なんと傲慢で自分勝手な理論だろう。
禁忌である黒魔術にふれ、多くの死者をだした今回の事件の発端は彼自身だ。
それなのに、言い返す言葉が見つからないのは、スレイヴの言葉が真実だから。
理想や信仰心や疑心といった色々な感情や言葉が頭の中で膨らんでは萎(しぼ)んで、何一つ意味を成さない。
彼に反論する術を見つけられない。
これが彼の魔法だとしたら、何と悪魔的だろうか。
〝俺は知ってるぞ、魔法使い。お前は悪魔より狡賢く、神々さえも欺いているだ〟
説話の中の悪魔の言葉。言われたのは誰だっただろうか。
††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル スレイヴ
NPC:男子生徒
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††
「スレイヴさん…貴方は、敵なのですか?」
スレイヴが敷いた魔法陣はまぶしいほどの光を放ち、室内に旋風を起こした。
立っているのがやっとの状況の中、メルは声が震えるのを必死に抑えながら尋ねた。
彼がメルの求める答えを返してくれるとは思えなかったが、それでも訊かずにはいられなかった。
「敵とは?私は貴女の行いを邪魔した覚えなどありませんが」
いつものごとく、スレイヴは相手の言葉を反芻するように尋ね返す。
彼に伝えた言葉はいつも自分に返ってくるのだ。
まるで自分の心と話しているかのように錯覚に陥る。
気を抜けない、いや、彼に気を抜くなど自殺行為だ。
「それでも、たくさんの回り道をしました。悪魔を呼ぶということがいかに危険なのか分かっているのですか?彼らの領域に踏み込むという事は神の加護の元から自ら離れるということです。貴方はイムヌス教と…神と敵対するおつもりですか!」
スレイヴは不思議そうにメルの顔を眺めた。
「残念ながら、私は今まで生きてきて神に守られた記憶はありません。貴女は違うようですがね、シスター。そして、神と敵対するなど私には思っても見ないことです。神は敵ではない。私は神という存在に、全く興味も関心もないのです」
「!」
絶句するしかなかった。
常に神と共にある事を誓ったメルにとって、スレイヴは理解の範疇を超えていた。
彼が悪なのかは分からない。でも、彼の精神は怖い。いつか、メルを、イムヌス教を脅かすのではないか。
「スレイヴさん。わたくしには悪魔の手から人々を救うという、神より与えられた使命があります。ですから、私利私欲の為に悪魔を利用する貴方を見過ごす訳には行きません」
「貴女の精神は確かに立派に聞こえますね。しかし、全ての事象を白黒、善悪に分けるのは良くない。それ以外の全ての本質を見誤ってしまう。ほら、そのせいで貴女は一人の男を救済し損ねてしまいましたよ」
「え…?」
「とうとう本性を現したな!スレイヴ・レズィンスめ!!」
スレイヴがそう告げると同時に、扉が勢いよく開け放たれた。
「あなたは…」
そして勇ましく声を上げたのは、先ほど会ったノッポの男子生徒だった。名前は知らない。聞き出せなかった事をメルは今激しく悔やんでいた。既に彼は最初に会った時とは別人かもしれなかったからだ。
「これは傑作ですね!シスター!」
後ろでは、スレイヴが面白くて仕方が無いといった笑い声を上げていた。
男子生徒の背中からは、人間が持つはずの無い黒い羽根が突き出していた。その顔は特徴の無い面長の顔から、血管をいくつも浮かび上がらせ牙を向く凶悪な表情へと変化していた。
「何がおかしい!!この極悪魔術士が。メルちゃんをどうするつもりだ!」
「彼は貴女を救う力を欲して、よりによって悪魔と契約をしたようですね」
「そ…そんな」
「悪魔と契約する時点で彼の判断能力はだいぶ鈍っていたのでしょう。悪魔はそこを狙った。貴女は気がつくべきではありませんでしたか?」
「……」
スレイヴの言うとおりだった。先ほどあった時、彼の様子は既におかしかったのだ。しかし、メルはスレイヴのことで頭がいっぱいで彼にまで気を回すことが出来なかった。
「わたくしの、ミスです」
