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2024/05/17 02:49 |
ヴィル&リタ-11 笛の音も聞こえない/リタ(夏琉)
/ヴィルフリード(フンヅワーラーPC:ヴィルフリード、リタルード
場所:エイド(ヴァルカン地方)
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 さて、どうしようか。

 ギルドの窓口では、冒険者とみえる若い男が女性と軽口をたたきながらやり取りを
している。
 自分に応対していたときに貼り付けていた笑顔よりよっぽどいきいきとした彼女の
表情に、リタルードはなんとなく傷つく。

 自分の荷物を抱えて、ピンクの靴を履いたつま先を見つめる。
 明るい色のフレアスカートやつやつやした靴は、マリの若いころのものなのだと
言っていた。
 箪笥の匂いがうつって、やわらかい木の香りがする。

 ヴィルフリードに頼まれた用はすでに終えていた。
 冒険者の習慣なのか、彼の荷物はある程度整っていたので、まとめるのは楽だっ
た。
 マリの店を出て、ギルドにつくまで何事もなかった。騒ぎを目にすることもなかっ
た。

 それにしてもどうしようか。

 リタルードは上着のポケットから、何度となく見返した紙を取り出した。
 二つ折りにされた固めの紙に、殴り書きで文章が書いてある。

『覚悟が決まっているなら見ろ』

 急いで書いたのだろう。もともとあまり整っているとは思えない大振りの字がよけ
いに乱れている。と言っても読めない程度ではない。

 ヴィルフリードだ。

 マリの店にいるときに滑り込ませたのだろう。
 女物の服に着替えたときにはなかったら、別れ際に肩を叩いたときか。
 作戦通り女性客に紛れて『甘味処』を出て、宿屋に到着してから気づいた。

 中には、以前泊まったことのある宿だけが書かれていた。方角も街の名前も書いて
いない。逐一道順を覚えているわけでもないし、たどり着けないとは思わなかったの
か。それとも、それならそれでいいと考えたのか。

 深く考えてのことではないだろうが、だからこそタチが悪い。

 本当に全く、血は呪い、情は鎖だ。

“あんたのそういうとこって結局は、マザー・コンプレックスなんじゃない”

 長い黒髪の30絡みの女にそう言われたのは、どれくらい前のことか。

 お世辞にも綺麗なひとではなかった。
 弱すぎる顔の皮膚はガザガザに乾いていて、とくに目の周りと口元が酷かった。長
くて細い指は、形はいいのに爪を噛む癖のせいで常に荒れていた。
 なにより、目の下に刻まれた深く色の濃い隈が彼女を一回りもふた回りも年嵩に見
せていた。

 何を出し抜けに、と言い返すと、彼女は心底楽しそうに肩を揺らした。

“だって今、金髪の女が見えたもの。上等な絹糸にとろとろに溶けた金を浸したみた
いな色の髪の手も足も頭も背も小さいすごく若い女よ。それってアンタの母親で
しょ”

 自分のような普段のガードの固い人間のほうが、本人も自覚できないような脳に刷
り込まれた記憶が見えやすいらしい。
 ふとした拍子に何かが見えたとき、彼女は低い声でねっとりと報告してくれるの
だ。
 
 人の心の、一番やわらかい防御しようのない部分。その人がその人であることの根
幹を成している領域。そこを彼女は、言葉で確実に侵略し、傷つける。
 
 だって、どうして、と反論を重ねても無駄なのだ。
 このときだって、母親の顔なんか覚えていないだとか、それがどう関係あるのだと
か、いろいろと言い募ったが、言葉を重ねれば重ねるほど、彼女は爛々と目を輝かせ
るのだ。

 そのとき彼女が触れてきたのは、腕だったのか肩だったのか、それとも首だったの
か。
 手をかけて近づくと、耳元でかわいそうにと囁いた。

“だって、そんなふうに消えちゃったんだものね”

 何を言われているのかさっぱりわからないにも関わらず、痛みをともなって自分の
心の一部が潰れるのを感じ、その痛みこそが彼女の言葉が紛れもない真実だという証
明だとわかった。

 教養のない人だったから、彼女の使う言葉は不正確でアンバランスだった。 職業
柄、知識人とも話すこともあるから難しい言葉を聞いたことがあっても、その意味を
知らずに使うことが多かったのだ。
 自分の見たものを適切に伝えることも苦手としていたから、客に見えたものを伝え
るときは、彼女の妹が伝わりやすい言葉に言い換えて話す役をしていた。

