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PC:カイ クレイ
NPC:ルキア
場所:王都イスカーナ
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「らちがあかん」
へたをするとクレイの全財産よりも、高そうなテーブルにひじをつくと疲れたようにため息を吐いた。
ここはクレイとカイに公爵家に用意された一室で、二人は特殊任務の扱いで公務のパトロール以外はここですごす日が続いていた。
今日も定時の朝の巡回を終え、クレアの勉強が終わるまでの時間を過ごしているところであった。
「そもそも俺たちが公爵家にいても、いまさら警備のたしにもならんだろうしなー」
ギルベルトとの会見でクレアの不安を取り除いてめでたしめでたしのつもりが、気がつけば頭の先までずっぽりつかってたわけだ。
部屋を用意したのも、本気で二人の力を頼ったわけもなく、へたをすると裏事情に近づいたものを身近においておく、いわば監視の目的が強いのかもしれない。
「たしかに、ここしばらくなにもない、が……」
こちらのカイも普通の渡り者には、不釣合いをとおりこして恐れ多そうな豪奢すぎるカップを口に運びながら、考える顔をする。
こうして並べてみるとクレイよりもカイのほうが上品な風格を感じさせりするので、遠慮のないクレアなんかには、「どっちがほんとの貴族なんだか」と笑われたりするのだった。
「神殿といってもでかい組織だ。祭司長は政治闘争に忙しそうだし、クレアの事が神殿の総力を挙げてといった事ではないとおもう」
「つまり過去に手に入れそこなったお宝に、未練を残している奴を見つける必要があるわけか」
「そう、それ。カイみたいな渡りの傭兵にはわかりにくいかとおもったけど、そういうこと」
今回の件では神殿という組織が敵としてあがっている。
しかし組織全てを相手にするのと、組織の一部を相手にするのとでは、全然別の意味を持つ。
「だが公爵も馬鹿正直にクレアのことを公表するはずもあるまい」
カイがいうようにクレアの秘密を表ざたにするのは、自殺行為も同然となれば……。
「ほかに餌がいるってことね」
「ルキア!」
クレイは驚きのあまり一瞬顔を引きつらせる。
声にではなく、それまで全然気配をつかめなかった事に、だ。
「あら~? そちらはあまりびっくりしてくれないのね」
カイのほうはというと、何事もなかったかのようにカップをおくところだった。
もっとも気配をつかめてなかったとしても、それを表情に出すようなまねはしないのだろうが。
ルキアは悪びれもせずに笑顔を浮かべたままテーブルにつく。
「盗み聞きは……」
「ね、そういうことでしょ?」
そして抗議の声を上げようとしたクレイをさえぎり、強引に話を続けた。
さすがに何を言っても無駄と悟ったクレイはため息まじりに答える。
「いつから聞いてたか知らんが其のとおりだ。漠然と受けに回っていているのも限界があるし。なによりあんたらはそれでもいいだろうが、おれたちはいつまでもここにいるわけにもいかんだろーが」
「あれ? うちのお姫様はお気に召さない?」
「あのなぁ、そういう話じゃないっての!」
これまた最近のパターンである光景だったため、頼りになる相棒のはずのカイは――お茶請けの魚の乾物をたのしんでいた。
「ふふ、まあいいわ。とにかく餌があればいいってことはわかったから」
ルキアが微笑み……というより、にんまりと笑みを浮かべて嬉しそうにいった。
その顔を見てクレイは嫌な予感に顔をしかめる。
それはなにかのきっかけ、それもまた厄介ごとのきっかけとなる一押しをしてしまったかのような不安感。
そしてそれが正しかった事を、すぐ次の日には知る事になる。
翌日、日課どおり詰め所に巡回予定の確認をしにふたりがでかけると、いつになくあわただしい雰囲気だった。
予定表を確認するのはカイにまかせて、クレイは手近を早足で過ぎる同僚を捕まえて聞いてみた。
「おいおいしらねえのか? 出たんだよ」
「??」
「十年ぶりに琥珀のカラスの予告が出たんだって!」
「なんだって!」
思わず叫んだクレイと、もどってきたカイは顔を見合わせる。
もちろんの視線の意味するところは「しらねぇぞ」である。
「あのつかまらないまま引退したって言われてた怪盗が、再び戻ってきたんだ。おかげで朝から緊急シフトの準備とかで大変さ。おれも担当に加えてもらおうと、志願届けだしにいくところさ」
クレイは興奮気味に話す同僚の顔をボーっとみながら、意識が遠のくのをかんじていた。
カラスと、ウルザ・ルキアの関係ははっきりときいたわけでなかったが、なぜこうなったのかは明白だった。
(ルキアのやつ! ちゃんと公爵は承知してんだろうな!)
