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2024/05/17 01:08 |
BLUE MOMENT -船葬- ♯7/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

橋を渡ると、そこは斎場だった。

水路に沿って建物が建つコールベルでは、必然的に路地が多くなる。
そして複数の路地が交差する所には、こうした開けたスペースができる。
大抵は噴水や像、ベンチなどが配置された公園がほとんどだが、
マシュー達が着いた広場には、そういったものはない。

「ここは葬儀や祭りを行う場所なんじゃよ。
 イベントスペースと言ったほうがいいかもしれん」
「へえ」

少年がぐるりと広場を見渡す。広場にはなにもないが、人はいた。
まるでそこだけ何かの手違いで色彩が失われたように、
集まっている者達は一様に黒い色の服を着ている。

「んー、こっち」

広場を囲う建物はそのほとんどがアパートだったが、
中二階あたりの位置にはバルコニーが設けられており、
広場の四方にある階段から昇れるようになっていた。
そのうち、手近な階段に向かう。

少年がほっとしたように息をついて、着ている白い上着を手で撫でた。
黒い集団と化しているわだかまりを目で示す。

「あそこに突っ込んでいくのかと」
「あっはっは。まぁ橋についたら喪服もなにも関係ないからのう。
しばしの辛抱じゃ」

バルコニーの上にも喪服姿は見受けられた。
烏のように点々とバルコニーの柵に寄り掛かり、広場を見ている。

「? 何、してるんですか」

バルコニーの上に上がった途端、柵のほうではなくアパートの壁に
ぴったり背をつけて動かないこちらを見て、きょとんとして少年が見てくる。
マシューはそろそろと壁に両手をつき、ひっつくようにしながら擦り足で進む。

「こわい」
「は?」
「高いところ」

余裕のない口振りを自覚しながら、視線だけは遥か向こうに広がる空と、
相変わらず美しい水路を見ている。
少年はしばしこちらのそんな様子を観察してから、心底不思議そうに
首を傾げた。

「じゃあなんで昇るんです」
「好き~じゃから~♪」
「声震えてるけど…」
「ビブラートじゃけ」

歌って恐怖をごまかすマシューを半眼で見て、彼は
「どうでもいいですけど」、と嘆息する。

「ここに登る意味、あったんですか」
「…下は危ないからの」
「え」

ぎくりとして少年が動きを止める。マシューはずりずりと広場を迂回するように
アパートに沿って歩き続けながら口を開く。

「そこの広場、どのくらい人がおる?」
「どのくらいって…二十数人…もうちょっといるかな。なんでです」

そうか、と相槌を打つ。そして広場のほうを見もせず、マシューは
答えた。


「儂にはその広場が真っ黒に見える。数え切れん」


・・・★・・・

結局、たっぷり時間をかけて広場を迂回した頃にはマシューは
ぐったりとしていた。

耳鳴りがやまない。軽い酩酊感が足の感覚を無くしている。
少年は心配そうに何度も帰ることを提案してきたが、そのたびに
首を振って歩いた。

「ようは、イメージの問題なんじゃよ」

片手でネクタイを緩めながら、欄干に寄りかかって水路を眺める。
さきほど降った雨のせいで少し水が濁っていた。

さっきいた広場からはやや下流に位置する場所の橋だ。
ほとんどの者はもっと上流で待ち構えていることが多い。
まだ動き始めて間もない船のほうが、花を投げ入れやすいからだ。

したがって、この橋にいるのはマシューと少年だけだ。

「死と葬式は切っても切れない関係だと思っている限り、その
イメージは死んでも継承される。そして葬式は特別な場所だと思う。
やつらは、そこに集まる。たとえそれが自分の葬式でなかったとしても」
「集まって…どうするんです」
「そこじゃよ」

どっこいしょ、と体の向きを変えて欄干に背を預ける。
少年は半信半疑のようだったが、どうでもよかった。
まだ話を聞いてくれるだけ僥倖といえよう。

「なにもせん。――というより、"なにをしていいのかわからない"」
「わからない?」
「もし、お兄ちゃんが幽霊になって葬式に行ったらどうする?」
「…わかりません」
「そうじゃろう。あいつらも、そこにいて、ただどうしていいのかわからない」

みんな同じじゃ、と言って、マシューは空を仰ぎ見た。
でも、と少年が追いすがる。

「さっき、危ないって言ってませんでしたか」
「そりゃそうよ。数が多すぎるものはみんな危ないんよ」

手の中の花束から、一枚花びらを抜く。川に向き直り、花びらを落とす。
紙切れのようにくるくる回りながら、芳香も音も残さずに白い手向けは
濁った水に流されていった。

と、かすかに人々のざわめきが聞こえたので、顔を上げる。

「もうそろそろかのう」

花を束ねていた紐をほどき、適当に半分にわけると、少年に手渡す。


「ほれ。想いなんて込めなくていいから」


――――――――――――――――
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2008/05/01 13:57 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―
BLUE MOMENT - 船葬- ♯ 8/セシル(小林悠輝)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド
場所:コールベル/水路
――――――――――――――――