 いくら薬を塗っても粉をふいている黒ずんだ口元とか、いっそ切ってしまったほう
が見苦しくないだろう荒れた髪だとか、身体のバランスの割りに長すぎる足の指だと
か。
 ひとつひとつの形や触れたときの感触なんかをしっかりと思い出すことができる。


 いくら遮断しようとしても頭の中に侵入してくるビジョンに蝕まれながらも、目だ
けを光らせ骨ばった両腕を抱きしめて毎日を生き抜いている彼女を、確かに愛おしい
と思っていたこともあったのだ。

 彼女には、思い煩うことなく楽しく生きるために必要な資質がごっそりと欠けてい
た。自分だってある程度は彼女に近い人種なのかもしれない。
 でなければ、惹かれることはなかっただろう。

 にしても、どうしようか。

 選択肢を突きつけられて選べばいいだけなのに、それができないということは、如
何に自分の持っているものが少ないかを思い知らされる。

 ギルドのエイド支店は、ヴァルカンが近いためか待機している冒険者の入れ替わり
が早い。その反面、職にあぶれた人間がたむろしてもいるので、今のリタルードのよ
うにぼんやり座り込んでいる人間も何人かいる。

 理性的な程度のざわめきや流れ者の重みの抜けた生活臭は、よるべない空虚さを抱
えた人間には心地がいいものだ。

 さわさわと纏わりつくこの程度の生ぬるい温度の空気くらい、なにか合図があれば
振り切れるのに。

 横切る鮮やかな色彩か。鮮烈な花の香りか。鈴の音か。高く澄み切った笛の音もい
いかもしれない。

 何のきっかけもなければ、夕暮れまではここでぼんやりしていよう。
 とりあえずそれだけ決めて、リタルードは荷物を抱え直した。

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2007/02/11 23:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-12 ないものねだり/ヴィルフリード(フンヅワーラー)
PC:ヴィルフリード、(リタルード)
NPC:ハンナ
場所:エイド(ヴァルカン地方)
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 鏡越しに目が合った。

「おじさまって、本当にすごいんですね」

「……その”おじさま”ってのはやめてくれ。ケツん中がムズ痒くなる」

 あら、とハンナは、やや低く艶のある声を赤い唇からこぼし、くすりと笑った。

「とても似合っていらっしゃるのに」

「……嫌味か?」

 ヴィルフリードは鏡の中の自分を睨む。

「お髭がとっても似合っていますわ」

 言われて、ヴィルフリードは鼻の下に貼り付けた付け髭を軽く撫でつけた。
 それだけではない。
 いつもは、撥ねも気にせず手櫛で適当に結わえられていた髪の毛は下ろされて
おり、油を塗った丁寧に櫛で後ろに撫でつけている。顔は目の下や頬に濃い色を
置き、以前よりも疲れを濃く感じさせる。眉も一部を抜いたり、はたまた書き加
え、やや強い弧を描いたそれは、大きく印象を変えていた。よく見れば目尻にも
何か描き加えてたあとがある。
 薄汚れてはいるが、やや上等めの服。そしてほんの数点、男物の装飾品を身に
つけ、腰にはガラクタを半分ほど詰め込んで膨らませた銭入れを下げている。

「そういうの、どこから手に入れてくるんです?」

 ヴィルフリードは教えるべきか、と少し迷った挙句、結局は「秘密」と短く答
えた。
 逃亡する人間に「便利屋」の存在は、なるほど、役に立つだろう。
 しかし、彼らは中立者だ。他の者にとっても「便利屋」なのである。
 利用すれば、利用されることなんて当たり前である。
 何度か利用している自分でさえ、未だに用心に用心をいくら重ねても、杞憂す
ることなどないのだから。

「まだ日が高いな……」

 よろい戸の隙間から明るさを見て、ヴィルフリードは座りなおした。

「これからどうなさるんですか?」

「……なぁ。本当にやめてくれねぇか。その敬語。
 さっきの……リタと話すような感じでいい」

 しかし、ハンナは微笑んでやんわりと嘆願を払った。
 なんとも、やりづらい。
 心の中で、じゃりと石の粒ごと苦いものを押し潰すような感覚を味わう。

「……まずは日暮れ頃、ギルドに行く。 設定は、荷の護衛を安く頼もうとする商人。
 どっかの似たような護衛の依頼を引き受けた冒険者と依頼人を探して、一緒に
行動して割安に済まそうと交渉に走る。
 上手くいけば明日の朝にでも発てる」

