PC:エンジュ、シエル、レイン
NPC:ユークリッド、オーガス、魔王、聖霊
場所:夢の島ナイティア
--------------------------------------------------------------------------------
舞い終わると、祭壇が光に包まれた。儀式は無事に成功したみたいで、肩に止まっていた白い鳥が羽根の飾りに戻って行く。
私は軽く一息つくと、目に痛くない優しい光の中黒いカモノハシの姿を探した。
見つけた魔王は、また最初のように抱っこするのに手ごろなサイズに戻っていた。ちっちゃい手を頭の横に当ててぶるぶると震えている所を見ると、この光にはカモノハシを弱らせるような効果があるのかもしれない。
全力で可愛い可愛いアイツの元へ駆け寄る。途中で行く手を遮るように河があったけど、新しく水が湧き出す事はなくなったみたいで川幅が狭くなっていたからなんなく飛び越える事ができた。一歩近づく毎に一回ゼリー状にまで固まりかけていた私の理性が溶け、それに留まらず蒸発して耳から外へと抜けていく。ああもう、何も考えられない……!!
「ちょっ、レイン?」
後一歩で抱きしめられる、というときにエンジュさんの声が耳に入った気がした。でもエンジュさんは祭壇の外にいたハズだし声が聞こえるわけがないよねっていう事でそのまま私はカモノハシのところにまっすぐ一直線にダイビング!
相変わらずのまるでぬいぐるみのような抱き心地と上等な布のような手触りがほんっとうに最高。いいなぁコレ欲しいなぁとかネジの外れた頭で考えながら私はギュっと腕に力を込めた。
「レイン、そのまま動かないで!」
横の方から掛かったユークリッドさんの声に振り向くと、片膝を立てて両手で何かを持っているのが見えた。あれは……シエルさんの?
ソレが何かを思い出す前に、ユークリッドさんの指が人差し指を引き絞るのが見えた。パァンと乾いた音が辺りに響き渡る。そうだ、あれは確か銃だ。火薬の力で弾を飛ばす道具。でも、普通ならそこから飛び出すはずの弾が出てきた様子がない。おかしいなって思考の隅っこでそんな事を考えていると、突然抱きしめているカモノハシの側頭部で何かが弾けた。
パァン、パァンとさらに音が重なったところで私は半分正気にかえり、カモノハシを守る為に符を取り出そうとした。でも、そんなの間に合うわけがない。そう、確かシエルさんの銃は篭められた風を打ち出す銃だった。その弾速はそもそもが反応できない速度の火薬銃のそれを上回っている。
そして、何かする間もなくパン、パンという衝撃がカモノハシの体を通して私の腕に伝わった。
思わず怒りそうになって、復活した理性の残り半分が慌てて急ブレーキを掛ける。どんなに可愛くてもこの魔王は儀式を邪魔しに来た敵なんだ。この島の人の生活を考えると、やっぱりここで倒しておかないといけない。
諦めきれないでもう一度力を込めると、もぞりと動く感覚があった。慌てて視線を落すと、可愛いカモノハシが弾を受けた側頭の部分を手で押さえているのが目に入った。
『愚かな、この程度の攻撃でこの魔王を倒そうなどと……アイタタタ、まったく、寸分違わず同じところにブチこみよって……あー、腫れてるし……』
生きていたのを喜ぶ気持ちとトドメを刺さなきゃっていう気持ちの両方が私の中でせめぎあって動けない。
エンジュさんは銀の短剣を持って、立ち尽くしていた。
全身ずぶぬれの変態は段々水がなくなってきた元河のあったところから起き上がって、苦しそうにごほごほ言っている。
そして、ユークリッドさんは遠くから撃ってもダメなら近くでって事なんだと思う。こっちに向かって駆け寄って来ていた。
カチリ、と撃鉄を上げる音が聞こえた。さらに二歩踏み込んで、ピタリと狙いを定める。思わず私は目を閉じた。やっぱりこんな可愛いのを殺しちゃうなんてイヤ……!!
だけど、いつまでたってもさっきのような衝撃が伝わってくる事はなかった。パァンという乾いた音も聞こえない。おそるおそる目を開いてみると、左右に分けて垂らした金髪を持ち、人を食ったような表情を浮かべ、そしてシャツにズボンというラフな格好をした人が立っていた。それは、昔家の近所に住んでいたお兄さんの姿。
「まぁ、待とうや。そう無闇に殺すこともないだろう?」
ああ、違うや、見掛けも声も同じだけど、口調が微妙に違う。そう、この人は――
「聖霊様!」
私の言葉に周りの皆が驚いた。無理もないと思う。聖霊様がこんなノリのカルい普通のおにいさんだと誰が思うだろう。
「本当にこのチャラいのが聖霊様……?」
信じられない、という表情。
もし立場が逆だったら私がああいう表情をしてたんだろうなぁ。
「俺の姿は巫女のお嬢ちゃんが見た夢を媒介にしてるからな。まぁ、気にすんな」
エンジュさんの呟きに聖霊様が答える。なるほど、だから私の知ってるお兄さんの姿で出てきたんだ。
「貴方が聖霊様なのはいいとして、魔王を殺すなっていうのはどういう事ですか」
次に口を開いたのはユークリッドさん。よく見ると聖霊様はユークリッドさんが持ってる銃の弾が入っている部分を掴んでいた。ああすると撃てなくなるのかな?
「ああ、さっき儀式が終了した時この辺りを光が包んだだろ?あの時に、ついでに魔王を無力化しておいたんだ。今じゃコイツは何の力も残っていない、ただのカモノハシってわけさ」
こともなげに聖霊様は言い切った。その内容に慌てたのか腕の中でカモノハシがばたばたと手を動かしたりしはじめた。
『くっ。なんという事だ……』
しばらくするとがっくりという感じで体の力が抜ける。なんとなく可哀想で頭を撫でてあげた。それにしても、さっきから声の聞こえ方が違う気がする。耳からじゃなくて、直接頭の中に響いてくるような。
「ついでに、力の八割くらいをなくしたから今じゃもう喋る事すらできねぇ。な、わざわざ殺すこともないだろ?」
◆◇★☆†◇◆☆★
結果として、カモノハシ魔王は殺される事を免れた。というか、私が引き取る事を条件に強引にやめさせた。だってこんなに可愛いのに殺しちゃうなんて可哀想だもの。
聖霊様は雨を降らせなかった。降らせないで、もっと強引に恒久的に水源の水が減らないようにしてしまった。魔王の魔力を奪ったからできた、らしいんだけど本当かなぁ。
とにかく、これでもう島を水不足が悩ます事はなくなったみたい。それで、今夜は急遽お祭りが開かれる事になった。私やエンジュさん、シエルさん、ユークリッドさんの外来組はお客様扱いで今は宿屋でくつろぎ中。
そういえば、意外だったのは聖霊様。なんでも"今回の体は精霊の眷属だから巫女がいなくても存在し続けられる"らしくて、人間として生活を送ってみるって言っていた。今夜のお祭りにも参加するみたいで、今はやっぱり別室で休憩してるみたい。
晴れてうちのコになったカモノハシ(名前どうしようかなぁ)をなでなでしていると、外かドーン!っていう音や明るい音楽の音色が聞こえ始めた。
コンコン、とドアをノックする音。お祭りが始まったんだなと私はウキウキしながら部屋の外に飛び出した。
NPC:ユークリッド、オーガス、魔王、聖霊
場所:夢の島ナイティア
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舞い終わると、祭壇が光に包まれた。儀式は無事に成功したみたいで、肩に止まっていた白い鳥が羽根の飾りに戻って行く。
私は軽く一息つくと、目に痛くない優しい光の中黒いカモノハシの姿を探した。
見つけた魔王は、また最初のように抱っこするのに手ごろなサイズに戻っていた。ちっちゃい手を頭の横に当ててぶるぶると震えている所を見ると、この光にはカモノハシを弱らせるような効果があるのかもしれない。
全力で可愛い可愛いアイツの元へ駆け寄る。途中で行く手を遮るように河があったけど、新しく水が湧き出す事はなくなったみたいで川幅が狭くなっていたからなんなく飛び越える事ができた。一歩近づく毎に一回ゼリー状にまで固まりかけていた私の理性が溶け、それに留まらず蒸発して耳から外へと抜けていく。ああもう、何も考えられない……!!
「ちょっ、レイン?」
後一歩で抱きしめられる、というときにエンジュさんの声が耳に入った気がした。でもエンジュさんは祭壇の外にいたハズだし声が聞こえるわけがないよねっていう事でそのまま私はカモノハシのところにまっすぐ一直線にダイビング!
相変わらずのまるでぬいぐるみのような抱き心地と上等な布のような手触りがほんっとうに最高。いいなぁコレ欲しいなぁとかネジの外れた頭で考えながら私はギュっと腕に力を込めた。
「レイン、そのまま動かないで!」
横の方から掛かったユークリッドさんの声に振り向くと、片膝を立てて両手で何かを持っているのが見えた。あれは……シエルさんの?
