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2024/11/01 08:24 |
13.『四つ羽の死神』 魂の絆篇~/ロッティー(千鳥)
---------------------------------------------------
  PC  レイヴン ロッティー
  場所  クーロン 約100年前のとある町 ハーディンの別荘近郊
  NPC マイク イステス ジーグクリフ 紺ずくめ スカー・ツゥーズ
--------------------------------------------------

 明りが僅かに灯っただけの暗い通路を美しい影が通りすぎる。
 氷のように冷たく美しい容貌をした男だった。

「やあやあ、『虚無の空』のイステス君。どうしたんだい、そんな恐い顔をし
て?」

 横から軽薄な声がかけられた。
 美しい影―イステスはちらりと声の主を目だけを動かして見た。
 茶色に近い金髪に空色の瞳をした20代後半くらいの優男がそこにいた。
 サングラスに裸の上に皮ジャンを羽織り、首からは金のネックレスを下げて
いる。
 指にも指輪が不必要なほどされており、ズボンにもジャラジャラとチェーン
アクセサリーがぶら下がっていた。
 その優男は、たいていの女性なら骨抜きにできる美貌を軽薄な笑みで歪ませ
てイステスを見ていた。
 
 ジーグクリフ・アシュフィード。
 『閃光の餞』(せんこうのはなむけ)の二つ名を持つバウンティーハンター
だ。
 彼もイステスの雇い主であるファイロスに雇われている一人だ。
 ランクは『戦く大地』や『虚無の空』と同じAランクだが、すでに実力はSラ
ンクの域に達している二人と比べると圧倒的に力の差がある。
 とは言え、彼もAランクのハンターだ。
 それなりの実力はある。
 だが彼は戦闘よりも尋問や拷問といった方面が得意であり、ファイロスに雇
われたのも、もっぱらそっちの腕を見込まれたというのが大きい。

 イステスは内心舌打ちをすると、極力関わらない様に無視して通りすぎよう
とした。

「おいおい、シカトはちょっと酷すぎやしないかい?」

 ジーグクリフはまたイステスに話しかけてきた。

「いくらご機嫌斜めだからって無視はないだろう。それとも八つ当たりしてる
のかい? あのオウガを倒せなかったこと。」

 その言葉にイステスはジーグクリフをふりかえった。
 当人はにやにやと笑みを浮かべてイステスを見つめている。

「おや、図星かい? いいのかな~、そんなにのんびりとしていて?」

 そこでジーグクリフは一度言葉を止め、サングラスを指で少しずらし、空色
の瞳を覗かせてイステスを見据えた。

「お前にはもう時間が無いんだろう? 命があるうちに奴との決着をつけたい
んだろう?」

 イステスはジーグクリフをその冷たい瞳で睨みつけた。
 しかしジーグクリフはにやけた笑みを崩さずにイステスの瞳を見つめ返す。
 悪魔に睨みつけられても表情を崩さないのはなかなか難しい事だ。
 常人なら魂まで抜かれて失神してしまうだろう。
 この男がただ軽薄なだけの優男では無い事がうかがい知れる。 