「隠密行動って、夜に行動するものだと思っていましたわ」

「暗闇に紛れるよりも、人に紛れた方がいいって時もあるんだ。
 あんたは、身体能力を発揮するよりもどちらかというと役者に向いてる。
 そうだろう?」

 占い師という生業に携わっていたなら尚更。

「……確かにその通りですわね」

 納得したように、ハンナは綺麗に尖った顎を小さく揺らした。

「最後に確認したいんだが」

 ハンナは、素直な目をヴィルフリードに向ける。
 この女の、一瞬にして仮面を自ら割る所が、全く調子が狂わされる。
 一瞬、その面食らう視線に何を言いかけたか忘れかけたが、無理矢理思考を引
き戻す。

「あー……と。
 ……どの程度の覚悟なんだ?」

 彼女は数度瞬きをし、それだけで問い返す。

「いや、その。
 命の危険を冒してまで逃げたいのか、っていうことだが」

 というのも、どうもハンナからは、切羽詰まった人間にしては緊張感というも
のがあまり匂わない。
 勘でしかないが、連れ戻されたとしても、特にそれほどの命の危険は無いので
はないだろうか。

「前にも言いましたが……戻るわけにはいかないんです」

 ヴィルフリードを真正面から見ているというのに、ヴィルフリードよりも遥か
遠くを見つめているような視線を浴びせられているような気分になった。
 その視線の先は……『姉さん』とやらの存在に向けられているのだろうか。
 なんだか、無性にそれがイラついた。

「……事情は、詳しくは聞かないけどな。
 だけど……勿論、これは例えばの話だが」

 ハンナの焦点が再び戻ってくる。
 苛立ちをぶつけるよう、それをへし折るつもりの強さで問う。

「それは、死んだとしても、ってことも含むのか?」

 彼女は、曖昧に微笑んでそのまま沈黙した。
 ヴィルフリードの苛立ちはあっさりとかわされた、
 十分に時間が経ち、その会話は打ち切られたと思ったその時。俯いたままの小
さな声が聞こえた。

「私は、どちらでもいいんです」

 それは、「逃げるにしろ戻るにしろ」ということなのか、それとも「逃げるに
しろ、死んだとしても」ということなのか。
 ヴィルフリードには、それを質さなかった。
 ただ、最近の抱いていた怒りが少しだけまた焦げ付いた。

「……なぁ。
 それ、流行ってるのか?」

 ハンナの視線が持ち上がるのを確かめる。
 少しだけ自分から視線をずらしたのは、お門違いだと知っていたからだろうか。

「なんでもかんでも一人背負い込んで、オッサンには関係ないって風に振舞って
苛めるの」

 ハンナは宛然とした笑みを作り、再び仮面をつける。

「だって、おじさまとはまだ知り合ったばかりで、事実関係ないでしょう?」

「そりゃそうだ」

 焦げ付いた箇所に冷水を浴びせられ、ヴィルフリードは笑った。
 なるほど。この丁寧な口調は、距離の表れか。ならば、今の口調がさっきより
少しだけ砕けた響きになってきたというのは、喜んでいいことなのかもしれない。

「それに、私はあの子ほどじゃないわ。
 八つ当たりはやめて欲しいわ、おじさま」

 流石は占い師業に携わっていただけのことはある。簡単に矛先は見透かされて
いたようだ。

「……だからかしら。
 時々、あの子が必死で打ち立てたモノを、『そんなものなんて、こんなに脆い
のよ』って思い知らせたくて、蹴飛ばして壊したくなるのは」

 おや、とヴィルフリードは思った。
 自分はもしかしたら、このハンナという女性のことを勘違いしていたのかもし
れない、と思いなおした。
 ふと、ハンナは、突然可笑しそうに笑いだした。

