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2024/04/20 09:57 |
1.シチューの組体操/スイ(フンヅワーラー)
PC:スイ (シズ)

場所:アンダーソンズカーペット村?



 長い棒が歩いていた。先端には皮が巻きつけられている。
 それを肩にかけ、歩いている人間も、棒のように細かった。
 太陽をしっかりと浴びた藁のような色の髪はとてもじゃないが梳いているとは
言えない。身なりも、身体の大きさと服のサイズが明らかに合っておらず、生地
も擦れてくたくたになっているので、さらにみすぼらしい印象を受ける。
 しかし、その人物を真正面から見ると、人はその白目がちな目にぽつんとある
瞳に奇妙な印象を抱くことだろう。
 何も無い空中を見ているような、浮世離れした視線であるのに、どこか研ぎ澄
まされたような鋭い印象も抱かせる。
 中性的な印象を持たせる顔立ちであるが、その身なりと視線のせいか、ほとん
どの者は少年だと間違うだろう。……胸はどうみても平坦で、それは弁解などまっ
たくしていないような潔よさだ。
 その、歩く棒がぴたりと止まった。


 どこに来てしまったのだろうか。棒――スイは見回した。
 そこにあるのは、光を浴びた鮮やかな緑。澄み切った青い空と白い雲。黒々と
肥えたむき出しの土に、それを耕す人々。
 チチチチ、と小鳥のさえずりが青空に響いた。

「……おかしい」

 緊張に溢れ、恐怖に竦み上がり、爆発しそうな暴力が潜んだあの空気とはかけ
離れている。血や鉄の匂いとまではいかなくとも、せめて、漠然とした不安を抱
えた匂いは無いものか。まだ他人事のように思っていて、浮ついた空気が無いも
のか。
 そう思って鼻をくん、と鳴らす。
 水を含んだ木々や土、そして堆肥の匂いが鼻腔に入る。
 都会でうっすらと、この辺りで傭兵を集めているという噂を聞いたのだが。も
しかすると、ここら辺りで、領主が反旗を翻す準備をしていたり、農民が一斉蜂
起を計画していたり、異端勢力が潜んでいて対抗勢力を集めていたりしているの
だろうか。――そんなことは無いと分かっていた。が、心の中で愚痴るように、見
苦しく可能性を並べ立てずにはいられなかった。
 肌がピリピリする感覚が、まったく無い。少しでもそういう要素があれば、敏
感に感じ取れるはずだというのに。
 スイはようやく認めざるを得なかった。
 これは……やはり。

「……道を間違えたか」

 ……まぁ、うっすらと、そうじゃないかなー、と途中から思っていたのだが。
 金には困っていなかったから、無理をせず馬車を使うべきだったか。ダヴィー
ド家にいる間足腰が弱っていたので、歩きを選んだのだが。
 それにしてもどこで間違ったのか。街道でちゃんと人に聞いて、「まっすぐに
行って山を越えたら」と言った方向をひたすらまっすぐに――道から外れようが、
森を突き抜け、山の獣道を通り――ようやく山を抜けて人里を見つけたというのに……。

「途中、獣道を止む無く使って、方向感覚を失ったか……。まっすぐというのは難
しいものだな」

 とりあえず結論付けた。

 くぅぅぅぅぅ。

 腹が鳴った。
 気づけば、穏やかな風にのって、昼食の匂いが流れてきていた。……これは、シ
チューだろうか。色々な野菜を煮込んだ時の独特の甘い匂いが含まれている。
 そういえば、ここのところ、保存食と、山でとれた実や、臭い獣肉や、運がい
いときは芋なんかを食べていただけだ。暖かいシチューなんて久々だ。

「…とりあえず、食べるか……」

 スイは、そのシチューの匂いをたどって、歩き出した。
 遠くでモォーゥ、と牛が長く鳴いた。
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2007/02/12 21:08 | Comments(0) | TrackBack() | スイ&シズ
2.肉野菜炒めのピラミッド/シズ(ミキ)
PC: スイ(PL:フンズワーラー)  シズ(PL:ミキ)
NPC: ミキ
場所: ハイゼン→グレインフィールド


