PC:リタルード
NPC:マリ(『甘味処』のおかみ)、セリアナ(リタルードの親戚)
場所:エイド(ヴァルカン地方)
-------------------------------------------------
これまでのおさらいだょ。
*リタ子が女がらみでヴィルさんに迷惑かけてヴィルさんがいらっときてるけど、ヴィルさん大人だから、仲直りのチャンス(仲直りしたかったらちょっと離れた宿屋においでよん)をくれてるんだよ。
*最近、ヴァルカン地方では和菓子が超ブレイクしてるんだけど、今回は「甘味処」というそのままずばりのお店にいろいろ迷惑かけてるんだよ。
*セリアナっていうのはリタ子の親戚で、20代半ばの女性で、甘味所のおかみのマリさんの学生時代からの親友なんだよ。最初のほうにちょろっとでてるよ。
*ぶっちゃけそろそろ終わらせたいから、起こったであろうごたごたはほうってあるんだよ。
*さっき確認したら、わったんの前回の投稿って2年以上前なんだね! ごめんよ! WISCとかロールシャッハの勉強とかしてて忙しかったんだよ私! またお茶買ってくるから許して!
というわけで、どうぞどうぞ。
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”さぁ、終わりのはじまりをはじめよう”
数日前は、リタルードやヴィルフリード、ハンナやミィ爺がいて緊張感の漂っていた甘味処も、閉店時間を迎えることには、日々の営みを閉じるべく店員たちが忙しく動き回っていた。
いつもなら、マリも店の者たちに混ざって仕事をしている時間だったが、今日は先ほどから来客があり、奥のほうに引きこもっていた。
店の者たちも経営者の妻の普段の働きぶりと采配を知っているだけに、珍しい----しかしここ数日は例外的に頻繁な----”奥様のお客様”についてとやかくいう者もいなかった。
甘味処の奥の来客用の部屋で、予定してた仕事がキャンセルになっただとかで、顔を出したセリアナは、一連の話を聞いてしみじみと呟いた。
「あの子って結構、かわいそうな子だと思うのよね」
「どんなところからそう思うのかしら?」
マリは温くなってしまった湯飲みを手に尋ねる。
「例えば…あの子、自分の家族の話とか、故郷の話をあんまり…というか全然しないのよね」
「私もそういう話はリタちゃんから聞いてないけど…でも旅人さんならそういうことって珍しくないんじゃない?」
セリアナの話の前後がつかめずにマリは首を傾げる。
「んー、マリは会ってそんなに日が経ってないからそんなに違和感はないかもしれないけど…。でも私なんかざっと4から5年は知り合ってから経ってるのよ。
これが学生のときだったら、最終学年でしょ。あんまり友達がいない子だとしても、それだけ付き合いがあって、一度もそういう話をしないって変じゃない?」
セリアナとマリは、数年前まで同じ学校に在籍して、そこで友達になった仲だ。
学生時代に行動をともにすることが多かっただけに、セリアナの「あまり友達がいない子」という言葉から、すぐに何人かの人物が思い浮かぶ。
「あー、うん。そうかも。確かに。同じ専攻で、あんまり話をしたことがない人だって、どこが出身とか、そういうことは知っているものよね。
何年か顔を合わせて入れば、どこから来たとか、出身地はどことか、兄弟は何人だとか、そういう話は絶対でてくるし。というか、ちゃんと聞いてみた上の話よね?」
「そりゃあね。でも、話を振ってみても、あの調子でするっとかわしちゃうから…。あ、話したくないんだなって感じたらこっちもつっつきにくいじゃない。
あの子の父親の話とかなら、共通の知人だし普通に話すんだけどね。
それ以外の、母親がどういう人とか、どんな人に育てられたとか、産まれたところは暑いところだったかとか寒いところだったかとか、自分から全く話たがらないのよ。
ぷらぷら生活してる人間は何人か知ってるけど、ここまで相手を煙に巻いて自分の根っこを出そうとしない人間ってかなりレアだと思うわ」
「そういうふうに言われると確かに思い当たる節はあるわねぇ」
マリは、知り合ってからのリタルードの様子を思い返して、言う。
一連のごたごたからだけでなく、その前の様子から、リタルードには他者から一線も二線も引くところがあった。