ソレが何かを思い出す前に、ユークリッドさんの指が人差し指を引き絞るのが見えた。パァンと乾いた音が辺りに響き渡る。そうだ、あれは確か銃だ。火薬の力で弾を飛ばす道具。でも、普通ならそこから飛び出すはずの弾が出てきた様子がない。おかしいなって思考の隅っこでそんな事を考えていると、突然抱きしめているカモノハシの側頭部で何かが弾けた。
パァン、パァンとさらに音が重なったところで私は半分正気にかえり、カモノハシを守る為に符を取り出そうとした。でも、そんなの間に合うわけがない。そう、確かシエルさんの銃は篭められた風を打ち出す銃だった。その弾速はそもそもが反応できない速度の火薬銃のそれを上回っている。
そして、何かする間もなくパン、パンという衝撃がカモノハシの体を通して私の腕に伝わった。
思わず怒りそうになって、復活した理性の残り半分が慌てて急ブレーキを掛ける。どんなに可愛くてもこの魔王は儀式を邪魔しに来た敵なんだ。この島の人の生活を考えると、やっぱりここで倒しておかないといけない。
諦めきれないでもう一度力を込めると、もぞりと動く感覚があった。慌てて視線を落すと、可愛いカモノハシが弾を受けた側頭の部分を手で押さえているのが目に入った。
『愚かな、この程度の攻撃でこの魔王を倒そうなどと……アイタタタ、まったく、寸分違わず同じところにブチこみよって……あー、腫れてるし……』
生きていたのを喜ぶ気持ちとトドメを刺さなきゃっていう気持ちの両方が私の中でせめぎあって動けない。
エンジュさんは銀の短剣を持って、立ち尽くしていた。
全身ずぶぬれの変態は段々水がなくなってきた元河のあったところから起き上がって、苦しそうにごほごほ言っている。
そして、ユークリッドさんは遠くから撃ってもダメなら近くでって事なんだと思う。こっちに向かって駆け寄って来ていた。
カチリ、と撃鉄を上げる音が聞こえた。さらに二歩踏み込んで、ピタリと狙いを定める。思わず私は目を閉じた。やっぱりこんな可愛いのを殺しちゃうなんてイヤ……!!
だけど、いつまでたってもさっきのような衝撃が伝わってくる事はなかった。パァンという乾いた音も聞こえない。おそるおそる目を開いてみると、左右に分けて垂らした金髪を持ち、人を食ったような表情を浮かべ、そしてシャツにズボンというラフな格好をした人が立っていた。それは、昔家の近所に住んでいたお兄さんの姿。
「まぁ、待とうや。そう無闇に殺すこともないだろう?」
ああ、違うや、見掛けも声も同じだけど、口調が微妙に違う。そう、この人は――
「聖霊様!」
私の言葉に周りの皆が驚いた。無理もないと思う。聖霊様がこんなノリのカルい普通のおにいさんだと誰が思うだろう。
「本当にこのチャラいのが聖霊様……?」
信じられない、という表情。
もし立場が逆だったら私がああいう表情をしてたんだろうなぁ。
「俺の姿は巫女のお嬢ちゃんが見た夢を媒介にしてるからな。まぁ、気にすんな」
エンジュさんの呟きに聖霊様が答える。なるほど、だから私の知ってるお兄さんの姿で出てきたんだ。
「貴方が聖霊様なのはいいとして、魔王を殺すなっていうのはどういう事ですか」
次に口を開いたのはユークリッドさん。よく見ると聖霊様はユークリッドさんが持ってる銃の弾が入っている部分を掴んでいた。ああすると撃てなくなるのかな?
「ああ、さっき儀式が終了した時この辺りを光が包んだだろ?あの時に、ついでに魔王を無力化しておいたんだ。今じゃコイツは何の力も残っていない、ただのカモノハシってわけさ」
こともなげに聖霊様は言い切った。その内容に慌てたのか腕の中でカモノハシがばたばたと手を動かしたりしはじめた。
『くっ。なんという事だ……』
しばらくするとがっくりという感じで体の力が抜ける。なんとなく可哀想で頭を撫でてあげた。それにしても、さっきから声の聞こえ方が違う気がする。耳からじゃなくて、直接頭の中に響いてくるような。
「ついでに、力の八割くらいをなくしたから今じゃもう喋る事すらできねぇ。な、わざわざ殺すこともないだろ?」
◆◇★☆†◇◆☆★
結果として、カモノハシ魔王は殺される事を免れた。というか、私が引き取る事を条件に強引にやめさせた。だってこんなに可愛いのに殺しちゃうなんて可哀想だもの。
聖霊様は雨を降らせなかった。降らせないで、もっと強引に恒久的に水源の水が減らないようにしてしまった。魔王の魔力を奪ったからできた、らしいんだけど本当かなぁ。
とにかく、これでもう島を水不足が悩ます事はなくなったみたい。それで、今夜は急遽お祭りが開かれる事になった。私やエンジュさん、シエルさん、ユークリッドさんの外来組はお客様扱いで今は宿屋でくつろぎ中。
そういえば、意外だったのは聖霊様。なんでも"今回の体は精霊の眷属だから巫女がいなくても存在し続けられる"らしくて、人間として生活を送ってみるって言っていた。今夜のお祭りにも参加するみたいで、今はやっぱり別室で休憩してるみたい。
晴れてうちのコになったカモノハシ(名前どうしようかなぁ)をなでなでしていると、外かドーン!っていう音や明るい音楽の音色が聞こえ始めた。
コンコン、とドアをノックする音。お祭りが始まったんだなと私はウキウキしながら部屋の外に飛び出した。
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PC エンジュ シエル レイン
NPC オーガス ユークリッド
場所 島 船の上
======================================
数時間前まで儀式に使われていた広場はあっという間に祝宴の場に早変わりしていた。音楽やむことがなく、中央に据えられた炎に照らされ、多くの影が踊り続けていた。
「隣、いいかしら」
足下から聞こえた声にエンジュはからかう様に答えた。
「登ってこれるなら。どーぞ」
一番低い枝に腰掛けたエルフは一人分の場所をあけたが、両手に皿を持ったシエルは木の根元に腰を下ろした。
「お皿の料理、もらえる?」
「降りてくるなら、いいわよ」
渋々といった動作で木を降りるとシエルの横に座った。宴とはいえ、皿の上の料理は満足なものではなかった。長きに渡る乾期は島の作物に打撃を与えていた。交わす杯の酒も僅かになった果物を発酵させ、薄めた代物である。
「まぁ、これからね」
雨は、降った。あとは、彼ら次第である。
「それにしても、あのうん臭い聖霊・・・大丈夫なのかしら」
子供達に手をひかれたレインが広場の中央に担ぎ出されていく。そして、一段高くなった台の上で宴を見下ろす島長と聖霊の間に座った。美しい島女に酒をつがせていた聖霊はレインが隣の席に着くと少女の椅子の背に腕を預けながら熱心に話しかけはじめた。レインが膝に乗せたカモノハシは男をクチバシで必死に攻撃していた。
「本当にあのバカそっくりね・・・でも案外、ちゃんと島を守ってくれるかも」
他人への関心の薄いシエルにしては、実に穏やかな口調だった。おや、と不思議そうに彼女を見ると、懐かしそうな視線が聖霊に注がれていた。
「あの顔と態度がそっくりな人を知ってるの」
「どういう関係?」
「昔の相棒よ」
シエルは聖霊に向けたまなざしをそのままエンジュ移した。
「ふーん。・・・妬けるわね」
遠くない未来、同じ台詞を別の相手に向けて口にする時が来るのだろう。願わくば彼女との別れが美しいものでありたい。そう思いながら、エンジュは皿の上の木の実を手づかみで食べた。
*********
役目を終えた4人が島国での生活に飽き始めた頃―――儀式から3日目、大陸からの貿易船がやって来るとの知らせが届いた。慌てて身支度を済ませると一行は海岸に向かった。
途中で耕された畑に芽吹いた作物を目にする。今も、さらさらと優しい雨が島の上に降り注ぎ、島と人々に潤いを与えていた。
「これも巫女様のおかげです」
オーガスの言葉に、レインが照れたようにカモノハシに力を込めた。
夢と天使と聖霊の住まう島は、船に乗るとあっという間にその姿も小さくなっていった。
「行きは、一瞬。帰りは船で2日かぁ」
「・・・帰りも魔法で送ったてくれれば良かったのに、ホントにもう!」
感慨深いユークリッドの言葉に、力の抜けた蛸のようにぐったりしながら愚痴をこぼしたのはエンジュだった。完璧に船酔いだった。
「磯臭いのは当分凝りごりよ・・・。次はもっと緑の深い所にでも行きたいもんだわ」
その言葉にシエルとユークリッドは彼女が曲がりにもエルフだったと言うことを思い出した。
「レインはピアスで降りるんだったな」
「はい。宿屋に残した荷物が少しあって・・・たいしたものじゃないんですけど」
まだ残っているか不安はあったが、エンジュの名でとった宿である。謝礼を期待してギルド等に届けてある可能性もあった。
「今回はレインが島の運命を救ったのよ。自信をもっていいと思うわ」
「いいえ!」
レインはきっとした表情でシエルを見返す。
「確かに、夢見の巫女に選ばれたのは私です。でも、私一人じゃ心細くてとても無理だったと思うんです!それに、私は自分の腕を確かめる為に旅に出たのに、一度も符術を使うことができませんでした。旅に出る前の私は自分の力を過信していたんです」
だから、まだまだ修行です。そういって笑ったレインは、とても希望にみちていてエンジュはまるで自分の若いころを見ているようだった。
