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2024/05/16 22:57 |
アクマの命題【14】 障害/メル(千鳥)
 なんと傲慢で自分勝手な理論だろう。
 禁忌である黒魔術にふれ、多くの死者をだした今回の事件の発端は彼自身だ。
 それなのに、言い返す言葉が見つからないのは、スレイヴの言葉が真実だから。
 理想や信仰心や疑心といった色々な感情や言葉が頭の中で膨らんでは萎(しぼ)んで、何一つ意味を成さない。
 彼に反論する術を見つけられない。
 これが彼の魔法だとしたら、何と悪魔的だろうか。

〝俺は知ってるぞ、魔法使い。お前は悪魔より狡賢く、神々さえも欺いているだ〟

 説話の中の悪魔の言葉。言われたのは誰だっただろうか。

††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル スレイヴ
NPC:男子生徒 
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††


「スレイヴさん…貴方は、敵なのですか?」

 スレイヴが敷いた魔法陣はまぶしいほどの光を放ち、室内に旋風を起こした。
 立っているのがやっとの状況の中、メルは声が震えるのを必死に抑えながら尋ねた。
 彼がメルの求める答えを返してくれるとは思えなかったが、それでも訊かずにはいられなかった。

「敵とは?私は貴女の行いを邪魔した覚えなどありませんが」

 いつものごとく、スレイヴは相手の言葉を反芻するように尋ね返す。
 彼に伝えた言葉はいつも自分に返ってくるのだ。
 まるで自分の心と話しているかのように錯覚に陥る。
 気を抜けない、いや、彼に気を抜くなど自殺行為だ。
 
「それでも、たくさんの回り道をしました。悪魔を呼ぶということがいかに危険なのか分かっているのですか?彼らの領域に踏み込むという事は神の加護の元から自ら離れるということです。貴方はイムヌス教と…神と敵対するおつもりですか!」

 スレイヴは不思議そうにメルの顔を眺めた。

「残念ながら、私は今まで生きてきて神に守られた記憶はありません。貴女は違うようですがね、シスター。そして、神と敵対するなど私には思っても見ないことです。神は敵ではない。私は神という存在に、全く興味も関心もないのです」
「!」

 絶句するしかなかった。 
 常に神と共にある事を誓ったメルにとって、スレイヴは理解の範疇を超えていた。
 彼が悪なのかは分からない。でも、彼の精神は怖い。いつか、メルを、イムヌス教を脅かすのではないか。

「スレイヴさん。わたくしには悪魔の手から人々を救うという、神より与えられた使命があります。ですから、私利私欲の為に悪魔を利用する貴方を見過ごす訳には行きません」
「貴女の精神は確かに立派に聞こえますね。しかし、全ての事象を白黒、善悪に分けるのは良くない。それ以外の全ての本質を見誤ってしまう。ほら、そのせいで貴女は一人の男を救済し損ねてしまいましたよ」
「え…?」
「とうとう本性を現したな!スレイヴ・レズィンスめ!!」

 スレイヴがそう告げると同時に、扉が勢いよく開け放たれた。
 
「あなたは…」

 そして勇ましく声を上げたのは、先ほど会ったノッポの男子生徒だった。名前は知らない。聞き出せなかった事をメルは今激しく悔やんでいた。既に彼は最初に会った時とは別人かもしれなかったからだ。

「これは傑作ですね!シスター!」

 後ろでは、スレイヴが面白くて仕方が無いといった笑い声を上げていた。
男子生徒の背中からは、人間が持つはずの無い黒い羽根が突き出していた。その顔は特徴の無い面長の顔から、血管をいくつも浮かび上がらせ牙を向く凶悪な表情へと変化していた。

「何がおかしい!!この極悪魔術士が。メルちゃんをどうするつもりだ!」

「彼は貴女を救う力を欲して、よりによって悪魔と契約をしたようですね」
「そ…そんな」
「悪魔と契約する時点で彼の判断能力はだいぶ鈍っていたのでしょう。悪魔はそこを狙った。貴女は気がつくべきではありませんでしたか?」
「……」

 スレイヴの言うとおりだった。先ほどあった時、彼の様子は既におかしかったのだ。しかし、メルはスレイヴのことで頭がいっぱいで彼にまで気を回すことが出来なかった。

「わたくしの、ミスです」

 彼と悪魔がどのような契約を行ったかはわからない。しかし、彼の姿が悪魔と融合してからまだ時間は経っていないはずだ。今ならまだ間に合うかもしれない。

「わたくしが、落とします」
『ほぅ、お前のような小娘が我々悪魔に刃向かうだと?』

 少年の口から、挑発的な男の声が響いた。
 しかし、その言葉に反し、少年の顔には焦りが浮かんでいる。自分の体が何者かに乗っ取られ、思い通りに行かなくなっている事に気がついたのだ。体の支配権が完全に悪魔に変わるのは時間の問題だった。

「わたくしはエクソシストです。悪魔よ、一度だけ懺悔の機会を与えます。己の罪を認め神の足元に跪きなさい!」
『生意気な人間め!お前が我が前に跪くがいい!!』  
  
 悪魔の咆哮が殺意を帯びた力となりメルに放たれた。
 メルは十字を握り聖句を唱えると、足元に防御の結界を張った。そして次に起こるであろう衝撃に身を構える。

「“爆発”」

 しかし、メルの結界に悪魔の力が及ぶより早く、スレイヴの陣が発動し、爆音を響かせた。土煙がたちこもり視界が遮られたが、メルの結界には殆ど衝撃が伝わらなかった。スレイヴが己の魔法で悪魔の攻撃を相殺したのだ。 
 
「どうして、助けたんですか!?」
「貴女はまだ、私の事を障害だと思っているのですか?シスター・アメリア」
 
 メルは信じられない思いで後ろを振り返った。たった今まで自分に向けられていた魔法が、悪魔の動きを止めたのだ。しかし、スレイヴは先ほどと変わらぬ笑みを浮かべ言った。

「東方にはこんな諺があるそうですよ。“急がば回れ”ってね」


 †††††


〝クラトルよ、イムヌスに使える大賢者よ。
 俺は知ってるぞ、魔法使い。お前は悪魔より狡賢く、神々さえも欺いているだ。
 その知を使って愚かな者たちを騙し、もっとおもしろ可笑しく暮らそうじゃないか?〟