人を寄せ付けないわけではない。明るい表情や気の利いた言い回しをして人の印象に強く残る人物だし、リタルード自身も積極的に話しかけるほうだから、甘味処の店の者の記憶にも強く残っているだろう。
しかし、自分自身のこと―例えば、どこから来て、どこに行こうとしているのか、とか―については、マリ自身が聞いてみても、のらりくらりとかわされてしまっていた。
「セーラってリタちゃんのこと、すごくしっかり見てるのねぇ」
「ええ、だって気持ち悪いんだもん。あの子」
セリアナの言い回しに、マリは思わず苦笑する。
「すごくきっぱりハッキリ言うのね」
「だって、あの子ってきゃらきゃら楽しく騒いでるくせに、ふわふわしててよくわからなくって。女装させたって言ってたけど、ものすごく似合ってたでしょ?」
「うん。どこからどうみても女の子だったわ」
ヴィルフリードに言われて用意した衣装を身につけたリタルードを思い返して、マリは頷く。
「そういうのもおかしいのよ。四捨五入して二十歳になろうかって男が、いっつも変な恰好してて、それが妙に似合っちゃうのよ」
「世の中には女の子の恰好をするのが好きな人も、もっと特殊な性癖の人も、いろんな恰好をすることで生計をたててる人もいると思うけど」
やんわりとマリは反論を述べるが、セリアナはきっぱりと言った。
「でもあの子はそのどれでもないじゃない」
セリアナは出された焼き菓子―カフールなどの東の地方で食べられるくすんだ色の麺のもとになる粉で作った菓子だとマリが彼女に説明した―をかじる。
「性癖なのかなって思ってた時期もあるんだけど、そういう感じでもないのよね。
そういう奇抜なことをしないと、本当にどっか飛んで行っちゃんじゃないかって、あの子自身も思っているような…そういう感じがするの。
10代って誰でもそういう不安ってあるとは思うんだけど、それがものすごく極端に出てるっていうか。
なんていうか…自分を保つ方法を根本的なところから教えて貰ってない感じがするのよ」
「自分を保つ方法?」
マリがオウム返しに言うと、セリアナは軽くうなずく。
「うん、うまく言えないんだけど、自分が何者であるか、みたいなとこが。服装にしたって、ジェンダーが曖昧だし。
対人関係の持ち方もすごく脆いんだもの。誰かと知り合いになるのは得意なんだけど、その関係を保つのがひどく下手くそなのよ」
「私はリタちゃんって明るくて元気な子って印象よ。確かにちょっと距離は置きたがるけど、そんなに脆い子かしら?」
「うん、はじめはそんな感じなんだけどね。ある程度仲良くなってくると、いきなり連絡を絶ったり、これまでのことがぶち壊しになるようなことをしたりする
のよ」
「あぁ…それが今回みたいな感じなのね」
マリは、自分が見聞きした状況とミィ爺からある程度の話を聞いただけなので、正直何が起こっていたかよくわからなかったが、今回の出来事の源にリタルードのなんらかのマナー違反―それも人と人とが付き合っていく部分でとても重要な部分の―が働いていたことには気づいていたので、セリアナの言葉にうなずいた。
「あの子はそれをここ数年、いろんな人といろんな形で繰り返してるのよ」
「あら、まぁ。それは…本人も周りもしんどそうねぇ」
「なんとなくだけど、そういう、友達の作り方とか、関係の保ち方とかを人生のはじめの十何年くらいのときに、しっかり学んでないような気がするのよね、あの子って。
私もそういうのが専門なわけじゃないからあんまりしっかりしたことは言えないんだけどさ。
人間って、例えばすごく小さいときは養育者と、もう少し大きくなったときは近くにいる年の近い人間と、人と接する練習をしていくものだと思うのよね。
なんとなくだけど、あの子はその辺がすっぽり抜けちゃってる感じがするの」
「それは、例えば、あんまり環境がよくない施設で育ったとか、不親切な親戚をタライ回しにされていたとか、そういう話になってくるのかしら」
「うーん…、そういう感じでもないんだけどね。その辺がよくわからないのよねぇ。
あの子の父親がそういう状態で放置しとくとは思えないし、あとあんまり経済的に困ってきたって雰囲気もないでしょ、あの子。
でも、なんか、そういう話と共通する要素はあるんじゃないかしら」
「んーと、それがさっきの『かわいそう』ってとこに繋がるのかしら?」
「そう。だってそういうのってたぶん、あまり本人の責任じゃない部分でしょ?