黒いツインテールを風になびかせて、ピアスの港町を見つめる少女の背中には、やはり自由へと羽ばたく白い翼が見えた―――
NPC オーガス ユークリッド
場所 島 船の上
======================================
数時間前まで儀式に使われていた広場はあっという間に祝宴の場に早変わりしていた。音楽やむことがなく、中央に据えられた炎に照らされ、多くの影が踊り続けていた。
「隣、いいかしら」
足下から聞こえた声にエンジュはからかう様に答えた。
「登ってこれるなら。どーぞ」
一番低い枝に腰掛けたエルフは一人分の場所をあけたが、両手に皿を持ったシエルは木の根元に腰を下ろした。
「お皿の料理、もらえる?」
「降りてくるなら、いいわよ」
渋々といった動作で木を降りるとシエルの横に座った。宴とはいえ、皿の上の料理は満足なものではなかった。長きに渡る乾期は島の作物に打撃を与えていた。交わす杯の酒も僅かになった果物を発酵させ、薄めた代物である。
「まぁ、これからね」
雨は、降った。あとは、彼ら次第である。
「それにしても、あのうん臭い聖霊・・・大丈夫なのかしら」
子供達に手をひかれたレインが広場の中央に担ぎ出されていく。そして、一段高くなった台の上で宴を見下ろす島長と聖霊の間に座った。美しい島女に酒をつがせていた聖霊はレインが隣の席に着くと少女の椅子の背に腕を預けながら熱心に話しかけはじめた。レインが膝に乗せたカモノハシは男をクチバシで必死に攻撃していた。
「本当にあのバカそっくりね・・・でも案外、ちゃんと島を守ってくれるかも」
他人への関心の薄いシエルにしては、実に穏やかな口調だった。おや、と不思議そうに彼女を見ると、懐かしそうな視線が聖霊に注がれていた。
「あの顔と態度がそっくりな人を知ってるの」
「どういう関係?」
「昔の相棒よ」
シエルは聖霊に向けたまなざしをそのままエンジュ移した。
「ふーん。・・・妬けるわね」
遠くない未来、同じ台詞を別の相手に向けて口にする時が来るのだろう。願わくば彼女との別れが美しいものでありたい。そう思いながら、エンジュは皿の上の木の実を手づかみで食べた。
*********
役目を終えた4人が島国での生活に飽き始めた頃―――儀式から3日目、大陸からの貿易船がやって来るとの知らせが届いた。慌てて身支度を済ませると一行は海岸に向かった。
途中で耕された畑に芽吹いた作物を目にする。今も、さらさらと優しい雨が島の上に降り注ぎ、島と人々に潤いを与えていた。
「これも巫女様のおかげです」
オーガスの言葉に、レインが照れたようにカモノハシに力を込めた。
夢と天使と聖霊の住まう島は、船に乗るとあっという間にその姿も小さくなっていった。
「行きは、一瞬。帰りは船で2日かぁ」
「・・・帰りも魔法で送ったてくれれば良かったのに、ホントにもう!」
感慨深いユークリッドの言葉に、力の抜けた蛸のようにぐったりしながら愚痴をこぼしたのはエンジュだった。完璧に船酔いだった。
「磯臭いのは当分凝りごりよ・・・。次はもっと緑の深い所にでも行きたいもんだわ」
その言葉にシエルとユークリッドは彼女が曲がりにもエルフだったと言うことを思い出した。
「レインはピアスで降りるんだったな」
「はい。宿屋に残した荷物が少しあって・・・たいしたものじゃないんですけど」
まだ残っているか不安はあったが、エンジュの名でとった宿である。謝礼を期待してギルド等に届けてある可能性もあった。
「今回はレインが島の運命を救ったのよ。自信をもっていいと思うわ」
「いいえ!」
レインはきっとした表情でシエルを見返す。
「確かに、夢見の巫女に選ばれたのは私です。でも、私一人じゃ心細くてとても無理だったと思うんです!それに、私は自分の腕を確かめる為に旅に出たのに、一度も符術を使うことができませんでした。旅に出る前の私は自分の力を過信していたんです」
だから、まだまだ修行です。そういって笑ったレインは、とても希望にみちていてエンジュはまるで自分の若いころを見ているようだった。
黒いツインテールを風になびかせて、ピアスの港町を見つめる少女の背中には、やはり自由へと羽ばたく白い翼が見えた―――
††††††††††††††††††††
PC メル
場所:聖ジョルジオ教会
NPC:ロビン 悪魔ベルスモンド
††††††††††††††††††††
「悪魔の復活」について記述された予言書は、古来より幾つも存在し、その
殆どがイムヌス教の使徒、ポートカリス(追跡者)たちによって抹消・隠匿さ
れてきた。
しかし、その事実は最悪の形を持って人々の前に姿を現すことになる―――
『聖ジョルジオ教会の悪夢』である。
聖ジョルジオ教会は、イムヌス教における聖戦後に建てられた由緒ある77
聖教会の一つである。天へと垂直に伸びる荘厳な教会の横には、乳白色の小さ
な建物――ブロッサム孤児院が寄り添うように立っている。この教会の守護聖
人ジョルジオは悲しい言い伝えを持つ英雄である。
今は昔、人間の存亡をかけた聖戦においてジョルジオは悪魔軍団長ベルスモ
ンドを討った。しかし、悪魔の魂はその肉体が滅びる前に逃げのび、ジョルジ
オの妻、ブロッサムの腹の胎児に宿った。それは他ならぬ悪魔の子。天使オベ
ルスにその事実を伝えられたブロッサムは胎児ともども自害することで悪魔を
葬り去る事を決意する。
凱旋後、妻の死と真実を知ったジョルジオは亡き妻と子への弔いとして、多
くの戦災孤児を集めブロッサム孤児院を建てる。彼の死後、ジョルジオとブロ
ッサムの遺体を聖遺物とし、孤児院の横に建てられたのがジョルジオを守護聖
人とする聖ジョルジオ教会であった。
ブロッサム孤児院は、多くの優秀な人材を神学校、ソフィニア魔術学院に輩
出し、彼らはブロッサム姓を名乗ることが許されていた。「聖ジョルジオとブ
ロッサムの子」であることは孤児たちの誇りであった。
―――その日は聖ジョルジオ教会の創立800周年。アメリア・メル・ブロ
ッサムはお手伝いの見習いシスターとして祝典に参加していた。由緒ある77
聖教会の一つとあり、各地の教会からの使者、信者が大勢教会に足を運んでい
た。おかげで清めの水の確保からキャンドルの補充、食事の用意とシスターた
ちにも休む暇は無い。
「メル。頼みたいことがあるんだけど、ちょっといいかな」
「なんですか?ロビン様」
身廊を早足で歩くメルを呼び止めたのは、まだ青年と呼ぶには若すぎる神学
生だった。淡いブロンドに全身に清らかなオーラを身に纏った少年は宗教画に
出てくるどの聖人よりも美しいとメルは思っていた。その神性も、聖ジョルジ
オの末裔で次代の聖ジョルジオ教会の主という身分を考えれば十分納得できよ
う。
ロビンの後ろで控える、赤い法衣を纏った人々は恐らくソールズベリー大聖
堂の使者たちだ。おもわず緊張の面持ちで答えるメルにロビンは手に持ってい
た一枚の書を渡す。
「ソールズベリー大聖堂から頂いた貴重な聖句だ。副祭壇の上に奉っておいて
ほしい」
「はい!分かりました」
明るく答えるメルに、ロビンは身を折ると小さく耳打ちする。それは随分と
不可解な頼み事だった。
「それと、式中はずっと内陣の側に居るんだ。けして祭壇から目を離してはい
けないよ」
「……?」
「さぁ、おいきなさい」
有無を言わさぬ口調だった。ロビンは使者をつれて遠ざかっていく。その方
向から見るに孤児院のほうだった。一人残されたメルは命令に従うしかなかっ
た。見習いシスターでしか無いメルが式に参加する事などできるはずが無い。
首を傾げながらも、メルは扉をあけた。
最初に耳にしたのは、聖歌にまぎれて聞こえた羽音だった。
「天使だ―――」
その光景をみた誰かがそう呟いた。祭壇に立つ司祭の後ろに広がる大きな
羽。バラ窓から降り注ぐ光を集めて、「天使」は人々の前に姿をあらわした。
「違う!!」
呟きの後に辺りを支配したのは悲鳴だった。横から見ていた人々には、それ
が何物なのかはっきりと見て取れた。司祭の体を破るようにして現れたそれ
は、祭壇の後ろに広がるトリプティク(三枚の板絵)の一枚目に描かれた、聖
人ジョルジオの剣に貫かれし悪魔に酷似していた。悪魔軍団長、ベルスモンド
は天国に一番近い場所で、多くの信仰者に見守られながら復活したのだった。
司祭の体から完全に分離した悪魔は、宙へと飛び上がると強く黒い翼をはた
めかせる。
それは人々を恐怖と死へ誘う風。
「神よ加護を――!」
ある者は聖アグヌスの大いなる守護を、またある者は聖・エディンバラの光
臨を、そして彼らの信じる守護聖人に助けを求めた。その願いは届いたのだろ
うか。神は天国への扉を開くことで彼らを救済した。メルだけが、神の御手か
ら取り残され、悪魔と対峙するように立ち尽くしていた。
メルの耳には、今もなお聖歌隊の歌声が響いていた。悪魔の跳躍で柱の下敷
きとなったクワイア(聖歌隊席)に生きている人など居るはずも無いのに。い
や、そもそも生きている人など、ここには誰一人いないのだ。血の涙を流した
人々の死体は確かにここにあった。しかし、彼らの魂はここにはない。メルだ
けがこの地上に縫い付けられ、さらに地獄へと引きずりこまれようとしてい
た。
(なぜ、私は生きているの?)
