で閉まっているはずがない。
 そうだ。見間違いだ。
 自分自身を納得させ、再び扉を開ける。
 簡素で狭い個室は、玄関から自室がすぐ覗ける作りで、そのままイェルヒの普
段使用しているベッドが見えた。
 そのベッドから頭だけが落ちるような体勢で、有り体な表現を使うならば蓑虫
のように体中にロープを巻きつけ、猿轡代わりにタオルを咬まされ、白目を剥い
ている金髪の男がいた。
 そんな体勢だからか、頭に血がたまってしまい、顔は赤い。そしてそれ以上に
額は赤く腫れている。
 しかし、それ以上に目を引く特徴はあった。
 イェルヒのそれと酷似した長い耳……エルフだ。
 急激に襲ってきた眩暈と耳鳴りをどうにか堪えながら、「何故」という言葉が
頭をぐるぐる駆け巡り、脳内を占拠する。
 暗くなる意識をどうにかこじ開けて部屋の中をよく見ると、出かけ前にきっち
りと締めたはずの木造の窓が、破損して歪んだ留め具を揺らしながら、風に煽ら
れキィキィと哀れそうに鳴いているのを発見した。
 蓑虫エルフの腹の上には、毒々しいほどにカラフルで太い文字でなにやら書か
れた紙切れがあった。

”狩ってきた。あまったからやる オルド・フォメガ”

 最後の署名の側には、かわいらくデフォルメされた、ぷっくりとした頬と、く
りんとした目の自画像を模したと思われるキャラクター――もちろん、あの極悪な
目がこんな媚びたような造形で表現するのは大いに異議があるのだが―――が描い
てある。
 意味が不明だ。不明すぎて吐き気がする。
 何を狩った……? この蓑虫をか。
 余っただと……? 他にも多く狩ったというのか。
 ……思考を戻そう。不明だと分かっていることについて考察するのは単なる逃避
でしかないということは分かっている。現実について考えよう。
 意外にも流麗に崩した文体で書かれたその名前には覚えがある。いや、このソ
フィニア魔術学院で彼……正確には、”彼ら”を知らない者は少ない。
 『絶対四重奏』というなんとも浮かれた名称で呼ばれているメンバーの一人、
オルド・フォメガ。しかし、イェルヒが彼に抱くイメージは、「頭の悪いヤン
キー」以外のなにものでもない。
 ともかく。
 自己顕示欲の強いどこかの馬鹿のおかげで、修理費の請求先が判明したのが唯
一の救いだ。そう自分に言い聞かせる。
 ふと、裏にも何か書かれていることに気がつき、めくる。

”アホが見る~♪”

 思わずその紙を裂かなかったのは、イェルヒにも生活というものがあったからだ。
 金が無ければ都会は生きられぬ。
 イェルヒがソフィニアに居住して一番に身につけた感覚だ。

****************************************************************

『 易 し い ギ ル ド 入 門 【26】』 
   
                   ~ 奇跡の愛とは ~

場所 :ソフィニア
PC :イェルヒ (シエル エンジュ アルフ オルド)
NPC:イルラン
****************************************************************

 ごとどたん

 薄い板の作りで出来た建物だ。すぐ下の階下の部屋にはよく響いただろう。も
う夕方を過ぎているので、もしかしたら下の住人は学院から戻っているかもしれ
ない。だが、そんなこと自分には関係ない。文句があるなら言いに来い。そした
ら体調不良を言い訳にコイツを押し付けてやる。
 ベッドから蹴落とした見知らぬエルフを、イェルヒは朦朧とした意識でしばら
く眺めていた。しかし、一向に誰も来る気配が無いので、諦めたようにようやく
のろのろと動き出した。
 周囲には、普通の人間には見えない風の精霊が開放された窓から入り込み、転
がっているエルフの周囲を心配そうに舞う。この男は相当、風の精霊に愛されて
いるらしい。
 うなじの当たりが、チリッとなにか擦れたような感じになり、イェルヒは掻き
毟るように爪で引っかき、その感覚を消す。
 その感覚を、断じて認めてなるものか。
 ロープの結び目は固く引き結ばれている。かなりの馬鹿力である。あっさりと
ほどくことを諦めると、イェルヒは果物ナイフを引き出しから取り出す。刃先を
結び目近くに当て、ぶつりと切り離すと、巻きつけたそれをほどくでもなく、再
びある程度長さを取ってもう一箇所切り、適度な長さのロープを1本作った。
 それを利用して、揺れる窓をくくりつけると、風は退き、部屋に響いたキィ
キィという鳴き声もやんだ。
 もしかすると、こいつが、ナンシー・グレイトの言っていた例の、略奪愛を繰
り返すエルフとやらだろうか。
 いや、きっとそうだろう。ソフィニアにはエルフは少ない。