「ねぇ。おじさま。
 あの子のこと、”ルーディ”って呼んだら……きっと楽しいわ」

「はぁ?」

 唐突にそう言われヴィルフリードは面食らう。その一方、ハンナは、どこかし
ら機嫌がいいように見えた。
 やはり、このハンナという女はよくわからない。

2007/06/04 22:13 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
ヴィル&リタ-13 足りない覚悟/リタルード(夏琉)
PC:リタルード
NPC:マリ(『甘味処』のおかみ)、セリアナ(リタルードの親戚)
場所:エイド(ヴァルカン地方)
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これまでのおさらいだょ。


*リタ子が女がらみでヴィルさんに迷惑かけてヴィルさんがいらっときてるけど、ヴィルさん大人だから、仲直りのチャンス(仲直りしたかったらちょっと離れた宿屋においでよん)をくれてるんだよ。

*最近、ヴァルカン地方では和菓子が超ブレイクしてるんだけど、今回は「甘味処」というそのままずばりのお店にいろいろ迷惑かけてるんだよ。

*セリアナっていうのはリタ子の親戚で、20代半ばの女性で、甘味所のおかみのマリさんの学生時代からの親友なんだよ。最初のほうにちょろっとでてるよ。

*ぶっちゃけそろそろ終わらせたいから、起こったであろうごたごたはほうってあるんだよ。

*さっき確認したら、わったんの前回の投稿って2年以上前なんだね! ごめんよ! WISCとかロールシャッハの勉強とかしてて忙しかったんだよ私! またお茶買ってくるから許して!



というわけで、どうぞどうぞ。


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”さぁ、終わりのはじまりをはじめよう”






 数日前は、リタルードやヴィルフリード、ハンナやミィ爺がいて緊張感の漂っていた甘味処も、閉店時間を迎えることには、日々の営みを閉じるべく店員たちが忙しく動き回っていた。

 いつもなら、マリも店の者たちに混ざって仕事をしている時間だったが、今日は先ほどから来客があり、奥のほうに引きこもっていた。
 店の者たちも経営者の妻の普段の働きぶりと采配を知っているだけに、珍しい----しかしここ数日は例外的に頻繁な----”奥様のお客様”についてとやかくいう者もいなかった。


 甘味処の奥の来客用の部屋で、予定してた仕事がキャンセルになっただとかで、顔を出したセリアナは、一連の話を聞いてしみじみと呟いた。

「あの子って結構、かわいそうな子だと思うのよね」

「どんなところからそう思うのかしら?」

 マリは温くなってしまった湯飲みを手に尋ねる。

「例えば…あの子、自分の家族の話とか、故郷の話をあんまり…というか全然しないのよね」

「私もそういう話はリタちゃんから聞いてないけど…でも旅人さんならそういうことって珍しくないんじゃない?」

 セリアナの話の前後がつかめずにマリは首を傾げる。

「んー、マリは会ってそんなに日が経ってないからそんなに違和感はないかもしれないけど…。でも私なんかざっと4から5年は知り合ってから経ってるのよ。
これが学生のときだったら、最終学年でしょ。あんまり友達がいない子だとしても、それだけ付き合いがあって、一度もそういう話をしないって変じゃない?」

 セリアナとマリは、数年前まで同じ学校に在籍して、そこで友達になった仲だ。
 学生時代に行動をともにすることが多かっただけに、セリアナの「あまり友達がいない子」という言葉から、すぐに何人かの人物が思い浮かぶ。

「あー、うん。そうかも。確かに。同じ専攻で、あんまり話をしたことがない人だって、どこが出身とか、そういうことは知っているものよね。
 何年か顔を合わせて入れば、どこから来たとか、出身地はどことか、兄弟は何人だとか、そういう話は絶対でてくるし。というか、ちゃんと聞いてみた上の話よね?」

「そりゃあね。でも、話を振ってみても、あの調子でするっとかわしちゃうから…。あ、話したくないんだなって感じたらこっちもつっつきにくいじゃない。
 あの子の父親の話とかなら、共通の知人だし普通に話すんだけどね。
 それ以外の、母親がどういう人とか、どんな人に育てられたとか、産まれたところは暑いところだったかとか寒いところだったかとか、自分から全く話たがらないのよ。
 ぷらぷら生活してる人間は何人か知ってるけど、ここまで相手を煙に巻いて自分の根っこを出そうとしない人間ってかなりレアだと思うわ」

「そういうふうに言われると確かに思い当たる節はあるわねぇ」

 マリは、知り合ってからのリタルードの様子を思い返して、言う。
 一連のごたごたからだけでなく、その前の様子から、リタルードには他者から一線も二線も引くところがあった。