「やべぇよ、オレみちまったんだけどさ、ソフィニアの奴ら、自分で船も漕げなくなりやがった!!」
「なんだよ、それ。頭ばっかりでかくなって腕が使えなくなったのか?」
「いやさ、朝オレらがいつもの場所に行ったら、あいつらがいやがってさ。」
「そんなわけないじゃん!ソフィニアの奴らが朝早くにそんな近くまでこれるはず無いだろ。」
「それが、ヤツら漁終えた後、帰っていったんだけど、その時船漕いでなかったんだよ。」
「あ、それオレも見た!こう、船がすすすぃーっと勝手に滑るように走ってくんだよ。」
「うっへ、また魔法とかなんとかってヤツですかい。」
「ヤツらがオレ達の方まで来れるようになるなんて漁の場所が減ってやっかいだな・・・・。」
「なぁに、いざとなったらヤツらの船に乗り込んでいって、一発この湖が誰のものだか教えてやらぁ!」

ガルドゼンド王国、その北に隣接する湖畔の縁に漁業を営むハイゼンという村があった。
王国には領海がないので魚などの幸は川か、或いはこのハイゼンから来る。
森は穏やかで、しかし逆に捕まえられる動物も少なく、王国全土に広まる、
ハイゼンの魚は国全体の大切な食料だ。
だから、ハイゼンの男達は、戦争のためにかり出されることがなかった。

『おいおい、争い事は勘弁だぜ。他国の人間を殴り飛ばすなんてことしたら、国王陛下にご迷惑がかかるじゃないか。』

村に一つだけある食堂には、遅い昼食をとる独身男性がたむろして、
世話話にむさい華を咲かせていた。

「はっ、ちげぇねぇ。だけど、ヤツらとうとうオレらの漁をする場所まで獲りやがったら、それこそ国王陛下に直訴してなんとかしてもらわにゃならんな。」
『そうだな。みんなの湖なんだし、仲良くしたいもんだ。』

話が穏便でなかったのでつい口を挟んだが、まだ食堂のなかには沢山の野郎が昼食を待っているので、
食堂の主は小さな厨房へと戻ろうとした。すると、その厨房からこの場に似合わない可愛らしい女性が半目涙で走ってきた。

「シズさぁぁぁん;;。手切っちゃいましたああぁぁ(T△T」

ぱっ、と男臭い食堂に花が咲いたような気がしたのは気のせいじゃないはずだ。
それは女性が花と言うよりも、色めき出す独身男性達がまるで水を与えられた花のように
生き生きとし始め、女性から発せられる暖かい太陽の光を一心に受けようと、
一斉に食堂の主、シズと、女性の方へ身体を向けたからであろう。

「うぅ、シズさん治して・・・・(;へ;」
『ミキ!お前、オレが治してくれると思ってすっかり油断してるだろう。
 もう少し自分の身体を大切にしてくれよ。オレでも治せないモノはあるんだから。』

そう迷惑そうに言いながら、シズは腰にかけてあった一枚の赤いスカーフを手に取った。
そして、そのスカーフを、シズに向けて立ててあるミキの指に優しくかけて、こう言った。

『妖精さん、妖精さん。どうか怪我を治してください。お願いします。』

本人曰く、可愛らしく言わなければならないというその呪文に、
回りの男性が吹き出しそうになる中、シズはすぐさまスカーフをとった。
すると、ミキの指から垂れていた血はなくなり、傷が消えていた。

「ありがとぉございますー(≧▽≦)」
『もうこんな事ないようにしてくれよ。』

不機嫌そうなことを口にしながらも、シズは思わず微笑んでしまった。
厨房に戻っていくミキ、さっさと自分の食事を平らげにかかる男達、
平和だった。こんな何処にでもあるような平和だけれども、
それが自分の目の前にもしっかりあることを感じると嬉しくなった。

