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PC:メル スレイヴ
NPC:男子生徒・悪魔
場所:ソフィニア魔術学院
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スレイヴの攻撃を受けた悪魔は呆然とした表情で膝をついていた。
そんな自尊心の高い闇の眷属を存分に嘲笑うと、スレイヴは満足そうな顔で振り返った。
「後は貴女の仕事ですよ、シスター」
「は…はい」
今、この場を制しているのは間違いなく彼だった。
メルはといえば、頷くものの、スレイヴの戦いに圧倒されて動くことすら出来なかった。あんな乱暴な悪魔の落とし方など、今まで見たことも聞いたことも無かった。しかし、スレイヴは確かに自分の目の前で悪魔を少年から引き離した。
声を封じられた状況で。
踏んできた場数が違うのだ。スレイヴは悪魔のあしらい方を十分に心得ていた。
「うぅ…」
足元で少年の呻く声が聞こえた。メルは我に返ってしゃがみこむと少年に触れた。
良かった。ちゃんと生きている。
そっと額に手を触れて回復魔法を唱えてやると、メルはスレイヴを見上げた。
「スレイヴさん、援護はいりません。どうか彼を安全な場所へ」
少年の身が心配だった。
外傷こそ見られなかったが悪魔憑きには様々な後遺症が付きまとう。バルドクスやメルのように…。
「それは、私が貴女を見殺しにして構わないと言う事ですか?」
スレイヴは眼鏡を上げる仕草をしたあと、世間話をするような気安さでメルにたずねた。
メル一人では力不足だと告げているのだ。
「わたくしは死にませんわ。わたくしには神のご加護がありますもの」
メルは彼に散々振り回されてきた。今でも、スレイヴが善か悪か、どちらに身を寄せる者なのか分からない。しかし、彼はけして約束をたがえるような人物ではない。何故かメルはそう確信していた。
「お願いします」
「…いいでしょう」
スレイヴはそれだけ答えると、少年を肩に背負ってゆっくりとした足取りで歩み始めた。
『みすみす逃がすと思ってるのか!』
起き上がった悪魔の爪が空気を裂いた。刃のように鋭い風がスレイヴを襲ったが、彼は指一本、声一つ出さずに防御の魔法陣を展開し攻撃を弾いた。彼の魔法の発動条件が『声』ではないことは、これで一目瞭然であった。
「おっと。取りあえず私は退場しますよ。相手を間違えないように」
スレイヴは口の端だけ上げて笑いを作るとまるで無関心に背を向けた。
「偉大なる神とイムヌスの母の名のもとに、悪しきものを退ける力をわたくしにお与えください」
メルは懐から聖水を取り出すと、指先をぬらし十字に切った。
『小娘ごときが、お前一人で何ができる!』
悪魔の怒声に、ガラス瓶がピシリと鈍い音を立てて散れる。メルの赤い血を含んだ聖水が指先から滴り落ちた。
「!」
メルの瞳が一瞬だけ恐怖で揺れたが、直ぐに強い光が宿る。
悪魔と一対一。もう引き返す事はできない。
「我は神より使わされし者なり 光を恐れるものよ いますぐこの場をさりなさい!」
黒い翼を広げ、悪魔が跳躍した。
『そのような弱き光、飲み込んでくれるわっ!』
「【Sanctuary】!」
跳び出すと同時に悪魔が放った魔法を、メルの結界が防いだ。
メルの足元には術者の精神力を高め、悪しき力を阻む【聖域】が広がる。
「聖所を侵す事など出来ませんわ」
『地は神のものに非ず! その下に眠るのは闇と混沌』
メルの言葉を鼻で笑うと、悪魔は指を地面に向け言葉を投げつけた。同時に大地に、亀裂が走る。裂け目は聖なる言葉を切断し、言葉は単なる記号へと還し――聖域が破られた。
己の首めがけて伸びた悪魔の爪を辛うじてかわし、メルは清めた指先を素早く下ろした。
「退きなさい!」
濡れた指先より放たれた水滴が、光る鳥へと姿を変え、悪魔を撃退する。
『くッ!』
腹部を押さえ、悪魔が後退した。聖水が触れた部分が熱傷になっていたが、致命傷には遠い。
「………」
血と聖水が乾いた指から鉄の臭いがした。
聖水がなくなった事で、メルの手札は随分減ってしまっていた。
本来、エクソシストの仕事は『退魔』である。
悪魔を退ける術(すべ)は持っていても、悪魔を葬るほどの力は無い。悪魔の巧みな罠を回避し、拘束し、神の領域から退散させるのがエクソシストなのだ。それ故、『抹殺』を目的とした悪魔退治においては、騎士団(オルデン)の聖騎士とエクソシストがペアを組んで挑むことが通常だった。
教会は今回の調査で悪魔が再び出現する事を予期していなかったのだろうか?
