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2024/05/16 14:38 |
11.『四つ羽の死神』追憶篇~/ロッティー(千鳥)
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  PC  レイヴン ロッティー
  場所  約100年前のとある町~クーロン
  NPC フォルゼン・ザウバー イステス アルシャ エルゼ ジェーン

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追憶編

「ほれ、もうそこらへんで降参したほうがいいんじゃないのかい?」 

 薄暗い地下水道で2人の男が対峙している。
 一人は常人に比べるとはるかに背が高く、筋骨隆々で逆三角形の逞しい体つ
きをしている。
 人間ではない、オウガと呼ばれる鬼に近い種族だ。

「もっとも、降参したところでお前さんの罪は重いぜ?」

 血のような真紅の髪を逆立たせた鬼がにやりと笑いながら言う。
 その手には巨大な槍が握られている。
 ずいぶん使い古した物らしく、柄に刻まれた傷や刃の血曇りが数々の戦闘の
歴史を髣髴させる。

「どうするよ、賞金首のフォルゼンさんよぉ?」

 手入れは怠っていないらしく、触れただけで切れてしまいそうな穂先をもう
一人の男―フォルゼンに向ける。

「賞金稼ぎがぁ、これ以上邪魔するなら殺す!!」

 フォルゼンと呼ばれた男は、くすんだ金色の髪を振り乱し、青い目を血ばら
せて叫んだ。
 年のころは40代後半だろうか、元はなかなかの知的でダンディーな顔つきを
していたのだろうが、
今ではオウガも顔負けの鬼のような面をしている。
 薄汚れ、ところどころ擦り切れたボロボロの服は、よく見れば聖衣であるこ
とがわかるだろう。
 しかし、今の彼は聖職者というものからは程遠い、殺意と憎悪の塊と化して
いる。
 そんなフォルゼンを、赤い髪のオウガはどこか悲しい目で見つめる。

「俺様はなぁ、聖職者であったお前さんを一応尊敬してたんだぜ? 別にお前
さん達が信仰っしているっつぅ神さんが正しいとかは思っちゃいねぇけどよ。
お前さんの性格は好きだったよ」

 そこで一度言葉を切り、ふぅと溜息をつく。

「だがなぁ、それはいけねぇよ。オウガの俺様だってわかるんだ、今のお前さ
んの姿はちょっとどころじゃなくて…かなりヤバイぜ?」
「うるさい! 貴様に何がわかる!! 貴様にぃ、キサマニィィ!!!」

 フォルゼンのその言葉を聞いてオウガは再び溜息をつく。

「わからねぇな。俺様は超能力者じゃねぇんだ。とりあえずは…」

 フォルゼン・ザウバー。
 今ではあまり信仰されていないノイヴェル教の信者であり、かなりの人格者
であった。
 教会に妻と孤児達9人で暮らしていたが、彼の妻が不治の病に侵され、その治
療のために多額の借金を作ってしまい、住居であった教会も失ってしまう。
 それでも彼の必死の治療で妻は何とか回復の兆しをみせた。
 孤児達を含めて野宿生活となってしまった彼は、それでも残った借金を返す
ために必死に働いたが、現実は非情だった。
 妻の病が再発したのだ。
 もはや治療のお金もなく、見込みもなかった。
 返すあてのない彼にお金を貸してくれる所もなかった。
 それでも彼は必死にお金を集めた。
 ところが、ある日。
 本当に突然だった。
 町に突然魔物が現れたのだ。
 魔物はすぐに町の警備隊に退治されたが、たくさんの死傷者が出た。

「っと、これが俺様がわかっていることさ。お前さんの家族もその時に、お前
さんを残して全員死んだんだってな。どうだ、よく調べてあるだろう?」

 その言葉が引き金になったらしく、フォルゼンが叫び声をあげながら怪しく
光るナイフを振りかざしながら飛び掛ってきた。

「ふ、ふ、ふざけるなぁ! 死んだのではない! 殺されたのだ!!」

 高速で迫るフォルゼンの気迫とナイフを平然と見つめながら、オウガが答え
る。

「ああ、知ってるよ。それも魔物によってじゃなく、警備隊によって殺された
んだろ?」

 オウガのその一言に、フォルゼンの動きが止まった。

「なんで俺様がそれを知っているのか、不思議そうだな? 簡単なことさ、お
前さんに殺された連中はその時の警備隊と原因を作った金持ち共だったからだ
よ。あの事件はタチの悪い金持ちが、暇つぶしで生物を化け物に変えちまう特
殊な薬品を食い物に混ぜ、ホームレスや下町の住人に配ったのが始まりだった
からな」

 動きの止まったフォルゼンに赤髪のオウガが一歩近づいた。

「そうさ、その通りだ! あの日、あの時、救民とかほざいて奴等が食料を配
って回ったのさ。中にはいぶかしんで近寄らないものもいたさ。だが、あの時
の私達はその日の食べ物を得ることじたいが困難だった。それに私達には孤児
達が、大切な子供達がいた。私は奴等から食料を貰った…」

 「久しぶりに食卓に並んだたくさんの料理を見て、子供達は喜んだよ」とフ
ォルゼンはその光景を思い出したらしく微笑んだ。
 
「子供達があんまりにもはしゃぐものだから、私と妻は自分達の分もあの子達
にあげた。子供達は…それはもう大喜びしたものさ」

 しかし、次の瞬間にはフォルゼンの表情がふたたび凶悪な鬼の形相に変化し
ていた。

「貴様にはわからんだろう。愛するモノが目の前で化け物に変わり、愛いする
モノが目の前で八つ裂きにされた、この痛みを!!」

 フォルゼンが叫びながらオウガに迫る。
 手には怪しく刃の光るナイフが握られている。

「私の復讐はまだ終わってはいない! まだ、あの時の首謀者である貴族が残
っている!! あいつを…この手で八つ裂きにするまではぁあ!!!」

 汚れた聖職者が両手でオウガに突き出す。
 遅い。
 少し訓練をつんだ者なら簡単に避けられる程度の速さだった。
 が、赤い髪のオウガはナイフを避けようとも手首をつかんで叩き落そうとも
しなかった。

 ズン…

 重い音を立て、ナイフはオウガの腹部に突き刺さった。

「どうしたい、お前さんの復讐心ってのはその程度なのかい?」

 普通の人間なら致命傷のはずだが、しかし赤髪のオウガはひるみもしない。

「いい気になるなよ。このナイフには猛毒が塗られている。時期に毒が回って
貴様は死ぬのだ!」

 しかし、次の瞬間、勝ち誇ったフォルゼンの表情が驚愕に染まっていく。
 突き刺さったナイフをどんなに力を入れて押しても引いても上下左右に捻ろ
うとしても、まったくビクともしないのだ。
 
「残念だが、俺様はあらゆる毒に抵抗力があるんだ。その程度の毒じゃあ風邪
も引きやしないぜ?」

 低く呟くように言うと、オウガは左手でフォルゼンの手をナイフごと掴ん
だ。

「ば、馬鹿な…。6種類の毒を調合して作った猛毒だぞ!? 本当に効かないの
か!?」
「歯ぁ食いしばれよ? ちぃっとばかし強くお仕置きするからな」

 フォルゼンの言葉を無視し、オウガは汚れた聖職者の頬に鉄拳を放った。
 ヒットの瞬間に左手を離したためか、フォルゼンは血と折れた歯を吐きなが
ら数メートル程宙を飛んび下水道を転がっていった。

「目ぇ覚めたか? バカ野郎が」

 派手に水しぶきを上げて壁に激突したフォルゼンに、オウガは悠々と歩いて
近づいていく。

「確かに、お前さん達の身に起こった事件は許されることじゃねぇよ。だけど
な、お前さんがやったことも許されることじゃない。生命ってのは重いもんな
んだ」

 「今の俺のパンチよりもずっとずっとずっとな」と悪戯っぽく笑う。

「あの事件の首謀者である貴族―キシロフォードっつったかな? それとそれ
に関わった、まだお前さんの手にかかってない数名の貴族。そして人を化けも
んに変える薬品を売った商人。こいつらは正式に裁判が行われることになっ
た。まぁどんな判決が出るかはわからんがな」

