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2024/05/17 05:26 |
序章 『リトル・シスター』/メル(千鳥)
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PC メル
場所:聖ジョルジオ教会
NPC:ロビン 悪魔ベルスモンド

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 「悪魔の復活」について記述された予言書は、古来より幾つも存在し、その
殆どがイムヌス教の使徒、ポートカリス(追跡者)たちによって抹消・隠匿さ
れてきた。
 しかし、その事実は最悪の形を持って人々の前に姿を現すことになる―――
『聖ジョルジオ教会の悪夢』である。

 聖ジョルジオ教会は、イムヌス教における聖戦後に建てられた由緒ある77
聖教会の一つである。天へと垂直に伸びる荘厳な教会の横には、乳白色の小さ
な建物――ブロッサム孤児院が寄り添うように立っている。この教会の守護聖
人ジョルジオは悲しい言い伝えを持つ英雄である。
 今は昔、人間の存亡をかけた聖戦においてジョルジオは悪魔軍団長ベルスモ
ンドを討った。しかし、悪魔の魂はその肉体が滅びる前に逃げのび、ジョルジ
オの妻、ブロッサムの腹の胎児に宿った。それは他ならぬ悪魔の子。天使オベ
ルスにその事実を伝えられたブロッサムは胎児ともども自害することで悪魔を
葬り去る事を決意する。
 凱旋後、妻の死と真実を知ったジョルジオは亡き妻と子への弔いとして、多
くの戦災孤児を集めブロッサム孤児院を建てる。彼の死後、ジョルジオとブロ
ッサムの遺体を聖遺物とし、孤児院の横に建てられたのがジョルジオを守護聖
人とする聖ジョルジオ教会であった。
 ブロッサム孤児院は、多くの優秀な人材を神学校、ソフィニア魔術学院に輩
出し、彼らはブロッサム姓を名乗ることが許されていた。「聖ジョルジオとブ
ロッサムの子」であることは孤児たちの誇りであった。


 ―――その日は聖ジョルジオ教会の創立800周年。アメリア・メル・ブロ
ッサムはお手伝いの見習いシスターとして祝典に参加していた。由緒ある77
聖教会の一つとあり、各地の教会からの使者、信者が大勢教会に足を運んでい
た。おかげで清めの水の確保からキャンドルの補充、食事の用意とシスターた
ちにも休む暇は無い。

「メル。頼みたいことがあるんだけど、ちょっといいかな」
「なんですか?ロビン様」

 身廊を早足で歩くメルを呼び止めたのは、まだ青年と呼ぶには若すぎる神学
生だった。淡いブロンドに全身に清らかなオーラを身に纏った少年は宗教画に
出てくるどの聖人よりも美しいとメルは思っていた。その神性も、聖ジョルジ
オの末裔で次代の聖ジョルジオ教会の主という身分を考えれば十分納得できよ
う。
 ロビンの後ろで控える、赤い法衣を纏った人々は恐らくソールズベリー大聖
堂の使者たちだ。おもわず緊張の面持ちで答えるメルにロビンは手に持ってい
た一枚の書を渡す。

「ソールズベリー大聖堂から頂いた貴重な聖句だ。副祭壇の上に奉っておいて
ほしい」
「はい!分かりました」

 明るく答えるメルに、ロビンは身を折ると小さく耳打ちする。それは随分と
不可解な頼み事だった。 

「それと、式中はずっと内陣の側に居るんだ。けして祭壇から目を離してはい
けないよ」 
「……?」
「さぁ、おいきなさい」
 
 有無を言わさぬ口調だった。ロビンは使者をつれて遠ざかっていく。その方
向から見るに孤児院のほうだった。一人残されたメルは命令に従うしかなかっ
た。見習いシスターでしか無いメルが式に参加する事などできるはずが無い。
首を傾げながらも、メルは扉をあけた。
 
 

  最初に耳にしたのは、聖歌にまぎれて聞こえた羽音だった。
 


「天使だ―――」

 その光景をみた誰かがそう呟いた。祭壇に立つ司祭の後ろに広がる大きな
羽。バラ窓から降り注ぐ光を集めて、「天使」は人々の前に姿をあらわした。

「違う!!」

 呟きの後に辺りを支配したのは悲鳴だった。横から見ていた人々には、それ
が何物なのかはっきりと見て取れた。司祭の体を破るようにして現れたそれ
は、祭壇の後ろに広がるトリプティク(三枚の板絵)の一枚目に描かれた、聖
人ジョルジオの剣に貫かれし悪魔に酷似していた。悪魔軍団長、ベルスモンド
は天国に一番近い場所で、多くの信仰者に見守られながら復活したのだった。
 

