PC:ジルヴァ
NPC:男が一人と女が一人
場所:シカラグァ連合王国シカラグァ直轄領
----------------------------------
----来い魔物。俺が世界をみせてやる。
あのとき彼が手を差し伸べていなかったらだなんて仮定は、あまりにも愚かしい。
だって私はいつだって飢えてしたし怯えていたし、その上ほんのすこしの熱をなによ
りも欲していたのだから。
「いい加減それくらい譲れっつーんだよこの色ボケジジイ!」
「いーやーだーね。何しろシカラグァ直轄領名店湖水亭の月餅だからな。
そう簡単に引いたりしたら中に入ってるこってり濃厚なのにちっともしつこくなく
口の中でとろりとほどけるクルミ餡に面目がたたねぇじゃねぇか」
場所はシカラグァ連合王国シカラグァ直轄領。
その宿屋の一室で、メンチを切り合う二人の男女がいた。
方や、女はとにかく黒い。
ローブといえば聞こえがいいが、ただ実験室にあるような暗幕を戯れに子どもが頭か
ら被っているだけのようにも見える。フードを目深に被っているおかげで頭部の露出
は口元のみ、裾は明らかに引きずってあまりあるほどの長さであるし、形も体にあっ
ていないから纏っている人間の輪郭すらはっきりしない。わずかに露出した手の甲や
顎のあたりの肌は濃い褐色で、その弛んで皺のよった肌やキィキィ軋る声からその人
物が非常に小柄な老婆だとかろうじて推測できる。
方や、男はとにかく色男。
短い赤毛には白いものが混ざっているし目じりに寄るものもあるが、骨のつくりがま
ずしっかりしている。赤ひげが、やけに自信を湛えた唇の上に蓄えられている。衰え
を感じさせるよく日に焼けた肌すら、人生の年輪を感じさせる魅力とする空気がこの
男にはあった。
二人が間に挟んでいるのは、簡素な三つ足のテーブルの上に置かれたよく磨かれた木
の浅い鉢。
その鉢の中には、扁平な丸い饅頭が一つ。茶色い皮をしていて、表面には花の形をし
た紋が押されている。
つまりは、最後の一個。
「死ね好色」
「黙れ黒っ子」
ぴくりと指先を動かしたのはどちらが先だったか。
二人の腕がほぼ同時に跳ね上がると次の瞬間お互いの頬をつねりあげていた。
「はなへ~~!!」
「うっへーほっちこほ!!」
ギリギリと力をこめながらも罵り合うことはやめない。
どんな力でつねっているのか、女のほうはほとんど表情を伺うことはできないが男は
目にほんのり涙すら浮かんでいる。
間に獲物を挟んでいるため下手に暴れることもできず二人が膠着状態に陥ったとき、
第三の人物が動いた。
これもまた、黒い女。
むき出しの腕は染み一つない闇の色。編んで背中に垂らされた髪も二重の奥の瞳も、
非の打ち所のない烏玉色。若いが幼くはない。しまった肢体とちいさな頭をしてい
る。
酷く濃い闇の気配を宿しながらも、陽の光の弱い日の影のようにひっそりと隅のほう
にいた女は、音一つ立てずしかしすばやく移動すると鉢の中に手を伸ばし渦中の菓子
を掻っ攫った。
「なにしやがるだいナーナ=ニーニ!!」
態勢を立て直して布の女が食って掛かるころには、ナーナ=ニーニは掴んだ菓子を無
表情に口の中に押し込んでいた。咀嚼のためにわずかに動く唇には、白く色が引いて
ある。
「いやぁ、食われちまったなぁジルヴァ」
目に浮かんだものを拭って、赤くなった頬で男は快活に笑った。
そもそも、ジルヴァと呼んだ布の女に付き合って遊んでいただけなのだ。
「笑うじゃないよ!」
ジルヴァは男の腹を打とうとするが、速さも威力もなくあっさり手のひらで受け止め
られる。
「あっはっは、お前ほんっとうに可愛いよな!」
「ほざくなこの若作り!」
二人がじたばたと馴れ合う一方で、口の中に詰め込んだ月餅をナーナ=ニーニは飲み
下す。
そして深く息を吐き浅く吸うと、腰をひねってまっすぐに拳を床に打ち込んだ。
ゴォ。
その気配に二人がぴたりと止まると、ナーナ=ニーニの拳を中心に板張りの床にすり
鉢上の凹みが生じていた。
南の国の美人は笑顔で言い放つ。
「煩イ、黙レ」
背もたれのない丸椅子がひとつ、くぼみの端に足をとられてゆっくりと倒れた。
「……ッ!