リタは、自分でもどうしようもない部分で自分でも困ってる感じがするのよね。かといって、自分でどうにかするものなんだろうけど」
「うーん…」
マリは少し考えていたが、セリアナの目をみてにこっと笑った。
「セーラはリタちゃんのことが心配で、リタちゃんを大切に思ってるのね」
「え、まあ。一応いとこだし、しかも年下の人間だしね」
セリアナは少し口ごもる。マリはだからこそきっぱりと言った。
「じゃあきっとリタちゃんは大丈夫よ」
マリはにこにこして続ける。
「セーラって好きじゃなかったり関心を持てない人間については、たとえ同級生でも犬か豚かくらいにしか思わない人間でしょ。
そのセーラにそれだけ頭を使わせるほど心配かけるってなかなかできないことだと思うわ」
「当たってるから反論できないけど、なんか私に一方的に失礼じゃない?」
「当たってるならしかたないじゃない。まぁ、そんなふうに誰かに、しかも身内に、心配に思ってもらえる子が、悪いほうに転ぶわけないわよ」
「身内って言うほど身内じゃないんだけどね。少なくとも、あの子は私のこと、ちょっと親しい他人くらいにしか思ってないと思うわ」
セリアナは少し自嘲気味に笑う。その様子は、昼間のリタルードの弱った様子にも少し似ていた。
それでも、マリは伝えたいことを優先させて、「あのね」と言葉を続ける。
「私がリタちゃんに持ってるイメージって、たしかにふわふわしててよくわからないとこはあるけど、明るくて楽しくて、出されたお菓子はちゃんと食べて感想もしっかり言う本人なりに律儀な子って感じよ。
私は、一応モノを売る仕事、しかもおいしいものを人に食べてもらう仕事をしてますからね。
リタちゃんのそういうところって、表面的なものなんかじゃなく、彼自身と彼のまわりの人たちによって育まれた、リタちゃんの本質的な部分だと思うわよ。
私はリタちゃんとは付き合いが浅いからなんとも言えないけど、リタちゃんなら、セーラがそんなにとやかく心配しなくったって、私たちの年ごろにはそれなりになんとかなるものじゃないかしら?」
「うーん…。そりゃあ、そうだといいと思うけど」
友人の言葉1つで納得に至る悩みでもないようで、セリアナの表情は晴れない。
マリは、さらに付け加えた。
「それに、セーラは会ってないけど、リタちゃんがいっしょにいたおじさまも、すっごく素敵な人だったわよ。
あぁいう人とお友達になれるなら、大抵の場合、最悪なことは避けられるんじゃないかしら」
☆ ☆ ☆
エイドからやや離れた町の宿屋の一室。
ヴィルフリードに指定されたその場所に、リタルードはいた。
窓から夕日が差し込んでいるが、リタルードはカーテンを引く気力もわかず、ぼんやりと椅子に座っていた。
覚悟が決まったら、とヴィルフリードのメモには書かれていた。
ヴィルフリードのような、自分で自分を律することのできる人間にとっては、なんら違和感のない言葉なのかもしれない。
しかし、決める覚悟など、初めから自分にはないのだ。
何かを決めたり、誰かとつながったり。あるいは、食事をしたり呼吸をしたりすることすら、リタルードは本当はとても恐ろしいのだ。
今回だって、いつもだったら、ヴィルフリードに会おうとすることもなかっただろう。
しかし、今回だけは、この自分の中の得体のしれない恐怖に向き合わなければならないのだと、リタルードは決めていた。
それになによりも…。
(ヴィルさんに謝らないと、ね)
自分のような人間と関わらせてしまって、ごめんなさい。
息子か弟か何かのように気にかけてくれたのに、何もできなくて、ごめんなさい。
傷つけてしまって、ごめんなさい。
覚悟という言葉にはとても足りないが、それだけを決めて、リタルードはヴィルフリードの到着を待っていた。
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NPC:マリ(『甘味処』のおかみ)、セリアナ(リタルードの親戚)
場所:エイド(ヴァルカン地方)
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これまでのおさらいだょ。
*リタ子が女がらみでヴィルさんに迷惑かけてヴィルさんがいらっときてるけど、ヴィルさん大人だから、仲直りのチャンス(仲直りしたかったらちょっと離れた宿屋においでよん)をくれてるんだよ。
*最近、ヴァルカン地方では和菓子が超ブレイクしてるんだけど、今回は「甘味処」というそのままずばりのお店にいろいろ迷惑かけてるんだよ。
*セリアナっていうのはリタ子の親戚で、20代半ばの女性で、甘味所のおかみのマリさんの学生時代からの親友なんだよ。最初のほうにちょろっとでてるよ。
*ぶっちゃけそろそろ終わらせたいから、起こったであろうごたごたはほうってあるんだよ。
*さっき確認したら、わったんの前回の投稿って2年以上前なんだね! ごめんよ! WISCとかロールシャッハの勉強とかしてて忙しかったんだよ私! またお茶買ってくるから許して!