 オウガは倒れたまま動かないフォルゼンの頭を掴んで持ち上げた。

「だがお前さんも同罪だ。命を奪うほうに回っちまった瞬間にな。結局、お前
さんも奴らと同じ、ただの人殺しだったってことだ」

 フォルゼンを掴んでいる方とは逆の方の手で、オウガは自分の腹に刺さって
いるナイフを引き抜いた。

 ブシュッ

 っと少量の血が飛び散りながら、怪しい色の刃をしたナイフが現れる。

「痛てぇじゃねぁか。ぜんぜん効かねぇ…わけねぇだろうが。こんな超猛毒作
りやがって、俺様じゃなけりゃ即死だっての…」

 フォルゼンを通路の方に放り投げると、毒ナイフを持っていた布でくるみ、
皮袋の中に入れた。

「私は、私はいったい、どうすればいいんだ…?」

 不意に、フォルゼンが口を開いた。

「大切なものをすべて失ってしまった…私は…どうすればいいんだ? 教えて
くれ…教えて…くれ」

 目から涙を流し震える声で言った。

「あぁ? そんなの知るかよ。自分で考えろ」

 無慈悲にそう言い放つと、オウガはフォルゼンに背を向けた。

「俺様はただ腹が立った。だから腹いせにぶん殴った。それだけだ」

 そのままオウガはフォルゼンを残して歩き出した。

「ま、まて、なぜ連れて行かない、私を捕まえに来たんじゃないのか?」

 倒れたまま、フォルゼンは呻きながら呟く。
 常人では聞き逃してしまうかもしれないか細い声だったが、赤い髪の賞金稼
ぎにはしっかりと聞こえていたらしい。

「ふざけんじゃないぜ。捕まえるくれぇなら殺して死体を引きずって帰る。そ
のほうが楽だからな」

 矛盾している。
 さっき生命の重みがなんとか言ってたんじゃないのか。
 だが、もはやそんなことを言う力も勇気もフォルゼンにはなかった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 日が暮れ、夜の賑わいを見せ始めた酒場に巨大な人影が入ってきた。
 逆立った赤髪の厳つい顔つきをしたオウガだ。
 店内のほぼ全員が振り返るが、その顔を見た瞬間に全員が何事もなかったか
のように視線を戻す。
 ここの酒場は行き付けだった。
 最初こそはその場に居合わせた者ことごとくが恐怖に凍りつくか、度肝を抜
かれて震えるかだったのだが、今ではよい飲み仲間である。
 頭が天井に着いてしまいそうな巨体でオウガは店内を軽く見渡すと、カウン
ターにのっしのっしと歩いていった。
 この店は冒険者ギルドも兼ねているのが便利だ。

「よぉ、マスター。景気はどうだい?」

 カウンターの椅子にドンと座りながらオウガは店主に話しかける。
 これでも椅子が壊れないように気を使っているつもりである。

「ああ、一時期は誰かさんのおかげで客足が減ったが、いまは上々だよ。“戦
く大地レイヴン”」

 オウガーレイヴンを前にしても怯むことなく返してくる。
 最初にこのオウガが訪れたときも平静としていたのは彼だけだった。
 ここの店主は肝も据わっていると有名だ。

「そんなに愚痴るなって、うじうじ根に持つのはお前さんの悪い癖だぜ?」
「お前ほどあっさりしすぎてるのも考え物だと思うぞ?」

 相変わらずのポーカーフェイスで店主は答える。

「それで、フォルゼンはどうした?」

 そう言いながら鋭い目つきでオウガを見てきた。

「それがよぉ、賞金首のフォルゼンはよぉ、ちょっと力入れすぎて木っ端微塵
になっちまったんだよ。証拠の品持ってきたからそれで勘弁してくれ」

 店主の鋭い視線を感じながらも、レイヴンは平然と嘘を言ってのけ、布の固
まりを取り出した。

「やっこさんが使ってた毒ナイフだ。気をつけろよ、数種類の毒を合わせて作
った猛毒物らしい」

 店主が聞くよりも早くレイヴンが答えた。
 カウンターの上におかれた布をそっと開き、店主は中のナイフを手に取っ
た。

「たしかに、これはフォルゼンが使用していた猛毒:クロガラスに間違いない
ようだな」

 店主はナイフを布に納め、それをカウンターの下の引き出しの中に入れた。

「こういう場合、普通なら死体を確認しないといけないんだが…まぁいいだろ
う、お前はギルドランクBだからな。フォルゼンは賞金首リストから削除して
おく」

 そう言うと、店主は金貨の入った袋を取り出しオウガの目の前に置いた。

「いやぁ~悪いな」

 このときレイヴンは嘘をついた。
 ギルドに対して偽りの報告をするのは禁止されており、した場合はもちろん
罰を受けることになる。
 ばれれば…だが。

「何か飲んでいくか?」
「あぁ、そうだな。いつものやつ頼む」

 レイヴンは金貨の入った袋を収めながら答えた。

「そうくると思った」

 店主は苦笑しながら一本の一升瓶を取り出した。
 ラベルには大きく黒い字で“鬼生殺し(おになまごろし)”と書いてある。

「好きだな。ここら辺だとお前だけだぞ、こんな酒を頼むのは」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 すっかり夜もふけたころ、レイヴンは酒場を後にした。
 月夜に照らされた街道をのしのしと歩きながら、レイヴンは考え事をしてい
た。
 フォルゼンはあの後どうしただろうか。
 死んだだろうか。
 生きているとしたらまずどうするだろうか。
 ギルドに嘘の報告をしたのは別に初めてではない。
 それにまるっきり嘘というわけではない。
 レイヴンは賞金首のフォルゼンは死んだと報告した。
 これからは違うフォルゼンが違う生き方をしてくれるはずだ。
 それはレイヴンの勝手な妄想に過ぎないのだが、そうであると信じたい。
 だが、もしフォルゼンが再び狂気の殺人者に戻ってしまったのなら、そうな
ってしまったら今度は本当に息の根を止めなくてはならない。
 その時はギルドに責任を追及されているだろうが…
 まぁ、そんなことにはならないだろう。

「腹減ったなぁ」

 まだわからない未来のことを思って悩むのなんて性に合わない。
 そう思い込み、近くの屋台で焼き鳥でも買おうと決めた。

「(ん、なんだありゃ?)」

 しばらく歩き、大きな橋を通りかかったときである。
 橋の中腹あたりに一人の人影があった。
 よくは見えないがシルエットの大きさから見て子供かもしれない。

「(こんな時間に何やってんだ?)」

 目を凝らしてみると、その人影は少年であることがわかった。
 いや、よく見なければ少女と間違えるところだった。
 美しい黒髪が月の光に反射されて黒銀色に輝いている。
 いや、元から黒銀色なのかもしれない。
 ちらりと見えた横顔は氷のように青白く、それでいて妙に美しく、魅惚れて
しまいそうなほど綺麗な顔をしていた。

「おい――…!?」

 不思議に思って声をかけようとしたそのときである。
 蒼海色の瞳がかすかに揺れたように見えた。

 黒銀髪の少年が橋から身を投げた。

「うお!?」

 驚いたのはレイヴンである。
 まさか今、目の前で自殺をされるとは思ってもいなかった。

「バカ野郎が!」

 そう叫んだときには、すでに体は少年を追って橋から飛び降りていた。
 少年のほうが先に飛び降りていたが、レイヴンはすぐに少年においついた。
 すばやく空中で少年の身体をキャッチし、抱きこんだ刹那。
 レイヴンは全身を強く打ちつけられる感覚に襲われた。

 ドッボーーーーーーーンッ!!!

 橋のはるか下方で巨大な水しぶきが上がった。

 レイヴンは少年を抱えたまま、何とか岸まで泳ぎ着いた。
 少年を岸に上げ、自分も岸に上がった瞬間、レイヴンを鋭い痛みが襲った。
 ちょうど今日、フォルゼンに刺された部分だ。

「ぐぅ、あの時の傷か!?」

 油断していた。
 まさか今になって毒が効き始めたのだろうか。
 それとも飛び込んだ瞬間に塞ぎきっていなかった傷口が開いたのだろうか。
 とにかく傷の度合いを調べないといけない。
 手で探ると妙な感触がした。
 柔らかい。
 明らかに自分の発達した腹筋の肌触りではない。

「(マジかよ…内臓が飛び出してやがる…)」

 冷やりとして視線を移すと、そこには青白く細長い物体が生えていて…

「なんじゃこりゃあぁ!?」

 よく見ると、何のことはなかった。
 先ほど助けた少年が鋭い目つきでこちらを睨んでいた。
 その少年の青白い腕が自分の腹―フォルゼンに刺された部分―に埋まってい
た。

「何やってんだよ?」

 今自分が言いたかった言葉を、少年が先に口にした。
 声変わり前の少女のような声だが、不思議と惹きこまれそうな声色だった。

「そりゃあこっちのセリフだ。まだガキのクセに投身自殺なんかしやがって。
おまけに助けた俺様にナイスなパンチをお見舞いするんだんてどういうつもり
だ。一瞬ヒヤッとしただろうが!」

 そこまでレイヴンが言うと少年は無言で睨んできた。
 綺麗な瞳だが氷のような冷たさも併せ持っている。
 睨んでくる少年に向かって、レイヴンは睨めっこの様に次々と表情を変えて
みせた。

「ぶっ…」
「あ、今笑っただろう! 俺様の勝ちだ!」

 いたずらっぽく笑うレイヴンの顔に少年はパンチを繰り出した。

「俺様の二連勝だな」

 レイヴンは楽々とその拳を掴みくるりとひねって見せた。

「うるせぇ! 余計なことしやがって! 放せ!」

 痛みにもだえながらも、少年は必死に抵抗する。
 これ以上あがいたら自分で自分の肩を砕きそうだったので、仕方なくレイヴ
ンは放してやった。
 すると少年は勢いあまって地面に激突してしまった。