「レイヴンは俺の獲物だ。もし手を出してみろ、虚無の空が貴様を食らい尽
す。」

 イステスの冷たい瞳に殺気が灯る。
 それだけで火とを殺めることができそうなほど凄まじい殺気だった。

「おぉ、恐い恐い。っていうか俺だってまだ死にたくないからね。戦く大地な
んかには手をださないさ。」
 
 「そのかわり」と付け加え、ジーグクリフはにやりといやらしい笑みを浮か
べた。

「あの女占い師…ロッティーっていったっけ? あの娘をもらうとするよ。」

 「このクズ野郎。」イステスは心の中でそう呟いた。

 ロッティー…レイヴンの今のパートナーである娘だ。
 パートナーであるかどうかは定かでは無いが…
 意思の強そうな瞳とエフィメラに似た美しい黒髪が印象的だった。
 本来なら彼女にこんな男の指一本ですら触れさせたくはない。
 そう思うのはロッティーに昔の彼女―エフィメラが重なって見えているから
だろうか。
 しかし、彼女はすでに死んでいる。
 100年も前の話だ。
 いくら彼女が似ているからといって、その彼女を庇う義理も理由も無い。
 虚無の空の中に入れていたのもレイヴンへの見せしめのつもりだったが、エ
フィメラの面影を見せるロッティーを殺してしまいたかったのだ。
 もちろん、それは本心では無かった。
 殺そうと思えばいつでも殺せたのだ。
 あの細い首をへし折るのは赤子の手を捻るより簡単だ。
 指一本動かさずに永遠の眠りにつかせることだってできる。
 しかし、イステスはロッティーの命を奪う事はしなかった。
 殺せなかったわけでは無い。
 そのかわりに精神をすこしだけ汚染してやった。
 これはレイヴンへのあてつけのつもりだったが、今考えると実に子供地味た
くだらないことだったと思った。
 精神を冒されたロッティーを見て、レイヴンは本気で怒っているようだった
が…
 まぁ、あたり前だろう。
 人間とは脆い生物なのだ。
 精神を少し冒されたくらいで死んでしまうほど脆いのだ。
 脆いくせに強がって生きる生物なのだ。
 脆すぎるくせに…

「何黙ってるんだ? 俺があの娘を貰うのに何か不満でもあるって顔だな。」

 軽薄な声に思考を中断させられた。
 人…悪魔が感傷に浸っていると言うのに、気のきかない男だ。

「好きにすればいい。もっとも、あの女は戦く大地に随分と可愛がられてるみ
たいだからな、せいぜい気をつけるこだ。」

 イステスの言葉をジーグは軽く受け流すように首を振る。

「おいおい、あんたが戦く大地を倒せばいいだけだろう。ま、俺はロッティー
を軽くモノにして知ってる事を全て吐いてもらうさ…そう、全てをね。」

 いやらしい笑みを浮かべるジーグクリフに冷たい視線を向けると、イステス
は無表情でジーグの横を通りすぎた。
 あの軽薄そうな男にロッティーのような賢い女がだまさせるはずは無いと思
うが、ジーグクリフには百戦錬磨の特殊能力がある。
 それに気づかない限り、ロッティーは無事ではすまないだろう。

「どの道、俺には関係が無いことだがな。」

 最後の呟きは言葉となって虚無に消えて行った。 


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 ◇ ◆


 ロッティーとレイヴン、そしてハーディンに5年以上前から雇われていると
いうマイクの3人は、一度ハーディンと合流するためにハーディンの別荘に向っ
ていた。
 「アルシャの捜索はまず地盤を固めてからだ。」と言うレイヴンの意見にロ
ッティーは手遅れにならなければいいけど、と思ったが、同時にアルシャは無
事かもしれないとも思った。
 なんの根拠も無いことだが、不思議とそんな気がしたのだ。