メルは自分の右手に大聖堂より授かった聖句がある事を思い出した。そう
だ、これが自分を守ったのだ。
悪魔ベルスモンドは祭壇から降りると、緩慢な動作でメルの元へと歩みを進
める。神の加護に守られた自分をこの悪魔は確実に死へとおいやるつもりなの
だ。メルは恐ろしさのあまり動くことすらできずベルスモンドを見つめてい
た。
このとき二人は確実に見つめ合っていた。しかし、幼いメルには悪魔の血の
色に染まった瞳に狂気でも殺意でもない感情が宿っていることに気がつくこと
ができなかった。ベルスモンドの目に宿るのは思慕の情だ。この恐ろしく残忍
な悪魔軍団長は、あろうことか仮の体として入った胎児の記憶から逃れられず
にいたのだ。僅かな間とはいえそそがれた胎児へのブロッサムの愛情は今やこ
の悪魔の唯一の弱点となっていた。そして、悪魔の鋭い感覚はこの幼い少女の
体の中にあのブロッサムと同じ血が流れていることを感じ取っていた。
その事実をメルは知らない。メルは己が親に捨てられた子供だと教え込まれ
ていたのだから。
悪魔の指がメルの体に触れた。そっと撫でるような優しい仕草だった。
「…ッ!!!」
しかし、人の体は悪魔の存在を受け入れない。焼け付くような痛みが全身を
駆け巡り、視界がぐるぐると回転を始めた。これは毒だ。このまま死ぬことが
できればどんなに楽だろうか。
「アメリア・メル・ブロッサム!!離れなさい」
「ロビン様…!」
赤い法衣が舞い上がり、ロビンの後ろから白い何かが飛び出してきた。刹
那、純白の騎士団服を纏った男がメルと悪魔の間に割ってはいる。男の剣が閃
き悪魔の首を狙う。それは舞い上がった法衣が床に落ちるよりも素早い動作だ
った。
しかし、悪魔もまた先ほどの緩慢な動きとはかけ離れた瞬発力で飛び退き、
そのまま教会の天井を突き破った。
「逃したか」
「深追いはなりません」
悔しげに空を見上げる男を、別の赤い法衣が制した。メルにはロビンに背中
を預けその光景を呆然と眺めていた。何が起きたのか分からなかった。そし
て、何が変化していくのかも。
「もうすぐこの教会は崩れます。逃げましょう」
ロビンの言葉に答えるように、床が沈み柱の亀裂が大きくなっていった。最
後に振り返った聖職者たちは残していく多くの亡骸に十字を切った。
『聖ジョルジオ教会の悪夢』による死者の数は100人以上、そして生存者
は、当時13歳の見習いシスタ一人。聖所での悪魔の復活はイムヌス教の権威
の失墜であり、その少女をはじめ多くの聖職者が「悪魔信仰」の疑いで異端審
問会にかけられた。そのうち6人が処刑されたが、そこに真実があったのかは
定かではない。
PC メル
場所:聖ジョルジオ教会
NPC:ロビン 悪魔ベルスモンド
††††††††††††††††††††
「悪魔の復活」について記述された予言書は、古来より幾つも存在し、その
殆どがイムヌス教の使徒、ポートカリス(追跡者)たちによって抹消・隠匿さ
れてきた。
しかし、その事実は最悪の形を持って人々の前に姿を現すことになる―――
『聖ジョルジオ教会の悪夢』である。
聖ジョルジオ教会は、イムヌス教における聖戦後に建てられた由緒ある77
聖教会の一つである。天へと垂直に伸びる荘厳な教会の横には、乳白色の小さ
な建物――ブロッサム孤児院が寄り添うように立っている。この教会の守護聖
人ジョルジオは悲しい言い伝えを持つ英雄である。
今は昔、人間の存亡をかけた聖戦においてジョルジオは悪魔軍団長ベルスモ
ンドを討った。しかし、悪魔の魂はその肉体が滅びる前に逃げのび、ジョルジ
オの妻、ブロッサムの腹の胎児に宿った。それは他ならぬ悪魔の子。天使オベ
ルスにその事実を伝えられたブロッサムは胎児ともども自害することで悪魔を
葬り去る事を決意する。
凱旋後、妻の死と真実を知ったジョルジオは亡き妻と子への弔いとして、多
くの戦災孤児を集めブロッサム孤児院を建てる。彼の死後、ジョルジオとブロ
ッサムの遺体を聖遺物とし、孤児院の横に建てられたのがジョルジオを守護聖
人とする聖ジョルジオ教会であった。
ブロッサム孤児院は、多くの優秀な人材を神学校、ソフィニア魔術学院に輩
出し、彼らはブロッサム姓を名乗ることが許されていた。「聖ジョルジオとブ
ロッサムの子」であることは孤児たちの誇りであった。
―――その日は聖ジョルジオ教会の創立800周年。アメリア・メル・ブロ
ッサムはお手伝いの見習いシスターとして祝典に参加していた。由緒ある77
聖教会の一つとあり、各地の教会からの使者、信者が大勢教会に足を運んでい
た。おかげで清めの水の確保からキャンドルの補充、食事の用意とシスターた
ちにも休む暇は無い。
「メル。頼みたいことがあるんだけど、ちょっといいかな」
「なんですか?ロビン様」
身廊を早足で歩くメルを呼び止めたのは、まだ青年と呼ぶには若すぎる神学
生だった。淡いブロンドに全身に清らかなオーラを身に纏った少年は宗教画に
出てくるどの聖人よりも美しいとメルは思っていた。その神性も、聖ジョルジ
オの末裔で次代の聖ジョルジオ教会の主という身分を考えれば十分納得できよ
う。
ロビンの後ろで控える、赤い法衣を纏った人々は恐らくソールズベリー大聖
堂の使者たちだ。おもわず緊張の面持ちで答えるメルにロビンは手に持ってい
た一枚の書を渡す。
「ソールズベリー大聖堂から頂いた貴重な聖句だ。副祭壇の上に奉っておいて
ほしい」
「はい!分かりました」
明るく答えるメルに、ロビンは身を折ると小さく耳打ちする。それは随分と
不可解な頼み事だった。
「それと、式中はずっと内陣の側に居るんだ。けして祭壇から目を離してはい
けないよ」
「……?」
「さぁ、おいきなさい」
有無を言わさぬ口調だった。ロビンは使者をつれて遠ざかっていく。その方
向から見るに孤児院のほうだった。一人残されたメルは命令に従うしかなかっ
た。見習いシスターでしか無いメルが式に参加する事などできるはずが無い。
首を傾げながらも、メルは扉をあけた。
最初に耳にしたのは、聖歌にまぎれて聞こえた羽音だった。
「天使だ―――」
その光景をみた誰かがそう呟いた。祭壇に立つ司祭の後ろに広がる大きな
羽。バラ窓から降り注ぐ光を集めて、「天使」は人々の前に姿をあらわした。
「違う!!」
呟きの後に辺りを支配したのは悲鳴だった。横から見ていた人々には、それ
が何物なのかはっきりと見て取れた。司祭の体を破るようにして現れたそれ
は、祭壇の後ろに広がるトリプティク(三枚の板絵)の一枚目に描かれた、聖
人ジョルジオの剣に貫かれし悪魔に酷似していた。悪魔軍団長、ベルスモンド
は天国に一番近い場所で、多くの信仰者に見守られながら復活したのだった。
司祭の体から完全に分離した悪魔は、宙へと飛び上がると強く黒い翼をはた
めかせる。
それは人々を恐怖と死へ誘う風。
「神よ加護を――!」
ある者は聖アグヌスの大いなる守護を、またある者は聖・エディンバラの光
臨を、そして彼らの信じる守護聖人に助けを求めた。その願いは届いたのだろ
うか。神は天国への扉を開くことで彼らを救済した。メルだけが、神の御手か
ら取り残され、悪魔と対峙するように立ち尽くしていた。
メルの耳には、今もなお聖歌隊の歌声が響いていた。悪魔の跳躍で柱の下敷
きとなったクワイア(聖歌隊席)に生きている人など居るはずも無いのに。い
や、そもそも生きている人など、ここには誰一人いないのだ。血の涙を流した
人々の死体は確かにここにあった。しかし、彼らの魂はここにはない。メルだ
けがこの地上に縫い付けられ、さらに地獄へと引きずりこまれようとしてい
た。
(なぜ、私は生きているの?)