彼と悪魔がどのような契約を行ったかはわからない。しかし、彼の姿が悪魔と融合してからまだ時間は経っていないはずだ。今ならまだ間に合うかもしれない。
「わたくしが、落とします」
『ほぅ、お前のような小娘が我々悪魔に刃向かうだと?』
少年の口から、挑発的な男の声が響いた。
しかし、その言葉に反し、少年の顔には焦りが浮かんでいる。自分の体が何者かに乗っ取られ、思い通りに行かなくなっている事に気がついたのだ。体の支配権が完全に悪魔に変わるのは時間の問題だった。
「わたくしはエクソシストです。悪魔よ、一度だけ懺悔の機会を与えます。己の罪を認め神の足元に跪きなさい!」
『生意気な人間め!お前が我が前に跪くがいい!!』
悪魔の咆哮が殺意を帯びた力となりメルに放たれた。
メルは十字を握り聖句を唱えると、足元に防御の結界を張った。そして次に起こるであろう衝撃に身を構える。
「“爆発”」
しかし、メルの結界に悪魔の力が及ぶより早く、スレイヴの陣が発動し、爆音を響かせた。土煙がたちこもり視界が遮られたが、メルの結界には殆ど衝撃が伝わらなかった。スレイヴが己の魔法で悪魔の攻撃を相殺したのだ。
「どうして、助けたんですか!?」
「貴女はまだ、私の事を障害だと思っているのですか?シスター・アメリア」
メルは信じられない思いで後ろを振り返った。たった今まで自分に向けられていた魔法が、悪魔の動きを止めたのだ。しかし、スレイヴは先ほどと変わらぬ笑みを浮かべ言った。
「東方にはこんな諺があるそうですよ。“急がば回れ”ってね」
†††††
〝クラトルよ、イムヌスに使える大賢者よ。
俺は知ってるぞ、魔法使い。お前は悪魔より狡賢く、神々さえも欺いているだ。
その知を使って愚かな者たちを騙し、もっとおもしろ可笑しく暮らそうじゃないか?〟
賢者クラトルは、悪魔が伸ばしてきた手を杖でぴしゃんと叩いた。
〝悪魔よ残念だが、私が一番楽しいのはこうして愚かなお前たちと語らう事なのだよ〟
すると、悪魔は見る見るうちに小さな灰色のねずみに姿が変わり、クラトルの梟(ふくろう)に食べられてしまった。
禁忌である黒魔術にふれ、多くの死者をだした今回の事件の発端は彼自身だ。
それなのに、言い返す言葉が見つからないのは、スレイヴの言葉が真実だから。
理想や信仰心や疑心といった色々な感情や言葉が頭の中で膨らんでは萎(しぼ)んで、何一つ意味を成さない。
彼に反論する術を見つけられない。
これが彼の魔法だとしたら、何と悪魔的だろうか。
〝俺は知ってるぞ、魔法使い。お前は悪魔より狡賢く、神々さえも欺いているだ〟
説話の中の悪魔の言葉。言われたのは誰だっただろうか。
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PC:メル スレイヴ
NPC:男子生徒
場所:ソフィニア魔術学院
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「スレイヴさん…貴方は、敵なのですか?」
スレイヴが敷いた魔法陣はまぶしいほどの光を放ち、室内に旋風を起こした。
立っているのがやっとの状況の中、メルは声が震えるのを必死に抑えながら尋ねた。
彼がメルの求める答えを返してくれるとは思えなかったが、それでも訊かずにはいられなかった。
「敵とは?私は貴女の行いを邪魔した覚えなどありませんが」
いつものごとく、スレイヴは相手の言葉を反芻するように尋ね返す。
彼に伝えた言葉はいつも自分に返ってくるのだ。
まるで自分の心と話しているかのように錯覚に陥る。
気を抜けない、いや、彼に気を抜くなど自殺行為だ。
「それでも、たくさんの回り道をしました。悪魔を呼ぶということがいかに危険なのか分かっているのですか?彼らの領域に踏み込むという事は神の加護の元から自ら離れるということです。貴方はイムヌス教と…神と敵対するおつもりですか!」
スレイヴは不思議そうにメルの顔を眺めた。
「残念ながら、私は今まで生きてきて神に守られた記憶はありません。貴女は違うようですがね、シスター。そして、神と敵対するなど私には思っても見ないことです。神は敵ではない。私は神という存在に、全く興味も関心もないのです」
「!」