 篭める想いもないというのに、何のために花を落とすのだろう?
 追悼だろうか哀惜だろうか感傷だろうか。
 そんなものは果たして本当に必要だろうか。

 きらきらと光る水面を滑ってボートは現れた。

 真新しい、正に今日のために製られたような船は、ペンキのにおいを錯覚するほど鮮
やかな青や黒などの色で塗りたくられて、異質な存在感を主張しているように見えた。

 何の変哲もないくすんだ緑色のベストを着た漕ぎ手が、上部が丁の字の形になった櫂
を持っている。彼はこちらの気配を察知したのかわずかに顔を上げたが、目元はハンチ
ングに隠れて窺えなかった。

 その足元は色とりどりの花に埋もれている――

「ほら、タイミングに気をつけて」

 店主が言った。
 船はすべらかに水路を進み、じきに二人のいる橋へ辿りついた。

 店主は、「そぉら」と小さな掛け声と共に、半分の花束を手放した。
 花は途端にばらけて、はらはらと船の上に落ちた。いくらかは船から外れて水路に落
ち、船の立てる波に遊ばれてくるくると回る。

 船は、するりと橋の下へ潜り込んだ。

「難しいじゃろ?」

 店主が笑う。
 セシルは欄干に預けていた体を起こし、大股で反対の欄干へ向かった。

 船が進むのとセシルが歩くのとは、大して変わらない速さだった。
 再び、今度は下流側の水面を覗き込んだ時、橋の下の影から船が滑り出た。

 目が灼けるほど鮮やかなコントラスト。

 無数に咲き誇る色とりどりの花に覆われて、横たわる婦人の姿が見えた。
 歳は四十かその前後だろうか。青白い死に顔でも尚、表情は穏やかで、目尻に皺の刻
まれた、笑えばさぞかし優しそうな――

 無惨でない死人を見るのは初めてだった。
 セシルは一瞬で目に灼きついた女の姿に、硬直した。

「お兄ちゃん」

「……ああ」

 握っていた手を放す。花はひらひらと舞って、船の周りに降った。
 ハンチングにその一輪を受けた漕ぎ手が迷惑そうに手をやって、摘んだ花をそっと死
者の上に乗せた。

 船は流れて行く。
 ぴちゃ、と小さな水音がした。

「終わりですか」

「うん」

 手に草のにおいが残っている。
 船はすぐに見えなくなった。

「漕ぎ手はあのまま下流まで船を送って、焼き衆に引き渡す」

「……海まで、結構ありますよね」

「それでも送らんといかん。
 途中で引っかかったら気まずいじゃろ?」

「そうですね」

 話す間に船は進んで、遠ざかり、見えなくなった。
 店主は「んじゃ、帰るけー」と伸びをして、ぺたぺたと歩き出す。

 セシルは彼の後に続きかけ、ふと思いついて立ち止まった。
 足元を流れる水に向けて、「さようなら」と口の中だけで呟いてみる。
 乗せるべき想いは見つからなかったから、別離の言葉は言葉以上ではなかった。

「あんまり見とると魅入られんよ」

「や、大丈夫ですよ。
 俺そういうの見えないから」

 セシルは苦笑して店主を追いかけた。
 店主は首を傾げて、まあいいやというような口調で「気ぃつけえ」とだけ言った。


+++++++++++++++++++++++

2008/05/01 13:59 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―
BLUE MOMENT -船葬- ♯9/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

店の奥から夕焼けの外を見ている。

雨はあがったが、それで客足が増えるということもない。
ごく稀に、迷い込んできた観光客が"骨董"という単語に
つられて店内を一回りしては何も買わずに出てゆくくらいだ。