メルは自分の右手に大聖堂より授かった聖句がある事を思い出した。そう
だ、これが自分を守ったのだ。
悪魔ベルスモンドは祭壇から降りると、緩慢な動作でメルの元へと歩みを進
める。神の加護に守られた自分をこの悪魔は確実に死へとおいやるつもりなの
だ。メルは恐ろしさのあまり動くことすらできずベルスモンドを見つめてい
た。
このとき二人は確実に見つめ合っていた。しかし、幼いメルには悪魔の血の
色に染まった瞳に狂気でも殺意でもない感情が宿っていることに気がつくこと
ができなかった。ベルスモンドの目に宿るのは思慕の情だ。この恐ろしく残忍
な悪魔軍団長は、あろうことか仮の体として入った胎児の記憶から逃れられず
にいたのだ。僅かな間とはいえそそがれた胎児へのブロッサムの愛情は今やこ
の悪魔の唯一の弱点となっていた。そして、悪魔の鋭い感覚はこの幼い少女の
体の中にあのブロッサムと同じ血が流れていることを感じ取っていた。
その事実をメルは知らない。メルは己が親に捨てられた子供だと教え込まれ
ていたのだから。
悪魔の指がメルの体に触れた。そっと撫でるような優しい仕草だった。
「…ッ!!!」
しかし、人の体は悪魔の存在を受け入れない。焼け付くような痛みが全身を
駆け巡り、視界がぐるぐると回転を始めた。これは毒だ。このまま死ぬことが
できればどんなに楽だろうか。
「アメリア・メル・ブロッサム!!離れなさい」
「ロビン様…!」
赤い法衣が舞い上がり、ロビンの後ろから白い何かが飛び出してきた。刹
那、純白の騎士団服を纏った男がメルと悪魔の間に割ってはいる。男の剣が閃
き悪魔の首を狙う。それは舞い上がった法衣が床に落ちるよりも素早い動作だ
った。
しかし、悪魔もまた先ほどの緩慢な動きとはかけ離れた瞬発力で飛び退き、
そのまま教会の天井を突き破った。
「逃したか」
「深追いはなりません」
悔しげに空を見上げる男を、別の赤い法衣が制した。メルにはロビンに背中
を預けその光景を呆然と眺めていた。何が起きたのか分からなかった。そし
て、何が変化していくのかも。
「もうすぐこの教会は崩れます。逃げましょう」
ロビンの言葉に答えるように、床が沈み柱の亀裂が大きくなっていった。最
後に振り返った聖職者たちは残していく多くの亡骸に十字を切った。
『聖ジョルジオ教会の悪夢』による死者の数は100人以上、そして生存者
は、当時13歳の見習いシスタ一人。聖所での悪魔の復活はイムヌス教の権威
の失墜であり、その少女をはじめ多くの聖職者が「悪魔信仰」の疑いで異端審
問会にかけられた。そのうち6人が処刑されたが、そこに真実があったのかは
定かではない。
場所:ソフィニア・講堂のある議会場の回廊
PC:スレイヴ
NPC:女悪魔
────────────────────────
発生時から数時間が経過している。
事態を抑えに入った衛兵や魔道士たちは粗方片付けられてしまったらしく、その
場は静まり返ってきた。
女悪魔……名前はまだ調査がついていないようだ。
追手がこない間に場所を移動したらしく、その回廊は静まり返っていた。彼女が
履いているハイヒールのような靴の音だけが響いている。
その時……”ソレ”はやってきた。
「おや、また貴女でしたか」
「っ!?その声はスレイヴ・レズィンス!?」
声を聞いただけで即反応した女悪魔の表情は明らかな脅えが見て取れた。
スレイヴはつまらなさそうにため息をつき、やれやれ、と首を振りながら女悪魔
へと近づく。
後ずさりたいのか、対峙したいのか本人すらわからないまま無理やり声をあげる。
「キ、キサマを殺せば私は……」
何か、意を決する女悪魔。
体の震えが止まり、表情が引き締まる。
そして、咆哮。
瘴気と破壊衝動の混じった波動は大理石の床を壊しながら、放射状に放たれた。
スレイヴはそれを鼻で笑い歩みを止める。同時に眼を細めイメージを描く。
刹那、彼を中心とする輝く円陣が地面に浮かび、迫り来る波動をあっさりと弾く
とさらに歩みを進める。円陣と共に。
「前に言ったと思いましたが……まさか忘れたとは言いませんよね?それとも私の
言葉など取るに足らないということでしょうか」
冷笑。
衛兵や魔道士を蹴散らした波動も効かず、唖然としていたが彼の表情を見て女悪
魔が再び震え出す。
そして口から叫ばれた言葉はこんなことだった。
「ち、ちがう!私が望んだのではない!私は呼び出されただけだ!キサマと関わ
ろうなどと愚かなこ……」
狼狽。
数時間前まで、人間を見下しながら暴れまわる女悪魔の姿はそこにはなかった。
あるのは取り立てに脅える借金に負われる父親そのもの……
更にもう一つの陣が発生し、女悪魔はビクリと体を振るわせた。
「愚かなこと……そう、愚かなことですね。解っていながら何故貴女は私に刃を向
けたのですか?」
終始笑顔。しかしその笑いには嘲の文字がつく。
スレイヴは彼女の表情など気にせずに言葉を続ける。
「私からすれば、貴女が何者かを何人殺そうと構いません。ですが……これは契約
でしたね。悪魔にとって契約は大事なものなのでしょう?」
そう言われている。スレイヴも軽く書物でかじった程度にしか知らない。
彼は悪魔のことより、召還する陣そのものだけに興味があるのだ。
そして、彼らの用いる特殊な空間法……瞬間移動・空間湾曲等にも興味を示し始め
ている。
だから、”ただそれだけ”なのだ。悪魔との契約に興味はない。利用できるものを
利用しているだけ。
「契約。私が死ねばそれは破棄され、貴女が殺したとすれば貴女は様々な物を得
ることができるでしょう。しかし貴女にその実力はない。人間であるこの私に、
魔力でも勝っている貴女が」
裁判官から免状を上げられ判決を待つ囚人のように、硬くなる女悪魔。
反撃の気力すら奪われたようだ。元々白い肌がさらに青くなっている。
「他人から召還されたとしても、私との契約は残ったまま。まぁ、これは私が持
ちかけた契約ですので、貴女が多重に契約しようと問題ないですが。私との契約
を違反したことには変わりない。そうですよね?」
「ま、待ってくれ!」
スレイヴは再びため息をついて首を振る。
「待つも何も、貴女が契約を違反した事実は変わりはありませんよ。それにこの
契約は罰則を行ったところで終了するのですよ?貴女もラクになれるではありま
せんか。」
あぁ、なんて私は慈悲深いなどと冗談しめやかに呟いてみるスレイヴ。
だが女悪魔にとってそれどころではない。
「そんなことをされたら私は、私は!!」
焦り。
その表情はスレイヴの感情と頭脳の回転を高めるものでしかない。だがスレイヴ
の声は至って冷静に響く。
「貴女に何かする訳ではないはずですよ?貴女の肌には指一本触れません。他人
が貴女に何かをするということではないと前にも説明したはずですが?」
「私の醜聞を言いふらすなんて!しかも映像つきなんて!権威は失墜、他の悪魔
からは見下され、人間ドモにすら哀れまれるようになるなど、私は死んだほうが
マシだ!」
いったいどのような内容なのだろう、と誰もが思うような台詞。
だが、確実にスレイヴは握っているのだ。
「大丈夫ですよ。人間、成せば成ります」
「私は悪魔だ!」
「それは兎も角、受け入れたら恍惚かと思いますよ?そういう方々も少なからず
居るようですから。無論、私は遠慮しますが」
「私も断る!」
先ほどの青が嘘のように今度は赤みが入っている。単に怒っているのだ。
すでにスレイヴのペースに巻き込まれている。
「我侭な方ですねぇ。悪魔なら仕方ないかもしれまんせんが……悪魔とは貴女のよ
うな方ばかりなのですか?」
「私は我侭でもないし、我々も多種多様だ!我侭なヤツばかりではない!」
「しかし貴女はもう少し理性を……っと失礼。感情を抑える術を持ったほうがいい
と思います。またあの様になりたくないのならば……。あ、なりたいのなら止めは
しませんが」
「キ、キサマ……」
女悪魔の体が震えているのがわかる。これは先ほどの脅えでないことは明らかだ。
爆発寸前だったが、直前に言われたこともあり感情を抑える。
逆に低音を響かせるように怒りの言葉をぶつける。
「私を愚弄するのもいいかげんにしろ」
それもあまり意味を成さなかったようだ。彼は平然と回答する。
「これは失礼、しかし愚弄はしていません。私はからかっているだけですよ」
「こ、このっ!」
「さぁ、貴女には選択肢が三つあります。一つは私を殺して契約を無効にするこ
と。一つはこのまま泣き寝入りして貴女の赤裸々な真実が三界に広まること」