「急に放すなよ!」
「いや、お前さんが放せって言ったんじゃないか」

 やれやれと言った感じにレイヴンは地面に座った。
 はじめて見た時はこんなに気性の激しいやつだとは思わなかった。
 まったく、人は見かけによらないってのは本当だな…と痛感した。
 いや、人だけとは限らない。

「お前さん、アークデーモンだな?」

 それまで痛みにもだえていた少年が、レイヴンのその一言で急におとなしく
なった。
 
「図星か…あほなやつだ、アークデーモンがあの程度の高さから転落して死ぬ
わけねぇだろ?」

 と、そこまで言ってレイヴンは少年の身体がかすかに震えているのに気がつ
いた。
 その理由にレイヴンはすぐに気づいた。

「そういうあんたはオウガだろ? 俺を殺すのか…?」

 少年が震える声でそう言った。
 やはり、この少年は虐待を受けていたのだ。

「お前さん、生まれてどのくらいだ?」

 突然の質問に少年は虚を突かれたのか、きょとんとしている。

「黙ってちゃわからんだろ。いくつだ?」
「…2週間」

 震える声でそう答えた。

「えらく若いじゃないか。なのに自殺なんか図りやがって、阿呆が」
「う、うるせぇ! 余計なお世話だって言ってんだろ!? それにさっきは死
のうとしたんじゃねぇ!」

 少年は必死に否定してくるが、レイヴンにはそれが嘘だとばればれだった。

「んん? それなら何しようとしてたんだ?」

 いたずらっぽくレイヴンは少年に顔を近づける。

「さ、さかな…魚を獲ろうとしてたんだ」

 尻餅をついて後ずさりながら少年は答える。

「そうか、なら獲りに行こうぜ」

 そう言うや否や、レイヴンは少年の足を掴んで川の真上で宙吊りにした。
 長い黒銀色の髪の先っぽが水につきそうでつかない際どい位置だ。
 もっとももう全身ずぶ濡れだが。

「や、やめろ! 嘘だ嘘だ!」
「んなこたぁ知ってんだよ!」

 少年の数倍声を張り上げてレイヴンは怒鳴った。
 そしてひるんだ少年を無慈悲に川に落とした。
 しかし少年は何も言い返さなかった。
 今まで言い争っていた雰囲気とはまるで違う。
 本気で怒鳴ったレイヴンを前にして、少年は呆然としていた。

「俺様は種族で決め付ける奴は大っ嫌いだ」

 そんな少年を見下ろしながら、レイヴンは静かに言った。

「だがな、自分から命を捨てるような奴はもっと大っ嫌いなんだよ!」

 レイヴンの声は大気を震わせ、大地を揺るがす。
 川の水までをも恐れさせ まさに大地が戦いている様な光景だった。

「死にてぇなら勝手に死ねばいい。二度目は止めねぇからな」

 そう言い放つとレイヴンは少年に背を向けた。

「ま、待てよ…」

 背中から声が聞こえた。
 弱々しい、勇気を振り絞って出した声だ。
 しかし、レイヴンは立ち止まらない。

「待てよ…」
「………」
「待てつってんだろ!」

 やっとの思いで張り上げた声が背中から飛んできた。
 これが精一杯だろう。
 レイヴンはゆっくりと振り向いた。
 身体ごと振り向かれ、少年はわずかに怯んだが負けじと踏ん張る。

「なんだ?」
「俺は、俺は強くなりたい!」

 心の底からの叫びだった。

「それで?」

 レイヴンの無感情な、刺すような視線で見つめられ、少年は身がすくみそう
になるが、必死でこらえ、声を出す。

「あんたに、ついて行ってもいいか?」

 レイヴンは少年を睨んだ。
 少年も負けじと睨み返した。
 レイヴンはまたしても睨めっこの要領で顔を変えた。
 しかし今度は少年は笑わなかった。
 するといつの間に近づいたのか、少年のすぐ側まで来たレイヴンは少年の身
体をくすぐり回した。
 いつ接近したのか、少年にはまるで見えなかった。

「うひゃあぁあははははははは、やめ、あひゃあはははははははははははぁ」

 少年は逃れようとするが、レイヴンの力からは逃げられない。
 やがて少年が笑いつかれてぐったりすると、レイヴンは少年を担いで川から
上がった。

「俺様の三連勝だ」
「…ぅ、うるへぇ…」

 少年はもう息も絶え絶えと言った感じだ。 

「れったぃに、つほくなってやる…」

 ろれつの回らない声でそれだけ言うと少年は目を閉じた。

「おい、待てよ。お前さんの名前はなんていうんだ?」
「つ、ついて行ってもいいのか?」

 少年はすぐに身を起こしてレイヴンの顔を見上げる。
 その目はさっきまで自殺しようとしていたものとは思えないほど輝いてい
た。

「あ~わかったわかった、好きにしろ。だが条件があるぞ?」
「…条件?」

 少年が訝しそうに眉をひそめた。
 するとレイヴンは急にまじめな顔になり、少年をじっと見つめた。

「生命を粗末にしないことだ」

 レイヴンは少年の瞳をまっすぐ見ながら言った。
 少年もレイヴンの瞳をまっすぐに見つめ返した。
 度胸だけはあるらしい。
 もっともレイヴンは、自殺ができるから度胸があるとは微塵も思ってはいな
かった。
 一度道を見失っても、そのせいで死を選んだのだとしても、それを乗り越え
て必死に生きようとする、そういう奴が好きなのだ。
 人によっては程度が違うし簡単なことではないが、それほど難しいことでも
ない。
 少なくとも自分は出来た。
 この少年にも今を乗り越えて、もっと色々な世界を見てもらいたい。
 その結果がどうなるかは、今は知ったことではない。
 レイヴンは自分の偽善者ぶりに心の中で苦笑いした。
 そして若すぎるアークデーモンの少年に再び聞いた。

「で、お前さんの名前はなんていうんだ?」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 レイヴンはクーロンの町を疾走していた。
 その巨体からは想像もつかないほどの速度で、石畳の上を駆けていく。
 人ごみを避け、裏路地を音もなく走り抜ける姿は、まるで風のようだった。

「イステスの野郎。ややこしいことをしやがって…」

 表情にこそ出さないものの、レイヴンの心は穏やかではなかった。
 イステスの虚無の空の影響で、アルシャは夜のクーロンの街に放り出されて
いた。
 虚無の空の影響を受け、範囲内から追い出された者も、虚無の空が消えた後
は無意識のうちに帰ってくることが出来る。
 もちろん、その間の記憶は完全に抜け落ちるのだが…
 しかしそれはある程度の土地勘があればの話だ。
 なければそのまま、わけもわからずに知らない土地をさまよう事になるだろ
う。
 温室育ちのアルシャに、クーロンの土地勘があるとは思えない。
 この広いクーロンの街の中から、一刻も早く見つけ出さねばならない。
 普通なら無理だ。
 しかし、レイヴンにはそれほど苦労するようなことではなかった。
 レイヴンの使役する魔法の中に“ある特定のものを探知することができる”
というものがある。
 これのおかげでレイヴンは数多くの賞金首の居場所を見つけ出すことが出来
た。
 今回もこれのおかげでアルシャの位置を特定できた。
 それはよかったのだが、安心する暇なくアルシャに近づく複数―しかも男―
の反応を感じ、さすがに冷やりとした。
 間に合うかはわからないが、全速力でアルシャの元に向かっていると、今度
は別の反応が突然現れたのだ。
 反応は少女と老婆のように感じられたが、何か違うような気がした。
 偶然通りかかったのだろうか?
 それにしても、この少女の反応はどこかで感じたことがあるような気がする
のだが…
 なんにせよ、彼女達がアルシャを助けてくれるとは微塵も思えなかった。
 しかし、ふと少女の反応が消え、得体の知れない獣のような反応が出現した
のだ。
 その直後、男達が蜘蛛の子を散らすようにアルシャから離れていった。

「なんだか知らねぇが…助かったのか?」

 そう呟くがレイヴンはそれで安心できるほど楽観的ではない。
 なにやら嫌な予感がするのだ。
 レイヴンの嫌な予感は大抵の場合は当たる。
 そしてやはりその数秒後に、アルシャと老婆と得体の知れない少女(いつの
間にか獣の反応が消えて出現していた)の3人の反応が消滅したのだ。 
 レイヴンのこの魔法も万能というわけではなく、やはり色々と制限がつく。
 一つは大地の上にいないと反応しないこと。
 石造りの建物や洞窟の場合を除くと、屋内では反応しないのだ。
 もう一つは距離だ。
 魔法の使用者から一定以内の距離に存在していないと反応しない。
 最後に結界や妨害で探知が遮断されている場合だ。
 この場合は探知妨害されている場所がこちらからわかる場合もあるのだが、
大抵はわからない。
 今回も妨害されているのか、結界があるのかわからない。
 もしかしたら木製の建物に入ったのかもしれないし、長距離に瞬間移動した
のかもしれない。