というわけで、どうぞどうぞ。
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”さぁ、終わりのはじまりをはじめよう”
数日前は、リタルードやヴィルフリード、ハンナやミィ爺がいて緊張感の漂っていた甘味処も、閉店時間を迎えることには、日々の営みを閉じるべく店員たちが忙しく動き回っていた。
いつもなら、マリも店の者たちに混ざって仕事をしている時間だったが、今日は先ほどから来客があり、奥のほうに引きこもっていた。
店の者たちも経営者の妻の普段の働きぶりと采配を知っているだけに、珍しい----しかしここ数日は例外的に頻繁な----”奥様のお客様”についてとやかくいう者もいなかった。
甘味処の奥の来客用の部屋で、予定してた仕事がキャンセルになっただとかで、顔を出したセリアナは、一連の話を聞いてしみじみと呟いた。
「あの子って結構、かわいそうな子だと思うのよね」
「どんなところからそう思うのかしら?」
マリは温くなってしまった湯飲みを手に尋ねる。
「例えば…あの子、自分の家族の話とか、故郷の話をあんまり…というか全然しないのよね」
「私もそういう話はリタちゃんから聞いてないけど…でも旅人さんならそういうことって珍しくないんじゃない?」
セリアナの話の前後がつかめずにマリは首を傾げる。
「んー、マリは会ってそんなに日が経ってないからそんなに違和感はないかもしれないけど…。でも私なんかざっと4から5年は知り合ってから経ってるのよ。
これが学生のときだったら、最終学年でしょ。あんまり友達がいない子だとしても、それだけ付き合いがあって、一度もそういう話をしないって変じゃない?」
セリアナとマリは、数年前まで同じ学校に在籍して、そこで友達になった仲だ。
学生時代に行動をともにすることが多かっただけに、セリアナの「あまり友達がいない子」という言葉から、すぐに何人かの人物が思い浮かぶ。
「あー、うん。そうかも。確かに。同じ専攻で、あんまり話をしたことがない人だって、どこが出身とか、そういうことは知っているものよね。
何年か顔を合わせて入れば、どこから来たとか、出身地はどことか、兄弟は何人だとか、そういう話は絶対でてくるし。というか、ちゃんと聞いてみた上の話よね?」
「そりゃあね。でも、話を振ってみても、あの調子でするっとかわしちゃうから…。あ、話したくないんだなって感じたらこっちもつっつきにくいじゃない。
あの子の父親の話とかなら、共通の知人だし普通に話すんだけどね。
それ以外の、母親がどういう人とか、どんな人に育てられたとか、産まれたところは暑いところだったかとか寒いところだったかとか、自分から全く話たがらないのよ。
ぷらぷら生活してる人間は何人か知ってるけど、ここまで相手を煙に巻いて自分の根っこを出そうとしない人間ってかなりレアだと思うわ」
「そういうふうに言われると確かに思い当たる節はあるわねぇ」
マリは、知り合ってからのリタルードの様子を思い返して、言う。
一連のごたごたからだけでなく、その前の様子から、リタルードには他者から一線も二線も引くところがあった。
人を寄せ付けないわけではない。明るい表情や気の利いた言い回しをして人の印象に強く残る人物だし、リタルード自身も積極的に話しかけるほうだから、甘味処の店の者の記憶にも強く残っているだろう。
しかし、自分自身のこと―例えば、どこから来て、どこに行こうとしているのか、とか―については、マリ自身が聞いてみても、のらりくらりとかわされてしまっていた。
「セーラってリタちゃんのこと、すごくしっかり見てるのねぇ」
「ええ、だって気持ち悪いんだもん。あの子」
セリアナの言い回しに、マリは思わず苦笑する。
「すごくきっぱりハッキリ言うのね」