絶句するしかなかった。
常に神と共にある事を誓ったメルにとって、スレイヴは理解の範疇を超えていた。
彼が悪なのかは分からない。でも、彼の精神は怖い。いつか、メルを、イムヌス教を脅かすのではないか。
「スレイヴさん。わたくしには悪魔の手から人々を救うという、神より与えられた使命があります。ですから、私利私欲の為に悪魔を利用する貴方を見過ごす訳には行きません」
「貴女の精神は確かに立派に聞こえますね。しかし、全ての事象を白黒、善悪に分けるのは良くない。それ以外の全ての本質を見誤ってしまう。ほら、そのせいで貴女は一人の男を救済し損ねてしまいましたよ」
「え…?」
「とうとう本性を現したな!スレイヴ・レズィンスめ!!」
スレイヴがそう告げると同時に、扉が勢いよく開け放たれた。
「あなたは…」
そして勇ましく声を上げたのは、先ほど会ったノッポの男子生徒だった。名前は知らない。聞き出せなかった事をメルは今激しく悔やんでいた。既に彼は最初に会った時とは別人かもしれなかったからだ。
「これは傑作ですね!シスター!」
後ろでは、スレイヴが面白くて仕方が無いといった笑い声を上げていた。
男子生徒の背中からは、人間が持つはずの無い黒い羽根が突き出していた。その顔は特徴の無い面長の顔から、血管をいくつも浮かび上がらせ牙を向く凶悪な表情へと変化していた。
「何がおかしい!!この極悪魔術士が。メルちゃんをどうするつもりだ!」
「彼は貴女を救う力を欲して、よりによって悪魔と契約をしたようですね」
「そ…そんな」
「悪魔と契約する時点で彼の判断能力はだいぶ鈍っていたのでしょう。悪魔はそこを狙った。貴女は気がつくべきではありませんでしたか?」
「……」
スレイヴの言うとおりだった。先ほどあった時、彼の様子は既におかしかったのだ。しかし、メルはスレイヴのことで頭がいっぱいで彼にまで気を回すことが出来なかった。
「わたくしの、ミスです」
彼と悪魔がどのような契約を行ったかはわからない。しかし、彼の姿が悪魔と融合してからまだ時間は経っていないはずだ。今ならまだ間に合うかもしれない。
「わたくしが、落とします」
『ほぅ、お前のような小娘が我々悪魔に刃向かうだと?』
少年の口から、挑発的な男の声が響いた。
しかし、その言葉に反し、少年の顔には焦りが浮かんでいる。自分の体が何者かに乗っ取られ、思い通りに行かなくなっている事に気がついたのだ。体の支配権が完全に悪魔に変わるのは時間の問題だった。
「わたくしはエクソシストです。悪魔よ、一度だけ懺悔の機会を与えます。己の罪を認め神の足元に跪きなさい!」
『生意気な人間め!お前が我が前に跪くがいい!!』
悪魔の咆哮が殺意を帯びた力となりメルに放たれた。
メルは十字を握り聖句を唱えると、足元に防御の結界を張った。そして次に起こるであろう衝撃に身を構える。
「“爆発”」
しかし、メルの結界に悪魔の力が及ぶより早く、スレイヴの陣が発動し、爆音を響かせた。土煙がたちこもり視界が遮られたが、メルの結界には殆ど衝撃が伝わらなかった。スレイヴが己の魔法で悪魔の攻撃を相殺したのだ。
「どうして、助けたんですか!?」
「貴女はまだ、私の事を障害だと思っているのですか?シスター・アメリア」
メルは信じられない思いで後ろを振り返った。たった今まで自分に向けられていた魔法が、悪魔の動きを止めたのだ。しかし、スレイヴは先ほどと変わらぬ笑みを浮かべ言った。
「東方にはこんな諺があるそうですよ。“急がば回れ”ってね」
†††††
〝クラトルよ、イムヌスに使える大賢者よ。
俺は知ってるぞ、魔法使い。お前は悪魔より狡賢く、神々さえも欺いているだ。
その知を使って愚かな者たちを騙し、もっとおもしろ可笑しく暮らそうじゃないか?〟
賢者クラトルは、悪魔が伸ばしてきた手を杖でぴしゃんと叩いた。
〝悪魔よ残念だが、私が一番楽しいのはこうして愚かなお前たちと語らう事なのだよ〟
すると、悪魔は見る見るうちに小さな灰色のねずみに姿が変わり、クラトルの梟(ふくろう)に食べられてしまった。
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