 賢者クラトルは、悪魔が伸ばしてきた手を杖でぴしゃんと叩いた。

〝悪魔よ残念だが、私が一番楽しいのはこうして愚かなお前たちと語らう事なのだよ〟

 すると、悪魔は見る見るうちに小さな灰色のねずみに姿が変わり、クラトルの梟(ふくろう)に食べられてしまった。
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2007/02/10 22:12 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【15】 目的/スレイヴ(匿名希望α)
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PC:スレイヴ メル
NPC:男子生徒 
場所:ソフィニア魔術学院
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 スレイブは微笑む。
 メルが見事に困惑している。少し種明かしをした。いそがば回れ。つまりはここに来る
までに回り道をした。しかし、それらはここに来るための手段であり、ここがたどり着く
べき目的の場所ではない。
 全てはこれからのために。

これから繰り広げる■劇のために。

 口調、態度から察するにはメルをこの場に案内した時に挑発をした悪魔の可能性が高そ
うだ、とスレイブは判断する。
 男子生徒に憑依……。
ターゲットが、切り替わる。

「貴方は確か……何度か見掛けた記憶がありますね」

 少年の表情に驚きが走る。こんなやつに覚えられているとは、と。
 その口調は普段とさしてかわらず、悪魔憑きの人物の前にいるとは思えないほど穏やか
だった。
 付き合いが長い人間なら、コレに対して予兆を感じたかもしれないが、ここにはいな
い。それが不幸か幸いか先にも後にも判断がつかないだろう……

「彼の名前をご存知ですか!?」

 急くようなメルの声に掠める記憶がある。悪魔退治などには、それらに付けられた名前
を知っていると知らないとでは、大分違うらしい、と。

「あぁ、生憎ですがそこまでは知りませんね」

 表情の曇るメル。対して少年の顔には微かな安堵が映る。少年本人の感情かそれとも悪
魔のモノか、判断はつかない。
 ここで少年はメルが名前を知りたがっていると気付いただろう。だが、口が、舌が、喉
が、腹が、自分の意思で動かない事に驚愕している。
 悪魔は舐めるように少年の絶望を味わっていた。

『残念だったな小娘』

 少年の口から少年の言葉ではないモノが発せられた。
 失点を見つければ悪魔はそこを攻め立てる。安易なプレッシャーのかけ方だ。しかし簡
単だからこそ常套手段となる。

『俺を落とす?こいつ程度に振り回されてる貴様に俺が落とせるものか!小娘、オマエの
姿は滑稽だったぞ!』

 どこからか見ていたのだろう、悪魔は嘲笑う。ここで襲ってきた時からだろうか。
 と、そこでスレイブがふう、と息をつく。

「やれやれ、こいつ扱いとはヒドイですねぇ」

 ここに来ても彼の会話のトーンはかわらない。悪魔に対してでさえ友人に語りかけてい
るようだ。本当に友人か何かなのでは?という疑問が沸く。メルはそこをぐっと押さえ
た。スレイブ・レズィンスという人物は、どのような存在に対してでも同じなのでは、と。

「まあ、確かに貴女の姿は興味を引くものでしたね、シスター」

 キッとスレイブに鋭い視線を向ける。悪魔に同意するとは……、と言いたげな目。
 そこでニヤリと笑うスレイヴ。

「しかし、それらと悪魔を落とすという事は別問題ですよ」

 今度は悪魔の方がスレイブを睨んだ。その凝視を涼しげにうける。

『貴様、この俺が小娘より劣っているとでもいうのか』

 言葉は静かだがその分重い。

「この俺、と言いましても私は貴方の事を知りませんし、何を判断材料にすればよいので
しょう?」

 当然の如く切り返す。名前くらい解れば、と問い掛けてみた。
 すると悪魔は大笑いする。

『何を言うのかと思えば!そんな幼稚な罠に引っ掛かるはずがないだろう!』
「ひっかかりませんでしたか。予想外ですねぇ。名前を言ったのなら大ウツケと指を指し
て笑って上げようと思ったのですが、残念です」

 あたりまえだ、と言わんばかりに失笑する悪魔。
 だが、その罠にひっかかる程度の悪魔という認識をスレイブが持っている事に気付いて
いない。

「しかし、それも悪魔を落とすという事とは別問題ですよ」

 少年の眉間にしわが寄る。彼の体の支配は徐々に悪魔に奪われている。

「スレイブさん!今はそんな事を言い合っている場合ではありません!悪魔が彼の体を完
全に支配する前に……」
「果たして彼は、あの悪魔から救うほど価値がある存在でしょうか」
「な……何を言うのですか!?」

 メルが絶句する。スレイブのようなタイプは始めてなのだろうか、彼の思考の一つ一つ
に戸惑っている。
 品定めするかのように、少年はスレイブを見る。
 彼の表情が能面となりながらもスレイブは自分自身に向けられる意思を感じていた。

「等価交換。彼は契約によって力を借りたのです。代価を払うのは当然でしょう」
「しかしこれは悪魔の……」
「別問題ですよ、シスター」
「でも……っ!」
『面白い事を言う。アイツが気にする事はある』

 閉口していた悪魔がスレイブらのやり取りに口を挟む。スレイブはふと思い立つ。

「おや……彼の意思はもうないのですか?」
『ふむ、この愚か者の事か。体は動かせないが意識は明瞭にある』
「これからお楽しみという事ですか」

 その台詞はメルの神経を逆なでた。
 平手がスレイブの頬へ跳ぶが、体を軽くそらしてかわす。

「貴方という人は!」
「私は事実を述べたまでですよ。彼はこれから死ねない苦しみというものを味わうことに
なりそうですから」

 二発目の平手は飛んでこなかった。
 威嚇するようなメルに、スレイヴはやれやれと首をすくめる。それから視線を少年へと
向けた。
 彼はまだ、少年と呼べる存在なのだろうか?

