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2024/11/15 16:51 |
ヴィル&リタ-11 笛の音も聞こえない/リタ(夏琉)
/ヴィルフリード(フンヅワーラーPC:ヴィルフリード、リタルード
場所:エイド(ヴァルカン地方)
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 さて、どうしようか。

 ギルドの窓口では、冒険者とみえる若い男が女性と軽口をたたきながらやり取りを
している。
 自分に応対していたときに貼り付けていた笑顔よりよっぽどいきいきとした彼女の
表情に、リタルードはなんとなく傷つく。

 自分の荷物を抱えて、ピンクの靴を履いたつま先を見つめる。
 明るい色のフレアスカートやつやつやした靴は、マリの若いころのものなのだと
言っていた。
 箪笥の匂いがうつって、やわらかい木の香りがする。

 ヴィルフリードに頼まれた用はすでに終えていた。
 冒険者の習慣なのか、彼の荷物はある程度整っていたので、まとめるのは楽だっ
た。
 マリの店を出て、ギルドにつくまで何事もなかった。騒ぎを目にすることもなかっ
た。

 それにしてもどうしようか。

 リタルードは上着のポケットから、何度となく見返した紙を取り出した。
 二つ折りにされた固めの紙に、殴り書きで文章が書いてある。

『覚悟が決まっているなら見ろ』

 急いで書いたのだろう。もともとあまり整っているとは思えない大振りの字がよけ
いに乱れている。と言っても読めない程度ではない。

 ヴィルフリードだ。

 マリの店にいるときに滑り込ませたのだろう。
 女物の服に着替えたときにはなかったら、別れ際に肩を叩いたときか。
 作戦通り女性客に紛れて『甘味処』を出て、宿屋に到着してから気づいた。

 中には、以前泊まったことのある宿だけが書かれていた。方角も街の名前も書いて
いない。逐一道順を覚えているわけでもないし、たどり着けないとは思わなかったの
か。それとも、それならそれでいいと考えたのか。

 深く考えてのことではないだろうが、だからこそタチが悪い。

 本当に全く、血は呪い、情は鎖だ。

“あんたのそういうとこって結局は、マザー・コンプレックスなんじゃない”

 長い黒髪の30絡みの女にそう言われたのは、どれくらい前のことか。

 お世辞にも綺麗なひとではなかった。
 弱すぎる顔の皮膚はガザガザに乾いていて、とくに目の周りと口元が酷かった。長
くて細い指は、形はいいのに爪を噛む癖のせいで常に荒れていた。
 なにより、目の下に刻まれた深く色の濃い隈が彼女を一回りもふた回りも年嵩に見
せていた。

 何を出し抜けに、と言い返すと、彼女は心底楽しそうに肩を揺らした。

“だって今、金髪の女が見えたもの。上等な絹糸にとろとろに溶けた金を浸したみた
いな色の髪の手も足も頭も背も小さいすごく若い女よ。それってアンタの母親で
しょ”

 自分のような普段のガードの固い人間のほうが、本人も自覚できないような脳に刷
り込まれた記憶が見えやすいらしい。
 ふとした拍子に何かが見えたとき、彼女は低い声でねっとりと報告してくれるの
だ。
 
 人の心の、一番やわらかい防御しようのない部分。その人がその人であることの根
幹を成している領域。そこを彼女は、言葉で確実に侵略し、傷つける。
 
 だって、どうして、と反論を重ねても無駄なのだ。
 このときだって、母親の顔なんか覚えていないだとか、それがどう関係あるのだと
か、いろいろと言い募ったが、言葉を重ねれば重ねるほど、彼女は爛々と目を輝かせ
るのだ。

 そのとき彼女が触れてきたのは、腕だったのか肩だったのか、それとも首だったの
か。
 手をかけて近づくと、耳元でかわいそうにと囁いた。

“だって、そんなふうに消えちゃったんだものね”

 何を言われているのかさっぱりわからないにも関わらず、痛みをともなって自分の
心の一部が潰れるのを感じ、その痛みこそが彼女の言葉が紛れもない真実だという証
明だとわかった。

 教養のない人だったから、彼女の使う言葉は不正確でアンバランスだった。 職業
柄、知識人とも話すこともあるから難しい言葉を聞いたことがあっても、その意味を
知らずに使うことが多かったのだ。
 自分の見たものを適切に伝えることも苦手としていたから、客に見えたものを伝え
るときは、彼女の妹が伝わりやすい言葉に言い換えて話す役をしていた。

 いくら薬を塗っても粉をふいている黒ずんだ口元とか、いっそ切ってしまったほう
が見苦しくないだろう荒れた髪だとか、身体のバランスの割りに長すぎる足の指だと
か。
 ひとつひとつの形や触れたときの感触なんかをしっかりと思い出すことができる。


 いくら遮断しようとしても頭の中に侵入してくるビジョンに蝕まれながらも、目だ
けを光らせ骨ばった両腕を抱きしめて毎日を生き抜いている彼女を、確かに愛おしい
と思っていたこともあったのだ。

 彼女には、思い煩うことなく楽しく生きるために必要な資質がごっそりと欠けてい
た。自分だってある程度は彼女に近い人種なのかもしれない。
 でなければ、惹かれることはなかっただろう。

 にしても、どうしようか。

 選択肢を突きつけられて選べばいいだけなのに、それができないということは、如
何に自分の持っているものが少ないかを思い知らされる。

 ギルドのエイド支店は、ヴァルカンが近いためか待機している冒険者の入れ替わり
が早い。その反面、職にあぶれた人間がたむろしてもいるので、今のリタルードのよ
うにぼんやり座り込んでいる人間も何人かいる。

 理性的な程度のざわめきや流れ者の重みの抜けた生活臭は、よるべない空虚さを抱
えた人間には心地がいいものだ。

 さわさわと纏わりつくこの程度の生ぬるい温度の空気くらい、なにか合図があれば
振り切れるのに。

 横切る鮮やかな色彩か。鮮烈な花の香りか。鈴の音か。高く澄み切った笛の音もい
いかもしれない。

 何のきっかけもなければ、夕暮れまではここでぼんやりしていよう。
 とりあえずそれだけ決めて、リタルードは荷物を抱え直した。

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2007/02/11 23:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ

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