‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
PC:スレイヴ
NPC:グレイス・ブロッサム
場所:ソフィニア魔術学院:中庭
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
「それではいいですか?グレイス・ブロッサム」
研究棟を結ぶ連絡通路。一歩外にでればそこは木々の装飾によって成っている。
根を詰めて調査・実験に没頭する彼らにとっては、緑の恩恵こそありがたい。
傍らにある腰掛に座ることなく、二人は向き合っている。
スレイヴは彼の名前を再確認するように、問うた。
「構いません」
口を真一文字に結んでいるグレイス。それは彼の持つ本来の表情ではないだろう。
新たな印象をうけた。噂どおりでありながら、その柔軟性は失っていない。
彼自身が噂され、目の前に噂されるモノがありながら、その一本通った筋は曲がってい
ない。
あの『サイズマン教授』の下にいたのだ、自分という筋が強化されるのも納得できない
話ではない。
スレイヴは一人、その事実にニヤついていた。
だが、今考えるはソレではない。
「ブロッサム。イムヌス教とは強い結びつきにある孤児院。貴方はそこの出身者である。
それは間違いないですね?」
言葉を区切る。一つ一つ、再確認していく。しかしそれは言葉に出すことにより、彼に
どこまで知っているかを通知するものでもある。
知っている事実を聞いたところで、プラスにはならないのだから。
それのするのは”遊ぶ”ときだけだ。
「えぇ、合っています。そして僕は8年前にこちらへ入学しました」
彼は補足情報もつけて返答してくれた。
これは聞きたい情報だったので有益だ。
「イムヌス教の根源は悪魔の軍と対峙した所にあると聞きます。私は悪魔という存在の知
識がありませんので」
ふぅ、とわざとらしいため息をつくスレイヴ。
「些細な事でもいいので」
「……僕も大して詳しいことは知りません。イムヌス教としては、黒き病を操る黒い悪魔が
いて、それを七英雄達が滅ぼしたという事ぐらいです」
悪魔は敵。邪教ではない限り、それは定石でもある。スレイヴは関心もせずふむ、とう
なずくだけだ。
たいした情報はない、メルのあの反応はその為か。幼い心のための妄信か。
新たな情報が加わる。
「そうでした。悪魔の軍には自軍に反旗を翻した者もいるようです。なんでも、当時最高
峰と言われた魔術師クラトルの説得によって引き込んだとか」
ということは、スレイヴの推察はずれる。
利用するものは利用するという思想では一つの教えとしては崇められる筈がない故、典
型的な『悪魔=滅』という宗教ではない。
一心にその教えを受ける身ならば、その知識は平等にあるべきだ。
と、彼の表情が曇っている理由を走査する。
故郷について。
そういえば、
「確か……ブロッサム孤児院の隣には教会が……」
その呟きをグレイスは否応無しに奥歯を食いしばる。
彼が反応したのを待つため、スレイヴは言葉を切った。
時刻はいつの間にか夕刻となっている。雲間から差し込む日差しも傾き弱いものとなっ
ている。
その赤い光が壁を指し、視線をはずしている彼を写す。
「『聖ジョルジオ教会の悪夢』」
苦しそうな息と共に吐かれた言葉は一つの事件を示すものだった。
スレイヴにとってはただの最近起こった史実。しかし、グレイスにとっては身内に起き
た惨事なのだ。
重々しく彼が言葉を、
「創立800周年の式典。そこに一体の悪魔が姿を現して、その場に居た人達は……」
繋げ切れなかった。
事実は100人以上の死者を出した惨事。そこに彼の同胞はどれくらい含まれているの
だろうか。
そして、そこに彼はいなかった。
だから、今回の事件を連想させた。
もしアレが、議場の中心で召喚されたら被害は近しいものとなっていただろう、と。
だから、スレイヴは。
”わざと口にした”
「先日はあのようにならなくて、幸運でしたね」
鼓動が跳ね上がり、カッと目を見開くグレイス。あの場所にはグレイスは居なかった。
だが、『サイズマン研究室の人間』は居た。
古傷を撫でるような感触。うずくような、ざらつくような。
一間、グレイスの思考は内で廻っていたが、噛み締めていた歯を緩めると長い息を吐いた。
それは、自分の中でうごめいた衝動を吐き出すように。
「えぇ、そうですね……。本当に」
その顔からは安心という感情が読み取れない。どちらかといえば苦渋、悔恨。
夕日に染まる赤い世界で、沈黙が流れる。
”先日の事件”で、死傷者は確実に出ている。その点はグレイスの頭の中からは忘れられ
ているのだろう。
思い出させる事は出来たが、今は次の話へと展開させる。
彼はその為にグレイスを訪ねたのだ。
「その事件の調査員として、アメリア・メル・ブロッサムというシスターがこちらへ来て
いるのです。彼女と面識は?」
「メル……? メルがこちらに!?」
「えぇ」
スレイヴの相槌に「そうですか」と懐かしむような息が漏れる。
そして、今度の吐き出された言葉は、本当に安心から出たものだった。
「生きていてくれて、よかった……」
あんな事件が起こったというのに、生きていてくれたことが喜ばしい。
5年前に分かれたともあれば、彼の脳裏に焼きついた彼女の姿は非常に幼い姿だろう。
スレイヴはそう推察し彼の趣向に触れようとした矢先、
「彼女は面倒見もよく、非常に聡明でした。だから僕は彼女は凛とした女性に成長すると
思っていました。調査員とは……」
ビシリ、とスレイヴの脳裏に響いた。彼の表現は現状には沿わないもの。
聡明。年端もいかなければただ明るい年頃。それを聡明と言う。
凛とした女性。それは少女に対する表現ではない。
スレイヴは鋭く反応している。グレイスの心はそこに集中してしまったため、スレイヴ
の変化を見逃していた。
「彼女とは?」
何気なしの言葉に聞こえたのだろう。
グレイスはただ、安心した声で
「彼女はよく、僕の変わりに他の子の面度を見ていました。5年前にも一度帰ったんです
けど、その時も本当によく動いていて」
他愛もない思い出話から──
「同い年の男の子も彼女にかかれば……。僕も生まれるのがあと5年遅かったらどうなって
たか」
思い出を懐かしみ微笑む彼を他所に、スレイヴにはもう、グレイスの声が聞こえなく
なっていた。
周囲の音すら認識せずに内なる感覚に身を任せる。ただ、ドスン、と何かが動きだした。
それは地面から溢れ出る水の様に染み出し、流れる溶岩の様に静かに、崩れ落ちる土砂
の様に激しく。
体の奥底から黒い何かが。
グレイス・ブロッサムの年齢は23と記憶している。
それが、「5年遅ければ」、だ。
──そうですか……そうですか!アメリア・メル・ブロッサム、貴女というヒトは──
勢いよく、廻りだす。
「大変興味深い話でした、グレイス・ブロッサム。貴方に感謝を」
「え、な……?」
唐突に声を上げるスレイヴにグレイスははっとする。ヤツの抑えているが滲んで来る何
かを感じ取って。
「感謝ついでに、貴方にも有益は情報を提供しましょう。魔術師とは等価交換が基本です
からね」
噂の彼にとって嫌味にも聞こえなくないそれは、スレイヴの知ったことではない。
そのまま振り返って帰りの道へと進み始める彼を、グレイスは呆然と見ている。
しかしながら自らの鼓動音が嫌に耳に障っていた。なんだ、コイツは、と。
それはスレイヴの事なのか自らが発している音なのかそれ以外の何かなのかは、判断が
つかない。ただ、この時はすべてに”障る”。
「アメリア・メル・ブロッサムの容姿は、聡明な少女。おそらく貴方が最後に見た姿とさ
して変わらないでしょう」
「なっ!?」
驚き、これ以上の声は出せないグレイス。思考が固まる。彼の神経系は一瞬、すべての
情報収集を中断していた。
そんな彼を放置し、スレイヴはまた悪い笑みを浮かべ、薄く笑い声をもらしながらその
道から去っていった。
──どうです、有益でしょう──
振り返らずスレイヴは心の中で背後で立ち尽くす彼に言葉を投げた。
……噂とは帰して真実とも言ゆる。
PC:スレイヴ
NPC:グレイス・ブロッサム
場所:ソフィニア魔術学院:中庭
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
「それではいいですか?グレイス・ブロッサム」
研究棟を結ぶ連絡通路。一歩外にでればそこは木々の装飾によって成っている。
根を詰めて調査・実験に没頭する彼らにとっては、緑の恩恵こそありがたい。
傍らにある腰掛に座ることなく、二人は向き合っている。
スレイヴは彼の名前を再確認するように、問うた。
「構いません」
口を真一文字に結んでいるグレイス。それは彼の持つ本来の表情ではないだろう。
新たな印象をうけた。噂どおりでありながら、その柔軟性は失っていない。
彼自身が噂され、目の前に噂されるモノがありながら、その一本通った筋は曲がってい
ない。
あの『サイズマン教授』の下にいたのだ、自分という筋が強化されるのも納得できない
話ではない。
スレイヴは一人、その事実にニヤついていた。
だが、今考えるはソレではない。
「ブロッサム。イムヌス教とは強い結びつきにある孤児院。貴方はそこの出身者である。
それは間違いないですね?」
言葉を区切る。一つ一つ、再確認していく。しかしそれは言葉に出すことにより、彼に
どこまで知っているかを通知するものでもある。
知っている事実を聞いたところで、プラスにはならないのだから。
それのするのは”遊ぶ”ときだけだ。
「えぇ、合っています。そして僕は8年前にこちらへ入学しました」
彼は補足情報もつけて返答してくれた。
これは聞きたい情報だったので有益だ。
「イムヌス教の根源は悪魔の軍と対峙した所にあると聞きます。私は悪魔という存在の知
識がありませんので」
ふぅ、とわざとらしいため息をつくスレイヴ。
「些細な事でもいいので」
「……僕も大して詳しいことは知りません。イムヌス教としては、黒き病を操る黒い悪魔が
いて、それを七英雄達が滅ぼしたという事ぐらいです」
悪魔は敵。邪教ではない限り、それは定石でもある。スレイヴは関心もせずふむ、とう
なずくだけだ。
たいした情報はない、メルのあの反応はその為か。幼い心のための妄信か。
新たな情報が加わる。