 発達した魔術が横行するこのソフィニアという場所は、自然の法に従った力で
ある精霊魔法を扱うエルフは滅多に見かけることは少ない。
 イェルヒがソフィニア学院に入学し、まず驚いたのは、普段の精霊を見ること
のできる人間がほとんどいないことだった。
 ある程度力を統べる位の高い精霊を見ることができる人間や、見えなくとも
うっすらと感じることができる人間はいるようだ。
 だが、単に風がそよぎ、火が揺らめき、水が流れたりする様から、それらの存
在を感じる者は、皆無であった。
 魔の領域を研究する機関だというのに、そうした存在がいないことの理由を、
そして、森の長老達が何故人間と交流を断とうとしていたのかの理由を、イェル
ヒはすぐに知ることになった。
 最初のひと月は、精霊達の狂ったけたたましい笑い声や、絶え間なく続くか細
く単調で無意味すぎる旋律、肌にまで振動が伝わる怒号や、うなり声に、啜り泣
きが、時折聞こえるそんな生活に、嘔吐感を抱えたまま過ごした。それから、と
あるきっかけで、精霊を感じないような訓練を始め、ようやく半年かけて日常的
にどうにか暮らせるようになった。
 だが、時折、どうしても防げないものがある。イェルヒが訓練を始めるきっか
けとなった、異空間転移理論を利用した通称『魔道列車』である。初めてそれを
体験した時を思い起こすと、イェルヒは今でも身震いを起こす。
 突如精霊達の悲鳴が天から切裂くように轟き、脳天から足の先まで貫いた。身
体は氷の手で心臓を鷲づかみされたように瞬時に冷え、脂汗が全身から吹き出
し、しばらく全く身動きができなかった。
 こうした異変を感じる者は少人数ではあったものの、他にも何らかの変異を感
じた者もいたようで、ソフィニアを離れざるを得ない者が数人いたようだ。
 今では自分の訓練と、魔道列車の改良のおかげか、あの時ほどひどくはない
が、それでも異空間転移に移ったとき、イェルヒは身を強張らせてしまう。
 魔術は、確かに見えない力の法に則った術だ。しかしまだまだ未解明である部
分が多く、すべてを解明した視点……「神の目」があるとするならば、そこから見
たそれは粗雑で未熟な方法なのであろう。そして乱暴な構築に綻びがあればある
ほど、精霊は力任せに捻じ伏せられる。それが原始的で単純であればまだいい。
高度なものとなればなるほど、巻き込まれる精霊は多い。それの代表が魔道列車だ。
 勿論、精霊を利用した魔術の研究もこの学院では行われている。なにかとから
んでくる豪奢な髪型の、やたら高飛車な女なんかがその類の研究をしている。
 イェルヒは一度だけ見た。確かに、彼女の方法は、他の魔術に比べると精霊の
流れは穏やかなものだった。しかし、イェルヒに言わせればあれは「精霊の力を
借りている」のではない。単に「利用している」のだ。
 何がどう違うのかうまく説明は出来ないが、物質ではないものを捉える眼が、
耳が、肌が、すべての感覚が、そう訴える。
 だが、全てを捨ててまで選んだこの道をもう引き返すことなど、イェルヒには
できなかった。
 だからイェルヒは――学院にいるときは特に――その感覚をできるだけ閉ざして生
活している。

「むぅ…ぐ…」

 背中に転がっている蓑虫エルフのくぐもった呻き。どうやら意識が戻りかけて
いるようだ。
 ならば早く自分の足でお帰り願おう。
 頭痛が響く頭を抱えながら、しゃがみこみ、猿轡のタオルをはずす。そして水
差しの水である程度それを湿らすと、投げつけるように転がっているエルフの顔
にぴしゃりとのせ、自分はベッドに腰掛ける。