「たとえ爪が剥がれようと、腕を折られようと、貴方は失神もできずに悶え苦しむので
す。痛撹はありながら自分の力で制御出来ない体自らがその痛みを与えることになるのです」
「スレイヴさん!!」

 スレイブが言うのは確かな未来ではない。しかしその可能性は充分にあることをメルは
知っている。
 彼が少年でなくなる事を促進するような内容である。
 メルは止めさせるべく声を上げるが、止まるはずもなかった。

「体の自由が利かなくなり、精神を蝕み、なおかつ正常な思考と感覚を残し、身体が変形
する苦痛と、在るべきはずもない意思に触れ。それでも気を失うことが出来ず、正気を失
うことができず。死にたくても死ねない。完全に乗っ取られた体は人間の理から離れ永続
的に生存するでしょう。あぁ、生存という言葉は正しくないですね。
何せ人間としては既に死んでいるのですから」

 まだ残っている少年へ向けた言葉は凍てつきかけた少年の心を突き放すものでしかない。
 反比例するかのようにスレイヴの言葉は弾んでいるように聞こえる。
 悪魔は微動すらしかなった。おそらく少年にこの言葉を聞かせるためだろう。
 先ほどに比べ幾分か法陣の発する光が弱くなっている壊れかけた室内。三者……正確には
四者は未だ対峙しているだけだった。

「そもそも貴方は生きていたと言えるのですか?日々勉学に明け暮れる魔法学院の生徒と
言えば聞こえはいいでしょうが…貴方にはそれだけに打ち込める意思はありましたか?あ
れば貴方はこのような場所にいるはずがないでしょう。貴方は何をしたかったのですか?
いえ、質問を変えましょう。何をしにこの魔法学院の門をくぐったのですか?」

 スレイヴの言葉は少年のあり方にまで及んでいる。
 彼を止めるかべきか……聖職者なら止めるべきなのだろうとメルは心に思うが、圧倒され
て行動にならない。
 経験不足か力不足か、その一歩が踏み出せない事に苛むメル。
 だが、後悔する間すら与えず場は進んでいく。

「貴方の趣向は伺ってますよ。まぁこの状況に免じて口に出すのは止めておきましょう。
学友からも講師からも白い目で見られる貴方は生きている意味はあるのでしょうか?消え
てもらった方が環境にいいでしょうね。おっと、悪魔の餌になるという事ができまから、
存在しないよりマシでしょうか」

 最後にスレイヴは鼻で笑う。自分とはまるで関係ない存在だ、という事を強調するため
に無関心そうに。
 次々と攻め立てる言葉を並べるスレイヴに、メルは再び絶句していた。
 何故この人は、ここまでひどいことが言えるのだろう。現状を忘れてその一点だけに思
考が回る。
 悪魔は表情を露(あらわ)にした。底から来る快楽を抑えるように笑いをこぼしながら。

『貴様は本当に人間か?……なるほど、そういうことか』

 だが、次の言葉で全てが一変した。

「それでも助かる事を望みますか?」

 スレイヴの声。
 瞬時に、理解できなかった。
 一時の沈黙の後、メルが我に返る。

「な!?」

 驚きは悪魔も同様『キサマ……』と呟き睨みを利かせる。
 無論。スレイヴは無視している。
 場が再び荒れ始めた。視得ない力が波立ち始めている。

「地面にはいつくばり、土や泥と塗(まみ)れようとも自らの意思で生きる事を望みますか?」

 見下した嘲笑を前面に押し出してスレイヴが再度問いかけた。
 瞬間、悪魔とは違う微かな力が場を通る。……いや、少年を中心に発せられていた。
 それを合と採ったスレイヴはその口を歪め、笑顔を浮かべた。
 表現し難い、氷の炎のような笑顔を。

「ならば私に助けを請いなさい。悪魔を拒絶しなさい。貴方も魔術士の端くれなら心の底
からの叫びを上げて自らを主張しなさい。貴方にも見た夢、欲望があるでしょう。それら
の為に祈りなさい!行動力や実力が伴わなくともそれくらいならできるでしょう!さぁ、
貴方の欲望を成す為に、私に助けを請いなさい!」

 表情を隠そうともせず、存在を繕うともせず、スレイヴは少年に向かって叫んだ。
 これはまるで────

「なんという……」

 表現する言葉が見つからないメルは呆然と呟いた。
 その最中、悪魔に異変が起きてた。
 少年が自らを叫び、悪魔に抗うという術(すべ)を実行しているのだ。

『ぐ……キサマ!』

 ただの一般人なら悪魔にとって問題はなかった。
 少年は一見落第した学生だが、”魔法学院の生徒”であり、”力を使う術”も学習している。
 抵抗力は……弱くはない。だが、憑かれて時間が経過している。はじき出すまでには至ら
なかった。
 にやりと笑うスレイヴを、人間とは違う表情をした少年が睨む。

「氷結」

 短く呟いた言葉。同時に少年の足元に現れる光陣。
 乾いた木材を叩いたような音が響き、陣の上に氷のオブジェが出来上あがった。
 それらは空気中の水蒸気だであり、悪魔は補足されまいと既に飛び退いていた。
 続けざまスレイヴは次の法を敷く。

「雷電」

 彼の背後。中空に子供の背丈ほどの円陣が浮き上がった。
 帯電しているソレは近づくモノへと放電する。少年の腕が一振り、電子の束を払うと突
風に吹かれたかのように法陣が消し飛んだ。
 突然開始された攻防。メルは出遅れて……というより混乱していた。
 今までの過程、そして現状。彼の言動が一本につながらない。
 だが目の前で行われているのは戦闘行為であり、対峙しているのは少年についている悪
魔ということだけはかわる。
 咆哮による力の解放。
 波動となって押し寄せるそれらに対しスレイヴは「防護」と小さく呟いて射線上に陣を
敷く。
 十字を握り締めたメルは、防護陣の影響範囲に移動しつつ参戦すべくスレイヴの隣に……

「!?」

 だが、彼の咆哮は質……いや目的が違った。
 音が消える。
 思わず上げようとした声すら、自らの耳に聞こえてこなかった。スレイヴも眉をひそめ
ている。

『どうだ!唱えられまい!』

 沈黙結界……とでもいうのだろうか、悪魔は詠唱を封じる術に嵌ったということになるだ
ろう。
 その中でも悪魔の声が聞こえるというのは、正に彼の手中のなかということだろう。
 魔法を使えぬ魔法士、聖句を唱えれぬ聖職者、手法を封じることにより優位に立つ。