「そうでした。悪魔の軍には自軍に反旗を翻した者もいるようです。なんでも、当時最高
峰と言われた魔術師クラトルの説得によって引き込んだとか」
ということは、スレイヴの推察はずれる。
利用するものは利用するという思想では一つの教えとしては崇められる筈がない故、典
型的な『悪魔=滅』という宗教ではない。
一心にその教えを受ける身ならば、その知識は平等にあるべきだ。
と、彼の表情が曇っている理由を走査する。
故郷について。
そういえば、
「確か……ブロッサム孤児院の隣には教会が……」
その呟きをグレイスは否応無しに奥歯を食いしばる。
彼が反応したのを待つため、スレイヴは言葉を切った。
時刻はいつの間にか夕刻となっている。雲間から差し込む日差しも傾き弱いものとなっ
ている。
その赤い光が壁を指し、視線をはずしている彼を写す。
「『聖ジョルジオ教会の悪夢』」
苦しそうな息と共に吐かれた言葉は一つの事件を示すものだった。
スレイヴにとってはただの最近起こった史実。しかし、グレイスにとっては身内に起き
た惨事なのだ。
重々しく彼が言葉を、
「創立800周年の式典。そこに一体の悪魔が姿を現して、その場に居た人達は……」
繋げ切れなかった。
事実は100人以上の死者を出した惨事。そこに彼の同胞はどれくらい含まれているの
だろうか。
そして、そこに彼はいなかった。
だから、今回の事件を連想させた。
もしアレが、議場の中心で召喚されたら被害は近しいものとなっていただろう、と。
だから、スレイヴは。
”わざと口にした”
「先日はあのようにならなくて、幸運でしたね」
鼓動が跳ね上がり、カッと目を見開くグレイス。あの場所にはグレイスは居なかった。
だが、『サイズマン研究室の人間』は居た。
古傷を撫でるような感触。うずくような、ざらつくような。
一間、グレイスの思考は内で廻っていたが、噛み締めていた歯を緩めると長い息を吐いた。
それは、自分の中でうごめいた衝動を吐き出すように。
「えぇ、そうですね……。本当に」
その顔からは安心という感情が読み取れない。どちらかといえば苦渋、悔恨。
夕日に染まる赤い世界で、沈黙が流れる。
”先日の事件”で、死傷者は確実に出ている。その点はグレイスの頭の中からは忘れられ
ているのだろう。
思い出させる事は出来たが、今は次の話へと展開させる。
彼はその為にグレイスを訪ねたのだ。
「その事件の調査員として、アメリア・メル・ブロッサムというシスターがこちらへ来て
いるのです。彼女と面識は?」
「メル……? メルがこちらに!?」
「えぇ」
スレイヴの相槌に「そうですか」と懐かしむような息が漏れる。
そして、今度の吐き出された言葉は、本当に安心から出たものだった。
「生きていてくれて、よかった……」
あんな事件が起こったというのに、生きていてくれたことが喜ばしい。
5年前に分かれたともあれば、彼の脳裏に焼きついた彼女の姿は非常に幼い姿だろう。
スレイヴはそう推察し彼の趣向に触れようとした矢先、
「彼女は面倒見もよく、非常に聡明でした。だから僕は彼女は凛とした女性に成長すると
思っていました。調査員とは……」
ビシリ、とスレイヴの脳裏に響いた。彼の表現は現状には沿わないもの。
聡明。年端もいかなければただ明るい年頃。それを聡明と言う。
凛とした女性。それは少女に対する表現ではない。
スレイヴは鋭く反応している。グレイスの心はそこに集中してしまったため、スレイヴ
の変化を見逃していた。
「彼女とは?」
何気なしの言葉に聞こえたのだろう。
グレイスはただ、安心した声で
「彼女はよく、僕の変わりに他の子の面度を見ていました。5年前にも一度帰ったんです
けど、その時も本当によく動いていて」
他愛もない思い出話から──
「同い年の男の子も彼女にかかれば……。僕も生まれるのがあと5年遅かったらどうなって
たか」
思い出を懐かしみ微笑む彼を他所に、スレイヴにはもう、グレイスの声が聞こえなく
なっていた。
周囲の音すら認識せずに内なる感覚に身を任せる。ただ、ドスン、と何かが動きだした。
それは地面から溢れ出る水の様に染み出し、流れる溶岩の様に静かに、崩れ落ちる土砂
の様に激しく。
体の奥底から黒い何かが。
グレイス・ブロッサムの年齢は23と記憶している。
それが、「5年遅ければ」、だ。
──そうですか……そうですか!アメリア・メル・ブロッサム、貴女というヒトは──
勢いよく、廻りだす。
「大変興味深い話でした、グレイス・ブロッサム。貴方に感謝を」
「え、な……?」
唐突に声を上げるスレイヴにグレイスははっとする。ヤツの抑えているが滲んで来る何
かを感じ取って。
「感謝ついでに、貴方にも有益は情報を提供しましょう。魔術師とは等価交換が基本です
からね」
噂の彼にとって嫌味にも聞こえなくないそれは、スレイヴの知ったことではない。
そのまま振り返って帰りの道へと進み始める彼を、グレイスは呆然と見ている。
しかしながら自らの鼓動音が嫌に耳に障っていた。なんだ、コイツは、と。
それはスレイヴの事なのか自らが発している音なのかそれ以外の何かなのかは、判断が
つかない。ただ、この時はすべてに”障る”。
「アメリア・メル・ブロッサムの容姿は、聡明な少女。おそらく貴方が最後に見た姿とさ
して変わらないでしょう」
「なっ!?」
驚き、これ以上の声は出せないグレイス。思考が固まる。彼の神経系は一瞬、すべての
情報収集を中断していた。
そんな彼を放置し、スレイヴはまた悪い笑みを浮かべ、薄く笑い声をもらしながらその
道から去っていった。
──どうです、有益でしょう──
振り返らずスレイヴは心の中で背後で立ち尽くす彼に言葉を投げた。
……噂とは帰して真実とも言ゆる。
PR
††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル (スレイヴ)
NPC:バルドクス 従者
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††
巨大な鐘の音が朝の学院に響き渡った。
その音に引き寄せられるように、人気の無かった校舎に次々と人がなだれ込んでくる。
冷えた空気に包まれていた校舎は、若い生徒たちの熱気とざわめきで急速に空気を変えてゆく。
そんな朝の登校風景をメルは中庭のベンチに座って眺めていた。
いつも通り、夜明けと共に目を覚まし朝のお祈りを終えたシスターは女子寮のコックに苺のジャムサンドを包んでもらうとまず講堂を繋ぐ回廊へと足を運んだ。
昨日見逃したことが無いかを確かめるためだった。
調査に必要な情報は全て集めた。
学院から送られて来た依頼書の内容と見比べても怪しい点はない。
召喚者は死に、悪魔はスレイヴに撃退され、魔法陣を描いた人間も除籍されている。
この調査書を大聖堂に渡せばメルの調査員としての仕事は終わるはずであった。
しかし、悪魔はまだこの学院から立ち去ってはいない。
回廊に残された文字、十字に崩された柱。それは間違いなく悪魔からメルへのメッセージだった。
スレイヴが撃退した悪魔が未だこの学院に身を潜ませているのか、または別の悪魔なのかは分からない。
「誰かが興味本位で触ったら大変ですわ・・・。やはりラクトルの魔法陣を消さなくては」
メルは調査員では無くエクソシストとして動き始めた。
しかし、その決意も空しく数時間後にはメルは中庭のベンチに座っていた。
「せっかく人のいない時間を選んだのに、反応は、なし・・・」
聖水と聖句で魔法陣を清めると、ラクトルの魔法陣は呆気なく消え去った。
大聖堂の許可なしに行動したことは後に問題になるかもしれなかったが、悠長に返答を待つ余裕はなかった・・・はずだ。
しかしその後悪魔が攻撃してくる気配はない。
「お花さんおはよう。太陽さん、もっと光をおくれ。」
抑揚の無い声が突如、茂みの中から聞こえた。びっくりして振り返ると男が両手を上げて立っている。
「何をして・・・らっしゃるの?」
ベンチから腰を浮かせた体勢のままメルは尋ねる。
男のポーズは子供たちが演劇でやる木の役に似ていた。
「僕は木。光をいっぱい浴びて光合成するんだ」
二十代後半と思われるの男の異様な様子に普通の人間なら即座にその場を離れたであろう。
しかし、メルは辛抱強く語りかける。
「貴方は光合成が出来るのですか・・・?」
「僕は無害な植物。植物ならだ~れも僕を虐めない」
男は短く刈り上げた金髪に高い鷲鼻を持つ、彫りの深い顔立ちをしていたが、目は虚で顔中の筋肉が弛緩しているようだった。
「誰が貴方を虐めるのですか?」
男の言葉を素早く汲み取ると、メルは両手を組んでなるべく優しい声で語りかけた。
「わたくしは貴方を虐めたりしませんわ。貴方のお役に立てることはありませんかしら?」
メルはこの哀れな男を不憫に思い、救いの手を差し延べようとした。
しかし、男はその言葉を聞くとぎょっと表情を変えた。
「「わたくし」!?「かしら」だって!?やめてくれミルエ!!そのような姿をしたって騙されないぞ。お前はまだ私を愚弄したりないというのか!!」
叫び出した男の顔は正気に戻っていた。
その中には予想もしていなかった名前が含まれている。
「あの男たちを使って!私を!汚らわしい!!お前たちこそ悪魔だ!!」
狂ったように・・・事実彼は狂っていたが、吠え続ける。
「バルドクス様!!屋敷を抜け出してまたこんな所へ」
呆然と立ちつくすしかないメルの脇を従者がかけてきて男を取り押さえた。
「その方は・・・バルドクス・クノーヴィさんですか?」
もしやという思いが頭から離れず、尋ねずにはいられなかった。
学院の話ではバルドクスは死亡しているはずだ。
「え・・・?そうですけど。うわっ!!君シスターなのか!」
従者は狂った主の横に立つ少女がシスターだとは思っていなかったようだ。
慌てた様子で辺りを見回すと・・・
「あ、主はもう充分な罰を受けました。これ以上の追求はクノーヴィ家の名を落とすことに。どうか、これでご勘弁を・・・」
金貨を数枚メルの手に握らせようとする。
そんな従者の手をメルは思い切り払った。
「そのような物は不要です!!」
愛らしいその容姿からは想像できない怒声に、従者は飛び上がり、バルドクスが怯えて耳を塞いだ。
「大勢の人を死に追いやりながらその態度は何ですか!!」
