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2024/11/08 07:42 |
アクマの命題【18】 物語の謎は表紙に有り/メル(千鳥)
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PC:メル スレイヴ
場所:ソフィニア魔術学院
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 ソフィニア魔術学院、学院長室。

「―― 以上が今回の調査のご報告となります。学院長」

 真新しい修道服に身を包んだメルは一礼すると、調査書を学院長に手渡した。
 それを受け取った学院長は、ほっと安堵の表情を浮かべる。

「では、これで再び悪魔が魔術学院を襲うと言う事は無くなるのですね?」

 その問いに、小さな聖職者は厳しい顔をして首を振った。 

「いいえ、悪魔は常にわたくしたち人間を誘惑しようと狙っています。ですから、わたくしたちは聖書の教えを守り清い行いを――」
「そ、そうですね!生徒たちには悪魔に興味関心を持たないように、関連の書物は閲覧禁止を強化するように通達します」

 シスターの長い説教を予感し、学院長は慌てて同意した。

「えぇ、是非お願いします」

 そう頷きながらも、彼女の中には言葉には表現できぬ〝違和感〟があった。
 それはこの事件と、彼と、出遭わなければけして浮かばぬ感情。

 悪魔を知る事で、悪魔を凌駕したスレイヴ・レズィンス。
 悪魔と関わりながらも、けして悪魔に惑わされることの無い魔術師。
 あの姿こそ、メルの求める悪魔に負けぬ強さなのでは無いだろうか?

(何を考えているの!?メル)

 まるで悪魔の誘惑から逃れるように、メルは己を叱咤した。
 忘れてしまったのか?
 彼のあの利己的な言葉を。
 自分勝手な行動を。
 あれこそ神の教えに反する行為ではないか!

「それでは、わたくしは本日中にソフィニアを出ます。皆様に神のご加護があらん事を」

 静かに祈りを捧げて気持ちを落ち着かせる。
 何者にも傷つけられない身体と信念を持つはずのメルに、スレイヴはまるで池に投げこまれた小石のように小さな波紋を残して行った。
 

 ††††††

 日が傾き、長い一日が終わろうとしていた。
 たった一晩だけ過ごした学院の女子寮を、小さな旅行鞄一つで出てゆく。
 荷物が増える間も無い、あっという間の二日間だった。
 見送りに立つ人はいない。
 別れを告げる程親しくなった人間もいない。
 知り合った人々はあくまで仕事上の調査対象でしかなかった、彼らにとってもメルはただの調査員にすぎなかったはずだ。

「おや、もう仕事は終わったんですか?シスター」
 
 しかし、彼はそこに居た。
 裏門の一歩手前、古びた銅像の一つに背を預けていたスレイヴは、本を閉じて読書をやめると、まるでいつもの散歩コースで出会ったかのような気安さでメルに近づいた。

「ええ」
「そうですか、終わりましたか」

 念を押すように繰り返したスレイヴにメルの表情が強張った。
 この勿体ぶった言い方には覚えがあった。
 彼はまだ何かとんでもないこと隠しているのだ。
 メルの警戒をよそに、スレイヴはまるで世間話のような遠回りな会話を続ける。

「実は、先程図書館でこの本を借りてきましてね。私も一度手に取ったっきりで、探すのに手間取りましたが…。きっと貴女も興味がある内容だと思ったもので」

 スレイヴは持っていた本の表紙をメルに見えるように上げた。
 随分と古びた本で、まだ印刷技術の発達していない時代のものだった。
 古風な筆跡で表紙にはこう書かれている。

「『…ラトルの緑豆族成長日記』…?」

 所々破れた文字を声に出して読み上げ、メルは首をかしげた。
 一体、どこにメルとの関連があるというのだろうか。
 彼女の素直な反応にスレイヴは満足そうに口の端を上げた。
 そして、白い手袋ごしに本の表紙を軽くさする。

「!」
 
 既に枯れかけたインクの文字が、まるでスレイヴの指先から逃れるように表紙の上を踊った。
 本の表紙を走り回った文字は再び元の位置に戻ろうとしたが、並ぶ順番を間違えたかのか、全く異なるタイトルの本になっていた。 