「だって、あの子ってきゃらきゃら楽しく騒いでるくせに、ふわふわしててよくわからなくって。女装させたって言ってたけど、ものすごく似合ってたでしょ?」
「うん。どこからどうみても女の子だったわ」
ヴィルフリードに言われて用意した衣装を身につけたリタルードを思い返して、マリは頷く。
「そういうのもおかしいのよ。四捨五入して二十歳になろうかって男が、いっつも変な恰好してて、それが妙に似合っちゃうのよ」
「世の中には女の子の恰好をするのが好きな人も、もっと特殊な性癖の人も、いろんな恰好をすることで生計をたててる人もいると思うけど」
やんわりとマリは反論を述べるが、セリアナはきっぱりと言った。
「でもあの子はそのどれでもないじゃない」
セリアナは出された焼き菓子―カフールなどの東の地方で食べられるくすんだ色の麺のもとになる粉で作った菓子だとマリが彼女に説明した―をかじる。
「性癖なのかなって思ってた時期もあるんだけど、そういう感じでもないのよね。
そういう奇抜なことをしないと、本当にどっか飛んで行っちゃんじゃないかって、あの子自身も思っているような…そういう感じがするの。
10代って誰でもそういう不安ってあるとは思うんだけど、それがものすごく極端に出てるっていうか。
なんていうか…自分を保つ方法を根本的なところから教えて貰ってない感じがするのよ」
「自分を保つ方法?」
マリがオウム返しに言うと、セリアナは軽くうなずく。
「うん、うまく言えないんだけど、自分が何者であるか、みたいなとこが。服装にしたって、ジェンダーが曖昧だし。
対人関係の持ち方もすごく脆いんだもの。誰かと知り合いになるのは得意なんだけど、その関係を保つのがひどく下手くそなのよ」
「私はリタちゃんって明るくて元気な子って印象よ。確かにちょっと距離は置きたがるけど、そんなに脆い子かしら?」
「うん、はじめはそんな感じなんだけどね。ある程度仲良くなってくると、いきなり連絡を絶ったり、これまでのことがぶち壊しになるようなことをしたりする
のよ」
「あぁ…それが今回みたいな感じなのね」
マリは、自分が見聞きした状況とミィ爺からある程度の話を聞いただけなので、正直何が起こっていたかよくわからなかったが、今回の出来事の源にリタルードのなんらかのマナー違反―それも人と人とが付き合っていく部分でとても重要な部分の―が働いていたことには気づいていたので、セリアナの言葉にうなずいた。
「あの子はそれをここ数年、いろんな人といろんな形で繰り返してるのよ」
「あら、まぁ。それは…本人も周りもしんどそうねぇ」
「なんとなくだけど、そういう、友達の作り方とか、関係の保ち方とかを人生のはじめの十何年くらいのときに、しっかり学んでないような気がするのよね、あの子って。
私もそういうのが専門なわけじゃないからあんまりしっかりしたことは言えないんだけどさ。
人間って、例えばすごく小さいときは養育者と、もう少し大きくなったときは近くにいる年の近い人間と、人と接する練習をしていくものだと思うのよね。
なんとなくだけど、あの子はその辺がすっぽり抜けちゃってる感じがするの」
「それは、例えば、あんまり環境がよくない施設で育ったとか、不親切な親戚をタライ回しにされていたとか、そういう話になってくるのかしら」
「うーん…、そういう感じでもないんだけどね。その辺がよくわからないのよねぇ。
あの子の父親がそういう状態で放置しとくとは思えないし、あとあんまり経済的に困ってきたって雰囲気もないでしょ、あの子。
でも、なんか、そういう話と共通する要素はあるんじゃないかしら」
「んーと、それがさっきの『かわいそう』ってとこに繋がるのかしら?」
「そう。だってそういうのってたぶん、あまり本人の責任じゃない部分でしょ?