「う……ん」

 転がっているエルフは意識を取り戻したのか、顔にのせられた湿ったタオルを
掴んで、はずす。
 綺麗なアーモンド形の大きな目が数秒彷徨い、ようやくイェルヒに向けられる。

「ここ……あなたは」

「何も聞かないし咎めないから、とっとと出て行ってくれ。それが最良だ。
 アンタは被害者だし、そして俺は更なる被害者。それだけだ」

 数度、大きな瞳が瞬き、それが少し半月を痩せたような形になった。

「あなたも、相当変わったエルフのようですね」

 落ち着いたトーンで透き通った声音で、静かに微笑むその佇まいに、イェルヒ
は、なるほど、と鼻に皺を寄せ、息をふっと抜く。
 この清涼感のある甘さならば、数々の女性など簡単に落ちるだろう。間違いな
い、例のエルフだ。
 ただ、ロープでがんじがらめにされて転がったまま、カッコをつけられても間
抜けなだけだが。

「お前に言われたくない。
 人間の女をとっかえひっかえ口説くのは趣味が悪いことこの上ないな」

「人間の魔法を学ぶあなたに言われるとは。
 昨日の公開講座で、幾人からか噂だけはお聞きしましたよ。イェルヒさん」

 コイツと喋ると虫唾が走る。
 それが、イェルヒの抱いた感想だ。

「私は人間が好きなだけです」

「俺は人間も同種族も嫌いだ」

「私と、正反対ですね。私は、同種族も好きですよ」

 不機嫌そうな表情と、涼しい表情の二人のエルフの顔は両者全く崩れないとい
うところでは、共通点であると言えるだろう。

「いい加減、その格好。やめたらどうなんだ」

 蓑虫エルフは、そうですね、と答え、爽やかな笑顔と共に続けた。

「解くの。手伝っていただけますか?」

 誰が。
 そう、続けようとしたが、彼の瞳には確かなる知性の輝きがあった。
 わかって、言っているのだ。
 イェルヒが自分のことを煙たがっていることも、同時に、手伝わないとその
分、自分がイェルヒの部屋に転がっていることになることも。

「なかなかいい性格のようだな……」

 舌打ちを隠そうともせず、イェルヒは蓑虫エルフの解体に取り掛かる。

「ありがとうございます。
 ところで、ここはどこですか?」

「……ソフィニア魔術学院男子寮だ」

 蓑虫エルフは、あぁ、と一人納得の声を出した。

「大体の場所は把握しました。昨日の公開講座で学院から見えたあの建物ですね」

 戒めを解かれ、身体をさすりながらエルフは立ち上がる。

「申し送れました。イルランといいます。
 ありがとうございます」

 差し出された手。人間の挨拶。
 妙な違和感を感じ、イェルヒはそれに応えなかった。
 さして気にした様子も無く、イルランも手を下げる。
 好奇心が無いわけではない。聞きたいことは沢山ある。
 しかし、妙なプライドがそれを邪魔する。
 だから。
 出てきたのは、せせら笑うような言葉。

「冒険者の女が探しているぞ。
 今まで手を出してきた女どもが丸刈りにしたがっているそうだ」

「それですけど」

 と、イルランが、初めて形の良い眉をひそませる。造形が整ってるくせに細い
ので、その動きが分かりやすい。

「手を出してきた女性達、とはどういうことですか? 言っている意味が分から
ないのですが」

 あ? と、思わずイェルヒは声が出た。

「……お前じゃないのか? わざわざ恋人付きの女を狙っては捨てるエルフは」

「? どういうことですか?
 私は、ただ、人間の恋愛感情について、研究しているだけです。
 それを学ぶには、やはり恋愛をしている、感性豊かな女性が最適だと思い、色
々な方からお話を聞き、私の考えを聞いてもらったりはしました。
 究極なる愛とは何か。その情熱はどこから来るのか、それは私にも訪れるの
か。そして、どのような幸福感に満ちた気持ちなのか……。
 しかし、真実の愛を知る前に、彼女らのそれが壊れてしまった。だから、私は
他の女性を求めただけに過ぎません」