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PC:カイ クレイ
NPC:デュラン・レクストン
場所:王都イスカーナ
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「あのつかまらないまま引退したって言われてた怪盗が、再び戻ってきたんだ。おかげで朝から緊急シフトの準備とかで大変さ。おれも担当に加えてもらおうと、志願届けだしにいくところさ」
そう興奮気味に話す同僚の前で、眩暈がしそうなクレイの肩にカイが手を置いた。
「場所は?」
「ああ、ソレが妙なんだよ」
一拍おいて、意味深に小声で続ける。
「隠居した神官の家なんだ……おっと、じゃーな!おれ行くわ」
早く志願届けを出しに行きたくてウズウズしている彼は、それだけ言うと振り返りもせず駆け出していく。後にはクレイとカイだけが残された。
「……どういうことだよ」
「……コッチが聞きたいな」
知らず知らずの内に溜め息が漏れるクレイ。
「……で、勤務シフトはどうなってた、いつもの特殊勤務か?」
「いや」
驚きで顔を上げるクレイに返ってきたのは、意外な返事だった。
「デュラン・レクストン邸警備だ。恐らくは……予告が届いた家だろう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
急いで到着したソコは、こういっては失礼だが廃屋だった。
屋根は半分落ち、壁は剥がれ、庭の手入れもされていない。玄関にはツタが絡みつき、扉は人一人通れるやっとの透き間を空けて固定されている。
「こんな所に本当に人が住んでいるのか?」
先に到着したらしい同僚がぼやいているのが聞こえた。
屋敷を取り囲む人の数は約30、そのうち半分が神職に就いているモノらしい。
警備を巡って、責任者同士が口論になっていた。
「カラスの予告状が出ている以上、この件は神殿側に任しておくわけにはいかない」
「一度神職に就いた者は私たちの保護下にあります」
「街の治安が関わっているのだ、そう簡単に引くわけにはいかん」
「帰りなさい、神を侮るおつもりか」
「神職を辞した以上、我々は彼を一般市民として考えている」
しかし主人の姿は見えない。
「……主人はどこだ?」
「どちらも睨み合って、まだ邸内には足を踏み入れていないようだな」
「でも、これだけ騒いでりゃ、出てくるよな普通」
「ココに済むくらいだ、普通の老人ではないのだろう」
そうかもしれない。
クレイはもう一度屋敷(と呼べる代物だろうか?)を仰ぎ見た。すると。
「……窓ガラスの向こうで、陰が動いたぞ」
「ああ、気付いたか」
どうも他の人間は派閥争いに目がいって、気付いた者はいないようだった。
「……計ったようなタイミングだな」
カイがぽつりともらす。クレイも同感だった。
「さりげなく近づいてみよう」
カイにも異論はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おい、警備の仕事は名指しなのか?」
破れたガラスを背に、クレイは声を掛けてみた。
「やっときたかね色男」
しわがれた男の声。おそらく彼がデュラン・レクストン本人だろう。
「何で出てこない」
「用があるのはあんたらだけじゃ」
「この状態じゃ俺たちも入れないけどな」
「そんなことはない」
老人はくっくっとくぐもった笑いを漏らす。
「こんな家に人が住むと思うかね?答えは否じゃ」
「……」
「この家はダミーじゃからな。二件隣の空き家の井戸から入れ」
「……一応聞いてもイイかな」
面倒なことになりそうだ。クレイは頭ををわしゃわしゃと掻いた。
「まだダメじゃ。地下にある書斎で待っとるよ」
「いこう、ココに長くいると怪しまれる」
カイに声を掛けられたときには、老人の気配は消えていた。
「行くしかないのか……」
ちょっとうんざり気味に、クレイはその場を離れた。
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PC:カイ クレイ
NPC:デュラン・レクストン
場所:王都イスカーナ
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古びた井戸の底には水が湧き出す代わりに、胡散臭げに続く横穴が掘られていた。