「反魂ねぇ…ロッティー、どう思うよ?」

 唐突にレイヴンが話しかけてきた。
 考え事をしていたロッティーは、はっとして我に返って巨大なオウガを見上
げる。

「おいおい、大丈夫かい? ぼーっとしてたらはぐれちまうぞ。」

 そう言ってレイヴンは白い歯を見せて笑った。
 その笑みを見て、ロッティーはふと聞いてみたいことがあったのを思い出し
た。

「あの、レイヴンさん。」
「んん? どうした、腹が減ったのか? それならもうちょびっと我慢してく
れや。それとも便所か? それなら待つが…」

 ロッティーが内容を言うよりも早くレイヴンが喋る。

「あの、そうじゃなくて。」
「あぁ、そうかやっぱり腹が減ったんだな? ハーディンとこからこっち、何
もまともなもの食べてねぇもんな。」

 レイヴンはまるでロッティーの言葉を聞いていないようだった。

「いや、戦く大地の旦那。たぶんそこのお嬢さんが言いたい事はそんなことじ
ゃないと思いやす。」

 会話が成立しない2人を見かねたのかマイクが横から割って入ってきた。
 随分と口調が丁寧になったものだ。

「ん、そうなのか、ロッティー? あぁ、すまねぇな。俺様も少し考え事をし
ていたみてぇだ。」

 いつもと少し様子の違うレイヴンに不安を抱きつつも、ロッティーは胸の疑
問を打ち明けることにした。

「あの、イステスとあなたの関係って…」
「あぁ、あぁ、そのことか…」

 ロッティーにとっては勇気を振り絞っての質問だったが、レイヴンは軽く流
すように顔をそらした。

「まぁ、当然の疑問だよな…でもま、その話はまた今度にしようや。そんなマ
ジな顔して話すようなことじゃねぇんだけどよ。酒のつまみにでもしねぇと
な、話せねぇんだわ…。」

 そう呟くレイヴンの顔は、いつもと違う、どこか苦い表情をしているように
見えた。


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
 ★ ☆


「逃げられるものなら逃げてみな、賞金首さんよ!」 

 青い空に漆黒の悪魔の翼が翻る。
 アークデーモンのイステスだ。

「もっとも、この俺から逃げられるわけねぇけどな!!」

 口調は乱暴だが、中世的な高い声で発せられているためになんともアンバラ
ンスだ。
 少女のような顔付きに似合わない彼の気性の激しさが窺い知れる。
 イステスは空を風のように舞い、鷹が獲物を見るような目付きで下方を走る
賞金首の男を睨んだ。
 空を飛ぶ彼から見れば、地面を走る人間はイモムシのようなものだ。

「はっ、なんだなんだ、そのトロさはよぉ? なめてんじゃねぇぞ!?」

 イステスは獲物に向って急降下した。

「馬鹿野郎が、そいつは囮だ!」
 
 イステスの手が賞金首に届くか届かないかの所で大きな怒鳴り声が聞こえ
た。
 その直後、イステスの目の前にいた男の姿がかすみのように消えた。
 訝しむ暇もなく、イステスに向って無数の矢が飛んできた。
 急降下し、加速していたイステスにかわすすべは無い。

「ひっ」

 とっさに身を庇うが、その程度で防げる物では無い。
 が、しかし矢は一本もイステスに当たらなかった。
 どこからか飛来した槍が高速回転しながらイステスに襲いかかろうとしてい
た無数の矢を全て叩き落したのだ。
 そしてその槍はそれだけでは終わらず、大きな弧を描いて旋回すると、高台
にいた狙撃手の一人に襲い掛かったいった。
 狙撃手の一人を真っ二つにした槍は、しかしそのまま高台の石壁に激突して
折れて壊れてしまった。

「槍の代金、高くつくぜ?」

 低いがよく通る声が響いた。
 それと同時に巨大な影がイステスを覆う。

「一人で突っ込みやがって、俺様がいなかったら今頃矢ダルマになってたな
ぁ?」

 巨大な影、オウガのレイヴンがにやりと笑いながら言った。

「う、うるせぇ! 余計なことしやがって、あんなの俺一人だって全部叩き落
してやったさ!」

 はるか上空にあるレイヴンの顔を睨みながらイステスは噛み付いた。

「そりゃあ頼もしいこった。ひっ、とか言って腰を抜かしていたのはどこの誰
だったかなぁ?」

 わざとらしくレイヴンがその時のイステスの真似をして笑う。
 イステスは悔しそうに歯噛みをしてこぶしを振るわせる。
 心なしかレイヴンを睨む瞳が潤んでいるようにも見えた。

