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2024/05/03 15:21 |
3.コンポートの楼閣/スイ(フンヅワーラー)
PC: スイ、シズ
NPC: ミキ、ウィンブルズ家の少年当主、女将
場所: ハイゼン→グレインフィールド

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 シチューの香りの場所は、こじんまりとした、一見すると一般民家と見まごう
ような小さな食堂だった。
 よくよく見ると、入り口の横には、黒く汚れた粗末な板切れに、「宿 ありま
す」とある。その文字も、よくよく見ないと黒く劣化した色合いで読めない。歴
史を感じさせるというよりは、放置されている感が否めない。
 扉は開けっ放しにしており、中からはいくつかの話し声がする。怖気づく風も
なく、スイは踏み入った。
 中には、10人程度の人間がおり、盛況しているようだった。テーブルは埋
まっており、スイは適当にカウンターに腰をかける。テーブルは、長年使われ続
けてきたようで、すっかり飴色になっている。が、よくこまめに拭いているの
か、清潔感があった。
 物を大事に扱っている店というのは、期待してよい。

「お客さん、食事かい?」

 水の入ったコップをでんと置いたのは、日に焼けた丸顔に、長年で刻まれたで
あろう恵比須顔の中年の女性。
「あぁ。これで食えるだけ、お願いする」

 水を飲みながら、大き目のコインを渡す。
 冷たい水が胃に流れ込み、刺激する。途端、きゅぅ、と胃液が沸いてきた。

「……街の物価と間違えてやしないかい? うちじゃぁ、こいつは宴会並の量にな
るよ」

「しばらく食べてないからな」

「まぁいいよ。食べてくれるんならね」

 やれやれ、といった風に、女将は奥の厨房に入っていった。




 積まれていく数々の皿に、周囲の注目が注がれる。しかし、スイは気にせず口
に次々と運んでいく。口の周りにソースやらがついているのも気にせず、時折、
手でつまんで食べてもいる。
 カリっと焼き上げたパン、沢山の野菜がごっちゃになったサラダ、カブと鶏肉
のシチュー、トマトの半熟オムレツ、平目のバターソテー、細切りジャガイモの
炒め物、タカの爪とオリーブオイルのスパゲッティ、甘いソースのかかったあぶ
り骨付き肉、カボチャとイモの重ね焼き、塩茹でキャベツと海老のクリームソー
ス和え……と、数えるのもキリがなかった。

「これで最後だよ」

 呆れたように女将はりんごのワインコンポートを置いた。

「食べ切れなかった分の御代は帰そうかと思っていたのに……。まったく……この
細っこい身体で、よくもこんなに入ることだよ」

 スイは手の甲で口の周りを拭き、それを綺麗に舐めとり、水一杯を一気に飲み
干した。
 見かねた女将は、空のコップと交換に真っ白なお絞りを差し出した。スイはそ
の厚意に甘え、口の周りと手の甲を改めて拭く。

「うまいものを食べれるときには、食べておくもんだ」

 用意されたスプーンを無視し、フォークでしゃり、と音をたてながら、ピンク
色のりんごのコンポートを突き刺し、そのままがぶりと噛み付くように食べる。
汁気がじゅわり、と溢れ出した。

「まぁ、こっちとしてもうまいと言われれば亭主があんなに作った甲斐ってもん
があるさね」

 よくよく見ると、奥のほうでは、ひょろりと薄い印象の中年が、フライパンを
振っている。どうやら、厨房担当はこの女将の旦那がやっているようだ。

「ちゃんと味わっていたかどうかは疑わしいけど」

 女将はそう言って朗らかに笑った。皮肉を言っているものの、嬉しそうだ。

「ちゃんと味わってるぞ。
 どれもこれも旨かったが……何かちょっと、味がぼんやりしている気がするな」

「よく気づいたね。旅人さん。
 いつもなら、コークスを使ってたんだ。だけどね、もう残り少なくてねぇ。
 今年は手に入りそうにないから、大事に使ってるんだ」

「コークス? 聞いたこと無いな」

「おや? 旅人さんは、コークス目当てでここに来たんじゃないのかい?」

「いや、単なる道中だ」

「珍しいね。ここに来るのは、コークスを商いにする商人の類くらいしか来ない
もんだよ。ここにいる客は、ほとんどコークス目当てさ。
 まぁ、単にコークスくらいしか、産物はないって事なんだがね」

「その特産物のコークスが何故手に入らなくなったんだ?」

 コンポートの残り汁をずず、と音を立てて飲み干す。砂糖と林檎の甘みをいっ
ぱい含んだワインが、喉を通る。

「それがねぇ……。私にもわからないんだよ。
 コークスの実の栽培は、ウィンブルズ家が一手に担っていてね。
 そこの家が、今年から、一切どこにも卸してくれないみたいでね……勿論うちも
例外じゃないさ。
 それがねぇ……はっきりとした理由があるなら、まだ諦めもつくんだけど、頑と
して理由もいわないんだ。あの坊っちゃん当主は。『譲れない』の一点張りさ。
 ここにいるお客さんも、それで帰るに帰れないってわけさ。
 嘘でもいいから、今年は手違いで全滅したとかいう理由を言っちまえば、みん
な納得できるってのにね。それすらもしないんだよ。波風が立つだけだってのにね。
 なんにしろ、こっちはそれで儲かってるんわけだ」

 最後の方の言葉は小声でそう言い、ハハハ、と豪快に女将は笑った。

「ごちそうさま。旨かった」

 最後のデザートのお皿を積み上げる。
 一息ついたところで、これからどうするかを考えた。まだ日も高いからここを
出ていくのもいいかもしれないが、久々の人里だ。ここで一晩越すのも悪くない。
 そう思ったとき、入り口から少女の声が聞こえた。

「ここですよ! シズさん!! 私、もうお腹ぺっこぺこです~!(><)」

「わかったから、そう急ぐな、ミキ。財布は……よし、昼食代くらいならあるな」

 入ってきたのは、まだ幼さを感じさせる少女と、白髪の壮年の男だった。親子
だろうか。それにしては、お互いを名前で呼び合っている。顔も似たところは全
く無い。
 と、そこで、スイは男の方に違和感を感じた。
 顔の造作は、明らかに年をくっているというのに、なんというか、何かがアン
バランスな気がした。
 少女がスイに気づき、男の袖をひっぱって、なにやら話し、スイを小さく指差
す。おそらくは「知り合いですか」という言葉であろう。男は、少女が促す先を
見る。
 目が合った。しかし、スイは全く動じない。

 あぁ、そうか。

 真正面からそれにぶつかって、スイはその違和感の正体がようやく分かった。
 目の輝きが、あの顔の造作から浮いている。端的に言えば、若い。
 面白い。スイはそう思った。
 男は少しこちらを気にしながら、テーブルに付く。だが、スイはもう男の方を
見ようとはしなかった。原因がわかってスッキリした以上、もう見る意味は無い。
 女将は、その壮年の男と少女のテーブルに注文を取りに行った。

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2007/02/12 21:10 | Comments(0) | TrackBack() | スイ&シズ

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