「シズさーん、お野菜切れましたよー。」
『ああ、ありがとう。じゃぁ作りますかね。』

シズは厨房に入り、フライパンを手にした。
竈に薪を足し、焚きつけた後、フライパンに油の塊を放り込む。
この春結婚した村の南の方に住む若い夫婦から今朝分けて貰った豚の肉と、
ミキの切った形のおかしい野菜を、じゅーじゅー焼いていく。
シズの右手は、火傷で真っ赤になっていた。
28という年齢に合わない白髪と老けた顔、地味な服に、エプロン。
炎を上げる竈、フライパンを軽々と持ち上げて具をかえすシズを一目見た者は、
時にシズをこう呼ぶ。「炎の料理人」と。
まるで自らが炎となって食材に魂を籠めるかのような力強い腕前は見た目倒しではなく、
料理を炒めたり、焼いたり、ゆでたりすることに関してシズは一流だった。
しかし、その香ばしい匂いが厨房を満たし、それが食堂の方にまで流れ込むと、
腹を空かせた若者達がまだかまだかと騒ぎ出すので、シズは急いだ。

『ミキ、頼む。』

言われて横で見ていたミキは、シズの変わりにフライパンの前に立ち、
調味料を振りながら色々と味付けを始めた。
シズは、活きの良い食材を選ぶのは好きだし、
食材の味を一番引き立てる焼き加減で食材を調理するのは得意だが、味音痴だった。
二年前にこの村に着て食堂を継いだが、精は付くのに味が悪いと言われていた。
そこで、元々村で料理を教えていたミキを雇ったのだ。
すると、味は良いし、可愛いから男性受けするしで、
親の飯など食いたくないという独身男性が良く通うようになった。
ミキはこの店に欠かせない、とても優秀な料理人だ。
だが、そんな優秀なミキが、何故独身のまま二年もこの店で働いているのか、
それはシズには一生分からないだろう。

「これはこれは、抜群の味になりましたよー。」
『どれどれ・・・・・・美味いな。よし出そう。』

シズには、味を褒められて喜んで頬を赤らめるミキや、
それを食堂からのぞき込みながら悔しそうに歯ぎしりをする男達など見えていないようだ。

「あ、シズさん。コークスの実がなくなっちゃった。」
『あー、とうとうなくなっちまったのか。無いとやっぱりまずいか?』
「当たり前です!これがなきゃ料理のおいしさも半減ですよ!」

調味料として磨り潰して使っていたコークスの実は、この村では手に入らない。
南に下ったところにある農業地帯グレインフィールドの一角で栽培されている。
麦によく似た形で、聞いた話だと元々珍しい植物らしいのだが、
苦労に苦労に苦労の苦労を重ね、栽培できるようにしたモノであるらしい。
人の手で育てるのが難しく、一年に採れる量も少ないのだが、
どうしても欲しいからと言って毎年少しずつ貰ってくるのだ。
シズとしては、前回の思い出もあって、この実を貰いに行くことを考えると憂鬱になるのだ。

「じゃぁ、明日はおやすみにしないとまずいですね。」
『そうだな・・・。』

皿に盛った料理を両手に抱えて、食堂に入って、飢えた男達に渡す。

『あー、みんな。明日はちょっと用があって店開けられないから。』
「えーー!!!!」

「みんな、ごめんなさいね・・・・でも、明日もちゃんと自分でご飯食べてくださいね?」
「はーい!!!!」



『なに、何で貰えないんだ。』
険悪なムードになるのは嫌だ。争いは好きじゃない。
でも、必要なモノは必要だし、経験上こうするのが一番得策だ、そうシズは思っている。
貰えるのが当たり前なのに、何故貰えない、そう言った態度をとるのが一番イイのだ。