メルは怒っていた。
しかし、目の前にいる男たちではない。
昨日出会った彼ら――アルフ、オルド、ミルエ・・・それに、スレイヴに対してもだ。
彼らは友好的に捜査に協力するフリをし、裏ではメルを騙して嘲笑っていたのだ。
「お前たちこそ悪魔だ!」
そう叫んだバルドクスの声が未だ耳の中でこだましていた。
「シスターどうかお許し下さい。私どもに懺悔のチャンスを」
メルの余りの剣幕に従者は怯えきった声で懇願した。
「ならば貴方の主に起こった事を全て話してください。貴方を神が見放さないうちに!」
++++
絶対四重奏。
平和な生活を送りたいのならば近づいてはならない場所、物、人と言うものがある。彼らはまさにそれだった。
彼らの演奏を妨げてはいけない。
天才と馬鹿は紙一重と言うが、奇才を放つ彼らは天災と紙一重だった。
「バルドクス様はよりによってミルエ様と全く同じ研究を選ぶ事で彼女の好敵手となろうとされました。しかし、あの方に敵うはずも無く発表会で礎となる理論を覆されたバルドクス様は自暴自棄となり、偶然手に入れたメモから悪魔召喚を行ったのです」
従者はそこで、地面をくの字に這い「僕は虫けらです」と繰り返す主に視線をやった。
「あれが術のリバウンドなのか、別の圧力があったのかはお医者様にも分かりません。ただ、悪魔はスレイヴ様に撃退され、バルドクス様の身はオルド様とアルフ様に拘束されていました」
「何て酷い・・・」
メルは「気の病はきっと治りますわ!!」とバルドクスの手を握った。
しかし、バルドクスは、奇声を上げて飛びあがるばかりだった・・・・。
PC:メル (スレイヴ)
NPC:バルドクス 従者
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††
巨大な鐘の音が朝の学院に響き渡った。
その音に引き寄せられるように、人気の無かった校舎に次々と人がなだれ込んでくる。
冷えた空気に包まれていた校舎は、若い生徒たちの熱気とざわめきで急速に空気を変えてゆく。
そんな朝の登校風景をメルは中庭のベンチに座って眺めていた。
いつも通り、夜明けと共に目を覚まし朝のお祈りを終えたシスターは女子寮のコックに苺のジャムサンドを包んでもらうとまず講堂を繋ぐ回廊へと足を運んだ。
昨日見逃したことが無いかを確かめるためだった。
調査に必要な情報は全て集めた。
学院から送られて来た依頼書の内容と見比べても怪しい点はない。
召喚者は死に、悪魔はスレイヴに撃退され、魔法陣を描いた人間も除籍されている。
この調査書を大聖堂に渡せばメルの調査員としての仕事は終わるはずであった。
しかし、悪魔はまだこの学院から立ち去ってはいない。
回廊に残された文字、十字に崩された柱。それは間違いなく悪魔からメルへのメッセージだった。
スレイヴが撃退した悪魔が未だこの学院に身を潜ませているのか、または別の悪魔なのかは分からない。
「誰かが興味本位で触ったら大変ですわ・・・。やはりラクトルの魔法陣を消さなくては」
メルは調査員では無くエクソシストとして動き始めた。
しかし、その決意も空しく数時間後にはメルは中庭のベンチに座っていた。
「せっかく人のいない時間を選んだのに、反応は、なし・・・」
聖水と聖句で魔法陣を清めると、ラクトルの魔法陣は呆気なく消え去った。
大聖堂の許可なしに行動したことは後に問題になるかもしれなかったが、悠長に返答を待つ余裕はなかった・・・はずだ。
しかしその後悪魔が攻撃してくる気配はない。
「お花さんおはよう。太陽さん、もっと光をおくれ。」
抑揚の無い声が突如、茂みの中から聞こえた。びっくりして振り返ると男が両手を上げて立っている。
「何をして・・・らっしゃるの?」
ベンチから腰を浮かせた体勢のままメルは尋ねる。
男のポーズは子供たちが演劇でやる木の役に似ていた。
「僕は木。光をいっぱい浴びて光合成するんだ」
二十代後半と思われるの男の異様な様子に普通の人間なら即座にその場を離れたであろう。
しかし、メルは辛抱強く語りかける。
「貴方は光合成が出来るのですか・・・?」
「僕は無害な植物。植物ならだ~れも僕を虐めない」
男は短く刈り上げた金髪に高い鷲鼻を持つ、彫りの深い顔立ちをしていたが、目は虚で顔中の筋肉が弛緩しているようだった。
「誰が貴方を虐めるのですか?」
男の言葉を素早く汲み取ると、メルは両手を組んでなるべく優しい声で語りかけた。
「わたくしは貴方を虐めたりしませんわ。貴方のお役に立てることはありませんかしら?」
メルはこの哀れな男を不憫に思い、救いの手を差し延べようとした。
しかし、男はその言葉を聞くとぎょっと表情を変えた。
「「わたくし」!?「かしら」だって!?やめてくれミルエ!!そのような姿をしたって騙されないぞ。お前はまだ私を愚弄したりないというのか!!」
叫び出した男の顔は正気に戻っていた。
その中には予想もしていなかった名前が含まれている。
「あの男たちを使って!私を!汚らわしい!!お前たちこそ悪魔だ!!」
狂ったように・・・事実彼は狂っていたが、吠え続ける。
「バルドクス様!!屋敷を抜け出してまたこんな所へ」
呆然と立ちつくすしかないメルの脇を従者がかけてきて男を取り押さえた。
「その方は・・・バルドクス・クノーヴィさんですか?」
もしやという思いが頭から離れず、尋ねずにはいられなかった。
学院の話ではバルドクスは死亡しているはずだ。
「え・・・?そうですけど。うわっ!!君シスターなのか!」
従者は狂った主の横に立つ少女がシスターだとは思っていなかったようだ。
慌てた様子で辺りを見回すと・・・
「あ、主はもう充分な罰を受けました。これ以上の追求はクノーヴィ家の名を落とすことに。どうか、これでご勘弁を・・・」
金貨を数枚メルの手に握らせようとする。
そんな従者の手をメルは思い切り払った。
「そのような物は不要です!!」
愛らしいその容姿からは想像できない怒声に、従者は飛び上がり、バルドクスが怯えて耳を塞いだ。
「大勢の人を死に追いやりながらその態度は何ですか!!」
メルは怒っていた。
しかし、目の前にいる男たちではない。
昨日出会った彼ら――アルフ、オルド、ミルエ・・・それに、スレイヴに対してもだ。
彼らは友好的に捜査に協力するフリをし、裏ではメルを騙して嘲笑っていたのだ。
「お前たちこそ悪魔だ!」
そう叫んだバルドクスの声が未だ耳の中でこだましていた。
「シスターどうかお許し下さい。私どもに懺悔のチャンスを」
メルの余りの剣幕に従者は怯えきった声で懇願した。
「ならば貴方の主に起こった事を全て話してください。貴方を神が見放さないうちに!」
++++
絶対四重奏。
平和な生活を送りたいのならば近づいてはならない場所、物、人と言うものがある。彼らはまさにそれだった。
彼らの演奏を妨げてはいけない。
天才と馬鹿は紙一重と言うが、奇才を放つ彼らは天災と紙一重だった。
「バルドクス様はよりによってミルエ様と全く同じ研究を選ぶ事で彼女の好敵手となろうとされました。しかし、あの方に敵うはずも無く発表会で礎となる理論を覆されたバルドクス様は自暴自棄となり、偶然手に入れたメモから悪魔召喚を行ったのです」
従者はそこで、地面をくの字に這い「僕は虫けらです」と繰り返す主に視線をやった。
「あれが術のリバウンドなのか、別の圧力があったのかはお医者様にも分かりません。ただ、悪魔はスレイヴ様に撃退され、バルドクス様の身はオルド様とアルフ様に拘束されていました」
「何て酷い・・・」
メルは「気の病はきっと治りますわ!!」とバルドクスの手を握った。
しかし、バルドクスは、奇声を上げて飛びあがるばかりだった・・・・。
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
PC:スレイヴ
NPC:スレイヴフレンズetc
場所:ソフィニア
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
朝。それは誰にでもやってくるもの。
太陽光が空気の屈折を受け赤い光となり周囲を照らしている。
日差しは東から。
ピンと張り詰める空気が心地良い今日の始まり。
我らが絶対四重奏。初めに行動を開始するのは、以外にも彼である。
「どわぁぁ!!ゆ、夢か……変な夢見ちまったぜ。ったくなんであんなアルフがいるんだ
よっ……マテよ。ここドコよ?」
見知らぬ天井どころではない。
オルド・フォメガ。森の中で目を覚ます。
「……落ち着けオレ。昨日なにが起こった?いいか自分。気合の貯蔵は十分だ。行動を思い
返せ」
朝日の差し込む森の中、どっかりとあぐらをかいて座り込むオルド。
腕を組み、昨晩の出来事を思い返す。
初めに説明しておくならば、彼の現在地はソフィニアから北へ半日程歩いた距離である。
そして、彼の寝床はしっかりソフィニアの隅に存在している。
「酒場で酒食らってそれから獣人のジョニーとボブとバトルしてから、ソフィニア郊外ま
で競争してまた殴り合ってから別れたんだよな。それからどうしたんだオレ」
走馬灯のようにコンコンと湧き出る昨日の行動が一瞬にごる。だが、それも一瞬。
「あぁ、そうか。そこで一回ぶっ倒れたのか」
過剰な魔力消費で負荷がかかり、寝転んだら寝てしまったということらしい。
だがそれは一刻。朝までではなかった。
「よし、問題はそっからだ。なにが原因で……」
オルドが呟いた時、目の前にいる一匹の黒猫が目に入る。
オルドは「あ」と思わず声を出し、その謎は一気に氷解した。すべては目の前の猫の所
為なのだ。
「またテメェかよ!!。オレの夢で遊ぶなっつーのがわかんねぇかなこの馬鹿猫は!」
(だって馬鹿猫ダモン)
オルドの目の前の黒猫は、淫夢を見せて性を奪う使い魔の類である。が、自由奔放と一
人歩きしている。
この使い魔の主は……オルドと深い知り合いだ。
故に、オルドは手加減していた。
が、
「今日という今日は許さねぇ。よりにもよって、あんな夢を見せやがってゴルァ」
蒼白になり気味で身を震わせるオルド。頭をぶんぶん振って忘れようとする。
ガァっと立ち上がり、地団駄まで踏んでいる。
そして黒猫へビシッっと指を指した。黒猫はそのまま鎮座している。
「どういうつもりだか知らねぇが覚悟しやがれコノヤロウ!!」
(ぽっ)
……はぁ?