「うるさい! だいたい俺は強くなりたくてあんたに付いてきたのに、あんた
に付いて一週間以上たつのに、何の技ひとつも教えてくれないじゃない
か!!」

 声を荒げて噛み付くイステスに、レイヴンはあきれたような顔をする。

「おいおい、俺様はお前さんを強くしてやるなんて一言も言ってねぇぜ?」

 にやにやと悪戯っぽい笑みを口元に貼り付けるレイヴン。
 しかし、その言葉にイステスの怒りは爆発してしまったようだ。

「あんたは…俺を、俺を騙したな!」

 あまりの声量に、さっきから物珍しげに二人を見ていた野次馬までもが驚い
た。
 しかし、迸る様な怒りをぶつけられている巨大なオウガは涼しい顔で受け流
す。

「何言ってやがる、騙されたのは俺様のほうなんだぜ?」

 レイヴンがイステスの目を直視して言う。
 イステスの方は急に視線を合わされ驚いたが、それでも睨み返した。
 しかし耐え切れずにすぐに目をそらしてしまった。

「わかってねぇな? 俺様はお前さんの同行を許すとき、一つだけ条件がある
といっただろ?」

 言われてイステスはハッと気づいた。
 そしてレイヴンの目を今にも泣きそうな顔で見返した。
 レイヴンはそんなイステスを見下すような表情で見下ろす。

「生命を粗末にするな…。そうだよな?」

 いつに無く厳しいレイヴンの声に、重圧に圧倒され、イステスは肩を震わせ
て俯いた。
 まるで親に叱られている子供のようだった。

「さっきのお前さんの行動はどう見ても俺様との約束を破っていたよな?」

 イステスは俯いたまま何も言わない。
 言い返せないのかもしれない。
 言葉が見つからないのだ。
 俯いたままのイステスを、レイヴンはため息をつきながら見つめた。

「もう俺様はお前さんの面倒は見ない。どこでのたれ死のうが知ったことじゃ
ねぇ。」

 雷に打たれたかのように唖然とするイステスを残し、レイヴンは背を向けて
歩き出した。

「あばよ。」

 レイヴンにとっては別れのつもりだったのだろうが、最後のこの言葉がイス
テスを正気に戻させた。

「じょ、上等だ! 俺だってあんたなんかもうごめんだ! どこでのたれ死ん
だって知るもんか!! いや、笑い飛ばしてやる、コンチクショウが!!!」

 相変わらず顔に似合わず気性が激しいイステスは、そう叫ぶとレイヴンとは
反対の方向へ肩を怒らせて歩いていった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 ◇ ◆


「チクショウ、レイヴンの野郎…。」

 レイヴンと別れた後、イステスは怒りもそのままに繁華街のど真ん中を歩い
ていた。
 少女のような外見をしているためか、ここに来るまでに何度か怪しい人間に
声をかけられたが、すべて一睨みで一蹴してきた。

「あの筋肉ダルマ!」

 いきなり叫び声を上げたイステスを周りにいた人がいっせいに振り返った。
 驚いたり訝しんだり疎んだりいろいろな視線を浴びつつも、イステスはまっ
たくそれに気づいていない様子で歩き続ける。
 イステスもレイヴンの言っていることが間違っているとは思っていないし、
先刻の行動も無謀だったと思う。
 ただイステスはレイヴンに少しかっこいいところを見せたかっただけなの
だ。
 思いっきり空回りしてしまったようだが…

「…一度くらい振り返ってくれてもいいじゃないか。」

 思わず口に出してしまった台詞。
 レイヴンと別れる途中、イステスは何度かレイヴンを振り返ったのだが、相
手はまったく振り向く気配が無く、そのたびに舌打ちをしたのだ。
 物凄く甘ったれた考えだと言うのは分かっている。
 わかってはいるのだが、やはり悔しいのだ。

「お困りのようですね。」

 行く当ても無くとぼとぼと歩いていたイステスに声がかけられた。
 「ああ?」と不機嫌そうに振り返ると、そこには頭から紺色のフードをかぶ
った全身紺ずくめの人間が立っていた。
 顔はマスクをしていてわからないが、声と体型からして女性かもしれない。
 「(また怪しい人間か…)」とイステスは心の中で肩を落とした。
 だが相手が女性なら乱暴には追い返せない。
 女は大切にしろ。
 これはレイヴンに教えてもらったことだった。
 本人は気づいていないかもしれないが、イステスはレイヴンの言うことは素
直に聞いていたりする。