店を休みにして、今日は日が昇ってから、青々と広がるハイゼンの畑の横を歩き、
小さな森を一つ越え、段々と熱くなっていく中グレインフィールドの壮大な麦畑の途中途中で、
道を尋ねながら歩き、早めの昼食の香りが腹の虫を刺激する頃にやっと、
コークスの実を育てている農家まで来たのだ。

シズがハイゼンの来る前、皆に料理を教えていたミキは、普通にコークスの実を手に入れられていた。
優しいおじさんが農家の主だったらしく、笑顔で頼めばコロッと貰えたらしい。
しかし、数年前に主が変わり・・・・・

「ダメだっ。去年は仕方なく渡したが、今年はダメだ!帰ってくれよ!」

目の前の男は、男と呼ぶにはまだ相応しくない少年だった。
15か、そこらだろう。まだ判断力に欠け、主としての責任に押しつぶされそうに見える。
コークスの実を渡して良いものか迷い、とりあえずダメだと言っているではないか。
シズはそう判断した。だから、こちらの方が世の理に沿っていて正しいという態度をとっているのだ。
それでも、少年はこちらの頼みを飲まなかった。
こちらがどれだけ頼んでも少年は、ダメだの一点張りだ。
農家にある客間で、シズの持ってきた風呂敷の中身がテーブルの上に開けられている。
魚の干物、昨日の残りの豚を薫製にしたモノ、村で貰った米、新鮮な野菜などをお礼に渡すので、
コークスの実をホンの少し、両手で器を作ってそれに山になるくらい欲しいと半時ほど頼んでいる。
それでもダメだという。徐々に少年の顔つきから見えてきたのは、
どうやら去年のように量が少なく手渡せないと言うよりも、
渡すこと自体出来ない、全く考えられないという感じだ。
そう言えば家の中もなにか緊張の漂ったような雰囲気が流れている。
それは決してシズ達が来たからではなさそうであった。
この村でもコークスを栽培しているのはこの農家だけだった。
どれだけ育てるのに苦労するのかは分からないが、どうやら10人程度の男達が、
コークスを育てるために土に混ぜる肥料を作ったり、まるで女性の肌を触るかのように、
優しくコークスの穂を触り、観察して、世話をしていたりした。
その男達が、どこか元気のない顔をしながらシズ達を迎えたのだ。

シズ達、そう、ミキもこの場にいた。
昔から貰っていたミキが来れば貰える道理にはなるだろうし、
この歳の少年なら、女性に頼まれた方が弱いのではないかと踏んだからだ。
さっきから、ミキが無いと困るのだ、是非必要なのだと再三頼むたびに、
少年は苦しそうな顔でうめきながらも、それでもダメなのだと言い続けている。

押しても引いてもウンとも言わない少年に負け、とうとうシズ達は農家を出た。
お礼として持ってきた荷物は、気持ちだと言っておいていった。
いや悪いからと言われたが、正直重くて持ち帰りたくないと言ってやった。
外まで送りに来たのは男達だけで、主の少年はシズ達が部屋を出るときもずっと、
机の上のものをじっと見つめながら何かと戦っているかのように黙っていた。

「どうしましょぉ・・・・・(ー。ー」
『そうだな・・・・・どうしようか。』

日が丁度空のてっぺんで輝く時間に、ハイゼンへの帰路につくのも辛いものがある。

「お腹減りましたね・・・・。」
『そうだな、うちみたいな食堂があれば食べていきたいな。』

-----そう言えば昼食すら出してくれなかったな、あの農家は。
 コークスばかり作っていて、実は食べる食料がないとか。
 村八分にあって麦を分けて貰えないのかも知れないな。
 いや、男達は元気がなかったが、やせ細ってるようにも見えなかったし、
 人の昼食にまで気を使う余地がないほど、あの農家はいま大変なのだろうか。
 まてよ、あの農家はコークスをどうしてるんだ。
 あんな香ばしくて食欲をそそる香料なんだし、どこかで使ってるはずだ。
 食堂なんてのがあったらそこには間違いなく使っているだろう。
 そこで分けて貰うことは出来ないだろうか-----