 表情を悦に歪め、スレイヴに迫る少年。
 メルがスレイヴの間に入ろうとしたが、それよりも早くスレイヴが前に出た。
 意表を付かれたが、術を使えない人間など相手になるまい、とスレイヴに強化した少年
の右手を突き動かす───

 音が聞こえたなら、さぞ重い音がしただろう。
 スレイヴの左腕には法陣が三つ、大きめの腕輪のように現れていた。効果で言えば加
速・硬化・防護。
 左手の掌が少年の腹部を強(したた)か打ち抜いた。
 その勢いによって飛ぶはずの少年だったが、吹き飛んだのはその中身だった。

『な……使えるはずなどっ』

 崩れかけた壁に叩きつけられた悪魔は叫ぶ。少年から全力で拒絶され激しい衝撃を受け
た悪魔は、少年の体から弾き飛ばされていた。
 同時に沈黙の領域がなくなり、空間に音が戻る。
 すぐさまメルの耳に聞こえてきたのはスレイヴの高笑いだった。

「クク……あーはっはっは!!馬鹿ですか貴方は!その程度ですから彼女も貴方など見向き
すらしないのですよ!」

 足元で崩れ落ちる少年を他所に、髪をかきあげながら叫ぶスレイヴ。
 正に絶頂、といわんばかりにスレイヴは笑い散らしていたがふっと声がやむ。
 メルを振り返るスレイヴ。それは満足したような笑みだった。

「……おっと、失礼。後は貴方の仕事ですよ、シスター」


2007/02/10 22:24 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【16】 祈り/メル(千鳥)
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PC:メル スレイヴ
NPC:男子生徒・悪魔 
場所:ソフィニア魔術学院
†††††††††††††††††††††††††
 
 スレイヴの攻撃を受けた悪魔は呆然とした表情で膝をついていた。
 そんな自尊心の高い闇の眷属を存分に嘲笑うと、スレイヴは満足そうな顔で振り返った。

「後は貴女の仕事ですよ、シスター」
「は…はい」

 今、この場を制しているのは間違いなく彼だった。
 メルはといえば、頷くものの、スレイヴの戦いに圧倒されて動くことすら出来なかった。あんな乱暴な悪魔の落とし方など、今まで見たことも聞いたことも無かった。しかし、スレイヴは確かに自分の目の前で悪魔を少年から引き離した。

 声を封じられた状況で。

 踏んできた場数が違うのだ。スレイヴは悪魔のあしらい方を十分に心得ていた。

「うぅ…」

 足元で少年の呻く声が聞こえた。メルは我に返ってしゃがみこむと少年に触れた。
 良かった。ちゃんと生きている。
 そっと額に手を触れて回復魔法を唱えてやると、メルはスレイヴを見上げた。

「スレイヴさん、援護はいりません。どうか彼を安全な場所へ」

 少年の身が心配だった。
 外傷こそ見られなかったが悪魔憑きには様々な後遺症が付きまとう。バルドクスやメルのように…。

「それは、私が貴女を見殺しにして構わないと言う事ですか?」

 スレイヴは眼鏡を上げる仕草をしたあと、世間話をするような気安さでメルにたずねた。
 メル一人では力不足だと告げているのだ。

「わたくしは死にませんわ。わたくしには神のご加護がありますもの」

 メルは彼に散々振り回されてきた。今でも、スレイヴが善か悪か、どちらに身を寄せる者なのか分からない。しかし、彼はけして約束をたがえるような人物ではない。何故かメルはそう確信していた。

「お願いします」
「…いいでしょう」

 スレイヴはそれだけ答えると、少年を肩に背負ってゆっくりとした足取りで歩み始めた。

『みすみす逃がすと思ってるのか!』

 起き上がった悪魔の爪が空気を裂いた。刃のように鋭い風がスレイヴを襲ったが、彼は指一本、声一つ出さずに防御の魔法陣を展開し攻撃を弾いた。彼の魔法の発動条件が『声』ではないことは、これで一目瞭然であった。

「おっと。取りあえず私は退場しますよ。相手を間違えないように」

 スレイヴは口の端だけ上げて笑いを作るとまるで無関心に背を向けた。

「偉大なる神とイムヌスの母の名のもとに、悪しきものを退ける力をわたくしにお与えください」 

 メルは懐から聖水を取り出すと、指先をぬらし十字に切った。

『小娘ごときが、お前一人で何ができる!』

 悪魔の怒声に、ガラス瓶がピシリと鈍い音を立てて散れる。メルの赤い血を含んだ聖水が指先から滴り落ちた。

「!」

 メルの瞳が一瞬だけ恐怖で揺れたが、直ぐに強い光が宿る。
 悪魔と一対一。もう引き返す事はできない。

「我は神より使わされし者なり 光を恐れるものよ いますぐこの場をさりなさい!」

 黒い翼を広げ、悪魔が跳躍した。

『そのような弱き光、飲み込んでくれるわっ!』
「【Sanctuary】!」
 
 跳び出すと同時に悪魔が放った魔法を、メルの結界が防いだ。
 メルの足元には術者の精神力を高め、悪しき力を阻む【聖域】が広がる。
 
「聖所を侵す事など出来ませんわ」 
『地は神のものに非ず! その下に眠るのは闇と混沌』

 メルの言葉を鼻で笑うと、悪魔は指を地面に向け言葉を投げつけた。同時に大地に、亀裂が走る。裂け目は聖なる言葉を切断し、言葉は単なる記号へと還し――聖域が破られた。
 己の首めがけて伸びた悪魔の爪を辛うじてかわし、メルは清めた指先を素早く下ろした。

「退きなさい!」

 濡れた指先より放たれた水滴が、光る鳥へと姿を変え、悪魔を撃退する。

『くッ!』
 
 腹部を押さえ、悪魔が後退した。聖水が触れた部分が熱傷になっていたが、致命傷には遠い。
 
「………」

 血と聖水が乾いた指から鉄の臭いがした。
 聖水がなくなった事で、メルの手札は随分減ってしまっていた。

 本来、エクソシストの仕事は『退魔』である。
 悪魔を退ける術(すべ)は持っていても、悪魔を葬るほどの力は無い。悪魔の巧みな罠を回避し、拘束し、神の領域から退散させるのがエクソシストなのだ。それ故、『抹殺』を目的とした悪魔退治においては、騎士団(オルデン)の聖騎士とエクソシストがペアを組んで挑むことが通常だった。
 
 教会は今回の調査で悪魔が再び出現する事を予期していなかったのだろうか?