「何だあんた。胡散臭い格好しやがって、誰も困っちゃいねぇよ。とっととど
っかいっちまえ。」

 これがイステスの精一杯の乱暴ではない追い払い方だった。
 しかし、普通なら腹を立てるような台詞を、この人物は笑って受け流した。

「そういうあなたもかなり胡散臭い格好をしてますよ? イステスさん。」
「あ、あんたなんで俺の名前を知ってるんだ!?」

 驚いて、と言うより警戒してイステスは紺ずくめから一歩離れる。
 紺ずくめはマスクの下で笑みを浮かべてイステスに近寄る。

「そんなに警戒しないでください。あのオウガのレイヴンさんの今のパートナ
ーと言えば、その道の者なら名前を知っていてもおかしく無いほど有名なんで
すよ?」
「…あんたもバウンティハンターなのか?」

 レイヴンのパートナー。
 当たり前のことだがそれはイステスが有名なのではなく、レイヴンが有名と
言うことだ。

「いいえ、私はただの通りすがりの占い師です。この職業をやっているといろ
んな情報が得られるんですよ。」

 「ふ~ん。」とイステスは少し警戒を解いて紺ずくめを改めて眺めた。
 よく見ると背中のあたりが奇妙に盛り上がっているようにも見えるが、何か
を背負っているのかもしれない、服がそういうデザインなのかもしれないが…
少しだけ気になった。

「一人でお散歩をしていたわけではなさそうですね。パートナーさんはどうし
たんですか?」
「別に、あんな奴パートナーなんかじゃねぇよ。」
「あらあら、やはり何かあったようですね。」
 
 吐き捨てるように言うイステスを眺め、通り過ぎの占い師は苦笑する。

「どうです、占って差し上げましょうか? 私の占いはよくあたるんです
よ?」

 そういいつつ占い師は懐から手のひらに乗るくらいの水晶玉を取り出した。

「って、占う気満々じゃねぇか。まぁ、いいや、そこまで言うなら占ってくれ
よ。あ、でも俺は金持ってねぇからな?」
「ふふ、後でパートナーさんに請求しておきますね。」

 しっかりとしているものだ。
 素直に感心しているうちに、占い師は水晶玉に手を添えると目を閉じて集中
しはじめた。
 気のせいか、占い師の体と水晶玉がほんのりと光っているように見える。

「あらまぁ、大変。」

 占いはじめてからどのくらいたっただろうか、不意に占い師がすっとんきょ
うな声を上げる。

「なんだよ。っていうかどっからそんな声出してんだよ?」
「いえ、ふざけている場合ではありませんよ、イステスさん。これからあなた
の身、いえ、正確にはあなたに最も親しい人に不幸が待っています。」
「え、不幸ってなんだよ?」

 イステスに親しい人などいない。
 いや、一人だけしかいない。

 占い師は狼狽した様子でイステスを見た。

「………死が、見えます。」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 ◇ ◆
 

 賑やかな繁華街からすこし離れた裏路地に『砂漠の月』と言う飯屋がある。
 豪華ではないが味は一流と言うよくある穴場のような店だ。
 その店の小さな扉を、大きな影がくぐった。