 人を寄せ付けないわけではない。明るい表情や気の利いた言い回しをして人の印象に強く残る人物だし、リタルード自身も積極的に話しかけるほうだから、甘味処の店の者の記憶にも強く残っているだろう。
 しかし、自分自身のこと―例えば、どこから来て、どこに行こうとしているのか、とか―については、マリ自身が聞いてみても、のらりくらりとかわされてしまっていた。

「セーラってリタちゃんのこと、すごくしっかり見てるのねぇ」

「ええ、だって気持ち悪いんだもん。あの子」

 セリアナの言い回しに、マリは思わず苦笑する。

「すごくきっぱりハッキリ言うのね」

「だって、あの子ってきゃらきゃら楽しく騒いでるくせに、ふわふわしててよくわからなくって。女装させたって言ってたけど、ものすごく似合ってたでしょ?」

「うん。どこからどうみても女の子だったわ」

 ヴィルフリードに言われて用意した衣装を身につけたリタルードを思い返して、マリは頷く。

「そういうのもおかしいのよ。四捨五入して二十歳になろうかって男が、いっつも変な恰好してて、それが妙に似合っちゃうのよ」

「世の中には女の子の恰好をするのが好きな人も、もっと特殊な性癖の人も、いろんな恰好をすることで生計をたててる人もいると思うけど」

 やんわりとマリは反論を述べるが、セリアナはきっぱりと言った。

「でもあの子はそのどれでもないじゃない」

 セリアナは出された焼き菓子―カフールなどの東の地方で食べられるくすんだ色の麺のもとになる粉で作った菓子だとマリが彼女に説明した―をかじる。

「性癖なのかなって思ってた時期もあるんだけど、そういう感じでもないのよね。
 そういう奇抜なことをしないと、本当にどっか飛んで行っちゃんじゃないかって、あの子自身も思っているような…そういう感じがするの。
 10代って誰でもそういう不安ってあるとは思うんだけど、それがものすごく極端に出てるっていうか。
 なんていうか…自分を保つ方法を根本的なところから教えて貰ってない感じがするのよ」

「自分を保つ方法?」

 マリがオウム返しに言うと、セリアナは軽くうなずく。

「うん、うまく言えないんだけど、自分が何者であるか、みたいなとこが。服装にしたって、ジェンダーが曖昧だし。
対人関係の持ち方もすごく脆いんだもの。誰かと知り合いになるのは得意なんだけど、その関係を保つのがひどく下手くそなのよ」

「私はリタちゃんって明るくて元気な子って印象よ。確かにちょっと距離は置きたがるけど、そんなに脆い子かしら?」

「うん、はじめはそんな感じなんだけどね。ある程度仲良くなってくると、いきなり連絡を絶ったり、これまでのことがぶち壊しになるようなことをしたりする
のよ」

「あぁ…それが今回みたいな感じなのね」

 マリは、自分が見聞きした状況とミィ爺からある程度の話を聞いただけなので、正直何が起こっていたかよくわからなかったが、今回の出来事の源にリタルードのなんらかのマナー違反―それも人と人とが付き合っていく部分でとても重要な部分の―が働いていたことには気づいていたので、セリアナの言葉にうなずいた。

「あの子はそれをここ数年、いろんな人といろんな形で繰り返してるのよ」

「あら、まぁ。それは…本人も周りもしんどそうねぇ」

「なんとなくだけど、そういう、友達の作り方とか、関係の保ち方とかを人生のはじめの十何年くらいのときに、しっかり学んでないような気がするのよね、あの子って。
私もそういうのが専門なわけじゃないからあんまりしっかりしたことは言えないんだけどさ。
人間って、例えばすごく小さいときは養育者と、もう少し大きくなったときは近くにいる年の近い人間と、人と接する練習をしていくものだと思うのよね。
なんとなくだけど、あの子はその辺がすっぽり抜けちゃってる感じがするの」

「それは、例えば、あんまり環境がよくない施設で育ったとか、不親切な親戚をタライ回しにされていたとか、そういう話になってくるのかしら」

「うーん…、そういう感じでもないんだけどね。その辺がよくわからないのよねぇ。
 あの子の父親がそういう状態で放置しとくとは思えないし、あとあんまり経済的に困ってきたって雰囲気もないでしょ、あの子。
 でも、なんか、そういう話と共通する要素はあるんじゃないかしら」 