『ミキ、食堂を探そう。』
「そうですね・・・・あ、シズさん。良い匂いしません?」

シズは味音痴だが、鼻は良い。食材を選ぶのに鼻が良くなければ困る。
確かに、ミキの言ったとおり、風に乗って良い香りがシズの鼻腔をくすぐった。

『これは・・・・・・・』 「『シチュー?』」



2007/02/12 21:10 | Comments(0) | TrackBack() | スイ&シズ
3.コンポートの楼閣/スイ(フンヅワーラー)
PC: スイ、シズ
NPC: ミキ、ウィンブルズ家の少年当主、女将
場所: ハイゼン→グレインフィールド

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 シチューの香りの場所は、こじんまりとした、一見すると一般民家と見まごう
ような小さな食堂だった。
 よくよく見ると、入り口の横には、黒く汚れた粗末な板切れに、「宿 ありま
す」とある。その文字も、よくよく見ないと黒く劣化した色合いで読めない。歴
史を感じさせるというよりは、放置されている感が否めない。
 扉は開けっ放しにしており、中からはいくつかの話し声がする。怖気づく風も
なく、スイは踏み入った。
 中には、10人程度の人間がおり、盛況しているようだった。テーブルは埋
まっており、スイは適当にカウンターに腰をかける。テーブルは、長年使われ続
けてきたようで、すっかり飴色になっている。が、よくこまめに拭いているの
か、清潔感があった。
 物を大事に扱っている店というのは、期待してよい。

「お客さん、食事かい?」

 水の入ったコップをでんと置いたのは、日に焼けた丸顔に、長年で刻まれたで
あろう恵比須顔の中年の女性。
「あぁ。これで食えるだけ、お願いする」

 水を飲みながら、大き目のコインを渡す。
 冷たい水が胃に流れ込み、刺激する。途端、きゅぅ、と胃液が沸いてきた。

「……街の物価と間違えてやしないかい? うちじゃぁ、こいつは宴会並の量にな
るよ」

「しばらく食べてないからな」

「まぁいいよ。食べてくれるんならね」

 やれやれ、といった風に、女将は奥の厨房に入っていった。




 積まれていく数々の皿に、周囲の注目が注がれる。しかし、スイは気にせず口
に次々と運んでいく。口の周りにソースやらがついているのも気にせず、時折、
手でつまんで食べてもいる。
 カリっと焼き上げたパン、沢山の野菜がごっちゃになったサラダ、カブと鶏肉
のシチュー、トマトの半熟オムレツ、平目のバターソテー、細切りジャガイモの
炒め物、タカの爪とオリーブオイルのスパゲッティ、甘いソースのかかったあぶ
り骨付き肉、カボチャとイモの重ね焼き、塩茹でキャベツと海老のクリームソー
ス和え……と、数えるのもキリがなかった。

「これで最後だよ」

 呆れたように女将はりんごのワインコンポートを置いた。

「食べ切れなかった分の御代は帰そうかと思っていたのに……。まったく……この
細っこい身体で、よくもこんなに入ることだよ」

 スイは手の甲で口の周りを拭き、それを綺麗に舐めとり、水一杯を一気に飲み
干した。
 見かねた女将は、空のコップと交換に真っ白なお絞りを差し出した。スイはそ
の厚意に甘え、口の周りと手の甲を改めて拭く。

「うまいものを食べれるときには、食べておくもんだ」

 用意されたスプーンを無視し、フォークでしゃり、と音をたてながら、ピンク
色のりんごのコンポートを突き刺し、そのままがぶりと噛み付くように食べる。
汁気がじゅわり、と溢れ出した。