怒りにわなわなと指先を震わせている。猫の癖に頬を赤らめるなど、どういう状況だ。
「なんで!俺と!アルフが!裸で抱きあ…ゴファ!!」
オルドは口にしたところで自爆したことに気づき、思わず吐血した。それはすごい無駄
な特技である。
肩で息をしているがその体勢は変わっていない。そこで黒猫の一言が決定的だった。
(だって、見タカッタンダモン)
オルド、直立不動。
小鳥のさえずりが響く朝の森の中、指を指したまま固まる男と、その先の黒猫。
直後。オルドの額に特大怒りマーク。
後日語ったが、黒猫は何かが切れた音がしたという。
「テメェの妄想に、本人ツキアワセテンジャネェェェェェェェェェェ!!!!」
鳥達が羽ばたき去っていく音が聞こえる。オルドは叫んだあと、身を前にかがめ体をひ
ねり力いっぱい拳を握った。
空気が先程とは別の意味で張り詰める。
これは空気がではなく力場が張ったことを意味する。
黒猫はびくッと震え、ソロソロと忍び足で退散しようとした。
しかしそれは意味を成さず。誰にも理解されず。
「詠唱省略フルブースト!!!」
周囲の空間が一度大きく振動し、収束する。黒猫が駆け出すがもう遅し。
「吹き飛べやゴルァ!!」
(にぎゃーーーーーーーっ!!)
そして時は動き出す。
実に彼らしい、騒々しい朝である。
‡ ‡ ‡ ‡
次の起床はミルエ嬢である。
寝起きの姿は……む、睨まれてしまった。ここは退散しよう。
‡ ‡ ‡ ‡
「おはようございます、ミルエ様」
「おはようございます」
身だしなみも整え終わり部屋から出たミルエは廊下を歩いていたメイドと挨拶を交わす。
彼女は人一倍、時間がかかっていた。がそれは余念がないだけであり、時間には間に合
うよう早く起きている。
魔術師でありながらあまり夜には時間を使わず、平常的な生活習慣を送るのが美しく在
る為としているからだ。
そのため、朝食を摂る時間も十分にある。
「なかなか可愛い方でしたね」
食事中、一人ごちる。
両親は屋敷にいるのだが、この時間の朝食には出てこない。彼らの生活パターンからす
れば早いからだ。
ソフィニアの高級住宅街にミルエ・コンポニートの家はある。
代々ソフィニア魔術学院を卒業している家系で、ミルエも当然のようにそう在った。
ただ、両親達を違うのは『友人と呼べる存在』。それによって学んだ『自分の在り方』
能面とした家系の中、それは際立って見えた。優秀であれという親の教えには反してない。
親とは疎遠になってしまったが、後悔などなかった。
「ミルエ様。今日はとても楽しそうですね……あ、昨日からですね」
その理由としてこの家に仕えている者からは慕われていた。
お付のメイドがミルエの仕草を確認しながら発言する。言った本人も何か楽しそうだ。
「えぇ。昨日もお話しましたけどあのシスターがかわいらしくて」
ふふ、と笑みをこぼしメイドに答える。
魔術学院内ではあまり見られない笑みであることを、このメイドは半ば知っている。
それがまた嬉しくて、メイドは笑顔で話しに聞き入っていた。
たまに相槌を打ち、たまには意見を出し。
二人では寂しく感じられる大広間だが談笑が続く中ミルエの朝食は無論、笑顔で行われ
ていた。
「ミルエ様、今日も早いですなぁ!」
玄関から門へ向かう途中、庭師の老人が陽気に声をかけてくる。
だが、老人とはいささか御幣があるかもしれない。
歳は確かにいっているのだが、その肉体はあまりに若々しい。長身のドワーフ族のよう
などっしりとした体格である。
彼女の通う魔術学院の学生がもやしに見えてならないのは当然だろう。
例外はいるが。
「ふふ、早起きは得だって言ったのは貴方でしょう?」
「がっはっは。そうですな!」
日が大分上がっているが活動時間として動き始めるにはまだ早い時間である。
先ほどの台詞を言った本人は、やはり早起きなのだ。
季節が冬になれば日差しはもう少し傾いているかもしれないが、それでも彼女のスタイ
ルは変わらない。
無論、この老人の行動も変わるはずがない。
豪快に笑う老人を背中に、門を通る。ここから、魔術師としてのミルエが始まるのだ。
「さぁ、今日もいきますわよ」
気合を入れて、歩み出す。
‡ ‡ ‡ ‡
次は……アルフである。
彼は学内の寮に住んでいる。
布団を押しのけ、まずはベットの上に座り込んだ。
「……」
……。
「……」
……。
「……」
おい、動けよ。
「……」
彼は、朝に弱い。
まずは頭を覚ますことから始まる。
ぼーっとしており、寝巻き用のよれたシャツがはだけているのはお約束だろう。
ふらふらとベットから置き出し、水浴びを慣行する。これで目が覚めてくれるはずだ。
彼がいる部屋は本来二人部屋である。
しかも魔術学院はここで生活技術の試行をしているので、上質な部屋となっていた。
が、アルフ一人しか使っていない。
これはいろいろと噂があるが、誰しもが思うことがある
『コイツらと一緒にいたら命がいくつあっても足りない』
”ら”とは無論、絶対四重奏である。故に、誰も相部屋など申し出る輩などいない。
一部女生徒からたまに話が上がるが、男子寮と女子寮は別館なので論外である。
もしその枷がなくなったとしてもアルフは動じないだろうが。
水浴びから戻ってくるアルフ。
その肉体は非常にがっしりしている。どちらかというと鉱山で働く男のようだ。
普段はそのようには見えないことから、着やせする人種なのだろう。
絶対四重奏の中で一番筋力があるように見えるのはオルドだ。
だが、純粋な”肉体のみ”の能力ではアルフが遥かに上を行っている。
その事実は、殆ど知られていない。
「……」
無駄なことはせず、ただ黙々と着替えるという作業を続ける。
だが、一つ思うことはある。
あの小さな聖職者だ。
今までの生活のなかで中々なレベルのイレギュラーとされている。
面と向かってあのようなことを言われるとは思わなかった。
資料をトンとまとめたところで、手が止まっていることに気づくと「ふ」を息を漏らし
て笑っていた。
誰も見ていなかったことが幸いだろう。目撃者でもあれば何がどうなったかわからない。
それ以後は単調に準備を行い、外へ出るためドアを開けた。
‡ ‡ ‡ ‡
最後にスレイヴである。
彼は個別にラボを持っている。どういう契機で手に入れたかは闇に葬られている。
好奇心は猫をも殺す。あまり勘ぐらないほうが身のためだろう。
夜明け頃に吹き飛ばしていた奴もいたが、それはご愛嬌。
書物に埋もれたベットなのか、書物に埋ったベットなのかわからない状態の寝床で目を
覚ます。
「あぁ、もうこんな時間ですか」
積み上げた本の上にバランスよく乗った置時計を見る。すでに彼の起きる時間となって
いた。
昨晩はあれこれ考え事をしていたらしく、ベットの側にもメモ書きが散らばっていた。
ここは郊外の商店街の脇に位置するラボのである。
一階が研究スペースとなっており、住居スペースは二階となっている。
スレイヴは側に置いてあった眼鏡を手に取り、かけてからベットから降りた。
そしてちょっとこった感じのする肩をコキコキならすと、散らばっていたメモ書きをま
とめ始める。
同時に寝起きの頭に開始号令をかるため、昨日の情報の整理を開始した。
図書館でメルに会う。
現場検証をする。
悪魔が仕掛けてくる。
グレイスを訪ねる。
そして。
スレイヴはまた一人、笑みを浮かべていた。
「ここまで楽しいことがあるのは久しぶりですねぇ……ブリケット以来でしょうか」
日はすでに昇りきっている。スレイヴは”魔術学院に所属しているわけではない”ので時
間に縛られる必要はなかった。
自分のペースで赴き、自分の成すべき事を成すまで。
着替え後、おもむろに一階へ降りる。
執務室風なそこは二階と違って整理されていた。奥にも部屋があり、施術スペースと
なっている。
スレイヴはわき見も見ずに外へ向かう。
外は無駄に晴れていた。
「くくくっ……楽しくなりそうですねぇ!」
魔術学院のある方向を眺めたその表情は、爽快な笑顔であった。
PC:スレイヴ
NPC:スレイヴフレンズetc
場所:ソフィニア
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
朝。それは誰にでもやってくるもの。
太陽光が空気の屈折を受け赤い光となり周囲を照らしている。
日差しは東から。
ピンと張り詰める空気が心地良い今日の始まり。
我らが絶対四重奏。初めに行動を開始するのは、以外にも彼である。
「どわぁぁ!!ゆ、夢か……変な夢見ちまったぜ。ったくなんであんなアルフがいるんだ
よっ……マテよ。ここドコよ?」
見知らぬ天井どころではない。
オルド・フォメガ。森の中で目を覚ます。
「……落ち着けオレ。昨日なにが起こった?いいか自分。気合の貯蔵は十分だ。行動を思い
返せ」
朝日の差し込む森の中、どっかりとあぐらをかいて座り込むオルド。
腕を組み、昨晩の出来事を思い返す。
初めに説明しておくならば、彼の現在地はソフィニアから北へ半日程歩いた距離である。
そして、彼の寝床はしっかりソフィニアの隅に存在している。
「酒場で酒食らってそれから獣人のジョニーとボブとバトルしてから、ソフィニア郊外ま
で競争してまた殴り合ってから別れたんだよな。それからどうしたんだオレ」
走馬灯のようにコンコンと湧き出る昨日の行動が一瞬にごる。だが、それも一瞬。
「あぁ、そうか。そこで一回ぶっ倒れたのか」
過剰な魔力消費で負荷がかかり、寝転んだら寝てしまったということらしい。
だがそれは一刻。朝までではなかった。
「よし、問題はそっからだ。なにが原因で……」
オルドが呟いた時、目の前にいる一匹の黒猫が目に入る。
オルドは「あ」と思わず声を出し、その謎は一気に氷解した。すべては目の前の猫の所
為なのだ。
「またテメェかよ!!。オレの夢で遊ぶなっつーのがわかんねぇかなこの馬鹿猫は!」
(だって馬鹿猫ダモン)
オルドの目の前の黒猫は、淫夢を見せて性を奪う使い魔の類である。が、自由奔放と一
人歩きしている。
この使い魔の主は……オルドと深い知り合いだ。
故に、オルドは手加減していた。
が、
「今日という今日は許さねぇ。よりにもよって、あんな夢を見せやがってゴルァ」
蒼白になり気味で身を震わせるオルド。頭をぶんぶん振って忘れようとする。
ガァっと立ち上がり、地団駄まで踏んでいる。
そして黒猫へビシッっと指を指した。黒猫はそのまま鎮座している。
「どういうつもりだか知らねぇが覚悟しやがれコノヤロウ!!」
(ぽっ)
……はぁ?