「アルヴァード祈祷書 第三章第一節…きゃっ」
メルが捕縛の言葉を投げかけるよりも、悪魔の動きは素早かった。防御する暇も無く右胸に激痛が走り、悪魔の鋭い爪がメルの身体を突き刺していた。
がはっ!
息を吐く代わりに、喉からは血が噴き出した。苦しげに顔を歪ませるメルを見て、悪魔が嬉々として翼を奮わせた。
『生意気な聖職者め!どう痛たぶってやろうか』
悪魔はさらに力を込めた。悪魔の指先がメルの身体を探り、心臓を貫いた―――。
「っアァ!!」
メルは悲鳴を上げた。
心臓に戻ろうとする血液が、傷口から流れ落ち、メルの足元に溜まりを作った。がくがくと痙攣するメルの身体は、まさに悪魔の腕一本で支えられていた。
『苦しいだろう?かわいそうに…神など捨てて、我等につくというのならその命繋いでやっても良いぞ?』
「……」
『この苦しみから解放されたいだろう?』
朦朧とする意識の中で、悪魔のねっとりとした声だけが聞こえた。
悪魔に屈しなくとも、普通ならば直ぐにでもこの身体は苦痛から開放されるだろう。神の元へと召されることで。しかし、メルにそれは許されていなかった。
『悪魔の心臓』―――悪魔ベルスモンドに与えられた不死に限りなく近い身体。
目の前の悪魔は気がつかないのだろうか?右胸を貫らぬかれたはずの少女の身体が、未だ彼女を生かそうと脈うっていることに。
悪魔はゆっくりと腕を回し傷口を広げ、メルの悲鳴を聞いては嬉しそうに笑っていた。
こんな事ではメルは死なない。しかし、傷口の回復が追いつかないため聖句を唱えることが出来なかった。
『呪うなら神の無能さを呪うんだな!』
メルは、震える手をロザリオに伸ばした。祈祷書の内容を頭の中で反芻する。足元に落ちた祈祷書がひとりでにめくれ、あるページを示した。
【第三章第一節 戒めの鎖】
しかし、声の変わりに口から出るのは苦痛による悲鳴でしかなく、余りに無力な自分に思わず涙がこぼれた。
「神の加護とは…この程度ですか」
悪魔の笑い声に混じって、ため息のような呟きが聞こえた。
そこには、深々とその胸を貫かれたメルを淡々とした様子で見つめるスレイヴがいた。
たった一人で、再びこの場に戻ってきた彼の表情に名前をつけるとしたら、落胆だろうか。
『フハハハッ!お前も今にこうなるのだ!!戻ってこなければその命、助かったものを!!』
「五月蝿いですよ。ウィンダウス」
スレイヴの声には悲しみも、怒りも感じられなかった。
しかし、その声に、名前に、悪魔の顔が笑ったまま凍りついた。ぱくぱくと魚のように口を動かすと、上ずった声で叫ぶ。
『何故!?お前がその名を!』
「おや、もしかして正解ですか?」
とぼけた声で答えるスレイヴに悪魔はぐっと歯を食いしばって己を抑えた。
この魔術士が己の名を知ったところで何ができるというのだ。
(ウィンダウス…これが悪魔の名前!)