「よぉ、オヤジ。」
「いらっしゃい! おぉ、これはレイヴンさん、今日は早いですね。」

 威勢のいい声で返事をした店主に片手を上げて挨拶をして、レイヴンはカウ
ンターに腰掛けた。
 巨大なレイヴンが腰掛けた瞬間、椅子が悲鳴を上げる。

「おや、今日はお一人ですか?」

 水の入ったコップを持ってきた店主がきょろきょろと店内を見回しながら言
った。

「あ~、まぁいろいろあってな。とりあえずいつもの頼むわ。」

 苦笑しつつレイヴンは店主に注文をした。
 この会話を聞けば、このレイヴンと店主の二人はずいぶん古い間柄と勘違い
されるかもしれないが、レイヴンがこの店にはじめて来たのはたった一週間ほ
ど前のことだ。
 そう、イステスとはじめてあった日に偶然見つけた穴場だ。
 イステスが腹をすかせていると思ったレイヴンはとりあえずこの店に入って
食べ物を注文した。
 さすがに最初は店主も居合わせた客も、珍しすぎる客に開いた口がふさがら
ない様子だった。
 居合わせた客がイステスを女の子と思って話しかけたときのイステスのはぶ
てようは傑作だった。
 本当に女の子のような金切り声を上げ否定し、今にも殴りかからんばかりの
勢いだったが、その場はレイヴンが割って入ってなんとか収まった。
 収まったものの、イステスは料理が運ばれてくるまでずっとぶつぶつ文句を
言っていた。
 しかし運ばれてきた料理を食べると一転、目を輝かせて「美味しい美味し
い。」と何度も言ってレイヴンの分までぺろりと平らげてしまったのだ。
 
 それからと言うもの、レイヴンとイステスの二人は毎日この店で食事をする
ようになっていた。

「イステスのお嬢ちゃんはお留守番ですか? さみしいなぁ。」

 店主が冗談っぽく言う。
 レイヴンもにやりと笑いながら返す。

「どうしようもねぇじゃじゃ馬だからな。たまには一人がいい。」

 言いつつレイヴンは頭の中で別れ際のイステスを思い出していた。
 すこし言い過ぎたかもしれないが、ああでも言わないとイステスは自分から
離れなかっただろう。

 レイヴンがイステスを突き放したのは、実は別に理由があった。
 一つはイステスを鍛えるためだ。
 やりすぎな感じもしたが、自分はいつまでもイステスと一緒にいられるわけ
ではない。
 べたべたした関係は今後のイステスのためにはならない。
 もう一つは今回の依頼の内容だ。
 最初は『アノンゼノン』という小さな盗賊グループをとっ捕まえるだけのは
ずだったのだが、このグループの事を調べていくうちに、すこし厄介なことが
わかったのだ。
 このアノンゼノン盗賊団は、ある巨大な闇の組織とつながりがあり、手を出
すとその組織からの報復が来る可能性があるのだ。
 レイヴンは戦闘好きだが戦闘狂ではない。
 そんな巨大闇組織に手を出してドロドロの殺し合いに参加する気などさらさ
らない。
 だが、この依頼を解約しようとした矢先、イステスがアノンゼノン盗賊団の
メンバーの一人を発見して飛び出していってしまったのだ。
 しかも結局取り逃がしてしまったと来た。
 こうなるともう後には戻れないだろう。
 アノンゼノン盗賊団は壊滅させるとして、その裏の組織が動くようならそっ
ちも壊滅させる。
 それでも生き残った組織が来るようなら全てを叩き潰す。
 そう、ドロドロの殺し合いを起こすのだ。
 それをするにはイステスを連れているわけにはいかない。
 だからイステスを突き放した。

 イステスが狙われることは無いだろう。
 知名度で言えばまだまだイステスは低い。
 しかも不幸中の幸いでイステスはまだアノンゼノンのメンバーを誰も殺して
いない。
 レイヴンは一人殺している。
 わざと大衆の目の前でイステスを突き放したのもイステスとの繋がりはなく
なったと敵に思わせるためだ。
 プライドの高いイステスには辛かっただろうが、まぁ仕方が無い。
 死ぬよりはましだろう。
 命よりプライドが大切と言う奴もいるが、レイヴンはそんな奴は知ったこと
ではない。