怒りにわなわなと指先を震わせている。猫の癖に頬を赤らめるなど、どういう状況だ。
「なんで!俺と!アルフが!裸で抱きあ…ゴファ!!」
オルドは口にしたところで自爆したことに気づき、思わず吐血した。それはすごい無駄
な特技である。
肩で息をしているがその体勢は変わっていない。そこで黒猫の一言が決定的だった。
(だって、見タカッタンダモン)
オルド、直立不動。
小鳥のさえずりが響く朝の森の中、指を指したまま固まる男と、その先の黒猫。
直後。オルドの額に特大怒りマーク。
後日語ったが、黒猫は何かが切れた音がしたという。
「テメェの妄想に、本人ツキアワセテンジャネェェェェェェェェェェ!!!!」
鳥達が羽ばたき去っていく音が聞こえる。オルドは叫んだあと、身を前にかがめ体をひ
ねり力いっぱい拳を握った。
空気が先程とは別の意味で張り詰める。
これは空気がではなく力場が張ったことを意味する。
黒猫はびくッと震え、ソロソロと忍び足で退散しようとした。
しかしそれは意味を成さず。誰にも理解されず。
「詠唱省略フルブースト!!!」
周囲の空間が一度大きく振動し、収束する。黒猫が駆け出すがもう遅し。
「吹き飛べやゴルァ!!」
(にぎゃーーーーーーーっ!!)
そして時は動き出す。
実に彼らしい、騒々しい朝である。
‡ ‡ ‡ ‡
次の起床はミルエ嬢である。
寝起きの姿は……む、睨まれてしまった。ここは退散しよう。
‡ ‡ ‡ ‡
「おはようございます、ミルエ様」
「おはようございます」
身だしなみも整え終わり部屋から出たミルエは廊下を歩いていたメイドと挨拶を交わす。
彼女は人一倍、時間がかかっていた。がそれは余念がないだけであり、時間には間に合
うよう早く起きている。
魔術師でありながらあまり夜には時間を使わず、平常的な生活習慣を送るのが美しく在
る為としているからだ。
そのため、朝食を摂る時間も十分にある。
「なかなか可愛い方でしたね」
食事中、一人ごちる。
両親は屋敷にいるのだが、この時間の朝食には出てこない。彼らの生活パターンからす
れば早いからだ。
ソフィニアの高級住宅街にミルエ・コンポニートの家はある。
代々ソフィニア魔術学院を卒業している家系で、ミルエも当然のようにそう在った。
ただ、両親達を違うのは『友人と呼べる存在』。それによって学んだ『自分の在り方』
能面とした家系の中、それは際立って見えた。優秀であれという親の教えには反してない。
親とは疎遠になってしまったが、後悔などなかった。
「ミルエ様。今日はとても楽しそうですね……あ、昨日からですね」
その理由としてこの家に仕えている者からは慕われていた。
お付のメイドがミルエの仕草を確認しながら発言する。言った本人も何か楽しそうだ。
「えぇ。昨日もお話しましたけどあのシスターがかわいらしくて」
ふふ、と笑みをこぼしメイドに答える。
魔術学院内ではあまり見られない笑みであることを、このメイドは半ば知っている。
それがまた嬉しくて、メイドは笑顔で話しに聞き入っていた。
たまに相槌を打ち、たまには意見を出し。
二人では寂しく感じられる大広間だが談笑が続く中ミルエの朝食は無論、笑顔で行われ
ていた。
「ミルエ様、今日も早いですなぁ!」
玄関から門へ向かう途中、庭師の老人が陽気に声をかけてくる。
だが、老人とはいささか御幣があるかもしれない。
歳は確かにいっているのだが、その肉体はあまりに若々しい。長身のドワーフ族のよう
などっしりとした体格である。
彼女の通う魔術学院の学生がもやしに見えてならないのは当然だろう。
例外はいるが。
「ふふ、早起きは得だって言ったのは貴方でしょう?」
「がっはっは。そうですな!」
日が大分上がっているが活動時間として動き始めるにはまだ早い時間である。
先ほどの台詞を言った本人は、やはり早起きなのだ。
季節が冬になれば日差しはもう少し傾いているかもしれないが、それでも彼女のスタイ
ルは変わらない。
無論、この老人の行動も変わるはずがない。
豪快に笑う老人を背中に、門を通る。ここから、魔術師としてのミルエが始まるのだ。
「さぁ、今日もいきますわよ」
気合を入れて、歩み出す。
‡ ‡ ‡ ‡
次は……アルフである。
彼は学内の寮に住んでいる。
布団を押しのけ、まずはベットの上に座り込んだ。
「……」
……。
「……」
……。
「……」
おい、動けよ。
「……」
彼は、朝に弱い。
まずは頭を覚ますことから始まる。
ぼーっとしており、寝巻き用のよれたシャツがはだけているのはお約束だろう。
ふらふらとベットから置き出し、水浴びを慣行する。これで目が覚めてくれるはずだ。
彼がいる部屋は本来二人部屋である。
しかも魔術学院はここで生活技術の試行をしているので、上質な部屋となっていた。
が、アルフ一人しか使っていない。
これはいろいろと噂があるが、誰しもが思うことがある
『コイツらと一緒にいたら命がいくつあっても足りない』
”ら”とは無論、絶対四重奏である。故に、誰も相部屋など申し出る輩などいない。
一部女生徒からたまに話が上がるが、男子寮と女子寮は別館なので論外である。
もしその枷がなくなったとしてもアルフは動じないだろうが。
水浴びから戻ってくるアルフ。
その肉体は非常にがっしりしている。どちらかというと鉱山で働く男のようだ。
普段はそのようには見えないことから、着やせする人種なのだろう。
絶対四重奏の中で一番筋力があるように見えるのはオルドだ。
だが、純粋な”肉体のみ”の能力ではアルフが遥かに上を行っている。
その事実は、殆ど知られていない。
「……」
無駄なことはせず、ただ黙々と着替えるという作業を続ける。
だが、一つ思うことはある。
あの小さな聖職者だ。
今までの生活のなかで中々なレベルのイレギュラーとされている。
面と向かってあのようなことを言われるとは思わなかった。
資料をトンとまとめたところで、手が止まっていることに気づくと「ふ」を息を漏らし
て笑っていた。
誰も見ていなかったことが幸いだろう。目撃者でもあれば何がどうなったかわからない。
それ以後は単調に準備を行い、外へ出るためドアを開けた。
‡ ‡ ‡ ‡
最後にスレイヴである。
彼は個別にラボを持っている。どういう契機で手に入れたかは闇に葬られている。
好奇心は猫をも殺す。あまり勘ぐらないほうが身のためだろう。
夜明け頃に吹き飛ばしていた奴もいたが、それはご愛嬌。
書物に埋もれたベットなのか、書物に埋ったベットなのかわからない状態の寝床で目を
覚ます。
「あぁ、もうこんな時間ですか」
積み上げた本の上にバランスよく乗った置時計を見る。すでに彼の起きる時間となって
いた。
昨晩はあれこれ考え事をしていたらしく、ベットの側にもメモ書きが散らばっていた。
ここは郊外の商店街の脇に位置するラボのである。
一階が研究スペースとなっており、住居スペースは二階となっている。
スレイヴは側に置いてあった眼鏡を手に取り、かけてからベットから降りた。
そしてちょっとこった感じのする肩をコキコキならすと、散らばっていたメモ書きをま
とめ始める。
同時に寝起きの頭に開始号令をかるため、昨日の情報の整理を開始した。
図書館でメルに会う。
現場検証をする。
悪魔が仕掛けてくる。
グレイスを訪ねる。
そして。
スレイヴはまた一人、笑みを浮かべていた。
「ここまで楽しいことがあるのは久しぶりですねぇ……ブリケット以来でしょうか」
日はすでに昇りきっている。スレイヴは”魔術学院に所属しているわけではない”ので時
間に縛られる必要はなかった。
自分のペースで赴き、自分の成すべき事を成すまで。
着替え後、おもむろに一階へ降りる。
執務室風なそこは二階と違って整理されていた。奥にも部屋があり、施術スペースと
なっている。
スレイヴはわき見も見ずに外へ向かう。
外は無駄に晴れていた。
「くくくっ……楽しくなりそうですねぇ!」
魔術学院のある方向を眺めたその表情は、爽快な笑顔であった。
〝アメリア・メル・ブロッサム。
これより汝を悪魔と通じた疑いで異端審問会にかける――〟
否定の言葉など聞き入れてはもらえなかった。
手のひらに、鋭い激痛と共に杭が打ち込まれた。
〝ならば、その体は何なのだ?
えぐれた肉はもう塞がっているぞ?
止まった心臓が何故再び動き出す?