女悪魔の逆上など構わずにスレイヴは選択肢を列挙する。と、二つ目を言ったと
ころで間を空けていた。
音が聞こえそうなくらい強く唇を噛んでいる女悪魔。選択肢はすでに残り一つし
か選べないことを示唆している。
スレイヴは真面目な顔をしているが内心何を考えているのやら……
「一つ……」
内容を言う前に女悪魔の側へと寄る。この距離でなら……とは思ったが今までが今
までだ。
何が起きるかわからない。というより、何をされるかわからない。
スレイヴは彼女の葛藤を他所に耳元で何事かを囁く。
それを聞いた途端、かっと眼を見開いてスレイヴを突き飛ばした。
「そんなことできるかぁ!!」
「っとと……何をするんですか。私はそれだけでこの場を鎮めようと言っているの
ですよ?それに今回は私の記憶だけに留めておきます。契約履行から考えると寛
大な処置だと思いませんか?」
軽い攻撃を受けたが、防具に編みこまれてる陣などにより軽減されている。それ
でも人の背くらいは間が空いた。
だがそのことも諸共せずスレイヴはくっくっく、と人の悪い……悪すぎる笑みを浮
かべている。
突き飛ばした本人は顔を真っ赤にして怒っている。
その赤さには別の意味も含まれているようだが……。
「さぁ、どうするんです?選択肢は三つですよ?」
実質一つしかない。
女悪魔は苦悶の表情で下を向いているようだ。力をこめられた拳がかすかに震え
ている。
……別に気にしなくていいのだ、これくらいのこと。ただ言葉を並べるだけだ。意
味のない言葉を。
大きめの息をつき集中する。その顔に表情はない。
「私はマゾです。この状況を悦んでいます」
…………
「い、言ったぞ!私は還る!」
一時の沈黙の間、彼女は身を翻し早々に立ち去ろうとする。
内心は忘れろという呪念を呟きつづけている。のだが。
「そうですか!!貴女はマゾですか!!悪魔の中でも強行的な位置にいる貴女
がっ!ふはははははっ!そうですか!そうですかっ!!」
忘却しようとしているところで大声を立てて笑い出すスレイヴ。
殺意で人が殺せたら。どこかで効いた台詞だが悪魔である彼女はその能力がある
はず、なのだが。
スレイヴは何かの施術で回避しているらしい。調べている暇はないが。
わなわなと振るえている彼女を他所に、急激に冷静な口調に戻る。
「っと失礼。マゾというのは元々でしたね。ようやく貴女も自覚を……」
「っ!」
甲高い音を立てて陣が出現し一瞬で彼女を飲み込む。つまりは還ったのだ。
ふむ、と何でもなかったかのように呟き彼女の消えた周辺を見る。
陣を用いた召還と帰還。一種の瞬間移動なのか、具現化なのか。興味が尽きな
いが……
「人間があの陣を用いることは出来ないようですね」
陣に連なっている紋様の配列を再確認していたのだ。
見る限りは人間という素体を移転させるという機能がないということはわかった。
───ラボに戻って再現……解析をしますか
先ほどの戦い?が嘘のように静まった回廊は、スレイヴの足音だけが響いていた。
PC:スレイヴ
NPC:女悪魔
────────────────────────
発生時から数時間が経過している。
事態を抑えに入った衛兵や魔道士たちは粗方片付けられてしまったらしく、その
場は静まり返ってきた。
女悪魔……名前はまだ調査がついていないようだ。
追手がこない間に場所を移動したらしく、その回廊は静まり返っていた。彼女が
履いているハイヒールのような靴の音だけが響いている。
その時……”ソレ”はやってきた。
「おや、また貴女でしたか」
「っ!?その声はスレイヴ・レズィンス!?」
声を聞いただけで即反応した女悪魔の表情は明らかな脅えが見て取れた。
スレイヴはつまらなさそうにため息をつき、やれやれ、と首を振りながら女悪魔
へと近づく。
後ずさりたいのか、対峙したいのか本人すらわからないまま無理やり声をあげる。
「キ、キサマを殺せば私は……」
何か、意を決する女悪魔。
体の震えが止まり、表情が引き締まる。
そして、咆哮。
瘴気と破壊衝動の混じった波動は大理石の床を壊しながら、放射状に放たれた。
スレイヴはそれを鼻で笑い歩みを止める。同時に眼を細めイメージを描く。
刹那、彼を中心とする輝く円陣が地面に浮かび、迫り来る波動をあっさりと弾く
とさらに歩みを進める。円陣と共に。
「前に言ったと思いましたが……まさか忘れたとは言いませんよね?それとも私の
言葉など取るに足らないということでしょうか」
冷笑。
衛兵や魔道士を蹴散らした波動も効かず、唖然としていたが彼の表情を見て女悪
魔が再び震え出す。
そして口から叫ばれた言葉はこんなことだった。
「ち、ちがう!私が望んだのではない!私は呼び出されただけだ!キサマと関わ
ろうなどと愚かなこ……」
狼狽。
数時間前まで、人間を見下しながら暴れまわる女悪魔の姿はそこにはなかった。
あるのは取り立てに脅える借金に負われる父親そのもの……
更にもう一つの陣が発生し、女悪魔はビクリと体を振るわせた。
「愚かなこと……そう、愚かなことですね。解っていながら何故貴女は私に刃を向
けたのですか?」
終始笑顔。しかしその笑いには嘲の文字がつく。
スレイヴは彼女の表情など気にせずに言葉を続ける。
「私からすれば、貴女が何者かを何人殺そうと構いません。ですが……これは契約
でしたね。悪魔にとって契約は大事なものなのでしょう?」
そう言われている。スレイヴも軽く書物でかじった程度にしか知らない。
彼は悪魔のことより、召還する陣そのものだけに興味があるのだ。
そして、彼らの用いる特殊な空間法……瞬間移動・空間湾曲等にも興味を示し始め
ている。
だから、”ただそれだけ”なのだ。悪魔との契約に興味はない。利用できるものを
利用しているだけ。
「契約。私が死ねばそれは破棄され、貴女が殺したとすれば貴女は様々な物を得
ることができるでしょう。しかし貴女にその実力はない。人間であるこの私に、
魔力でも勝っている貴女が」
裁判官から免状を上げられ判決を待つ囚人のように、硬くなる女悪魔。
反撃の気力すら奪われたようだ。元々白い肌がさらに青くなっている。
「他人から召還されたとしても、私との契約は残ったまま。まぁ、これは私が持
ちかけた契約ですので、貴女が多重に契約しようと問題ないですが。私との契約
を違反したことには変わりない。そうですよね?」
「ま、待ってくれ!」
スレイヴは再びため息をついて首を振る。
「待つも何も、貴女が契約を違反した事実は変わりはありませんよ。それにこの
契約は罰則を行ったところで終了するのですよ?貴女もラクになれるではありま
せんか。」
あぁ、なんて私は慈悲深いなどと冗談しめやかに呟いてみるスレイヴ。
だが女悪魔にとってそれどころではない。
「そんなことをされたら私は、私は!!」
焦り。
その表情はスレイヴの感情と頭脳の回転を高めるものでしかない。だがスレイヴ
の声は至って冷静に響く。
「貴女に何かする訳ではないはずですよ?貴女の肌には指一本触れません。他人
が貴女に何かをするということではないと前にも説明したはずですが?」
「私の醜聞を言いふらすなんて!しかも映像つきなんて!権威は失墜、他の悪魔
からは見下され、人間ドモにすら哀れまれるようになるなど、私は死んだほうが
マシだ!」
いったいどのような内容なのだろう、と誰もが思うような台詞。
だが、確実にスレイヴは握っているのだ。
「大丈夫ですよ。人間、成せば成ります」
「私は悪魔だ!」
「それは兎も角、受け入れたら恍惚かと思いますよ?そういう方々も少なからず
居るようですから。無論、私は遠慮しますが」
「私も断る!」
先ほどの青が嘘のように今度は赤みが入っている。単に怒っているのだ。
すでにスレイヴのペースに巻き込まれている。
「我侭な方ですねぇ。悪魔なら仕方ないかもしれまんせんが……悪魔とは貴女のよ
うな方ばかりなのですか?」
「私は我侭でもないし、我々も多種多様だ!我侭なヤツばかりではない!」
「しかし貴女はもう少し理性を……っと失礼。感情を抑える術を持ったほうがいい
と思います。またあの様になりたくないのならば……。あ、なりたいのなら止めは
しませんが」
「キ、キサマ……」
女悪魔の体が震えているのがわかる。これは先ほどの脅えでないことは明らかだ。
爆発寸前だったが、直前に言われたこともあり感情を抑える。
逆に低音を響かせるように怒りの言葉をぶつける。
「私を愚弄するのもいいかげんにしろ」
それもあまり意味を成さなかったようだ。彼は平然と回答する。