「…魔召喚書。『ラクトルの悪魔召喚書』!?」

 歴史上から消えたはずの魔導書。
 スレイヴが、バルドクスが悪魔を召喚する際に用いた古代の悪魔召喚陣の記されている禁書。 

「何故、こんなものが魔術学院に…」
「どうやら、この本を書いた人物はこの学院に縁故のある者のようですね。あなたもご存知だとは思いますが…私が知る限りでこの本の著者についてお話しましょうか」

 スレイヴはまるで物語を話すような口調で話を始めた。
 ちょうど数日前にメルが教会で子供たちに聞かせたときのように。

「彼は貧しい家の五人兄弟の末っ子で、富も名誉も持たない子供でした。しかし、彼には『知恵』があった。森に住む魔法使いの元で下男として働きながら、彼は夜に独り魔術を学んだ」
「スレイヴさん…それは…」

 メルはこの話を良く知っていた。
 だが、それは悪魔召喚陣を開発した男としてではない。

「しかし、貧しい師の元での修行は限界があった。そこで彼は『人で無いもの』から知恵を、力を借りる契約法を生み出した。悪魔を欺き、神にも挑む存在となった男を人々は賢者と呼んだ――」
「それは……」
「賢者クラトル。この本は晩年に書かれたようですから、流石の彼も本名で書く事を控えたようですね。しかし、彼の『知恵』を求める者が現れれば…」
 
 スレイヴの足元に魔方陣が浮かび、すぐに消えた。
 見間違えるはずもない、淡い光を放つ『ラクトルの召喚陣』。

「彼は惜しみなくその知識を分け与える。すばらしい。まさに言い伝えの通りですね、シスター」
「あなたは、最初から何もかも知っていたのですか!?知っていて…」
「知るも知らないも…私には興味の無いことです。たまたま、私の研究の参考になる本を書いたのがラクトルであり、貴女方の言うところの賢者クラトルだった」
 
 彼の主張は、確かに首尾一貫していた。
 しかし、メルに、彼を信奉するイムヌスの教徒にとっては、彼が悪魔召喚書を書き残した事実は信じがたいものだった。

「貴女には、大きな試練があるといいましたね、シスター・アメリア」
「はい…」

 ショックを隠しきれないメルに、少しだけ優しい口調でスレイヴは言った。

「貴女は過程を気にしすぎる。目的さえ見誤らなければ、方法などさして重要な事ではない。クラトルも良い例なのでは?」

 ならば、悪魔すら駆使するスレイヴの目的とは、一体なんと言うのか。
 恐ろしくてメルには尋ねることが出来なかった。

「では、この本は図書館に返却しておきますが、よろしいですね」
「え!?そんな…」

 それは困る。
 
「ちゃんと返さないと、司書の目が光ってますからね。それに、貴女の仕事はもう終わったのでしょう?」

 すかさず切り返すスレイヴに思わず言葉を詰まらせる。
 そして、大きな大きなため息。

「…分かりました」
 
 きっと賢者クラトルもそれを望み、このような魔法をかけ、この学院に存在するのだろう。
 いつか、この魔導書を紐解き、利用する者の為に。
 それは破壊か、いずれくるという悪魔との戦いの希望か――。

「神は、何故わたくしと貴方を引き合わせたのでしょう…」
「それを考えるのもまた試練の一つでしょうね」

 門の外までメルを見送ったスレイヴは、右手を差し出した。
 メルも迷う事無くその手を握り返した。

「同じ時を生き、同じ大地を踏みしめる限りいずれお会いすることもあるでしょう」 
「えぇ、それまでスレイヴさんも元気で」
 
 学院の鐘が静かに夕暮れを告げ、『ソフィニア魔術学院悪魔召喚事件』の幕は降りた。
 しかし、事件の全容を知る者はごく僅かだった。

 ††††††

 聖騎士は奇蹟の悪魔を求め

 聖少女は魔道師の英知に触れ

 魔女は悲しみの歌を紡ぐ 

 ――― 運命の日は近い。

††††††††††††††††††††††††††††††††

 アクマの命題 第一部 【完】
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2007/02/10 22:36 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題

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