それは、悪魔と契約した証拠――〟
地獄のような拷問の中、それでも生きている自分が
死んでいないのではなく死ねないことに気がついた。
とっくに完治したはずの傷口が、怒りと共に蘇るように熱く疼いた。
感情的に動いてはならない。
人をむやみに疑ってはならない。
彼らの口から話を聞かなくて・・・。
人々を正しい道へと導くのはシスターの務めなのだ。
いくつ教訓を並べても、メルの心は治まらない。
若い精神が、悪魔に対する憎悪がそうさせるのか。
かつての家族に名を呼ばれるまで、シスターアメリアの表情は厳しく凍り付いていた。
††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル スレイヴ
NPC:男子生徒 グレイス
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††
「・・・メル?君はメルなのか!?」
親しい者など居るはずの無いソフィニアの魔術学院で誰かが自分の愛称を口にした。怒りに任せ歩いていたシスター・アメリアは足を止め、ゆっくりと振り返える。
「グレイス兄さん・・・?」
彼女を呼び止めたのは、サイズマン研究室のグレイス・ブロッサム。五年ぶりに再会した彼女の家族だった。彼は五年分歳をとりすっかり大人になっていたが、メルは当時と変わらぬ姿でそこにいた。
これが、メルがグレイスに会うのを拒んだ理由。
「お久しぶりです・・・グレイス兄さん。助手として学院で立派に働いてるって、聞きました」
「ありがとう。メルは・・・変わってないね」
グレイスは上手く喜びを表現できないのか、奇妙な表情を浮かべた。メルもまた、悲しげに微笑んだ。
唯の他人ならば、メルの幼い体つきは体質なのだと思っただろう。しかし、幼い頃からメルを見て来たグレイスはメルの発育がほかの子供たちに較べ劣っていない事を知っている。大人びた仕草と言葉を身につけながら、体だけは全く成長していない18歳の少女に彼は違和感を感じているのだろう。
「孤児院が閉鎖されたのは手紙で知ったよ。みんな無事なのかい?」
「ええ、子供たちは無事よ。孤児院は殆ど被害に遭わなかったから」
しかし、孤児院を運営していた教会は全壊し、メルと同様教会で働いていたブロッサム孤児院の兄弟たちは命を落とした。
「そうか・・・」
悲しげに目を伏せたグレイスにメルは「ごめんなさい」と言葉を漏らした。
「なんでメルが謝るんだい?君が無事で良かった」
「でも、私はその場にいたの。人々が死んでいく様子を!あの悪魔の行為を目の前で見ていたというのに!」
「自分を責めちゃ駄目だよ。君はまだ13歳の見習いシスターだったんじゃないか」
彼は殊更優しい声で言った。メルが激しく動揺する姿を見て、グレイスは事件のショックがこの少女の成長を止めてしまったのでは無いかと考えたのだ。
「でも・・・」
もしグレイスがメルの身に起きたもう一つの異変を知ればこんな陳腐な言葉をかけはしなかっただろう。
「何か僕に手伝える事はない?」
「あ・・・スレイヴ・レズィンスという方の居場所を知りませんか?彼に聞かなければならないことがあるんです」
「スレイヴ・レズィンスか・・・。彼には余り関わらない方がいい」
メルはグレイスの口から再び絶対四重奏と名を轟かす彼等の噂を聞かされる事となる。
内容はバルドクスの従者が語ったものと大差ないが、同じ学院の人間が語る分、説得力があった。
「でも、会わないわけにはいきませんわ。もしかしたら・・・わたくしに悪魔を仕掛けたのはあの方かもしれないのですから」
「僕も一緒に行こう」
「いえ、わたくし一人で大丈夫ですわ」
これ以上自分の家族を危険にさらしたくはない。メルは既にシスターとしての落ち着きを取り戻していた。
「だけど、君を一人で・・・」
「あ!グレイス先生~。教授が探してましたよ」
引き下がろうとしないグレイスに、一人の男子生徒が声をかけた。グレイスはしばし悩んだ後、「くれぐれも無茶をしないようにね!」と言い残して、その場を後にした。
「何だか困ってるようだったから、嘘ついちゃったけど、大丈夫だった?アメリアちゃん」
メルと一緒にグレイスを見送った少年が、急に振り返って笑顔を見せた。
「え?」
「グレイス先生とアメリアちゃん、同じ姓だから、もしかしたら先生をつけてればまた会えると思ってたんだ」
メルのフルネームを知るこの男子生徒に、覚えはなかった。必死で自分の記憶をたどっていたためメルは、少年の危険な言葉に気がつかない。
「あ。昨日の!」
アルフの研究室までメルを案内してくれた色白ノッポの少年だ。名前はまだ知らない。
昨日の出来事だと言うのに、何故彼のことがわからなかったのだろう。メルは不思議に思い、そして気がついた。昨日まで、その顔に鮮やかに散っていたそばかすが消えていたのだ。彼の特徴の一つであったソレがなくなるだけで、その印象もガラリと変わる。しかし、一晩でそばかすは治るものなのだろうか・・・もちろん、化粧
をしているわけでもない。
「ヤダナー。僕のこと・・・忘れちゃってたの?」
「そ、そんなこと、ありませんわ。あの、わたくし人を探してますので・・・」
ヘラヘラと笑う男子生徒は、小さく呟いた。
「スレイヴ・レズィンスやアルフ・ラルファには会いにいくくせに、僕とは話す時間もない?」
「何か仰いました?」
「いいや何も。君は、いまに僕がただの学生なんかじゃないって知る事になるだろうね」
「・・・・・・?」
「スレイヴ・レズィンスがさっき裏門を通ったのを見たよ。図書館に行くのなら、この廊下を真っ直ぐ行けば会えるかも」
「有難うございます」
二人の会話に朝の予鈴が割り込んだ。男子生徒は再び何か呟いたようだったが、大きな鐘の音に掻き消されてしまった。
(あら、わたくしあの方にスレイヴさんを探してるって言ったかしら・・・?)
男子生徒と別れると、メルは再び一人になった。手の甲の痛みもいつの間にか消えていた。
授業が始まったのか、廊下から人気が消えた。たまに遅刻したのかメルの脇を慌てた様子で生徒が走り抜けていく。
それに対し、メルの探し人である青年は朝の散歩でも楽しむように廊下を歩いていた。
前方で待ち構えるメルに気が付くと、軽く手を上げて挨拶をした。
「おはようございます。シスター。実に良い天気ですね」
「お話したい事があります。お時間は大丈夫ですか?」
挨拶を返しもせず、話を切り出したメルをスレイヴがおや、という目で見た。昨日までの礼儀正しいメルとは明らかに違う。
「貴方について・・・バルドクスの従者から話を聞きました。スレイヴさん」
「わたしも、グレイス・ブロッサムから貴方について聞きましたよ。シスター」
グレイスがメルについて一体何を知っていると言うのか。メルは冷ややかな視線でスレイヴを見返した。
「何故わたくしを騙したのですか?」
高慢にも取れるそのセリフに、スレイヴは浅く笑った。どれほど清廉潔白な者ならば、人間が嘘をつくことを責められるというのだろうか。
「はて、私は貴女を騙したりしましたか?」
「ふざけないで下さい」
「私はふざけるなんて無駄な事はしませんよ。でも・・・そうですね内容が内容ですから場所を変えましょうか」
「・・・・・・」
メルは一瞬考え込んだが、スレイヴは返事も待たずに歩き始めた。結局彼の後を追うことになる。
「小屋の中にあったラクトルの魔方陣は消したようですね。実に賢明な行為ですが、遅すぎたとは思いませんか?」
「どういうことですか?」
メルはスレイヴの背中を見ながらたずねた。どうやら彼はあの場所に向かおうとしているらしい。
「本来ならば、事件が発覚した直後に消すべきだったのです。一度使われた召喚陣は閉じられた状態でも悪魔を引き寄せやすくなる。例えば、貴女を襲った悪魔もしかり」
「・・・?あれは貴方の仕業じゃないんですか?」
「まさか!」
スレイヴは大げさな身振りで振り返った。
これより汝を悪魔と通じた疑いで異端審問会にかける――〟
否定の言葉など聞き入れてはもらえなかった。
手のひらに、鋭い激痛と共に杭が打ち込まれた。
〝ならば、その体は何なのだ?
えぐれた肉はもう塞がっているぞ?
止まった心臓が何故再び動き出す?
それは、悪魔と契約した証拠――〟
地獄のような拷問の中、それでも生きている自分が
死んでいないのではなく死ねないことに気がついた。
とっくに完治したはずの傷口が、怒りと共に蘇るように熱く疼いた。
感情的に動いてはならない。
人をむやみに疑ってはならない。
彼らの口から話を聞かなくて・・・。
人々を正しい道へと導くのはシスターの務めなのだ。
いくつ教訓を並べても、メルの心は治まらない。
若い精神が、悪魔に対する憎悪がそうさせるのか。
かつての家族に名を呼ばれるまで、シスターアメリアの表情は厳しく凍り付いていた。
††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル スレイヴ
NPC:男子生徒 グレイス
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††
「・・・メル?君はメルなのか!?」
親しい者など居るはずの無いソフィニアの魔術学院で誰かが自分の愛称を口にした。怒りに任せ歩いていたシスター・アメリアは足を止め、ゆっくりと振り返える。
「グレイス兄さん・・・?」
彼女を呼び止めたのは、サイズマン研究室のグレイス・ブロッサム。五年ぶりに再会した彼女の家族だった。彼は五年分歳をとりすっかり大人になっていたが、メルは当時と変わらぬ姿でそこにいた。
これが、メルがグレイスに会うのを拒んだ理由。
「お久しぶりです・・・グレイス兄さん。助手として学院で立派に働いてるって、聞きました」
「ありがとう。メルは・・・変わってないね」
グレイスは上手く喜びを表現できないのか、奇妙な表情を浮かべた。メルもまた、悲しげに微笑んだ。
唯の他人ならば、メルの幼い体つきは体質なのだと思っただろう。しかし、幼い頃からメルを見て来たグレイスはメルの発育がほかの子供たちに較べ劣っていない事を知っている。大人びた仕草と言葉を身につけながら、体だけは全く成長していない18歳の少女に彼は違和感を感じているのだろう。
「孤児院が閉鎖されたのは手紙で知ったよ。みんな無事なのかい?」
「ええ、子供たちは無事よ。孤児院は殆ど被害に遭わなかったから」
しかし、孤児院を運営していた教会は全壊し、メルと同様教会で働いていたブロッサム孤児院の兄弟たちは命を落とした。
「そうか・・・」
悲しげに目を伏せたグレイスにメルは「ごめんなさい」と言葉を漏らした。
「なんでメルが謝るんだい?君が無事で良かった」
「でも、私はその場にいたの。人々が死んでいく様子を!あの悪魔の行為を目の前で見ていたというのに!」
「自分を責めちゃ駄目だよ。君はまだ13歳の見習いシスターだったんじゃないか」
彼は殊更優しい声で言った。メルが激しく動揺する姿を見て、グレイスは事件のショックがこの少女の成長を止めてしまったのでは無いかと考えたのだ。
「でも・・・」
もしグレイスがメルの身に起きたもう一つの異変を知ればこんな陳腐な言葉をかけはしなかっただろう。
「何か僕に手伝える事はない?」
「あ・・・スレイヴ・レズィンスという方の居場所を知りませんか?彼に聞かなければならないことがあるんです」
「スレイヴ・レズィンスか・・・。彼には余り関わらない方がいい」
メルはグレイスの口から再び絶対四重奏と名を轟かす彼等の噂を聞かされる事となる。
内容はバルドクスの従者が語ったものと大差ないが、同じ学院の人間が語る分、説得力があった。
「でも、会わないわけにはいきませんわ。もしかしたら・・・わたくしに悪魔を仕掛けたのはあの方かもしれないのですから」
「僕も一緒に行こう」
「いえ、わたくし一人で大丈夫ですわ」
これ以上自分の家族を危険にさらしたくはない。メルは既にシスターとしての落ち着きを取り戻していた。
「だけど、君を一人で・・・」
「あ!グレイス先生~。教授が探してましたよ」
引き下がろうとしないグレイスに、一人の男子生徒が声をかけた。グレイスはしばし悩んだ後、「くれぐれも無茶をしないようにね!」と言い残して、その場を後にした。
「何だか困ってるようだったから、嘘ついちゃったけど、大丈夫だった?アメリアちゃん」
メルと一緒にグレイスを見送った少年が、急に振り返って笑顔を見せた。
「え?」
「グレイス先生とアメリアちゃん、同じ姓だから、もしかしたら先生をつけてればまた会えると思ってたんだ」
メルのフルネームを知るこの男子生徒に、覚えはなかった。必死で自分の記憶をたどっていたためメルは、少年の危険な言葉に気がつかない。
「あ。昨日の!」
アルフの研究室までメルを案内してくれた色白ノッポの少年だ。名前はまだ知らない。
昨日の出来事だと言うのに、何故彼のことがわからなかったのだろう。メルは不思議に思い、そして気がついた。昨日まで、その顔に鮮やかに散っていたそばかすが消えていたのだ。彼の特徴の一つであったソレがなくなるだけで、その印象もガラリと変わる。しかし、一晩でそばかすは治るものなのだろうか・・・もちろん、化粧
をしているわけでもない。
「ヤダナー。僕のこと・・・忘れちゃってたの?」
「そ、そんなこと、ありませんわ。あの、わたくし人を探してますので・・・」
ヘラヘラと笑う男子生徒は、小さく呟いた。
「スレイヴ・レズィンスやアルフ・ラルファには会いにいくくせに、僕とは話す時間もない?」
「何か仰いました?」
「いいや何も。君は、いまに僕がただの学生なんかじゃないって知る事になるだろうね」
「・・・・・・?」
「スレイヴ・レズィンスがさっき裏門を通ったのを見たよ。図書館に行くのなら、この廊下を真っ直ぐ行けば会えるかも」
「有難うございます」
二人の会話に朝の予鈴が割り込んだ。男子生徒は再び何か呟いたようだったが、大きな鐘の音に掻き消されてしまった。
(あら、わたくしあの方にスレイヴさんを探してるって言ったかしら・・・?)