「ご馳走さん。」

 相変わらず極上の味の料理を腹に詰め込み、レイヴンは席を立った。
 カウンターに代金を置くのも忘れない。
 忘れたらお尋ね者だ。

「ありがとうございました! こんどはお嬢ちゃんもよろしく頼みますよ!」

 店主が冗談っぽく笑いながら言った。
 レイヴンも苦笑しつつ片手を上げて答えた。

 そうして店を出た瞬間だった。
 レイヴンの足元が不気味な黒い光を放つ。

「ぬ、これは、しまった! 魔方陣か!?」

 完全に不意打ちだった。
 黒い光の正体に気づくが一瞬遅かった。 
 いつの間に描かれていたのか、店の入り口に仕掛けられていた魔方陣を踏ん
でしまったのだ。
 魔方陣から飛び出してきた多数の黒い蛇のような魔物がレイヴンの体に巻き
つき噛み付く。

「拘束魔法か、それも上位クラス。こんな高等魔法を唱えられる奴がいたとは
なぁ。」

 口調はいつもどおり軽いがその額には汗が浮かんでいる。
 レイヴンの力強い巨大がビクともしないのだ。
 完全に自由の奪われたレイヴンを囲むように、建物の影や屋根の上、土の中
や何も無かったはずの空間から複数の人影が現れた。

「ふん、これがあのオウガのレイヴンか? 実ににあっけない、つまらん
な。」

 現れた人影の中で、あきらかに雰囲気の違う体格のいい男がレイヴンに歩み
寄る。
 レイヴンの記憶が正しければ、この男はアノンゼノン盗賊団の頭領『スカ
ー・ツゥーズ』だ。

「へぇ、親玉のお出ましって奴か、随分と早いじゃねぇか。」
「ふん、待たせるのは主義じゃないんでね。」

 軽口をたたくレイヴンを鼻で笑うスカー。
 彼は自由の利かなくなったレイヴンに分厚いナイフを逆手に持って近寄っ
た。

「生意気にも俺達に手を出そうとしたそうじゃないか、それがこんなざまと
は、笑えるな。」

 スカーはナイフをレイヴンの首筋に押し当てた。
 ツゥーとオウガの血が滴る。

「いやぁ、こちらにも色々と事情ってもんがあってなぁ、油断してわ。」
「俺達には巨大闇組織の後ろ盾があるのを知らなかったのか? お前も馬鹿だ
な、俺のせめてもの情けだ、苦しまずにあの世に送ってやる。」

 ナイフを持つ手に力がこもった。

 刹那。

「レイッヴーーーーーーーーーーン!!!」

 聞き覚えのある少女のような叫び声が響き渡った。
 いや、空から落ちてきた。
 その場にいた全員が声を追いかけて空を仰ぎ見た。
 
 見上げた全員の瞳には漆黒の翼を翻した悪魔が急降下してくる姿が映ったに
違いなかった。
 悪魔はその少女のような顔を怒らせ、黒銀色の髪を振り乱して落ちてくる。

「よくもレイヴンを!!!」

 叫ぶと少女のような悪魔は全身から魔力をあふれ出させた。
 その魔力は空に上ると真っ黒なもう一つの空を作り上げる。
 黒い空はどんどん広がり、やがてあたりを覆いつくしてしまった。

「な、なんだ、これは。」

 スカーが驚愕の声を上げる。
 レイヴンも唖然としていたが、あたりにいた野次馬の姿が見えないことに気
がついた。
 砂漠の月の店内にも人の気配がしない。
 まるでこの世から自分とイステス、そしてアノンゼノンのメンバーしかいな
くなってしまったかのような錯覚に陥る。
 イステスは翼を広げ、両手を黒い空に上げた。
 その瞬間、黒以外何も無い空が大きく鼓動したように見えた。

「イステス、やめろ!!」

 何かに気づいたレイヴンが大声を上げるが遅かった。

「死ねええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 叫ぶと同時に両手を勢いよく振り下ろすイステス。

 その直後。

 虚無の空が落ちてきた。


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
 ★ ☆


「いやぁ、まさか待ち伏せしてるとはねぇ。そんなに俺様のことが好きなのか
い?」

 クーロン郊外、人気の少ない荒廃した土地にイステスは佇んでいた。
 手には巨大な剣―ハルバードを携えている。
 女性のように美しい、しかし氷のように冷たい容貌をしたアークデーモン。
 その極寒の瞳がレイヴンら三人を見つめている。