 ……イェルヒは、空いた口がふさがらなかった。
 人間が好きだとは言っているが、こいつは何一つ分かっていない。
 姿かたちの良い男から、真摯な態度で愛について語られて、勘違いしない女は
どれだけいるというのか。

「それに」

 瞬間、イルランの表情が一変した。
 今まで、整っているだけに彫刻のような温かみの無かった顔が、夢をみるよう
な陶酔した瞳へ。
 その豹変ぶりに、イェルヒは思わずのけぞった。
 なんなんだ、この……頭の悪そうな顔は。

「もう、それは必要ありません。
 私は、知ってしまいました。
 真実の愛というものを。
 人間というのは、やはり素晴らしい。本で読んだ通り……いや、それ以上の感覚
なのですね、恋というものは」

 春を歌うひばりのさえずりのように、イルランは滔々と語る。
 正直、イェルヒにはついていけない。

「くだらん。
 そんなものなど、単なる勘違いだ」

「えぇ。承知しています」

 イルランは、ひるむことなく、やはり変わりない笑顔で答える。

「しかし、その確証も証明もしようのない、こんな不確かなものが、こんなにも
幸福感を与え、一個人の情動を強く突き動かすことが、素晴らしいことだと思い
ませんか?
 たとえ、勘違いだろうが、それが永続に続けば、それは奇跡です。そうでしょ
う?」

 きらめかせた瞳で見つめられ、イェルヒは、先ほどより頭痛がひどくなってい
るのを感じた。
 眩暈が、した。

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2007/06/04 22:37 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
Get up!! 01 /コズン(ほうき拳)
PC:コズン
NPC: !)巨漢の?アルグレート 受付の人
場所:ダンジョン/アカデミー併設のギルド・エドランス支部

 静寂を保っていた暗い石の地下道。
 その闇の中へ、ゆっくりと灯火と足音が近づいてくる。石壁に映った影か揺ら
めき、足音に舞うホコリが明かりを受けてきらきらと光る。

 闇に侵入してきたのは若い戦士だった。
 革鎧に身を包み、腰には小剣が収まっている。
 右手で赤々とした松明を掲げ、松脂の臭いと吹き散らされたホコリに鼻をひく
ひくさせる。
 左に括った小盾をからりと言わせながら鼻を摘む。

「あー、ちくしょー」

 男はぐりぐりと鼻を動かした後、少し遠くを見る。ただ見ただけなのだが、何
となく睨んでいるように目は尖っている。

「部屋、か」

 酷く悪い目付きの先には凹んだ壁と木製の宝箱がある部屋が見えた。
 朽ちた扉が戦士の方に倒れている。その周辺には壁が崩れ、石やら岩やらが散
らばっている。
 腐敗臭がその下からする、少し石を除けてやると、ライオンの頭やら大蝙蝠の
やらが無茶苦茶にはりついた生き物が見えてくる。
 おおかた、地震か何かで守護者であるキメラが潰れたのだろう。

 戦士は決めつけると宝箱に近寄る。それだけで吹き上がるホコリに顔をしかめ
ながらも、一気に進む。
 守護者以外の罠はないだろうと踏んで、いっきに宝は箱を開ける。


 しばらくの沈黙。


 そして宝箱を閉める。


 開ける。閉める。開ける。閉める。
 引きつり笑いが顔を浸食した。


「ここでカラかよ!!」


 八つ当たりを込めて蹴りを叩き込むと、石畳のがらがらと回って口を開ける。
 巻き上げた輝くホコリが盛大に舞い、松明に照らされたフタが舌のようにぶら
ぶらと動く。

「くそ、ふざけやがって、この野郎」

 どこをどう蹴り飛ばしても、宝箱はからっぽのままだった。





 学校の流用品である机、生徒達の書いたポスターやら依頼の張り紙やらが壁に
掛けられ。

 遅い昼の休み時間であるらしく受付もいない。この場にいるのは巨漢と中肉中
背の青年だけだ。
 
 ギルドの待合室のテーブルに?巨漢の?アルグレートが座っていると、ちりち
りと背筋に重圧を感じた。
 巨漢は頑健そのものの若者でつるりと剃り上がった頭と金色の無駄に豊かなあ
ごひげを夏の太陽に輝かせている。
 その自慢の金色をふわりと揺らしアルグレートは振り返った。