 司祭の体から完全に分離した悪魔は、宙へと飛び上がると強く黒い翼をはた
めかせる。
 それは人々を恐怖と死へ誘う風。

「神よ加護を――!」

 ある者は聖アグヌスの大いなる守護を、またある者は聖・エディンバラの光
臨を、そして彼らの信じる守護聖人に助けを求めた。その願いは届いたのだろ
うか。神は天国への扉を開くことで彼らを救済した。メルだけが、神の御手か
ら取り残され、悪魔と対峙するように立ち尽くしていた。 

 メルの耳には、今もなお聖歌隊の歌声が響いていた。悪魔の跳躍で柱の下敷
きとなったクワイア(聖歌隊席)に生きている人など居るはずも無いのに。い
や、そもそも生きている人など、ここには誰一人いないのだ。血の涙を流した
人々の死体は確かにここにあった。しかし、彼らの魂はここにはない。メルだ
けがこの地上に縫い付けられ、さらに地獄へと引きずりこまれようとしてい
た。

(なぜ、私は生きているの?)

 メルは自分の右手に大聖堂より授かった聖句がある事を思い出した。そう
だ、これが自分を守ったのだ。

 悪魔ベルスモンドは祭壇から降りると、緩慢な動作でメルの元へと歩みを進
める。神の加護に守られた自分をこの悪魔は確実に死へとおいやるつもりなの
だ。メルは恐ろしさのあまり動くことすらできずベルスモンドを見つめてい
た。
 このとき二人は確実に見つめ合っていた。しかし、幼いメルには悪魔の血の
色に染まった瞳に狂気でも殺意でもない感情が宿っていることに気がつくこと
ができなかった。ベルスモンドの目に宿るのは思慕の情だ。この恐ろしく残忍
な悪魔軍団長は、あろうことか仮の体として入った胎児の記憶から逃れられず
にいたのだ。僅かな間とはいえそそがれた胎児へのブロッサムの愛情は今やこ
の悪魔の唯一の弱点となっていた。そして、悪魔の鋭い感覚はこの幼い少女の
体の中にあのブロッサムと同じ血が流れていることを感じ取っていた。
 その事実をメルは知らない。メルは己が親に捨てられた子供だと教え込まれ
ていたのだから。

 悪魔の指がメルの体に触れた。そっと撫でるような優しい仕草だった。

「…ッ!!!」

 しかし、人の体は悪魔の存在を受け入れない。焼け付くような痛みが全身を
駆け巡り、視界がぐるぐると回転を始めた。これは毒だ。このまま死ぬことが
できればどんなに楽だろうか。

「アメリア・メル・ブロッサム!!離れなさい」
「ロビン様…!」

 赤い法衣が舞い上がり、ロビンの後ろから白い何かが飛び出してきた。刹
那、純白の騎士団服を纏った男がメルと悪魔の間に割ってはいる。男の剣が閃
き悪魔の首を狙う。それは舞い上がった法衣が床に落ちるよりも素早い動作だ
った。
 しかし、悪魔もまた先ほどの緩慢な動きとはかけ離れた瞬発力で飛び退き、
そのまま教会の天井を突き破った。

「逃したか」
「深追いはなりません」

 悔しげに空を見上げる男を、別の赤い法衣が制した。メルにはロビンに背中
を預けその光景を呆然と眺めていた。何が起きたのか分からなかった。そし
て、何が変化していくのかも。

「もうすぐこの教会は崩れます。逃げましょう」

 ロビンの言葉に答えるように、床が沈み柱の亀裂が大きくなっていった。最
後に振り返った聖職者たちは残していく多くの亡骸に十字を切った。

 『聖ジョルジオ教会の悪夢』による死者の数は100人以上、そして生存者
は、当時13歳の見習いシスタ一人。聖所での悪魔の復活はイムヌス教の権威
の失墜であり、その少女をはじめ多くの聖職者が「悪魔信仰」の疑いで異端審
問会にかけられた。そのうち6人が処刑されたが、そこに真実があったのかは
定かではない。
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2007/02/10 21:47 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題

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