「んーと、それがさっきの『かわいそう』ってとこに繋がるのかしら?」

「そう。だってそういうのってたぶん、あまり本人の責任じゃない部分でしょ?
 リタは、自分でもどうしようもない部分で自分でも困ってる感じがするのよね。かといって、自分でどうにかするものなんだろうけど」

「うーん…」

 マリは少し考えていたが、セリアナの目をみてにこっと笑った。

「セーラはリタちゃんのことが心配で、リタちゃんを大切に思ってるのね」


「え、まあ。一応いとこだし、しかも年下の人間だしね」

 セリアナは少し口ごもる。マリはだからこそきっぱりと言った。

「じゃあきっとリタちゃんは大丈夫よ」

 マリはにこにこして続ける。

「セーラって好きじゃなかったり関心を持てない人間については、たとえ同級生でも犬か豚かくらいにしか思わない人間でしょ。
 そのセーラにそれだけ頭を使わせるほど心配かけるってなかなかできないことだと思うわ」

「当たってるから反論できないけど、なんか私に一方的に失礼じゃない?」

「当たってるならしかたないじゃない。まぁ、そんなふうに誰かに、しかも身内に、心配に思ってもらえる子が、悪いほうに転ぶわけないわよ」

「身内って言うほど身内じゃないんだけどね。少なくとも、あの子は私のこと、ちょっと親しい他人くらいにしか思ってないと思うわ」

 セリアナは少し自嘲気味に笑う。その様子は、昼間のリタルードの弱った様子にも少し似ていた。
 それでも、マリは伝えたいことを優先させて、「あのね」と言葉を続ける。
 
「私がリタちゃんに持ってるイメージって、たしかにふわふわしててよくわからないとこはあるけど、明るくて楽しくて、出されたお菓子はちゃんと食べて感想もしっかり言う本人なりに律儀な子って感じよ。
 私は、一応モノを売る仕事、しかもおいしいものを人に食べてもらう仕事をしてますからね。
 リタちゃんのそういうところって、表面的なものなんかじゃなく、彼自身と彼のまわりの人たちによって育まれた、リタちゃんの本質的な部分だと思うわよ。
 私はリタちゃんとは付き合いが浅いからなんとも言えないけど、リタちゃんなら、セーラがそんなにとやかく心配しなくったって、私たちの年ごろにはそれなりになんとかなるものじゃないかしら?」

「うーん…。そりゃあ、そうだといいと思うけど」

 友人の言葉1つで納得に至る悩みでもないようで、セリアナの表情は晴れない。
 マリは、さらに付け加えた。

「それに、セーラは会ってないけど、リタちゃんがいっしょにいたおじさまも、すっごく素敵な人だったわよ。
 あぁいう人とお友達になれるなら、大抵の場合、最悪なことは避けられるんじゃないかしら」




                          ☆ ☆ ☆





 エイドからやや離れた町の宿屋の一室。

 ヴィルフリードに指定されたその場所に、リタルードはいた。

 窓から夕日が差し込んでいるが、リタルードはカーテンを引く気力もわかず、ぼんやりと椅子に座っていた。

 覚悟が決まったら、とヴィルフリードのメモには書かれていた。
 ヴィルフリードのような、自分で自分を律することのできる人間にとっては、なんら違和感のない言葉なのかもしれない。

 しかし、決める覚悟など、初めから自分にはないのだ。
 
 何かを決めたり、誰かとつながったり。あるいは、食事をしたり呼吸をしたりすることすら、リタルードは本当はとても恐ろしいのだ。

 今回だって、いつもだったら、ヴィルフリードに会おうとすることもなかっただろう。

 しかし、今回だけは、この自分の中の得体のしれない恐怖に向き合わなければならないのだと、リタルードは決めていた。

 それになによりも…。


(ヴィルさんに謝らないと、ね)



 自分のような人間と関わらせてしまって、ごめんなさい。

 息子か弟か何かのように気にかけてくれたのに、何もできなくて、ごめんなさい。

 傷つけてしまって、ごめんなさい。


  
 覚悟という言葉にはとても足りないが、それだけを決めて、リタルードはヴィルフリードの到着を待っていた。



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2010/01/30 01:56 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ

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