 目に入ったのは赤茶けた髪の青年が睨むような目で、振り向いたアルグレート
を突き刺していた。
 後ろのテーブルに槍をたてかけふてぶてしく座っている。布製の人形をらしき
ものを右手に引っかけてぶらぶらさせていた。
 着ている革鎧はホコリにまみれていて、そのホコリがアルグレートの方へ舞
い、余計に不快感を煽った。

「ああぁん、んだよ。オレになんか文句あんのか?」

 不機嫌に吐き出した低い声だった。

「てめぇに、用はねぇ、後ろからガンとばしてんじゃねぇよ、ガキが」
「うるせぇ、このタコ助、暑苦しいんだよ。反射して眩しいんだ」

それがアルグレートの好戦性を触発させるのに十分なのだろう。

「……誰がタコだと」

 岩のような拳を握りしめ、立ち上がるアルグレート。
 合わせて青年も立ち上がるが、体格差は圧倒的だった。
 鎧こそ脱いではいるが?巨漢の?名の通り、目付きの悪い男の二回り以上大き
く、威圧感は十分だった。そして差もまた十分だ。

 体格とはそれだけで戦士の素質たり得る。大きければそれだけで根本的な筋肉
量が違い、タフだ。
 その大きさでもってオーガーはゴブリンを支配するし、知能ある人間は知能な
き巨竜が圧倒される。
 野蛮な社会であればあるほどに体格はものを言う。

 冒険者、いや、この二人のチンピラにしたって同じことが言える。

「やんのかよ。丁度いい。オレは機嫌がわりぃんだ」

 もっともそれを理解すべき理性は野蛮に取って代わられ、判断は叫びになり思
考は血潮に変わる。

「このオレに、タコは禁句だ、クソガキ。お人形でもうちでいじってな。そいつ
しかお友達いねぇんだろ?」

 口をゆがめる巨漢の顔は嘲りを表した。

 にやりと青年は引きつりながら笑い叫ぶ。

「タコ。オレはクソガキじゃねぇ、コズンだ!」

 激昂される前に、コズンは突っ込んでいく。みぞおちを狙った全体重をかけた
一撃を繰り出すが、体をと筋肉の鎧に防がれる。

 鼻を一つ鳴らすと、アルグレートは近くにあった椅子を持ち上げ、横殴りに叩
きつける。

 鈍い破壊音があたりに響き、ばらばらと木片が散り、その中に布の人形がくる
くると舞う。
 コズンは壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられた衝撃で息を吐き出す。

 しばらく床に体を落とすが、ふらふらと立ち上がり、コズンは口から床へ血を
吐き出す。
 赤茶けた髪は木片がへばりつき、着ている皮鎧には血がこびりいてる。
 右腕を押さえ、壁に寄りかかるそれでもなお、黒い目はにらむように巨漢を見
ていた。

「んだ、これで終わりか、デカ物。いや、このタコ。だったらその暑苦しい頭を
こっちにむけんな、太陽が反射して暑いんだよ」

 しばらくふらついた後、言い放つと力ないふらついた足取りで、床に転がって
いる放り出されぼろぼろになった小さな布の人形を拾い上げる。

 タコ――もとい?巨漢の?アルグレートは歯の奥を鳴らして、殴打を放つ。転
がる音だけが響く。

 人形が宙でくるくると回り、また床へ落ちた。

 受付の人間が帰ってきたときには、木片の飛び散った床で青年が無造作に転が
っているだけだった。


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2007/06/04 22:40 | Comments(0) | TrackBack() | ○Get up!!
異界巡礼-8 「君が望むなら」/フレア(熊猫)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・ゼクス
場所:チェル造船所
――――――――――――――― 

肺が痛くなるほど呼吸をし続けて、ようやくフレアは足を止めた。
濡れた前髪を払い、膝に両手をついて上半身を支えながら目の前の闇に
目を凝らす。

「このあたり…だったはず」
「そうだな」

短い会話をリノと交わす。

造船所は途方もなく広かった――

一体どのくらいの年月放っておかれたのか想像もつかないが、生い茂る緑が
石張りの壁を蹂躙している。
何かの巨大な生き物の骨格を模したような天井の梁と柱にも蔦が忍び寄り、
ひび割れた壁からは様々な色の錆びた水が染み出していた。