人一人で背いっぱいの横穴を、心もち頭を小さくしながら潜り抜けていくと、程なく樫の木作りの無骨な扉に出迎えられる。
重厚なきしみ音とともに開かれた其の先は、室内灯のオレンジ色に染められたレンガ造りの小部屋であった。
「ようこそ、対カラスの総本陣へ」
部屋のほぼ中央に立っていた老人はそういうと、不敵な笑みを
うかべて歓迎した。
「……クレイ、この国の年寄りって……」
「……」
なにかいいかけたカイはクレイの顔を見て言葉を飲み込む。
そしてかわりに軽く肩をたたく。
まるで激励してるかのようだった。
「……って、おい!」
さすがにこらえきれないらしく、クレイは老人――デュランを怒
鳴りつけた。
「ひょーほっほっほっ。」
何が嬉しいのかデュランの笑い声がこだまし、それがクレイを余計に腹立たせたのだが、こんどはぐっとこらえる。
(カイのほうは冷静に二人を見ていたりする。)
「まあまあ落ち着いて茶でもどうだね」
「結構だ。それより早く詳しい話が聞きたい」
「せっかちじゃのー」
デュランはふたりをテーブルのほうへ誘い、自分も正面に腰をかける。
「もともと書斎じゃから、いささかくつろぐには窮屈かもしれんが、ま、堪忍してくれ」
いわれたとおり、周りを見渡すと壁沿いには本棚が並び、それ以外にも本や書類が乱雑に詰まれている。
そんななか、無理やりスペースを作ってテーブルをおいたりしたらしく、どうにも部屋の中では浮いた感じになっていた。
正面のデュランは小柄で老人らしく白髪としわだらけの顔をしていた。
しかし、その目はまだ炯炯と光をたたえ、まだまだ元気なという言葉がふさわしいぐらいだった。
「くつろぐつもりはないから、詳しい事を聞こうか」
「つれないのー。……では、これをみてもらうか」
デュランが出してきたのは一枚の黒いカードだった。
手のひらで隠せるぐらいのカードで、ただ真っ黒に塗られている
だけのシンプルなものだった。
「これはカラスが盗みに入る家にとどけられた予告カードじゃな。そして、このカードが届いた次の満月の夜にカラスは宝を奪うのじゃ」
普通に考えれば暗い新月の夜を選びそうだが、そこをあえて満月の夜に盗んでいくところが、カラスをただのこそ泥から一種の英雄に称えられるゆえんでもあった。
あえて予告とも取れる印――カードを送りつけて警戒させた上で、最も明るい夜に挑み、誰一人傷つける事もなく、ついには一度も縄にかかったことがない、琥珀のカラスがいまなお人の記憶に残るのは当然ともいえることだった。
「そこらへんはいいんだけど、何で俺たちがご指名されてんだ?」
「それはハーネス公の推薦があったからじゃよ。」
「公爵が?」
クレイとカイはおもわず顔を見合わせる。
「そうじゃ。お前さんらは和解から知らんじゃろうが、公はかつて治安を担っておられた事もあって、カラスとも何度も遣り合っておられる。
カラスこそ捕まえられなかったとはいえ、実に優秀な指揮ぶりで、手柄も幾度となく立てておられる方じゃよ」
クレもカイもなんとなくピンと来るものがあった。
「なるほどな、カラスを捕らえる側を指揮していたのがあの方だったとはな」
カイの言いたい事を理解したクレイもにがい顔つきになる。
「そうじゃ。そのような方が推薦してくださるのじゃから、期待しておるというわけじゃ」
カラス捕縛というよりも、おそらくはドタバタを……。
(でも、騒動を楽しんでるって事は、元神官っつてもあれとは関係なしか)
クレイもはじめから当て馬とおもっていたので、さしてがっかりしたわけではなかったが、面倒ごとの予感は確信に変わっていた。
「やはり引っかかるのを待つ必要があるようだな」
デュランに聞こえない程度につぶやいたカイに、クレイはかすかに頷き返した。
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PC:カイ クレイ
NPC:デュラン・レクストン
場所:王都イスカーナ
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「あー、とりあえず予告にある琥珀を見せてもらえるかな」
ドタバタをお望みだとしても、仕事をしないわけにはいかない。クレイは老人に声をかけた。
「ひょーっほっほっほ、場所はお前さんらにもヒ・ミ・ツ・じゃ!」
老人は高らかに笑う。クレイは脳天に叩き込んでやろうかと拳を震わせ、頭の中でゆっくり10数えてから口を開いた。老人に付き合ってたら思うつぼだ。こちらが大人にならなければ。