「アルヴァード祈祷書 第三章第一節…きゃっ」

 メルが捕縛の言葉を投げかけるよりも、悪魔の動きは素早かった。防御する暇も無く右胸に激痛が走り、悪魔の鋭い爪がメルの身体を突き刺していた。

 がはっ!

 息を吐く代わりに、喉からは血が噴き出した。苦しげに顔を歪ませるメルを見て、悪魔が嬉々として翼を奮わせた。

『生意気な聖職者め!どう痛たぶってやろうか』

 悪魔はさらに力を込めた。悪魔の指先がメルの身体を探り、心臓を貫いた―――。

「っアァ!!」

 メルは悲鳴を上げた。 
 心臓に戻ろうとする血液が、傷口から流れ落ち、メルの足元に溜まりを作った。がくがくと痙攣するメルの身体は、まさに悪魔の腕一本で支えられていた。

『苦しいだろう?かわいそうに…神など捨てて、我等につくというのならその命繋いでやっても良いぞ?』
「……」
『この苦しみから解放されたいだろう?』
 
 朦朧とする意識の中で、悪魔のねっとりとした声だけが聞こえた。
 悪魔に屈しなくとも、普通ならば直ぐにでもこの身体は苦痛から開放されるだろう。神の元へと召されることで。しかし、メルにそれは許されていなかった。

 『悪魔の心臓』―――悪魔ベルスモンドに与えられた不死に限りなく近い身体。

 目の前の悪魔は気がつかないのだろうか?右胸を貫らぬかれたはずの少女の身体が、未だ彼女を生かそうと脈うっていることに。 
 悪魔はゆっくりと腕を回し傷口を広げ、メルの悲鳴を聞いては嬉しそうに笑っていた。
 こんな事ではメルは死なない。しかし、傷口の回復が追いつかないため聖句を唱えることが出来なかった。

『呪うなら神の無能さを呪うんだな!』

 メルは、震える手をロザリオに伸ばした。祈祷書の内容を頭の中で反芻する。足元に落ちた祈祷書がひとりでにめくれ、あるページを示した。
 【第三章第一節 戒めの鎖】
 しかし、声の変わりに口から出るのは苦痛による悲鳴でしかなく、余りに無力な自分に思わず涙がこぼれた。


「神の加護とは…この程度ですか」

 悪魔の笑い声に混じって、ため息のような呟きが聞こえた。
 そこには、深々とその胸を貫かれたメルを淡々とした様子で見つめるスレイヴがいた。
 たった一人で、再びこの場に戻ってきた彼の表情に名前をつけるとしたら、落胆だろうか。

『フハハハッ!お前も今にこうなるのだ!!戻ってこなければその命、助かったものを!!』
「五月蝿いですよ。ウィンダウス」

 スレイヴの声には悲しみも、怒りも感じられなかった。
 しかし、その声に、名前に、悪魔の顔が笑ったまま凍りついた。ぱくぱくと魚のように口を動かすと、上ずった声で叫ぶ。 

『何故!?お前がその名を!』
「おや、もしかして正解ですか?」

 とぼけた声で答えるスレイヴに悪魔はぐっと歯を食いしばって己を抑えた。
 この魔術士が己の名を知ったところで何ができるというのだ。
  
(ウィンダウス…これが悪魔の名前!)

 スレイヴがどうやって名前を突き止めたのかは分からなかったが、悪魔が動きを止めたことで、メルの傷口は少しずつ治癒を始めていた。
 先ほどの勢いが嘘のように、悪魔の表情には焦りが見えた。

『次はお前だ!』

 悪魔はメルの体から腕を引き抜くと、思い切りその身体を投げ飛ばした。メルの軽い身体は、そのまま床に叩きつけられる。
 同時に、傷ついた組織が歓喜するように急速に増殖と再生を始めた。
 否、これは再生などではない、全ては元に戻ろうとしているのだ。あの瞬間に、13歳のメルの身体に、悪魔軍団長ベルスモンドと出会った『悪夢の日』に。

「ウィンダウス!」

 メルの力強い声が悪魔の名前を呼んだ。名を呼ばれた悪魔の身体がビクリと一度震え、硬直した。聖書が輝き、悪魔の身体を鎖が戒める。

「その名は既に神のもと 光と共にあるもの お前のモノであるものは何一つ無く 闇がお前に与えるものは何も無い」

 最期の抵抗、いや逃走の為に悪魔の敷いた帰還の陣が、メルの言葉に急速に色を失っていく。この場に、彼に力を貸すものは無かった。   
 
『やめろ!か、考え直す、俺はもう悪さなんて…!』
「聖なる炎に浄化されなさい」

 メルが静かに十字を切ると、悪魔の身体は炎に包まれた。

2007/02/10 22:35 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【17】 巡る真相、探る深層/スレイヴ(匿名希望α)
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PC:スレイヴ メル
NPC:悪魔ウィンダウス 
場所:ソフィニア魔術学院
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 初めて見る退魔師の仕事。現場はスレイヴにとって少々物足りないシロモノで
あった。
 瀕死の重傷を負ったメルが最後の力で行ったと思われる浄化の炎は、悪魔の身
を焼き存在を削っていく。

「やれやれ、名を知られたからと言って命乞いですか。あまりに見苦しいです
ね。哀れみの念すら浮かばない」

 情けない────呟くスレイヴは嘲笑を浮かべている。
 頭を振りつつメルを視界に捕らえる。彼女は死にかけている。この悪魔と心中
とは余りに愚かしい。嘲笑を込めて彼女を見やるがスレイヴの表情が固まる。
 幾分か、先ほどより血色がいいのだ。その事実にスレイヴは目を見開いた。
 対してメルは燃え行く悪魔を睨み付けており、スレイヴの視線に気づかない。