リタは、自分でもどうしようもない部分で自分でも困ってる感じがするのよね。かといって、自分でどうにかするものなんだろうけど」
「うーん…」
マリは少し考えていたが、セリアナの目をみてにこっと笑った。
「セーラはリタちゃんのことが心配で、リタちゃんを大切に思ってるのね」
「え、まあ。一応いとこだし、しかも年下の人間だしね」
セリアナは少し口ごもる。マリはだからこそきっぱりと言った。
「じゃあきっとリタちゃんは大丈夫よ」
マリはにこにこして続ける。
「セーラって好きじゃなかったり関心を持てない人間については、たとえ同級生でも犬か豚かくらいにしか思わない人間でしょ。
そのセーラにそれだけ頭を使わせるほど心配かけるってなかなかできないことだと思うわ」
「当たってるから反論できないけど、なんか私に一方的に失礼じゃない?」
「当たってるならしかたないじゃない。まぁ、そんなふうに誰かに、しかも身内に、心配に思ってもらえる子が、悪いほうに転ぶわけないわよ」
「身内って言うほど身内じゃないんだけどね。少なくとも、あの子は私のこと、ちょっと親しい他人くらいにしか思ってないと思うわ」
セリアナは少し自嘲気味に笑う。その様子は、昼間のリタルードの弱った様子にも少し似ていた。
それでも、マリは伝えたいことを優先させて、「あのね」と言葉を続ける。
「私がリタちゃんに持ってるイメージって、たしかにふわふわしててよくわからないとこはあるけど、明るくて楽しくて、出されたお菓子はちゃんと食べて感想もしっかり言う本人なりに律儀な子って感じよ。
私は、一応モノを売る仕事、しかもおいしいものを人に食べてもらう仕事をしてますからね。
リタちゃんのそういうところって、表面的なものなんかじゃなく、彼自身と彼のまわりの人たちによって育まれた、リタちゃんの本質的な部分だと思うわよ。
私はリタちゃんとは付き合いが浅いからなんとも言えないけど、リタちゃんなら、セーラがそんなにとやかく心配しなくったって、私たちの年ごろにはそれなりになんとかなるものじゃないかしら?」
「うーん…。そりゃあ、そうだといいと思うけど」
友人の言葉1つで納得に至る悩みでもないようで、セリアナの表情は晴れない。
マリは、さらに付け加えた。
「それに、セーラは会ってないけど、リタちゃんがいっしょにいたおじさまも、すっごく素敵な人だったわよ。
あぁいう人とお友達になれるなら、大抵の場合、最悪なことは避けられるんじゃないかしら」
☆ ☆ ☆
エイドからやや離れた町の宿屋の一室。
ヴィルフリードに指定されたその場所に、リタルードはいた。
窓から夕日が差し込んでいるが、リタルードはカーテンを引く気力もわかず、ぼんやりと椅子に座っていた。
覚悟が決まったら、とヴィルフリードのメモには書かれていた。
ヴィルフリードのような、自分で自分を律することのできる人間にとっては、なんら違和感のない言葉なのかもしれない。
しかし、決める覚悟など、初めから自分にはないのだ。
何かを決めたり、誰かとつながったり。あるいは、食事をしたり呼吸をしたりすることすら、リタルードは本当はとても恐ろしいのだ。
今回だって、いつもだったら、ヴィルフリードに会おうとすることもなかっただろう。
しかし、今回だけは、この自分の中の得体のしれない恐怖に向き合わなければならないのだと、リタルードは決めていた。
それになによりも…。
(ヴィルさんに謝らないと、ね)
自分のような人間と関わらせてしまって、ごめんなさい。
息子か弟か何かのように気にかけてくれたのに、何もできなくて、ごめんなさい。
傷つけてしまって、ごめんなさい。
覚悟という言葉にはとても足りないが、それだけを決めて、リタルードはヴィルフリードの到着を待っていた。
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