スレイヴがどうやって名前を突き止めたのかは分からなかったが、悪魔が動きを止めたことで、メルの傷口は少しずつ治癒を始めていた。
先ほどの勢いが嘘のように、悪魔の表情には焦りが見えた。
『次はお前だ!』
悪魔はメルの体から腕を引き抜くと、思い切りその身体を投げ飛ばした。メルの軽い身体は、そのまま床に叩きつけられる。
同時に、傷ついた組織が歓喜するように急速に増殖と再生を始めた。
否、これは再生などではない、全ては元に戻ろうとしているのだ。あの瞬間に、13歳のメルの身体に、悪魔軍団長ベルスモンドと出会った『悪夢の日』に。
「ウィンダウス!」
メルの力強い声が悪魔の名前を呼んだ。名を呼ばれた悪魔の身体がビクリと一度震え、硬直した。聖書が輝き、悪魔の身体を鎖が戒める。
「その名は既に神のもと 光と共にあるもの お前のモノであるものは何一つ無く 闇がお前に与えるものは何も無い」
最期の抵抗、いや逃走の為に悪魔の敷いた帰還の陣が、メルの言葉に急速に色を失っていく。この場に、彼に力を貸すものは無かった。
『やめろ!か、考え直す、俺はもう悪さなんて…!』
「聖なる炎に浄化されなさい」
メルが静かに十字を切ると、悪魔の身体は炎に包まれた。
PC:メル スレイヴ
NPC:男子生徒・悪魔
場所:ソフィニア魔術学院
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スレイヴの攻撃を受けた悪魔は呆然とした表情で膝をついていた。
そんな自尊心の高い闇の眷属を存分に嘲笑うと、スレイヴは満足そうな顔で振り返った。
「後は貴女の仕事ですよ、シスター」
「は…はい」
今、この場を制しているのは間違いなく彼だった。
メルはといえば、頷くものの、スレイヴの戦いに圧倒されて動くことすら出来なかった。あんな乱暴な悪魔の落とし方など、今まで見たことも聞いたことも無かった。しかし、スレイヴは確かに自分の目の前で悪魔を少年から引き離した。
声を封じられた状況で。
踏んできた場数が違うのだ。スレイヴは悪魔のあしらい方を十分に心得ていた。
「うぅ…」
足元で少年の呻く声が聞こえた。メルは我に返ってしゃがみこむと少年に触れた。
良かった。ちゃんと生きている。
そっと額に手を触れて回復魔法を唱えてやると、メルはスレイヴを見上げた。
「スレイヴさん、援護はいりません。どうか彼を安全な場所へ」
少年の身が心配だった。
外傷こそ見られなかったが悪魔憑きには様々な後遺症が付きまとう。バルドクスやメルのように…。
「それは、私が貴女を見殺しにして構わないと言う事ですか?」
スレイヴは眼鏡を上げる仕草をしたあと、世間話をするような気安さでメルにたずねた。
メル一人では力不足だと告げているのだ。
「わたくしは死にませんわ。わたくしには神のご加護がありますもの」
メルは彼に散々振り回されてきた。今でも、スレイヴが善か悪か、どちらに身を寄せる者なのか分からない。しかし、彼はけして約束をたがえるような人物ではない。何故かメルはそう確信していた。
「お願いします」
「…いいでしょう」
スレイヴはそれだけ答えると、少年を肩に背負ってゆっくりとした足取りで歩み始めた。
『みすみす逃がすと思ってるのか!』
起き上がった悪魔の爪が空気を裂いた。刃のように鋭い風がスレイヴを襲ったが、彼は指一本、声一つ出さずに防御の魔法陣を展開し攻撃を弾いた。彼の魔法の発動条件が『声』ではないことは、これで一目瞭然であった。
「おっと。取りあえず私は退場しますよ。相手を間違えないように」
スレイヴは口の端だけ上げて笑いを作るとまるで無関心に背を向けた。
「偉大なる神とイムヌスの母の名のもとに、悪しきものを退ける力をわたくしにお与えください」
メルは懐から聖水を取り出すと、指先をぬらし十字に切った。
『小娘ごときが、お前一人で何ができる!』
悪魔の怒声に、ガラス瓶がピシリと鈍い音を立てて散れる。メルの赤い血を含んだ聖水が指先から滴り落ちた。
「!」
メルの瞳が一瞬だけ恐怖で揺れたが、直ぐに強い光が宿る。
悪魔と一対一。もう引き返す事はできない。
「我は神より使わされし者なり 光を恐れるものよ いますぐこの場をさりなさい!」
黒い翼を広げ、悪魔が跳躍した。
『そのような弱き光、飲み込んでくれるわっ!』
「【Sanctuary】!」
跳び出すと同時に悪魔が放った魔法を、メルの結界が防いだ。
メルの足元には術者の精神力を高め、悪しき力を阻む【聖域】が広がる。
「聖所を侵す事など出来ませんわ」
『地は神のものに非ず! その下に眠るのは闇と混沌』
メルの言葉を鼻で笑うと、悪魔は指を地面に向け言葉を投げつけた。同時に大地に、亀裂が走る。裂け目は聖なる言葉を切断し、言葉は単なる記号へと還し――聖域が破られた。
己の首めがけて伸びた悪魔の爪を辛うじてかわし、メルは清めた指先を素早く下ろした。
「退きなさい!」
濡れた指先より放たれた水滴が、光る鳥へと姿を変え、悪魔を撃退する。
『くッ!』
腹部を押さえ、悪魔が後退した。聖水が触れた部分が熱傷になっていたが、致命傷には遠い。
「………」
血と聖水が乾いた指から鉄の臭いがした。
聖水がなくなった事で、メルの手札は随分減ってしまっていた。
本来、エクソシストの仕事は『退魔』である。
悪魔を退ける術(すべ)は持っていても、悪魔を葬るほどの力は無い。悪魔の巧みな罠を回避し、拘束し、神の領域から退散させるのがエクソシストなのだ。それ故、『抹殺』を目的とした悪魔退治においては、騎士団(オルデン)の聖騎士とエクソシストがペアを組んで挑むことが通常だった。
教会は今回の調査で悪魔が再び出現する事を予期していなかったのだろうか?