そのがらんとした空間の中に、フレアの身体は小さすぎた。
闇は広いあまりに身体の支えをすべて取り払い、均衡を崩そうとする。
風が吹きすさぶ音しか聞こえない荒涼とした景色の中で、
フレアははたと目を留めた。

直線に満たされた空間。余った資材さえ見当たらない何もない広いホール。
野薔薇に遮られ星明りすら届かないその深淵に、その男は立っていた。

「ゼクス!」

ゼクス。ゼクス…。

反響するその男の名前にぞっとしながら、闇の中で茫洋とした姿しか見せない
六本指の男――ゼクスの姿を目に焼き付ける。
その幽霊じみた雰囲気とは裏腹に彼は確かな所作で振向くと、まるでフレアが
胸に飛び込んでくるのを待ち構えるように、両手を広げてみせた。

「やあ。フレア」

羽織った上着の袖を押し上げる細く痩せた腕、
違和感の塊としか言いようのない、6本の指。
底の知れない笑顔。

その姿は、美しい光で獲物を誘う深海魚を彷彿とさせた。

闇と重圧しかない深海で、ようやく見つけた光。
喜び勇んでそこに行き着けば、異形の者があぎとを開いて待ち構えている――

「会えて嬉しいよ。まぁ…我ながら悪趣味だとは思ったけどね。
君にまた逢えるなんて思っても見なかったから――つい」

と、笑い声すら洩らしながらゼクスは腕をおろす。

「リタは?ヴィルフリードはどうした?」

とっさに出た仲間の名前。自分を送り出すために危険な役を
買って出てくれた、大切な仲間の。

マレフィセントは、と訊く事はどうにか堪えた。あの子の
存在を知られるわけにはいかない。

思わず足の重心をずらして、いつでも駆け出せるようにする。

「もしも二人に何かあったら、許さない」
「相変わらず険呑だね」
「答えろ!」

荒く息をつきながら、鋭く叫ぶ。ゼクスは軽く肩をすくませて微笑した。

「二人には何もしてないよ」
「…本当に?」
「僕が何を言っても、誰もがそう言う」

ゼクスはあくまでも余裕だった。指を自分のあごに触れさせて、
瞳の色をわずかに変える。興味の――色に。

「君のほうこそ、パートナーが変わったね?喧嘩でもした?
 またあの男に泣かされたかい?」
「…見ていた、のか?」

フレアの呟きにはとりあわず、ゼクスは急に眉に皺を寄せて憐れむような
表情を作り、 靴音を響かせながらこちらへゆっくり歩いてきた。

「可哀想にね。君、ひとりぼっちじゃないか」
「私はひとりじゃない」

その台詞は、なぜかすらりと言えた。少し前の自分ならまずありえなかった事だ。
その事に内心驚嘆しながらも、ゼクスを睨むのをやめない。

出し抜けにゼクスが言った。

「ちゃんと食べてる?いけないなぁ、成長期だっていうのに」

どこを見ていようとも不快感しか残さないその視線を首筋に感じて、
抗うように睨みつける。

「あの子も心配していたよ」
「なに…!?」

びくりと身体が震える。マレフィセントもこの男と会ってしまった!
だが、すぐに絶望を打ち消して足に力を入れ直す。

「あの子はどこだ?」

もう少しで怒鳴り散らしそうになりながら、できるだけ声を抑えて問いかける。

「いいかい?勘違いしているかもしれないけれど、僕は
君の邪魔をしたいわけじゃないんだ」
「なら、なぜこんな回りくどいことをする?私に会いたいのなら
宿に行って堂々と呼べばいい」

とうとう口調にも怒気が含まれはじめた。
横にいるリノの存在が、辛うじてフレアの自制を助長していた。
ゼクスはもったいぶるように腕を組み、こちらではなく
リノのほうを見ながら答えた。