あたしの近くで魔法使うんじゃないよ!」
ジルヴァが痛みでも感じたように両肩を抱いて後ずさる。
だが、ナーナ=ニーニはジルヴァのほうを見ずに鼻を鳴らしただけだ。
ジルヴァはナーナ=ニーニを睨めつけていたが、戸口の近くに立てかけてあった木の
杖を取ると言った。杖の先には小さな鈴でできた房飾りがついていて、動かしたとき
に軽やかな耳障りのいい音がする。
「空気がピリピリするから出かけてくる」
「おー、明日の朝までには帰ってこいよ」
男が呑気に言うと、ジルヴァの手が身近な台の上に飾られていた空の花瓶に伸びかけ
る。が、さすがに自粛して、出て行くときに激しくドアを蹴りつけるに留めておい
た。
「派手にやったなぁ…俺の財布すなわち俺らの財政に中々のダメージだぞコレ。
見つかる前に逃げるのが懸命かぁ?」
布ずれと鈴の音が遠ざかってから、男は床の損傷の側にしゃがみこむ。
床の傷はさほど深くはないが、敷物をする習慣のほとんどないシカラグァではごまか
しようがない。
「お前なぁ…今のは駄目だろ。さすがに。
なぁにがそんなに気に入らなかったんだ? ん?」
下からナーナ=ニーニの顔を覗き込んで、男は言う。
「あいつちゃんと手加減してたじゃねぇか。
ジルが本気出したら、今頃俺のわき腹抉れてるぞ」
「違ッ…」
「じゃあなんだよ」
沈黙するナーナ=ニーニを男がにやにやと見上げているのは、彼女が自分の気持ちを
適切に表現するほどの語彙を持たないことを、よく知っているからだ。
進退窮まったナーナ=ニーニの手か足かが出る前に、男は彼女の腕を掴むと自分のほ
うに引き寄せた。
「もうちっとだから我慢してくれよナーナ」
近づいた頭に腕を伸ばして、首筋にわずかに触れる。
「言っといただろう? 海にでるときは、俺たちだけだって」
口の端に笑みを浮かべたままゆるゆると指を這わせて、一言ずつ男は言った。
「あいつは、ここで、置いていく」
NPC:男が一人と女が一人
場所:シカラグァ連合王国シカラグァ直轄領
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----来い魔物。俺が世界をみせてやる。
あのとき彼が手を差し伸べていなかったらだなんて仮定は、あまりにも愚かしい。
だって私はいつだって飢えてしたし怯えていたし、その上ほんのすこしの熱をなによ
りも欲していたのだから。
「いい加減それくらい譲れっつーんだよこの色ボケジジイ!」
「いーやーだーね。何しろシカラグァ直轄領名店湖水亭の月餅だからな。
そう簡単に引いたりしたら中に入ってるこってり濃厚なのにちっともしつこくなく
口の中でとろりとほどけるクルミ餡に面目がたたねぇじゃねぇか」
場所はシカラグァ連合王国シカラグァ直轄領。
その宿屋の一室で、メンチを切り合う二人の男女がいた。
方や、女はとにかく黒い。
ローブといえば聞こえがいいが、ただ実験室にあるような暗幕を戯れに子どもが頭か
ら被っているだけのようにも見える。フードを目深に被っているおかげで頭部の露出
は口元のみ、裾は明らかに引きずってあまりあるほどの長さであるし、形も体にあっ
ていないから纏っている人間の輪郭すらはっきりしない。わずかに露出した手の甲や
顎のあたりの肌は濃い褐色で、その弛んで皺のよった肌やキィキィ軋る声からその人
物が非常に小柄な老婆だとかろうじて推測できる。
方や、男はとにかく色男。
短い赤毛には白いものが混ざっているし目じりに寄るものもあるが、骨のつくりがま
ずしっかりしている。赤ひげが、やけに自信を湛えた唇の上に蓄えられている。衰え
を感じさせるよく日に焼けた肌すら、人生の年輪を感じさせる魅力とする空気がこの
男にはあった。
二人が間に挟んでいるのは、簡素な三つ足のテーブルの上に置かれたよく磨かれた木
の浅い鉢。
その鉢の中には、扁平な丸い饅頭が一つ。茶色い皮をしていて、表面には花の形をし
た紋が押されている。
つまりは、最後の一個。
「死ね好色」
「黙れ黒っ子」
ぴくりと指先を動かしたのはどちらが先だったか。
