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2024/05/05 16:51 |
異界巡礼-8 「君が望むなら」/フレア(熊猫)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・ゼクス
場所:チェル造船所
――――――――――――――― 

肺が痛くなるほど呼吸をし続けて、ようやくフレアは足を止めた。
濡れた前髪を払い、膝に両手をついて上半身を支えながら目の前の闇に
目を凝らす。

「このあたり…だったはず」
「そうだな」

短い会話をリノと交わす。

造船所は途方もなく広かった――

一体どのくらいの年月放っておかれたのか想像もつかないが、生い茂る緑が
石張りの壁を蹂躙している。
何かの巨大な生き物の骨格を模したような天井の梁と柱にも蔦が忍び寄り、
ひび割れた壁からは様々な色の錆びた水が染み出していた。

そのがらんとした空間の中に、フレアの身体は小さすぎた。
闇は広いあまりに身体の支えをすべて取り払い、均衡を崩そうとする。
風が吹きすさぶ音しか聞こえない荒涼とした景色の中で、
フレアははたと目を留めた。

直線に満たされた空間。余った資材さえ見当たらない何もない広いホール。
野薔薇に遮られ星明りすら届かないその深淵に、その男は立っていた。

「ゼクス!」

ゼクス。ゼクス…。

反響するその男の名前にぞっとしながら、闇の中で茫洋とした姿しか見せない
六本指の男――ゼクスの姿を目に焼き付ける。
その幽霊じみた雰囲気とは裏腹に彼は確かな所作で振向くと、まるでフレアが
胸に飛び込んでくるのを待ち構えるように、両手を広げてみせた。

「やあ。フレア」

羽織った上着の袖を押し上げる細く痩せた腕、
違和感の塊としか言いようのない、6本の指。
底の知れない笑顔。

その姿は、美しい光で獲物を誘う深海魚を彷彿とさせた。

闇と重圧しかない深海で、ようやく見つけた光。
喜び勇んでそこに行き着けば、異形の者があぎとを開いて待ち構えている――

「会えて嬉しいよ。まぁ…我ながら悪趣味だとは思ったけどね。
君にまた逢えるなんて思っても見なかったから――つい」

と、笑い声すら洩らしながらゼクスは腕をおろす。

「リタは?ヴィルフリードはどうした?」

とっさに出た仲間の名前。自分を送り出すために危険な役を
買って出てくれた、大切な仲間の。

マレフィセントは、と訊く事はどうにか堪えた。あの子の
存在を知られるわけにはいかない。

思わず足の重心をずらして、いつでも駆け出せるようにする。

「もしも二人に何かあったら、許さない」
「相変わらず険呑だね」
「答えろ!」

荒く息をつきながら、鋭く叫ぶ。ゼクスは軽く肩をすくませて微笑した。

「二人には何もしてないよ」
「…本当に?」
「僕が何を言っても、誰もがそう言う」

ゼクスはあくまでも余裕だった。指を自分のあごに触れさせて、
瞳の色をわずかに変える。興味の――色に。

「君のほうこそ、パートナーが変わったね?喧嘩でもした?
 またあの男に泣かされたかい?」
「…見ていた、のか?」

フレアの呟きにはとりあわず、ゼクスは急に眉に皺を寄せて憐れむような
表情を作り、 靴音を響かせながらこちらへゆっくり歩いてきた。

「可哀想にね。君、ひとりぼっちじゃないか」
「私はひとりじゃない」

その台詞は、なぜかすらりと言えた。少し前の自分ならまずありえなかった事だ。
その事に内心驚嘆しながらも、ゼクスを睨むのをやめない。

出し抜けにゼクスが言った。

「ちゃんと食べてる?いけないなぁ、成長期だっていうのに」

どこを見ていようとも不快感しか残さないその視線を首筋に感じて、
抗うように睨みつける。

「あの子も心配していたよ」
「なに…!?」

びくりと身体が震える。マレフィセントもこの男と会ってしまった!
だが、すぐに絶望を打ち消して足に力を入れ直す。

「あの子はどこだ?」

もう少しで怒鳴り散らしそうになりながら、できるだけ声を抑えて問いかける。

「いいかい?勘違いしているかもしれないけれど、僕は
君の邪魔をしたいわけじゃないんだ」
「なら、なぜこんな回りくどいことをする?私に会いたいのなら
宿に行って堂々と呼べばいい」

とうとう口調にも怒気が含まれはじめた。
横にいるリノの存在が、辛うじてフレアの自制を助長していた。
ゼクスはもったいぶるように腕を組み、こちらではなく
リノのほうを見ながら答えた。