「っと、ここらへんだな、最後に反応があった場所は」

 いろいろ可能性はあるが、とりあえずレイヴンはあたりを調べることにし
た。
 最初に地面に広がる大量の血痕を発見した。
 もしもアルシャのものだとしたら、これは致死量だ。
 レイヴンは背筋が凍る思いで血痕を触った。
 まだ固まってはいない。
 つぎに指に付着した血を舐めて見た。
 かつて文字通り人を喰らって生きてきたレイヴンは、人間の血にも詳しかっ
た。
 ドロリとして不味い血。
 たいていの場合は男の―それも正常な状態じゃない、薬か何かをやっている
者の血だ。
 レイヴンは深く溜め息をついた。
 とりあえず、アルシャは無傷のようだ。
 今のところは、だが…

「ったく、心臓に悪いなこんちくしょうが」

 続いて獣の毛らしきものだ。
 なんというか、先ほどの得体の知れない獣と少女に関係がありそうだ。

「なんつぅ~か、いよいよキナ臭くなってきやがったな」

 悪態をつくがそうもしてられない。
 これ以上の手がかりもないのだ。

「仕方がないな。一度、宿に戻るとするか」

 アルシャも心配だがロッティーのことも心配だ。
 しかし、しばらく見ないうちにロッティーはずいぶんと逞しくなったと思
う。
 背も大きくなったみたいだが…果たして大きくなったのだろうか、レイヴン
には同じに見えた。
 だが、だからといってロッティーをこのまま放っておくのはさすがに心配だ
った。
 ここはクーロンだ。
 何があるかわからない。
 ロッティーとの再開。
 そしてかつての戦友との再開でそう痛感した。

「退屈しない街だぜ、本当に」

 皮肉げに呟くと、銀髪のオウガは闇に消えるように姿を消した。
PR

2007/02/25 23:26 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神
12.『四つ羽の死神』 血の絆篇~/レイヴン(ケン)
---------------------------------------------------
  PC  レイヴン  ロッティー
  場所  クーロン近くの町の宿前 クーロン
  NPC アルシャ  マイク エルゼ ジェーン
--------------------------------------------------
 
 自分の手のひらに乗せられた、『カナマンの設計図』の一部を見下ろして、ロッティーは思わず呟いた。

「一体、カナマンの置き土産って何なの・・・?」

 手触りも、見た目も、路傍に転がるただの石ころにしか見えない。
 こんなものの為に、ハーディンの屋敷の使用人たちは殺されたのか。

「大事に扱ってくれよ。誤って道端にでも転がっちまったらお手上げだ」

 ロッティーの反応を面白そうに眺めながら、冒険者のマイクが答える。
 
「でも、肝心のハーディンさんの居場所が分からないの。・・・レイヴンさんなら知ってるかもしれないけれど」
「アンタの占いでどうにかならないのかい?」
「駄目よ。今私にはこの事柄に関する占いは殆ど見ることができないもの」

 ロッティーには、ハーディンの未来を見ることがどうしても出来なかった。
 きっと、彼の未来には自分の生死が大きく関わっているのだ。
 
 『貴女は――これ以上この事件に関わると、死ぬわよ。ロッティーさん』

 ジェーンの言葉が脳裏で響いた。
 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
 
「とにかく、こいつはアンタに預けるぜ」

 マイクはロッティーに石ころを押し付けると、早々と帰る支度を始めた。
 酒代を店の亭主に払い、店の扉を開ける。
 しかし、扉の向こうに穏やかな田園風景はなく、巨大な男に筋肉で塞がれていた。
 驚いたマイクは思わず数歩後退する。

「すまねぇな」

 道をあけたマイクに声をかけ、窮屈そうに宿屋に入ってきたのは、並外れた体格と身体能力を持つオウガのレイヴンだった。

「レイヴンさん!」
「おぉ、ロッティー。体は大丈夫か?」
「ええ。アルシャは見つかったの?」
「いや、途中までだ・・・どうやら、誰かに攫われたか匿われたか家の中にはいっちまったみてーでな」

 レイヴンはそこまで言うと、隣で立ったまま自分を見ている隣の男に視線を向けた。
 マイクは呆然とした表情で『戦く大地』を見上げている。

「レイヴンさん、その人はハーディン氏に雇われたハンターよ」
「ハーディンに、ね・・・」

 考えるように顎を指で擦って、レイヴンが反芻する。

「あぁ・・・俺は奴に『カナマンの設計図』を探すように5年以上前から雇われてンだ」

 レイヴンの視線に、マイクは長いため息を一度吐くと、やけになったように口を開いた。

「そこの占い師のねーちゃんに預けた石ころが最後のパーツだ。あとは人造実験でも、反魂でも勝手にやりゃーいいさ」
「はんごん・・・?」

 ロッティーとレイヴンが顔を見合わせると、マイクはしまったという顔をして逃げ出そうとした。
 しかし、レイヴンの腕が素早く男の襟元を掴む。

「ハーディンの野郎。そんなことしてやがったのか」
「は、放してくれよっ。俺の仕事は終わったんだ!」
「レイヴンさん、ハーディン氏の居場所は分かる?」
「あぁ、安全な場所とかいって、別荘に隠れてるが、お前も一緒に来てもらうぜ」
「勘弁してくれよぉ~。俺は目の方はずば抜けてイイんだが、戦闘はからきしなんだ。『戦く大地』や『虚無の空』が出てくるような事件にかかわるなんてゴメンだ!!」

 マイクがロッティーにパーツを押し付けて立ち去ろうとしたのは、そんな考えがあったからのようだ。

「私も一緒にいっていいかしら?」
「あぁ、頼む」

 あっさりと頷いたレイヴンにほっとすると、ロッティーは思い出したかのように呟いた。

「もしかしたら、アルシャは幻蝶館に匿われてるんじゃないかしら?マザー・エルゼが居るならきっと彼女を助けてくれるわ」

 ロッティーは実際にマザー・エルゼを見た事は無い。
 しかし、『クーロンの標』と呼ばれる彼女の力なら、きっとアルシャの危機を察して手を貸してくれるだろう。
 それは、期待でしかなかったのだけれど。

  -----  -  - - - 

「落ち着いたかい?お茶でもお飲みよ」
「ありがとうございます」

 幻蝶館の奥へと通されたアルシャは老婆と小さな部屋で二人きりになった。
 清涼な香りのするハーブティーを出され、それを口にするとアルシャは先ほどから気にかかっていた事を切り出した。

「あの、母とはどんな関係だったんですか?」

 幼い頃母を亡くしたアルシャは、母親の声も、記憶もなかった。
 父親に何度か母について尋ねても、彼は母親の姿かたちすら教えてくれはしなかった。
 こんな所に母の知り合いがいるなんて、何という偶然だろうか。

「アンタの母親は、メールディと言ってね。そりゃあ美しい羽根の持ち主だった」
「はね・・・?」
「今はアタシもとんと老いぼれて醜くなっちまったが、あの子と同じ薄黄緑色の羽根をしてたもんだ」

 そういって、老婆は纏っていたマントを外した。
 盛り上がっていた背中の瘤が、伸びをしたかのように豊かに広げられ――黒い色に縁取られた斑の青と緑の羽根が現れた。
 
「蝶・・・?」

 アルシャは目の前の老婆の羽根を呆然と眺めた。
 
「アタシたちは人じゃない。幻蝶族といってね、アンタの母親はアタシの娘だった。アルシャ、お前にもその血が流れてるんだよ」
「うそ!?」
「ハーディンは、メールディをむりやり屋敷に閉じ込めて自分の妻にしたのさ。メールディはそのせいで早死にした・・・あいつをアタシゃ許しはしないよ」
「そんな・・・」

 母親の正体とエルゼの告白にアルシャは目の前が真っ暗になった。



 『四つ羽の死神』とは、目の前の祖母の事なのだろうか―――

2007/02/25 23:29 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神
13.『四つ羽の死神』 魂の絆篇~/ロッティー(千鳥)
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  PC  レイヴン ロッティー
  場所  クーロン 約100年前のとある町 ハーディンの別荘近郊
  NPC マイク イステス ジーグクリフ 紺ずくめ スカー・ツゥーズ
--------------------------------------------------

 明りが僅かに灯っただけの暗い通路を美しい影が通りすぎる。
 氷のように冷たく美しい容貌をした男だった。

「やあやあ、『虚無の空』のイステス君。どうしたんだい、そんな恐い顔をし
て?」

 横から軽薄な声がかけられた。
 美しい影―イステスはちらりと声の主を目だけを動かして見た。
 茶色に近い金髪に空色の瞳をした20代後半くらいの優男がそこにいた。
 サングラスに裸の上に皮ジャンを羽織り、首からは金のネックレスを下げて
いる。
 指にも指輪が不必要なほどされており、ズボンにもジャラジャラとチェーン
アクセサリーがぶら下がっていた。
 その優男は、たいていの女性なら骨抜きにできる美貌を軽薄な笑みで歪ませ
てイステスを見ていた。
 