「減らず口は死んでから聞いてやる。安心して逝け。」

 レイヴンはイステスに身体を向けたまま、ロッティーとマイクを身体の後ろ
に隠し、そっと空を見上げる。

「安心しろ。『虚無の空』なんてせこいマネはもうしない。そこの後ろの連中
にも用は無い。」

 静かにそういうと、イステスはハルバードを大きく振り構えた。
 その瞳はレイヴン以外何も映してはいない。

「さあ、お待ちかねの時間だ。 槍を抜け! 俺と戦え!! 殺しにきたぞ戦
く大地レイヴン!!!」

 先程までのイステスからは想像もつかないほどの怒りの奔流。
 叫ぶイステスの口元は大きくゆがんだ笑みを浮かべていた。

「………《ガローシャ》。」

 大地に手をつけ、ぼそぼそとレイヴンが何かをつぶやく。
 と、その直後。
 ロッティーとマイクの足元が崩れた。

「きゃあ?」
「おうち!?」

 二人は悲鳴を上げながら地面の中に吸い込まれていく。 

「れ、レイヴンさん!?」
「すまねぇな、ロッティー。ちょいとばかし先にハーディンのところに行っと
いてくれや。俺様もバカ息子の説教が終わったらすぐに後を追うからよ。」

 レイヴンはニッと微笑を落ちていく二人に向けた。

「マイクよぉ、ロッティーを頼んだぞ。怪我でも負わせて見ろ、地の果てだろ
うが追いかけて踏み潰してやるからな?」
「旦那ぁ~。」

 マイクの情けない声が途中で途切れる。
 ガローシャのトンネルが閉じたのだ。

「さ~て、お楽しみタイムといこうか。」

 レイヴンは指を鳴らしてハルベルトを抜いた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 ◇ ◆


 「戦く大地の旦那…大丈夫でしょうかね?」
 「……きっと大丈夫ですよ。レイヴンさんを信じましょう。」

 一方、レイヴンの土の精霊魔法《ガローシャ》でワープさせられたロッティ
ーとマイクは見知らぬ土地に到着していた。
 クーロンなのかすらわらない。
 少し先に大きな屋敷が見えるが、おそらくそこがハーディンの別荘だろう。
 とりあえず、ロッティーとマイクはその屋敷目指して歩くことにしたが、歩
き始めて数秒もしないときだった。

「ハロー、ロッティーちゃん。とその他A君。」

 軽薄そうな声が二人を呼び止めた。
 はっとしてあたりを見回すロッティーとマイク。

「どこを見てるんだい。ここだよ、ここ、ここ。」

 ロッティーの心臓が跳ね上がった。
 さっきは遠くの方で聞こえた声が、こんどは目の前で聞こえたのだ。
 正面に向き直ると、目の前に金のネックレスとャラジャラのチェーンアクセ
サリーが見えた。
 恐る恐る顔を上げるロッティー。
 するとすぐそこに空色の瞳をした20代後半くらいの優男の顔があった。

「へぇ、思っていたより可愛いじゃん。いたぶりがいがありそうだ。」
「…ひっ!?」

 尻餅をつきそうになったところをマイクがあわてて抱き止め、謎の男から距
離を取った。

「あんた、なにもんだ?」

 いつの間にかマイクも口調が戻っている。
 内心冷や汗が出ているのかもしれないが、ここはあえて強気で出た。

「ふふふ、俺の名前は『閃光の餞』ジーグクリフ・アシュフィード。早い話が
バウンティーハンターだ。」

 ジーグクリフはにやにやといやらしい笑みを浮かべる。

「君達の命は俺が貰う。せいぜい楽しませてくれよ。」
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2007/02/25 23:29 | Comments(0) | TrackBack() | ○四つ羽の死神

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