 何故回復している?回復魔法?だろうか。しかし、その兆候は見られない。場
の魔力の動きは無し。では神の加護?神の奇跡?この術の事は詳しくは知らな
い……だが、この回復力は尋常ではない。魔法だろうと加護だろうと、施行には
代価を支払わなければならない。抉られた肉の補修、大量出血を補うほどの血を
生成?どれほどの代価を必要とするのだろうか?現状から推察すると、この場で
何かを消費しているようには思えない。

 ならば何を代価としているのか?寿命か記憶の消費?現在解っているのは彼女
の身体は数年前で成長が止まっている事のみ。

 精神的な代物ではないのならば、人体のあるべき姿から逆らっている呪術の
類……言わば不老。この異常治癒能力と関わっている?……この呪術は不老とい
う考え事態が間違っている?この能力は治癒?回復?修復?修繕?修理?再生?
蘇生?……これでは成長しないという事と係わり合いがない。それとも複数の呪
術?

 ……興味が尽きないですねぇ

 醜い悲鳴を上げ続ける悪魔を前にして考えいたが、耳障りに感じてきたスレイ
ヴはそのまま声に出す。

「止めは刺さないのですか?」

 騒音公害。すでに致命傷を受けている悪魔を殺ることは容易なのではと推察す
る。
 対してメルは「いえ」と小さく呟いた。

「この悪魔には、最後まで聖なる炎に焼かれながら懺悔をしてもらいます」

 固い表情のまま答えるメル。悪魔への拷問を懺悔というのなら、止めは救済に
なるのだろうか。
 メルの瞳には何が移っているのだろう。聖職者は救いを求める悪に対して懺悔
という名の拷問を要求するのだろうか。スレイヴに察することはできなかった。

(悪魔という存在がよほど気に入らないのでしょうか?)

 業が深ければ深いほど知りたいという欲求は増す。利益を求めるという行為で
はない。
 ただの知識欲である。

(それがわかるのなら相応の代償を払いましょう)

 その間にも悪魔の悲鳴が大人しくなっていく。
 叫ぶという機能まで消え始めたのだろうか。悪魔に再び意識を戻した瞬間、悪
魔がふと消え失せた。

「おや?」

 スレイヴは不自然さを覚える。どういうことかとメルを見やった。
 一つ息を吐きゆっくりと目を瞑ったメル。静かな口調で答える。

「悪魔は退散いたしました。これでもう安全です」

 再度悪魔の居た場所を見つめるメル。スレイヴも同じく焦げ跡すら残っていな
い床を見る。
 喧騒が過ぎ去った室内。壊れた屋根や壁から光が差し込み彼らを照らす。

(残留思念の欠片もないようですね。退散というならその通りですが……)
「退魔師(エクソシスト)の現場は初めて見ましたが、中々に興味深い物でし
た。しかし……あのように粗野な作業なのですか?」

 自らの体を削り窮地まで追い込まれていたメル。戻ってきた時に見た惨状。
 皆々ああでは退魔師は途絶えてしまう。解っていながらスレイヴはあえて問
う。
 
「他の方はもっと速やかに悪魔を退けるでしょう。私はまだ未熟で」
「それだけではないでは?」

 言葉を遮られたメルは身を震わせる。スレイヴの言葉の意味を瞬時に理解した
のだろう。
 メルはこれまでのスレイヴの行動から「スレイヴ・レズィンス」という人物を
ある程度知る事が出来ただろう。
 次の行動を察したのか、表情が強張っている。

「まぁいいでしょう。では、そうですね、この場で私はあの悪魔の名前も知らな
かった。貴女は傷を負わずに退魔に成功した。という事にしましょう」
「え……?」
「先程の悪魔は名を知られてもいない存在。先日の事件を起こした悪魔に引きず
られて出てきた小物」

 事実の捏造。スレイヴは少しばかり首をかしげながら考える。
 2、3秒後には纏まった虚実を口にする。

「小さな聖職者を見つけ、その悪魔は小物らしく貴女を挑発し呼び出した。そし
て襲い掛かるが返り討ちに。あの少年や貴女の今の格好……丁度いいですね」

 自分の造った状況を見直し、くすくすと笑うスレイヴ。そしてメルに視線を合
わせる。
 きょとんとしているメルの表情がより一層スレイヴを刺激している事は気づい
ていないようだった。

「この場に呼び出されて不意を突かれ、衣服を刻まれ。迫る悪魔は貴女の胸に爪
を突きつける……正にこれから凌辱しようという展開ではないですか」

 言われ、メルは自分の姿、服が破けている部分を再確認した。

「きゃぁあ!」

 羞恥で顔を赤くしながらその腕で胸を隠ししゃがみ込むメル。心臓を抉られれ
ば服は破けているわけでありまして。
 血まみれの法衣がより危険な雰囲気をかもし出していた。
 スレイヴは爽快な笑みを浮かべている。

「あぁ、私は”彼ら”のような趣向はないので、大丈夫ですよ」
「何の話ですか!」
「しかし非常に背徳的ですね……幼いシスターの法衣をはだけさせ弄ぼうとする
のは、実に悪魔の所業と言えるでしょう」

 一人大きくうなずきながら納得している。表情は至極真面目である。関心して
いるようにも見える。

「貴方も同じです!」
「おや、ほめられてしまいました。照れますね」
「ほめてません!」

 抑揚のない棒読みなスレイヴの切り返しにしゃがみ込みながらも突っ込むメ
ル。
 そんな中、スレイヴは一つの考えに思い当たる。

(彼らのような趣向……これ以上成長しない彼女。この姿が全て。成長しようと
もこの姿を留める。欠落しようともこの姿に戻る?)