 ジーグクリフ・アシュフィード。
 『閃光の餞』(せんこうのはなむけ)の二つ名を持つバウンティーハンター
だ。
 彼もイステスの雇い主であるファイロスに雇われている一人だ。
 ランクは『戦く大地』や『虚無の空』と同じAランクだが、すでに実力はSラ
ンクの域に達している二人と比べると圧倒的に力の差がある。
 とは言え、彼もAランクのハンターだ。
 それなりの実力はある。
 だが彼は戦闘よりも尋問や拷問といった方面が得意であり、ファイロスに雇
われたのも、もっぱらそっちの腕を見込まれたというのが大きい。

 イステスは内心舌打ちをすると、極力関わらない様に無視して通りすぎよう
とした。

「おいおい、シカトはちょっと酷すぎやしないかい?」

 ジーグクリフはまたイステスに話しかけてきた。

「いくらご機嫌斜めだからって無視はないだろう。それとも八つ当たりしてる
のかい? あのオウガを倒せなかったこと。」

 その言葉にイステスはジーグクリフをふりかえった。
 当人はにやにやと笑みを浮かべてイステスを見つめている。

「おや、図星かい? いいのかな~、そんなにのんびりとしていて?」

 そこでジーグクリフは一度言葉を止め、サングラスを指で少しずらし、空色
の瞳を覗かせてイステスを見据えた。

「お前にはもう時間が無いんだろう? 命があるうちに奴との決着をつけたい
んだろう?」

 イステスはジーグクリフをその冷たい瞳で睨みつけた。
 しかしジーグクリフはにやけた笑みを崩さずにイステスの瞳を見つめ返す。
 悪魔に睨みつけられても表情を崩さないのはなかなか難しい事だ。
 常人なら魂まで抜かれて失神してしまうだろう。
 この男がただ軽薄なだけの優男では無い事がうかがい知れる。 

「レイヴンは俺の獲物だ。もし手を出してみろ、虚無の空が貴様を食らい尽
す。」

 イステスの冷たい瞳に殺気が灯る。
 それだけで火とを殺めることができそうなほど凄まじい殺気だった。

「おぉ、恐い恐い。っていうか俺だってまだ死にたくないからね。戦く大地な
んかには手をださないさ。」
 
 「そのかわり」と付け加え、ジーグクリフはにやりといやらしい笑みを浮か
べた。

「あの女占い師…ロッティーっていったっけ? あの娘をもらうとするよ。」

 「このクズ野郎。」イステスは心の中でそう呟いた。

 ロッティー…レイヴンの今のパートナーである娘だ。
 パートナーであるかどうかは定かでは無いが…
 意思の強そうな瞳とエフィメラに似た美しい黒髪が印象的だった。
 本来なら彼女にこんな男の指一本ですら触れさせたくはない。
 そう思うのはロッティーに昔の彼女―エフィメラが重なって見えているから
だろうか。
 しかし、彼女はすでに死んでいる。
 100年も前の話だ。
 いくら彼女が似ているからといって、その彼女を庇う義理も理由も無い。
 虚無の空の中に入れていたのもレイヴンへの見せしめのつもりだったが、エ
フィメラの面影を見せるロッティーを殺してしまいたかったのだ。
 もちろん、それは本心では無かった。
 殺そうと思えばいつでも殺せたのだ。
 あの細い首をへし折るのは赤子の手を捻るより簡単だ。
 指一本動かさずに永遠の眠りにつかせることだってできる。
 しかし、イステスはロッティーの命を奪う事はしなかった。
 殺せなかったわけでは無い。
 そのかわりに精神をすこしだけ汚染してやった。
 これはレイヴンへのあてつけのつもりだったが、今考えると実に子供地味た
くだらないことだったと思った。
 精神を冒されたロッティーを見て、レイヴンは本気で怒っているようだった
が…
 まぁ、あたり前だろう。
 人間とは脆い生物なのだ。
 精神を少し冒されたくらいで死んでしまうほど脆いのだ。
 脆いくせに強がって生きる生物なのだ。
 脆すぎるくせに…

「何黙ってるんだ? 俺があの娘を貰うのに何か不満でもあるって顔だな。」

 軽薄な声に思考を中断させられた。
 人…悪魔が感傷に浸っていると言うのに、気のきかない男だ。

「好きにすればいい。もっとも、あの女は戦く大地に随分と可愛がられてるみ
たいだからな、せいぜい気をつけるこだ。」

 イステスの言葉をジーグは軽く受け流すように首を振る。

「おいおい、あんたが戦く大地を倒せばいいだけだろう。ま、俺はロッティー
を軽くモノにして知ってる事を全て吐いてもらうさ…そう、全てをね。」

 いやらしい笑みを浮かべるジーグクリフに冷たい視線を向けると、イステス
は無表情でジーグの横を通りすぎた。
 あの軽薄そうな男にロッティーのような賢い女がだまさせるはずは無いと思
うが、ジーグクリフには百戦錬磨の特殊能力がある。
 それに気づかない限り、ロッティーは無事ではすまないだろう。

「どの道、俺には関係が無いことだがな。」

 最後の呟きは言葉となって虚無に消えて行った。 


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 ◇ ◆


 ロッティーとレイヴン、そしてハーディンに5年以上前から雇われていると
いうマイクの3人は、一度ハーディンと合流するためにハーディンの別荘に向っ
ていた。
 「アルシャの捜索はまず地盤を固めてからだ。」と言うレイヴンの意見にロ
ッティーは手遅れにならなければいいけど、と思ったが、同時にアルシャは無
事かもしれないとも思った。
 なんの根拠も無いことだが、不思議とそんな気がしたのだ。

「反魂ねぇ…ロッティー、どう思うよ?」

 唐突にレイヴンが話しかけてきた。
 考え事をしていたロッティーは、はっとして我に返って巨大なオウガを見上
げる。

「おいおい、大丈夫かい? ぼーっとしてたらはぐれちまうぞ。」

 そう言ってレイヴンは白い歯を見せて笑った。
 その笑みを見て、ロッティーはふと聞いてみたいことがあったのを思い出し
た。

「あの、レイヴンさん。」
「んん? どうした、腹が減ったのか? それならもうちょびっと我慢してく
れや。それとも便所か? それなら待つが…」

 ロッティーが内容を言うよりも早くレイヴンが喋る。

「あの、そうじゃなくて。」
「あぁ、そうかやっぱり腹が減ったんだな? ハーディンとこからこっち、何
もまともなもの食べてねぇもんな。」

 レイヴンはまるでロッティーの言葉を聞いていないようだった。

「いや、戦く大地の旦那。たぶんそこのお嬢さんが言いたい事はそんなことじ
ゃないと思いやす。」

 会話が成立しない2人を見かねたのかマイクが横から割って入ってきた。
 随分と口調が丁寧になったものだ。

「ん、そうなのか、ロッティー? あぁ、すまねぇな。俺様も少し考え事をし
ていたみてぇだ。」

 いつもと少し様子の違うレイヴンに不安を抱きつつも、ロッティーは胸の疑
問を打ち明けることにした。

「あの、イステスとあなたの関係って…」
「あぁ、あぁ、そのことか…」

 ロッティーにとっては勇気を振り絞っての質問だったが、レイヴンは軽く流
すように顔をそらした。

「まぁ、当然の疑問だよな…でもま、その話はまた今度にしようや。そんなマ
ジな顔して話すようなことじゃねぇんだけどよ。酒のつまみにでもしねぇと
な、話せねぇんだわ…。」

 そう呟くレイヴンの顔は、いつもと違う、どこか苦い表情をしているように
見えた。


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
 ★ ☆


「逃げられるものなら逃げてみな、賞金首さんよ!」 

 青い空に漆黒の悪魔の翼が翻る。
 アークデーモンのイステスだ。

「もっとも、この俺から逃げられるわけねぇけどな!!」

 口調は乱暴だが、中世的な高い声で発せられているためになんともアンバラ
ンスだ。
 少女のような顔付きに似合わない彼の気性の激しさが窺い知れる。
 イステスは空を風のように舞い、鷹が獲物を見るような目付きで下方を走る
賞金首の男を睨んだ。
 空を飛ぶ彼から見れば、地面を走る人間はイモムシのようなものだ。

「はっ、なんだなんだ、そのトロさはよぉ? なめてんじゃねぇぞ!?」

 イステスは獲物に向って急降下した。

「馬鹿野郎が、そいつは囮だ!」
 
 イステスの手が賞金首に届くか届かないかの所で大きな怒鳴り声が聞こえ
た。
 その直後、イステスの目の前にいた男の姿がかすみのように消えた。
 訝しむ暇もなく、イステスに向って無数の矢が飛んできた。
 急降下し、加速していたイステスにかわすすべは無い。