「アルヴァード祈祷書 第三章第一節…きゃっ」
メルが捕縛の言葉を投げかけるよりも、悪魔の動きは素早かった。防御する暇も無く右胸に激痛が走り、悪魔の鋭い爪がメルの身体を突き刺していた。
がはっ!
息を吐く代わりに、喉からは血が噴き出した。苦しげに顔を歪ませるメルを見て、悪魔が嬉々として翼を奮わせた。
『生意気な聖職者め!どう痛たぶってやろうか』
悪魔はさらに力を込めた。悪魔の指先がメルの身体を探り、心臓を貫いた―――。
「っアァ!!」
メルは悲鳴を上げた。
心臓に戻ろうとする血液が、傷口から流れ落ち、メルの足元に溜まりを作った。がくがくと痙攣するメルの身体は、まさに悪魔の腕一本で支えられていた。
『苦しいだろう?かわいそうに…神など捨てて、我等につくというのならその命繋いでやっても良いぞ?』
「……」
『この苦しみから解放されたいだろう?』
朦朧とする意識の中で、悪魔のねっとりとした声だけが聞こえた。
悪魔に屈しなくとも、普通ならば直ぐにでもこの身体は苦痛から開放されるだろう。神の元へと召されることで。しかし、メルにそれは許されていなかった。
『悪魔の心臓』―――悪魔ベルスモンドに与えられた不死に限りなく近い身体。
目の前の悪魔は気がつかないのだろうか?右胸を貫らぬかれたはずの少女の身体が、未だ彼女を生かそうと脈うっていることに。
悪魔はゆっくりと腕を回し傷口を広げ、メルの悲鳴を聞いては嬉しそうに笑っていた。
こんな事ではメルは死なない。しかし、傷口の回復が追いつかないため聖句を唱えることが出来なかった。
『呪うなら神の無能さを呪うんだな!』
メルは、震える手をロザリオに伸ばした。祈祷書の内容を頭の中で反芻する。足元に落ちた祈祷書がひとりでにめくれ、あるページを示した。
【第三章第一節 戒めの鎖】
しかし、声の変わりに口から出るのは苦痛による悲鳴でしかなく、余りに無力な自分に思わず涙がこぼれた。
「神の加護とは…この程度ですか」
悪魔の笑い声に混じって、ため息のような呟きが聞こえた。
そこには、深々とその胸を貫かれたメルを淡々とした様子で見つめるスレイヴがいた。
たった一人で、再びこの場に戻ってきた彼の表情に名前をつけるとしたら、落胆だろうか。
『フハハハッ!お前も今にこうなるのだ!!戻ってこなければその命、助かったものを!!』
「五月蝿いですよ。ウィンダウス」
スレイヴの声には悲しみも、怒りも感じられなかった。
しかし、その声に、名前に、悪魔の顔が笑ったまま凍りついた。ぱくぱくと魚のように口を動かすと、上ずった声で叫ぶ。
『何故!?お前がその名を!』
「おや、もしかして正解ですか?」
とぼけた声で答えるスレイヴに悪魔はぐっと歯を食いしばって己を抑えた。
この魔術士が己の名を知ったところで何ができるというのだ。
(ウィンダウス…これが悪魔の名前!)
スレイヴがどうやって名前を突き止めたのかは分からなかったが、悪魔が動きを止めたことで、メルの傷口は少しずつ治癒を始めていた。
先ほどの勢いが嘘のように、悪魔の表情には焦りが見えた。
『次はお前だ!』
悪魔はメルの体から腕を引き抜くと、思い切りその身体を投げ飛ばした。メルの軽い身体は、そのまま床に叩きつけられる。
同時に、傷ついた組織が歓喜するように急速に増殖と再生を始めた。
否、これは再生などではない、全ては元に戻ろうとしているのだ。あの瞬間に、13歳のメルの身体に、悪魔軍団長ベルスモンドと出会った『悪夢の日』に。
「ウィンダウス!」
メルの力強い声が悪魔の名前を呼んだ。名を呼ばれた悪魔の身体がビクリと一度震え、硬直した。聖書が輝き、悪魔の身体を鎖が戒める。
「その名は既に神のもと 光と共にあるもの お前のモノであるものは何一つ無く 闇がお前に与えるものは何も無い」
最期の抵抗、いや逃走の為に悪魔の敷いた帰還の陣が、メルの言葉に急速に色を失っていく。この場に、彼に力を貸すものは無かった。
『やめろ!か、考え直す、俺はもう悪さなんて…!』
「聖なる炎に浄化されなさい」
メルが静かに十字を切ると、悪魔の身体は炎に包まれた。
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