「これは失礼、しかし愚弄はしていません。私はからかっているだけですよ」
「こ、このっ!」
「さぁ、貴女には選択肢が三つあります。一つは私を殺して契約を無効にするこ
と。一つはこのまま泣き寝入りして貴女の赤裸々な真実が三界に広まること」
女悪魔の逆上など構わずにスレイヴは選択肢を列挙する。と、二つ目を言ったと
ころで間を空けていた。
音が聞こえそうなくらい強く唇を噛んでいる女悪魔。選択肢はすでに残り一つし
か選べないことを示唆している。
スレイヴは真面目な顔をしているが内心何を考えているのやら……
「一つ……」
内容を言う前に女悪魔の側へと寄る。この距離でなら……とは思ったが今までが今
までだ。
何が起きるかわからない。というより、何をされるかわからない。
スレイヴは彼女の葛藤を他所に耳元で何事かを囁く。
それを聞いた途端、かっと眼を見開いてスレイヴを突き飛ばした。
「そんなことできるかぁ!!」
「っとと……何をするんですか。私はそれだけでこの場を鎮めようと言っているの
ですよ?それに今回は私の記憶だけに留めておきます。契約履行から考えると寛
大な処置だと思いませんか?」
軽い攻撃を受けたが、防具に編みこまれてる陣などにより軽減されている。それ
でも人の背くらいは間が空いた。
だがそのことも諸共せずスレイヴはくっくっく、と人の悪い……悪すぎる笑みを浮
かべている。
突き飛ばした本人は顔を真っ赤にして怒っている。
その赤さには別の意味も含まれているようだが……。
「さぁ、どうするんです?選択肢は三つですよ?」
実質一つしかない。
女悪魔は苦悶の表情で下を向いているようだ。力をこめられた拳がかすかに震え
ている。
……別に気にしなくていいのだ、これくらいのこと。ただ言葉を並べるだけだ。意
味のない言葉を。
大きめの息をつき集中する。その顔に表情はない。
「私はマゾです。この状況を悦んでいます」
…………
「い、言ったぞ!私は還る!」
一時の沈黙の間、彼女は身を翻し早々に立ち去ろうとする。
内心は忘れろという呪念を呟きつづけている。のだが。
「そうですか!!貴女はマゾですか!!悪魔の中でも強行的な位置にいる貴女
がっ!ふはははははっ!そうですか!そうですかっ!!」
忘却しようとしているところで大声を立てて笑い出すスレイヴ。
殺意で人が殺せたら。どこかで効いた台詞だが悪魔である彼女はその能力がある
はず、なのだが。
スレイヴは何かの施術で回避しているらしい。調べている暇はないが。
わなわなと振るえている彼女を他所に、急激に冷静な口調に戻る。
「っと失礼。マゾというのは元々でしたね。ようやく貴女も自覚を……」
「っ!」
甲高い音を立てて陣が出現し一瞬で彼女を飲み込む。つまりは還ったのだ。
ふむ、と何でもなかったかのように呟き彼女の消えた周辺を見る。
陣を用いた召還と帰還。一種の瞬間移動なのか、具現化なのか。興味が尽きな
いが……
「人間があの陣を用いることは出来ないようですね」
陣に連なっている紋様の配列を再確認していたのだ。
見る限りは人間という素体を移転させるという機能がないということはわかった。
───ラボに戻って再現……解析をしますか
先ほどの戦い?が嘘のように静まった回廊は、スレイヴの足音だけが響いていた。
††††††††††††††††††††
PC: メル スレイヴ
場所: 教会 ソフィニア魔術学院
NPC: 司祭 子供達 学院長
††††††††††††††††††††
教会の庭で、一人のシスターが子供達に神の教えを説いていた。
学校に通えない子供達は、日曜になるとこの教会に聖書の言葉や文字を教えてもらう為に集まる。そんな彼らの先生は桃色の修道服を来たシスターだが、その見た目は随分と若い。身長もさることながら、ふっくらとした子供っぽい頬も、大きい瞳も、怒鳴るとやたらに高く響く声も、昨日13歳の誕生日を迎えた粉屋の娘のエミリ
アと何ら変わりがない。
「メル。今日は何のお話をするの?」
だから子供達は、同じ年の友人と接するようにシスターに話しかける。
「それでは、今日は偉大なる七英雄の一人、老師クラトルのお話をしましょう。賢い彼の行いを見習って皆がちゃんとお勉強をするようにね!」
幼い見かけに反したシスターの大人びた口調はまるでお芝居でもしているかのような違和感を与えるが、子供達もシスター自身も気にする様子は無い。
「クラトルは『形なき最も賢い力』の使い方をわたくし達に教えてくれた英雄です。錬金術と魔法を用い多くの人々を救った彼は、ソフィニアで最も偉大な魔術師であり賢者の一人でもあります。老師クラトルが堕天使シェザンヌを再び神の元に導いた事は知っていますね?」
子供達は頷いた。教会での教えは彼らにとって身近なものであったし、この説法好きのシスターから何度も聞かされた話しだったからだ。暖かい日差しを浴びながら、彼らの穏やかな時間は過ぎてゆく。
しかし、忍び寄る悪魔の影は一通の手紙と形を変じて彼女の元へやってきたのだった。
†††††††
桃色の修道服を着た幼いシスターこと、アメリア・メル・ブロッサムはいつものようにお勤めを終えると、彼女の師である司祭の部屋に報告に向かった。
「ファザー・ケイオス、入っても宜しいでしょうか?」
小さくノックすると、すぐに返事が返ってきた。ケイオスは今年で50歳になるが、黒い髪には殆ど白髪の見られない若々しい司祭である。
「ちょうど良いところにきましたね。貴女に用事があるところでした」
「何でしょう?」
司祭の机の上には一枚の封筒と便箋が広げてある。既に目を通したであろう手紙を再び手に取りながら司祭は静かな声で告げた。
「シスター・アメリア。貴女に仕事です」
「お仕事ですか?」
教会で働く修道女にはお祈りの他にも戦地での看護や孤児院の手伝いなど様々な仕事がいいつけられる。メルの思い浮かべた内容を否定するように司祭を頭を横に振った。
「シスターとしてではありません。エクソシストとしてのお仕事です」
「ファザー?わたくしは…」
この教会の責任者である司祭ケイオスは、同時にポートカリスに籍を置くエクソシストである。そしてメルは彼の弟子として退魔の方法を学んだ。しかし、彼女は正規のエクソシストではない。それは彼女が身にうけた呪いのせいでもあるのだが、彼女がたった一人の悪魔を滅する為にその技を伝授されたからでもあった。
「上層部は悪魔ベルスモンド討伐の大命を貴女に与えるべきか決めかねています。まずはこの仕事の結果次第というわけでしょう」
聖ジョルジオ教会を崩壊に追いやった、悪魔軍団長ベルスモンド。メルが悪魔を心底憎むのは、大事な故郷と人々を生まれ育った孤児院をこの悪魔に奪われたからであった。
「神がわたくしの力を必要とするならばわたくしはいつでもこの身を捧げるつもりです」
教会と密接した孤児院で育ったメルは、何の疑問も持たず僧籍に入った。しかし、〝聖ジョルジオ教会の悪夢〟以来、神の威光を広め悪魔の手から人々を救う事こそが彼女の使命となったのだった。
こうしてメルは、その小さな身体に大きな鞄を一つ携えてソフィニアへと向かうことになったのだった。
†††††††
ソフィニア魔術学院は最高峰の魔術士養成所であると当時に、魔術国家ソフィニアを支える研究機関でもある。学院はソフィニアの象徴として都市の中枢部にあるため、地下鉄道を使うのが一番の近道である。
魔法力機関を使ったこの乗り物はまさにソフィニアの技術の集大成でありメルのようなよそ者を圧倒させるだけの存在感を持っていた。
今回、退魔と治癒魔法は使えても、魔法自体に関しては全く知識を持ち合わせていないメルが魔法国家の魔術学院に派遣されることになったのはエクソシストとして、ある事件の調査を依頼されたからだ。
“学院の生徒により悪魔の召喚が行われ、召喚された悪魔が暴走、多くの死者を出した。
悪魔は学院の魔術士により撃退されたが、この儀式における影響は未だ不明である”
この事件の真実と解決の確認を行うことがメルの仕事だった。悪魔との関わりをもつ黒魔術は魔術学院でも禁忌とされている。悪魔との交わりは大変危険でその場所や人に何かしらの歪みを残すからだ。メル自身も、悪魔との遭遇により身体の時を止められていた。不老となった体がいつ元に戻るのか、一生このままなのか……彼女
にも分からない。
肝心の術者が意識不明の現段階では、悪魔との間にかわされた契約の内容すら知ることができない。そこで、学院長は懇意にしているソールズベリー大聖堂から“専門家”の派遣を要請したのであった。
「わが学院にようこそ。えぇと・・・シスター・アメリア?」