「ひっ」

 とっさに身を庇うが、その程度で防げる物では無い。
 が、しかし矢は一本もイステスに当たらなかった。
 どこからか飛来した槍が高速回転しながらイステスに襲いかかろうとしてい
た無数の矢を全て叩き落したのだ。
 そしてその槍はそれだけでは終わらず、大きな弧を描いて旋回すると、高台
にいた狙撃手の一人に襲い掛かったいった。
 狙撃手の一人を真っ二つにした槍は、しかしそのまま高台の石壁に激突して
折れて壊れてしまった。

「槍の代金、高くつくぜ?」

 低いがよく通る声が響いた。
 それと同時に巨大な影がイステスを覆う。

「一人で突っ込みやがって、俺様がいなかったら今頃矢ダルマになってたな
ぁ?」

 巨大な影、オウガのレイヴンがにやりと笑いながら言った。

「う、うるせぇ! 余計なことしやがって、あんなの俺一人だって全部叩き落
してやったさ!」

 はるか上空にあるレイヴンの顔を睨みながらイステスは噛み付いた。

「そりゃあ頼もしいこった。ひっ、とか言って腰を抜かしていたのはどこの誰
だったかなぁ?」

 わざとらしくレイヴンがその時のイステスの真似をして笑う。
 イステスは悔しそうに歯噛みをしてこぶしを振るわせる。
 心なしかレイヴンを睨む瞳が潤んでいるようにも見えた。

「うるさい! だいたい俺は強くなりたくてあんたに付いてきたのに、あんた
に付いて一週間以上たつのに、何の技ひとつも教えてくれないじゃない
か!!」

 声を荒げて噛み付くイステスに、レイヴンはあきれたような顔をする。

「おいおい、俺様はお前さんを強くしてやるなんて一言も言ってねぇぜ?」

 にやにやと悪戯っぽい笑みを口元に貼り付けるレイヴン。
 しかし、その言葉にイステスの怒りは爆発してしまったようだ。

「あんたは…俺を、俺を騙したな!」

 あまりの声量に、さっきから物珍しげに二人を見ていた野次馬までもが驚い
た。
 しかし、迸る様な怒りをぶつけられている巨大なオウガは涼しい顔で受け流
す。

「何言ってやがる、騙されたのは俺様のほうなんだぜ?」

 レイヴンがイステスの目を直視して言う。
 イステスの方は急に視線を合わされ驚いたが、それでも睨み返した。
 しかし耐え切れずにすぐに目をそらしてしまった。

「わかってねぇな? 俺様はお前さんの同行を許すとき、一つだけ条件がある
といっただろ?」

 言われてイステスはハッと気づいた。
 そしてレイヴンの目を今にも泣きそうな顔で見返した。
 レイヴンはそんなイステスを見下すような表情で見下ろす。

「生命を粗末にするな…。そうだよな?」

 いつに無く厳しいレイヴンの声に、重圧に圧倒され、イステスは肩を震わせ
て俯いた。
 まるで親に叱られている子供のようだった。

「さっきのお前さんの行動はどう見ても俺様との約束を破っていたよな?」

 イステスは俯いたまま何も言わない。
 言い返せないのかもしれない。
 言葉が見つからないのだ。
 俯いたままのイステスを、レイヴンはため息をつきながら見つめた。

「もう俺様はお前さんの面倒は見ない。どこでのたれ死のうが知ったことじゃ
ねぇ。」

 雷に打たれたかのように唖然とするイステスを残し、レイヴンは背を向けて
歩き出した。

「あばよ。」

 レイヴンにとっては別れのつもりだったのだろうが、最後のこの言葉がイス
テスを正気に戻させた。

「じょ、上等だ! 俺だってあんたなんかもうごめんだ! どこでのたれ死ん
だって知るもんか!! いや、笑い飛ばしてやる、コンチクショウが!!!」

 相変わらず顔に似合わず気性が激しいイステスは、そう叫ぶとレイヴンとは
反対の方向へ肩を怒らせて歩いていった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 ◇ ◆


「チクショウ、レイヴンの野郎…。」

 レイヴンと別れた後、イステスは怒りもそのままに繁華街のど真ん中を歩い
ていた。
 少女のような外見をしているためか、ここに来るまでに何度か怪しい人間に
声をかけられたが、すべて一睨みで一蹴してきた。

「あの筋肉ダルマ!」

 いきなり叫び声を上げたイステスを周りにいた人がいっせいに振り返った。
 驚いたり訝しんだり疎んだりいろいろな視線を浴びつつも、イステスはまっ
たくそれに気づいていない様子で歩き続ける。
 イステスもレイヴンの言っていることが間違っているとは思っていないし、
先刻の行動も無謀だったと思う。
 ただイステスはレイヴンに少しかっこいいところを見せたかっただけなの
だ。
 思いっきり空回りしてしまったようだが…

「…一度くらい振り返ってくれてもいいじゃないか。」

 思わず口に出してしまった台詞。
 レイヴンと別れる途中、イステスは何度かレイヴンを振り返ったのだが、相
手はまったく振り向く気配が無く、そのたびに舌打ちをしたのだ。
 物凄く甘ったれた考えだと言うのは分かっている。
 わかってはいるのだが、やはり悔しいのだ。

「お困りのようですね。」

 行く当ても無くとぼとぼと歩いていたイステスに声がかけられた。
 「ああ?」と不機嫌そうに振り返ると、そこには頭から紺色のフードをかぶ
った全身紺ずくめの人間が立っていた。
 顔はマスクをしていてわからないが、声と体型からして女性かもしれない。
 「(また怪しい人間か…)」とイステスは心の中で肩を落とした。
 だが相手が女性なら乱暴には追い返せない。
 女は大切にしろ。
 これはレイヴンに教えてもらったことだった。
 本人は気づいていないかもしれないが、イステスはレイヴンの言うことは素
直に聞いていたりする。

「何だあんた。胡散臭い格好しやがって、誰も困っちゃいねぇよ。とっととど
っかいっちまえ。」

 これがイステスの精一杯の乱暴ではない追い払い方だった。
 しかし、普通なら腹を立てるような台詞を、この人物は笑って受け流した。

「そういうあなたもかなり胡散臭い格好をしてますよ? イステスさん。」
「あ、あんたなんで俺の名前を知ってるんだ!?」

 驚いて、と言うより警戒してイステスは紺ずくめから一歩離れる。
 紺ずくめはマスクの下で笑みを浮かべてイステスに近寄る。

「そんなに警戒しないでください。あのオウガのレイヴンさんの今のパートナ
ーと言えば、その道の者なら名前を知っていてもおかしく無いほど有名なんで
すよ?」
「…あんたもバウンティハンターなのか?」

 レイヴンのパートナー。
 当たり前のことだがそれはイステスが有名なのではなく、レイヴンが有名と
言うことだ。

「いいえ、私はただの通りすがりの占い師です。この職業をやっているといろ
んな情報が得られるんですよ。」

 「ふ~ん。」とイステスは少し警戒を解いて紺ずくめを改めて眺めた。
 よく見ると背中のあたりが奇妙に盛り上がっているようにも見えるが、何か
を背負っているのかもしれない、服がそういうデザインなのかもしれないが…
少しだけ気になった。

「一人でお散歩をしていたわけではなさそうですね。パートナーさんはどうし
たんですか?」
「別に、あんな奴パートナーなんかじゃねぇよ。」
「あらあら、やはり何かあったようですね。」
 
 吐き捨てるように言うイステスを眺め、通り過ぎの占い師は苦笑する。

「どうです、占って差し上げましょうか? 私の占いはよくあたるんです
よ?」

 そういいつつ占い師は懐から手のひらに乗るくらいの水晶玉を取り出した。

「って、占う気満々じゃねぇか。まぁ、いいや、そこまで言うなら占ってくれ
よ。あ、でも俺は金持ってねぇからな?」
「ふふ、後でパートナーさんに請求しておきますね。」

 しっかりとしているものだ。
 素直に感心しているうちに、占い師は水晶玉に手を添えると目を閉じて集中
しはじめた。
 気のせいか、占い師の体と水晶玉がほんのりと光っているように見える。

「あらまぁ、大変。」

 占いはじめてからどのくらいたっただろうか、不意に占い師がすっとんきょ
うな声を上げる。

「なんだよ。っていうかどっからそんな声出してんだよ?」
「いえ、ふざけている場合ではありませんよ、イステスさん。これからあなた
の身、いえ、正確にはあなたに最も親しい人に不幸が待っています。」
「え、不幸ってなんだよ?」

 イステスに親しい人などいない。
 いや、一人だけしかいない。

 占い師は狼狽した様子でイステスを見た。

「………死が、見えます。」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 ◇ ◆
 

 賑やかな繁華街からすこし離れた裏路地に『砂漠の月』と言う飯屋がある。
 豪華ではないが味は一流と言うよくある穴場のような店だ。
 その店の小さな扉を、大きな影がくぐった。