「仕事にならないんだ、頼むよ」
「……ちぇ」
「……ちぇ、だとぉ?」
おっと、いけないいけない。こんなことで感情的になってしまったら相手のペースで物事が進む。
「遊びで来てるんじゃないんだ、ソレはあんたの方がわかってるだろ」
何とか声のトーンを落として語りかける。目の前の老人の方は顔を目一杯膨らませて、子供のように上目遣いでクレイを見上げた。
「ちょっとしたお茶目さんじゃないか……」
「迷惑」
間髪入れずにカイが呟く。
「さすがは公爵のお墨付きじゃ。一筋縄じゃイカンのう」
うんうんと大げさに頷いて、老人は本の山を弄りだす。
「ちょっとまっとれよ」
まさかこの本の山に琥珀が埋もれているのか。考えただけで頭が痛くなって、二人は顔を見合わせた。それから小一時間ほど、狭い書斎の中で待たされることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「で?」
「みつからん」
うんざりした顔で問いかけるクレイに、老人はけろっと答えた。
「あーのーねー」
頭をわしゃわしゃするクレイの隣でカイが何かにふと目を留める。視線の先には老人が漁っていたのとは別の本の山。革表紙の本に隠れるように、小さな木箱らしきモノが見えたのだ。
「老人、コレを見てもイイか?」
「ぬぁ?コレとはドレじゃ」
自分で崩した本の山から這い出してくる老人。狭い室内がますます狭くなった気がする。
「その本の下の、ああ、その小箱だ」
カイのいうとおりに積んだ本の下敷きになっていた木箱を掘り出す老人の手が、止まった。
「コレは琥珀と一緒に頂いた箱じゃ」
懐かしそうに蓋をさする。
「見るかね」
差し出された小箱の蓋には鳥を象った紋章が刻まれており、その鳥には何故か足が三本。嘴には小粒の琥珀をくわえていた。
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PC:カイ クレイ
NPC:カシュー ルキア ウルザ
場所:王都イスカーナ
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「じゃ、そういうことだから」
固くそしてはげしい決意を秘めているはずなのに、ルキアはそれを感じさせない様子で話を終えた。
「……ひとりでやるのか?」
ルキアの話し相手は壮年の男だった。
見た目は初老といったとこなのだが、その鍛えられ引き締まった体から受ける印象は、老いを感じさせないものだった。
「あら? 大丈夫よナイトが二人もついているしね。それに私の力を一番知ってるのはカシューのはずよ」
「ちげねぇ」
カシューは思わず苦笑するしかなかった。
戦う力を、カラスに翼を与えたのは間違いなく自分自身だった。
いまさら心配してみたところで、何の免罪符になりうるというのか。
軽口をたたきながら席を立ったルキアは、出口へ向かいながら不意に振り向いて思い出したように付け足した。
「それから、あのガキちゃんとしつけといてよね! 危うく通報されるとこだったんだからね」
そういいきると返事も聞かずに部屋を出て行った。
当然のようにカシューを疑っていない辺りが可愛いところでは在るのだが、なかなか互いに素直とはいかないようである。
「だとさ、柄にもなくだいぶ血が上ってそうだぜ?」
苦笑の余韻を引きずったまま、頬をかきながら声に出してふりかえる
と、隠れていたもう一人が姿を現した。
気配をたち隣部屋に潜んでいたのは、ルキアと同じ顔を持つウルザで
あった。
「まあ、おまえはクレアにって気遣いかもしれんが……」
「あら、そちらはきっと大丈夫でしょう?」
同じ顔ながら普段はあれほど印象が違うウルザが、このときはまるでさっきのルキアのようにあでやかに微笑む。
普段の付き人としてのウルザが透明なイメージに対し、今のウルザは命の輝きに満ちているようともも言えた。
「おいおい、そりゃまた、まさかと思うが……」
言外に込められた意味を悟り、カシューが抗議する様に何か言おうとする。
まさかこんな年寄りをこき使う気か、と言いたかったのだがウルザが機先を先してさえぎった。
「対でそろってこそ、カラスの翼は夜をかける翼になるのですよ」
にっこりと笑ったその笑顔のまえではさしものカシューも白旗を振る
しかなかった。
「まあしゃーめえか。お目えらの大事な嬢ちゃんは任せときな。若……いや閣下の娘でもあるから、言われんでも守ってやるよ」