 大それた欲求の一つ「不老」もどきの呪術。もしそんな呪術が彼女にかかって
いるのなら、呪いをかけた存在は何を思って行ったのか。もしそれが彼らと同じ
なら。
 スレイヴは大声を立てて笑いたい衝動に駆られたが、表面に現れる前に押さえ
つける。

 考えを切り替えるため、スレイヴは自分の青いマントをはずして二つ折りにし
た後に、しゃがみ込んでいるメルの肩にかけてやる。

「え?」

 恐る恐るメルはスレイヴを見た。が、スレイヴの視線はすでにメルから外れて
いた。
 この場の惨状の具合を確かめている。

「そのままの格好では、着替えがある場所にも向えないでしょう。今の貴女の姿
が人目に着いては私の代案も無駄になってしまいます」

 怪我をしていない、ということになっている。血に濡れた法衣は存在しないは
ずなのだ。

「貴女の血がこぼれた所が陣の上でよかった。これなら楽ですね。少し離れてく
ださい」

 疑問を問う前にスレイヴが半目で集中する。手をかざすと同時に敷かれた陣が
光り、その下にもうひとつの陣が現れる。
 加速──重力に逆らい浮き上がる血液。3つの陣が立体的に液体を囲むと徐々
に球体になっていく。
 凝固──陣がその下に一つ現れ、激しく光ると同時に球体となった血溜りが急
に小さくなった。
 スレイヴがその陣に手を突っ込み、小さくなった鈍く赤い色をした球体を手に
取る。

「これは貴女のモノですよ。どうぞ受け取ってください」

 前が綻びないように右手でマントを握り、マントの裾から手を出すメル。
 渡されたのは石のように固い、メルでも握り締められるような小さな玉。

「これは?」
「貴女と同じ成分の……宝石、とでもしておきましょう。血は魔力の源でもあり
ます。あれだけの血液ですから、相応の力が含まれているでしょう。ただ、即席
ですので……精度は少々荒いですがね」

 赤い玉を観察しているメルをよそに、スレイヴは部屋の入り口へと向う。
 はっとしてメルはスレイヴを視線で追う。顔だけ振り返り横目でメルと視線を
合わせたスレイヴ。

「この場の後片付けは済みました。さぁ戻りましょうか。送りますよ」

 スレイヴに終始奔走させられていたメル。その思いからか誘いに一歩留まっ
た。一つ深呼吸をして目を瞑り静止していたが、ゆっくり目を開いた後に静かな
口調で答える。

「お願いします」

 その意思のある瞳に、スレイヴは満足した。


 ‡ ‡ ‡ ‡


 ────学園内某所。

『あの小娘……次は必ず殺してやる!』

 削られた躯体。退いた悪魔はまだ現世に留まっていた。
 退魔であって抹殺ではない行為。

『今に見ていろ……油断などしなければ』
「次はねぇんだよクソペド野郎」
『!?』

 白い短髪のチンピラがガンをつけている。

「気配が小せぇがこの俺様の探知がら逃れられるやつぁいねぇ」
『はっ!貴様程度が何をしようというのだ。邪魔をするな』
「あぁん?最後の台詞はそれでいいのかよ。ケッ。クソ面白くもネェ」

 どうしようもねぇなとつまらなそうに空を仰ぐチンピラ。
 その横に赤髪の男がいる。そいつからは魔力をまったく感じられないため、悪
魔は無視を決めた。

『貴様も死にたいらしいな』

 急接近。鋭利な爪をチンピラの心臓へ突き出す。が、

『ガッ!?』

 殴られた。横の赤い髪の男に。
 ただの拳だというのに、根底を揺るがすほどの衝撃。赤髪の男は軽く突き出し
た拳の攻撃だったはずだ。
 飛沫のように揺らぐ存在。自分という意思が削られたかのような喪失感を覚え
た悪魔。

「存在に依存して存在している存在?ワケわかんねぇかもしンねぇけどよ。そい
つらの存在そのものをブッ壊したらどうなるか知ってっか?」

 目の下のモノを嘲笑うチンピラ。その表情が悪魔を逆撫でる。

『キサマァァァ!』
「ぎゃはははは!それだよソレ!それを聞きてぇンだよ!ってワケで消えとけボ
ケ」

 フェイントで悪魔の攻撃をかわすチンピラ。その先には赤髪の男。
 重心を落とした姿勢からの拳の一撃。東から伝わる武術の基本だっただろう
か。

『 』

 ”悪魔ウィンダウスに攻撃するという意思”が”悪魔ウィンダウスという存
在”を押し潰す。
 何も考えられなくなった悪魔ウィンダウスという”存在”は、

 世界から消滅した。


2007/02/10 22:35 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【18】 物語の謎は表紙に有り/メル(千鳥)
††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル スレイヴ
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††



 ソフィニア魔術学院、学院長室。

「―― 以上が今回の調査のご報告となります。学院長」

 真新しい修道服に身を包んだメルは一礼すると、調査書を学院長に手渡した。
 それを受け取った学院長は、ほっと安堵の表情を浮かべる。

「では、これで再び悪魔が魔術学院を襲うと言う事は無くなるのですね?」

 その問いに、小さな聖職者は厳しい顔をして首を振った。 

「いいえ、悪魔は常にわたくしたち人間を誘惑しようと狙っています。ですから、わたくしたちは聖書の教えを守り清い行いを――」
「そ、そうですね!生徒たちには悪魔に興味関心を持たないように、関連の書物は閲覧禁止を強化するように通達します」

 シスターの長い説教を予感し、学院長は慌てて同意した。

「えぇ、是非お願いします」

 そう頷きながらも、彼女の中には言葉には表現できぬ〝違和感〟があった。
 それはこの事件と、彼と、出遭わなければけして浮かばぬ感情。

 悪魔を知る事で、悪魔を凌駕したスレイヴ・レズィンス。
 悪魔と関わりながらも、けして悪魔に惑わされることの無い魔術師。
 あの姿こそ、メルの求める悪魔に負けぬ強さなのでは無いだろうか?

(何を考えているの!?メル)

 まるで悪魔の誘惑から逃れるように、メルは己を叱咤した。
 忘れてしまったのか?
 彼のあの利己的な言葉を。
 自分勝手な行動を。
 あれこそ神の教えに反する行為ではないか!