「よぉ、オヤジ。」
「いらっしゃい! おぉ、これはレイヴンさん、今日は早いですね。」

 威勢のいい声で返事をした店主に片手を上げて挨拶をして、レイヴンはカウ
ンターに腰掛けた。
 巨大なレイヴンが腰掛けた瞬間、椅子が悲鳴を上げる。

「おや、今日はお一人ですか?」

 水の入ったコップを持ってきた店主がきょろきょろと店内を見回しながら言
った。

「あ~、まぁいろいろあってな。とりあえずいつもの頼むわ。」

 苦笑しつつレイヴンは店主に注文をした。
 この会話を聞けば、このレイヴンと店主の二人はずいぶん古い間柄と勘違い
されるかもしれないが、レイヴンがこの店にはじめて来たのはたった一週間ほ
ど前のことだ。
 そう、イステスとはじめてあった日に偶然見つけた穴場だ。
 イステスが腹をすかせていると思ったレイヴンはとりあえずこの店に入って
食べ物を注文した。
 さすがに最初は店主も居合わせた客も、珍しすぎる客に開いた口がふさがら
ない様子だった。
 居合わせた客がイステスを女の子と思って話しかけたときのイステスのはぶ
てようは傑作だった。
 本当に女の子のような金切り声を上げ否定し、今にも殴りかからんばかりの
勢いだったが、その場はレイヴンが割って入ってなんとか収まった。
 収まったものの、イステスは料理が運ばれてくるまでずっとぶつぶつ文句を
言っていた。
 しかし運ばれてきた料理を食べると一転、目を輝かせて「美味しい美味し
い。」と何度も言ってレイヴンの分までぺろりと平らげてしまったのだ。
 
 それからと言うもの、レイヴンとイステスの二人は毎日この店で食事をする
ようになっていた。

「イステスのお嬢ちゃんはお留守番ですか? さみしいなぁ。」

 店主が冗談っぽく言う。
 レイヴンもにやりと笑いながら返す。

「どうしようもねぇじゃじゃ馬だからな。たまには一人がいい。」

 言いつつレイヴンは頭の中で別れ際のイステスを思い出していた。
 すこし言い過ぎたかもしれないが、ああでも言わないとイステスは自分から
離れなかっただろう。

 レイヴンがイステスを突き放したのは、実は別に理由があった。
 一つはイステスを鍛えるためだ。
 やりすぎな感じもしたが、自分はいつまでもイステスと一緒にいられるわけ
ではない。
 べたべたした関係は今後のイステスのためにはならない。
 もう一つは今回の依頼の内容だ。
 最初は『アノンゼノン』という小さな盗賊グループをとっ捕まえるだけのは
ずだったのだが、このグループの事を調べていくうちに、すこし厄介なことが
わかったのだ。
 このアノンゼノン盗賊団は、ある巨大な闇の組織とつながりがあり、手を出
すとその組織からの報復が来る可能性があるのだ。
 レイヴンは戦闘好きだが戦闘狂ではない。
 そんな巨大闇組織に手を出してドロドロの殺し合いに参加する気などさらさ
らない。
 だが、この依頼を解約しようとした矢先、イステスがアノンゼノン盗賊団の
メンバーの一人を発見して飛び出していってしまったのだ。
 しかも結局取り逃がしてしまったと来た。
 こうなるともう後には戻れないだろう。
 アノンゼノン盗賊団は壊滅させるとして、その裏の組織が動くようならそっ
ちも壊滅させる。
 それでも生き残った組織が来るようなら全てを叩き潰す。
 そう、ドロドロの殺し合いを起こすのだ。
 それをするにはイステスを連れているわけにはいかない。
 だからイステスを突き放した。

 イステスが狙われることは無いだろう。
 知名度で言えばまだまだイステスは低い。
 しかも不幸中の幸いでイステスはまだアノンゼノンのメンバーを誰も殺して
いない。
 レイヴンは一人殺している。
 わざと大衆の目の前でイステスを突き放したのもイステスとの繋がりはなく
なったと敵に思わせるためだ。
 プライドの高いイステスには辛かっただろうが、まぁ仕方が無い。
 死ぬよりはましだろう。
 命よりプライドが大切と言う奴もいるが、レイヴンはそんな奴は知ったこと
ではない。


「ご馳走さん。」

 相変わらず極上の味の料理を腹に詰め込み、レイヴンは席を立った。
 カウンターに代金を置くのも忘れない。
 忘れたらお尋ね者だ。

「ありがとうございました! こんどはお嬢ちゃんもよろしく頼みますよ!」

 店主が冗談っぽく笑いながら言った。
 レイヴンも苦笑しつつ片手を上げて答えた。

 そうして店を出た瞬間だった。
 レイヴンの足元が不気味な黒い光を放つ。

「ぬ、これは、しまった! 魔方陣か!?」

 完全に不意打ちだった。
 黒い光の正体に気づくが一瞬遅かった。 
 いつの間に描かれていたのか、店の入り口に仕掛けられていた魔方陣を踏ん
でしまったのだ。
 魔方陣から飛び出してきた多数の黒い蛇のような魔物がレイヴンの体に巻き
つき噛み付く。

「拘束魔法か、それも上位クラス。こんな高等魔法を唱えられる奴がいたとは
なぁ。」

 口調はいつもどおり軽いがその額には汗が浮かんでいる。
 レイヴンの力強い巨大がビクともしないのだ。
 完全に自由の奪われたレイヴンを囲むように、建物の影や屋根の上、土の中
や何も無かったはずの空間から複数の人影が現れた。

「ふん、これがあのオウガのレイヴンか? 実ににあっけない、つまらん
な。」

 現れた人影の中で、あきらかに雰囲気の違う体格のいい男がレイヴンに歩み
寄る。
 レイヴンの記憶が正しければ、この男はアノンゼノン盗賊団の頭領『スカ
ー・ツゥーズ』だ。

「へぇ、親玉のお出ましって奴か、随分と早いじゃねぇか。」
「ふん、待たせるのは主義じゃないんでね。」

 軽口をたたくレイヴンを鼻で笑うスカー。
 彼は自由の利かなくなったレイヴンに分厚いナイフを逆手に持って近寄っ
た。

「生意気にも俺達に手を出そうとしたそうじゃないか、それがこんなざまと
は、笑えるな。」

 スカーはナイフをレイヴンの首筋に押し当てた。
 ツゥーとオウガの血が滴る。

「いやぁ、こちらにも色々と事情ってもんがあってなぁ、油断してわ。」
「俺達には巨大闇組織の後ろ盾があるのを知らなかったのか? お前も馬鹿だ
な、俺のせめてもの情けだ、苦しまずにあの世に送ってやる。」

 ナイフを持つ手に力がこもった。

 刹那。

「レイッヴーーーーーーーーーーン!!!」

 聞き覚えのある少女のような叫び声が響き渡った。
 いや、空から落ちてきた。
 その場にいた全員が声を追いかけて空を仰ぎ見た。
 
 見上げた全員の瞳には漆黒の翼を翻した悪魔が急降下してくる姿が映ったに
違いなかった。
 悪魔はその少女のような顔を怒らせ、黒銀色の髪を振り乱して落ちてくる。

「よくもレイヴンを!!!」

 叫ぶと少女のような悪魔は全身から魔力をあふれ出させた。
 その魔力は空に上ると真っ黒なもう一つの空を作り上げる。
 黒い空はどんどん広がり、やがてあたりを覆いつくしてしまった。

「な、なんだ、これは。」

 スカーが驚愕の声を上げる。
 レイヴンも唖然としていたが、あたりにいた野次馬の姿が見えないことに気
がついた。
 砂漠の月の店内にも人の気配がしない。
 まるでこの世から自分とイステス、そしてアノンゼノンのメンバーしかいな
くなってしまったかのような錯覚に陥る。
 イステスは翼を広げ、両手を黒い空に上げた。
 その瞬間、黒以外何も無い空が大きく鼓動したように見えた。

「イステス、やめろ!!」

 何かに気づいたレイヴンが大声を上げるが遅かった。

「死ねええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 叫ぶと同時に両手を勢いよく振り下ろすイステス。

 その直後。

 虚無の空が落ちてきた。


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
 ★ ☆


「いやぁ、まさか待ち伏せしてるとはねぇ。そんなに俺様のことが好きなのか
い?」

 クーロン郊外、人気の少ない荒廃した土地にイステスは佇んでいた。
 手には巨大な剣―ハルバードを携えている。
 女性のように美しい、しかし氷のように冷たい容貌をしたアークデーモン。
 その極寒の瞳がレイヴンら三人を見つめている。