「まぁ、こっちとしてもうまいと言われれば亭主があんなに作った甲斐ってもん
があるさね」

 よくよく見ると、奥のほうでは、ひょろりと薄い印象の中年が、フライパンを
振っている。どうやら、厨房担当はこの女将の旦那がやっているようだ。

「ちゃんと味わっていたかどうかは疑わしいけど」

 女将はそう言って朗らかに笑った。皮肉を言っているものの、嬉しそうだ。

「ちゃんと味わってるぞ。
 どれもこれも旨かったが……何かちょっと、味がぼんやりしている気がするな」

「よく気づいたね。旅人さん。
 いつもなら、コークスを使ってたんだ。だけどね、もう残り少なくてねぇ。
 今年は手に入りそうにないから、大事に使ってるんだ」

「コークス? 聞いたこと無いな」

「おや? 旅人さんは、コークス目当てでここに来たんじゃないのかい?」

「いや、単なる道中だ」

「珍しいね。ここに来るのは、コークスを商いにする商人の類くらいしか来ない
もんだよ。ここにいる客は、ほとんどコークス目当てさ。
 まぁ、単にコークスくらいしか、産物はないって事なんだがね」

「その特産物のコークスが何故手に入らなくなったんだ?」

 コンポートの残り汁をずず、と音を立てて飲み干す。砂糖と林檎の甘みをいっ
ぱい含んだワインが、喉を通る。

「それがねぇ……。私にもわからないんだよ。
 コークスの実の栽培は、ウィンブルズ家が一手に担っていてね。
 そこの家が、今年から、一切どこにも卸してくれないみたいでね……勿論うちも
例外じゃないさ。
 それがねぇ……はっきりとした理由があるなら、まだ諦めもつくんだけど、頑と
して理由もいわないんだ。あの坊っちゃん当主は。『譲れない』の一点張りさ。
 ここにいるお客さんも、それで帰るに帰れないってわけさ。
 嘘でもいいから、今年は手違いで全滅したとかいう理由を言っちまえば、みん
な納得できるってのにね。それすらもしないんだよ。波風が立つだけだってのにね。
 なんにしろ、こっちはそれで儲かってるんわけだ」

 最後の方の言葉は小声でそう言い、ハハハ、と豪快に女将は笑った。

「ごちそうさま。旨かった」

 最後のデザートのお皿を積み上げる。
 一息ついたところで、これからどうするかを考えた。まだ日も高いからここを
出ていくのもいいかもしれないが、久々の人里だ。ここで一晩越すのも悪くない。
 そう思ったとき、入り口から少女の声が聞こえた。

「ここですよ! シズさん!! 私、もうお腹ぺっこぺこです~!(><)」

「わかったから、そう急ぐな、ミキ。財布は……よし、昼食代くらいならあるな」

 入ってきたのは、まだ幼さを感じさせる少女と、白髪の壮年の男だった。親子
だろうか。それにしては、お互いを名前で呼び合っている。顔も似たところは全
く無い。
 と、そこで、スイは男の方に違和感を感じた。
 顔の造作は、明らかに年をくっているというのに、なんというか、何かがアン
バランスな気がした。
 少女がスイに気づき、男の袖をひっぱって、なにやら話し、スイを小さく指差
す。おそらくは「知り合いですか」という言葉であろう。男は、少女が促す先を
見る。
 目が合った。しかし、スイは全く動じない。

 あぁ、そうか。

 真正面からそれにぶつかって、スイはその違和感の正体がようやく分かった。
 目の輝きが、あの顔の造作から浮いている。端的に言えば、若い。
 面白い。スイはそう思った。
 男は少しこちらを気にしながら、テーブルに付く。だが、スイはもう男の方を
見ようとはしなかった。原因がわかってスッキリした以上、もう見る意味は無い。
 女将は、その壮年の男と少女のテーブルに注文を取りに行った。


2007/02/12 21:10 | Comments(0) | TrackBack() | スイ&シズ

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