「そして僕を見た君は、仲間を背にして堂々と剣を抜く?」
「それはっ…」

否定しようとするが、できない。思わずリノを見る。
と同時に、言いようのない罪悪感で思わず膝を着きそうになる。
――巻き込んでしまった。

何を言っていいかわからずただ悲痛な顔しかできないフレアの視線を、
しかしリノは穏やかな表情で迎える。

「フレア、君が剣を抜く必要はない」

すっと騎士は目を細めた。それだけで、一瞬前まで灯っていた
穏やかで暖かい表情が消える。

フレアの頭上で、ゼクスとリノの視線が向かい合う。

ゼクスは無言で組んだ腕を解き、羽織った上着の陰に両腕を仕舞うと、
横手の暗がりに目をやって囁く。

「δμκιλθξ」

声が夜気に触れると同時、淡い光を伴った文字が浮かび上がる――
フレアがどうしても発音できなかったその名を、目の前の男は
いとも簡単に呼んでみせた。
唖然としている間に、正しく名を呼ばれた少女が警戒心ひとつ見せず
皆の前に姿を現す。

「マレフィセント!」

半ば強引にその手を引き寄せて、ゼクスから遠ざける。マレフィセントは
フレアの顔とゼクスの顔を交互に見ていたが、最後にフレアを見て
どうしても理解できないとでも言いたげに首をかしげた。

確かに、今まで出会った中で正しく少女の名を呼んだのはゼクスだけだ。
見知らぬ異界で彷徨う彼女にとって、その響きは僅かな希望を感じさせる
には十分なものだろう。だが、駄目だ。この男だけは駄目だ。

かばうようにして少女を自分の背後に押しやる。だが、それだけだ。

「いろいろ話してくれたよ。君のこと」
「…この子の言う事が…判るのか?」
「もちろん」

ゼクスの言う"もちろん"がどういう意味を含んでいるのか
フレアにはわからなかったが、あえて横槍は入れなかった。

「さて…」

浅い沈黙から皆の意識を引き上げたのは、リノの声だった。
ゼクスがいる方へ一歩歩み寄り、淡々と告げる。

「君はフレアと会えた、我々が探していたマレフィセントも見つかった。
君と我々がここにいるべき理由はもうなくなったのではないかね?」
「そうだね。全くその通りだ…けど、あと一つだけ」

さっとゼクスの視線がこちらを向く。フレアは反射的にその瞳を
見返してから、ほんの僅かに視線をずらした。暗い――赤色。
この色を見過ぎるとよくない、そんな気がした。

「この子はどうやら家に帰りたいというより、
 父親に会いたがっているようだ」
「え…」

マレフィセントの顔を見る。少女は相変わらず薄い表情を端整な顔に
浮かべて、こちらを見つめ返してきていた。

出会って、初めて得た手がかり。
でもその情報源となっている人物は、心の底から信頼できる相手ではない。
フレアがそんな思いに心を捕らえられて黙っていると、リノがふと呟いた。

「母親は?」
「『κλαθ、φφαυσωλ』」

甘く、それでいて苦味のあるかすれた声に反応して、ゼクスの口から
蛍のように淡い光の羅列が廃墟に舞う。
はっと、珍しくマレフィセントが表情を変えた。
幼く丸い瞳を切なげに歪ませて、フレアの手を握る。

「彼女の最後の言葉だ。彼女はもう失われてしまった…。
この造船所のようにね」

そう言うとゼクスは笑みを消して、目を細めた。
どこか遠くを見るような眼差しをしながらも、意識だけは
この場に確実に留めているようだった。そのせいで、依然として
フレアは警戒を解けない。

「フレア、君が望むなら僕はいくらでもヒントを出そう」

再度笑みを浮かべて、ゼクスは上着を羽織りなおした。
まるで周囲の闇を纏ったかのようにそれは音もなく、
ただ不気味に声だけが鮮明に響いている。

「――でも、今日はもう行くよ。君が剣の柄を握るのをやめないと、
その子も怯えたままだろうしね」
「待て!」

とっさに引き止めようと剣の柄から手を離して腕を伸ばす――
が、軽い眩暈を感じ、腕は胸の高さにきたところでふらりと
下がってしまう。思わず頭を抱えて目をしばたかせる。

次に顔をあげた時には、すでにゼクスは霞のように消えていた。

――――――――――――――――
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2007/06/09 12:00 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼

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