「減らず口は死んでから聞いてやる。安心して逝け。」

 レイヴンはイステスに身体を向けたまま、ロッティーとマイクを身体の後ろ
に隠し、そっと空を見上げる。

「安心しろ。『虚無の空』なんてせこいマネはもうしない。そこの後ろの連中
にも用は無い。」

 静かにそういうと、イステスはハルバードを大きく振り構えた。
 その瞳はレイヴン以外何も映してはいない。

「さあ、お待ちかねの時間だ。 槍を抜け! 俺と戦え!! 殺しにきたぞ戦
く大地レイヴン!!!」

 先程までのイステスからは想像もつかないほどの怒りの奔流。
 叫ぶイステスの口元は大きくゆがんだ笑みを浮かべていた。

「………《ガローシャ》。」

 大地に手をつけ、ぼそぼそとレイヴンが何かをつぶやく。
 と、その直後。
 ロッティーとマイクの足元が崩れた。

「きゃあ?」
「おうち!?」

 二人は悲鳴を上げながら地面の中に吸い込まれていく。 

「れ、レイヴンさん!?」
「すまねぇな、ロッティー。ちょいとばかし先にハーディンのところに行っと
いてくれや。俺様もバカ息子の説教が終わったらすぐに後を追うからよ。」

 レイヴンはニッと微笑を落ちていく二人に向けた。

「マイクよぉ、ロッティーを頼んだぞ。怪我でも負わせて見ろ、地の果てだろ
うが追いかけて踏み潰してやるからな?」
「旦那ぁ~。」

 マイクの情けない声が途中で途切れる。
 ガローシャのトンネルが閉じたのだ。

「さ~て、お楽しみタイムといこうか。」

 レイヴンは指を鳴らしてハルベルトを抜いた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 ◇ ◆


 「戦く大地の旦那…大丈夫でしょうかね?」
 「……きっと大丈夫ですよ。レイヴンさんを信じましょう。」

 一方、レイヴンの土の精霊魔法《ガローシャ》でワープさせられたロッティ
ーとマイクは見知らぬ土地に到着していた。
 クーロンなのかすらわらない。
 少し先に大きな屋敷が見えるが、おそらくそこがハーディンの別荘だろう。
 とりあえず、ロッティーとマイクはその屋敷目指して歩くことにしたが、歩
き始めて数秒もしないときだった。

「ハロー、ロッティーちゃん。とその他A君。」

 軽薄そうな声が二人を呼び止めた。
 はっとしてあたりを見回すロッティーとマイク。

「どこを見てるんだい。ここだよ、ここ、ここ。」

 ロッティーの心臓が跳ね上がった。
 さっきは遠くの方で聞こえた声が、こんどは目の前で聞こえたのだ。
 正面に向き直ると、目の前に金のネックレスとャラジャラのチェーンアクセ
サリーが見えた。
 恐る恐る顔を上げるロッティー。
 するとすぐそこに空色の瞳をした20代後半くらいの優男の顔があった。

「へぇ、思っていたより可愛いじゃん。いたぶりがいがありそうだ。」
「…ひっ!?」

 尻餅をつきそうになったところをマイクがあわてて抱き止め、謎の男から距
離を取った。

「あんた、なにもんだ?」

 いつの間にかマイクも口調が戻っている。
 内心冷や汗が出ているのかもしれないが、ここはあえて強気で出た。

「ふふふ、俺の名前は『閃光の餞』ジーグクリフ・アシュフィード。早い話が
バウンティーハンターだ。」

 ジーグクリフはにやにやといやらしい笑みを浮かべる。

「君達の命は俺が貰う。せいぜい楽しませてくれよ。」

2007/02/25 23:29 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神
14.『四つ羽根の死神』 幻惑編~/レイヴン(ケン)
PC   ロッティー (レイヴン)
NPC  マイク ジーグクリフ
場所  クーロン周辺
************************************************************
「ハロー、ロッティーちゃん」

 ハーディンの隠れる別荘を前にして、その男は突然姿を現した。
 まるで芸術的な石像に命が宿ったかのような、冷たく整った美貌の男。
 両の手をポケットに突っ込んで、二人の前に立ち塞がる姿は無防備だったが、その
空色の瞳に射抜か れると思わずロッティーとマイクは硬直した。

「君達の命は俺が貰う。せいぜい楽しませてくれよ」
「よりによって・・・『閃光の餞』ジーグクリフ・アシュフィードか」

 マイクの苦々しい声に、ロッティーは彼の顔を見上げた。

「ファイロスに雇われてるたちの悪いハンターだ」
「俺もお前の事を知ってるよ。マイク・ビルズ。ハーディンの雇ったしがない三流ハ
ンターだ」
「なんだって!」

 マイクは思わず怒鳴り返し、ジーグクリフは軽く肩をすくめた。
 二人の表情を見比べても力の差は明らかだった。
 ジーグクリフは楽しげに口を開く。

「カナマンの石を持つのは…どっちだ?」

 ロッティーは無意識に右手を腰の皮袋に伸ばした。
 そこにはマイクから受け取ったカナマンの石が入っている。
 ジーグクリフは表情を変えずその動作を目で追った。

「石は…俺が持ってる。この女は関係ない」
「マイクさん!」

 ジーグクリフの視線から庇う様にマイクが前に出た。

「アンタをやすやすこの男に渡せば、俺があの『戦く大地』に地の果てまで追われる
ことになるんだ。 その方が数倍恐ろしいぜ」
「でも・・・」

 武器を持たないマイクを残して逃げることはためらわれた。
 彼は最初に自分のことを情報専門のハンターだと言っていたではないか。

「早く行け!」
「分かりました。でもその前に」

 ロッティーは強く頷くと、マイクの手を取った。
 その目は金色に輝いている。

「これはおまじないです。けして無理はしないでください」

 ***************

「女の前でいい格好か。戦く大地に追われるほうがマシだったとたっぷり後悔させて
やるよ」

 屋敷に向かって走り去るロッティーの姿が小さくなっていく。

「それは、どうかな」
「ならば試してやるよ!」

 そう言ってジーグクリフは両手を上げた。
 ポケットに隠されていた指から金色の鎖が放たれ、マイクの首を捕らえた。
 何重にも首を絞められ、引き寄せようとする力に抵抗しながらマイクも呪文を唱え
る。

「い・・・怒れ『神鳴り』 走れ『稲妻』!!」

 強烈な閃光。
 刹那に金の鎖を電流が走り、ジーグクリフは手を放した。 
 
「魔法を使うのか・・・」
「多少な」

 持ち主から離れた鎖を緩めようとマイクは手をかけ・・・

「その鎖は俺の意志のまま動く」

 逆に首を絞める力が強くなっていくことに気がつき顔色を変えた。

「だが、カナマンの石を差し出せば、命を助けてやらないこともない。まぁ、もって
るのはロッティー ちゃんなのは知っているけどね」
「!」
「お前はもう、用済みさ」

 マイクが土を蹴り、ジーグクリフに向かって駆け出した。

「おっと」

 軽くマイクの拳をかわし、その空色の瞳で攻撃をしかける男の姿を見つめる。
 
「何故そこまで意地になる必要がある?マイク・ビルズ。あの女とはさっき会った
ばっかりだろう?お前だって人殺しじゃないか。その中途半端な魔法で友人を殺めた
んだろう?」

 笑いながらジーグクリフが口にする言葉は、マイク自身しか知りえない事ばかり
だった。
 動きの鈍くなるマイクを腹が捩れるほど笑ってやると、ジーグクリフが最期の言葉
をかけた。 

「さぁ、楽にしてやる」

 マイクの目が見開く。
 ジーグクリフは人が死ぬ瞬間の絶望の表情が大好きだった。
 死者の瞳に映る自分の顔を満足げに眺める――だが、その瞳にはもう一人、女の姿
がうつっていた。

「何故――!」

 ドスンと、鈍い衝撃が背中に当たった。
 
「何故お前がいる!?ロッティー!」

 血に濡れた短刀を握り締め、立ち尽くすロッティーを振り返ってジーグクリフは凝
視した。
 今まで葬ってきた彼の被害者と同様に。

「マイクさん、大丈夫ですか!?」

 ジーグクリフと同時に大地に倒れたマイクに駆け寄る。
 鎖は簡単に外れた。

「な・・・なんとか。あ、アンタ、なんで。逃げたはずじゃ・・・」

 大きく咳き込みながら、マイクは驚いて尋ねた。
 
「お二人には・・・私が逃げたと思い込んでもらいました。彼は心を読む能力を持って
いたので、マイク さんにも真実を言うことは出来ませんでした」

 淡々と言うロッティーをマイクは奇妙な顔で眺めた。
 この優しげな女が、人を殺しても全く動じないのが酷く異常に思えたのだ。

「彼は・・・今日尽きる運命だったんです。きっと私が手をかけなくても。マイクさん
も無事でよかったです」

 穏やかな琥珀色の瞳で微笑むと、ロッティーは立ち上がった。

「さぁ。ハーディン氏の所へ急ぎましょう。アルシャが心配です」  


2007/02/25 23:30 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神

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