ここはコールベル。水と芸術の都。

水はいくらでもあるし、芸術もそこかしこに溢れている。

だからこんな寂びれかかった商店街の中にある、
奇妙な骨董屋に人が立ち寄るいわれなどないはずだ。

おまけに店主は変わり者ときている。喪服を喜んで着るような、
薄情なほど陽気で、笑いたいくらい不謹慎な店主だ。

カウンターにだらりと上半身を預け、持ったハタキごと腕を伸ばす。
ちょいちょい、とそこに猫でもいるかのように振ってみるが、
反応してくる者がいるはずもない。

「ただいまー」

ぺたしぺたしという緊張感がまるでない足音と声音がした。
ジラルドは机に突っ伏すようにしたまま、顔だけをあげて
店の入り口に目をやった。

「おかえりなさい」

予想通り、そこには喪服姿のマシューが立っている。

「…靴、忘れてったでしょ。ありえませんよ」
「あっはっは、つい」

呆れ顔で言うが、まったく意に介さない様子で店主が
朗らかに笑う。ふと気づいて、今度は完全に身を起こす。

「あの子は?」
「お兄ちゃん?行ってしもうたよ」

マシューは、店先に置いてある乙女を象った像を手に取りながら
至極あっさりとした口調で答えてきた。そのまま、像を持って
カウンターに向かってくる。

「花を半分こにしてな、一緒に投げたのよ」
「乗りましたか」
「さぁ、どうじゃったかねぇ」

――なんなんだ。

あれだけ行きたい行きたいと喪服までひっぱり出して行ったくせに。
アイロンすらかけてやって、革靴を履き替え忘れて、名も知らない
会ったばかりの少年をひっぱっていったかと思うとものの数刻で
帰ってきて。

そこに怒りはない。ただ本当に、疑問だった。

――なんなんだよ、この人。

胸中で繰り返す。当の本人は、店内にある自分で買い付けたはずの
像をたった今はじめて見たような目で興味ありげに眺めていた。
そして、ぽつりとつぶやく。

「ジュンちゃん、さっき誰かに会った?」
「え?ええと――あ、買い物帰りにトマスさんの奥さんと」
「カーシャさん」

ことり、と静かに像をカウンターに置いて、店主が言う。
それが彼女の名前だと気づくのが一瞬遅れた。

「あぁ…あの人、カーシャさんて言うんだ」

マシューは何も言わない。馬鹿みたいに綺麗なカーブのかかった
瞼を軽く伏せて、ただ立ちすくんでいる。
思いもよらないその雰囲気に圧されるように、ジラルドは訊いた。

「その人が、何か?」
「カーシャさんのだったんよ」
「はい?」
「葬式」

そう言ってくる店主の顔を見て、ジラルドは声を出そうとし――
ぱた、と緩んだ手からハタキが落ちる。

「一昨日、亡くなったんじゃて。眠るように、静かに」
 


駄目よ、買い物袋ちゃんと持たないと。



「そ…」
「――明日の朝には、海に着くじゃろうか」

がたん!

ジラルドは椅子を蹴るようにして立ち上がった。突然の物音にも、
眉ひとつ動かさない店主を見据えて、震える喉で声を絞り出す。

「店長、あの」
「雨が降ったから、少し流れが速くなっとるかもしれん」
「店長!」

二回目にして、ようやく声が出た。
まるで怒鳴るような、自分でも驚くほどの声量が。
そこでようやくマシューが表情をわずかに変える。同情するようなその視線に
さらされながら、口を開く。

「あの人…言ってました。店長に、よろしくって。言ったんです、俺に」

こんなこと言って何になるのだろう、とジラルドは言いながら思った。
だがマシューはそれを一蹴するでもなく、優しげにも淋しげにも見える
かすかな笑みを浮かべると、くせのついた自分の髪に片手を突っ込んで、
そうか、とだけ答えた。

その手が厭に青白く見えて、驚いて周囲を見渡す――いつの間にかあたりは
青い夕暮れに染まっていた。青と名のつくものすべてを虚空に溶かしたような、
恐ろしいくらい美しい青い色。

「ほい。ジュンちゃんのぶん」

いきなり眼前に突き出されたのは一本の野菊だった。
まるで燃え出してしまいそうに白く輝いて見えるその花を見つめて――

無言で受け取り、ジラルドは床を蹴ってマシューの横を通り過ぎ、
全速力で表へ飛び出した。

誰もいない商店街を走り抜ける。一様に青く沈む淋しい通りを、
一輪のしなびた白い花を持ってただひたすら駆ける。

ラムネの瓶をすかして世界を見ているような気分で、ジラルドは手近な
水路へと向かい、そこにかかっている橋のほぼ中央で立ち止まり、
流れている群青色の束を覗き込んだ。
そこに船はない。死体も、喪服もなにもない。

しかしそのまま白菊を持つ手を伸ばし――手放した。

手向けにするにはあまりにも質素な、だが鮮やかな白い色の
花が落ちた先にはかすかな波紋が広がり、波間に消えていく。


なんだかかっこ悪いわねぇ。


まったくだ、とジラルドは水面に映った自分の影を見つめて笑う。
そしてきびすを返すと、青い夕闇の中を歩いて家路についた。

――――――――――――――――

2008/05/01 14:01 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―

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