「そして僕を見た君は、仲間を背にして堂々と剣を抜く?」
「それはっ…」

否定しようとするが、できない。思わずリノを見る。
と同時に、言いようのない罪悪感で思わず膝を着きそうになる。
――巻き込んでしまった。

何を言っていいかわからずただ悲痛な顔しかできないフレアの視線を、
しかしリノは穏やかな表情で迎える。

「フレア、君が剣を抜く必要はない」

すっと騎士は目を細めた。それだけで、一瞬前まで灯っていた
穏やかで暖かい表情が消える。

フレアの頭上で、ゼクスとリノの視線が向かい合う。

ゼクスは無言で組んだ腕を解き、羽織った上着の陰に両腕を仕舞うと、
横手の暗がりに目をやって囁く。

「δμκιλθξ」

声が夜気に触れると同時、淡い光を伴った文字が浮かび上がる――
フレアがどうしても発音できなかったその名を、目の前の男は
いとも簡単に呼んでみせた。
唖然としている間に、正しく名を呼ばれた少女が警戒心ひとつ見せず
皆の前に姿を現す。

「マレフィセント!」

半ば強引にその手を引き寄せて、ゼクスから遠ざける。マレフィセントは
フレアの顔とゼクスの顔を交互に見ていたが、最後にフレアを見て
どうしても理解できないとでも言いたげに首をかしげた。

確かに、今まで出会った中で正しく少女の名を呼んだのはゼクスだけだ。
見知らぬ異界で彷徨う彼女にとって、その響きは僅かな希望を感じさせる
には十分なものだろう。だが、駄目だ。この男だけは駄目だ。

かばうようにして少女を自分の背後に押しやる。だが、それだけだ。

「いろいろ話してくれたよ。君のこと」
「…この子の言う事が…判るのか?」
「もちろん」

ゼクスの言う"もちろん"がどういう意味を含んでいるのか
フレアにはわからなかったが、あえて横槍は入れなかった。

「さて…」

浅い沈黙から皆の意識を引き上げたのは、リノの声だった。
ゼクスがいる方へ一歩歩み寄り、淡々と告げる。

「君はフレアと会えた、我々が探していたマレフィセントも見つかった。
君と我々がここにいるべき理由はもうなくなったのではないかね?」
「そうだね。全くその通りだ…けど、あと一つだけ」

さっとゼクスの視線がこちらを向く。フレアは反射的にその瞳を
見返してから、ほんの僅かに視線をずらした。暗い――赤色。
この色を見過ぎるとよくない、そんな気がした。

「この子はどうやら家に帰りたいというより、
 父親に会いたがっているようだ」
「え…」

マレフィセントの顔を見る。少女は相変わらず薄い表情を端整な顔に
浮かべて、こちらを見つめ返してきていた。

出会って、初めて得た手がかり。
でもその情報源となっている人物は、心の底から信頼できる相手ではない。
フレアがそんな思いに心を捕らえられて黙っていると、リノがふと呟いた。

「母親は?」
「『κλαθ、φφαυσωλ』」

甘く、それでいて苦味のあるかすれた声に反応して、ゼクスの口から
蛍のように淡い光の羅列が廃墟に舞う。
はっと、珍しくマレフィセントが表情を変えた。
幼く丸い瞳を切なげに歪ませて、フレアの手を握る。

「彼女の最後の言葉だ。彼女はもう失われてしまった…。
この造船所のようにね」

そう言うとゼクスは笑みを消して、目を細めた。
どこか遠くを見るような眼差しをしながらも、意識だけは
この場に確実に留めているようだった。そのせいで、依然として
フレアは警戒を解けない。

「フレア、君が望むなら僕はいくらでもヒントを出そう」

再度笑みを浮かべて、ゼクスは上着を羽織りなおした。
まるで周囲の闇を纏ったかのようにそれは音もなく、
ただ不気味に声だけが鮮明に響いている。

「――でも、今日はもう行くよ。君が剣の柄を握るのをやめないと、
その子も怯えたままだろうしね」
「待て!」

とっさに引き止めようと剣の柄から手を離して腕を伸ばす――
が、軽い眩暈を感じ、腕は胸の高さにきたところでふらりと
下がってしまう。思わず頭を抱えて目をしばたかせる。

次に顔をあげた時には、すでにゼクスは霞のように消えていた。

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2007/06/09 12:00 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼

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