男子生徒と別れると、メルは再び一人になった。手の甲の痛みもいつの間にか消えていた。
授業が始まったのか、廊下から人気が消えた。たまに遅刻したのかメルの脇を慌てた様子で生徒が走り抜けていく。
それに対し、メルの探し人である青年は朝の散歩でも楽しむように廊下を歩いていた。
前方で待ち構えるメルに気が付くと、軽く手を上げて挨拶をした。
「おはようございます。シスター。実に良い天気ですね」
「お話したい事があります。お時間は大丈夫ですか?」
挨拶を返しもせず、話を切り出したメルをスレイヴがおや、という目で見た。昨日までの礼儀正しいメルとは明らかに違う。
「貴方について・・・バルドクスの従者から話を聞きました。スレイヴさん」
「わたしも、グレイス・ブロッサムから貴方について聞きましたよ。シスター」
グレイスがメルについて一体何を知っていると言うのか。メルは冷ややかな視線でスレイヴを見返した。
「何故わたくしを騙したのですか?」
高慢にも取れるそのセリフに、スレイヴは浅く笑った。どれほど清廉潔白な者ならば、人間が嘘をつくことを責められるというのだろうか。
「はて、私は貴女を騙したりしましたか?」
「ふざけないで下さい」
「私はふざけるなんて無駄な事はしませんよ。でも・・・そうですね内容が内容ですから場所を変えましょうか」
「・・・・・・」
メルは一瞬考え込んだが、スレイヴは返事も待たずに歩き始めた。結局彼の後を追うことになる。
「小屋の中にあったラクトルの魔方陣は消したようですね。実に賢明な行為ですが、遅すぎたとは思いませんか?」
「どういうことですか?」
メルはスレイヴの背中を見ながらたずねた。どうやら彼はあの場所に向かおうとしているらしい。
「本来ならば、事件が発覚した直後に消すべきだったのです。一度使われた召喚陣は閉じられた状態でも悪魔を引き寄せやすくなる。例えば、貴女を襲った悪魔もしかり」
「・・・?あれは貴方の仕業じゃないんですか?」
「まさか!」
スレイヴは大げさな身振りで振り返った。
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
PC:スレイヴ メル
場所:ソフィニア魔術学院-廊下
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
スレイヴはメルとの話し合いの場へと移動中、彼女の言葉に大げさに振り向いた。
彼女の表情はいたって真面目であり、ふざけた様子もなかったのがスレイヴのため息を
誘った。
またも大げさにわざとらしく息を吐くスレイヴ。その仕草がメルに障る。
「まったく、聖職者というモノは何故もこう……」
言いかけて中断し、何か考える様子を見せた後スレイヴはまた歩き始める。
振り返る間に見えたスレイヴの顔には諦めの色が浮かんでいたのをメルは見逃していな
かった。
「スレイヴさん」
「貴女はどこまで私の話を聞きましたか?私があの魔法陣を復元したという事ですか?
えぇ、そうですよ。あの魔法陣は確かに私が復元しました」
メルの呼びかけを遮るようにスレイヴが語りだす。
それはメルに対して述べているのだが、メルに対して言っているようではなかった。
前を向き歩みを止めず、彼女の方を向いてはいない。
メルは彼の行動に憮然としたものを感じるが、仕方無しに彼の後ろを追った。
スレイヴの声はまだ続く。
「しかしそれは只の研究の過程。私は線図記号や文字が織り成す理に興味がありこの研究
を続けているのです。悪魔など召喚して何の足しになるんですか。私が知りたいのは魔法
陣とそれによって施される具象です。あの時は偶然悪魔召喚の法陣だったという事だけです」
淡々と語るスレイヴの口調には、それといって感情が込められていないようだ。
というより、メルには読み取ることができなかった。
相変わらずスレイヴはメルを見ていない。ただ、目的地へと足を進めている。
誰かに聞かせたいという意図はないそれに、メルの相槌は入らない。
「何故貴女を悪魔で脅かさなければならないのか?それこそ私の疑問でしたが、考えれば
思いつくことでした。スレイヴ・レズィンスという人物の情報が欠落していれば必然とそ
うなるでしょう」
長々と語りだした彼の言葉がようやく止まった。それほどに、メルの疑いは心外だった
のだろうか。
声という音がなくなると、廊下には二組の靴音だけが響いていた。
今の時間、学生らは講義中であるため廊下には人がいなかった。それがなおさら静けさ
を助長する。
別の区画に入ったのか、廊下の構造が変わった所でメルは今朝の事実を思い出した。
「ならば、あなた方は何故バルドクス・クノーヴィが死んだと嘘をついたのですか?」
スレイヴの肩がピクリと反応する。だが、その歩みは止まらなかった。
肩越しにちらっとメルを確認しつつ、スレイヴが質問を返した。
「私達の誰がバルドクス・クノーヴィが死んだと言ったのですか?」
忘れていた事実、だろうか。今度はメルがぴたりと止まった。
一間考えたあと、思い出す。
「……アルフさんだけ、ですね」
よくよく考えると、アルフ以外にそのことを口にした人物はいないのだ。
その言葉に満足そうな笑みを浮かべたスレイヴ。その顔は前を向いているためメルには
見えなかった。
メルは気構えつつスレイヴの言葉を待つ。
「アルフですか……そうですね、彼ならそう言うでしょう。報告書に書かれてある事実を貴
女に述べただけなのでしょうから。彼はそういう人物ですよ」
「……」
メルも大体は予想出来ていたのか、大した同様はなかった。
だが、次の言葉は予想に反するものだった。
「おそらく貴女は、その報告書が真実か問いたださなかった。もしアルフに質問していた
のなら彼は間違いなく報告書を否定するでしょう。彼は正直者なのですよ」
「な……」
口を歪めくつくつと笑うスレイヴ。
「貴方がたは────」
メルは感情に任せて発しようとしたが、踏みとどまった。
唇を固く結び、出かかった言葉を無理やり押し込める。
「何故本当のことを言ってはくれないのですか?」
抑圧された声は低い怒気を含んだ重い音となってスレイヴの耳に入った。
だが、彼はそれすらも心地よい音楽を聞くかのように自分の中枢へと浸透させる。
「何故、言う必要があるんです?私達にとってあの事件はすでに終わった事。その再調査
に協力して、”私”に何の得があるんですか?」
何の躊躇いもないスレイヴの台詞。更に、今は貴女と会話をすることは有益ですね、な
どと呟いていた。
一つ物を言えば、二つ捻られて返ってくる。
「それに、単にその方が面白いと思ったからですよ」
メルの真面目な問いに対して、スレイヴはあっさりと言い放つ。
思わず奥歯を強く噛み締めるメル。頭の中ではスレイヴ・レズィンスという人物の像を
描き換えている。
────お前たちこそ悪魔だ!