メルを出迎えた学院長は、この小さな“専門家”に思わず不安そうな眼差しを向ける。自分の容姿に説得力がないのはメル自身も十分理解している。どうみたって、見習い修道女かエクソシストの弟子にしか見えないだろう。
「初めまして、学院長。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します。ソールズベリー大聖堂から調査員として派遣されました」
物怖じしないメルの様子に多少安堵したのか、学院長はその年老いた顔に苦渋の表情を浮かべて頷いた。
「今回の事件は、我が学院の生徒ながらお恥ずかしい……悪魔の召還など」
「事件の関係者から詳しいお話をお聞きしたいのですが、今皆さんは何処に?」
「召喚を行った生徒は死にました」
これで肝心の事件の真実を知る人物はいなくなってしまったと言う事だ。
「では、悪魔を撃退したという方は?」
書類によると一人の魔術士以外、悪魔の目撃者は全て命を失っていたはずである。
「彼は、その、ちょっと何処に居るか、学院では関知しておりませんもので」
「・・・?」
学院に所属する魔術士の事だというのに、随分と突き放した返答だった。
「この事件の処理は学院の研究員に任せております。詳しい事は彼に聞いてください」
まるでそれ以上の追求を避けるように学院長は部屋からメルを追い出した。彼女に手渡されたのは担当の研究者の居場所が書かれた地図のみである。
「一体、この学院で何が起こっているのかしら?」
生徒たちの視線を浴びながら、メルは魔術学院という特殊な世界に一人放り出される事になった。
PC: メル スレイヴ
場所: 教会 ソフィニア魔術学院
NPC: 司祭 子供達 学院長
††††††††††††††††††††
教会の庭で、一人のシスターが子供達に神の教えを説いていた。
学校に通えない子供達は、日曜になるとこの教会に聖書の言葉や文字を教えてもらう為に集まる。そんな彼らの先生は桃色の修道服を来たシスターだが、その見た目は随分と若い。身長もさることながら、ふっくらとした子供っぽい頬も、大きい瞳も、怒鳴るとやたらに高く響く声も、昨日13歳の誕生日を迎えた粉屋の娘のエミリ
アと何ら変わりがない。
「メル。今日は何のお話をするの?」
だから子供達は、同じ年の友人と接するようにシスターに話しかける。
「それでは、今日は偉大なる七英雄の一人、老師クラトルのお話をしましょう。賢い彼の行いを見習って皆がちゃんとお勉強をするようにね!」
幼い見かけに反したシスターの大人びた口調はまるでお芝居でもしているかのような違和感を与えるが、子供達もシスター自身も気にする様子は無い。
「クラトルは『形なき最も賢い力』の使い方をわたくし達に教えてくれた英雄です。錬金術と魔法を用い多くの人々を救った彼は、ソフィニアで最も偉大な魔術師であり賢者の一人でもあります。老師クラトルが堕天使シェザンヌを再び神の元に導いた事は知っていますね?」
子供達は頷いた。教会での教えは彼らにとって身近なものであったし、この説法好きのシスターから何度も聞かされた話しだったからだ。暖かい日差しを浴びながら、彼らの穏やかな時間は過ぎてゆく。
しかし、忍び寄る悪魔の影は一通の手紙と形を変じて彼女の元へやってきたのだった。
†††††††
桃色の修道服を着た幼いシスターこと、アメリア・メル・ブロッサムはいつものようにお勤めを終えると、彼女の師である司祭の部屋に報告に向かった。
「ファザー・ケイオス、入っても宜しいでしょうか?」
小さくノックすると、すぐに返事が返ってきた。ケイオスは今年で50歳になるが、黒い髪には殆ど白髪の見られない若々しい司祭である。
「ちょうど良いところにきましたね。貴女に用事があるところでした」
「何でしょう?」
司祭の机の上には一枚の封筒と便箋が広げてある。既に目を通したであろう手紙を再び手に取りながら司祭は静かな声で告げた。
「シスター・アメリア。貴女に仕事です」
「お仕事ですか?」
教会で働く修道女にはお祈りの他にも戦地での看護や孤児院の手伝いなど様々な仕事がいいつけられる。メルの思い浮かべた内容を否定するように司祭を頭を横に振った。
「シスターとしてではありません。エクソシストとしてのお仕事です」
「ファザー?わたくしは…」
この教会の責任者である司祭ケイオスは、同時にポートカリスに籍を置くエクソシストである。そしてメルは彼の弟子として退魔の方法を学んだ。しかし、彼女は正規のエクソシストではない。それは彼女が身にうけた呪いのせいでもあるのだが、彼女がたった一人の悪魔を滅する為にその技を伝授されたからでもあった。
「上層部は悪魔ベルスモンド討伐の大命を貴女に与えるべきか決めかねています。まずはこの仕事の結果次第というわけでしょう」
聖ジョルジオ教会を崩壊に追いやった、悪魔軍団長ベルスモンド。メルが悪魔を心底憎むのは、大事な故郷と人々を生まれ育った孤児院をこの悪魔に奪われたからであった。
「神がわたくしの力を必要とするならばわたくしはいつでもこの身を捧げるつもりです」
教会と密接した孤児院で育ったメルは、何の疑問も持たず僧籍に入った。しかし、〝聖ジョルジオ教会の悪夢〟以来、神の威光を広め悪魔の手から人々を救う事こそが彼女の使命となったのだった。
こうしてメルは、その小さな身体に大きな鞄を一つ携えてソフィニアへと向かうことになったのだった。
†††††††
ソフィニア魔術学院は最高峰の魔術士養成所であると当時に、魔術国家ソフィニアを支える研究機関でもある。学院はソフィニアの象徴として都市の中枢部にあるため、地下鉄道を使うのが一番の近道である。
魔法力機関を使ったこの乗り物はまさにソフィニアの技術の集大成でありメルのようなよそ者を圧倒させるだけの存在感を持っていた。
今回、退魔と治癒魔法は使えても、魔法自体に関しては全く知識を持ち合わせていないメルが魔法国家の魔術学院に派遣されることになったのはエクソシストとして、ある事件の調査を依頼されたからだ。
“学院の生徒により悪魔の召喚が行われ、召喚された悪魔が暴走、多くの死者を出した。
悪魔は学院の魔術士により撃退されたが、この儀式における影響は未だ不明である”
この事件の真実と解決の確認を行うことがメルの仕事だった。悪魔との関わりをもつ黒魔術は魔術学院でも禁忌とされている。悪魔との交わりは大変危険でその場所や人に何かしらの歪みを残すからだ。メル自身も、悪魔との遭遇により身体の時を止められていた。不老となった体がいつ元に戻るのか、一生このままなのか……彼女
にも分からない。
肝心の術者が意識不明の現段階では、悪魔との間にかわされた契約の内容すら知ることができない。そこで、学院長は懇意にしているソールズベリー大聖堂から“専門家”の派遣を要請したのであった。
「わが学院にようこそ。えぇと・・・シスター・アメリア?」
メルを出迎えた学院長は、この小さな“専門家”に思わず不安そうな眼差しを向ける。自分の容姿に説得力がないのはメル自身も十分理解している。どうみたって、見習い修道女かエクソシストの弟子にしか見えないだろう。
「初めまして、学院長。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します。ソールズベリー大聖堂から調査員として派遣されました」
物怖じしないメルの様子に多少安堵したのか、学院長はその年老いた顔に苦渋の表情を浮かべて頷いた。
「今回の事件は、我が学院の生徒ながらお恥ずかしい……悪魔の召還など」
「事件の関係者から詳しいお話をお聞きしたいのですが、今皆さんは何処に?」
「召喚を行った生徒は死にました」
これで肝心の事件の真実を知る人物はいなくなってしまったと言う事だ。
「では、悪魔を撃退したという方は?」
書類によると一人の魔術士以外、悪魔の目撃者は全て命を失っていたはずである。
「彼は、その、ちょっと何処に居るか、学院では関知しておりませんもので」
「・・・?」
学院に所属する魔術士の事だというのに、随分と突き放した返答だった。
「この事件の処理は学院の研究員に任せております。詳しい事は彼に聞いてください」
まるでそれ以上の追求を避けるように学院長は部屋からメルを追い出した。彼女に手渡されたのは担当の研究者の居場所が書かれた地図のみである。
「一体、この学院で何が起こっているのかしら?」
生徒たちの視線を浴びながら、メルは魔術学院という特殊な世界に一人放り出される事になった。