二人の腕がほぼ同時に跳ね上がると次の瞬間お互いの頬をつねりあげていた。
「はなへ~~!!」
「うっへーほっちこほ!!」
ギリギリと力をこめながらも罵り合うことはやめない。
どんな力でつねっているのか、女のほうはほとんど表情を伺うことはできないが男は
目にほんのり涙すら浮かんでいる。
間に獲物を挟んでいるため下手に暴れることもできず二人が膠着状態に陥ったとき、
第三の人物が動いた。
これもまた、黒い女。
むき出しの腕は染み一つない闇の色。編んで背中に垂らされた髪も二重の奥の瞳も、
非の打ち所のない烏玉色。若いが幼くはない。しまった肢体とちいさな頭をしてい
る。
酷く濃い闇の気配を宿しながらも、陽の光の弱い日の影のようにひっそりと隅のほう
にいた女は、音一つ立てずしかしすばやく移動すると鉢の中に手を伸ばし渦中の菓子
を掻っ攫った。
「なにしやがるだいナーナ=ニーニ!!」
態勢を立て直して布の女が食って掛かるころには、ナーナ=ニーニは掴んだ菓子を無
表情に口の中に押し込んでいた。咀嚼のためにわずかに動く唇には、白く色が引いて
ある。
「いやぁ、食われちまったなぁジルヴァ」
目に浮かんだものを拭って、赤くなった頬で男は快活に笑った。
そもそも、ジルヴァと呼んだ布の女に付き合って遊んでいただけなのだ。
「笑うじゃないよ!」
ジルヴァは男の腹を打とうとするが、速さも威力もなくあっさり手のひらで受け止め
られる。
「あっはっは、お前ほんっとうに可愛いよな!」
「ほざくなこの若作り!」
二人がじたばたと馴れ合う一方で、口の中に詰め込んだ月餅をナーナ=ニーニは飲み
下す。
そして深く息を吐き浅く吸うと、腰をひねってまっすぐに拳を床に打ち込んだ。
ゴォ。
その気配に二人がぴたりと止まると、ナーナ=ニーニの拳を中心に板張りの床にすり
鉢上の凹みが生じていた。
南の国の美人は笑顔で言い放つ。
「煩イ、黙レ」
背もたれのない丸椅子がひとつ、くぼみの端に足をとられてゆっくりと倒れた。
「……ッ!
あたしの近くで魔法使うんじゃないよ!」
ジルヴァが痛みでも感じたように両肩を抱いて後ずさる。
だが、ナーナ=ニーニはジルヴァのほうを見ずに鼻を鳴らしただけだ。
ジルヴァはナーナ=ニーニを睨めつけていたが、戸口の近くに立てかけてあった木の
杖を取ると言った。杖の先には小さな鈴でできた房飾りがついていて、動かしたとき
に軽やかな耳障りのいい音がする。
「空気がピリピリするから出かけてくる」
「おー、明日の朝までには帰ってこいよ」
男が呑気に言うと、ジルヴァの手が身近な台の上に飾られていた空の花瓶に伸びかけ
る。が、さすがに自粛して、出て行くときに激しくドアを蹴りつけるに留めておい
た。
「派手にやったなぁ…俺の財布すなわち俺らの財政に中々のダメージだぞコレ。
見つかる前に逃げるのが懸命かぁ?」
布ずれと鈴の音が遠ざかってから、男は床の損傷の側にしゃがみこむ。
床の傷はさほど深くはないが、敷物をする習慣のほとんどないシカラグァではごまか
しようがない。
「お前なぁ…今のは駄目だろ。さすがに。
なぁにがそんなに気に入らなかったんだ? ん?」
下からナーナ=ニーニの顔を覗き込んで、男は言う。
「あいつちゃんと手加減してたじゃねぇか。
ジルが本気出したら、今頃俺のわき腹抉れてるぞ」
「違ッ…」
「じゃあなんだよ」
沈黙するナーナ=ニーニを男がにやにやと見上げているのは、彼女が自分の気持ちを
適切に表現するほどの語彙を持たないことを、よく知っているからだ。
進退窮まったナーナ=ニーニの手か足かが出る前に、男は彼女の腕を掴むと自分のほ
うに引き寄せた。
「もうちっとだから我慢してくれよナーナ」
近づいた頭に腕を伸ばして、首筋にわずかに触れる。
「言っといただろう? 海にでるときは、俺たちだけだって」
口の端に笑みを浮かべたままゆるゆると指を這わせて、一言ずつ男は言った。
「あいつは、ここで、置いていく」
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