メルの中では頭でも心の中でも、バルドクス・クノーヴィの叫びが反響している。
メルの思う彼は、その叫びに重なりつつあった。
「今は、私個人の感情は置いておきましょう」
立ち止まってしまったメルを構いもせず進んでいく。
無論、スレイヴはメルと離れていく事に気づいている。そこで立ち止まってしまうなら
そこまでだ。
スレイヴと一緒に行かなければ、これ以上の話はないのだ。
ぐっと足を踏み出したメルに、更なる言葉が降り注ぐ。
「調査員?貴女には向いていないと思いませんか?真偽を確かめる為に派遣されるという
のに、貴女は何の疑いもしないで、言われるがままその言葉を信じていた。人の口とは真
実を語るとは限りませんよ」
「……それは……」
メルを刺すような言葉を投げ続けるスレイヴ。先ほどまでと違い声には冷たいものが
入ってきている。
矢先に経ってしまったメルはただそれを受けるしかなかった。
この辺りの部屋は普通の講義では使用されておらず、物音は彼らの靴音とスレイヴの声
のみ。
石造りの廊下にぶつかり、その意味すら音の反響する。
「何故貴女は疑う事すら知らず何を調査しに来たのですか?難なくこの調査が終わると
思っていたのですか?ただ人に聞いただけで、在るものを見ただけで、済ませられるもの
だと思っていたのですか?」
次々と言葉を放つ。
スレイヴはただ言いたい事を言っているだけである。
メルはエクソシストとしての仕事はこれが初めてである。失敗や思い込みなど誰にでも
あろう。
だが、スレイヴはそれを知らない。知っていたとしても同じ事をしているだろう。
手のひらを握り締め、その言葉を受け入れているかのようだった。
スレイヴには自傷行為に見えてならない。尚更彼の意を増長する。
「そして貴女は存在しない嘘を、私達がついた嘘だと勘違いしている」
淡々と語っていた口調のトーンが、急に落ちた。
混乱しているのか、おぼろげな表情をしてスレイヴの変化に気づくメル。
気づかない方が楽だったのかもしれない。
スレイヴはわざわざ、メルの意識がこちらに自分に向くのを確認してから、次の次の言
葉を投げつけた。
「身に振ってきた火の粉。自ら望まず発生した事象。その元凶を人に被せ、疑い続ける。
これはどんな気分なのでしょうね?まぁ貴女の場合、事実を調べるという過程があるの
で”聖職者としては”優秀だとは思いますが」
「──っ」
含み笑いをしてスレイヴは言葉を止めた。
スレイヴ自身、聖職者に対してよいイメージは持っていなかった。それをぶつけただけ
だった。
予想外にも石化の魔術でも受けてしまったかのようにメルの表情が凍りついていた。
当たりが絞れてきた感触。まるでロジックパズルを楽しむように、その手順を踏む。
スレイヴの目は、未だに鋭い。
‡ ‡ ‡ ‡
出会い頭の表情とは一転、険しい表情をしているメル。そんな彼女を引きつれスレイヴ
は小屋へと到着する。
今朝、悪魔が召喚された魔法陣は消してある。メルがこの場を離れた時と変わらない状
態であった。
2、3歩部屋の中を歩き、スレイヴがスッと部屋の中央へと移動した。
「そして貴女は、何の疑いもなくまたこの場所を訪れた」
眼鏡の奥で鋭い意思を放つスレイヴの目。
それと同時に、壊れかけた小屋の床、壁、柱に幾つもの魔法陣が淡い光を帯びて浮かび
あがる。
「え……」
足元には消したはずのラクトルの魔法陣すら浮かび上がり、愕然としているメル。
振り返ったスレイヴは彼女の様子を見て、口元を歪めていた。
「さて、今までの話は……どこまで本当でしょうか?」
PC:スレイヴ メル
場所:ソフィニア魔術学院-廊下
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
スレイヴはメルとの話し合いの場へと移動中、彼女の言葉に大げさに振り向いた。
彼女の表情はいたって真面目であり、ふざけた様子もなかったのがスレイヴのため息を
誘った。
またも大げさにわざとらしく息を吐くスレイヴ。その仕草がメルに障る。
「まったく、聖職者というモノは何故もこう……」
言いかけて中断し、何か考える様子を見せた後スレイヴはまた歩き始める。
振り返る間に見えたスレイヴの顔には諦めの色が浮かんでいたのをメルは見逃していな
かった。
「スレイヴさん」
「貴女はどこまで私の話を聞きましたか?私があの魔法陣を復元したという事ですか?
えぇ、そうですよ。あの魔法陣は確かに私が復元しました」
メルの呼びかけを遮るようにスレイヴが語りだす。
それはメルに対して述べているのだが、メルに対して言っているようではなかった。
前を向き歩みを止めず、彼女の方を向いてはいない。
メルは彼の行動に憮然としたものを感じるが、仕方無しに彼の後ろを追った。
スレイヴの声はまだ続く。
「しかしそれは只の研究の過程。私は線図記号や文字が織り成す理に興味がありこの研究
を続けているのです。悪魔など召喚して何の足しになるんですか。私が知りたいのは魔法
陣とそれによって施される具象です。あの時は偶然悪魔召喚の法陣だったという事だけです」
淡々と語るスレイヴの口調には、それといって感情が込められていないようだ。
というより、メルには読み取ることができなかった。
相変わらずスレイヴはメルを見ていない。ただ、目的地へと足を進めている。
誰かに聞かせたいという意図はないそれに、メルの相槌は入らない。
「何故貴女を悪魔で脅かさなければならないのか?それこそ私の疑問でしたが、考えれば
思いつくことでした。スレイヴ・レズィンスという人物の情報が欠落していれば必然とそ
うなるでしょう」
長々と語りだした彼の言葉がようやく止まった。それほどに、メルの疑いは心外だった
のだろうか。
声という音がなくなると、廊下には二組の靴音だけが響いていた。
今の時間、学生らは講義中であるため廊下には人がいなかった。それがなおさら静けさ
を助長する。
別の区画に入ったのか、廊下の構造が変わった所でメルは今朝の事実を思い出した。
「ならば、あなた方は何故バルドクス・クノーヴィが死んだと嘘をついたのですか?」
スレイヴの肩がピクリと反応する。だが、その歩みは止まらなかった。
肩越しにちらっとメルを確認しつつ、スレイヴが質問を返した。
「私達の誰がバルドクス・クノーヴィが死んだと言ったのですか?」
忘れていた事実、だろうか。今度はメルがぴたりと止まった。
一間考えたあと、思い出す。
「……アルフさんだけ、ですね」
よくよく考えると、アルフ以外にそのことを口にした人物はいないのだ。
その言葉に満足そうな笑みを浮かべたスレイヴ。その顔は前を向いているためメルには
見えなかった。
メルは気構えつつスレイヴの言葉を待つ。
「アルフですか……そうですね、彼ならそう言うでしょう。報告書に書かれてある事実を貴
女に述べただけなのでしょうから。彼はそういう人物ですよ」
「……」
メルも大体は予想出来ていたのか、大した同様はなかった。
だが、次の言葉は予想に反するものだった。
「おそらく貴女は、その報告書が真実か問いたださなかった。もしアルフに質問していた
のなら彼は間違いなく報告書を否定するでしょう。彼は正直者なのですよ」
「な……」
口を歪めくつくつと笑うスレイヴ。
「貴方がたは────」
メルは感情に任せて発しようとしたが、踏みとどまった。
唇を固く結び、出かかった言葉を無理やり押し込める。
「何故本当のことを言ってはくれないのですか?」
抑圧された声は低い怒気を含んだ重い音となってスレイヴの耳に入った。
だが、彼はそれすらも心地よい音楽を聞くかのように自分の中枢へと浸透させる。
「何故、言う必要があるんです?私達にとってあの事件はすでに終わった事。その再調査
に協力して、”私”に何の得があるんですか?」
何の躊躇いもないスレイヴの台詞。更に、今は貴女と会話をすることは有益ですね、な
どと呟いていた。
一つ物を言えば、二つ捻られて返ってくる。
「それに、単にその方が面白いと思ったからですよ」
メルの真面目な問いに対して、スレイヴはあっさりと言い放つ。
思わず奥歯を強く噛み締めるメル。頭の中ではスレイヴ・レズィンスという人物の像を
描き換えている。
────お前たちこそ悪魔だ!
メルの中では頭でも心の中でも、バルドクス・クノーヴィの叫びが反響している。
メルの思う彼は、その叫びに重なりつつあった。
「今は、私個人の感情は置いておきましょう」
立ち止まってしまったメルを構いもせず進んでいく。
無論、スレイヴはメルと離れていく事に気づいている。そこで立ち止まってしまうなら
そこまでだ。
スレイヴと一緒に行かなければ、これ以上の話はないのだ。
ぐっと足を踏み出したメルに、更なる言葉が降り注ぐ。
「調査員?貴女には向いていないと思いませんか?真偽を確かめる為に派遣されるという
のに、貴女は何の疑いもしないで、言われるがままその言葉を信じていた。人の口とは真
実を語るとは限りませんよ」
「……それは……」
メルを刺すような言葉を投げ続けるスレイヴ。先ほどまでと違い声には冷たいものが
入ってきている。
矢先に経ってしまったメルはただそれを受けるしかなかった。
この辺りの部屋は普通の講義では使用されておらず、物音は彼らの靴音とスレイヴの声
のみ。
石造りの廊下にぶつかり、その意味すら音の反響する。
「何故貴女は疑う事すら知らず何を調査しに来たのですか?難なくこの調査が終わると
思っていたのですか?ただ人に聞いただけで、在るものを見ただけで、済ませられるもの
だと思っていたのですか?」
次々と言葉を放つ。
スレイヴはただ言いたい事を言っているだけである。
メルはエクソシストとしての仕事はこれが初めてである。失敗や思い込みなど誰にでも
あろう。
だが、スレイヴはそれを知らない。知っていたとしても同じ事をしているだろう。
手のひらを握り締め、その言葉を受け入れているかのようだった。
スレイヴには自傷行為に見えてならない。尚更彼の意を増長する。
「そして貴女は存在しない嘘を、私達がついた嘘だと勘違いしている」
淡々と語っていた口調のトーンが、急に落ちた。
混乱しているのか、おぼろげな表情をしてスレイヴの変化に気づくメル。
気づかない方が楽だったのかもしれない。
スレイヴはわざわざ、メルの意識がこちらに自分に向くのを確認してから、次の次の言
葉を投げつけた。
「身に振ってきた火の粉。自ら望まず発生した事象。その元凶を人に被せ、疑い続ける。
これはどんな気分なのでしょうね?まぁ貴女の場合、事実を調べるという過程があるの
で”聖職者としては”優秀だとは思いますが」
「──っ」
含み笑いをしてスレイヴは言葉を止めた。
スレイヴ自身、聖職者に対してよいイメージは持っていなかった。それをぶつけただけ
だった。
予想外にも石化の魔術でも受けてしまったかのようにメルの表情が凍りついていた。
当たりが絞れてきた感触。まるでロジックパズルを楽しむように、その手順を踏む。
スレイヴの目は、未だに鋭い。
‡ ‡ ‡ ‡
出会い頭の表情とは一転、険しい表情をしているメル。そんな彼女を引きつれスレイヴ
は小屋へと到着する。
今朝、悪魔が召喚された魔法陣は消してある。メルがこの場を離れた時と変わらない状
態であった。
2、3歩部屋の中を歩き、スレイヴがスッと部屋の中央へと移動した。
「そして貴女は、何の疑いもなくまたこの場所を訪れた」
眼鏡の奥で鋭い意思を放つスレイヴの目。
それと同時に、壊れかけた小屋の床、壁、柱に幾つもの魔法陣が淡い光を帯びて浮かび
あがる。
「え……」
足元には消したはずのラクトルの魔法陣すら浮かび上がり、愕然としているメル。
振り返ったスレイヴは彼女の様子を見て、口元を歪めていた。
「さて、今までの話は……どこまで本当でしょうか?」