「それでは、わたくしは本日中にソフィニアを出ます。皆様に神のご加護があらん事を」

 静かに祈りを捧げて気持ちを落ち着かせる。
 何者にも傷つけられない身体と信念を持つはずのメルに、スレイヴはまるで池に投げこまれた小石のように小さな波紋を残して行った。
 

 ††††††

 日が傾き、長い一日が終わろうとしていた。
 たった一晩だけ過ごした学院の女子寮を、小さな旅行鞄一つで出てゆく。
 荷物が増える間も無い、あっという間の二日間だった。
 見送りに立つ人はいない。
 別れを告げる程親しくなった人間もいない。
 知り合った人々はあくまで仕事上の調査対象でしかなかった、彼らにとってもメルはただの調査員にすぎなかったはずだ。

「おや、もう仕事は終わったんですか?シスター」
 
 しかし、彼はそこに居た。
 裏門の一歩手前、古びた銅像の一つに背を預けていたスレイヴは、本を閉じて読書をやめると、まるでいつもの散歩コースで出会ったかのような気安さでメルに近づいた。

「ええ」
「そうですか、終わりましたか」

 念を押すように繰り返したスレイヴにメルの表情が強張った。
 この勿体ぶった言い方には覚えがあった。
 彼はまだ何かとんでもないこと隠しているのだ。
 メルの警戒をよそに、スレイヴはまるで世間話のような遠回りな会話を続ける。

「実は、先程図書館でこの本を借りてきましてね。私も一度手に取ったっきりで、探すのに手間取りましたが…。きっと貴女も興味がある内容だと思ったもので」

 スレイヴは持っていた本の表紙をメルに見えるように上げた。
 随分と古びた本で、まだ印刷技術の発達していない時代のものだった。
 古風な筆跡で表紙にはこう書かれている。

「『…ラトルの緑豆族成長日記』…?」

 所々破れた文字を声に出して読み上げ、メルは首をかしげた。
 一体、どこにメルとの関連があるというのだろうか。
 彼女の素直な反応にスレイヴは満足そうに口の端を上げた。
 そして、白い手袋ごしに本の表紙を軽くさする。

「!」
 
 既に枯れかけたインクの文字が、まるでスレイヴの指先から逃れるように表紙の上を踊った。
 本の表紙を走り回った文字は再び元の位置に戻ろうとしたが、並ぶ順番を間違えたかのか、全く異なるタイトルの本になっていた。 

「…魔召喚書。『ラクトルの悪魔召喚書』!?」

 歴史上から消えたはずの魔導書。
 スレイヴが、バルドクスが悪魔を召喚する際に用いた古代の悪魔召喚陣の記されている禁書。 

「何故、こんなものが魔術学院に…」
「どうやら、この本を書いた人物はこの学院に縁故のある者のようですね。あなたもご存知だとは思いますが…私が知る限りでこの本の著者についてお話しましょうか」

 スレイヴはまるで物語を話すような口調で話を始めた。
 ちょうど数日前にメルが教会で子供たちに聞かせたときのように。

「彼は貧しい家の五人兄弟の末っ子で、富も名誉も持たない子供でした。しかし、彼には『知恵』があった。森に住む魔法使いの元で下男として働きながら、彼は夜に独り魔術を学んだ」
「スレイヴさん…それは…」

 メルはこの話を良く知っていた。
 だが、それは悪魔召喚陣を開発した男としてではない。

「しかし、貧しい師の元での修行は限界があった。そこで彼は『人で無いもの』から知恵を、力を借りる契約法を生み出した。悪魔を欺き、神にも挑む存在となった男を人々は賢者と呼んだ――」
「それは……」
「賢者クラトル。この本は晩年に書かれたようですから、流石の彼も本名で書く事を控えたようですね。しかし、彼の『知恵』を求める者が現れれば…」
 
 スレイヴの足元に魔方陣が浮かび、すぐに消えた。
 見間違えるはずもない、淡い光を放つ『ラクトルの召喚陣』。

「彼は惜しみなくその知識を分け与える。すばらしい。まさに言い伝えの通りですね、シスター」
「あなたは、最初から何もかも知っていたのですか!?知っていて…」
「知るも知らないも…私には興味の無いことです。たまたま、私の研究の参考になる本を書いたのがラクトルであり、貴女方の言うところの賢者クラトルだった」
 
 彼の主張は、確かに首尾一貫していた。
 しかし、メルに、彼を信奉するイムヌスの教徒にとっては、彼が悪魔召喚書を書き残した事実は信じがたいものだった。

「貴女には、大きな試練があるといいましたね、シスター・アメリア」
「はい…」

 ショックを隠しきれないメルに、少しだけ優しい口調でスレイヴは言った。

「貴女は過程を気にしすぎる。目的さえ見誤らなければ、方法などさして重要な事ではない。クラトルも良い例なのでは?」

 ならば、悪魔すら駆使するスレイヴの目的とは、一体なんと言うのか。
 恐ろしくてメルには尋ねることが出来なかった。

「では、この本は図書館に返却しておきますが、よろしいですね」
「え!?そんな…」

 それは困る。
 
「ちゃんと返さないと、司書の目が光ってますからね。それに、貴女の仕事はもう終わったのでしょう?」

 すかさず切り返すスレイヴに思わず言葉を詰まらせる。
 そして、大きな大きなため息。

「…分かりました」
 
 きっと賢者クラトルもそれを望み、このような魔法をかけ、この学院に存在するのだろう。
 いつか、この魔導書を紐解き、利用する者の為に。
 それは破壊か、いずれくるという悪魔との戦いの希望か――。

「神は、何故わたくしと貴方を引き合わせたのでしょう…」
「それを考えるのもまた試練の一つでしょうね」

 門の外までメルを見送ったスレイヴは、右手を差し出した。
 メルも迷う事無くその手を握り返した。

「同じ時を生き、同じ大地を踏みしめる限りいずれお会いすることもあるでしょう」 
「えぇ、それまでスレイヴさんも元気で」
 
 学院の鐘が静かに夕暮れを告げ、『ソフィニア魔術学院悪魔召喚事件』の幕は降りた。
 しかし、事件の全容を知る者はごく僅かだった。

 ††††††

 聖騎士は奇蹟の悪魔を求め

 聖少女は魔道師の英知に触れ

 魔女は悲しみの歌を紡ぐ 

 ――― 運命の日は近い。

††††††††††††††††††††††††††††††††

 アクマの命題 第一部 【完】

2007/02/10 22:36 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題

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